腐れ蜜柑更生所
マスター名:KINUTA
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/11/10 04:01



■オープニング本文


 その学校には手のつけられない不良グループがいた。
 夜遊びはする、校内で馬は乗り回す、器物破損はする、暴力沙汰を起こす等々、問題行動は数知れず。
 手を焼いた教師たちは、苦肉の策として彼らを一般生徒から外し、一つの教室にまとめることにした。
 無論本音としては退学させたいのだが、学校側からそれをやるわけにいかないのだ。問題生徒たちはいずれもそれなりにいいとこの子。親たちは彼らの行状を知りながらも面子上卒業だけはさせてくれるよう、頼み込んできているのである。
 しかし一時しのぎにも、そろそろ限界がきている。



 校長室。
 教頭が重苦しい表情で入ってきた。

「校長、特殊クラスの担任が登校拒否になりました」

「またかね! これで4人目だぞ!」

「仕方ありませんよ。私語を注意したら殴られたり蹴られたりナイフが飛んできたりするんですよ」

「なんなんだその無法地帯ぶりは…くそう、あの腐ったミカンどもめ! 我が校の顔に泥ばかり塗りおって! 奴らこそ登校拒否になるべきではないのか!」

「ごもっともです。わざわざ校舎の裏の隅の日当たり悪い所にバラック作って隔離してこれですからね…そこで校長、私考えて参りました。妙案を思いつきました」

「なんだねそれは」

「開拓者ギルドに依頼を出すのです。あのクソ坊ちゃんどもの首をへし折ってでも更生させてくれるように」

「待て。教師でもないものが生徒を扱って大丈夫かね?」

「そこは臨時講師という事にすればいいじゃありませんか。そうしておけばもし問題が起きたとしても、我々の責任にはなりませんでしょう?」

「…なるほどそれはいい案だな。よし、早速依頼を出そう」






■参加者一覧
/ 天河 ふしぎ(ia1037) / 鈴木 透子(ia5664) / レヴェリー・ルナクロス(ia9985) / フィーナ・ウェンカー(ib0389) / 猫宮 京香(ib0927) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / 雨傘 伝質郎(ib7543) / 雁久良 霧依(ib9706) / 松戸 暗(ic0068


■リプレイ本文



「いやはや全く手に負えん問題児どもでして」

 手を後ろに回し話し続けている校長。
 教頭はそれに、身振り手振りを交え、過剰な同意を示した。

「そうですとも。成績が悪くても大人しくさえしていれば問題ないのです。なのに彼らときたら、真面目にやっている生徒の邪魔をするのですよ。こう言ってはなんですがな、躾のことまで学校に丸投げされるのは遺憾であると申しますか…教員もですな、忙しいのですよ。授業だけが仕事ではありません…とてもじゃありませんが一部の連中ばかりを相手にしている訳にはいきません。というわけで、お願いしますよ! ぜひ奴らに常識と言うものを思い知らせてやってください!」

 伏し拝んでの嘆願を受け、フィーナ・ウェンカー(ib0389)は、力強く胸を叩く。

「ご安心ください。平和的かつ穏便に武力解決致しましょう」

 台詞の前半と後半が矛盾しているが、教頭と校長は突っ込まなかった。猫宮 京香(ib0927)もレヴェリー・ルナクロス(ia9985)も。

「体育授業を重点的に行いたいと思います〜♪」

「健全なる精神は、健全なる肉体に宿りますからね。ビシビシやらせていただきます!」

 言葉どおり彼女らは、白シャツ短パン姿。シンプルないで立ちだけに、体のラインがよく出ている。水を被るなどのハプニングがあれば透け透けとなり、大変なことになるだろうと思われる。汗をかいても同様。
 だがそれ以上に大変なのが雁久良 霧依(ib9706)だ。ビキニの上に白外套。しかも前が全開。

