アヤカシねぶとり
マスター名:KINUTA
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/12/31 12:07



■オープニング本文


 みなたまお元気でちか。もふらのスーちゃんでち。
 気がつけばもう年末間近。
 いやあ、時のたつのって容赦なく早いでち。
 みなたま顔色が悪いでちな。
 脂汗浮いてまちでちな。
 実に実に苦しそうでちな。
 何かを堪えているというかそんな顔でちな。
 スーちゃんの手にしているねっちょりチョコバーすにっかーずを食い入るように見ていまちが、あげないのでち。はむはむ。
 別に意地悪ではないのでち。みなたまが憑いているアヤカシに屈してしまわないようにしているのでち。
 確か「ねぶとり」という名前のアヤカシでちたなあ。
 ダイエット、病気、その他諸々の食事制限に対する屈折と怨念から生まれたとか何とか。
 取り付かれたが最後、濃い味のものとか脂の多いものとか糖分過多なものとか、平たく言えば太りそうなものを食べたくて食べたくて仕方なくなるそうでちな。
 起きているときはもちろん、寝ているときにも勝手に体が動いて台所を漁るようになってちまうとか。だからねぶとりという名前がつけられたとか。
 とにかく我慢なのでちよ、みなたま。
 断食に入ってすでに三日。
 水だけで三日。
 そろそろねぶとりが音を上げて、体の中から出てくるのでち。そこを捕まえてぷちっとやるのでちよ。
 大丈夫みなたまならきっとやれるのでち。
 スーちゃん見守るのでち。他の相棒たんたちと一緒に、ぽてち食べながら見守るのでち。
 スーちゃんたちがこうしていれば、食べ物の匂いにつられて、ねぶとりがより外に出て来やすくなると思うのでち。

 それにしても、好きなものをおなかいっぱい食べるのって至福でちな。

 げふう。



■参加者一覧
ネネ(ib0892
15歳・女・陰
雨傘 伝質郎(ib7543
28歳・男・吟
何 静花(ib9584
15歳・女・泰
戸隠 菫(ib9794
19歳・女・武
宮坂義乃(ib9942
23歳・女・志
伊波 楓真(ic0010
21歳・男・砂
松戸 暗(ic0068
16歳・女・シ
ベアトリス・レヴィ(ic1322
18歳・女・魔


■リプレイ本文

 雨傘 伝質郎(ib7543)とスーちゃんは、揃って感慨深げな顔をする。

「ねぶとりでやすか。今はなきクニのばあ様から、よく聞かされたでやすなあ…『怠け者の女性に取りつく』とかなんとか」

「世間にいるおでぶうな女の人の何パーセントが憑かれての結果なのか、知りたいでちなあ」

「そこは言わぬが花でやす。もちろんこれは単なる言い伝え、実際とは違う点も大いにあったようでやす。少なくともとっつくにあたって、女人限定ということはないようで…」

 男である伊波 楓真(ic0010)に憑いた以上そう推測するしかない。
 とはいえ、やはり女性に取り付きやすいものなのだろう。残りの罹患者――ネネ(ib0892)、何 静花(ib9584)、戸隠 菫(ib9794)、宮坂 玄人(ib9942)、松戸 暗(ic0068)――全員女性である。

「まあとにかく、ねぶとりを退治いたしやしょう。とはいえこうあっちゃ、あっしはお手伝いに回るしかありやせん」

 憑依された人間は全員同じ場所に集まった。単なるダイエットさえ一人では挫折しやすい。励まし合い支え合い監視しあってこそ、目標達成もしやすくなる。
 というわけで。

「まずは環境作りが大事でやすぜ」

 手頃な一軒の家を借り、扉を南京錠で施錠。窓という窓には鉄格子を取り付け。台所の食料棚も鎖をつけカギをかけ――

「減量には水を断つのが一番なのでち。針金で蛇口をぐるんぐるん縛ってしまうのでち。拳闘士はそうするものだと、天儀の絵入り草紙で読んだのでち」

 ――スーちゃんの意見は取り入れず、水道はそのまま。
 ここまでビフォーアフターをしていれば、当然近隣の耳目に触れる。
 奥様たちも遠巻きにひそひそし始める。
 伝質郎はフォローにかかった。

