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■オープニング本文 ここはアル=カマル中心部。 焼き煉瓦造りの家屋、日よけ布を張った露店。 目の覚めるほど鮮やかな色をした花や鳥。どこか艶めかしい琴の音。熟した南国の果実と香辛料の匂いが入り交じった空気。独特のデザインを施した金銀細工、宝石類――異邦人の心を奪うものが満載だ。 だが今回の依頼は、そのどれともあまり関係が無い。 ● 「立てっ、立つんだジョオオ!」 市街地の一角にある拳闘士養成所。 入り口の看板には、『タンゲジム』と書いてある。 リングに伸びた選手に向け呼びかけているのは、片目に黒い眼帯をかけた出っ歯のおっちゃんだ。 「どうしたジョオ! おめえはこんな奴にのされるようやわな男じゃなかったはずだ! 立て、立つんだ!」 熱い声援を送るも、選手はぴくりともしない。 レフェリーは無情にカウントを続ける。 「5、4、3、2、1…0!」 立っている選手の右腕を持ち、高く差し上げる。 「勝者、名無し!」 名無しと呼ばれた選手はガッツポーズを取って周囲に見せつける。 表情は分からない。のっぺらぼうなので。 そう、これは人ではない。アヤカシだ。 ● 「つい一週間前のことだ」 とジムの親方タンゲは言った。 「うちで長いこと使っていたサンドバッグがとうとう破れちまって、中身の砂が床にぶちまけられちまった。それを片付けようとしたら、急に人の形になって、あんなふうにリングを占拠しやがった。若い衆が追い出そうとしたんだが、全員見事にノックアウトされちまって……これじゃちっとも練習が出来やしねえ」 相談を受けた魔術師はリング内を徘徊するアヤカシを眺め、眉根を寄せる。 「うーん…どうやらこれは、怨念の類いらしいですね」 「お、怨念? うちは恨まれるようなこたあ、しちゃいませんぜ」 「いえ、そういうことではなくて…ジムに入ってきながら中途で夢破れ挫折し、去って行った方はおられませんか?」 「そういう奴はいつだって大勢いますぜ。何しろ厳しい世界だ、成功出来るのなんかほんの一握り。それが何か?」 「…そんな人々が残して行った己への苛立ち、成功者への屈折した思い…そういった残留思念がサンドバッグへ徐々に吸い込まれ宿り、ああなったものと思われます」 「そ、そんなことがあんのかい…一体どうすりゃいいんだ」 「そうですね、とにかくボクシングへの執着が形をとったものなんですから…思いきり試合をさせてあげれば消滅してくれると思います。もちろん武器を使って退治するのが早道ではありますが…」 親方はグローブをはめた。 「…気が済めばあいつは消えてくれるんだな?」 「ええ、そのはずです」 マウスピースを口に入れ、リングに上がる。 「さあ、かかってきやがれ砂野郎!」 試合はわずか1分で終了した。 ● 「…というわけでな、あんたがたにあいつの退治をお願いしたい」 顔中ボコボコに腫れ上がった親方は、顎でリングをしゃくった。 勝ち誇った様子のアヤカシが両手を挙げ、ガッツポーズを取っている。 「グローブとマウスピースは貸す。なるべくなら試合で決着をつけてやってくれ。うちに来てた連中から出てきたもんかと思えば、一刀両断にさせるのも、なんかしのびなくてよう」 居並ぶ所属選手達も親方と同様あちこち腫れ上がらせている。 このアヤカシ、かなり出来る奴である模様。 開拓者なれば一般人のように、簡単にはKOされなかろうが、油断禁物だ。 |
■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
レイア・アローネ(ia8454)
23歳・女・サ
九条・亮(ib3142)