「彼らに必要なのは隔離じゃないわ。一人一人と向き合う事よ…んふふ、男子学生かあ…色々吸い取っちゃお」

 反教育的な発言をしているが、志だけは比較的真面目…なはずだ。
 松戸 暗(ic0068)は鼻息荒く、校長先生の机に拳をぶつける。

「腐ったミカンどもが!! シノビの拙者が徹底的に鍛え直してやるでござる!」

 衝撃で灰皿が飛び上がり、教頭先生が頭から灰を被ってしまった。
 まだ火がついたタバコが中に入っていたらしい。彼は悲鳴を上げ転げ回る。

「ほあっちゃあああ!」

 天河 ふしぎ(ia1037)は教頭を助け起こし、励ました。

「心配しないで! 技と心を駆使して、腐ったミカン達を更生させ、学園生活の楽しさを教えるよ!」

 講師として正統派の考えを抱く彼は、問題児たちともまず話し合いというスタンスであった。

「彼らも、きっと何か心の中に不満とか、もやもや抱えてるだけだって思うんだ」

 校長先生は落ちた灰皿を拾い上げ新しいタバコに火をつけ、重々しく首を振る。

「そんなかわいい奴らではないのですよ…」

 その肩に雨傘 伝質郎(ib7543)が、馴れ馴れしく手を置く。

「へへへっ。あっしこそが適任でい!…と言いてェとこでやすが、こいつァ一日二日じゃあ成りやせんぜ」

「それは当然私たちも、何もかも一気に解決出来るとは考えていませんよ。幾らかでも更生のきっかけになればとね、思って」

 伝質郎はニッと気心が知れない笑みを浮かべ、皮肉を飛ばす。

「学校を退学にならねェ訳も、来てほしくねェ訳も、坊っちゃん達はお見通しでねェですかい? まあ後がどうなろうとあっしらには関係ねェんでやすがね」

 そんな彼に頼まれやってきた鈴木 透子(ia5664)は、いささか考え込んでいた。
 蜜柑更生の手伝いについて異論はない。渡世の義理としてやらねばならないだろう。
 だが敵は15〜18の、彼女からして年上ばかり。負ける気は欠片もしないが、話を素直に聞いてくれるかどうか。

(もっと小さい子たちなら、かけっこなり腕相撲なりで力の差をみせれば言う事を聞くようになるのですが…)

 悪知恵の十分ついた年代にこの手法、効くかどうか。

「面白がって、こっちが疲れるまで挑まれそうです。」

 リィムナ・ピサレット(ib5201)にその旨を相談したところ、笑って即答された。

「腕相撲なら一回目で筋違えちゃえば、疲れるまで挑んでこられないよ♪」

「……」

 物理的に可能だとしてもちょっとやる気になれなかった透子は、学校見学に方針を切り替えた。生徒の環境を知るのも大事だからという理屈をつけて。

「制服貸して貰えませんか。」

 リィムナは勝手に部屋をあちこち見回り、生徒名簿など盗み見る。
 注視すべきは、これから行く特別教室の顔触れである。ざっと目を通しただけでも、聞いたことのある名字が幾つかあった。貴族だったり商会の屋号だったり著名俳優のものだったり…。

「皆いいとこのお坊ちゃんかー。元はいい子達ばかりだったんだろうね」



 腐った蜜柑の教室は今日も空気が淀んでいた。
 机の上に足を乗せ漫画を読んだり飛び出しナイフをいじり回したりトランプをしたりマージャンをしたりと勝手放題。
 煙草を吸ってる奴もいる。酒を飲んでる奴もいる。場末臭が激しく漂う。

