|
■オープニング本文 ジェレゾ城北学園の女番長アリスとその仲間は、全員まとめて校長室に呼び出されていた。 つい先日聖マリアンヌ女学院の女番長アガサと跳馬競争をした弾みに、校舎中庭にある校長の胸像を粉砕してしまったことが、バレたのである(被害の大半を引き起こしたのはアガサなのだが、彼女はいち早く現場から逃走した)。 そんなわけで一同団子となって、生活指導教諭のトマシーナに引率されつつ廊下を移動中。 「納得いかへん! なんでうち一人が怒られなあかんの! アガサやでアガサ! みんな見たやろあいつが逃げて行くのを!」 「もちろん見ました。アリスさんが馬に言うこと聞かせられなくて、追いかけられずじまいだったのも見ました」 「悔しいけど向こうの方が乗馬のスキルは上じゃん…アリス、精進しないと」 「ここんとこテストの点では負け越し続きですの。もっと頑張らないと、アリス」 「うちのことはええねん! それよりアガサのことやアガサのこと! うちやのうてあいつが怒られるのが筋やろうて言うてんの!」 姦しい話し声を、バシーンという音が切り裂く。 引率教師の手にあるバインダーが壁を叩いたのだ。 「反省の色が全く見えませんね…」 「そそそんなことあらしまへん反省してますがな先生」 「全く、毎回毎回よくもまあ…いいですか、下らない番長ごっこなんかして喧嘩騒ぎに興じてばかりいては、ろくな大人になれませんからね。開拓者に身を落とさないとも限らないのです」 「…先生、番長と開拓者になんぞ個人的な恨みでもあんのんかな」 こそこそ仲間に囁きかけるアリス。その耳に、情報通のナナが小声を吹き込んだ。 「あのね、先生マリアンヌ出身らしいのよ。それでね、野獣番長から目をつけられてたんだって…」 「えっ! マジかいな…そらきっついな…在学中地獄やで…」 トマシーナが急に立ち止まった。 廊下の曲がりはなから、白いワンピース、長い黒髪、三白眼の怪しい女が出てきたのだ。 「どなたです、あなた。我が校の関係者ではありませんね」 後ろから顔を出したアリスはぎょっとし、早口に言う。 「これアヤカシや! 隙間女ちゅう奴や!」 「えっ、マジでなのですかアリス!」 「マジやねんで。まあ、別にほとんど何もしてきいへんけど…いや、悪夢は見せてくるんやったかな」 隙間女は表情を変えず、アリスの説明に訂正を入れてくる。 「…あれは私の仕事ではないわよ…」 トマシーナは先生らしく威厳を保ち、アヤカシにこう言い放った。 「部外者は出て行きなさい」 隙間女はゆるゆる首を傾け、後ろを振り返り、それからまた正面を向く。 「…あなたたち…この先に行くの…?」 「当然です。まさか通行の邪魔をするつもりではないでしょうね?」 「…別に…止めておいた方がいいとは思うけど…行きたいならどうぞ…」 ● 昔番長現在開拓者のエリカ・マーチンは、ジェレゾ城北学園に向かっていた。後輩であるアガサの首根っこを捕まえて。 跳馬勝負の件について聞き及んだので、ひとまず彼女を謝らせに行こうという所存なのだ。 「あんたって子はどうしてそういつも小賢しいの!」 「だってアリスから挑んできたんすよ不可抗力っすよおお!」 今日はもふらのスーちゃんも一緒である。 「そういえばご主人たま、この学校で同級生が先生をしているそうでちな」 そしてファティマもいる。 「ああ、委員長やってた子がおるねんて。トマシーナ・エジソン。背ぇたっかいクールビューティー。狐の獣人やねんで」 「詳しいでちなファティマたま。さすがご主人たまのポン友でち。しかし委員長と番長とくれば、さぞかし仲悪かったことでちょうなあ」 もふふふふと喉を鳴らすスーちゃん。 エリカは心外そうな顔をした。 「そんなことないわよ。普通に友達だったわ」 「ご主人たまの主観情報って、雑過ぎてあてにならないと思うのでち」 「…それはどういう意味かしら?」 等言い合いながら校門の前まで来てみると、ひどくざわついている。軽くパニックも起きている様子だ。 エリカはアガサから手を放し、代わって剣の柄を握る。 「あ、アヤカシっすか?」 「分からないわ。アガサ、ちょっと離れてて。ファティマも。スーちゃんはここにいなさい、相棒なんだから」 「むう、差別でち差別でち――あ、ストップご主人たま。