流氷コンサート
マスター名:KINUTA
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/10/28 23:46



■オープニング本文




 ジルベリア北方の海には、流氷が訪れていた。
 元から流氷の早い例年より二週間は早い到着だ。精霊のいたずらという奴らしい。

「おい、まだ十月のはずだよな…」

「のはずなんですけど、寒いですねー。ここはもう完全に冬ですよ」

 彼らが視線を向けるのは、特設ステージにスタンバイしている女性歌手。
 彼女は島中雪美。
 天儀にてなかなか名の売れた歌手だ。恨み節を歌わせたら並ぶものはいないともっぱらの評判を得ている。
 そんな芸風のせいなのか、コアなファンが多い。

「この地方を治めているババロア侯もその一人だそうで…追っかけで一年の半分以上は地元不在だそうですよ」

 観客席を見てみれば、かぶり付きの特等席にその領主がいた。
 もこもこ毛皮を着込み、いかにも裕福そうだ。
 ちなみにステージには季節はずれのバラがわんさと飾られている。

「あれも領主さんが贈ったそうだ。自分の領内でコンサートがあるっていうんで、大はしゃぎだとさ」

「へえー。それはいいけど、高いだろなあ、今時の季節にバラなんて」

「ええ、ですから特別に税を徴収したそうです。さっき宿屋の主人がグチっているのを聞きました。ちなみに言うと追っかけする際にも寄付が強要されるそうで…かなり鬱憤たまってるみたいですよ、領民は」

「大丈夫かよこの土地…」

 とりあえず依頼内容は、コンサートを成功させること。
 なんでそれにわざわざ開拓者を呼ぶのかと言えば、流氷出始めの時期、この地方に決まってアヤカシが現れるからだ。もはや年中行事のように。

「来たぞ」

 暗い海の彼方から、何かが群をなして飛んでくる。
 目を凝らしてみれば腰から上は人、腕と腰から下は鳥という異形のアヤカシだった。全身が真っ白だ。
 彼らは翼の羽ばたきによって吹雪を引き起こしながら、凍り付いた海面をかすめ、陸めがけて突進してくる。
 暴れるに任せておけば一週間ほどでまたどこかへ去っていく習性を持つので、昔からこの地域では頑丈に戸締まりをしやり過ごすという消極的な対抗策をとっていたのだが、今年ばかりはそうするわけにいかない。
 コンサートはどうしても開かなければいけないし、成功のうちに終わらせなければいけないのだ。

「よし行くぞ! こっちに来る前に落とそう!」

「おお!」

 開拓者と相棒たちのうち飛べるものは飛び、飛べないものは分厚く張りつめた流氷の上を沖合に向かって駆け、招かれざる冬の使者を迎え打つ。
 陸では、早くも歌が始まった。

 ♪ お前が大事だかわいいなんて 見え透いた嘘つかないで 私は知ってるあなたの素顔 昨日偶然街角で あなたが子供の手を引いて 奥さんと歩くの見ちゃったの ああ 私 私 なんて一人上手 ♪

 …戦いのBGMとしては、かなり不向きなようだ。









■参加者一覧
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
フィン・ファルスト(ib0979
19歳・女・騎
クロウ・カルガギラ(ib6817
19歳・男・砂
アン・ヌール(ib6883
10歳・女・ジ
ナキ=シャラーラ(ib7034
10歳・女・吟
雨傘 伝質郎(ib7543
28歳・男・吟
来須(ib8912
14歳・男・弓


■リプレイ本文

 雪のちらつく漁村。
 浜に漁師たちが集い、古びた漁網のつくろいをしている。
 そこに、さあっと大きな影が差す。
 すわアヤカシかと一同警戒する前に、桃色の瞳を持つ駿龍、桃水晶が降り立った。
 その背から主であるアン・ヌール(ib6883)が降りてくる。

