天気屋2人
マスター名:KINUTA
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/01/25 05:03



■オープニング本文



 アル=カマルのとある町は、現在異常気象に見舞われていた。
 ここ一週間、ずっと晴れと雨が続いているのだ。
 矛盾しているようだが、本当に晴れと雨が続いているのだ。町の真ん中からきっぱり二つに割れて。

 右半分のエリアが昼夜問わず土砂降り。
 左半分のエリアが昼夜問わず晴れ。

 晴れについては誰もさして疑念を抱かなかったが…雨については怪しまないではいられない。何故って、今は雨季ではないのだ。
 雨が続くと泥煉瓦の家は水が漏ってくる。
 右半分の住人は屋根に防水布を被せるなどして、現在何とかしのいでいるが、道はぬかるみ壁は崩れ、難儀この上ない。
 自然の天気にしてはおかしい。
 なにかあるのではないか。
 皆そのように疑った。
 その考えは全く正しかった。
 この町は実は、アヤカシに見入られていたのである…。

「ほほほ、どうかしら。私の方が明らかに迷惑をかけていてよ。あなたの負けね、晴男。あなたの存在、そもそも気づかれてさえいないじゃない」

「いや、勝負はこれからだ。この地方はじき雨期に入る。そのときになれば今度は君の存在が彼らの意識から消え失せることだろう。大体干ばつの方が明らかに被害は大きい」

「往生際が悪いわよ。洪水の方が明らかに被害が大きいわ」

「水がないと人は死ぬ。動物も死ぬ」

「水がありすぎたって同じことよ。とにかくね、あなたには負けないわ」

「それはこっちの台詞だ、雨女」

 …そう、この酒場の隅で妙な会話を交わしているアヤカシ――雨女と晴男に。

 彼らを追い出さない限り、当地の天気はずっとこのまま変わらないだろう。
 只今晴れ。
 同時に雨。






■参加者一覧
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
リンスガルト・ギーベリ(ib5184
10歳・女・泰
雨傘 伝質郎(ib7543
28歳・男・吟
八壁 伏路(ic0499
18歳・男・吟
サライ・バトゥール(ic1447
12歳・男・シ


■リプレイ本文



 砂の街道をはるばると、旅のラクダが2頭行く。

 雲一つないアル=カマル晴の下、リンスガルト・ギーベリ(ib5184)は、サライ(ic1447)に話しかける。

「サライ…よくぞ回復してくれた…妾は嬉しいぞ。体はもうよいのか?」

「ええ、体はもう大丈夫です…わざわざご同行頂き、ありがとうございますリンスガルトさん。ああ、初の里帰りです。この近くに故郷があるんですよ」

 柔らかな彼の表情が、長い苦悩の果てにやっと取り戻されたものであると、リンスガルトは知っている。
 アル=カマルから旅芸人一家の一員としてジルベリアに来たサライは、運悪く凶悪な賊に教われ親を失い、妹とともに売り飛ばされた。子供を死ぬまで嬲りものにするのが趣味という闇の紳士クラブへ。
 開拓者の尽力により彼は、他の被害者たちと共に救出された。
 クラブの首謀者は死んだが、既に殺されてしまっていた者は帰ってこない――彼の妹のように。
 深く刻まれた心身の傷は、癒えたとしても消えはしない。

「そうか…気にするな、妾が好きでやっておる事じゃ。それと、そんな口調はやめじゃ。リンスと呼ぶがよい♪」

 滅相もない、とサライが首を振った。ロップイヤーの耳がぶんぶん揺れる。

「そんな…呼び捨てになんて出来ませんよ…僕をあの悪魔…ジルドレ公の軛から助け出してくれた恩人であり、それ以降も何かと目をかけて頂いている方をそんな」

 淡い苦笑を浮かべたリンスガルトは、そういえば、と話題を変える。

「ご両親の所在が判明したとな」

「はい。幸いな事に襲われた場所の近隣の村の方が荼毘に付して埋葬してくれていました。妹は…遺体の一部が保存されていましたので…漸く、皆の遺骨を故郷に埋葬できます…」

