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■オープニング本文 砂のアル=シャムス大陸。 砂丘の上でじりじり太陽に焼かれながら、人15人ラクダ10頭の隊商が立ち往生している。 「……まだ他所に行かないか」 「行かないな。駄目だ、あいつずっとあそこに粘り続けるつもりだぞ」 彼らが見ているのは水の補給地である小さなオアシス。 黄色い砂ばかりの地平に、ぽつんと一点まるで奇跡のように存在する緑の島は、現在アヤカシに占領されていた。 巨大な地蜘蛛の姿をしたそいつはオアシスから顔を覗かせ、人間が来るのをひたすらじっと待ち構えている。八つの複眼を陰気に光らせながら。 オアシスから離れて襲ってくる様子がないのはいいのだが、こちらはそのオアシスにこそ用事があるのだ。ここで水を補給できると予定に組んでいたからすでに皮袋は空っぽだし、やり過ごし歩を進めるに次の補給地はあまりにも遠い。途中で行き倒れる危険性、大。 「どうだ、誰かがあそこに行って奴の注意をひきつけている間に、他のものが水を汲みに行くというのは」 「おお、それはいい案ですね。もちろん隊長がその囮役をやってくれるんですよね?」 「いやいや、ワシはもう年だからこういう仕事は若くて敏捷な奴に譲りたいと思ってだな、お前たち行ってくれ。なに、奴は鈍そうだからさほど危険ではなかろう」 「いやですよ! 隊長が行ってください! その年までもう十分生きたじゃないですか!」 「そうですよ、自分たちはこれからの人生というものがあるんです! 特に結婚したばかりなんですよ自分は!」 「なにい、勝手なことを言うな若造ども! ワシは孫が生まれたばかりなんだ死の危険を犯すわけにはいかん!」 「死の危険があるって認めてるじゃないですか!」 不毛ないさかいが起こりそうなところ、幸いというのか、砂の砂丘の向こうを開拓者らしき人々が通過していくのが見えた。 彼らは迷わずそちらに走り、助けを求めるとする。 「おおい、おおい」 「止まってくれ、おーい!」 |
■参加者一覧
門・銀姫(ib0465)
16歳・女・吟
彼岸花(ib5556)
13歳・女・砲
黒木 桜(ib6086)
15歳・女・巫
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂
羽紫 稚空(ib6914)
18歳・男・志
宮坂義乃(ib9942)
23歳・女・志
ネロ(ib9957)
11歳・男・弓
藤本あかね(ic0070)
15歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ちょっとした仕事帰りの道筋、砂漠のど真ん中にて呼び止められたアルバルク(ib6635)は、水袋を積んだ栗毛の霊騎を停めた。 砂丘の向こうから隊商の一行が駆け寄ってくる。 「おお、よかった。お前さんたちは――うん、間違いなく開拓者らしいな」 ごま塩髭を生やした隊長は何度も頷く。アルバルクの逞しい霊騎と宮坂 玄人(ib9942)の無骨ないで立ちと門・銀姫(ib0465)の琵琶を見比べ「これだけちぐはぐな印象の連中が一緒にいるというのは、まず開拓者以外にあり得ない」という確信を得て。 「なんだい、面倒事かい?」 「ああ、実は……」 彼から一通り説明を聞いたアルバルクはうーんと唸り、真面目くさった顔で、霊騎の背にある水袋をぽんぽん叩く。 「……それなら水を売ってやってもいいんだが……1袋百万文で」 砂漠を熱く白けた風が吹き抜けた。咳払いしてアルバルクは言葉を継ぐ。 「なんて、冗談冗談。手伝ってやるから怖い顔しねえでくれ」 銀姫は平家琵琶をかき鳴らし歌い始める。これが彼女の話し方なのだ。 「移動の通りすがりであるのだけれど〜♪ アヤカシ排除の助力を頼まれたならば是非とも引き受けるのだし〜♪ それがもう水が欲しくてオアシスへ駆け込みたい状況ならば〜♪ 体調崩す前にやってあげるよね〜♪」 玄人は「緋色暁」の研ぎ具合を確認する。 