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■オープニング本文 天儀にはヒナマツリと言うものがある。 女の子が祝う女の子の祭りである。 人形をひな壇に乗せ飾る。 周囲には花などあしらう。 お酒が出る。 お菓子が出る。 女の子は晴れ着を着る。 以上の知識のみで、ジルベリアinひな祭りは開催された。 先に出た約束事に従い、設置された多くのテーブルにはワインと菓子――ケーキだのババロアだのパイだの果物だのが並べられている。 飲み放題食べ放題というわけ。 圧巻なのは正面に作られた巨大なひな壇だ。 赤い絨毯を引き、春の先触れとなるべき桃の枝をあしらい、隅から隅まで人形を並べている。 大半が白磁の肌にガラスの目に絹のお洋服というビスクドール。 青や緑や茶色の空ろな視線を意識すると、ちょっと落ち着かなくなってきた。 所々に異風な人形も混じっている。 天儀の華やかな着物を着た黒髪黒目の市松人形。 基本おかっぱだが、妙に髪が伸びているものもいる。左端のはさっき姿勢を直したばかりなのに、またいつの間にか横を向いている。 気のせいだろう。 変り種としては、でかいハサミを持ったちっとも可愛くない顔のそばかす坊や。 何故か等身大のピエロも混じっている。どこかのハンバーガー屋だがドーナツ屋だかのマスコットで、顔はにこにこしているのだが目が死んでいた。 その横には小太りで白髪白髭、ステッキを手にした血色のよい老人――これまた等身大マスコット。確か唐揚げ屋の広告に使われていたはずだ。先ほどのピエロと同様張り付いた笑みを浮かべている。 しかしこの、太ったおッさんが亀甲縛りで三角木馬に乗せられ女王様から鞭でしばかれているフィギュア…一体誰得なのか。 いやまあそれはマシな方。全身見えないくらい包帯で巻かれた上ピンを刺しまくられている人形の、近寄りがたさに比べれば。 あっちのこけし首が180度回転しているが、子供の悪戯だろう。 桃の枝に首吊り状態でぶら下がっているあれもきっとそうだ。舌を出すまでリアルに作らなくてもいいものを。 あのシンバル持ったサルの人形、誰もネジを巻いてないのに動き続けている。動力に宝珠でも使っているのだろうか。 物珍しさからだろう、地元の女学生たちがどやどや入ってきた。 当たり前だが、騒然とし始める。 「うおっ…こ、こういうお祭りなんすか、ヒナマツリって」 「めっちゃ猟奇やん…帰ろかな」 「まあ待つっすよアリス、試しにあのピエロに近づいてみるっすよ」 「やめえ押すなや! あんたが行けアガサ!」 |
■参加者一覧 / ルオウ(ia2445) / エリナ(ia3853) / 菊池 志郎(ia5584) / 鈴木 透子(ia5664) / 无(ib1198) / マルカ・アルフォレスタ(ib4596) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / 雨傘 伝質郎(ib7543) / 伊波 楓真(ic0010) / ジャミール・ライル(ic0451) / ドミニク・リーネ(ic0901) / サライ・バトゥール(ic1447) |