「おい、校長が特別講師呼んだらしいぜ」

「なんだ、懲りねえなあ。いらねーんだよ先公なんざ。俺ら授業受けなくても卒業出来るしな」

「黒板前に立たせてよお、的当てゲームしてやろうぜ。避けたらワンパンな」

「ぎゃははは、いいなあ!」

 とんだ小悪党たちだ。とはいえ、これだけ不真面目でいるのになぜ一人も欠けず毎日登校してきているのか。永遠に解けない謎である。
 そこにカツカツカツカツと小気味よく響いてくる靴音。
 バアンと勢いよく扉が開き――入ってきたのはフィーナだ。
 女と見て早速ヒューヒュー口笛が鳴ったが、彼女は全く意に介さない。開いた扉と窓を魔法で一気にロックし、つややかな髪を軽くふぁさっとかき上げた。

「腐った蜜柑の皆さん、御機嫌よう。本日、講師を務めるフィーナと申します。気軽にフィーナ様と呼びなさい」

 蜜柑たちは彼女の挨拶が気に入らなかったらしい。暴言を吐く。

「んだぁ? 何調子こいてんだよクソアマ」

「俺ら女だからって容赦しねえよ?」

「帰れババア。かーえーれー」

 直後狭い教室内に、稲妻が走った。

「やってるやってる」

「派手な花火だねー♪」

 特別講師待機組が、こそっと窓から中を覗く。
 真っ黒焦げになり煙を上げている机を前に固まっている生徒たちと、何食わぬ顔で黒板に字を書くフィーナの姿が見えた。

「…では今日の一時限目は、『正しい礼儀作法、あるいは雷撃爆殺の仕組みについて』。更生を行うためには、まず性根を正さなければいけません。そのための講義を行います。さあ皆さん、教科書とノートを出してください」

「バカじゃねえの出せねえよ燃えたよ今ので!」

 反抗的な態度を捨てていない一学生が電撃爆殺された――突き出ているリーゼント部分だけ。

「私が話している間は傾聴なさい。今回は掠らせましたが、次は当てます」

 そこにコンコンとドアをノックする音。
 フィーナ先生がロックを解くと、ふしぎが入ってきた。

「やあみんな、副講師の天河ふしぎだぞ。今日は皆の」

 言いかけたところで野次が飛んだ。

「もう女いらねー! 帰れー!」

 飛ばさなきゃよかったと飛ばした本人が思ったのは、ふしぎが『レリックバスター』を窓に向かって撃ち、窓ガラスを木っ端みじんに粉砕してからであった。

「いいか、これだけは言っておくんだぞ…勘違いするな、僕は男だっ!」

 男なら遠慮は要らない。
 そう思ったのかどうか、別の一学生が折り畳みナイフを投げてきた。

「紛らわしいんだよカマ野郎!」

 それはいきなり出現した黒い壁に阻まれて跳ね返った。
 ふしぎは壁を軽く手で押し、ナイフを投げた学生の上に倒してから言う。

「さぁ、授業を続けるんだぞ。フィーナ先生が言うように、皆教科書とノートを机の上に出すのだ」



 貸してもらった当学園の制服を着込んでいる透子と、袖筒に手を突っ込んでいる伝質郎は、校内を散策していた。
 ジルベリアの学校は石材建築が基本。高く太い柱にアーチ型の天井、長い回廊、鐘楼。

「お城のようでやすねえ」

 生徒はこちらと行き交うと丁寧に、「おはようございます」とか「ごきげんよう」とか挨拶してくるのだが、それ以上にけして深入りしてこず。
 授業風景はといえば、私語もなくしーんとしている。

「皆さん、真面目な人達ばかりなようですね。」

 透子の言葉、伝質郎が頬を掻く。

「いやはや、なんていいやすか、年頃なんでやすからねえ、もちっと騒がしくてもいいんじゃねえかと…」

 そうかもしれない、と透子も思うあるいはこの窮屈な校風が過剰な反抗を招いているのかも。それにしてもこの本校舎とあの人たちのいる新設教室とは、天地の差。差別待遇も火に油を注いでいるのでは。