「俺自身は、修練のつもりで来たんだが。今は蜘蛛型アヤカシの討伐だな」 この両者やる気十分であるらしい。 やや安心する隊長の元へ、幸運にもさらなる助力者が現れた。 まずこなたの砂丘を越えて一組の男女。羽紫 稚空(ib6914)と黒木 桜(ib6086)。 彼らは別件依頼の帰り道であったのだが、せっかく砂漠に来たのだからオアシスというものを見て行こうと決めた結果、うまいことこの懸案に遭遇してしまったのである。 「あら、あんなに人が集まって……何かあったみたいです……行ってみましょう!」 「あ、待て待て、急ぐなって危ないから!」 かなたの砂丘からは彼岸花(ib5556)、ネロ(ib9957)、藤本あかね(ic0070)の一行。 彼らはちょっとした観光でこの周辺にやってきて通りがかったという次第。 砂漠に来るのが初めてなネロは皮の水筒をしかと抱え、周囲を興味深げに見回している。 四方八方砂ばかり。川もなければ草もない。空気は乾ききり、汗すらも流れず肌の上で蒸発し塩になる。 喉もたちまち干からびてくる。 「でも、少しずつしか飲んじゃいけない……友達から水は大事って言われたし……気をつける……?」 呟いたネロが足を止める。ほかの2名も。行く手に随分な数の人が集まって、なにやらもめている様子なのだ。 あかねが腰に手を当てしたり顔をした。 「これは絶対に事件ね。行ってみましょう」 そして走りだす。ネロと彼岸花もそれに続く。 ● 「アヤカシ? んっ……困ってる人は、助けてあげないと」 ぐーに拳を握って意気を上げるネロ。彼岸花も賛成だ。 「アヤカシを退治しないと、次に利用できなくなってしまいます。なんとか退治しないと」 軽い男性恐怖症の気がある彼女は、気後れしないようしっかり「八咫烏」を握り締め、言葉を発している。 アルバルクはそんな少年少女たちを、まあまあとなだめた。 「なーんて、見えてる地雷踏みに行くのもなあ……まずは奴さんの様子を調べようじゃねえか。どうやらあそこからちっとも動いてきそうにないからよ」 敵を知り己を知れば百戦危うからず。 ということで集まった開拓者たちは情報を集めることから始めた。ひとまずは目視で。 玄人、稚空、そして「さて、若い衆ばかりに働かせるのもなんだな」と言うアルバルクとで、小さなオアシスの周囲をぐるりと一周してみる。 ツチグモの姿をしたアヤカシは緑のある境界ぎりぎりまで出てきており、牙のある口をもごもごさせている。飛び出し攻撃的をしかけてくる素振りはない。 「待ち伏せ型か……おい、あれ糸じゃないのか?」 「え」 玄人の指摘に稚空は目を細め、確かに糸らしきものがあるのを確認する。 それはおおざっぱながらオアシス内部の地面に円を描き、張り巡らされている。 「踏んだらくっつくとか、か?」 もっと目をこらすと泉の直近に不自然な穴ぼこが空いている。ちょうどアヤカシが入れるかなというくらいの大きさだ。 「巣に逃げ込まれたら面倒だが……ふむ」 そこまで確認し引き上げた一同は仲間の元に戻る。次は銀姫と、あかねの出番。 「それではボクは〜♪ 耳で動きを探るとしよう〜♪ 仲間がいるかどうか確認しないとね〜♪ 決して突出しないで無理をせずだよ〜♪」 歌い終わると彼女はぴたり口を閉ざし目も閉ざす。聴覚を研ぎ澄ますために。 あかねは符を取り出し小さなイタチに変じさせ、オアシスに差し向けた。途端にクモが反応してくる。イタチは懐に飛び込んでかわし、巣穴へ入り込んだ。 それを追いかけて巣穴に入り込んだクモはしばしの後、要領を得ない様子で顔を出してきた。 飛び込んできたはずの餌が触るや否や消滅してしまったのが不可解であり不服である様子で、カカカと歯を鳴らしている。 桜は2人に聞く。 「どうでしたか? 中に他のアヤカシはいましたか?」 「聞いた感じだとあれ1体だけみたいだね〜♪ もしいたのなら〜物音がするはずだから〜♪」 「私もそれで間違いないと思います。穴の中には1匹分の広さしかないようでしたから……とりあえずですね、地面に張ってある糸は踏まない方が良さそうです。