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■オープニング本文 今回の現場は、ジルベリア北部に位置する火山帯。噴出す熱とガスの影響で草木はほとんど生えず、荒涼とした光景が広がっている。 かといって不毛の地というのでもない。質のいい温泉が多数湧き出しており、また近くに流氷スポットもありで、なかなかく潤っている地方なのだ。最近は火山見学ツアーなるものも出来ている。ジェレゾから進出してきているホテル業者も少なくない。 その賑やかな地に、突如アヤカシが出現した。 「ヴ、オオオオオオオオ」 黒い鱗に包まれた、8メートルはあろうかという体躯。轟く咆哮。 後足で立ち上がり真っ赤な目に火花を散らし口から火を吹くそれは、ドラゴン――羽はないが筋骨隆々としてまことに逞しい。 歩くたびにずしずし地が震え、尻尾を一振りすると岩が砕け散る。 火の山から生まれるに相応しい姿だ。 「オオオオオオオオ」 今開拓者たちはそのアヤカシを前にして、一抹の不安に囚われていた。 向こうがすごく強そうだとかそういうことではない。そんなことに怖じているようでは、開拓者などやってはおれない。そうではなくて、メンバーの一員として場に加わっている砲術士のことが気がかりなのだ。 「ふっ…何が来ようと、このカラミティ・ジェーンの敵ではないわ!」 両腰には短銃、手にはマスケット、背中には魔槍砲と隙のない装備をしている彼女。 恐れに屈するたちでもなさそうなのだが。やる気満々ではあるのだが。 「まずは鉛弾で挨拶してあげようかしら!」 見る限り弾が全然当たってない。 びっくりするほど当たっていない。 一種の奇跡とも思えるほどだ。これだけでかい的なのに、掠りもしないというのは。 「ちっ、なかなかすばしっこいわね!」 いや相手全然動いていない。 指摘を口に飲み込んで皆は、膨らんでくる懸念に眉を潜める。 「私は後衛で援護をするわ!」 まあ装備が銃ならそうなるだろうが…それはいいのだが…。 もしかして…いやもしかしなくても…流れ弾全部こっちに当たってくるんじゃあ…ないか…? |
■参加者一覧
銀雨(ia2691)
20歳・女・泰
来須(ib8912)
14歳・男・弓
ヴァルトルーデ・レント(ib9488)
18歳・女・騎
雁久良 霧依(ib9706)
23歳・女・魔
多由羅(ic0271)
20歳・女・サ
リズレット(ic0804)
16歳・女・砲 |
■リプレイ本文 ジェーンの類い稀なる射撃力。 それを目の当たりにしながら銀雨(ia2691)は、のんきなものだった。 「あー…銃は難しそうだな。近付いて殴りゃあ当たるのに」 雁久良 霧依(ib9706)も大して気に止めていなかった。少し引っ掛かりはするものの、威嚇射撃であれば別におかしくないと解釈したのだ。 「素敵な通り名ね♪ 私もかつて、カラミティ・霧依と呼ばれた事があった様な無かったような気がするわ♪ 早く竜倒して、皆で温泉寄りたいわね♪」 それが大きな間違いであろうことなど、このときの彼女らには分からなかった。 多由羅(ic0271)もまだ疑いを抱いていない。 「カラミティ・ジェーンですか。初顔合わせになりますが、カラミティとまで言われるからには相当な実力とお見受けしました。背中、お任せしましょう」 「ええ、任せてちょうだい!」 ジェーンは明るく言い放ち、親指を立てる。 自信満々振りが好ましく思えたので、銀雨もまた陽気に親指を立てた。 「よろしく頼むぜ、カラシダイコン!」 「ええもちろん! でも私はカラミティだから! カラシダイコンじゃないから!」 「そうか、こりゃ悪かったぜカイワレダイコン!」 「ごめんちょっとダイコンから離れて!」 ヴァルトルーデ・レント(ib9488)は額に手を添え、アヤカシを見上げる。 この外貌、この巨体、火を吹くという能力。翼はないが、まさしく理想の敵手。 (…アヤカシとは雖もドラゴン退治、か。龍殺しと讃えられるのは騎士に取って無上の名誉、相手として不足は無い) ドラゴンは太い首を振り雄叫びを上げた。 空気が震え、熱せられている荒地の透き間から蒸気が噴出する。 来須(ib8912)はそれとジェーンを見比べ、先程から黙りこくっているリズレット(ic0804)に耳打ちした。 