「結局これって先生たちと生徒たちが何とかするしかないと思います。」

「そうでやすなあ…あっしらは所詮通りすがり、ちょっと振り向いただけの異邦人でやすから」

 2人は足を止める。職員室の扉の前で。目で語らい、重々しい扉を開く。

「失礼します。この度校長先生からお呼びいただいた特別講師なのですが…」

「先生方には悪いこたァ言いやせん」



「いくらか不完全ではありますが、正しい礼儀作法、あるいは雷撃爆殺の仕組みについての授業はこれにて終了致します。次は数学と体育です。さ、皆早く校庭に行きなさい。京香先生、レヴェリー先生、リィムナ先生、霧依先生、そして暗先生がお待ちですよ」

 お辞儀練習で普段使わない筋肉を使い、雷に掠められ、へとへとになっている蜜柑たち。
 これだけの目に遭ってもまだ懲りていない若干名がぶうぶう文句を垂れた。

「ざけんな! 教師5人もいらねえ――です」

「くそ、好き放題しやがって!――です」

「後で親から抗議させてやんぞ!――という話でございますよ」

 言葉遣いは随分改善されたようだ。
 だが炭となった机を蹴飛ばしてくるようではまだまだ。
 ふしぎは電光石火の速度で「御雷」を鞘から出し、戻す。

「校庭をランニングする時間、なんだからなっ…」

 見えない速度でズボンのベルトを切られ、ぶうたれ組は沈黙した。
 全員体操着に着替えて表に出てみれば、白シャツ短パンのお姉さん2名、ビキニに白外套のお姉さん1名、くのいち姿の少女1名、マスコット的な女の子1名。
 皆少し心が和んだ。
 ビキニのお姉さんが「はぁい皆さん♪ 私と個人授業…してみない?」とか言い出したので尚更。
 しかしそれも、ランニングが始まるまでの話だった。
 何しろ相手は志体を持つ開拓者たちなのだ。先に上げたマスコットの女の子にすら軽く追い抜かれる始末。
 第一まともに授業に出てないのだから、身体が衰え気味なのも当然であって。

「どうした皆、ペースが落ちてるのだぞ! まだ4周しかしてないのだぞ!」

 併走しながら発破をかけるふしぎに、一番体が重そうな不良がくってかかった。

「るせー! 俺はもうやめた! 意味ねーよこんなん!」

「させるか、夜春の術!」

 すかさず立ち塞がった暗を手で制した彼は、真正面から生徒に言った。

「…そうやって、ちょっとつらいことがあったらすぐ逃げるのか?」

「何ぃ?」

「この際はっきり言ってやろう。ここで逃げたら君は、他人に迷惑をかけることだけが生きがいの飛べない豚として一生を終えることになるのだぞ!」

 リィムナはすかさずふしぎの応援に入った。歌で。
 まず一人ナレーションから。

「みんな…思い出して! 暖かい温もりの中で目覚めた、幸福な幼い日々の事を…あの頃は、毎日がわくわくの連続だった…あたしは毎日わくわくしてるけどね♪ 子供だし♪」

 続けて歌に入る。

♪ 小さいころーはーかあさまがいてー毎日愛をー教えーてくれたー ♪

 それを背にふしぎは、言葉を継ぐ。

「君が生まれたとき君のご両親は喜んだはずだ。今の君は果たしてその心に反しないことをしているかどうか…胸に問うてみるのだよ!」

♪ こーころの窓をーひらーくーときはいーまー ♪

「う、うるせえ! てめえに俺の何が分かる! どんなにやっても周囲に追いつけねえ俺の気持ちがよ! 俺は生まれながらに頭が悪いんだよ!」

「いや、そんなことはない! もっと自分に自信を持つのだ!」



 熱い問答が行われている間、ランニングは相変わらず続いている。

「ほら、何を休んでいるの! 誰も休んで良いとは言っていないわ!」

「もっと頑張らないとダメですよ〜。頑張ったら…ご褒美上げるかもですよ〜?」

 前を走る京香のお尻につられているのが十割。
 レヴェリーの揺れる乳につられているのが十割。
 年ごろの男子学生にとっては、まさしく馬にニンジンだ。やめたくてもやめられない。