粘つくということはなかったんですが、どうもあれで獲物の位置を感知しているみたいです。触れたら即襲ってきましたから」 得られた情報を元に開拓者たちは、オアシスに生えている木や茂みの位置、巣穴の位置、蜘蛛の糸の様子など砂の上に描いて簡単な打ち合わせを行った。 前衛と後衛、それぞれどんな手段で攻撃するか、また万一の際どうするか。 意識併せを終えてから、ネロが確認を取る。 「……皆、覚えた?」 そこはもちろん。 いざ実践へ。 ● 「桜、俺の視界からいなくなるなよ!」 「そんな、言わなくても大丈夫ですよ。この攻撃は連携が大事ですからね」 「そ、そうか。だけど無理すんなよ。ヤバかったら退けよ。クモなんざ、俺が一本残らず足を切り落としてやるぜ!」 威勢よく言う稚空に、アルバルクはぴゅっと口笛を吹いた。 「熱いねえ。といっても俺も若い時には、そのくらいのこた平気で口走ってたかな。いやはや、年はとりたくないもんだ」 茶化された稚空はあわてて握っていた桜の手を放す。それから照れ隠しに大声を上げた。 「さ、やろうぜ!」 「もとより」 言って玄人は「緋色暁」の柄を握りオアシスにそろそろ近づいて行く。 一度穴に潜ったクモはそこに留まってしまっている。先程の餌の不審さが用心を招いているらしい。 当然このままでは攻撃しにくい。また全身出てきてもらわなくては。 「それじゃ仕掛けようか」 両手に「シャムシール」を携えたアルバルクは前衛組の先頭に立ち、緑の境界に近づく。 「この大陸で俺の行けねえところなんてのはねえんだよ、なんてな」 うそぶいた彼は足を差し出し、仕掛けられている糸を踏み付けた。 直後電光石火の勢いでクモが目鼻の先に迫ってくる。銀姫が歌を歌い始めるのと、ほぼ同時の素早さで。 「おうほっ!?」 反射的に彼は「シャムシール」を交差させ牙を防ぐ。湾曲した牙の先から液体がポタリと腕にたれ落ちた瞬間、激しい灼熱感を覚える。 顔を歪めたところ頬の直近を通って、彼岸花の「八咫烏」が打ち込まれてきた。 弾は持ち上げられている前肢に当たる。 クモはぱっと飛び下がった。先を失った足が瘴気を発しながら再度盛り上がってくるところ、稚空が水をかける。桜が凍りつかせる。 張り付いた氷はすぐと弾けた。 そこを「クリスタルマスター」が襲う。 「まず一本もらう!」 玄人は反対側からうちかかった。 「緋色暁」の刀身が焔に包まれ、もう片方の前肢を切り裂く。焦げ臭さが立ちのぼる。 再度飛び下がったクモは尻の先端を彼女に向けて曲げ、糸の固まりを浴びせてきた。 さほどの量ではなかったが斬撃の拍子は崩される。 それを見て中衛のあかねが、「陰陽刀」で援護に出る。連携に隙が生まれないよう。 前衛がクモを引き付けている間にネロは、オアシスの後方に回り込んでいる。 糸を注意深く避け巣穴に近づき、手にした松明に火をつけ、巣穴へほうり込んだ。調べたところ1匹だけということだったが、万が一小クモでも潜んでいたらことであるし、大体逃げ道を塞いでおくにこしたことはないと思って。 「……出てくる、かな?」 穴の中へ次々落とされた松明は燃え続ける。 幸い煙以外出てくるものはなかった。 異変を察知したかクモが急に振り向き向かってきたので、彼は急ぎ射程の外まで逃げ出し、「ラアド」に持ち変える。 続けざまに矢が放たれ複眼に刺さった。 「大迷惑な蜘蛛を排除するんだね〜♪ 決して突出しないで無理せずだよ〜♪」 銀姫は距離を縮め押し潰すような重低音を響かせる。 クモがはっきり動きを鈍らせ始めた。 桜と稚空により、玄人により、1本また1本と足がもがれていく。そのつど回復をしようとするのだが、「八咫烏」や「ラアド」からの遠距離攻撃が立て続けに行われていては、とても間に合わない。 しかしとにかく生命力(本質的に生き物というわけでもないのだが)は強い。とうとう足が最後の1本になっても、まだガチガチ歯を鳴らしていた。 「さすがにしつこいな……。だが……!」 玄人は最後の足を刃にかけようとした。 