16歳・女・泰
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂
霧雁(ib6739)
30歳・男・シ
八壁 伏路(ic0499)
18歳・男・吟
ドミニク・リーネ(ic0901)
24歳・女・吟 |
■リプレイ本文 リング内を行ったり来たりしている砂ボクサー。 叢雲・暁(ia5363)はつくづく感心していた。 「こういうやつも発生するんだね〜〜さすが春はスゲエや!」 八壁 伏路(ic0499)はいち早く己の役を明言した。あんな筋肉の壁と殴りあいしたら普通に死ねそうだと思ったから。 「…わし、レフェリーやるでな。タンゲ殿、衣装を貸してもらうぞ」 ドミニク・リーネ(ic0901)もまた彼と同様、吟遊詩人の本分を自覚している。 「話を聞いてみると。ちょっとかわいそうな気もするわね…いいわ、思う存分戦いなさい! あ、でも、わたくしでは弱すぎて殴りあっても満足感はないと思うわ! 他の方にお任せします!」 一方レイア・アローネ(ia8454)は、十分な意気込みを持っていた。ショールを外しグローブをはめ、両拳を打ち合わせる。 「やれやれ、まさか泰拳士の真似事をしようとは…だが、こういうのも悪くはない」 そこでアルバルク(ib6635)が、待ったをかける。 「そしたらアレだ、ギャラリーをかき集めねえとな。それから試合を始めようぜ」 「ギャラリー? そのようなもの必要か?」 「勿論。沸き立つ観客がいてこそ、ボクサー冥利に尽きるってもんだろう? アヤカシ対開拓者のリングなんて滅多に拝めるもんじゃねえ。しかも相手は美人開拓者軍団。こいつはいい興行になると思うんだがねえ…」 水鏡 絵梨乃(ia0191)はアルバルクに同意する。 「うんうん、舞台は派手な方がいいよ。立ち上がれなくなるまでやりきる方が、あのアヤカシも本望だろうし」 したり顔に頷く九条・亮(ib3142)。 「栄光の影の挫折と悔恨と怨嗟、そういうのは面倒くさいからね〜〜。祓えるだけ祓っちゃおうか! 霧雁も拳闘に参加するよね!」 問われた霧雁(ib6739)は得意げだ。 「拳闘? 大得意でござる、任せるでござるよ! 拙者、かの跳躍系絵巻『輪愚弍駆毛呂』を最新刊までコンプリートしているでござるからな、拳闘のことなら一から十まで熟知しているでござる!」 「あ、奇遇! 僕も持ってる『輪愚弍駆毛呂』! 熱いよねー、あれ!」 まあ多少歪んだ形ではあっても、流れを知らないよりは知っていた方がいいだろう。 スーツにグラサンの胡散臭い感じに着替えたアルバルクは、そう思いながら外に出て行く。 「そんじゃ、俺はプロモーターって事で一つ頼むかい」 ● 観客大入り満員のタンゲジム。 リング近くに作られている司会席にはリーネとアルバルクが座っている。 「さあー、アヤカシ対開拓者、世紀の対戦が始まりました。BGMはわたくし、ドミニク・リーネ。解説はアルバルクさんがお届け致します。アルバルクさん、本日の見所はどこになると思いますか」 「ひとまず敵との体格差をどうやって克服していくか…問われるのはそこだと思うぜ。パワー、スピード、スタミナ、全てに申し分ねえ…強いぜ、奴は」 ルールブックを手にした即席レフェリーの伏路が、高らかに宣言する。 「赤コーナー、名無し! 青コーナー、レイア・アローネ!――ファイっ!」 衆目を集めることへの気恥ずかしさは、ゴングによって断ち切られた。 体を揺すりながら体重移動、相手との間合いを計るレイア。 (やすやすとはやられてやれぬぞ) リーチ差があるし、足は使えない。 (ならば) 姿勢を低くして一気に懐へ飛び込む。 リバーを狙っての左ストレート。 アヤカシはガード。