首輪物語
マスター名:KINUTA
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/12/04 01:21



■オープニング本文


 ぶちもふらのスーちゃんは暖かい暖炉の前、クッキーの缶を抱えてばりぼり。

「あー、ゼブラたん渡りに行ってしまいまちたなあ。うちは春までご主人たまとレオポールたんだけでち」

「僕もいますよ」

「ああそうでちた、すでに居候と化したロータスたまもいまちたな。いやあ、ご主人たまいないと静かなこと。うちの騒音の九割はご主人たまが作っているのでちなあ」

 などといっていたところ、ワンワン鳴き声が聞こえてきた。
 土埃だらけの忍犬、レオポールが駆け込んでくる。
 その後同じく、土埃まみれの主人エリカが入ってきた。

「おお、お帰りなさいでちご主人たま」

「あー、ただいま…ってあんたまた間食して! おやつは一日一回だって言ったでしょ!」

「あ、なにするでちか、返すのでちスーちゃんのクッキー! 育ち盛りのもふらに対して虐待でち虐待でち!」

 姦しい主従をさておくロータスは、レオポールが口に咥えているものに目をやる。
 汚れまくってもとの色もわからなくなっているが、首輪のようだ。

「エリカさん、なんですこれ」

「ああ、それね、今回のアヤカシ退治で潜入した洞窟に落ちてたのよ。噛みごたえが気に入ったみたいで、持って来ちゃったの」




「ご主人たまえらいこっちゃでち、早く庭に来て欲しいでちー!」

 相棒の声で目を覚ましたエリカは、ベッドから飛び起きるや上着を羽織り、外に出た。
 庭先にアヤカシ――ではなく、レオポール。
 毛色は黒く染まり、ライオンのような鬣。体は2周りほど大きくなり、犬歯が倍ほど伸びている。額には一本角がにょっきり。
 顔つきがぬけているのはそのまま。
 嫁犬が周りを駆け呼びかけているのだが、ふがふが首輪を噛んでいるばかり。

「こっ…これは一体…」

 遅れて起きてきたロータスが、動揺しているエリカに尋ねる。

「おやおや、これは…何なんです?」

「知らないわよ、起きたらこうなってたんだから…ちょっとレオポール、いつまでそれ噛んでるの。心当たりあるなら説明しなさい」

 言ってエリカは相手の口から首輪を引き抜こうとした。
 途端にレオポールが形相を変え牙をむき、唸り始める。
 
「…ちょっとあんた…その態度はなに…?」

 エリカの短い導火線に火がついた。 



「というわけで、これが問題の首輪でち」

 言いながらスーちゃんは、首輪を開拓者ギルド受付の前に差し出した。

「えーと、当事者のエリカ様はどうされました?」

「巨大化したレオポールたんを、噛まれまくりながらも素手でボッコボコにしまくって、動物病院に連れていったでち。レオポールたん、万年狂犬状態のご主人たまからボスの座を奪うことは、ついにできまちぇんでちた」

「そ、そうですか」

「とりあえずレオポールたん、これを口から離したらほどなくして縮んで、元通りになったでちよ。きっと呪いのアイテムなのでち。でちから、ギルド預かりにして欲しいでち。後は頼んだのでち」

 言い残して去っていくもふら。
 ギルド受付は早速首輪の正体を突き止めるため、参考資料を漁った。
 が、どれにも該当するものが出ていない。

「う〜ん…本部に問い合わせしてみようかな」



 開拓者ギルド本部資料課の職員は、支部から来た問い合わせに目を見張った。

「こっ、これは…間違いない、例の…一つの首輪だ!」

 一つの首輪。
 それははるか昔強大な力を持つ魔術師が作った首輪である。
 その首輪をつけた犬は、首輪の内に秘められた黒い力によってアヤカシ化し、すべての犬を支配する力を有するようになる。という代物だ。

