コレチガウ
マスター名:KINUTA
シナリオ形態: ショート
EX :危険 :相棒
難易度: 易しい
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/09/22 00:42



■オープニング本文


 
 女騎士のエリカさん家には、忍犬レオポールがいる。
 開拓者としての依頼に同行したことはわずかしかなく、そのわずかの場合もちびったり腰を抜かしたり。本気を出すといえば嫁犬子犬がらみのときしかなく、正直単体で役立ってるかどうかすこぶるあやしい相棒だ。
 しかし今日ついに、そんなヘタレた彼が、少しは存在価値を見せるときが来た。



(キョウモイイテンキ…)

 あっちこっちの顔見知りと鼻突き合わせご挨拶しながら、レオポールは一人散歩、縄張り確認。
 あの角の家にはこのひと、こちらの庭先にはこのひとと、ご近所の顔は網羅していた彼だが、今日は新顔さんに出会った。
 高い塀のあるおうち。
 その塀にある穴から、たれ耳の顔がちょこんと突き出ている。

(ダレ、カナ?)

 通りすがりの子供たちが頭を撫でてやっている。
 自分も挨拶してこようと近づいたレオポールは、なんだか変なことに気づいた。
 相手の目がちっとも動かないのだ。鼻をくっつけてみても湿っておらず冷たい。

(ドウシタノ、カナ?)

「あ、もう一匹犬が来たー」

 子供からもしゃくられながらレオポールは、声をかけてみた。

(コンニチハ)

「わん」

 返事がない。
 無口なひとだろうかと思ったレオポール。もう一度呼びかけてみる。

(コンニチハ)

「わん」

 間を置いた後穴から突きだした犬の顔が、なんともいえない鳴き声を上げた。

「うぉおぐぇええおえええええ」

(エ、ナニコレ)

 レオポールと子供たちの時が止まった直後、犬が穴からにゅううううんと体を出してきた。
 首元とまったく太さが同じで手足がなく細長く、ちょうど蛇みたい…というか蛇。

(ギイヤアアアアアアアア!?)

「ピャー!」

 レオポールはちょっとちびる。
 しかし子供たちが悲鳴を上げ逃げ出すのを見て、自分は逃げたらいかんと思い、へっぴり腰で威嚇する。

(シッシッシッ。アッチイケ!)

「わんわん、わん!」

 犬じゃないものはするするレオポールに向かってきた。

(ナンデコッチクルノー!?)

「キャンキャンキャンキャン」

 彼はダッシュで走り出す。とりあえず助けてくれそうな人がいるところに向けて。
 すると進行方向から、元気のいい犬の鳴き声が。

「バウバウバウバウ!」

 もしや仲間が助けにきてくれたのか。
 一瞬期待したレオポールだが、走ってきた犬の顔が蛇であるのを見て再び悲鳴を上げる。

(ギョエエエエエエエ!?)

「ピャー!」

 直角に方向転換し、さらに力を入れて走り出す。

(タアスケテエエエエ)

「わんわんわんわん!」

(開拓者サン早ク来テエエエエエ)





■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163
20歳・男・サ
北条氏祗(ia0573
27歳・男・志
マルカ・アルフォレスタ(ib4596
15歳・女・騎
霧雁(ib6739
30歳・男・シ
多由羅(ic0271
20歳・女・サ


■リプレイ本文


「毎度ありがとうございました〜またごひいきに〜」

 質屋から出てきた霧雁(ib6739)は、晴ればれとした笑顔だった。
 つい最近詐欺商法に引っ掛かり餓死寸前となっていた彼だが、苦心惨憺の末どうにか装備を買い戻すことに成功。『鴉丸』、『天狗礫』等使い慣れた武具を身に帯び、明るい心持ちで帰路についているところだ。