「そうか、よかったのう…おや?」

「なんでしょう。変ですね。あそこ」

 2人はラクダの足を止める。
 行く手に見える町の上にだけ、ポツンと黒雲がかかっていた。

「確かに妙よな――汝の初仕事といくかの。急ごうぞ」



「ふむ。思った以上に妙じゃ」

 町は定規できっちり分けられたような空模様。
 右半分が雨、左半分が晴。

「のう、サライ。アル=カマルではこのように雨が降ることもあるのかの?」

「いいえ、リンスガルトさん。降るならもっと空全体に雲がかかるはずです」

 八壁 伏路(ic0499)は境界線上で、晴れの側から雨の側へ手を出したり引っ込めたりしている。

「これほどわかりやすい異常気象は初めてお目にかかるぞ」

 自然現象ではあるまい。そう踏んで彼は雨雲を凝視し、かぶりを振る。

「やはりのう、なにやら呪いがかかっておる」

「へへっ。まあそんなとこでやんしょうね。とりあえず事情を聴いて回ってくるのが吉でやす」

 和傘『枝垂桜』をかざす雨傘 伝質郎(ib7543)は、雨の側に入って行く。
 鈴木 透子(ia5664)が続く。伏路も。

「そうだな。例えば不審な旅人がこなかったか、どうか。可能ならば逗留先も聞こうぞ。急な災いは外から来るものであろうよ」

 舗装されていない道路は汁粉状態。家々は防水布をかけているが、壁はたっぷり水を吸い飽和し溶け落ちそう。
 伝質郎はそれらの様子を見て、思惑ありげにニヤニヤした。

「どんなお日和でも誰かの特にならないということはないでやすよ。人の世では良いも悪いも乗り方次第、善行は悪行で悪行も善行でやす」

(…悔しいけど陰陽道的です。)

 そうだ、そういう姿勢で自分も事にあたらなければならない。陰と陽を司るものとして。
 心を引き締め拳を握る透子の耳に、伏路の独り言が飛び込んでくる。

「やれやれ、こう雨ではこちら側に露店はないか…さて、エリカ殿の懐妊祝いは何がよいであろうか」

「ええっ!? エリカさんおめでたなんですか!? いつから!?」

「つい最近らしいぞ。まあ本人に聞いた訳でないが、信頼出来る情報筋からそのような話がな、流れてきてだな…」



 手分けして各方面の聞き込みを行った一行は、カフェに集合。情報交換を行う。
 その結果、以下の事柄が確認された。

 一組の男女。
 旅人らしいが、どこの宿にも泊まった形跡がない。
 見るたび何事か言い争っている。

「後は…女は雨がザアザア降りなのに、傘もささず雨具も着ないでいるそうです。後男は、カンカン晴れなのに頭巾も帽子も被っていないそうです。お互いに晴男、雨女と呼んでいるようで」

 サライの報告終了を受け、リンスガルトが言う。

「今一つ漠然としとるが、そやつらがアヤカシであろうこと間違いないのう。どう見立てる、透子殿、伏路殿」

 アヤカシの生態に詳しい両人は、各々意見を述べた。

「まず第一に、そこそこ上級のアヤカシだと思います」

「しかり。気象を操るは並のアヤカシではない。デコピン一発でこちらが昇天するやも知れぬ。接触の際は気をつけたほうがいいな」

 隙間女もああ見えて上級並の能力だ。
 ともすれば忘れそうになる事実を再確認した彼は、もし実物が出たなら、自分は一番後方に控えておこうと考える。
 絨毯の上で座禅を組み沈思黙考していた伝質郎が、急に膝を打った。

「風が吹けば桶屋が儲かる。大風吹けば大喜び。しかしてェ…雨でも降った日にゃあ向こう三軒両隣、濡れてに粟のぼろもうけでございやす。よござんす、まず雨女についちゃあっしには任せておくんなせえ」

「何をされるおつもりですか?」

「いえ、へっへ、まず外堀から埋めさせて頂きやす。つまりでやすな――」

 一連の作戦内容を聞き終わった透子は、手のひらをぽんと拳で打つ。

「なるほど。いい案かも知れません。それならあたしは、晴男の外堀を埋めますね。あ、もちろんここの町長さんに許可を取ってからですよ」



 ざあざあ降りの町角に急遽、派手なテントが立てられた。
 中にいるのは伝質郎と伏路。背後には和傘が山と積んである。

「サァサァ手前取りいだしましたるは天儀の傘ァ〜!」

 呼び声とともに伝質郎が傘を開き、派手に見栄を切る。
 立て板に水と講釈する伏路。

「ご覧ください、この傘。丈夫で軽い高級天儀油紙性。しつこい雨からあなたをお守りします。骨は粘りとしなやかさを誇る貴重な天儀竹を使用。風が吹いても折れません。機能性と優美さを追求したこの異国情緒あふれるデザイン、すてきですね。本日は希望小売価格5000文のところを、特別価格一本1280文! 1280文にてのご奉仕です!」

「ええっ!? こんな高級品がそんなに安くていいんでやすか!?」

 大袈裟にのけぞる伝質郎に、これまた大袈裟な頷きを返す伏路。

「いいんです、今回はお客様への特別ご奉仕セール、赤字覚悟です!」

(…あの傘そんなに高かったでしょうか…?)