「なんのためにそんなものを…?」

「魔術師は多くの犬を使役獣として使っており、その統率役を作るため…だったそうですが、あまり古い話なので、真相は藪の中です」

「製作者はすでに世になく、首輪だけがいたずらに存在し続けていたというわけか…こんなものがあると混乱を招く。見つかったなら丁度いいから、ここで廃棄すべきだろうな」

「しかし、なまなかな手段では傷をつけるさえ叶わないとか」

「何にでも弱みというものはありますよ。あれは炎の中で作られたものだから、炎に弱いという話で…」

 等話し合っていたところ、問い合わせをしてきていた支部から、緊急通信が入ってきた。

『たっ、大変です、犬が、犬の大群がギルドに乱入…ぎぃやあああああああああ』



 飼い犬も野良犬も忍犬もただの犬も上を下への大騒ぎになっていた。 皆、一つの首輪が発散している誘惑の虜になってしまっている。
 首輪自身が拠り所を求め、彼らを呼び寄せたのだ。

「ワン(首輪)」

「ワンワン(首輪)!」

「バウワウ(首輪をよこせ)!」

 彼らはどっと開拓者ギルドに押し入り、数の力で職員たちを圧倒、あちこちかぎ回った末首輪を強奪。
 お互い争いあい、悪魔のような大騒ぎをしながら逃げていく。

「ウオオオ(その首輪よこせ)!」

「グウウウウ(これはおれのものだ)!」

「ギャオオオオオ(よこせええええ)!」





■参加者一覧
叢雲・暁(ia5363
16歳・女・シ
エルディン・バウアー(ib0066
28歳・男・魔
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
御陰 桜(ib0271
19歳・女・シ
ネネ(ib0892
15歳・女・陰
宮坂義乃(ib9942
23歳・女・志
八壁 伏路(ic0499
18歳・男・吟
鎌苅 冬馬(ic0729
20歳・男・志


