金か命か
マスター名:KINUTA
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/09/17 02:41



■オープニング本文



 昔、子供がいてね。
 父親からお酒を買ってくるように言われていたんだけど、途中馬車にひっかけられて、お金を落としたの。
 仕方ないから家に帰ったら見つけるまで帰ってくるなと殴りとばされ、うろうろ探して歩いてるうちに雨が降り出し、なおかつうろうろやってるうちに急性肺炎にかかって死んだ。
 そこまではよくある話だけど、その子がひと味違うところは、死ぬ前にお金を呪ったところ。
 自分がこんな目に遭うのはあいつのせいだって。
 あんなものアヤカシにくれてやるって。
 見事その念は瘴気に通じ、形を結んだ。
 アヤカシ「かねもうじゃ」の誕生よ。



「…あなたが今見ているのはそれね…」

 ぼそぼそ塀の隙間から聞こえてくる声に、ぶちもふらのスーちゃんはむふん、と鼻を鳴らした。

「なるほど。しかしそれにしても、このひとほんとに人間には見えないのでちか?」

 彼の目には地面に落ちている百文銭の横に、異形の姿が見える。
 小さな子供ほどの大きさ。やせ衰え腹だけ膨らませた餓鬼。
 落ちくぼんだ大きな目を据え周囲を眺めている。

「…ええ…見えたら警戒されるでしょう…人間だけがお金をに興味を持つわけだし…」

「なるほど。ひと理屈でちな。あ」

 もふらの前で銭をひょいと拾い上げたのは、カラカルの耳と尻尾をつけ、眼鏡をかけた女性。

「おっ、やっぱり百文や! ラッキー…あれ、スーちゃんやんけ。何してん、こんなとこで」

「いえ、お散歩でち。ところでファティマたま、頭が重くなったりしてないでちか?」

「? いいや、しとらへんで。そういやエリカは元気かいな?」

「はい、そりゃもう元気すぎるほどでちよ。ところで本当に頭重くないでちか?」

「重くなんてあらへんよ。ほなな。よろしく言うといてー」

 肩の上に餓鬼が乗って顎を頭に乗せているのだが、人間には感じられないものなのか。
 遠ざかっていく背を横目に質問するもふらに、隙間の声はこう答える。

「今のうちだけよ…」



 翌日。開拓者ギルド。

 ぜえぜえ息をつきながら、ファティマはやってきた。

「ちょっと…昨日からめっちゃ肩と頭が重いねんけど…」

 受付は言う。

「肩こりでは?」

「ちゃうちゃうちゃうそないなレベルやないねんやばいねんなんやようわからんけどミシミシ言うてるね
ん」

 脂汗をかき訴える彼女だが、切実な思いはいまいち伝わらない。

「そういうことなら病院に行かれては…」

 その代わり、周囲の開拓者たちの傍にいる相棒たちがざわめき始めた。

「なんだあれ…」

「え、何?」

 彼らには見えている。頭を膨らませた餓鬼がひしとファティマにしがみついているのが。
 窓の外から眺めていたスーちゃんは目をぱちぱちさせ、縁の下に入り込んでいる女に言う。

「すごいでちな。頭フーセンみたいでち。なんでああなってるでちか」

「…あの百文銭を使う度…膨れて重さが増していくのよ…最後は脊髄折れる段階までいくわね…」

「えぐいでちな。しかし…一度使ったら、もうその人の手から離れたことになるはずでないのでちか?」

「いいえ…所有者に認定されたが最後…何度使っても財布に戻ってくるのよ…捨てても同様…本人が生きてる限り…離れられはしない…」

「ということは、路上に落ちていたあの時、すでに前の所有者たまはお亡くなりになっていたとそういうことでちな」

「…その通りよ…私が知っているだけで…死亡者通算40名…その分の念も積み重なってどんどん強力に…発生したときはあんなに小さかったのに…成長したものね…」

「ほろりとしてまちな、隙間たん。ところで退治する方法とか、ないのでちか?」

「…あるわよ…でも教えない…ここまできたらどれだけ大きくなるのか…見てみたい…」




■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303
19歳・女・陰
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
成田 光紀(ib1846
19歳・男・陰
黒羽 修羅(ib6561
18歳・男・シ
霧雁(ib6739
30歳・男・シ
ラグナ・グラウシード(ib8459
19歳・男・騎
何 静花(ib9584
15歳・女・泰
草薙 早矢(ic0072
21歳・女・弓