■リプレイ本文 会場に入ったジャミール・ライル(ic0451)はドン引きした。無表情なこけしの視線に脅え、見ないように目をそらす。 「何これこわ…ひなまつり、って何かよくわかんねぇけど…なんか怖い系の祭りなの? リーネちゃん」 一緒に来ているドミニク・リーネ(ic0901)に尋ねたが、彼女も彼と同様本物のひな祭りを知らない人間であるからして、はかばかしい答えは得られなかった。 ジャミールと違い、ちっとも怖がってない。 「おひなまつり! お人形を飾るお祭りなのね、すてき!」 歌って踊って飲み放題食べ放題という場に、浮かれていることはあるにしても…男女における感性の差であろうか。 リーネの相棒羽妖精サフィアは、ジャミールの相棒迅鷹ナジュムの頭に乗って、そんなふうに思うのである。 『モウカリマッカー』 妙にかん高い声が聞こえてきたので振り向けば、等身大の人形がトテトテ太鼓を叩いていた。 丸ぶちメガネにど派手なシマシマ衣装、そしてとんがり帽子。 「あっ、これ天儀の修学旅行で見たことあるっす。クイダオーレとかいう奴っす。あたしあれがどうやって喋ってるのか不思議だったっす。どういう原理なのか確認してくるっす、アリス」 「あんたが行け」 「いやっす。なんか下着泥棒しそうな目しててキモイっすもん」 「あんたが嫌なもんはうちかて嫌じゃボケ!」 「ぐおぅ! 放すっすよこの脳筋女!」 ヘッドロックをかけたり膝を蹴ったりしあう女子生徒達。 そこにマルカ・アルフォレスタ(ib4596)が、相棒鬼火玉、戒焔を連れてやってくる。 「ごきげんよう。アリス様とアガサ様は今日も仲良しですわね♪」 「あ、マルカ。なんやそれ」 アリスが目を丸くするのもむべなるかな。マルカは本日ジルベリアドレスではなく、天儀風の振り袖姿なのだ。 桜色の地に薄墨と金の交じった花びらが散るという、天儀らしい繊細な仕立て。 「雛祭りと聞いて天儀風の装いにしてきたのですが、いかがでしょう?」 「ええやん、ごっつかわええで」 「全くっす。異国の衣装って印象が変わっていいっすよね。どこで買ったんすか?」 「ああ、それは――」 ファッショントークに突入しかけたマルカは、ふと唐揚げ屋の人形を見、驚愕した。 「こ、これは呪いの人形では!?」 今度は番長コンビが驚愕する。 「ええっ!?」 「マジっすか!? この営業スマイルのおっさんに、一体どういう謂れがあるんすか!?」 箸が転んでもおかしい年頃の娘たちは、ノリのままに動く生き物だ。 「かつて天儀の戦乱時、虎皮を来た軍が勝利。その時歓喜の余りこの人形を川に放り込んだ所、それ以降勢いは下り坂、弱小に成り果てたと…天儀ではこの人形の呪いと専らの噂ですわ!」 呼びもしない雨傘 伝質郎(ib7543)がひょいを顔を出し、同調する。べんべん琵琶をかき鳴らしながら。 「その話、生粋の天儀っ子であるあっしが保証するでやんすよ…虎皮軍の子孫たちは毎年猛虎の再来を口にしているでやんすが…低迷から浮かび上がれずじまい…天儀降ろしは遠い昔の夢の露と消えたのでござんす」 くくうと涙を拭う伝質郎。相棒駿龍の質流れが、悲しげにウォーと吠えて合いの手を入れる。 ● アリスたちから離れた一角では、菊池 志郎(ia5584)の相棒羽妖精、天詩が笑い転げていた。 「あはははは。ねえ、しーちゃんこれおもしろいよしーちゃん」 彼女がぼんぼん飛び乗って遊んでいるのは、赤ちゃん人形。腹を押すたびに『ママー』と声を出す奴だ。 しかしこれは腹を押すたび、うつろな笑いを響かせている。 『アーッハハハハハハアーッハハハハハアーッハハハハハ』 「何これ怖い……ジルベリアの人の感性って、随分天儀と違うんですね」 志郎は今更カルチャーショックを覚えるが、それを味わい続けている暇は無い。天詩がやりたい放題なのだ。 「お人形さんいっぱーい。うたがかわいくしてあげるね」 髪の伸びた市松人形の髪を三つ編みにし始める。かなりめちゃくちゃな編み方なので、見ているほうはハラハラだ。 「あっ、これ動くんだ。えいえいえい、えい」 首を回したりする段に至ってはハラハラどころではない。心臓バクバクだ。 「天詩、きっと呪われますからやめてください…ひえええええ首抜いちゃ駄目ー!」 その悲鳴を聞いたエリナ(ia3853)は、前以て空想していた『女の子のお祭り』への認識を改めた。 