「へへへっ 年の瀬は物騒でいけねェでやすから、ご用心ってやつでさァ。監禁じゃありやせんぜ?」

 監禁という言葉を使ったのがかえってまずかったのか、奥様たちは一層疑わしげな目でひそひそ声を強める。

「そういえば女の子ばかりだったわよね…」

「警察に連絡…」

 まずい。このままでは依頼を終えるどころか始める前にお縄になる。
 危機感を抱く彼の前に、スーちゃんが進み出た。
 ぴこぴこ尻尾を振りながら、奥様たちに説明。

「隠してはおけまちぇんな。実はこれ、『いきなり闘魂伝説』というものなのでち。年の瀬に水だけでどれだけ減量出来るかという無茶ぶりを新人芸人に課し、四苦八苦する様を高みの見物して楽しもうというコンセプトの催しなのでちよ。スーちゃんたちはさる芸能事務所から委託を受けている、下請けプロダクションの社員なのでち」

「あらまあ、本当!」

「ねえ、それならもしかして俳優さんも来たりする?」

 奥様方納得したようだ。
 禿げ頭を撫で下ろす伝質郎は、皆にこう呼びかけ、場を去った。

「姐さん方〜、気張りなせェ〜」



 静花は特に焦っていなかった。
 何を隠そうねぶとりにより暴飲暴食しても太ってない。もともと筋肉値が高く代謝のいい体、短期間ではそうそう変化も起きないらしいのだ。
 むしろ普段の体重を鑑みるに太ってもいいんじゃ、とも思える。
 女型からくり拳士雷花は、そんな主の意見をまっこうから否定した。

「駄目です。見ていたら食べるばかりで、鍛えるどころではないですもの」

「…そういえばそうだな。動けなくなるなら贅肉はいらない……よな」

 炎龍の星風は、主がダンベルを脇にピザを食べ続けていた情景を思い起こし、うんうん頭を振っている。



『頑張ってください、玄人様。もうちょっとで解放されるはずです!!』

 からくりの桜花は主である玄人のために、一所懸命ピーナツを食べている。
 といってもからくりは基本『食べる』ということをしない。食べようと思えば食べられるが(その挙句食べたものがどこに行くかは謎だが)、食は彼らにとって必須の生存条件ではない。
 そのあたりを玄人は、心から羨ましく思う。

「……桜花はいいな。このアヤカシに憑かれる要素がなくて」



 ジライヤの小野川は大きな尻をどかりと据え、主である暗の前で大飯を食らっていた。

「まったく…。シノビは潜入の時に飢餓にも耐える稽古をするというのに。こんな食べ放題の任務…ストレス解消になってしまうでござる!」

 でかい手にでかいどんぶりを持ち大盛りの飯をかっ込む。おかずは自作だ。

「新鮮なエビがあるから、これを大葉と湯葉で包んで…シソが内側、湯葉が外じゃぞ? 油であげてきた。火災を警戒しててんぷら屋は川べりに集中しておるが、湯葉はめんどくさいからメニューにあまりあがらん。こういう機会に食うべきじゃ」

 酒と共に七輪も持ち込み、うちわでバタバタ。

「味噌をよく焼いて香ばしさを出すんじゃ。酒のアテはこれくらいシンプルなほうが食がすすむ」

 又鬼犬のまろまゆを膝に抱え込む暗は、健啖ぶりを示す相棒に、疑いの目を向けていた。

(…小野川殿も腹にねぶとりがおるのではないか…?)