■リプレイ本文


 黒羽 修羅(ib6561)は相棒迅鷹八咫を肩に乗せ、訓練からの帰り。
 ギルド付近にちょいと寄り道しかけたところで、急に八咫が顔を上げ騒がしく鳴き出した。

「どうした、八咫」

 相棒とは言葉こそ交わせないが、意志疎通には不自由しない間柄。どうも中で何事か起きているらしいと、ギルドに足を踏み入れるとすぐ、開拓者たちに囲まれているファティマを見つけた。
 近づいてみればラグナ・グラウシード(ib8459)が、背中の相棒うさみたんの手で、彼女の頭をなでなでしてやっている。

「久方ぶりだな、ファティマ殿? 体調でも崩されたか? ほらうさみたん、おねーさんしんどそうだお。頭なでなでしたげなさい」

 本物の相棒羽妖精のキルアは、生ゴミを見るような視線を主に注いでいた。

「…キモいぞ、貴様。というか、本当に見えないのか」

「ぬう、私には見えないが…」

 不思議だな、とからくり雷花は思う。何しろ、これ以上ないほどはっきりくっきり自分たちには見えているのだから。
 しかも触れるっぽい。つついてみると確かに感触がある。ぶよんというかぶゆんというか水死体みたいであまりいいものではない。
 主の何 静花(ib9584)にそう報告すると、なぜか文句を言われた。

「雷花が急に霊媒になった……お前拳士だろ!」

「り、理不尽なー……」

 陰陽師である芦屋 璃凛(ia0303) は、静花と違い、積極的に相棒からくり遠雷の話を聞いていた。絵も描いてもらい、子細を説明してもらう。

「ほしたら肩車しとる形になっとんやな?」

『そうだマスター。首と肩とどっちが先にやられるんだろうな』

 相棒忍犬遮那王にアヤカシの実在を確かめさせていた鈴木 透子(ia5664)は、その言葉で大いに焦る。

「このままでは、足のつぎは鎖骨になってしまいます。」

「ちょっと…不吉なこと言わんといてくれるかな透子ちゃん…冗談やあらへんよ、あたしが何したゆぐおっ」

 ファティマの上、何もないはずの空間に八咫がとまって鳴いた。
 自分の手はなんともなくすかすか通るのを確かめ、修羅が言う。

「ふーん。やはり存在するのは間違いないか…頭が膨らんだ餓鬼だと…奇怪な…」

「あほんだら! たださえ重いのに何さらしとんのや!」

 増えて行く重みともに心の余裕がなくなってきた模様だ。
 見て取った静花は、雷花に促す。

「何かの足しになるかも知れんから見えるなら支えになって来い」

「はい、そう言われるなら…」

 膨らんだ頭の後ろに手を当て支える雷花。

「う、結構重い」

 キセルを吸いながら、成田 光紀(ib1846)が寄ってくる。

「何やら体調の優れないと噂のファティマ君を見舞いに来てやったが、とりあえず生きてはいるようだね…相棒にしか見えない存在がいる、か…」

 探求心に駆られた彼は外に待たせていた相棒炎龍を、試しに中にまで連れてきた。
 龍は大きく鼻を膨らませ、ファティマの方に尻を向け、彼女の頭上を尻尾ではたく。
 不意をつかれ本人と雷花が引っ繰り返る。

「なるほど。力で引きはがすのは、なかなか骨が折れそうだ。ダニみたいなものか…」

「ええかげんにせえよ! 殺す気かいや!」

「まあ落ち着きたまえファティマ君。何かが居るのは間違いないということが分かったのだから収穫だろう。どれ計測器で何か引っ掛かるか計ってやろう」

 光紀はド・マリニーを持ち出し、ファティマに向けてみた。
 針が大きく触れる。やはりというか当然というかアヤカシ。
 ひとまずその形状、そしてやっていることから鑑みるに、攻撃というより呪詛に近いものと推測される――と彼は、陰陽師としての見解を述べる。
 その点は同じく陰陽師である瑠凜、透子も異存がない。