「ほらほら〜頑張らないとご褒美はあげませんよ〜」

「何処を見ているの? まだまだ元気が有り余っているのね。ペースを上げるわよ!」

 飴につられ鞭にせかされ体力を絞られている彼らを相手に、暗は数学の講義を行っている――無論走りながら。

「sinθ、cosθ、tanθ、それぞれの値の求め方を答えよ!」

「ええと、ええと、sinθ=縦/斜め!」

「cosθ=横/斜め!」

「tanθ=縦/横!」

「よし、基本は押さえているな。応用に行こう。次の問題は川べりの木から錘つきロープを投げてお城の堀を超えられるか三角関数を使って」

 前列のゴリラっぽい生徒がキレた。

「ざっけんな!」

「…貴様! 何をする!」

 何をする、と言ったとき彼女はすでに技を行使している。

「くらえ、夜春の術!」

 こういう場合にふさわしい技ともあまり思えないが、とにかくそれは効いた。

「ぐっ‥‥クソかわ…じゃねえ! 走りながら考えられるワケねえだろうが! 捨てろやその教本! そしてオレとデートしろや!」

「くそ、解決してない!」

 当然の帰結に舌打ちした彼女は、男子生徒の顔を踏み台にし、校庭に植えてある木の上に飛び乗る。

「腹が立つなら拙者を捕まえて見るがいい!」

 そしてまた夜春。

「てめえこのっ…クソかわが!」

 ところで霧依は、かなり前から場を辞し、体育用具室に気に入った子を連れ込み中。一対一のカウンセリング(多分)をしていた。

「やめろババア! 離れろよ! ババアは趣味じゃねえんだよ!」

「あらあら、そんなこと言ってる割に、この有り様はどういうことかしら?」

「やめろっつってんだろ…やめっ」

 …そうこうしているうちにランニング30周は終了、実技に移ることとなる。

「では、弓術で集中力を養いましょうか〜♪ 真ん中に連続で当てられるまで、終わりませんよ〜♪」

 指導は京香。
 弓のエキスパートである彼女は、年若い子をメインに弓を引かせていた。手取り足取り。この武器の扱いが初めてな子も多いので。
 しかし、どの子も成績が悪い。

「あらあら、集中力がないですね〜。それではいつまでたっても終わりになりませんよ〜?」

 困ったように言い聞かせる京香は、自分が背中に胸が付くほど密着した教え方をしているせいで集中力が別のところにいってしまっているのだとは、ついぞ思い当たらないようであった。
 レヴェリーは京香の補佐として巡回し、声かけをしている。

「皆、姿勢が悪いわよ。そんな前かがみになってしまっては、当たるものも当たらないわ、ほら、背筋を伸ばして」

 さまざまな理由から姿勢が悪くなっている生徒の後ろから手を伸ばし、顎を持って無理やり姿勢を正させる。
 その際京香と似たような状態になっていることは言うまでもなく。
 かわいそうに生徒達は動いているものもいないものも、皆汗だくである。