ジャブに続いて横っ面への右フック。 今度はレイアが両腕を固めガード。 拳が当たったところから、電気が走るような痺れが襲ってくる。 重く、速い。 彼女は歯を食いしばった。 続けざまにアッパーがきそうになったところ飛びのき、逆に腹へ入れる。 「なめるなよ、アヤカシ!」 後はもう、ラッシュの応酬。どちらが先に倒れるか我慢比べ。 間近に見る伏路は、すっかり腰が引けていた。うっかりすると自分もとばっちり食いそうで危ないといったらもう。 (至近距離でガチで殴りあってるこわい) とりあえず湯気が出るほど打ち合った後、アヤカシが放った右ストレートでレイアが尻餅をついたので、カウント。 惜しくも彼女はゼロまで立ち上がれなかった。完敗だ。 セコンド役の絵梨乃が肩を貸し、リングから降ろす。 「すまん。倒せなかった」 「いいえ、無理ないです。相手はまだ気力体力充実してますからね」 続いては暁。 即興でルールを頭にたたき込んだ彼女は、最初からダーティゲームをする腹積もりであった。レイアと同様、後続のための削り役に徹すると決めて。 「おいおい勘違いしてんじゃねーぞ! お前の役はサンドバッグだろ! とっとと袋の中に戻んな!」 口汚く罵詈雑言を吐きながらリングに上がってきたかと思いきや、開始のゴングが鳴る前にいきなり殴り掛かった。 それもボディと見せかけて下腹部。しかも足の付け根と付け根が交錯するど真ん中。 明らかな反則なので、伏路も割って入らぜるを得ない。 ヒール役の反則はある程度見逃す。予防はせず実行されてから警告。それが彼の方針である。 (興行試合には見栄えやお客さま受けも大事だからの) 下手すればアヤカシから恨まれそうだが、真の拳闘士ならば試合結果で己の正しさを証明してくれるであろうと期待するしかない。 「ブレイク、ブレイク!」 アヤカシは気の毒な感じに震えていた。けれども何とか持ちこたえ、膝はつかなかった。 アルバルクが冷静にコメントする。 「どうやら急所は人間と同じらしいな」 その後も暁はボディに見せかけまた下腹部を狙ったり、クリンチついでに尾骨を叩いたり、レフェリーの死角を突いてローキックやエルボーを叩き込もうとしたり、やりたい放題。 しかも試合自体、刺しては逃げ刺しては逃げのアウトスタイル。 ストレスを溜めた観客席から野次が飛ぶ。 「おい、真面目に打ち合えよ! 面白くねーぞ!」 「汚えぞ!」 彼女は動じない。アヤカシに向け両手を広げ、にやにやする。 「解るだろ? こういう奴と戦う時はどうすればいいか? 遠慮するな思いっきりやりに来い! こういう奴を正攻法でやるのが醍醐味なんだろう?」 アヤカシのまとう空気が変わった。両腕を構え前のめりに、笛に踊る毒蛇のごとく、上体を前後に揺らし始める。 セコンド役の絵梨乃が注意を喚起した。 「一気に来る気だ、下がって!」 反射的に暁は伏路を捕まえ、自分の前に突き出す。 「のおっ!?」 アヤカシは彼の耳元を間近に掠め、後方にいる暁の右側頭部に、左フックを入れた。 崩れ落ちる暁。どよめく群衆。 腰が抜けながらもカウントを取る伏路。 「…いーちい…ゼロっ…勝者っ、名無し!」 亮はタンゲ親方に聞く。 「親方さん、今のはこのあたりで一般的に使われている技?」 「いや、見たことがねえな…」 さて、3番手は霧雁だ。 「ザシャアッ!」 擬音を発した彼は、「ククク…」と悪役っぽく笑う。 気のせいだろうか、顔がいつもより濃くなっている。やたら眉毛が太い。 「果たしてお前に、拙者のフィニッシュブローを破れるだけの必殺拳が編み出せるかな? とおっ!」 彼はいきなり天井まで跳び上がり、そこを踏み台にして、アヤカシの真上から拳で襲いかかる。必殺技名を叫びながら。 「くらえ、刃裏拳暴流人!!」 