「人生に必要なのは愛と少しのお金というのは、まことでござるな。何やら昨日とは、世界が違って見えるでござる…」

 爽やかな初秋の風を感じていた猫耳が急にひくついた。
 微かに犬の鳴き声と、正体不明な鳴き声が聞こえてきたのだ。

「はて、何でござろう」

 気になったので忍者らしく塀の上を走り、現場へ急ぐ。
 その途中、マルカ・アルフォレスタ(ib4596)と多由羅(ic0271)に会った。

「おお、これはマルカさんと多由羅さんではござらぬか。どちらへお急ぎで?」

 マルカは『闇照の剣』と『デモンズシールド』の重みをものともせず、上品に会釈してから、本題に入る。

「いえ、ついそこで子供たちが逃げてくるのに出会いまして…話を聞きましたら、アヤカシが出たと言うことでした」

 抜き身の『鬼神大王』を手にした多由羅が続ける。

「子供たち、ひどく脅えていましてね。なんでも、蛇のような犬のようなものが出たとか…」

 そこで脇道から、新たな2名が合流してくる。
 『迦具土』を両手に持つ北条氏祗(ia0573)と、『毘沙門天』を肩に担いだ三笠 三四郎(ia0163)だ。

「何やら面倒が起きているようだな。拙者も助太刀を。立場の弱い者を襲うとは捨て置けぬ。制裁を食らわそう」

「私も同じく、協力させてもらいますよ。近くに居合わせたのも何かの縁ですし」

「まあ、それはありがとうございます。おサムライさんが三人もおられるとは、心強いですわ」

 塀越え屋根越え最短距離で先頭を行っていた霧雁が、現場に追いついた。
 コリー犬とその後ろについているものを遠目にした彼は、おお、と歓声をあげる。

「…あれは天儀の有名な草双紙に登場するアナゴイヌでござる! 本当にいたのでござるな…レオポールさんと仲良く追いかけっことは微笑ましい!」

 蛇足であるが説明をすると、アナゴイヌというのはアナゴを母、犬を父に持つ、天儀ではよく知られたキャラクターだという。

「たりらりら〜んのこにゃにゃちはー」

 この気の抜けるような呟きも、同様の草双紙に登場する決め台詞の一つ。
 それはともかく霧雁はすぐ、お話と現実との相違に気づいた。

「アナゴではなく蛇でござるな……と言うか、どう見てもアヤカシでござる!」

 ようやく状況を飲み込んだところ、後続が追いついてきた。
 マルカはかつて知ったる犬の姿に、思わず声をかける。

「まぁ、レオポールさんではありませんの!」

 逃げていたレオポールがハッと振り向いた。
 後方に味方がいると飲み込むや、大急ぎで救援を乞う。

「キャンキャンキャンキャン!」

 だけではなく前方に見えた壁を足場にして跳躍し、犬面蛇と蛇面犬の頭上を越え、追いついてきていた霧雁へ正確に飛びついた。

「おおっふ! 前、前が見えぬでござるよ!」

 霧雁は急いでレオポールを抱き直し場から離れる。何か生暖かいものが手にかかった気もするが追求は後回し。
 多由羅はそんなレオポールに言った。忍犬だとは全然気づかないままに。

「大丈夫ですか、わんこちゃん!」

 レオポールはこくこく頷いた。涙と鼻水を垂らして。

「クォーン」

 図体は大きいのにこのビビリぶり。
 多由羅は、熱烈に力いっぱい毛が擦り切れるまでわしわししてやりたい衝動が沸き起こるのを覚えた――が任務中なので我慢だ。

「霧雁様、わんこちゃんを頼みましたよ…(ああもう…抱っこしてうらやましい)」

 本音の部分は押し隠し、気を取り直して犬面蛇に挑む。

「三笠様は蛇面犬を! 私は犬面蛇を引き受けましょう!…それにしても街中にいきなり現れるとは…大胆というか…見境ないというか…」

 正直顔が犬だと斬りづらいかと懸念していたが、杞憂であった。無表情なのであまり可愛くない。これなら十分殺れる。

「さあ、来なさい。こっちです!」

 彼女の声につられ、犬面蛇が鎌首を持ち上げた。

「忍犬を追っかける犬と蛇ですか…」

 しかしこれは犬と蛇と表現していいのか? 大体どうしたらこんな変な風にミックスされるのか? 首を入れ替えた方がすっきりするのではないか? 
 疑問はあるがどうせ答えがないものと割り切り、三四郎は、『毘沙門天』を蛇面犬の前に突き出す。
 ここは町の中、周囲を巻き込む訳には行かない。早めに始末しなくては。