「矢っ張り健康的な汗をかくのは良いことよ。ねぇ、京香?」

「そうですねえ〜どうです皆さん、楽しくなってきたでしょう〜?」

 一方年長の生徒達には、ふしぎが剣道を教えている。

「かかってこい!」

 実剣は危険なので、木刀を使わせる。勿論自分も木刀。
 そんなわけで不良蜜柑も奮い立つ。合法的にやれるのは今しかないと。

「死ねこの野郎!」

「ボコにしたらああ!」

 しかしそれでも彼らは負けた。あっさり負けた。

「踏み込みも脇も甘い! そんなことではスライムにすら瞬殺されてしまうのだぞ!」

 リィムナが、サッカーボールを蹴りながらやってくる。

「ヘイヘイ! 一緒に遊ぼう! ボールは友達だよ! えいっ、イナズマシュート!」

 そんなことを言いながら蹴ったボールは、顔面にヒットした。

「殺すぞこのくそがき!」

「ははは、その調子だよっ♪ さあ、あたしからボールを奪ってご覧、奪えたらおにーさんたちの勝ちっ♪」



「あっしらが虐めるなりしてるのを止めなせぇ」

 そう言い置いて伝質郎は、透子とともに職員室を後にする。
 透子は顎に手を当てながら言った。

「今彼らとの間に信頼を取り戻せなければ、この先ずっと見込がないままだと思います。」

「で、やんすねえ。ひとまずこの場合においては、隔離政策が仇になってるようでやす。はてさて、坊ちゃんがたはどうしておいででやんしょ」

 興味本位も込め特別教室の様子を見に戻った彼らは、揃って声を上げた。

「「うわー…」」

 指の皮がむけている生徒に治癒をかけてやっている霧依の顔が、来たときと比べて妙につやつやしているのが気になるところだが…蜜柑たちは全員グロッキー状態となっている。

「全く、口だけだなお前達は」

 フィーナにそう言われても、反論する気力は残っていない。
 伝質郎は、ニヒ、と一癖ありげに笑い、透子に耳打ちした。

「あっしの賭けにはうってつけの状態みてえでやす。勝つか負けるか二つにひとつ。いってみるでやす」

「…勝ったら勝ったで困ると思います。」

 伝質郎はこっそり生徒達に近づいた。

「なんだ、ハゲ。ニヤニヤしてんじゃねーよ」

 こういうタイプのガキ共に言うことを聞かせようと思ったら、威圧するのが最も手っ取り早い。
 というわけで彼は持てる錬力を活用し、いかにも偉そうなオーラを作り上げた。

「坊ちゃん方、ここから穏便に抜け出させてさしあげやしょうか? 正直これ以上あの特別講師連中に付き合っていたくないでやしょ?」

 誘いに乗ってきたのは20名のうち10名。

「何だお前ら、あんな奴らに従うのかよ!」

 なじられた残留組は、口々に言った。

「うるせーな! 今日一日だけなんだからいいじゃねえか! 別にフィーナ様の雷にびびったとかいうんじゃないからな!」

「バッ…ババアのカウンセリングがどうだったとかそういうんじゃないからな!」

「くのいち少女がクソかわだからどうとかいうんでもないからな!」

「猫宮先生のおっぱいがどうとかいうんでもないからな!」

「レヴェリー先生のヒップラインがどうとかいうんでもないからな!」

「俺は教師から馬鹿じゃないと言ってもらえたのは初めてだったんだ! ましてお誕生日おめでとうの歌まで歌ってもらえるとか…」

 一部を除いて不真面目な理由ばかりだ。

「ああそうかよ勝手にしろよてめえら!」

 仲間の変節ぶりに呆れるやな情けないやら腹が立つやらの脱出組。居残り連中をほっといて、即時行動に移るとした。

「おい。それで、俺たちゃどうしたらいいんだ」

「簡単でやす。あっしの曲に合わせて踊りながらついて来てくだせえ。」



 教員用の食堂で昼食をとっていた特別講師一同は、『オリファンの角笛』が吹き鳴らされる音に驚き、窓から顔を出す。
 見下ろせば伝質郎に先導され、踊りながら校門を出て行く蜜柑連中の姿。
 何事かと顔を見合わせる彼らの元に、残り10名の生徒と透子がやってきた。
 暗が聞く。