その姿、さながら彗星。 なんだかすごそうだが子細が全く不明な攻撃に、アヤカシが倒れる。 勝ち誇る霧雁。 「フッ…てめぇの力はこんなもんじゃねえはずだろうが〜もっと気合い入れやがれ!」 観客席では囁きが交わされる。 「おい…今のは反則じゃないか?」 「いや…どうなんだろう…」 「確かに攻撃は上半身だし拳しか使ってないが…」 審判役の伏路は急いでルールブックをめくった。 とりあえず『天井に跳び上がってはいけない』とは書いてなかったので、警告を入れないことにする。ゆっくりめのカウントを取る。 「6、5、よーん、さーーーーん、にーーーーーーーー」 アヤカシは立ち上がった。 何かが来る。 そうと察した霧雁は、再び宙に跳び上がった。 繰り出されるファイナルブロー。 「刃裏拳暴流人!!」 落ちてくる拳に向けアヤカシは、強烈な左フックを繰り出した。 『儀矢楽丁佳浮庵兎夢!!』 理屈がさっぱり分からないが、その背景に銀河が見えた。 「がはぁ!」 口に仕込んでいた血糊で吐血した霧雁は、派手にジムの外まで吹っ飛んで行く。 砂ぼこりにまみれながら歩道に転がった後、ニヒルな笑いを浮かべる。 「フッ…や…やるじゃねぇか…おめぇの…勝ち…だぜ…」 そしてがくり、と気絶する。とはいえレイアが引きずって屋内へ戻すとき尻尾が動いていた。演技であろう。 竪琴を弾きながらリーネが言った。 「アルバルクさま、果たして今のはボクシングという範疇に入れていいのでしょうか?」 「そうさな。限りなく黒に近いグレーっぽくはあるが、いいんじゃねえか」 さて、次は亮。 「んじゃあ、拳で聞いてみる!」 これまでの試合を観戦したおかげでアヤカシの癖が分かってきた。 挑発に乗りやすい。ガードには比較的気を使っていない。派手に決めようという願望があるのか一発KO狙いが多い。 そしてルールは順守。 (ボクシングへの執着で出来上がっているだけの事はあるな) グローブを着けマウスピースを咥え、リングという戦場に躍り出る。 ボクサー相手に普通にボクシングで勝負したら、十中八九負けるに決まっている。己の得意分野である接近単打に引きずり込むべし。 流れの主導権を持たせないため、自分から仕掛けていく。 下から順に臓器のある部分を狙う。正確かつ強烈に。 レイアからしこたまくらいダメージが大きくなっていると思われる肝臓周辺は、特に重点的に。 (被弾直撃だけは避けないとね。一発で潰される) アヤカシは彼女を引きはがそうと、次々重いパンチを脇に見舞ってくる。 その一撃一撃は確実に体力をそいだ。 ボディへの攻撃は時間を置いてじわじわくるもの。気が付いたら亮の足元はふらつき始めている。 ざわつく観客。 「やばいんじゃねえのか?」 「足元ピヨりだしてんぞー、虎の姉ちゃん!」 伏路は司会席にだけ届くように、声を飛ばす。 『ここらで一発盛り上げ頼む!』 リーネは竪琴を激しくかき鳴らす。憎いあんちくしょうの顔目がけ叩きたくなるような歌を歌う。 アルバルクは危機感をあおる解説。 「まずいな…やっこさんスタミナが切れかけてるぜ」 言葉どおり亮はすっかり力尽きた体でリング隅に追い詰められ、受けの一手。 これはそろそろKOされるのではないか。誰しもがそう思った。 が、それは違う。すべては作戦だ。隙を窺っていたのだ。 強烈な左フックが見舞われたそのとき、彼女が動いた。 拳の損傷は度外視し、全身全霊をかけ、必殺の右を繰り出す。 「くらえええええええ!! これが私のファイナルブロー!!」 彼女の腕が真っ赤に燃える。 炎は大きく翼を広げた鳳凰の姿となり、けたたましく鳴いた。 「ハートブレイクショット!!」 心臓の真上に入る拳。 アヤカシはリングに沈んだ。 