■リプレイ本文



「うそだー!」

 ルンルン・パムポップン(ib0234)が膝をつき叫んでいる。見るも無残に荒らされたギルド支部の中で。

「私は素敵な王子様と結婚できるって言う、伝説の道の指輪があるって聞いてきたのに、犬の首輪なんてあんまりですー!」

 相棒羽妖精のヤッサン・M・ナカムラは、悲嘆に暮れている主人の頭の上に乗り、励ました。

「元気を出しねえルンルンの嬢ちゃん。要するに、世の中うめえ話は転がってねえってことよ」

「これ聞き込んできたのヤッサンじゃないかー!」

「おおおお落ち着きなせえ嬢ちゃん! 目が回るー!」

 おっさん妖精を振り回すだけ振り回したルンルンは、涙を拭って立ち直る。

「犬界に破滅をもらたすという伝説の首輪を滅する為に、ワンワンパニックに立ち向かっちゃいます! 世界平和の為にもその首輪滅しちゃうんだからっ!」

「八つ当たりのようだのう…」

 もそっと漏らす八壁 伏路(ic0499)は、食いちぎられて綿のはみ出した待ち合い椅子だの歯型がついた柱だの観察し、相棒甲龍カタコの尻をぽんぽん叩いた。

「火急の際にはよろしくわしを守ってくれい。たとえただの犬とは言っても、噛まれると結構な割合で痛そうだからな…おい、やめい! わしを潰す気かやめい!」

 カタコの尻に今しも敷かれそうになっている伏路を看過し、宮坂 玄人(ib9942)は眉を寄せる。

「犬を狂わせる上に装備したらアヤカシ化、厄介な首輪もあったものだ」

 彼女の相棒駿龍義助は、くんくん周囲の匂いを嗅ぎ、大きなクシャミをした。犬の毛を鼻に吸い込んでしまったらしい。

「…もふらと言う生き物には効果は無かったんだな。やはり、犬とは別の生き物だからなのだろうか…」

 鎌苅 冬馬(ic0729)は相棒駿龍シュネルの首を叩く。

「…すごいことになってますね」

 ネネ(ib0892)は嘆息した。
 『普通の動物をアヤカシ化』までの効能をもつ闇アイテムは割とよくある。だが『全ての犬を支配する』となると、これは尋常でない。

「それを思えばかなりのレアアイテムよ、これは」

 相棒猫又うるるは主人と違い、全くものを評価していない。だって首輪でしょう、と小馬鹿にして喉鳴らし。

『そんなに首輪っていいものなのかしら? 私なら「ひとつの鰹節」とか「ひとつの秋刀魚」の方がいいわ』

 猫族にはこのアイテム、無用の長物としか思えないらしい。
 しかし当事者とも言える犬族は見誤らない――御陰 桜(ib0271)の相棒又鬼犬の桃は、ふんふん鼻を鳴らしている。

『わぅ?』

 体中がうずうずしてしょうがない。
 なんだか分からないが誰かから、おいでおいでと誘われている気がする…。

「桃」

 名前を呼ばれはっと我に返ったしばわんこは、急いで主人に駆け寄る。

「逃げて行った子たちの匂いを追いかけてくれる? 声も聞こえないから、もう大分遠くまで行ってしまってると思うのよ。桃、どっちか分かる?」

 しばわんこは鼻を下に向け、匂いの痕跡を探る。
 エルディン・バウアー(ib0066)は頭上を舞う相棒迅鷹ケルブを眺め、思案中。

「…ひとまず首輪は炎で処分となりますが…ところかまわず燃やすわけにはいきませんね。周囲に引火してしまうかも知れませんし」

 伏路がそれに相槌を打つ。

「表にいると犬が無制限に寄ってくるであろうしな。可能なら屋内に入りたいものだ。このあたりは建築様式から言って石床が多かろう――屋内でも焚き火は出来るのでないかな。たとえば暖炉とか」

「なるほど。確かに燃やすだけならそれでよさそうです…が、犬が首輪に引かれて住宅にどっと入り込んでくるという懸念は拭えません。ただの犬とは言え狂乱状態にあるようですから、危険です」

「それもそうだな。あー…では、わしを含め龍を連れている人が多いようだし、龍で囲むのはどうだ? 路地に入れば巨体を活かして封鎖可能と思うのだが。火も吐けるしのう」

「そうですね…それもよい案ですね…ちょっとこの場でやってみてくださいますか、龍持ちの皆さん。後火が吐ける方は吐いてみてください。威力を確かめておきたいので」

 義助、カタコ、シュネルが頭を並べ陣形演習を試みる。
 エルディンは龍たちの周囲をぐるりと回り、透き間が多すぎると結論づけた。

「もっとしっかりしたもののほうがいいと思います…火を吹きかけるにはいいのですが、首輪を破壊するためのみならず、犬が巻き添えになるのも防がないといけませんし。ひとまず私、町外れに燃やす場を作っておきますよ。戻ってきたら皆さん、犬の群れを退けてください。土佐犬やグレートデンの群れにアタックされたら困りますからね。忍犬なら乗り越えてくるかもしれません」

 桃が『わぅわぅ』と吠え歩きだした。
 辿るべき道を見つけたらしい。



「あっちこっち荒らしていってるねー」

 小鳥の式を作り飛ばしているネネは、その視点から見える狼藉の跡に首を振った。
 集団でぶつかった形跡だろうか、路上のゴミ箱はひっくりかえり中身が散乱、驚いて避けたためか馬車は溝に脱輪、露店の店先は踏み荒らされぐちゃぐちゃ。
 急に逃げ出した飼い犬を探している人々も多い。

『わぅわぅ』

 桃はどんどん足を速めて行く。
 目標に近づけば近づくほど、働きかける力が強くなってきているのだ。実のところ、既に匂いは辿っていない。ただひたすら何かが呼んでいる方角に向かっているだけ。
 伏路が訴える。

「おおい、もうちっとスピード落としてくれい! 見失ってしまうぞ!」

「桃、もう少し速度を落として、桃!」

 桜は相棒の様子に不安を覚えながらも呼びかけを続け、動きをコントロールしていく。
 玄人はその様に思う。

(あれは、首輪に影響されてないか…?)