どの観点からしてもこれは、五月祭のようなものではない。 (ハロウィンみたいなものかしら。アヤカシっぽいのもいるし、きっとそうね…なんかちょっとこわいけど…) 彼女と手を繋いでいるルオウ(ia2445)もまた、ただの祭りにしてはなにかおかしいなー、とは感じていた。 「それにしてもなんか騒がしいなあ?」 彼女の相棒甲龍ルーナと彼の相棒迅鷹ヴァイス・シューベルトは人形たちに近づき嗅ぎ回したりつついたり。 そのたびにうめき声が起きる。 『ギィエエエエエ…』 『オオオオ…』 伝質郎はそれをBGMにし、歌う。ひな祭りの歌を。 「明かりをつけましょしょんぼりに〜♪ 枯れ木にお花を咲かせやしょう〜♪ 五人囃子はハゲあたま〜 きょうは楽しいひなまつり〜♪」 自作クッキーを会場に持ち込み並べる伊波 楓真(ic0010)は、思わず呟いた。 「どうしてこうなった…」 お菓子並べを相棒炎龍カルバトスに任せ、憤慨したようにひな壇へ歩み寄る。 「どう考えてもおかしいですよ…人形の配置が滅茶苦茶じゃないですか!」 気にするのはそこだけでいいんだろうか。 春風駘蕩に思う鈴木 透子(ia5664)は、ミルクレープをもぐもぐ。 「何となく、はろうぃんを思い出します…これがきっとジルベリア気質なのでしょう」 相棒羽妖精の白梅も、ブッセを両手で抱えてもぐもぐ。 「あとかたもないー」 リィムナ・ピサレット(ib5201)はぼろぼろかすを落としながら、密林檎がたっぷり入ったパイを、豪快に丸かじり。合間にジュースで喉を潤す。 甘いものに飽きたらクラッカー。 「食べ放題に飲み放題なんて気前がいいね♪ ちょっと天儀のとは違うみたいだけど♪」 相棒迅鷹サジタリオは、会場をぐるぐる旋回している。どうやら現場警護をしているつもりらしい。 「サジ太、真面目だね♪」 サライ(ic1447)は横目で手直しされて行くひな壇を眺めていた。 几帳面に姿勢を正されたそれは、楓真が場を離れると同時に崩れ落ちたり倒れたり。 はなはだしきは頭部が180度回転したり、ゴトっと落ちたりする。 ああ言うのを見ていると、口にしているバナナのタルトも甘く感じられない。 「何だか悪い予感がします…」 相棒羽妖精レオナールは、30センチ級の巨乳をサライの頭にもたれかけさせ、いとおしげにつむじをぐりぐり。 「きっと気のせいよ♪」 そしてほっぺたを嘗める。 「ショタぺろぺろ」 そこに、无(ib1198)がぶつかった。 「おっと失礼」 无の頭に乗っていた相棒宝狐禅のナイは、バランスを崩して落ちそうになり、あわてて頭上につかまり直す。 それを見たサライは顔をほころばせた。 「わあ、かわいいコーギーですね」 「あ、いえすいません。確かに尻尾はないし胴長短足体型で似てますけど、コーギーじゃないんですよ、ナイは」 「あれ、そうなんですか。これは失礼を…」 勘違いに顔赤らめ頭を下げる少年。 そんなこんなしている間にリィムナは、瘴気除染がてら三角木馬フィギュアを見つけ、おおいにはしゃいでいた。 「うわっ、1/1スケールとかすごい! 関節全稼働ー!」 レオナールは女王フイギュアそっくりの格好で怒っている。 「クオリティの無駄遣いよこんなもの! なんで乗るのがショタじゃないの! 苦悶するならおっさんよりショタ! 断然ショタよっ!」 それは断然その通りだと、リィムナも同意する。M字開脚のポーズをさせたおっさんの額に、火の付いたローソクを立てながら。 「サライくん可愛いよね…いじめるとゾクゾクしちゃう♪」 二人でこしょこしょ相談した後、サライのもとへ。 「…ねぇ、こないだの依頼で堂々と皆にセクハラしたよね? 悪い事した子はどうなるのかなぁ?」 