ネロから鋭い声がかかる。 「そこ、危ない」 はっとして彼女は下方にではなく上方に刃を向ける。額というあらぬところから生えた足が、真っすぐ打ち下ろされてくるのに気づいて。 額の足は切り飛ばされた。 その間に稚空が最後の足を片付ける。 「もうデタラメだなこいつ! 早いところ始末つけようぜ!」 穴があいて矢じりだらけになった胴体に「ワイナーズテイル」が突き刺さる。「シャムシール」が切り込む。 両者の刃で縦裂きにされたクモの体が膨張し、弾けとんだ。作り出していた糸もまた同様に。 瘴気はぎらぎらした日光の下たちどころに霧散する。影も形も残さずして。 あかねが泉に近寄り目を細める。それから向きを変え、離れて待っていた隊商に手を振った。 「大丈夫、汚染はされてません! ちゃんと使えますよー!」 桜は負傷したらしいアルバルクの腕を診る。 先程牙の液がかかったそこは、火傷したように火脹れし爛れていた。 「いや、もうなんともないぜ。多分毒というより消化液だったんだな。ツバつけときゃ治るさ」 「いえ、でも一応手当しておきましょう。跡が残るといけませんし」 桜は包帯と薬草で事後処置をした。 アルバルクは彼女の肩を叩き礼を言う。 「ありがとな。お嬢ちゃん……おっと、あんまり慣れ慣れしくしちゃいけねえかな。彼氏がこっち睨んでるからな」 ネロは水を飲み喉を潤す。たくさん動いたのでそれだけ喉が渇いたのだ。 すぐに水筒は空っぽになった。そこで、友達の言葉を再度思い出す。 「お水は、大事に……約束」 ふと隊商の方を見ると、皆やれやれと言った様子でラクダから水袋を下ろしている。 人見知りな性分ゆえ積極的には語り掛けられないが、ネロもお手伝いをするとした。ラクダの口輪を取って、泉まで誘導してやる。 「……お水、たっぷり用意……だよ」 他の開拓者たちもついで、ということでオアシスに留まり休憩を取る。 ナツメヤシが生い茂り草花が咲くここは、小さな楽園だ。 アルバルクは横になり、心地よく日陰を楽しむ。蝶が花に止まっているのを見ながら。 (……砂漠のオアシスってのはどんな奴だろうと汚すことの許されねえ言わば聖域ってもんだ。報酬云々以上に、価値のある仕事だろうぜ) 銀姫は琵琶で小唄を一曲ならしている。 彼岸花がそれに耳を傾けながら陽だまりならぬ日陰でお昼寝をし、玄人は太刀の刃毀れがないかどうか確かめている。 「そういえば、あのアヤカシがあけた穴、埋めておいた方がいいんじゃないか?」 「言われてみればそうかもね〜♪ でも後にしようよ〜命短しされども長し〜も少しゆっくりしようじゃないの〜♪」 「むにゃ……賛成……気持ちいいですもん……オアシスって……」 桜はというと、オアシスを熱心に眺めていた。 「……おい、やっぱよそうぜ。お前の安否が心配だ……って、言ってるそばから…」 と稚空から言われてもどこ吹く風、澄み切った泉を眺め続けている。 何しろ飽きるということがないのだ。底の方で砂を吹き上げこぽこぽ湧いてくる清水の姿には。周囲が乾き切っているだけに余計。 「……わ〜綺麗です、稚空も見てくださいよ」 稚空は気が気でなくはらはらしっぱなし。何しろ彼女という人間は。 「おい、落ちるなよ?……」 水場があれば落ちるという奇癖の持ち主なので。 「落ちませんよう。あ! 何かいますね」 このように水面をのぞき込むなんてした日には頭からドボンするのが常……。 「ひゃあああがぼがぼがぼ」 「だから言ったじゃねえか!」 叫んで彼はオアシスに飛び込み、足が立っているはずの桜を引き上げにかかる。 「大丈夫か? もう大丈夫だ、落ち着け俺がいる、支えてるから、落ち着け!! つめたっ! 凍らすなって!」 無事に救出したところで、説教時間と相成る。髪の先端に出来た微細なツララから、ぽたぽた水滴を垂らして。 「ったく……頼むから心配させるなよな……どれだけお前が大事かわかってないわけじゃねーんだろ?」 「あうう、すいませんです」 べべんべんと平家琵琶が鳴る。 「犬も食わないなんとやら〜♪ 目に毒だよね本当にね〜♪」 |