「突然あいすまぬ! 村長殿はおられるだろうか!」

「ああ、わしじゃが…」

 腰を叩いて立ち上がった老人の手を取り彼女は、矢継ぎ早にまくし立てた。

「実はこの度俺様、領主様から依頼を受けて――」



「よいかお主ら、必ずやこのコンサートを成功させるのだぞ。万が一にも中断させたりなどしたら、びた一文払わんからな」

 傲然と告げるババロア侯に、ナキ=シャラーラ(ib7034)はへつらっていた。

「任せといて下さいよ領主様〜コンサートの邪魔は絶対させませんから!」

 己の相棒である滑空艇アルダビールを見せ、手をもみまくる。

「この滑空艇は最高の飛行能力を持っていますからね、アヤカシなんざちょちょいのちょいのひとひねりでございますよ!」

 雨傘 伝質郎(ib7543)もぬかりなくそこに加わり、侯爵の肩を揉んだりしている。

「へへへ。ご安心くださいでげす。必ずや公演を成功させやす。舞台の上で島中の姐さんを守りやす」

 相棒駿龍の質流れも一応主人に同調しているのか、この寒い中尻尾にくくりつけた団扇で、ふんぞりかえった領主を扇いでいた。
 その光景を前に唇を引きつらせているのが、フィン・ファルスト(ib0979)。
 己も貴族に連なるものであるだけに、侯の所業が一層許しがたいものと見えるのである。

「うぬぬ……歌や歌手に罪は無いのよ、歌や歌手には……」

 相棒の迅鷹ヴィゾフニルを頭に乗せて深呼吸。そしてくるっと、これまた貴族であるフェンリエッタ(ib0018)に向き直り、確認を取る。

「薔薇を送る為に税金徴収とか寄付強要とか、完っ璧に私的流用ですよね?」

 フェンリエッタは肩を竦めた。言わずもがなだという表情で。

「領主の趣味で税をとるなんて言語道断」

 と言いつつも彼女は、それでも陰謀が絡まないだけある意味平和なのかもと思ったりしている。

(…私もどうかしてるわね)

 フェンリエッタの相棒、鷲獅鳥アウグスタは人間たちの会話に興味が無い。そっぽを向いている。
 その首筋に竜哉(ia8037)が手を置き保天衣をかけた。寒気の影響を少しでも抑えられるように。

「理由はどうあれ、「お仕事」はきっちりやろうかね」

 続いてフェンリエッタ本人に術をかけた後彼は、他の仲間たちにも同じことをして回る。
 彼の相棒、人妖の鶴祇はステージのバラに触れ、本物だと確認をとる。

「あー、ババロア殿、ちとよろしいじゃろうか」

「なんじゃ、小さいの」

「このような見事な花、一体どこから手に入れたのじゃな? 本来なら葉が落ちておるころだと思うのじゃが…」

「ふはは。何を聞くのかと思えば。アル=カマルから仕入れたに決まっておろう。あそこは年中気温が高く、花も絶えることがないでな」

 アル=カマル出のクロウ・カルガギラ(ib6817)は、かの地とこの地の間にある距離、及び飛空船での往復にかかる手間を考え、相棒戦馬プラティン相手にぼやく。一応聞こえないように。

「しかしボンクラな領主も居たもんだ。領民が気の毒だぜ」

 そして自分で、相棒の鞍と上着に保天衣をかける。

「まあそれはさておいて、仕事はきちんとこなさないとな」

 舞台では本日の主役である歌手島中雪美が、伴奏者たちを相手に、最終調整をしていた。

♪ 今度こそ違うって〜一体何度期待したの〜馬鹿な女馬鹿な私〜結局いつもこうやって〜たった一人置いてけぼり〜 ♪

 フィンは気持ちが萎えてくるのを覚えた。

(うう、地味にやる気の削がれる歌詞…)

 クロウは思う。

(『隙間女』とか言うのが好きそうな感じだな。ステージの隅っこにいたりして)



 龍の背に丸めて詰んでいるのは、ぼろくたしの網。

「間に合うかな? 桃水晶、頑張って!」

 やっと会場が見えてきた。

『無茶言ってごめん! 綺麗な網、必ず購入してくるぞ!』

 そう言い置いて借りてきた以上、約束を果たさないわけにはいかない。
 是が非でも領主に新しい魚網を買ってもらう。万一それが果たされない場合は。

「俺様の自腹で…っ!」

 悲壮な決意をするアンは相棒ともども、急いで地上に降りてくる。

「よかった、間に合った!」

 ひとまずほっとするそこに、伝質郎が近づいてくる。

「アン嬢ちゃん、この網はいってえ何ですかね?」

「ああ、これは――カクカクシカジカ」

「ほほう――つまりマルマルウマウマてえわけで?」

 詳細は一切口にしていないのに意志疎通が行われる。
 伝質郎はニッと笑い、アンに耳打ちする。

「舞台が始まる前に一仕事。領主をちっと化かしてやりやしょう」

 二人はぼそぼそっと二言三言交わし合い、揃って依頼主である領主のもとに行った。
 彼は気分よさげに、雪美のリハを聞いているところである。
 ので、側にいる執政に話をもって行く。