事情を知ってそうな人発見でち」 後足で立ち上がったスーちゃんは前足で、校庭の端をゆらゆら横切って行く人影を指す。そして呼ぶ。 「おおーい、隙間たーん、ちょっとこっち来て欲しいでちー!」 ● 「先生、ここはどこやの!?」 見渡す限り数メートル先も定かならない闇に包まれている。 足元は細かい金網状のもの。ひっきりなしひゅうひゅう風が吹き上げてくる――つまり下は地面でなく空中ということだ。 心臓が痛むほどの不安感。 「いやあああ!」 「やだ、もうやだあああ! おうち帰るううう!」 トマシーナは呼吸を落ち着け、手のひらから炎を生み出した。 「皆さん、こっちに!」 皆はひとまず明かりを頼りに集まる。 そこに、ふううう、ふうううと怪しげな鼻息。 暗がりの中から、気持ちの悪いアヤカシたちが姿を現した。 猿のような体に、犬のような顔。 全身皮をひっぺがされたかのように、眼球と血管が剥き出しだ。 ● 「穴でちか?」 「…ええ…抜け道とも呼んでるけど…恒久的なのと…一時的なのと…これは後者…多分一日程度で塞がるわ…最近こういうの、多いわね…」 「結局皆向こうで今どうなっとんのや?」 「…死んでると思う…あそこ…肉食系のひとたちが…たくさんいるし…」 聞いた途端エリカが眉を吊り上げた。 「ちょ…何故先にその危険をトマシーナたちに教えなかったの、あんたは!」 「…私…聞かれないことには答えない主義…でも明かりを偶然持っていたなら…まだ生きてるかもね…あそこのひとたち…光に敏感過ぎるから…多分近づけない…」 「…連れ戻す方法はっ!」 「…直に乗り込んで誘導するのが早い…とはいえ人間には出入り口が分からないから…二重遭難がオチ…」 そこまで聞いたファティマは、ぱんと膝を打った。 「よし分かった。じゃあ、あんた案内役やな」 「…なにゆえ…?」 「なにゆえやあらへんがな。流れからしたらそうならざるを得んやろ。違うか? 違わへんあたしはそう思う。そうやろ? そうやんなあ?」 スーちゃんは耳をかきながら言う。 「出たでちよ、ファティマたまお得意のごり押しが…」 |
■参加者一覧
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
成田 光紀(ib1846)
19歳・男・陰
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎
霧雁(ib6739)
30歳・男・シ
草薙 早矢(ic0072)
21歳・女・弓 |
■リプレイ本文 マルカ・アルフォレスタ(ib4596)は校長室へ向かっていた。ひとまず同級生としてアリスの弁護をしようと。 その行く手から、複数名の生徒が逆走してくる。皆顔色を変え、混乱している。 訝しんだマルカは彼らを引きとどめ、尋ねた。 「皆様、一体どうなされましたか」 「わ、分からない。一斉に人が消えたんだ!」 どうやらただ事ならない様子。 マルカは先を急ぐ。急いだ先に顔見知りの姿を見つける。 「エリカ様! アガサ様!」 「あっ、マルカっす!」 「よかったわ、あんたもちょうど登校してたのね」 手短に事態の説明を受けたマルカは、大急ぎで引き返して行く。装備品をロッカーへ取りに行くため。 途中で教師に急を告げ、生徒達を危険な場所に近づけさせないようにとの処置も頼んでおく。 (トマシーナ先生やアリス様達の危機を黙って見ている訳には参りません。必ずやお救いして見せますわ!) 彼女が戻ってくるまでの間現場には、次々他の開拓者たちも集まってくる。 まず成田 光紀(ib1846)。 「なにやら胡乱で胡散な空間があると聞き及んできたが…調査の対象としては悪いものではないぞ。青龍寮としては来ざるを得まい」 続いては、鈴木 透子(ia5664)だ。 彼女もまた光紀と同様、異空間に対し多大な興味を抱いていた。『真なる水晶の瞳』をかけ、あたりを見回している。 (レンズ越しだと、景色がぐにゃぐにゃ歪んで見えます…隙間女が言だと「抜け道」だそうですが…龍脈の瘴気版でしょうかそれとも精霊門の瘴気版とか…) 今すぐにでも聞きたいところだが、まず入りこんでしまった人々の救出が先。あまり根掘り葉掘りして警戒されては元も子もない。 それでも気になる。すごく気になる。 (うう、興味が抑えきれません…) 内心悶えている彼女をよそに霧雁(ib6739)は、せっせと『カッツ』で松明を切り詰めていた。 「これは一大事! 誰も死なせてはならぬでござる! 50人もの未来ある若者を、決してアヤカシの餌にしてはならぬでござる!」 話によれば行く先に生息しているアヤカシは、光を嫌がるらしい。 ならば対策として松明の数を増やし、光量を上げるべし。 手では二つしか持てないので、丑刻の五徳の足にそれぞれ松明を一本ずつ荒縄できつく結び付け、頭に被る。引火を防ぐ為髪は撫でつけ――ふわふわしてくるのをなんとか抑えこみ――首の後ろで一つに束ねて結んでおく。 更に先ほど切り詰めた松明を一本の松明の回りに、これまた荒縄で結び付ける。 「集束松明、完成でござる! 後は火をつけるだけ…明るさは並みの松明の比ではござらぬぞ!」 「…なあ霧雁はん、ほんまそれ大丈夫か? なんぞ見るからに火だるまになりそうなんやけどな」 「心配無用でござるファティマさん。拙者忍者でござるゆえ」 「そういう問題やろか」 スーちゃんは、こそこそアガサに耳打ちする。 「スーちゃんああいうの、天儀渡りの草紙で見たことあるのでち。八血墓村というのでち」 「あ、それあたしも読んだことあるっす。ホラー推理ものっすよね」 彼女らが本筋と関係ない話をしている間に、愛馬に乗った篠崎早矢(ic0072)が駆け込んで来た。 馬を竿だちさせ急停止をかけ、鞍から降りてくる。 「エリカ殿、今回もよろしくお願いします。おお、欲深な学者のファティマ殿もおられたのですか、これはごぶさたしておりました」 「欲深は明らかに余計やろ…ちゅうか、なあ、その相棒持ち込むんか?」 「そのつもりですが。なんでも行く先は穴だそうですので、それなら降りて行くには飛べるものがいるかと思いまして」 エリカが初めて気づいたように、廊下の羽目板にはまって休んでいる隙間女へ、確認を取った。 「そういえば、飛び降りて支障ない高さなの、穴って」 「…別に問題ないわよ…そもそも…入るとき落差はないから…」 「あ、そうなの。じゃあスーちゃんもいらっしゃい」 「いやでち。断るでち。そんなワケわかんないとこ行ってサバイブ出来るのはご主人たまだけでち」 「何のためについてきてんのよあんたは!」 そこで隙間女がまた言った。 「…相棒なら…置いていった方がいいわね…精霊の存在は…どっちかっていうと…あの空間を不安定にするから…」 早矢は不服そうだ。 「折角連れて来たのに…」 スーちゃんはうれしそうだ。 「ご主人たま、スーちゃん無事を祈っていい子で待っているのでち」 エリカは憤慨している。 「次の依頼では絶対働いてもらうからね!」 マルカが戻ってくる。 「お待たせしました、皆様」 準備万端と見て霧雁は、松明に炎をつける。 「隙間殿、案内をよろしく頼むでござる!」 ずるずる隙間から出てくる相手にマルカは、頭を下げた。 「この度はよろしくお願いいたします…ところで、金網のような物は多少激しく動いても破れたりしませんか?」 「…破れることは多分ないわね…変形はあるかもしれないけど…それじゃあまあ…ついてきて」 隙間女の後ろについて皆は、廊下の向こう側に踏み出す。 一歩、二歩、三歩目で世界が入れ替わった。 ● 「ぬおっ、本当に真っ暗でござるな」 果ての見えない茫漠たる暗闇。唯一のとっかかりである足元も、格子状の金網。その透き間から風が吹き上げてくる。 正直いきなりこんな場所にほうり出されたら、恐怖しか感じないだろう。 (トマシーナ先生はマシャラエイトがお使いになれましたから、恐らくそれで対処されているはず…) そう己に言い聞かせるマルカは、松明明かりを頼りに進む。 透子は隙間女に質問をぶつけてみる。なるべく自然な形で。 「ここってどういうとこなんですか?」 相手は少し考え、実にあいまいなことを言ってきた。 「…世界の…裏側の一部…というところかしらね…私たちにしてみたら…こっちが表なんだけど…」 「これは一時的に開いた道だそうですが、ずっと開いているものもあるのでしょうか?」 「…勿論…あ、場所は教えない…そういうものは自分で探して…」 受け答えを聞く光紀は、変な気分に捕らわれていた。 (こやつは前回もそうだが、アヤカシの割には人間に対して害意が少ないようだな) アヤカシというのは通常、知性の有無にかかわらず人間に対し敵対行動をとってくる。 そこを考えればこいつは、なんとも変わり種。 「単に餌としての価値が確保されればそれ以上を望まんだけなのか、あるいは単にアヤカシという分類をなされているだけで実は違う存在と言えるのか、はたまた……」 我知らず考察をだだ漏らしていたところ、隙間女が半眼を向けてきているのに気づき、こほんと咳をする。 「ああ、特に気にする必要無く案内はしたまえよ。アヤカシの案内任せというのも妙なものだがな」 ところでエリカは先程から、早矢を背負っている。 「何で私があんたを負ぶう羽目になってんのよ」 「そうおっしゃらないでくださいエリカ殿。馬がいないと弓術師の私は実力の半分も発揮出来ませんので」 「‥‥その説明、そこはかとなく引っかかるのよね…」 頭の間近で燃えに燃える松明の熱さに耐えていた霧雁は、鋭く目を走らせる。 極限まで開いている瞳孔に、かすかな明かりが見えた。続けて、かすかな声が聞こえた。 ● ギギギギギギギ 「うわーん! 顔見せるなこっち来んなうわああああ!」 歯を鳴らすアヤカシにアリスは大泣きだった。とはいえ声が出ているだけまだマシな方。引き付けを起こしたように、呼吸すらままならなくなっている者もいるのだ。 トマシーナはそう言った子たちの体を叩いたり呼びかけたりして正気づかせつつ、絶対離れないようにと指示を出す。 見た限りアヤカシは明かりを避けている。まだ実害は出ていない。 とはいっても、このままずっとやり過ごせるとも思えない。アヤカシは次から次にと集まってきている。光も生徒の数に対して十分とは言えない。 マシャラエイトをもう一つ出すか。しかしそうしたら確実に早く練力が途絶える。 光が消えたら多分――。 万事窮すと思われたそのとき、アヤカシが一斉に動いた。 彼らが退いた向こうから、煌々たる炎が近づいてくる。 真っ先に駆け込んできたのは、全身松明と化した霧雁だ。 「今助けるでござる! こちらへ来るでござる!」 キェエエ!と奇声を上げアヤカシを蹴飛ばし追い散らす姿は、安心感を与えるにはいささか鬼気迫っていたようだ。 「いやぁあああ! 村の殺人鬼が来たのですう!」 などという声が上がる。 その衝撃を和らげたのはマルカだ。 「皆様大丈夫ですわ、この方は開拓者ですので!」 同級生と教師の無事を知った彼女は、少し涙ぐみながら駆け寄った。 「よくぞご無事で!」 その姿を見てアリスが号泣する。 「心の友おお!」 ぽっぽっぽっと小さな光が幾つも生まれ、集団を囲むように展開した。 光紀と透子の生み出した夜光虫だ。 それによってアヤカシの集団が、また距離を置きずり下がった。 「集まって下さい。小さく前へ習えで、詰めてください皆さん。」 早矢を背負ったままのエリカがトマシーナの背を叩く。 「久しぶりねトマシーナ!」 「!? エリカ、なぜここに…」 「いや、仕事だから。生きててよかったわ」 明るくなった範囲の状況を確かめ、光紀がぼやく。 「また無駄に人数がいるものだな。物好きが多いのかね?」 問いかけられた形になった隙間女は、ゆるゆる首を振った。 「そういうの…あんまり関係ない…むしろ運不運の問題…」 自分たちを不快にさせる刺激に向かっ腹を立てたアヤカシたちは、一斉に鳴きわめいた。 耳を聾する音量に生徒達が耳を押さえる。 霧雁の耳は寝る。トマシーナ先生の耳も寝る。 「トマシーナ先生、生徒の点呼をお願いするでござる!」 「え? 何て言いました!」 「生徒の点呼を――!」 だもので、なかなか言葉が通じない。 エリカと早矢が騒音を鎮めにかかる。 「うるさいわよあんたたち! 話が出来ないじゃないの!」 「無礼な、もっと下がりなさい!」 剣の一刀がアヤカシの喉笛を撫で斬り、『十人張』の連続射撃が雨あられと刺さる。 それを見たマルカも、『グラーシーザ』を振るって牽制する。 「騎士として守るべき方々に指一本触れさせませんわ!」 透子は火炎獣を放つ。 周囲がぱっと明るくなった。 重ねて光紀は彼らの足元に、幾つか霊魂砲を放つ。 アヤカシは少し静かになった。とはいっても、敵意を失ったわけではない。ウッ、ウッとうめき、手足で金網を揺すり始めた。 