「レンコン餅と大根餅を持ってきた。わさびもあうと思うんじゃがどうじゃろう」

「好きにしてくれ…」



 迅鷹ベイリーズは大型ひよこになっていた。
 冬毛に生え変わったのと太ったのとあいまって、今にもぴよぴよ鳴き出しそうだ。精悍さとか素早さとかどこにも残っていない。鋭い鳴き声以外は。
 チョコレートケーキの上に止まりむしゃむしゃやって、クチバシをチョコだらけにし「キー」と鳴く。
 主である楓真はわけなく察した。その鳴き声が『これも主の為、もっと作り我に献上するがよい』という意味なのだと。
 空腹を紛らわすため水ばかり飲んでいるので腹が重い。
 握りこぶしがぷるぷる震える。

「凄く殴りたい衝動に駆られるのは何故でしょうか…」

 いけないいけない。アヤカシに操られているのだ自分は。
 そう思い込むよう努力した彼は、台所に入って行った。胃袋を重くするしか役に立たない水をお代わりするために。そして新たに与えるおやつを作るために。
 食糧庫は閉鎖されているが、持ち込んで来た原材料がある。小麦粉とバターと砂糖と卵。そして牛乳。香辛料。
 万が一にもこれらを自分で食ってはいけない。
 自制心を極限まで奮い起こし彼は、無心に粉を練る。



「ねぶとり、か、油断したなあ、もう」

 クッションに顔を埋め身を丸め空腹感に耐える菫は、後何日この状態が続くのかと考え憂鬱になっていた。
 彼女の相棒羽妖精、乗鞍 葵は神妙な顔で座禅を組んでいる。
 主人の苦労を少しでも分かち合おうという優しい心から断食に参加しているのだ(もっとも、危険だからと菫に止められ、食時の量と回数を減らすという程度に修正した)。

「怠けてたのがいけないんじゃないかなー、菫」

「ちょっと、あたしはそんな覚え全然ないんだけど…大体女に優先して憑くアヤカシってどうなの。差別的だよ。男にもどんどんくっつくべきだよ」

 と、庭から声が聞こえて来た。

「スコーンを持ってきてちょうだい。それとクッキーとチョコレート。」

「はいでちー」

 窓から覗き確かめれば、ベアトリス・レヴィ(ic1322)がスーちゃんと一緒に、相棒鬼火キャンドルの上へ、マシュマロのくっついた小枝をかざしていた。

「これでマシュマロを焼くの! 少しネバネバするけど最高よ!」

「ほんとでちなあ。このとろける感じがなんともいえまちぇん」

「肉も焼きましょう。マトンはあるかしら?」

「ぬかりないでち。実はハラミもあるのでちよ」

「まあ、最高ね!」

 急遽始まる焼き肉パーティー。
 別に嫌がらせではない。ベアトリアスとしてはあくまでの治療の一環だ。
 ただ、眺めるだけの立場としては、とてもそうは思えない。

「…あ、スーちゃん。あれ、エリカさんも一緒じゃないの?」

「おお、菫たま。まだまだ元気そうでなによりでち。エリカたまは三度の飯より刃傷沙汰が大好きでちからなー、この年末にも西へ東へ血を見るために奔走中…」

「スーちゃん、何こんなとこで油売ってるの…」

 ぶちもふらがびくっとなるのも構わず庭に入って来たエリカは、たゆたゆした首もとを引っつかむ。

「依頼があるって言っといたでしょう…! あんたときたら最近輪をかけて怠けてばっかりじゃないの! 今日は絶対同行させる! 山奥に牙城を築いた人食い熊の群れと戦う忍犬軍団に加勢するのよ!」

「ひいいいなんでそんな凶暴そうなの選ぶのでちか! いやでちいやでち虐待でち虐待でちもふら殺しいいいいい…」

 悲鳴が遠ざかって行く。



 ネネはため息をついた。

「とりつかれたのをこれ幸いと、アヤカシの行動研究しちゃえー、とか思っちゃったのがまずかったんでしょうか…」

 彼女の相棒猫又うるるは、刺激物を使用しない猫用ケーキをもっもっと食べている(ちなみに楓真が作ったものである)。

『別にいいんじゃない?』

「…うるる、それおいしいですか?」

『ええ。おいしいわよ。でもあげない。分かっているとは思うけど』

「ええ、分かってます…」

 空腹を紛すためネネは水を飲んだ。
 しばらく間を置いてから、言う。

「…水に果汁いれちゃだめですか?」

『だめだめ。甘い物はよくないのよー? あ、そのお魚ちょうだい』

 ジライヤ小野川から炙りたてアジの開きを分けてもらい、かぶりつくうるる。
 ネネは唇を噛んで引き下がった。
 水を沸かす。そして飲む。
 白湯はぬくみを与えてくれたが、だからといって腹は別段膨れもしなかった。