「なあ、あんたも砲術士だよな?」 「はい。その通りですが、何か?」 「いや、ならあの姉ちゃんについても知ってるかと思ってさ。同業っぽいし…」 リズレットは片眉をひそめ、ジェーンたちから視線を逸らしたまま続けた。 「カラミティ・ジェーン…。噂はかねがね…、銃士の間では有名ですね…。ただしそれが、良い噂か、悪い噂かは別として、ですが…」 (悪い噂なんだな‥‥) 真意をたやすく読み取った来須はため息を飲み込んだ。始める前からくよくよするまいと。 (なんか無駄に疲れそうな仕事だな…終わったら温泉にでも行こうかとか現実から逃げてえ。でも仕事なんだよな、まったくよ…) ● 「それじゃあ、まずは足止めからいきましょうか♪」 霧依が『砂漠の薔薇』を振ると、ドラゴンの進行方向、及び左右に鉄の壁が出現した。 壁の高さは、ちょうどドラゴンの胸あたり。 変なものが目の前に出てきたのでドラゴンは、前足で掴み押しのけようとする。 だが見た目薄いにも拘わらず、壁は意外と丈夫だった。持ちこたえている。 「そこそこ硬いでしょ♪」 自慢げに言って彼女は、ジェーンの斜め後ろに位置する。来須とリズレットも後衛だ。 ドラゴンに直接当たるのは、銀雨、ヴァルトルーデ、多由羅の3名。 障壁を作ったとは言っても、あくまで一時しのぎのもの。後退され横から出てこられては元も子もない。速めに決着をつけようと多由羅が走りだしたその瞬間、頬すれすれをジェーンの銃弾が掠めた。 それはもう紙一重という領域。掠めた風圧により皮膚が破れ、つうっと血が出る。 「…ふ…ふふ…私をすれすれでかわすとは…想像以上の手練れ…」 平静を保とうとしたところ、今度は掠めるどころではなく、確実に当たった。足に。 「おうっ!?」 なんといっても志体持ち。多少の被弾程度ではダメージをさほど受けず、まかり間違っても即死はしない――が、だからといって痛くないわけでもない。 「うおっ。なにしやがるてめーッ」 鬼の形相となった銀雨が血のにじむ後頭部を押さえ引き返し、ジェーンへ派手にゲンコツを見舞う。 「めご! な、何す‥‥頭の形が変わるじゃないの…」 「バカモン。へまして迷惑かけりゃ殴られてとうぜんだ。というかくちごたえしたな。よしもう一発。そのまえになんか多由羅にも当ててたからその分を。おこってない、おこってないよ。それにおあいこだしな」 「ちょっ、馬鹿になるからやめt」 もしかしてあの人…本気で射撃が下手? 後悔の波が一気に多由羅へ押し寄せてくるが、だからといって敵が止まってくれるわけでは全くなし。 ヴァルトルーデと一瞬視線をかち合わせ、以心伝心でぱっと散開。ひとまずこのまま射線の前にいるのはまずいと判断して。 来須が『森霊の弓』の弦を張り、次々と矢を放つ。 ドラゴンの皮膚は非常に丈夫で、深く食い込まず弾かれるものが大半だったが、それでも何本かは刺さる。 鼻の穴付近に突き立ったものには特に気分を害したようで、ぶうっと思い切り息を吹き出してきた。 熱い風が巻き起こる。髪の毛も焦げそうだ。 (…鱗の隙間とか腹とか、どっかしら通るとこがあるんなら…) 相手の装甲強度を計りつつ彼は、前衛に同情を寄せる。 (前から後ろから厳しそうだしな…せめて目の前の敵くらい楽にさせてえよな) 「おいこらカラシメンタイまたあたったぞどういうことだ」 まあ、ごんごん容赦なく脳天突きをされているジェーンもちょっとはかわいそうかもしれないが。 しかし彼女もなかなか丈夫だ。あれだけやられたら通常足元がピヨってくるはずだが、そうはなっていない。 「ちょ、戻ってきたら駄目じゃないですか、銀雨さん前衛じゃないですか!」 「お前がもどらざるをえないようにしているんだよメンタイコ!」 とっちめられているジェーンを尻目に霧依は、ドラゴンへの攻撃を怠らない。 彼女の射撃能力については全て他人に任せると決め込んで、片方の後足を狙う。 (二足歩行は四足歩行より機動力が殺ぎやすいはずっ) 氷の刃が次々太い足に張り付いては溶かされて行く。そこをまた冷気が襲う。その繰り返しに苛ついたか、ドラゴンは口を開け、周囲に火を吐いた。 リズレットは『魔弾』の引き金を引く。急角度の曲線を描く弾道。弾けたのは瞼の上。 