「急なことで申し訳ないのだけど、この網を急遽買い取って欲しいのだ」

「は? なぜかようなものを買い取らねばならんのだ。お前達への報酬は、最初に契約したとおりにしか出さんぞ」

 もっともな理屈だが、そこを丸め込むのが手腕というもの。

「いやいや、これは公演の成功には絶対必要ですぜい。なにしろ敵は低空から突っ込んでくるアヤカシ…防護壁があれば万々一にもこの檜舞台にはたどり着けませんや。特に今回は人手が足りねえですからね、絶対入用なのでやす。島中姐さんの身にもしものことがあったらあっしはもう…死んでも浮かばれねえよ瞼のおっかさん!」

 わざとらしく泣き崩れる伝質郎。
 雪美が歌を止め、ステージから降りてきた。

「そういうことなら、私が買い取りますが? 歌を聞きに来てくださったお客様の安全が第一ですから」

 自他とも認める熱烈なファンであるババロア侯が、これを黙って見ているはずがない。早速会計係である執政を叱り付ける。

「馬鹿者、さっさと買い取らんか! 歌姫に気を遣わせてどうする!」

 執政は疲れた顔で、懐から出した帳簿に何やら書き入れる。

(上に弱いタイプと見やした…まあそうでなきゃああまで無茶な税はかけられねえでしょうが…)

 この領主が追われるときには一緒くたになって追われるんだろうなー、と人事として考える伝質郎。
 アンは相棒や仲間と協力し丸めた網を広げ、ステージの後ろ側に張り付けた。
 完成品を見上げ、フィンが呟く。

「強度には、あまり期待出来そうにないですね…」

 クロウは出撃前に、皆へ伝えおく。戦闘に際しての注意事項を。

「ああそうだ、俺は最初に『閃光練弾』で敵の機先を制する予定だから。使う直前にプラティンを嘶かせるから、そこんとこよろしくな」

 沖合から冷たい風が吹いてきた。
 白く堅く張り詰めた海の果てから近づいてくる気配。
 フェンリエッタの目が細まる。

(事情はともかく折角のステージだもの、無事成功して貰わなくちゃ。アヤカシなんかに邪魔させないわ)

「…さあ、アウグスタ。この空を統べる者が誰なのか、存分に思い知らせてやりなさい」



 半鳥半人のアヤカシは一路陸へ向かう。彼らの頭にあるのは、早く陸に着きたい、暴れたいというただそれだけの衝動。
 自然そのものから生まれる瘴気より毎年発生し、荒れ狂い、消えて行く定め。
 しかし今年は、その予定が狂った。



「確かに早いなあいつら」

 天駆けるプラティンが嘶く。
 騎乗しているクロウは、突進してくる集団の先頭から少し後ろを狙い『ネルガル』の引き金を引いた。
 光が破裂する。アヤカシたちの目が眩む。
 先頭集団が空中で急停止をかけ、もんどり打って上昇旋回をし、しばしばと瞬きをする。
 彼らは敵の存在を認知し、口々に鳴いた。
 アンが更にその気を引く。

「一杯いすぎだぞっ。こっち来ちゃ駄目だー!」

 桃水晶が飛び込みざま、炎を吐く。

「食らえ、獄炎だぞっ!」

 本当はさして威力はないのだが、見た目が派手なこともあって、アヤカシたちは注意を引かれる。
 人間の顔が歯を剥いた。

 キキキキキキキキキキ…!