「…ええっ!? で、でも僕わざとじゃなくてっ」 「聞いたわよサライ! なんて悪い子かしら! これはもう…折檻ものね!」 「さあ、お仕置きだよサライくん♪」 ● 視線を元の場所に戻せば、透子がアリスたちに講義をしていた。 「これが本場天儀でも殆ど忘れ去られてる、流し雛ですね」 「なんやちゃちいな。折り紙ちゃうの、これ。どやって飾るん」 「もともとは、こうやって飾るものではないんですよ」 「じゃあ、何のためのものっすか?」 「厄払いです。小川に流せば厄が落ちる…アガサさんアリスさんもどうですか?」 横で聞いていたマルカはその話に、ひっかかりを覚える。 「あの、もし。流れた厄はどこに行くのですか?」 「ご明察です。『恋ぞつもりて淵と成りぬる〜』ではないのですが…アヤカシになったり、陰陽術の…あ、いえ、大部分陰陽寮が責任をもってお祓いします。下手で待ち構え、網で掬って帰ります。呪具の材料にはしません。本当です」 「合理的なシステムですわね」 不意にガタンと音がした。 ひな壇から落ちた天儀人形の首がすっぽ抜け、アリスらの足元にごろごろ転がってくる。 妙に離れた目の片方は上向き、片方は下向き。 「おほぉおお!」 「いひぃいいいい!」 逃げる番長たちを首が追いかける。ざんばら髪を振り乱して。 「いやああこっちくんなや!」 「怖い怖い怖いっすよ! 呪われるっすう!」 无はナイに聞いた。 「なぁあれ生き物か?」 ナイはフ、と片頬で笑い、ない肩をすくめる。 声を出さないのはパルフェを食べるのに忙しいせいか。 「…まぁそうね」 无は大量に持ち込んでいたあられを、親切てがら周辺にいた女学生たちに渡す。 「さて、この雛あられはですね、人に投げるものなんですよ。アヤカシ退散厄払いの意味を込め、天儀ではひな祭りに、必ずそれを行うんです――――冗談ですが」 最後の部分を彼女らは聞いてなかった。 その前に早速、番長たちへぶつけ始める。 「いたたた! 何すんねんあんたら!」 「逃げちゃ駄目ですの! これでそのアヤカシを退散させるですの!」 「主にあたしらへぶつけてるじゃないっすか!」 エリナはルオウの袖をつかんだ。 「さすがね、天儀の方がアヤカシのこわさは上って聞くわ…」 ごくりと生唾を飲むところ、無邪気な天詩が引っ込抜いたこけしの目から血が。 ニカッと口元が開いて歯並びのいい歯が。 気分はもうお化け屋敷。 「ルオウ、頼りにしてるからね…」 他にも異変は起きている。 可憐なジルベリア人形の顎が勝手にガクッと開いて開閉するとか、目玉が転がり落ちるとか、前を人が通るたびに視線が動くとか。 後は。 「サライくん、お仕置きだよ! 跨って!」 「うう…分かりました……痛たたたた! ご、ごめんなさいもう二度とセクハラしませんからー!」 「いい! もっとよ! ショタ最高!」 縛られ三角木馬に乗った少年の尻を叩きながら少女と羽妖精が跳びはねるとか。 どんな意味をもつ儀式なのか知らないが、全くもって天儀の祭りは摩訶不思議。 とはいえ、婚約者と2人幸せいっぱいなルオウに取っては、どれもこれも小事と思える。 「うーん…でも、ま、いっか。エリナ! どうしたい?」 「ええーと、そうね、ちょっとお腹がすいたから、向こうのケーキバイキングに行きましょう。チョコレートフォンデュもあるんですって」 「ん、そうか。じゃあ一緒に食おうぜ!」 かくしてサライのことは完全にスルーされる。 「も、もう許してくださぁい! 二度とセクハラはしませぇええん!」 「イイ声…♪ だいじょーぶ、あたしは優しいから満足したら許してあげる♪ さあ、もっと鳴いてっ!」 「そうよっ、声が枯れるまで鳴くのよっ!」 「ひぎゃあああああ」 詳細は不明だが衆目を集めるショーが繰り広げられている。 