ますます苛ついたドラゴンは炎をかみ殺し、尻尾を振り回した。 それは、ばん、ばんと左右の壁にヒットし、両方を凹ませる。 ごおおおおおおお! 注意散漫になっているその隙にヴァルトレーデは、尾の付け根に『モウイング』を食い込ませた。 切り落とすまでには至らないが、結構な深手となったのだろう、続いて彼女目がけ飛んできた尻尾打ちは、先程の壁に対するものより威力が落ちている――それでも一寸動きを止めなくてはならないほどだったが。 ドラゴンが体をねじ曲げ前足を振りかざし、ヴァルトレーデを叩き潰そうとする。 その膝裏に銀雨は、全力の一撃をたたき込む。 ぶぎおっ (よしっ、骨にまで入った!) 確信した銀雨は心でガッツポーズをとる。 途端に額の間際を銃弾がかすめる。 攻撃を中断し、即座に後衛へと引き返す。 「おい、ほんとうにえいきゅうのねむりにつきたいのか?」 「ぎぃやあああああぐりぐりはやめてええ」 ぎがあああああ! 「うるせえ邪魔すんなドラゴン」 本音を言うなら多由羅も、危険人物を沈黙させておきたかった。正直ドラゴンから食らうダメージよりあっちから食らうダメージの方が大きい気がしてならない…身体的にはともかく、精神的に。 (うう、しかし悪意があるならまだしもそうでない相手に剣を振るうなど、この私のサムライの矜持が許さない!) ちょっとした葛藤に苦しむ彼女とは対照的に、ヴァルトレーデは達観していた。背中を預けることになった以上、誤射されようが私の不明なので特に言うことはない…という考えなのだ。 ドラゴンの顔付近を立ち回る際かなりの頻度で狙撃されるのだが、特に腹を立てはしない。ここまでくると自然現象のように思えてくるぐらいだ。 『モウイング』をひたすら、うなじ付近に入れて行く。 「最後に首を落とせれば、処刑としては完璧なのですが…」 全くなんでジェーンの銃撃は当たらないのか。 来須は危機感を通り越し、不思議にさえなってきた。 (わざとじゃねえんだよな、これで…単に奇跡というならどうにもなんねえけど) 考えて彼は、ジェーンにこう言ってみる。 「なあ、正攻法ならもう諦めて、やり方変えたらどうよ。あんたさっきから全然当たってないぜ、悪いけど」 ぐっと詰まる声がした。 ということは、本人にも駄目な自覚があるらしい。それさえもなかったらどうしようと考えていただけに、やや安心しないでもない。 「竜を狙って駄目なら、俺の矢でも誰かの攻撃で出来た傷でも狙うとかさ」 「ね、狙ってるわ…さっきから狙ってるのよ!」 「狙っててそれかよ…」 ならもう駄目なんじゃなかろうか。諦めながら来須は、こそっと移動する。奇跡的な跳弾が当たらない壁の陰まで。 先程霧依が壁に反射したのを一発くらい、口元を引きつらせている状態なのだ。 (…あ。そうだ、ジェーンはドラゴン側に立って戦えばいいんじゃねえか? そしたらこっちにだけは絶対に当たらねえ) 奇策を思いつき口にしようとしたまさにそのとき、リズレットが声を上げた。ジェーンに向けて。 「…ジェーン様」 「な、何?」 ねめあげる半眼に押される相手にリズレットは、ありのままの心情をぶつけた。それが一番いいと思えたので。 「ジェーン様を亡き者…もとい排除して任務を成功させるのは簡単だと思います。ですがそれではジェーン様はこの先ずっと災厄と呼ばれてしまいます…。ばかりか、銃士全体が信用を失うことに繋がりかねません…」 だから、と力を込めて続ける。 「矯正してください。出来なければ今後二度と銃を取らない覚悟でお願いします」 これは技術的な問題で無い、とリズレットは睨んでいる。であれば内面に何か支障があるに違いない。 「思い当たるところがあるのではないですか?」 問われたジェーンは苦しげな顔をし、言う。 「…これかなってのは、ある…けど、でも」 「デモもストもないです。あるなら早く実行してください」 そんな会話が交わされていることなどつゆ知らぬ多由羅は、ドラゴンへの密着攻撃を行っていた。 鼻先を跳び回るヴァルトルーデに注意が向いているのを幸い、銀雨が砕いてだらりとなった方の腕から腹側に回り込み、一気に切り下げる。 がつがつがつっと硬い感触がした。背中側よりは鱗の装甲も薄かったらしい。縦一文字の線から脂のような粘い血が滴り落ちてきた。 