 優れた忍犬までそうなるとしたら、通常の犬など可及的速やかに支配されてしまうだろう。

(やはり相当危険だな。手遅れになる前に破壊したいところだが…)

 ほどなく人間の耳でも、けたたましい騒ぎの片鱗が聞こえるようになってきた。
 行き着いた先は町の広場である。
 大中小種類も毛色もさまざまの犬が、場を埋め尽くすほどに集まり、大乱闘をやらかしていた。

 グガルゥウゥゴアッ!

 ギャヒイーン!

 ゴオオオアッ、ゴオオアッ!

 ワンワンという穏やかな声で鳴いている奴は一匹もいない。くんずほぐれつ噛み合いを演じている。
 暴れようがあまりにすさまじいので、見物人は皆建物に入り、窓からの観戦に徹している。聞き及んでやってきた警邏ですら及び腰で近づけない。
 鼻先や耳を食いちぎられ顔を真っ赤にしているものや、足を引きずってひょこひょこしているものもいるが、どれも目が血走り、うかつに仲裁しようものなら総攻撃をかけてきそうな有り様だ。
 予想以上の光景に伏路はすっかり萎えてきた。

「やだここコワイおうち帰る」

 などうそぶきながら、相棒の後ろに回る。

「カタコ、頼んだ。わしはおぬしのフォロー役に回ろう。そんなジト目で見るでない。そうするしかあるまい。わしが単身あの犬山に飛びこもうもんなら、1分で骨にされるわい」

 ゴアアアア!

 グウッグウッ、ゴガアア!

 冬馬は心を鎮め争いの中心を探り、目当てのものを見つける。

「あったぞ、首輪はあそこだ」

 皆は彼が指さした方を見る。
 あっちに行ったりこっちに行ったり、所有者がなかなか決まらないようだが、とりあえずルンルンの目には汚れ切った普通の首輪としか映らなかった。

「わぁ、何か汚い首輪に一杯群がって、逆に犬さん達の健康が心配なのです…」

『何やら大ケガしてるのもいるみてえだしな』

「ヤッサン、バッチリあの首輪取って来ちゃってください!」

『おうよ、俺の素早さにかかれば、あんな首輪を手に入れる位』

 羽妖精は腕まくりをし、意気揚々群れのすぐ上を飛んで行き――たちまちのうち犬波に引きずり込まれた。

『…って、おおおお、数が多すぎる、ちょっと待てそれは首輪じゃない、わしのへそくりの入ったぁぁぁ』

 消えて行く悲鳴にそっと涙を拭うルンルン。
 群れに隙間が空いたところを見計らい、猫又うるるが飛び込んだ。

『ぎるそにえる・あ・えるべれす!』

 放たれた閃光に犬たちの目がくらむ。
 間髪入れず冬馬も入り込み鞘に入れたままの剣で、転ばすようになぎ払っていく。
 シュネルは主人に続く形で群れに分け入る。義助も――カタコも渋々ながら。
 まだ視力が戻っていない上に巨大なものの妨害を受けても、犬たちの戦意と執着心は衰えない。ごつい鱗の鎧に食いついてくる。だがほとんど歯が立たない。尻尾で払いのけられる。蹴飛ばされる。
 桜はなおかつまだ向かって来ようとする犬たちに、影縛りをかけた。なるべく怪我をさせたくなかったので。

「わんこ達の為にもとっとと処分シちゃいましょ」

 一方桃はというと先程から歯をむき、低く唸り続けていた。襟毛が逆立ち鼻頭に皺がより、普段とまるで違う形相になっている。

『わぅぅぅ』

 主人への忠誠と首輪が欲しいという気持ち。両方の板挟みとなり、うかつに動けない状態なのだ。

『うぅうううぅぅ』

 危うい瀬戸際にあった心は、突然振り切れた。

『ウウァアアア!』

 目にも留まらぬ早さで群れの中心に飛び込んで行った桃は、桜が止める暇もあらばこそ、現在首輪を咥えている犬の首もとに噛み付き、全力で引き倒した。
 チャンスが出来たと思ったほかの犬が、そこにどっと押し寄せる。