 ガラスが軋むような鳴き声を上げ、彼らは翼を羽ばたかせる。
 刃物のように鋭い吹雪が巻き起こった。四方八方からもみくちゃに突き上げ、吹きおろしてくる。
 すさまじい乱気流をアウグスタが突っ切った。
 フェンリエッタは『紅蓮』の弦を引く。
 つがえた炎の矢が放たれる。アヤカシの真っ白な翼を貫通する。
 失速する一羽。
 竜哉は氷上から『獄界の鎖』を延ばし搦め捕り、思い切り振り回す。
 低空にいたものが大急ぎでそれを避ける。

「おやおや、逃げるとはつれないではないか」

 うそぶいて鶴祇は、もち得る限りの翼を巻き込み瘴翼を広げ、羽ばたいた。鎖の遠心運動をかわしているアヤカシを、そちら側に追い込むために。



 はるか沖合で繰り広げられている戦いを遠目に、雪美の(ついでにババロア候も)身辺警護を受け持つ伝質郎はハラハラしている。
 アヤカシがこちらまで来たら狼煙銃で連絡する手筈にはなっているのだが、自分の力だけでは心もとない――質流れがいてくれはしているが。

「ええい、ままよでやす! あっしはいわゆる屑ってやつっすが、屑なりの男を見せるでやすよ!」

 ところで当の歌手だが、さすがプロというものだろう、動じず熱唱している。

 ♪ 屑な男は可愛いけど〜長続きはしないよね〜駆け出し開拓者だったあいつ〜今では海の藻屑なの〜 ♪



(うう…ちっともファイトが湧いてこない…むしろ殺がれる…)

 歌が聞こえやすい位置にいることを悔いないでもないフィンは、なるべく歌詞を頭に入れないように努力しつつ、行動を起こす。

「ヴィー!」

 呼ばれた相棒は光となり、彼女の武器と同化する。

「本職ほど上手くないけど……この一矢、喰らって無事に済むと思わないでよ!」

 『森霊の弓』から放たれた矢がアヤカシの胴を貫いた。
 貫かれたアヤカシは細かい氷片となって、暴風の中弾け飛ぶ。

「ほらほらどうした、こっちだ、こっち!」

 クロウは『シャイニング』で目につく敵を切りまくる。
 斬撃は浅く致命傷を負わせるものではないが、それでいいのだ。ステージ側へ向かわせないようにするためなのだから。
 一つ切りつけたらまた一つ、さらに一つ。戦馬の足を止めずに斬りつけ続ける。
 アヤカシが群がってきた。
 吐いた息の湯気を置き去りにし彼は、囲みを脱そうとする。
 翼を折り畳み急降下してきたアヤカシが、けづめを彼の足に引っかけた。
 態勢を崩しそうになるのを、鬣をつかんで持ち直す。
 その様子を高度から見ていたナキは、アルビダールを加速、急降下させる。
 乱れた風のいたずらだろう、彼女がいる位置まで切れ切れに歌が聞こえてきた。

♪ だから私〜待たないわ〜あなたの前から消える〜ごめんね待てるほど若くないの〜もう夢を見るのに疲れたの〜 ♪

 死角から来た敵にアヤカシは急反転し、クロウから離れる。
 ナキはあやうく垂直になりそうなほど機体を傾け、追跡する。

「あたしの歌を聞きやがれっ!」

 『聖鈴の首飾り』の澄んだ鈴音とは裏腹の、激しい調子で歌う。

♪ 英雄 胸の奥の英雄呼び覚まーせー アヤカーシなどー  ひーとりでー 屠るものーさー♪

 クロウの初手を食らったときのように、群れがばらけた。
 軽度の混乱に陥ったのだ。
 何羽かは急降下し、氷上すれすれまで高度を下げる。
 その上をフェンリエッタとアンが取った。
 アウグスタは相手の背後に張り付く。右に左に急旋回し引きはがそうとする敵の動きを、寸分の狂いもなく再現しながら。 
 アンは群れの前方に回り込み、ナハトミラージュを発動させた。

「おっと、そっちには行かさないのだよ!」

 急速に霧散させた存在感を武器に彼女は、まんまと敵に接近し、不意打ちを食わせた。

「俺様はそっちじゃない、こっちだぞ!」

 『ニードルウイップ』がしなり、アヤカシの胴に、翼に、足に、鋭い打撃を与える。
 凶鳥たちは鳴き騒ぎ攻撃を仕掛けてきた敵を探す。
 しかし、なかなか位置が掴めない、掴めない間にまた鞭が飛ぶ。