霧雁は転ばぬよう足に力を入れつつ、今一度周囲の気配を読み取る。 四方八方距離をおいてではあるが、依然として多数集まって来ている。害が及ばない距離を保って取り囲み、光が切れるときを虎視眈々狙っているのだ。 透子はふと思いつき、手持ち品から『銀の鏡』を取り出した。夜行虫の背後に鏡を当てると、光が反射し倍増する。 それを受けたアヤカシは、目を庇い頭を伏せ、暗闇の縁に飛びこんでいく。 いける。 思った透子はそれを、トマシーナに貸し出した。 「近づいて来たとき、使ってください。マシャラエイトにかざしてもいいので。」 「ありがとう。助かります」 ところで光紀はアヤカシの容姿に、興味をそそられている。 (皮膚の退化と視覚の異常発達…光のない場所にいるからか? これは是非とも明るい所で全貌を拝みたいものだが、こう逃げられては仕方ないな) 「致し方ない、生徒諸君はこの珍奇な空間に出くわせた事を心から感謝すると共に今後の人生の糧とするのであるな」 後で彼らの証言も記録しておこうと考えつつ彼は、瘴気の回収にかかる。 この空間自体が瘴気そのものなのであろうが、それを少しでも薄らがせることで、敵に不快さを感じさせられれば、なお安全性が確保できる。 「さて、隙間くん。帰り道を案内してくれたまえ」 ● 「一匹たりとも救助対象には近付けないでござる!」 移動して行く集団の周囲を走る霧雁。 それが来るごとに後退するが、いなくなるとまた出てくるアヤカシ。大量の餌をまだ諦め切ってないようだ。 警戒怠りなくしんがりを勤めるマルカは、生徒を先に行かせ自分もしんがりについているトマシーナに聞く。 「そう言えばエリカ様とトマシーナ先生は同級生だとか…お友達ですか?」 トマシーナが微妙な顔をした。 「いえ、そ「そうよ。学級委員してたわ、この子。まあ規則にうるさくてねー。今でもそうでしょ?」 エリカから台詞を分捕られなお微妙な顔になる。 早矢は、声に出さず呟いた。 (どうも相互認識にずれがおありのようで) 「こういうものが最近多いと先ほどおっしゃられましたが、いつ頃からでしょうか」 「…かれこれ…数年前くらいから…」 会話の途中で隙間女がぴたりと口を閉ざし、右を左を見回した。 行き先を探しているのだと見て取った透子は邪魔をせず、足元の金網の隙間から、「青龍寮」と書いた紙を巻きつけた飛苦無を落としてみたりする。 「こっちね…」 隙間女は再び数歩進み――途端に見えなくなった。 「え!?」 慌てて駆け寄った皆は、そこに大きな穴が空いているのを見た。 隙間女は真っ暗な空間に浮いて、手招きしている。 「…早く来ないと‥‥閉まるわよ…もう開いてるの…ここだけしかないし…」 「…ちょっと待って…普通に危険ではありませんか、こ「いいから早く行くわよ」 エリカがトマシーナの背中をどんと押した。 彼女の悲鳴と姿が、暗闇に消える。 「…えっとお…今生が言うた通り危ないと思うねんけどお…」 及び腰なアリスとその一党は、マルカが引き受ける。 「さ、皆様行きますわよ?」 ● 「ぬおおお! 一体誰なのでちか、かわいいスーちゃんにこんな極悪ないたずらをするのは!」 頭から紙切れのついた飛苦無を抜き、スーちゃんが怒る。 アガサとファティマは顔を見合わせる。 「なんか今、宙から落ちて来たっすよね」 「せやな。けったいなこっちゃ」 早矢の馬がぴくりと耳を動かし、急に場から退いた。 直後彼女らの上に、どっと人が落ちてくる。 「ぐぎゃ! な、あ、アリス! 何の恨みがあるっすか!」 「やかましわボケ! こっち死ぬ思いやってんぞ!」 「あ、ごめんファティマ。大丈夫?」 「おお…で、トマシーナ無事やってん?」 「ええ。全く大丈夫「どの口がそういうこと言うんですかっ!」 起き上がった光紀は思う。愛馬に素早くキャッチされ鞍の上にいる早矢を、横目にしながら。 (モノのついでに気づいたが、世間一般と比して妙な女共の多い界隈だな。もしやこやつらが異変を呼び寄せているのではあるまいか… ) 「この度はありがとうございました、隙間の方」 「実にかたじけないでござる隙間女さん。今度暗くて狭くてじめじめしたところを見繕ってくるでござる!」 マルカと霧雁から礼を言われた隙間女は、ぽぽぽと妙な声を上げる。 「…そう…隙間には…期待してるわ…」 |