「忍犬も速いだろうがお前も負けてないよな? 義助」

 義助が犬たちを力ずくで払いのけ、首輪を牙に引っかけかっさらったその瞬間、桃も首輪に食いつてきて、中ぶらりん状態となった。
 釣られた魚のように顎の力だけでぶら下がる姿に、玄人も慌てる。

「えっ!? おい、やめろ離せ!」

 彼女が足を引っ張り剥がそうとするも、義助が振り落とそうとするも、全く離れない。
 そうこうしているうちに桃の体が変化し始めた。
 体は膨らみ、毛色は黒く染まっていく。鋭く長い爪の生えた足で龍の鼻を引っ掻き暴れまわり、取り落とさせる。

(まずい、首輪の虜になったか!?)

 他者の相棒ではあれど見過ごせない事態。
 冬馬は手にした『迦具土』で、桃の顎を打った。
 しかし首輪を噛む牙は緩まない。
 憎々しげな目で冬馬を見やった桃は、額から伸びてきた角を彼に向け、突きかかってくる。
 その前に桜が飛び出した。
 桃は急ブレーキをかける。
 桜は原形を留めないほど伸びてきた襟毛に両手を回し、訴えかける。

「桃がいつも頑張ってるのはこんな風に力を使う為じゃないでしょ…桃はこんな首輪になんか負けないって信じてるから!」

『グウウウわぅオアアアアアわぅ』

 苦しそうに呻く桃が動きを止めたのを見計らい、ネネが『無名祭祀書』を開く。

「ちょっと火傷しちゃうかもだけど、ごめんなさいね!」

 炎の輪が首輪に当たった。
 熱さのため思わず桃の顎が緩む。
 すかさずルンルンが魔法を発動させた。

「時間よ止まれっ!」

 文字通り世界が制止する。

「ルンルン忍法☆奥歯をカチッ!」 

 その言葉と同時に世界が再び動き出した。
 ルンルンは首輪を手に加速し、場から離れて行く(ちなみに体中犬の足跡だらけになったヤッサンは、彼女のポケットに詰められている)。
 一瞬あっけにとられた犬の群れだったが、首輪が奪われたという状況だけはすぐ察した。
 猛然とそっちを追いかけ始める――まだ追いかけられる状態である者に限って。
 ネネはその中で大きいものや足の速そうなものを特に狙い、呪縛苻を発動させる。
 小さな式に取り巻かれた犬たちは身動きが取れなくなり、側を素通りして行く中型小型の仲間に向け、悔しげに吠えるだけ。
 側を通り過ぎたうるるは、ない肩をすくめた。

『これが…「解せぬ!」ね、きっと』

 桃はというと首輪を失ったことで元の桃に戻り、うなだれ小さくなっていた。暴走してしまったことを自覚し落ち込んでいるのだ。
 桜が優しくその体を撫で、元気づける。

「まぁ、今回は相性が悪かったってコトでしょ? 桃が頑張ってるのはちゃんとわかってるから」

『くぅぅん』

「さ、行こう桃。首輪はまだ存在してる。今度こそ、あれを滅ぼさないとね」

『…わぅ!』



「さて、準備はこれで完了ですね」

 8枚に及ぶアイアン・ウォール包囲網の内側に薪を積んだエルディンは、仲間が戻ってくるのが遅いので、自分で迎えに行くとした。

「ケルブ!」

 迅鷹は、主人の声に巡回を停止、神の使いのような純白の翼をひるがえし、降りてくる。
 そこにちょうど首輪捜索隊が戻ってきた。
 咳き込みつつルンルンが走ってくる。他の開拓者たちも無論一緒だ。
 その後ろから真砂の数ほどの犬の群れが迫ってくる。