「霧雁さん、そのコリーのほう、お願いしますね。さあ、アヤカシはこっちです、こっち!」

 挑発に蛇面犬は、涎を垂らし牙をむく。

「おぇえええぇえええええ」

「二体で一体を襲うとは捨ておけぬ。神妙に致せ!!」

 言うなり氏祗が正面から、二刀流の真空刃を食らわせた。
 蛇の顔にX型の切り込みが走る。黒い血がほとばしる。
 蛇面犬は一旦離れた。傷口から上がる瘴気もそのままに姿勢を低くして、腹の底まで響く唸り声を上げる。

「ヴヴヴヴヴヴヴ…」

 マルカは霧雁におんぶ状態となってぶるぶるしているレオポールに微笑みかける。安心させるために。

「もう大丈夫ですわ」

 ピスピス鼻を鳴らす彼を護り、万が一にもアヤカシが逃げないようにする。それを己の役目と心得、恐ろしい悪魔の顔が描かれた盾で牽制。
 霧雁は周囲に呼びかける。物音に早くも何事かと、人が集まってきていたので。

「皆さん、下がって下がって。これはアヤカシでござる、アヤカシでござるよー。残念ながらアナゴイヌではないのでござるよー」

 アヤカシは両方とも敵手から意識をそらしていない。
 犬面蛇はシュウシュウ唸りながら、多由羅の周囲へ丸く円を描くように体を動かしている。
 巻き込みやすくしようとしているのだ。
 飛び掛って来る頭を突きのけ払いのけしている彼女は意図を悟る。尻尾と頭を離すよう誘導していく。輪を作らせないために。
 霧雁もそれを察し、背後から『天狗礫』を投げ、犬面蛇の気を散らした。
 一応背中の荷物にも聞いてみる。

「レオポールさん、戦いたいでござるか?」

 予想どおりというべきか、忍犬はブルルルルと首を振ってきた。
 この姿が主人に見つかったら、問答無用で戦場に投げ込まれそうだなと思う彼の耳に、蛇面犬の咆哮が聞こえてくる。

「ブグゥワアアァアアアルアアアアア!」

 見れば顔の半分がばっさり切れ、皮一枚で繋がってぶらぶらしている。
 蛇面犬は黒く粘った血を滴らせながら後退りし、方向を変え逃げて行こうとした。
 その前にマルカが盾と『闇照剣』をもって立ち塞がった。彼女の剣によって切られた部分が、塩となって崩れ、地にこぼれ落ちる。
 刹那背後から、三四郎の一突きが入る。
 瘴気を上げ見る見る内に消えて行く、残骸。
 犬面蛇のほうに目を向ければ、多由羅の刀で頭を突き刺され、地面に釘付けとされているところだった。

「ぎゅおおおおおお! びゃぁあああああああ!」

 蛇は体を巻き上げ締め付けようとしてきた。
 彼女はすぐさまその体を、二つに切り離す。頭から尾に向け刃を引いて。

「3m如きで私を倒せるとは思わない事です。無駄なあがきをせずに、早く消えなさい!」

 犬顔蛇もまた瘴気を上げて消える。
 先に倒した蛇面犬の方は、もう跡形もなくなっていた。
 レオポールがそろそろ霧雁の背中から降り周囲を嗅ぎ回り、遠吠えを上げる。終結宣言というか勝利宣言というか、そういうものらしい。
 霧雁は装備をしまい込み、改めてレオポールの頭を撫でた。

「災難だったでござるなぁ」

 はたはた尻尾を振るレオポールであったが、その表情、どうもばつが悪そうだ。
 原因がおちびりであると薄々感じ取った霧雁は、相手の顔をわしゃわしゃして言った。

「ああ、気にしなくていいでござる。拙者の家のジミーはこの数十倍の臭さのを寝ている拙者の顔面に放ってくるでござる故、気にならぬでござる! 何でも目覚ましの代わりだとか。堪らぬでござるよ」