「ゴリ太郎! あれは一体何事だ!」

 彼女は早くも生徒にあだ名をつけていた。

「創作ダンスの授業だ! ジェレゾ大通りのホコ天で終業時間までやるそうだぜクソかわ!」

 聞くなりフィーナが眉間に皺を寄せた。

「単なるエスケープでしょうそれは…」

「こらあそこっ! まじめに授業を受けろ! 夜春するぞ!」

 脅しになるのか不明な脅しを大声でかけても知らんふり。校門を出て行ってしまう。
 暗はぱっと窓から飛び降り、彼らを捕まえるために出て行く。フィーナは正規の出口から出て行く。ほかの面々も。
 透子だけは残り、戸惑っている学校の教師たちに声をかけた。

「皆様も止めにいかれたほうがよろしいです。ジェレゾの繁華街は危険が一杯なのです…連続殺人事件もあるとかないとか…おのぼりさんを捕まえて遠い北の果てのタコ部屋送りにする悪い人達もいるとかいないとか…」

 真剣な目をし、声を潜める。

「あの人は本当に怪しげな人ですよ。本当に売り飛ばしかねないです。生徒さんたちを」



「待てい! 学校に戻れ!」

 一行に追いついた暗は、彼らの前に回り込んだ。
 背後からはフィーナが雷を落としながら近づいてくる。

「どうやらあなた方には補習が必要なようですね」

(うっ…このお2人に先に来られちゃあ、賭けそのものが成立しなくなるんでやすが…)

 万事休す。
 伝質郎がそう思ったところに、やっと目当てである教師たちが追いついてきた。

「待つんだ君たち! 戻るんだ!」

「待ちなさい!」

 が、生徒達が素直に従うわけがない。

「なんだ先公! 今更なんなんだよ!」

「俺らにいてほしくねえんじゃないのかよ!」

 教員たちは言葉を詰まらせる。
 フィーナと暗はしばし動きを止め、伝質郎と一緒に事態の推移を見守った。追いついてきた残りの開拓者たちも同様。
 伏せられていた教師の視線が再び持ち上げられた。
 彼らは蜜柑たちへ本音をぶつける。

「…正直そう思うこともあった。しかし今は、それが間違いだと分かった…私たちは君らを特別扱いし過ぎていたんだ!」

「この臨時講師たちの教育方針を見て、我々も目が覚めた…これからは単なる悪ガキと教師として相対しようじゃないか! 教員資格とかどうでもいい、いっぺんお前達を殴ってやりてえとずっと思っていたんだ!」

「お前らの親のことなどもう気にせんぞ、かかってこいや青二才!」

 たちまち教師と生徒の路上乱闘が始まった。

「…こういう展開が来るとは思わんかったでやすが…ま、まあ、一応語り合える仲になったということでやすから、あっしはこれでトンズラいたしやす」

 そそくさ退散して行く伝質郎。
 霧依はうんうん頷いている。

「素晴らしいわ。心と心のぶつかり合いね」

 暗が続ける。

「雨降って地固まるという奴だな。そうだ、どんどんやるがいい。そこ、右アッパーいけ!」

 京香はそっと涙を拭った。

「これでもう彼らについては、心配要りませんわね〜」

 レヴェリーもまた、ハンカチを目頭に押し当てている。

「これぞ青春…」

 ふしぎは判断を保留していた。

(そうかな…)

 透子は首を傾け考えていたが、諦めたように結論づけた。

「腫れ物に触る扱いでなくなっただけ、よかったですよね。」

 リィムナはにこにこ。土埃にまみれて転げ回る蜜柑と先生たちについて、何の疑問も抱いていない。

「これで更生完了ってことだよね! さ、早く皆が元の校舎に戻れる様、校長先生たちに掛け合ってこなきゃ♪」



 後日、この学園に新しくラグビーチームが誕生した。
 元不良たちによって更生されたチームはその年の内に地区大会出場、二年後にはジルベリアインターハイにおいて強豪を破り準優勝という好成績を収めた。
 彼らの出場試合に出没する謎のハイレグチアリーダーに相手チームが悩殺されてのことだという流言もあるにはあったが、ともかく彼らは、奇跡の栄冠をもぎ取った。

 しかしこれは全て別の話。またの機会に語るべき物語である。