「っ、と。これは予想以上の数ですね…」

 町中どころか近隣一帯の犬が集まってきているのではないかというほどの物理的迫力。
 追っ手の数を減らさねばなるまいと考えたエルディンは、向かってくる犬たち目がけ『ウンシュルト』をかざす。

「眠りなさい!」

 先頭集団が糸が切れたかのようにバタバタ倒れた。
 仲間を踏み越えて迫ろうとする次列の間をうるるが擦り抜け、次々転倒させて行く。
 ネネがそれを呪縛符でからめとっていく。

「はいはい、そのまま動かないで!」

 龍3匹――シュネル、カタコ、義助が壁と犬たちの真ん中に立ちはだかった。
 大きな体で押し尻尾をふるい押し止どめようとする。
 とはいえ数が数、大きさも大きさ。どたどた踏み鳴らされる龍たちの足の間を擦り抜け、向こう側に出てしまうものが次々出てきた。
 伏路はダックスフンドやトイプードル、ヨークシャテリアといったなるべく体格が小さい犬種を選び、押さえようとする。

「落ち着け、落ち着けーい! 伏せ、待て、下がれ! ハウス! ハウス!」

 呼びかけは一切無視された。逆にギャンギャン吠えつかれ食いつかれる。

「あいだだだ! 何すんじゃいこのアホ犬どもが!」

 対人であれば急所は大体心得ているが、犬の場合はさてどこが鳩尾でどこが盆の窪なのか。
 分からなかったので伏路は、どんな動物にでも効くだろう攻撃方法を採用した。
 すなわち頭突き。

「ふん!」

 キャンと一声上げ、腕にぶら下がっていたダックスフンドが気絶した。
 『緋色暁』で犬を牽制している玄人は、目をそちらから逸らさぬまま言う。

「伏路殿、あまり手荒なことはせんようにな。暴れているについて、こいつらに責任はないんだから」

「わかっとる! 怪我したら癒すから問題はない! ええいもう、カタコ、カタコ、もちょっと犬の中に突っ込んでいってくれ。甲龍だからちょっとくらい噛まれても大丈夫であろう――おいわしを踏むな、癒すから!」

 相棒から後足で蹴られている伏路を尻目に、桜と桃は連携プレイを見せていた。
 首輪に近づくとやはり危険かと思われるので、務めて群れの中に分け入り、追い散らしを試みる。

「桃、頼んだわよ♪」

『わん! わうっ、わうっ! うおおおおおおん!』

 小柄なしばわんこから出ているとは思えないほど野太い威嚇音が、倍ほど大きさのある犬をもたじろがせる。
 そこを影縛りで固定。

「残念だけど行かせるわけにはいかないわ。あの首輪はわんこたちのために、存在してはいけないものなのよ!」

 それやこれやの妨害のかいあって、無事ネネはアイアン・ウォールの前までタッチダウン出来た。

「エルディンさん、パスなのです! この首輪を滅びの火の中へ!」

 首輪をはしと受け取ったエルディンは、急いで壁の中へ引き返し薪の上に置いた。

「燃えよ神秘の火よ!」

 積んだ薪がパッと勢いよく燃え上がった。
 首輪は炎に包まれるや否や金色に変色した。
 表面に文字が浮かび上がり燦然と光を放つ。神代の時代に使われた文字であろうか、読むことは出来ないが、恐らくよい内容のことは書いていないに違いない。
 首輪自体から黒い炎が噴き出、本来あった炎を飲み込んで行く。
 文字は一層力強く輝き、壁の内側に投影されるほどになった。
 犬の間から遠吠えが上がった。てんでばらばらだったそれは、一つの声としてまとまり、同じ言葉を繰り返す。


 いとしい、いとしい、いとしい、ああ、いとしいしと!