そのように見たジャミールは、気持ち良く飲んでいたシャンペンの杯を降ろし、リーネに話しかけた。 「踊りも酒もあるよね、じゃあ俺らの出番じゃん?」 しかし彼女はすでに出来上がっていた。 天詩と一緒になって人形の頭をひっこ抜きすげ替えるという暴挙に出ている。さっきまで「ヤダお人形怖い〜!」とか言っていたのに。 「やだー二重に見えてきた!」 サフィアが心配し注意する。 「リーネ、そのへんにしといたほうがいいよ。人形が歯軋りしてるよ」 志郎も制止しようとしている。 「もう本当やめてください2人ともっ! 間違いなく祟られますからっ!」 それらの一切どこ吹く風で一張羅の前をはだけ、竪琴をかき鳴らすリーネ。 とうとう腰が立たなくなったか、座り込んだ。 ジャミールは彼女の襟を持ってずるずる引き寄せ、酔い醒ましの濃いコーヒーを渡す。 「リーネちゃん、伴奏してくれる? なんかこうさ、春っぽい雰囲気の一曲頼むよ。踊るから」 「んー、いいよジャミちゃん。じゃあー、『花舞う天女』、いっくよー」 アップテンポな曲に合わせジャミールは、脚を、腕を、全身を使って踊る。 人垣に気づいた伝質郎は、ぬかりなく近づき自分も売り込んだ。 「へへへっ 天儀の花見もご覧あれい〜」 リーネとは対照的に、ひねもす春の海のようなゆったりした謡。 会場の外にあった木々が一息に芽吹き、花開く。 「花さか男をご覧あれ〜御捻りもしっかりお願いしやすぜ〜」 ちゃっかり逆さにした傘に、投げ入れられるジルベリア硬貨。 小判はさすがになかったが、ひと稼ぎ分はある。 伝質郎はにんまり。で、見栄を切る。 「へへへっ、お厄払いましょう、厄落とし! こいつぁ春から縁起がいいわえっ」 梅の羽妖精である白梅は、この一足早い花見に、息巻いて抗議する。 「まだ、あたしたちの季節っ!」 満足げに席へ戻った楓真は、日当たりのいい場所でワインを楽しんでいた。 振り返ってみれば、またひな壇がぐっちゃになっている。 誰かイタズラでもしているんだろうかと周りを見渡すが、気にしていてもしょうがないと気持ちを切り替えた。アリス、アガサが乱入してきたので。 「そうだいいこと思いついたっす! アリスが囮になるっすよ! そんで食われている間にあたしが逃げるっす!」 「ふざけんなや! そんなんうちにとって全然メリットないやんけ!」 「もー、また仲間割れなのですか」 「2人ともじっとしててくれないとあられが当たらないじゃーん」 あられをとばっちりでぶつけられるのもクッキーを散らばらされるのも歓迎しないので、相棒のカルバトスに言う。 「なんとかしてください」 「がう」 カルバトスは尻尾をぶんと一振りし、人形の首を窓の外へ吹っ飛ばした。 花見をしていた庭の方から悲鳴が上がったが、まあこの際それはよろしい。 「助かったっす。感謝するっす、角の人」 「うちもや。あんがとさんな、角の人」 ● 宴はたけなわ。やっと春の祭りらしくなってきた。 无は一応、ということでひな祭りの由来を参加者に解説している。 「古の時代、三月上巳に水辺に出て祓の行事を行う風がありまして、後に人形で体を撫で川や海に流すという形を取るようになったのですが、徐々に人形が装飾的になり、女児の祭りとなるに従ってその傾向が強くなり…まぁお雛様の原型は人身御供という異説もありますが、大体定説としてはそのようなもので…」 それを聞く志郎は、疲労を覚えていた。 「結局俺何しに来たんだっけ…?」 酒とお菓子を楽しみに来たはずなのだが、碌に味わえていない。全ては相棒が自由すぎるせいだ。 こけしの首抜きとすげ替えの次は、首吊り人形のお化粧――おてもやんみたいになっている。疲れるだろうとサルのシンバルの間に粘土を詰め鳴らないようにしてしまい、ビクスドールの髪を最新にしてあげるという口実で盛りまくる。 