 堪らぬと言いつつ彼の顔は、全く嫌そうではなかった。屁をかまされることもコミュニケーションの一環であると言えるほど、近しい間柄なのだろう。
 レオポールはほっとしたのか、また尻尾を振った。元気よく吠えた。

「ワン」

 氏祗は『迦具土』を鞘に戻す。

「これにて一件落着というところか。では、御免」

 三四郎も『毘沙門天』を担ぎ直し、飄々と離れて行く。

「それでは私もこれで…」

 その彼らを、マルカが急いで引きとどめる。

「あ、お二人とも少しお待ちくださいませ。一つまだ気になることがありますので…よろしければご同行願えますか?」



「よしよし、怖いものを見ましたね。もう大丈夫です、私たちが退治しましたから。ところでアヤカシは、ここから顔を出していたんですね?」

 多由羅はレオポールを抱き枕のように抱き込みもふくりながら(彼女いわく『怖い思いをしたわんちゃんへのアフターケア』だそうだが、当犬はすっかりぐだって舌を出している)、証言者である子供たちに聞く。

「うん、こっからねえ、にゅーって出たの」

「犬かと思ったんだよね。だって犬の顔だったし」

 子供たちの証言を元に見つけた犬面蛇の穴。そして塀。
 とりあえずアヤカシが出てきたのはこの庭。このお屋敷。
 道路に出てくる前アヤカシは、すでに何か被害を出していなかったろうか。そこを懸念してマルカは仲間たちと、今一度こうして、確認を取りに来たのである。

「大きなお家でござるな。さて、どなたがお住まいでござろう」

 呼び鈴を鳴らし霧雁は、扉の前から呼びかける。

「申し訳ありません、開拓者なのでござるが…」

 彼が言い終わるか終わらないかのうちに扉がバンと開き、ピンク色の大きな塊が出てきた――体格のそりゃもういいご婦人である。
 絹のハンカチを手にした彼女は、涙ながらに訴えてきた。

「まあ、丁度よいざます! あなたたち、うちのマドレーヌちゃんを捜してくださいざます! アル=カマルシアン種の由緒正しいにゃんこちゃんざます! 今朝からどこを捜しても、姿が見えないんざます!」

 氏祗と三四郎は物理的圧力の前に弾き飛ばされた霧雁を見やり、答えた。

「ああ…それは…多分食われたかと…」

「でしょうね…恐らく」

「食っ…あーたたち、それは一体どういうことざます!?」

(これは話が長くなりそうですわ)

 とはいえ、人的被害はなかった模様。
 胸を撫で下ろしたマルカは、相変わらずもふくられているレオポールの頭を、そっと撫でた。

「子供達を護る為に自分にアヤカシを引き付けたのですわね。エリカ様に自慢できますわね♪」

 レオポールは目をパチパチさせ、はふはふ言った。
 なんとなく笑っているような顔につられ、マルカも微笑む。

「少々お漏らししたようですが、恐怖を感じる事は恥ではありません。恐怖を感じながらもなさねばならない事をしたのですもの。レオポールさんは勇気ある犬ですわ」

「わんわん」

 レオポールの耳が急にぴんと立った。道の向こうからエリカが駆けてくる。

「レオポール、まーた勝手に出歩いて! 首輪抜けするなって言ったじゃないの…」

 一同のいる場所まで来た彼女は、状況をつかみ切れないまま問いかけた。

「…えーと、うちの犬、何かやらかしちゃった?」

 マルカは穏やかに首を振る。

「いいえ、逆でしたわ」

 エリカが聞き返そうとするのを遮る形で、多由羅がずずいと彼女に迫る。

「え? エリカ様のわんこちゃんだったのですか?……これからお休みにはお邪魔しても宜しいでしょうか?」




 ひとまずレオポール、今日は少しだけお役立ち。