「…あんたどっかで恨まれるようなことしとらへんか?」

「ファティマさんは仕事に関して結構ごり押しされる方ですから…その方面で誰かが怨嗟を抱いたということも考えられます。」

「ありえん話ではない。とりあえず調子を崩す前後の事を洗い攫い喋って貰わねばな…しかし博物学者。研究される気分はどうだね」

「よくないな…ちゅうかなんであたしが呪われた前提で話進んでんの? そこまでのこといっこもしとらへんよ」

 力説するファティマだったが、ラグナはそれに反論してきた。

「いやしかし、この間は研究がらみでかなりな横紙破りをやらかしていたはずだろう。正直あれはギリギリだったと思うぞ」

 支え続けている雷花までもがさとしてきた。

「…謙虚な気持ちでこれまでの行動を振り返ってみられては如何ですか。新たな発見があるかも知れませんよ」

「ちゃうわ! もしそんなんやったら倍返しにしたるけどな、これ絶対あやしいちゅう心当たりはあんねん違うところで!」

 と彼女が言ったところで、馬のいななきが。
 皆が視線を向けた先には、相棒の戦馬、夜空に颯爽と跨がった篠崎早矢(ic0072)の姿があった。
 彼女は『十人張』の弦を鳴らしアヤカシの存在を確かめた後、ビシっと居並ぶ人々に人差し指を突き付ける。

「話はすべて聞かせてもらった…ファティマ博士を呪い殺した犯人は…恐らくこの中にいる!――と夜空が言っています」

 ラグナが目を見開き後ずさった。

「なっ…違うぞ私は違う! 私にはアリバイがあるんだ! それはこのうさみたんが証明してくれる!」

 ブヒヒヒヒと夜空が白目をむいて首を振る。通訳を早矢がする。

「証言者は一人だけですか?」

「いや、他にもいる、例えばこのルキアが」

「はい、私は彼が夜中こっそり一人で抜け出すのを見ました」

「あんたら何小芝居しとんねん! あたしはまだ死んでへんわボケエ!」

 そこにグゴオオオオオオオと地の底を揺るがす怪音を伴い、幽鬼のごとき人影が入り込んでくる。
 霧雁(ib6739)だ。げっそり痩せて装備もろくになく、同じく痩せて毛もぱさぱさな相棒猫又ジミーに食いつかれている。
 彼はふらふらファティマに近づき、ふわあと手を挙げてきた。

「ああ…ファティマさんでござるか…お加減が優れぬ様でござっ」

 台詞の途中で倒れかけ、なんとか踏み堪える。

「るが…大丈夫でござるか…」

「メシメシメシメシメシいいい!」

 鬼気迫るジミーの絶叫と併せて、ただならぬ事態であることは一目瞭然。ファティマもつい聞いてしまう。

「…何があったんやあんたら…」

「実は…一週間ほど前、古い友人に呼び出されたのでござるが…その友人の先輩という人も一緒に来たのでござる…お二人の話を聞き…拙者…このままでは駄目になる事…お二人の持ってきた壺を買えば…運気上昇勝ち組人生…毎日ごちそう食べ放題になれる事を知ったので…勧められるまま…装備も全て処分してお金を工面し…購入したのでござる…事のあらましを知ったジミーにぶちのめされ…返品しようとしたのでござるが相手と連絡が取れず…一文無しになったでごさる…ここ暫く…水と塩しか口にしてないでござる…依頼を受けようにも…腹が減ってまともに動けず…交遊ゼロの拙者には頼る宛もなく…ファティマさん…何か恵んでは下さらぬか…」