これ以上彼らの怒りを買わないうちに早く退散するべきではないか…。 「しーちゃん、うたこの子と一緒におうち帰る!」 「よりによってピエロか! 絶対だめです!」 「やだー、この子連れて帰るう!」 「だめです! 夜中に何が起きるか分からないから絶対だめです!」 別の席に目をやれば、ささやかれる話題もおめでたい。 「ルオウはこの間『これから一緒に暮らそう』って言ってくれたの」 頬を染めて打ち明けるエリナに、マルカ、透子は言祝ぎを述べる。 「まあ、それはおめでとうございます、エリナ様、ルオウ様」 「式の日取りはいつですか?」 「いや、そこまではまだ決めてねーけどな、とにかくさ、一緒に、な?」 「わかってるわ、ルオウ。お祭りが終わったら……一緒に暮らしましょう…。わたし、苦手な料理もうまくなる。とっておきのを作って待ってるから」 (気のせいでしょうか、そこはかとない死亡フラグに聞こえるのは…) 思いながら无は、持参の梅・桃・すももの果実酒を彼らに差し出した。どれも手間暇かけ、ほどよく熟成されている。 「固めの盃というにはあれですが、よろしければどうぞ」 しかしそれは、踊りを終え舞台から降りてきたジャミールに引ったくられた。 「いやー、踊ると喉が渇いてさ。疲れるし甘いもの欲しくなるし。あ、こっちのとか美味しそうじゃない? リーネちゃん。はい、あーん」 「あーん。はい、ジャミちゃんもあーん」 「あーん」 オレンジピールの入ったマドレーヌを口に入れてやったり、入れてもらったり。 リーネとジャミールは、とても仲良し。 「ひどい目にあったっす」 「ほんまなんやねん、この祭り」 「祭りだと思うからいけないです。肝試しと思うです」 「それにしたって被害が片寄り過ぎやろ!」 雑談しながら戻ってきたアリスたちに、マルカが手を振る。 「まぁそれはそれ、天儀で習った雛祭りの歌がありますの。よければご教授を。わたくしのフルートの演奏で歌いましょう」 これにアリスは渋った。 「えっ、歌はちょっと…」 「あら、どうしてですの」 にやにやしながらアガサが説明する。 「アリスねー、びっくりするほど音痴なんすよ」 「あんたかてピアノド下手やんけ!」 「へん、音痴よりピアノ下手なほうがマシっす!」 また争いになりそうなところ、マルカがやんわり引き分ける。 「それではアリス様には一緒に伴奏をお頼みしましょう。アガサ様にはソプラノのパートをお願い致しますね」 リキュールを心行くまで飲み干したリーネが、竪琴を鳴らし参加してきた。 「それならわたくしも、微細ながら協力させていただくわ。天儀の楽もぜひ身につけたいので」 戒焔は踊りたくてうずうずし、リズムをつけ燃え上がる。 「きれいな合唱ですね…あいたた…」 やっとお仕置きが終わったサライはお尻を押さえながら、リィムナがシュークリームの山を崩して行くのを見守る。 チョコレートからカスタード、モカ、生クリーム、レモンクリームに至るまで次々平らげて行く彼女の口元はべとべとだ。 元気のいい食べっぷりに亡き妹の姿を重ね合わせつつ、ナプキンで口元をふいてやる。 彼女はふああ、と大あくび。 「お腹一杯になったら、なんだか眠くなってきちゃった」 「あ、いいですよ寝てください。帰りには起こしますから」 「ほんとー、ありがとー♪」 壁際の長椅子で彼女は、コテンと眠り込む。 サライは枕がわりに腕を貸し添い寝してやる。かつて妹にしてあげていた様に。 「おやすみなさい…」 サジタリオも一旦降りてきて羽休め。レオナールは相変わらずショタぺろぺろ。 曲が終わった後、リーネも安らかに寝る。クイダオーレを枕にして。 『モウカリマッカー』 「ぐう…」 酔っ払いと女子に、怖いものなし。 |