「ふぉおおおお、寒いでやす!」

 アヤカシは海上にクギづけられているが、その影響は陸まで届く。
 猛烈な寒風がびゅうびゅう舞台まで吹きつけてくる。
 先程張った網に霜がつき始めた。
 観客たちも寒いのか、唇が青くなってきている。最初から着込みまくっているババロア候のような人間は別として。
 伝質郎も足踏みが止まらない。
 だが島中雪美は顔色一つ変えていない。ついてきている伴奏者たちも同様だ。決して席から立たない。

(見上げたプロ根性でやす…)

 思わず感心する伝質郎。コンサートは絶対成功させねばという思いを、改めて強くする。
 彼は手持ちの三味線をかき鳴らし、観客席に向かって呼びかけた。

「お客さん方も、どうぞご一緒に! 歌って寒さとアヤカシを吹き飛ばすでやすよ!」

 呼びかけに真っ先に応じたのがババロア侯だった。

「よし、歌うぞ! 皆のものも歌えい! 旗を振れ旗を!」

(仕切り魔って奴でやすかね…)

 自棄糞の成分が何パーセントか入った大合唱が、今ここに響き渡る。

♪ あの夢が失せても まだ愛は消えない 君よ行かないで 僕の側にいて ♪

「素晴らしいでやす…今、観客とステージが一つに!」



「! これは雨傘様の声…俺様、力が漲ってくる気がするのだぞ!」

 漏れ聞こえてくる曲に元気を貰い、アンは更なる突撃を行う。
 飛び交う吹雪には、雪ばかりでなくあられも交じっている。

「くっ、結構痛いっ。そして冷たっ」

 防寒具を着てても忍び寄る寒さと戦うため、梅干しを口に入れる。

「うっ、すっぱ!」

 フェンリエッタは相棒の飛行能力を誇りつつ、眉をひそめる。

(地表すれすれを飛ばれると、矢が当たりにくい)

「ですが、逃がしませんよ!」

 何本か無駄にした後、やっと鏃が片翼に突き刺さった。
 アウグスタはその機会を逃がさず、相手を流氷の透き間目がけて蹴り飛ばす。
 地上にいた竜哉の鎖が、それを叩き潰す。

「飛ばれさえしなければ普通のアヤカシと大差はない」

 引き上げた鎖をまた振り回し、コンサート会場への境界線を死守する竜哉。
 彼の目は、鎖の届かぬ位置の高度から陸側へ抜けて行こうとする一群を捕らえた。
 すかさず『メレクタウス』に持ち代える。
 リボン越しに相棒へ指示を出す。

「こちらに追い込んでくれ」

「了解。瘴翼が実体を備えてるとは思わぬじゃろうからの。不意打ちには成ろう」

 鶴祇はぺろりと唇を嘗め、瘴翼をひるがえした。
 フィンも同じものに気づき、即時相棒に言う。

「ヴィー、同体化解除! 妨害して!」

 ヴィゾフニルは本来の姿に戻り、猛然と敵を追い始めた。
 一羽に狙いを定め食い下がり、突きあい、蹴りあい、翼を真っ白にしながら地上付近まで降ろしてくる。
 フィンはアヤカシに蹴りを見舞い足で押さえつけ、至近距離から頭部を射貫く。
 鶴祇によって中程から翼を切り落とされ失速したアヤカシは、竜哉が狙い撃つ。
 上空ではナキのアルダビールが、上下ひっくりかえるというアクロバティックな飛行を見せていた。
 そうしながらなお歌っているのだから、操縦の腕は相当なものだ。
 アンは相棒の巨体を生かし、進路妨害に努めている。

「行かせはしない、行かせはしないのだっ!」



 集団から抜けた数羽が近づいてくるのを見て、伝質郎は狼煙銃を撃つ。そしてぼやく。

「こん畜生めいっ!」

 危険を承知で誰一人ステージから降りようとしない。
 そのことに、演奏を請け負えない残念さと、全員を体で守らなければならない危険感と、莫迦が多い嬉しさとに震えながら。