亮は…これまた限界が来たかバタリと倒れた。 伏路はカウントを取る。 「10…9…」 取りながらこっそりアヤカシ側に、練力を使っての支援を送る。完全燃焼するために後ひと試合は入り用かと思われたので。 「8…7……ろーーーく…」 アヤカシがむくりと起き上がった。 「543210! 勝者名無し!」 「おい、後半カウント早すぎじゃねーのか!」 観客席からの突っ込みは流す。 「では、最後の挑戦者――水鏡 絵梨乃!」 自分は正攻法でいかせてもらおう、と絵梨乃は最初から決めていた。 相手がボクシングの化身である以上、こちらも同じボクシングで勝負させてもらう。 (本当は蹴りの方が得意なんだけど、たまにはこういうのも悪くない) これまでに4試合を経てきていることから、アヤカシもかなり消耗している。初戦ほどの動きのキレがなくなっている――とパンチを受けながら思う。 左ジャブで距離感と反応速度を把握しながら、コーナー内を回るように移動。 (1、2・3、1、2・3…) 相手のリズムをつかみ取れてきたら、攻めへの転換だ。 わざと拍子を崩した変則的なジャブを繰り出し、先方の動きが崩れた合間合間に、右ストレートへともって行く。 狙いはみぞおち一点。いかに向こうが削られているとはいえ身長差は大きい。いきなり頭狙いは難しい。 打ってはかわし打ってはかわしの、暁に似たヒットアンドアウェイ戦法を取る。 しかし彼女はNINJIAではない。終盤近くから泰拳士としての本領を発揮する。 守ることは考えない。攻めの一手、ノーガードでのインファイト――乱酔拳を使っての。 くにゃくにゃふらふらとした不規則な動きに攻めあぐねているのか、アヤカシはしばしジャブで様子を見ていたが、やがて意を決したか例の――蛇のような動きを見せ始めた。 いつの間にか客席にいる霧雁が、ドリンクを片手に叫ぶ。 「出た! コブラヘッド戦法でござる!」 いつの間にそんな名が付いたのだろう。 ともかく観客たちが予想もつかないタイミングでアヤカシは、真正面からの右ストレートを放つ。 ほぼ同時に亮も繰り出す――右ストレートを。 互いの左頬にめり込む拳。 アルバルクが吠えた。 「おおーっと、こいつは見事なクロスカウンター!」 両者ともリングに沈んだ。 「10、9…」 カウント8で絵梨乃の体が動く。 「くっ…効いたよ今のは…」 片膝をついた姿勢から、立つ。 「ななーーーーーーーー…ろくううううううううううう…ごーーーーーーーーおおおお……よーーーーーーーんんんんんん」 果てしなく間延びしたカウントのさなか、アヤカシも何とか立ち上がろうとした。 しかしどうしても体がいうことをきかない。 「ぜーろおおおおおおお!」 尽きるカウント、鳴らされるゴング。悔しげにリングの床を叩くアヤカシ。 そこにふわっと手ぬぐいがかかってきた。 見れば涙をためたリーネ。何故か尼僧姿。 「名無しくんお願い、もうやめて! もういいの! あなたは十分戦ったわ!」 先の対戦相手たち――レイア、暁、霧雁、亮がそれに続く。 「なかなかいい体験をさせてもらったぞ!」 「僕は断然ボクシングよりレスリング派だけど、重量級は別扱いにしてもいいよ!」 「ここまでやったなら誰もけなしたりしないでござる!」 「大手を振って逝けるよ!」 絵梨乃はアヤカシに近づき、肩を貸して立ち上がらせた。彼の右腕を高く、高く掲げる。 すかさず伏路が観客席に呼びかけた。 「皆様、名無し選手の健闘をたたえてください!」 沸き起こる歓声と拍手。 アヤカシは感涙した。どこに目があるのか不明だが。 そして、そのまま砂となって崩れ落ちた。 アルバルクは苦笑して、煙草の煙を吐き出す。 「…ま、たまにはこういう退治の仕方があってもいいやな」 |