 一同かける言葉が見つからず静まり返る中、飢餓のため錯乱状態にあるジミーがアヤカシ相手にニャーニャー愛想を振り撒き始める。

「いいなあフーセン頭…中身はかつぶしご飯か? かじりてえなあ!」

 あげくに取り付いたので、ファティマにかかる重みが増す。雷花にかかる重みも。

「…そらごっつ悲惨やな…でもちょっと…今の状況下で恵むとか…あたし自身結構命懸けちゅうか…手え離せへんし…」

 汗をだらだらかく彼女に、瑠凜が耳打ちする。

「なあ、この人あんたの知り合いなんやろ? 何か奢ってあげえや。明日になったら餓死しとんでこれ。そうなったら寝覚めが悪いやんかー」

「…いや、あたし動けへんて言うてるやん」

「うん、知っとる。せやから出前頼んだらええんや。とにかくこれは見てられへんわ」

 言うなり瑠凜はその辺を飛んでいたキルアに顔を向けた。

「あんた、ちょっと向かいの泰国飯店までひとっ飛びして出前頼んできてくれへん? ファティマさん名義でツケといてって」

 めんどくさそうな顔をした羽妖精は、頼まれたとおり飛んで行く。切羽詰まったファティマの制止も聞かないで。

「あ、ちょ…止めえええ! 勝手に頼みなやあたしの名前使いなや!」

 静花は顔をしかめ、懇々と彼女を諭した。

「なあファティマ、けち臭い料簡を起こすものじゃないぞ。世の中持ちつ持たれつと言うものだ。お前だっていつこいつらのような危機的状況に陥るか分からないんだぞ」

「今がまさにその状態やないん――」

 言いかけた途端、ファティマが地に膝をついた。
 上に止まっていた八咫が鳴き騒ぐ。夜空が足掻き紗那王が吠える。

「でかっ重っ誰か手伝っおおおお〜い……」

 雷花まで押し潰されそうな様に光紀も、さすがに傍観しておれなくなり、相棒を応援に行かせた。
 及ばずながらのつもりなのか紗那王も後足で立ち上がり、何もない用に見える空間をえいえい押している。
 遠雷は腕組みをし、主人に報告。

『マスター、こいつなんだかまた膨らんだぞ』

 そこに呑気そうな声が。

「こういうのも支出としてカウントされてしまうのでちか」

「…ええ…他人が頼んだとしても…本人の懐からお金が使われるということに…変わりはないし…」

 いつのまにか場に入り込んでいたぶちもふらとあやしい女。
 早矢が話しかける。

「おや、スーちゃんではないですか。なんです、その横の湿っぽそうな人は」



 息つく暇も無くラーメンをすすりギョウザを食いチャーハンをかっ込んでいる霧雁とジミー。
 彼らがそうしている間他のメンバーはファティマから、思い当たる節についての話を聞きだした。

「ひとまず百文銭があやしいちゅうことか。けったいな、アヤカシやな」

『金に、がめついマスターなら、取り付かれたままだな』

「せやな、かねに…、ってちゃうわ!!」

 主従漫才を小耳に挟む光紀は、煙を吐く。

「その小汚い金のせいであるなら、単に捨てればいいだけの事だな」

 スーちゃんがもふふふと笑いながら会話に参加してくる。

「隙間たんによると、捨てても戻るそうでち。ファティマたまも、もちろんそこ試したんでち?」

「せやな…で、知ってて何で拾うとき止めてくれへんかってんや…?」

「殺す目しないでほしいでち闇に囚われては駄目でちファティマたま」

「そうだお。耐えるんだおファティマおねーさん」

「‥‥ラグナはん、その腹話術やめてくれへんかな…イラッとくんねん…」

 静花は試しにその銭を借り、ワラ人形に詰めた。

「見えない触れない良く分からないモノは、よし呪おう」

 五寸クギを打ち始めたとたん人形がぼっと炎を上げ跡形もなく燃え尽きた。
 百文銭はそこにない。財布を調べると、確かに戻ってしまっていた。古くて表面が擦り減っていて、一目で他と区別がつく銭だ。間違えようがない。

「静花〜何時まで支えてればいいんですかぁ〜」

「まだ一時間もたってないんだから、踏ん張れ雷花!」

 ただ割ろうとしても無駄っぽいな。
 思いながら光紀は、透子やキルア、修羅と普通に話している隙間女に目を向ける。
 会話が可能で排除方法が不明な程のアヤカシ。だのにはっきりした害をなしてくるわけではない。

(かなり妙な存在だな)