ドラゴンはいよいよ猛り、辺りかまわず火を吹く。 持ちこたえていた鉄壁がとうとう溶け始めた。 多由羅は口笛を吹き、氷結が定着した脚部を重ねて狙う。 ドラゴンは、それから自由になろうと全力をつくす。四つん這いになり、力が入る片方の前足と片方の後ろ足、後は尻尾も使って地面を踏みしめる。 ふごおおおおお! 勢いでびきっ、と地が割れた。 口の中に飛び込んだ氷の刃が、一瞬にして蒸発する。 「むだに丈夫なやつだな。まあ、叩きがいはあるが」 言ってから銀雨は、ふと流れ弾が飛んできていないことに気づく。 いぶかしく思い振り返ってみれば、ジェーンが布で目隠をし、銃口を向けていた。 その隣でリズレットが、自身も射撃しながら指示している。 「向かって右斜め上方角度55距離は60!」 弾は正確にヒットした。先程までのは何だったんだというくらいに。 しかしこれで注意を向けるべきはアヤカシだけになった。 そう察した彼女は跳躍し、ドラゴンの頭上に上る。 「くらえ、だいしゃりんきっく!」 角と角の真ん中、額中央の急所目がけ、怒涛の踵落としが入る。 さしものドラゴンも動きが止まった。 多由羅は熱風で焦げた髪を払い落とし、『鬼神大王』を改めて、敵の腹に食い込ませる。 ヴァルトルーデは『モウイング』の刀身に口づけし誓いを掲げる。 「――我が刃は、帝国の刃、正義の鉄槌となるものなり!」 骨が砕かれ肉が断ち切られる。 皮一枚より余計に残した首は、自身の重みで下に落ち、地にめり込んだ。 ヴァルトルーデはゆっくり倒れて行く胴体の上で、『モウイング』を掲げる。 罪人を手際よく屠った際のように。 ● 髪が濡れ切っているせいで銀雨は、いつもより女らしく見える。 「しみるー」 ヴァルトルーデは言った。広い露天風呂の中、存分に手足を伸ばしながら。 「傷を治されてから浸かる方が、よかったのではないですか?」 「んー? んだってなあ、めんどくせえもん。それにこの湯、打ち身捻挫に切り傷刺し傷への効能、あんだろ? なあ来須。ありゃ、あいつどこ行った?」 来須は、温泉の中程にある岩陰に身を潜めている。 (くそっ…何で今回男は俺一人なんだよ…) せめて混浴でさえなければよかったのにと恨めしく思う彼は、気を落ち着かせるためこの温泉の売りである、オーシャンビューに目を向けた。 高台の露天から見えるのは、黒々した北の海。後半月ほどしたら流氷が来るそうで、そのときにはこの界隈、ツアー客で大いに賑わうそうだ。 火山と雪と流氷。確かに味な組み合わせかもしれない…。 等思いをはせるところ、霧依が真正面に立ちはだかってきた。 「あら、こんなところで隠れてないで、もっと広いところに出てきなさいな。背中流してあげるわよ」 特に女好きという訳ではない来須だが、相手がマッパときてはやはり心臓に悪い。 「腰布くらいつけろよ!」 「なんだそっちか。なにしてやがんだよお前は」 うっかり声を上げてしまった結果、銀雨に見つかり連れ戻されてしまう。 微笑ましげに見送る霧依は、湯船の縁に寄りかかっているジェーンの大きな胸をわしづかんだ。 「ひえっ。止めてくださいよちょっとお!」 「あら敏感ね。これは楽しめそうだわ…ところでジェーンさん、一体どういうことだったのかしら」 「ど、どうって?」 「さっきの目隠し戦法よ」 丁寧に猫耳と髪を洗っていたリズレットが、口を挟んでくる。 「ジェーン様は、興奮しやすいたちなのだそうです。獲物を前にすると特にそうで、手元が狂いがちになるのだとか。視界を塞いでしまったほうが、かえって迷わないとのことですよ」 「じゃあ、何で最初からそうしないの?」 当然の疑問に、本人が頭をかく。 「いや、その場合誰か横で方向とか角度とか距離とかアシストしてくれないといけなくなるから…だからなるべく目を開けたままで撃てるようになろうって…」 「思って、被害を拡大させてたわけね」 的確な付け足しにジェーンは、ぐうの音も出ない様子だった。が、すぐまた騒ぎだす。霧依のせいで。 「きゃあ、ちょっと、霧依さんやめてぇえ」 「止めない♪ もっと修業しなさい♪」 「あっ、だめそこだめぇええ!」 「いやよいやよも好きのうちってね♪」 来須は苦虫噛み潰し黙っているしかない。男一人という立場を何度でも呪いながら。 |