 異様さに一瞬エルディンも立ちすんだが、すぐさま壁の防御に入る。輪をかけて半狂乱になった犬の大群が、押し寄せてきたからだ。
 彼らはもう自分自身の事など念頭にない。踏まれようが蹴られようが、意識の有る限り首輪を求めていくのみだ。たとえそれが死を招くこととなろうとも。

「犬を炎に近づけてはいけません!」

 ケルブは囲いの壁に四方八方取り付いてくる分を鈎爪でわし掴み引きはがし、落として行く。

「犬食べちゃダメですよー。ちゃんとご飯はあとであげますからね!」

 一応そこは注意しておく主人に、キイッと鋭い応答が戻ってきた。

「いやはや、こいつは早く処分しないとな」

 玄人は一刻も手を休めず、相棒に移動を促す。
 巨体は尾で犬を払いながら壁の近くまで来て止まった。
 真っ黒な炎の中で燦然と輝く金色の光。

「義助、この位置から出来るか?」

 駿龍は胸一杯息を吸い込み、次いで口から猛烈な炎を吐き出した。黒い炎の上に赤い炎がかぶさる。
 そこにまた別の炎が被さった。
 シュネルである。
 首輪を包んでいた黒い炎が押され、徐々に小さく衰えて行く。
 とんでもない高温が重なったことで、離れた位置にある壁の表面が赤く熱せられてきた。
 その熱さは張り付いている犬の足裏を焼き、毛を焦がす。

「おいおい、焼き犬になるぞおぬしら」

 伏路は壁の手前に氷の障壁を作り、なるべく近寄らせないようにとの努力を行う。
 ルンルンはその間をかいくぐり、火に近づいて行く。

「うおお、熱い熱いぜルンルンの嬢ちゃん。流石のヤッサンも蒸発しちまいそうだ!」

 悲鳴を上げている羽妖精の上にポケットの蓋をかぶせた彼女は、魔法のステッキ(ということにしている『カドゥケウス』)をくるくる回しつつ、一回転半ひねりも加えた決めポーズをつけ、呪文を唱えた。

「ジュゲーム、ジュゲーム、パムポップン…ルンルン忍法☆ニンジャファイヤー! ニンジャの業火で、消毒なんだからぁ」

 新しく追加された炎で、首輪はついに息の根を止められた。
 町全体に響き渡るような轟音を上げ弾け飛ぶ。強烈な爆風、そして犬たちの絶叫と共に。



 いとしいしとおおおおおお!



 気が抜けたようにへたへた座り込む犬たちの頭を、伏路が叩いて回る。

「これ、しっかりせんかいおぬしら。正気に戻れ」

 彼の解術が効いたのか、だんだん普通の状態に戻ってきた群れは、めいめい動き始めた。
 野良犬たちはキツネにつままれたような面持ちで体を振るい、勝手にひょいひょい離れて行く。
 飼い犬たちは自分がなぜここにいるのか分からず、心細げに飼い主を呼び、鼻を鳴らし始める。
 玄人はそれらの犬を回収し始めた。飼い主があるものは、探してそこに帰そうと。

「おらー、お前たち集まれ。こっちだこっち。うろうろしてたら迷うぞ」

 犬好きの桜がそれを手伝う。桃も集合を呼びかける。

「おいでおいで皆ー。一緒におうちに帰りましょうね」

『わぅわぅ』




 翌日。
 開拓者ギルドで絆創膏だらけのエリカとばったり会ったルンルンは意気込んで尋ねた。

「伝説のエンゲージリングは何処ですか?」

「いや、そんなもの聞いたことないんだけど…あるの?」

「もちろん! だって今日の泰国スポーツに出てたのです! 即座に理想の伴侶をゲッツ出来るという宝物なのです!」

「…泰スポって記事の99パーセントがガセネタって評判の瓦版でしょう」

「たとえそうでも1パーセントの真実に私は賭けるのです!」

『ふぅ、やれやれ』

 饅頭をほお張るヤッサンは、受付台に腰掛け首を振る。
 彼の後ろを職員が通り、掲示板に新しい依頼を張り付けた。

『急募:呪いのエンゲージリング探索・破壊』



 どうやらこの世には、妙なものを作る魔術師がうようよしているらしい。