抜け出せ呪い村
マスター名:KINUTA
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/08/27 01:03



■オープニング本文


 蒸し暑さもひと段落ついた夕暮れの中を開拓者たちは歩いていく。息が切れるほど足早に。前方に目を据えて。
 場所は山道。生い茂る草の間の一本道。
 進んでいく道の先がぱっと開けた。
 夕日に照らされた僻村、いや廃村。
 民家の壁は崩れ屋根には草が生い茂り、人の気配はまるでない。

「なんでだ…なんでまた同じ場所に戻ってくるんだ…これでもう30回目だぞ…」

 どこでどうしてこのような状況にはまりこんだのか定かでないが、とにかく彼らはずっと、同じ場所をさまよっている。
 道を辿っても、また道以外の場所を進んでも、最終的にここに出る。

「時間の流れ方もおかしくないですか? もうとっくに夜になっていい頃なのに、ずっと太陽の位置が変わらない…」

 相棒たちも堂々巡りに皆へとへとで、座り込む。

「とにかくいったん休んで、皆で考えよう。直接的な危険はなさそうだから」

 一行は村の入り口に腰を下ろし、飲み物や食べ物を口にした。
 直後身構える。村の中からすうっと人影が出てきたのだ。
 長い黒髪にワンピースの女。夕日に照らされているのに、影がない。

「…あ。開拓者…まあいいか…」

 ぼそぼそ呟いた女は、普通にそのまま通り過ぎていこうとする。
 よくわからないが、とにかくアヤカシであることは間違いなさそう。

「おいちっと待てそこの!」

「…何かしら…急ぎなのだけれど…」

「何かしらじゃない。お前か、この変な状況を作っているのは」

「…いいえ、違うわよ…私はただ通りかかっただけ…近道だし…では…」

「待て待て! どうやったらここから出られるんだ!」

「…普通に歩いて出られるわよ…」

「さっきからそれやって、全然ダメなんですけど…」

「…そりゃあなたたち…アヤカシじゃないから…当然だわ…」

 身も蓋もないことを言いおいたアヤカシは歩いて行く。
 誰かが引き留めようとしたが、実体がないので無理だった。

「待て! じゃあ人間はどうしたらいいんだ!」

 うるさそうに振り向いた彼女の輪郭は、すでに薄らいでいた。

「…村のどこかにあると思うわよ…抜け道…それが見つけられなければ…恐らくあなたたちも…し」

 中途半端に言葉を途切らせ、完全に姿が消える。
 廃屋群からかさこそ妙な音がし始める。

「げ」

 姿を現したのは、人間の形をした人間でないもの。肉と血を食らう異形たち。




■参加者一覧
喪越(ia1670
33歳・男・陰
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
杉野 九寿重(ib3226
16歳・女・志
レティシア(ib4475
13歳・女・吟
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂
霧雁(ib6739
30歳・男・シ
ラグナ・グラウシード(ib8459
19歳・男・騎
八壁 伏路(ic0499
18歳・男・吟