 天儀人として疑問を覚える透子だったが、原価を著しく逸脱しているというのではなさそうなので、見逃しておいた。
 賑わう傘売り場を通り過ぎ、リンスガルト、サライと一緒にカゴを抱え、町の反対側へ出て行く。
 彼女らは急遽洗濯屋をしている。
 雨続きの場所から洗濯物を預かり、晴れ続きの場所に干すという単純な仕事だ。悩んでいる家庭が多かったのか、始めてすぐ多くの注文が舞い込んだ。

「やってみると意外と楽しいですね。」

「乾くのうこっちは…見よ、壁も道もひび割れだらけじゃ」

「日照りと雨ふり…今のところ、人を死なせる程の強烈さは無いようですが…この先はどうだか分からないですね…」

 気候がおかしくなってしまっているからだろう、仕事にあぶれぶらぶらしている人の姿も、ちらちら見受けられる。

「…これ、貧しい人とか主婦の副業とかにできるかもしれません。」

 透子は洗濯物を干し終わってから、道端で愚痴をこぼしあっている婦人たちの間に入って行く。

「もしもし、お暇ならこのお仕事お譲りしたいのですが…あ、長くは続けられないから、稼ぐなら今のうちだけですよ?」

 雨の側にいる伝質郎は傘を求めにお集まり頂いた奥様方に、新たな商談を持ちかけていた。

「雨降る国天儀で鍛えられた家屋への建て替え考えられたことはありやせんか。新築改築りふぉーむなんでもござい。業者への口利きはあっしが」

 傘のおまけとしてもふら根付けを配る伏路は、近づいてくる人外の気配に気づいた。

「なんだと雨女。致命的な被害を与えるのは晴れだ。断じて雨ではない」

「ふん。乾くより濡れる方が気分が悪いに決まっているわ晴男。体温奪われて肺炎になったりするのよ」

「脱水症状の恐ろしさを知らないようだな。水分が飛ばされたあげくミイラとなる悲惨さはどうだ」

 半眼になって声がする方を見れば、話に聞いたとおりの男女ペア。



 透子たちは境界線上で女と口論している男に近づいてみた。
 途端に皮膚の水分が蒸発するような感覚を覚える。

(間違いない、これはアヤカシです)

 確認を取った透子は、まず相手に話しかけてみた。

「失礼ですが、アヤカシの晴男さんですか?」

「いかにもそうだが」

(あっさり認めちゃうんだ)

 いいのかなと思わなくもないサライだが、会話は勝手に進む。

「あの、雨季まで町に留まってほしいって言ってる方もいるみたいですよ。ほら、あんなふうに洗濯物がよく乾きますから…」

「何ィッ!?」

 透子の指摘に激しく動揺する晴男。
 雨女がほほほとあざけり笑う。

「人間の役に立ってはおしまいだわね。私の勝ちね」

 そこへ伝質郎がよってきた。

「手前、雨傘伝質郎と申しやす」

 まず名乗りあげ、手もみする。

「蛙の面に水ってェやつだァ。良いも悪いも人の世では乗り方しだいですぜ姐さん。傘はバカ売れ、家屋リフォームの注文も引きも切らず。あっしゃ商売人として笑いが止まりやせん。どうぞこれからもここに逗留していてくだせえ恵みの女神様」

「何ぃっ!?」

 晴男に負けないくらいの驚愕を示す雨女。
 今度は晴男が笑う番。

「ははは。女神とは落ちたものだな」

 このやり取りだけで大体両者の関係性が分かってきたが、サライは一応聞いてみる。

「あの、すいません。あなたがたは一体どういう目的でここに?」

「どちらが人間に迷惑を与えられるか」

「アヤカシとして勝負しているのよ」

 実際迷惑以外の何物でもない。

(とはいえこれ、うまくすれば人の役に立ちそうな)