 彼がそんな考察をしているとはつゆ知らぬ透子は、隙間女からざっとしたあらましを聞き終わった後、ため息をついた。

「…無念の思いが、あれを生んでいるんですね。」

「…大体そういう感じね…」

 修羅はファティマの方に顔を向けた。
 相変わらず何も見えないが、確かにものはそこにいるのだ。

「成程、それは金を恨むのもわかるが、人に憑りついて殺すのはいただけないな…退治ついでにお前を成仏させてやりたいな」

「…また余計なことを…」

 アヤカシの見解としてぶちぶち言い出す隙間女に、透子は畳み掛ける。

「どこでのお話ですか。発生した場所とか、覚えていますか?」

 まだ続きそうな会話は彼女に任せておいてルキアは、主たちの元に情報を伝えた。
 ラグナはしんみりした表情になる。

「話を聞いてみれば、気の毒な…」

 瑠凜も大分感情的になり、怒りだした。

「ったく、その親父弔ってもやらんかったんか?」

『解らないさ、アヤカシの発生原因が本当にそうとは限らない。』

 相棒になだめられてもまだ納得いかないようで、足を踏み鳴らしている。

「解っとるわ、金のアヤカシや、人の業そのものやろうからな」

 静花は嘆かわしさを全身で表し、首を振る。

「卑しい奴を助けに来たらさもしい父親の話を聞いてしまった、何故だ!」

「私に聞かれても知りませんよそんなの…それより早くなんとかしてください…重いです…」

 確かに雷花の言うとおり、長々放置しておくわけにいかない。
 というわけで早矢は一計を案じる。

「ファティマ殿、寺社に寄付されては如何でしょうか。もしくはぱっと使って世間に還元するとか。さすればこのアヤカシもあるいはもしかして離れるのではと」

 ファティマは即答した。手にした財布を握りしめて。

「断る。あたしは坊主がこの世で一番嫌いやさかいな。寄進だけは絶対せん。ほんでぱっと使うのも、死期を早めそうやから止めとく」

 早矢は短気だ。
 反論ではなく脅迫を始める。矢をつがえて。

「…手放せオラアアア!」

 夜空が襟首を咥え、瑠凜が羽交い締めをし、急いで止めた。
 八咫はアヤカシの上から降りてきて、修羅に首を傾げる。
 以心伝心頷いてみせた彼は、説得係を交替した。

「ファティマさん、うちの八咫は光り物を集めるのが好きなんだが、今回その曰く付きの銭には、とても興味があるようなんだ。すまないが件の百文銭を恵んでは貰えないだろうか。一枚だけでいいんだ」

 主人に併せて八咫はカーカー自己主張をし、周囲をぴょんぴょん跳ね回る。
 ファティマにも足をつつくなどしておねだりをする。
 彼女はしばし考えていたが、やがて財布に手を入れ、例の銭を出してきた。

「ええよ。使うわけやないからな…多分影響ないと思うけど…ないはず…」

 百文は彼女から修羅、修羅から八咫の口に渡った――瞬間、ふっと消える。
 さっきと同じく、財布に逆戻りしたのだ。

「なんっやこいつ! ええ加減離れえよ! なんやのホント!」

 財布ごと床に投げ付け頭を抱えるファティマ。
 修羅は相棒がそれを勝手にいじろうとするのを牽制しつつ、聞く。

「重さの変化などはなかったですか?」

「…いや、ようわからへん…」

 とそこで、透子が隙間女を連れて戻ってきた。

「皆さん、その、とりあえずかねもうじゃ発祥の地はここから近いそうですから、行ってみましょう。凝り固まった無念を鎮めるには、それが一番いいと思うのです」



「ええーと…ここがそれで間違いないでござるのか、隙間さん」

「なんもないぜ」

 食料補給に成功し元気を取り戻した霧雁とジミーが戸惑うのも無理はない。なにしろ隙間女が皆を連れてきたのは、公園のど真ん中だったのだ。

「28年前のことだから…町並みも変わるわ…」

「変わりすぎだろ…ていうか、隙間に詰まるって、お前はプランクトンか?」

 手頃な木の股に挟まっている隙間女に静花が突っ込みを入れているところ、瑠凜、光紀、透子の3名が戻ってきた。
 隙間女から聞いた情報だけではなんなので、ということで、聞き込みに回っていたのだ。本当にここにそんな子がいたのかどうか。

「とりあえずだな、ここが昔住宅街だったのは間違いないようだ。20年前に区画整理をして、今の形になったそうだな。話に言う子供も確かにいたらしい。同年代だった人間が何人かまだ近所にいてな…父親は既に死んでいる。どちらも墓は共同墓地だったそうだが、それも移転されててな、正確な所在はよく分からんそうだ」

 言いながら光紀はベンチに腰掛けた。
 透子はホウキで地面を掃き、きれいにする。

「とにかく場を清めて、それからお弔いをしましょう。」

 彼が死んだのが正確にこの場所なのかどうかは分からないが、とりあえず大幅に見当違いではあるまい。
 ハート型チョコレートを供え物として用意してきたラグナは、ぜえぜえ息をついているファティマに言う。