■リプレイ本文



 夕焼けを浴び現れたゾンビたち。
 オカルト系統のアヤカシに弱いラグナ・グラウシード(ib8459)は、たちまち顔色を変えた。

「ぞ、…ぞ、ぞんびなど怖くないぞ、はは、あははははは」

 と言いながら相棒駿龍レギの手綱を取り、後退して行く。

「と、とりあえず引こう皆! 勝手の分からない場所では不利だ! もう一度戻ってよく考えよう!」

 少しの休息で体力がそれなりに回復していた一同は、山道を引き返した。
 どこまで行っても一本道で迷うはずなどない。それなのに。

「なぜだあああああ!! なぜなんだうさみたん!!」

 めでたく31回目の村訪問とあいなる。

「また元の村でござるか…このままでは…お腹が空いて死んでしまうでござる…」

 霧雁(ib6739)の相棒猫又ジミーはキレ始めた。

「このままじゃ俺様が飢え死にしちまうじゃねえかァ! おい雁の字、どうにかしろ! さもねえとお前を喰っちまうぞ! 腹減ったァア!」

 ンゴゴゴゴと地響きの様な腹の虫を響かせ、主人の頭に噛み付く。

「ギャー! 頭を齧るのは止めるでござる!」

 止めに入るのは菊池 志郎(ia5584)。

「こんなおかしな村で朽ち果てるなんて、御免被ります。とりあえず一人でないのはよかった……皆さん、力を合わせて脱出しましょう!」

 志郎の肩からひょっこり顔を出した相棒、宝狐禅雪待が首を掻いた。

「脱出と言いましても、あてはあるのですか?」

「先程出会った女の方は、村の中に抜け道があると言っていました」

 その言葉に杉野 九寿重(ib3226)は、多少のためらいを覚える。

「しかしあれはアヤカシでしたでしょう。言い分をまるまる信じていいものかどうか」

 犬耳をひくひくさせる主人に向かい、相棒人妖朱雀が肩をすくめた。

「まあ、アタシもうさん臭いとは思うけど…他に何の手掛かりもないんだったら、いちかばちかやってみるしかないんじゃない?」

 そう言われても、まだ疑念が消えない九寿重。
 アルバルク(ib6635)は、にやっと笑って言ってやる。

「多分大丈夫だと思うぜ。あの隙間のねーちゃんには何度か会ったことがあるが、そういう系統の小細工はしねえアヤカシみてえだからよ。しっかし、俺達もとうとう隙間に迷い込んじまったねえ…」

 なにここすごいアトラクション!と騒ぎ飛び回っていた相棒羽妖精リプスが、宙返りしながら戻ってきた。

『お出口はどちらですー?』

「知らねえよ、案内のおねーちゃんは居ねえのか…とにかくあんまり居ても飽きるからよ。とっとと出ようぜ。おーい、起きろよ兄さん」

 アルバルクから軽く蹴られ夏草生い茂る地べたに伏すのは、八壁 伏路(ic0499)。

「もうやだ。暑いし足痛いし疲れたし、うちに帰って汗流して布団で寝たい」

 完全なる泣き言に情けないと思ったか、相棒甲龍のカタコが、前足で踏み付けてきた。

「やーめーえ! 重いわあほう!」

 レティシア(ib4475)は、いい加減見慣れてきた村を見下ろす。
 ジルベリア内を移動していたはずだが、この村の作り、天儀のものに近い。
 稲穂をつけた田圃。村の中心の小高い丘に鎮守の森と、朽ちた鳥居。
 それら全てを包む沼の底みたいな静けさ。
 不穏さが肌から伝わってきて、思わず知らず肩に力が入る。
 相棒忍犬ミルテがぺろりと手を嘗めてきたことで彼女は、我に返った。

「大丈夫だよ。怖がったりしないよ。相手の思う壷だからね」

 頭を撫でられたミルテは、はたはた尻尾を振る。
 雪待は空気の匂いをかいで、ふんと鼻を鳴らした。

「こんな碌に食べ物もない場所にいてもつまらぬ。協力してやるからさっさと抜け出すぞ、志郎」

 受けて志郎は頷く。早口に言う。

「そうですね、早くした方が良さそうです…とりあえず臨時班分けからいきましょうか」

 先程と同様、ゾンビたちが村の方々からふらふらと、姿を現し始めた。皆が皆、こちらに向かって歩いてくる。

「杉野さん・レティシアさん・俺が一斑、アルバルクさん・霧雁さん・グラウシードさん・八壁さんが二班ということでいいですか?」

 とそこで、伏路から異論が出た。

「ちょい待ち。わしと霧雁殿は探索の役割分担として被るところがあるのだが…別班にならずともよいのか?」

 この問いかけには皆で少し考えたが、時間もないし志郎もまた探索スキルをもっているのだからと言うことで、このままいこうということになった。
 狼煙銃での合図の打ち合わせと、抜け道についての考察を交換をしてから彼らは、すみやかに別れる。



 日暮れの息苦しさの中を二班は進む。
 なるべく物陰に隠れるように移動しながら、ゾンビがいないと確認した廃屋に、チョークで×をつけて行く。

「定時に鐘鳴って赤い雨が降ったりせんだろうな?…何も出ませんように…何も出ませんように…」

 伏路は霧雁と逐次瘴気の計測に務めている。抜け道を探すためだ。
 アルバルクとラグナは、その護衛という形。

『おじさんも探しなよー』

「計測用の時計今日は持ってねえんだもんよ」

『準備わるーい。それでもちょっとは探しなよー』

 促されたアルバルクは、遠目を利かせ愚痴る。

「ってかおい隙間のねーちゃんよ、隙間好きなら瘴気の隙間くらい教えていってくれよ…」

『今ならおじさんの心の隙間に入り込めるよっ』

 二人掛かりで呼びかけても隙間女は戻ってこない。ゾンビが出てくるだけだ。
 ここのはよくあるように、「うああ」だの「うおお」だの「脳みそをくれ」だの、大声で自己主張し迫ってくるのではない。遅めな速度で普通に近づいてくる。そして一定範囲内まで近づくと、途端に動きが早くなる。
 声を出すのはひっきりなしだが、大声ではなく小声。ボソボソボソボソ一定の抑揚で間断なく何か言っている。
 何かのヒントになるかと思って霧雁は、試しに聞き取ってみた。

 ――く連れてけ早く連れてけ早く連れてけ早――

 意味などないらしい。
 汗を拭いながら『ド・マリニー』の針を確かめれば、危険レベルの値で揺れ動いている。

(魔の森程ではないにしても、それに近い空間という具合でござるな)