 思いを巡らせるリンスガルトは、サライがこそりと渡してきた地図を見、ひとくさり思案。そして手を挙げる。

「汝等、なぜ対立する者同士一緒に行動しておるのじゃ? 別々に行動し、一定の期間…例えば一年毎に会し成果を自慢すればよかろう。雨季と乾季、それぞれに影が薄くなるのならば、晴男は雨季、雨女は乾季に活動し存在を誇示するがよい。此処と此処は特に日差し強く、此処は多雨となる。つまり、そこの住民はそれだけ暑さや雨に馴れておるから、汝等の能力が覿面に効くという事じゃ。馴れておらぬ天候は人に害を与えるからの」

 地図を魅せられたお天気ペアは顔を見合わせ、同時に口を開く。

「「一緒にいないと、こいつ絶対自分が勝ったと勝手に吹聴して回る。だからそういうのは気が進まない(わ)」」

(面倒臭いのうこいつら…)

 思う伏路は挑発を試みる。
 自分に対してではなく、彼ら同士を焚き付ける方向で。

「やい晴男。おぬし雨女に一泡吹かせるのが生きがいのようだな。あの女のせいで泥レンガの家々が水浸しだ。このうえカンカン照りになってはリフォームに勤しむ人々の楽しみが潰えてしまうであろう。さような嫌がらせはわしが阻止してみせる」

 晴男がはっとした。

「やいやい雨女。おぬし晴男に地団太踏ませるのが趣味のようだな。あの男のせいで木々も畑もへなへなで水瓶は空っぽだ。このうえ土砂降りになっては水を口実にバカンスを企む人々が悲しみにうちひしがれることになる。そのような悪業、わしが許さぬぞ」

 雨女がはっとした。

「「それもそうだ(わね)」」

 次の瞬間町を覆っていた左右の天気がスパッと入れ替わる。
 洗濯物の上に豪雨、防水用の屋根瓦をふき始めた上にぎらぎら直射日光。
 さっき自分が干したばかりの洗濯物が雨の勢いで地に落ち泥だらけになるのを見て、ぷちんと透子の何かが切れる。

「この辺りで諦めて下さい。ギルドが儲かるだけです。”地蔵の頭を蜂が刺す”です」

 彼女は呪殺符『罪業』をアヤカシ2名にべしべし飛ばす。
 両者形なきものに取り付かれ、盛大に血を吹いた。鼻から。

「なんだこいつら、開拓者か」

「全くうるさい連中だわ。仕方ない場を変えましょう」

 次の瞬間彼らは、姿をかき消した。
 伝質郎が禿げ頭を叩く。

「存外あっさり退散してくれたでやすな。いやいや、雨女なら拝んでも良いくれえやもしれやせん。まさかの渇水のときのため、とっ捕まえて廟にでも閉じ込めといても良かったやも…」

 晴れ渡った天の一角から近づいてくる音を、伏路は聞いた。サライも聞いた。
 伏路はとっさに腕を持ち上げ、結界を張る。サライは走りだす。
 そこへ滝かと見まごうほどの量の水が落ちかかってきた。

 間を置き、道路一面を浸す水たまりから一番に起き上がったリンスガルトは、苦々しげに呟く。

「最後っ屁かましていきおったわ…」



「町長さん、少しの間でしたが、お騒がせいたしました」

 水を垂らしつつ頭を下げる透子と伏路。
 町長は、いやいやと手を振った。

「いえ、アヤカシを追っ払っていただけて助かりました。なに、壊れた家はすぐ戻りますよ…ところでそのう…リフォーム話を持ちかけてきた御仁はどこに行かれましたかな? 話が違うと、大工ギルド衆から苦情が来ているのですが」

「ああ、あの方ですか。さあ…逃げ帰ったようですがどこまでかは…あたしは赤の他人ですので…」

「わしも彼とは昨日会ったばかりでしたので、そこはとんと…」




 故郷の村は昔のまま、オアシスの側にあった。
 サライは家族の遺骨を埋葬する。清らかな泉のほとりへ。
 目印にナツメヤシの苗を一本植える。
 膝をつく彼の背後には、リンスガルトがいた。

「…僕はもう立ち止まらないよ。開拓者として僕等の様に、虐げられ、苦しめられ、殺される人々がいない世の中を作っていくんだ」

 彼女は彼の背を撫でた。嗚咽に震える声を耳に受けながら。

「天国から…見ていてほしいな…」




 天儀の家まで無事とんずらした伝質郎は、コタツに入って寝転がる。

「はーやれやれ。狭くても我が家はいいものでやすなあ」

 炒り豆をかじりながら配達瓦版を読み、手を止める。


【アル=カマル異常気象? 干ばつ地帯へ例年にない恵みの雨 豪雨地帯では暗雲去る。】


「…どうやら引き続きやってるようでやすなあ、お二人とも…」