「ファティマ殿、どうやらその金が非常にまずいらしい。それに、哀れな少年の残した意志が呪いとなっているのだ…ここはひとつ、彼を慰めるつもりで、供え物として菓子でも買ってしまえばどうか」

 瑠凜もその意見に後押しする。

「せやな。そういう使い方が一番やと思うわ。もしあかんかったらうちらが力づくで除霊したるさかい」

「…それ、今して欲しいねんけどな…」

 愚痴るもののファティマも思うところがあったらしい。瑠凜に百文銭を渡してきた。

「ほしたらこれで…あそこの屋台の焼き栗でも買うてきたって」

 彼女がそう言った瞬間、めぎっという尋常でない音がした。
 観察を続けていた遠雷が叫ぶ。

『マスター!』

 これまで全く見えなかったアヤカシの姿が浮かび上がってきた。付近にいた通行人が悲鳴を上げる。
 巨大な頭が内側から弾け、歪んだ人面をつけた人魂が次々飛び出してくる。その爆発にも似た衝撃で、ファティマは地面に叩きつけられた。
 早矢は反射的に矢をつがえ放つ。人魂が瘴気となって霧散する。

「これが積もり積もった怨念だろうかね」

 うそぶく光紀は防壁を作り、式を飛ばし、人魂を食らわせる。
 ラグナは『ラ・フレーメ』を振り回し、片端から切り裂いた。
 瑠凜が足止めの式を使って動きを止めた人魂を、静花が『双虎拳』をはめた拳で叩き潰していく。
 霧雁は攻撃を避けながら、手裏剣で対応する。修羅は苦無を振るう。
 アヤカシから飛び出してきたアヤカシは、数こそ多いが単体では弱いらしく、たちまち全て潰されてしまった。
 隙間女が惜しそうに呟く。

「ああ…せっかくこの28年溜め込んだ分が…勿体ない…」

 透子は急いで、倒れているファティマに駆け寄った。

「ファティマさん、大丈夫ですか!?」

 雷花に助け起こされた彼女は、頭を振り振り言う。

「ああ、大丈夫や。いやー、びっくりしたわ…うわ、めっちゃ軽い」

 ファティマの背で餓鬼は小さな子供ほどに縮んでしまっていた。
 …これがきっと死んだ子供の分だ。
 透子は思い、頭にそっと手を載せた。
 アヤカシは端から溶けるように、輪郭を無くし、消えていく。
 チャリーンと小さな音が足元でした。
 百文銭が地面に転がっている。
 光紀がやってきて『ド・マリニー』で計ってみたが、何の反応もない。

「どうやら、成仏したらしいな」

 ラグナはうさみたんを抱き締め、すりすりした。キルアが汚物を見るような目で「キモっ…」と言うのにもめげず。

「それにしても、金がアヤカシか…なら、私には一生縁のなさそうな話だな。とりつかれるほどお金持ちになってみたいお…ねー? うさみたん?」

 彼が供えたチョコレートの側に、静花が花と線香を供え手を合わせた。相棒が「外殻が歪んだかもしれない……」と愚痴っているのを放置して。

「金を呪ってどうなるって言うんだ、変な奴め」

 恨んだのがお金であって父親ではないことは、まだしも救いだったかもしれない。思いながら透子は、紗那王に尋ねる。

「消えてる?」

 紗那王は尻尾を振って、くうん、と答えた。鼻を主人の頬に押し付けて。
 早矢は馬上から周囲を見回し、ん?と首を傾げ、スーちゃんに聞いた。

「気づいたら隙間女がいませんが?」

「ああ、あの人さいさい気分でどっかに行っちゃうのでち。心配せずともいいでちよ。どうせまたどこからか湧いてくむぎょおお」

 スーちゃんの頭を両側から締めるファティマが犬歯を見せる。

「さて、色々聞かせてもらおかなスーちゃん。焼き栗お供えしてからやけどな」

「ファティマたまエリカたまみたいな顔になってるでち虐待でち虐待−!」

 修羅は黙して礼をした。
 どうぞ安らかに、との祈りを込めて。
 八咫は一声、カアと鳴く。