 何のかんのあって1日目は全員このように、まだ余裕というものがあった。
 しかし3日目ともなれば、そういうものは消え果てる。



「おなかがすきました…」

 床に倒れか細く呻くネネに、イリコの大袋を抱えたネネが言う。

『こないだケーキ食べ放題したでしょー?』

「…そんなもの…私の体からも記憶からも消え去りました…」

『ダイエットだと思えばいいじゃない。あ、小さいカニ発見』

 イリコの粉でもいいから口に入れたい。切に思うネネ。
 対照的に暗と相棒たちは、明るい。

「ほら、小野川殿も食うがいい!」

 暗が飯茶碗を山盛りにして差し出せば、ジライヤがぺろっと一口でくらってしまう。そしてどんどこ腹を叩く。

「カエル腹! カエル腹!」

 別に意味なく騒いでいるのではない。こうすればねぶとりが挑発され出てくるのではあるまいかという考えあってのことだ。
 効果の程は不明だが。

「味噌汁、味噌汁を持ってまいれ!」

 大盃くらいの汁椀に注がれるみそ汁。

「飯!」

 白い飯。

「しる!」

 また味噌汁。

「飯!」

 そして飯。
 異常な盛り上がりに釣られて吠えるまろまゆ。
 極限状態にあるせいか笑いが止まらない暗。

「ほれ、もっと食え小野川殿! 無病息災! 無病息災! ふうはははは!」

(そういえば天儀の北のほうでこんな伝統行事あったよなあ)

 思いつつ小野川は食う。膨らんだお腹ながら、入る余地はまだまだありそう。
 一方静花の相棒星風には限界が訪れようとしていた。
 雷花が作って出してくれる料理も喉につかえて逆流しそう。

「ウボエッフ…」

 主人の静花はといえば、げっそりやつれきっている。頬はこけ顔色は土色。食べても太らない体質の人間が食べないとどうなるかというかっこうの見本。
 別人のようだ。というより半分死人だ。

「朦朧としてきた……眠い……」

「駄目です寝てはいけません、寝ては! 寝たら死にます!」

 主人の呟きに泡を食い、縁側に引きずって行く雷花。
 冬の淡い日差しによりどうにか意識を保っているといった感の彼女に、炎龍が吠えた。

「ガオォン!」

 「もう食えねえよ! まだ食べなきゃいかんのか!!」というその大意、主人には伝わる。
 でも相棒仲間の雷花には、まるで伝わらない。

「がんばって、星風も応援してますよ!」

 しかし意志疎通が可能というのも善し悪しだ。
 同じ条件下にある楓真は、そのおかげでかえってストレスが募っていた。
 3日間をかけ丸みに更なる磨きがかかってしまったベイリーズは、肉で塞がり細くなった目を細め鳴いている。

「キー、キー(主よ、この食べっぷりをその眼にしっかりと焼き付けるのだぞ)」

 糖蜜たっぷりのあつあつデニッシュが、嘴の中へと消えて行く。
 楓真はもはや相棒を見ていない。献上したおやつを見ている。
 コップを乾いた唇にぶつけ、水を零しながら飲んでいる。