「兄さん方ー早くー」

 彼は全力で歌う。突貫してくる相手の勢いをそぐために。

「皆何処へ行った〜♪」

 一羽が網にぶつかった。
 網は一瞬で凍りつき粉々に砕け散る。
 そこにプラティンが追いついた。
 クロウの『ネルガル』が火を吹く。
 アヤカシ自身もまた、氷の欠片として砕け散った――。



 アル=カマルの都。
 買い物に来ていたクロウは、路上に人だかりが出来ているのを見つけた。
 近づいてみるとナキだ。瓦版を配っている。

「お、クロウじゃないか。お前もこの『わだいふっとう! しまなかゆきみコンサートレポート』どうだ。百文ポッキリだぞ」

 イラストを多用した紙面には、こう書いてある。

『――コンサートは空前の規模のものとなり大成功を収めた(途中アヤカシが襲ってくるというハプニングはあったものの、勇敢にして高潔な開拓者戦隊により、全て討ち取られた。皆、開拓者を称えよう!)。
 特設会場は、収容可能人数の千名を超え、立ち見客が出るほどだった(ババロア侯がその会場建設のために無報酬で動員してきた近隣の住民は200名)。
 ステージを飾るのはアル=カマル直輸入百万本のバラ。45687032(税別)文かかったらしい。彼は半年の間領地を留守にし、飛空船で各儀を股にかけ(年間基本契約料25000000文)追っかけに出ているのだが、そのための資金は、すべて勤勉なる領民からの暖かい寄付及び税金で賄われているのである。領主という立場から考えればまっとうなことであろう。いやしくもファンと自称する者はこの情熱を見習うべきである!――』

(…あの領主、飛ばされるな)

 確信する彼はナキに聞いた。

「よくこんだけ細かい金額が分かったな」

「ああ、ステージの端に詰まってた隙間女という奴が教えてくれてな。雪美姐さんのファンだそうで、侯爵についても何かれとなく知ってたぞ」

(…あのアヤカシいたのか、やっぱり)



 ガラドルフ大帝の前に官吏が、封書を持ち込んできた。

「まずこちらがババロア侯爵領臣民連盟の直訴状でございます。代筆人は、竜哉なる者だそうで。そしてこちらが、ファルスト家の息女、フィン・ファルストよりの添え書きにございます」

 蜜蝋で封じられた添え書きをまず開いた大帝は、次の文を読む。

『私ことフィン・ファルストは、開拓者として現地に向かった際に見聞した、ババロア侯領の実情を上奏いたします。
 ババロア侯には歌手の追っかけで自領を半年留守にする、歌手に薔薇を送る為に税金を徴収、追っかけの際に寄付を強要している等といった芳しくない噂がありますが、それは全て事実であります。私はこの目で、しかと確認致しました。
 陛下の臣民への私的な重い負担と考えると少々見過ごせないので御確認下さい。領民も鬱憤が溜まっているようであります。このままでは行く行く、騒乱の種とならぬとも限りません。どうぞ陛下、よりよきようにお計らいを願います。』

 大帝は黙して添え書きを閉じ、嘆願書の方に目を通す。
 そこで官吏が一枚のビラを出してきた。

「アル=カマルにて流布しておりますものです」

 『わだいふっとう! しまなかゆきみコンサートレポート』と書かれたそれを隅々まで読んだ大帝は、官吏に言う。

「…ババロア侯は今どこにいる?」

「はっ、二日前、天儀のコンサートに出掛けて行かれた由にございます」

「…首に縄つけてでも連れ戻してここに召し出せ」



 開拓者ギルド付近の茶店。
 伝質郎とアンとフェンリエッタが世間話をしている。

「ババロア侯はアバシリーってとこに配置替えになったらしいのだよ。もとの領地は適当な人間が見つかるまで、しばらく皇室が面倒を見るとか」

「ほう、そりゃめでてえこってす。網と一緒に領主も新調。これで庶民もちったあ楽になるでやしょ。しかし、アバシリーってどこなんでやす?」

「いや、俺様はよく知らないなあ。フェンリエッタ様は知ってるか?」

「ええ、一応。ジルベリア北端にあるところよ。白熊とアザラシと氷しかないと評判の離れ小島…」

 そこで言葉を切った彼女は、ふっと微笑んだ。

「…この冬…無事に越せるといいわね、ババロア侯…」