 ゾンビの視界に入るのを避けまくればしばらく対処出来るだろう――と最初は思っていた一同であるが、それが甘い考えであることをすぐ悟る。
 明らかに相手の数が増えてきたのだ。
 遠目に発見して引き返そうとすると、そちらからもまたぼんやり現れてくる。
 加えて素手でない奴らが交じってきた。
 鎌だの鍬だの使えそうもない錆だらけの火縄銃だのズルズル引きずってくる。
 最初から気後れしていたラグナは、早くも限界に来そうだった。

「ぐ…くっ、こんなところにいられるか! もう耐えられん! すまん、私は上から瘴気の濃度を探ってみる!」

 相棒の駿龍に跨がり、上空へ。

「飛べッ、高く飛べレギ! 頼むから!」

 レギは言い付けどおり天に向けて翼を羽ばたかせた。
 そこに夕暮れの中飛んでくる、あやしきものの影が。

「…ん?」

 首をめぐらせたラグナは後悔した。飛んできたのは頭の部分が昆虫の羽と化した、奇怪なゾンビであったのだ。
 かくして上空から悲鳴が轟きわたる。

「う、う、うさみたん…あああ、うさみたんに触るなーッ!」

 見る限り空への備えもばっちりらしい。
 しかしよく考えてみたら空を飛ぶと言ったって永久に飛び続けていられるわけがなく、堂々巡りした果てにいつかは疲れて降りてこなくてはいけなくなるわけで、そこから先は――。

(考えんほうがよさそうだな…)

 憂鬱になってきた伏路は、霧雁とジミーが道端の水路を眺めているのに気づいた。

「どうした、蛙でもおるのか」

 返事がないので脇から覗くと、流れているのは水でなく、でろりとした赤色の何かだった。

「…あれでござるな、触れたらアウトって感じでござるな」

「…ああ、間違いないわな」

「…そして動物とか全然いないでござる」

「‥‥生存無理そうだろ、色々と」

 陰鬱な沈黙に、アルバルクが割って入る。

「正面にいる分を排除して、あの建物を抜けるとしようぜ。一度敵の視界から消えないとまけそうもねえ」

 伏路が、それはもういやそうな顔をする。

「こんなアヤカシだらけの所に居られるか。わしは村の外へ戻る!」

 そうはいうものの、今の段階では無理そうだ。前から後ろから敵は単調に距離を詰めてきた。
 行くしかない。
 霧雁がまず『天狗礫』でゾンビの目を狙い、続けてアルバルクが鍬を振り上げてきたゾンビを、拳で突き倒す。
 その後をカタコに盾になってもらった伏路が猛追、囲みを抜け建物内に駆け込み、大急ぎで木戸を閉め、そのまま速度を落とさず裏口から抜け出し、相棒ともども石壁の裏に身を潜め、目標を見失った輩どもをやり過ごす。
 羽ゾンビにオーラショットを当て振り切ったラグナは、上空から目をこらし、瘴気の隙間を探そうと賢明だ。
 地上にいるときはそうも感じないが、上から見るとやはり村全体が薄暗く霞んでいる…。

『おかあさあああんんん…』

「ほおう!?」

 いきなり耳元に聞こえてきた声で彼は、鞍から落ちそうなほど飛び上がる。

『…という声が廊下の奥からずーっとずーっとしています…窓のところでごちごち頭をぶつけ続けているゾンビもいます…エンドレスで扉を引っ掻く音も…』

 レティシアであると判明し、ほっとすると同時に涙目となった。

「脅かさんでくれ頼むから!」



「と言われましても怖いので…おすそ分けを是非…」

 付け加えてからレティシアは、ミルテの首に手を置き、中腰で移動する。窓の上に体を出さないように。
 彼女がいるのは校舎だ。
 調べに入ってみたのはいいが、予想外にゾンビが多くて、目下仲間と脱出を模索中。
 九寿重は歯噛みしている。

「ええい、あ奴らいつまでうろうろと…」

 といっても、やたらめったに打ちかかろうなどということはしない。目的は敵の殲滅ではなく、異空間からの脱出だ。極力戦闘は避けたい。
 志郎は書き込みの入った手帳をめくり、ざっとまとめた地図を確認する。レティシアが受けた通信とこちら側の調べから、全体像はほぼ網羅出来た。
 鉛筆を嘗め、言う。