「おのれアヤカシ…出てきたら踏み潰すだけではなく細かくスライスしてやりましょうか…」

 部屋の隅に体育座りしている玄人も楓真と同様、危うい瀬戸際に来ていた。

「早く出て来い…。出てきた瞬間がアンタの最期だ……“ねぶとり”と言ったか。この俺に憑いたことを後悔させてやる。ククククク……」

 落ち窪んだ眼窩を光らせる主に危機感を抱いた桜花は、おろおろと呼びかける。3日前と変わらぬ速度と体形でピーナツを消費し続けながら。

「玄人様ッ! お気を確かに〜!!」

 菫は五体投地し、がたがた震えていた。ストーブの熱を直接受ける場所にいながら、哀れな声を上げている。

「寒い…寒いよう…ひもじいよう…」

 葵がひょろひょろ周囲を飛び回り、賢明に励ます。

「頑張れ菫! 負けるな! 何か楽しいことを考えるんだよ!」

「そうよ菫さん、楽しいことを考えるの!」

 菫の目の前に、真水を入れたコップが置かれる。
 顔を上げると、胃袋を絞り上げるような香気が、直に鼻腔へ入り込んできた。

「天儀の味噌は良い調味料よ。ステーキに味噌をつけましょう」

 いつのまにか屋内まで侵入していたベアトリスが、相棒の協力を得、鉄板でごっつい肉の塊を焼いていた。
 あろうことかその上にバターの塊を落とす。
 
「どうしましょう、バターがあふれてこぼれそう!」

 頬を染め満面の笑みで周囲に肉を見せびらかすベアトリス。
 ここまでくると拷問だ。
 しかし彼女は手を緩めない。助手を呼ぶ。

「スーちゃん、例のものを!」

「はいでち」

 ぶちもふらが運んできたのは、丸々した七面鳥(下ごしらえ済み)。

「七面鳥に詰め物をして焼いてちょうだい! ナッツやハーブ、干しブドウを加えるの、ローストターキーが完成すれば鬼が飛び出てくるはずよ。その後はポリッジにハチミツを加えてみんなで食べましょう」

「了解でち。もちろん取り分は最低でも半々なのでよね?」

 台所に消えるもふら。ほどなく漂ってきだす肉の焼ける匂い。
 もう限界だ。
 誰しもが思ったが、更なる誘惑が外から。

「石焼き芋〜 焼きいもっ」

 はっと窓に顔を向ければ、伝質郎が相棒駿龍質流れに、屋台を引かせている。

「おいしいおいしいお芋だよォ はやくこないとォ なくなるヨォ〜」

 ゴッと鈍い音がした。
 楓真が己を鎮めようと柱に頭をぶつけたのである。
 勢いが強すぎたらしく、額と柱が血だらけになっていた。

「おっ、お芋くらいならカロリー低いしいいんじゃないかな?」

 ネネの訴えにうるるは冷たい目を向けた。

『炭水化物は脂肪に変わるのよ』

「うう…」

 さめざめ泣くネネ。
 焼き芋屋は芋をすべて売り切り去って行った。
 ほどなくして今度はチリンチリン鈴を鳴らし、そば屋台が引かれてくる。
 家の前で営業開始。湯気に引かれ集まってくるお客さん。

「へい しっぽくお待ちっ」

「親父、今何時でいっ」

 またネネが言う。

「おそばなら…」

『そばつゆって意外と塩分高いのよ』

 そば屋台は去る。
 静寂が戻ってきたかと思いきや、今度は高らかなオリファンの音が。

 チャララ〜ララッ♪ チャラララララ〜♪ 

『ラーメンなんてもっての他よ。カロリーの塊だから』

 そんなら芋のとき買い出しに行くのを許してくれればよかったではないか。
 恨めしく思うネネの髪を、突如風が巻き上げた。
 生死の際をさまよっていた静花が急に覚醒し、玄関目掛け猛ダッシュしたのだ。
 すんでのところで相棒たちが取り押さえにかかる。

「静花、駄目です四つ足走りとか! その動きもう人間じゃないです!」

「ガオガオ!」

 飛べない迅鷹となったベイリーズが、クッキーをついばみキィと鳴く。

(他の主達も辛そうであるな…)

 自分の主はというと、白鞘をフラフラ振るい血走った目を泳がせている。

「細切れ…細切れですよ…ふふふ…ハハハ!」

 近づかない方が良さそう。
 思った彼は転がって場所を移動する。
 そのとき、がばと菫が顔を上げた。

「もう駄目耐えられない。葵、援護して!」

「分かった!」

 光の粉を受けた彼女は、自分自身に『ウィングド・スピア』の切っ先を向け叫んだ。

「悪霊退散!」

 一瞬の間を置き大きなクシャミ。口から小さな塊が飛び出してきた。
 よく肥えた鬼だ。
 菫はそれに床板が吹き飛ぶほどの攻撃を加え、消し去る。

「…悪は滅びた。よし、美味しいもの食べにいこ、葵! まずはラーメンから!」

「わーい!」

 無邪気に喜ぶ主従の前に、ゆらんと玄人が立ち塞がる。

「アンタ…そういうことが出来るなら何で今まで黙って…」

「だってぇ、あたし自身に心悸喝破を使えるかどうか分からなかったんだ。だから…あたしだけ苦労するって癪に障るじゃない? そもそも…全員分には練力が続かないし?」

 えっへっへと笑いながら後ずさり、勝手口から逃げる菫たち。
 1匹が脱落したのが契機となったのか、その後立て続けにねぶとりたちが逃走し始めた。

「へぶしっ! あ、出た! 逃がさぬ!」

 暗の口から出たものは手裏剣で壁に張り付けられ消滅。

「元凶は貴様かあ!」

 静花は出てきたものを壁ごと拳で消失。

「…このつもり積もったストレス、1撃で昇華できそうにないんですよねー…」

 ネネはねぶとりを毒蟲で痺れさせ、魂喰を呼び出し、ちびちび端から食わせていた。

「わー、なかなかしぶといですねまだ動いてますねー。何発で消えるかなー?」

 うるるはやや引く。

『あ、ネネ切れたわ』

 桜花も主の姿に若干引いている。
 玄人は両手でねぶとりを握り、ぎりぎりじわじわ締め上げにかかっていた。
 締め上げられているねぶとりが舌を出し目玉を飛び出させていくのを、見た事もないような黒い笑みとオーラを浮かべて眺め、喉を鳴らしている。

「三日間だ…。三日間の苦痛を受けてみろ……!!」

「いつもの玄人様じゃない!? どうか鎮めてくださいませ!」

 楓真の場合残念なことに、不倶戴天の敵を自分では始末出来なかった。
 太りに太ったベイリーズが、出てきたそいつにけつまづいた拍子に、肉で押し潰してしまったのだ。
 錯乱状態にあるため、それに気づかない楓真。
 人切り包丁を下げ標的を求めて歩く。酒も砂糖も摂取せず3日。精神はもう限界だ。

「どこだ…どぉこぉだああぁぁぁ…クヒヒヒ…」

 さすがに危ないと思ったベイリーズは、主人の口に自分が食べかけたクッキーをねじ込みにかかった。意識を正常に戻すために。
 突っ込まれたものを咀嚼し飲み込んだ楓真はようやく我に返り、状況を理解しする。
 そう、悪夢からやっと解放されたのだ。

「…やあ、随分丸くなりましたねベイリーズ。しばらくおやつは禁止です。体重が元に戻るまで、通常の倍訓練しましょう」

 暴言に相棒が鳴き騒いだ。
 その体をしかを掴む彼は、いい笑顔を浮かべる。

「食べた分しっかり運動しましょうね」

 もふると見せかけながらその手は、確実に首を絞めていた。
 響き渡る迅鷹の悲鳴。
 やっと消滅を終わらせたネネは、瞳を輝かせる。

「お、終わったら、終わったらまずは…」

 ラーメン、おでん、すきやき。食べたいものは一杯。
 膨らむその夢は、うるるの一言で消し飛ぶ。

『おかゆからね。絶食した後はおかゆが定番でしょ!』

「うわーん! せめて卵入れていいですか?」

『だめ』

 ネネは、クリスマスクッキーと携帯汁粉を食べ「ああ、こんなにも美味しかったとは……!」と感涙している玄人を指さした。

「でもあの人…」

『よそはよそ、うちはうち』

「うわーん! いじわるう!」

 その側を暗一行、静花一行、ベアトリス一行が通り過ぎていく。
 ラーメン屋台を目指して。

「私もラーメンがいいー!」