「残るは中心にある社だけですね…ラグナさんが、そこは他と濃度が違うみたいだと言っていたんですね?」

「はい、そうです。羽っぽいゾンビがまた出てきたみたいで、通信がいったん途絶えましたけど」

 言いかけてレティシアは口を閉じた。
 耳をすます。建物の外に。

「ん、足音が一つ増えてる…?」

 九寿重は犬耳を伏させ、『緋色暁』の柄を握った。
 それはすでに抜き身となっている。何匹かゾンビを蹴散らしてきた後なので。

「早く外に出なければいけません。多数と狭い空間で争うのは不利です」

 そこに小さなネズミと化した朱雀と雪待が戻ってきた。
 先んじて偵察に出ていた彼らは身振り手振りで、ついてくるよう合図を行う。

「ひっそりとした所で、たくさんのアヤカシに囲まれたのは、本当にやばいんだよっ」

 ゾンビたちの視線をかいくぐって、薄暗くなっている廊下を進む。
 きしむ階段を降りたところで、急ぎ首を引っ込めた。
 のろのろした人影が複数、無言で窓を破っている。ガラスの破片で我が身が傷つくにも無関心で。

「くそっ…もう追加が来てる」

 悔しげに舌打ちする朱雀。
 上の階から不吉な足音が複数響いてくる。
 九寿重は唇を嘗めた。

「ここまで来たら強行突破しかありませんね」

 言葉と行動の間に無駄な溜めというものはなかった。
 圧縮された風の刃がゾンビたちの頭部を吹き飛ばす。
 その後ろから志郎の『ゾディアック』が、吹雪を吹き付け凍らせる。
 死んだのかどうか定かではない――というか死んでいるのだが――ものの上を踏み越え外に飛び出し、走る。

「とにかく村の中心に向かえばいいのですね、志郎様!」

「はい、後に残るのはあそこだけですから…ただ、ゾンビたちが他より大量に発生しているようです」

 レティシアは多少の焦りを覚えていた。
 志郎の言う通りだ。物音を参考にしただけでも、村の中心により多くのゾンビがいるのが確かめられる。
 先に向かっている二班の声も聞こえる。

『ぞんび多すぎじゃん! どんだけみんな道に迷ってんのさ!』

「こんなご時世、人生って道に迷いっぱなしだぜ…」

『おじさんは寄り道しすぎたんだよっ』

 望まぬ姿にされ村に縛られている人達を鎮魂し眠らせてあげたい。そうすればこの空間もあるいは消滅するかもしれない。
 だがそれをやるためには準備も情報も、時間も足りなさ過ぎる。
 歯痒い思いを抱いて彼女は、呻くように一人ごちる。

「祈る事しか出来なくてごめんなさい‥」

 そのときミルテがわん、と吠えた。
 はっとした彼女は、走りながら微笑む。

「いつも通り、最後まであがいてみましょうか」

 行く手から狼煙銃の信号が見えた。白と赤だ。



 どんぶりに盛った赤黒いものをずっと食べ続けているゾンビの額を、アルバルクの銃弾が貫く。
 リプスは倒れたゾンビに近づき、割れたどんぶりの中身を確認した。

『うわ。これジャムかけた蕎麦だよおじさん…』

「マジか…もう何もかもがいかれてるな」

 神社の石段前にも中程にも、大量のゾンビが集まっていた。
 霧雁はこめかみに力を集中させる。忍びの眼は、仕掛けられている罠を見破る力を持つのだ。

「石段の両側にたくさん待機しているでござるよ…」

「何があっても逃がさないってとこかねえ。どうもまだまだ仕掛けがありそうな気がするぜ」

 瘴気が薄いのは偶然なのかそれとも意図してなのか。
 後者の可能性を疑うアルバルクは、遠視で鳥居の背後にある祠を確認した。
 張られてある締め縄の奥は、深い暗がりとなっていて、見透かせない。
 石段の上からぞろりぞろり首のねじくれたゾンビが這い下りてくる。

「しょうがねえなー、近づかれたら頼むぜ。怪我した奴には踊って治療でもしとけリプス」

『あーい』

 霧雁は『ド・マリニー』を確認した。
 針が示す数値はぐっと下がっている。
 瘴気の薄い場所でアヤカシは――特に下級のアヤカシは――行動を制限されるはず。

(なら、突破も不可能ではないはずでござる…ほどなく増援も来るはずでござろうし)

「拙者は第一に礫、第二に『鴉丸』で攻めるでござる。ジミーは爪で脚を掻き斬るでござるよ」

「気が進まねえなぁ…こいつら食えればいいのによ」

 呼吸を整えラグナは、囮役をかって出る。上空に群れ集まってきている羽ゾンビについては、相棒に任せるとして。

「バケモノども、こっちだっ! さあ来いッ!」

 威勢よく彼が走りだすのに併せて、梢の間から次々ゾンビたちが現れ襲ってきた。

 ――っち見ろこっち見ろこっち見ろこ――
 ――…ちゃんのにおいがするよおおおお――
 ――…くうぅうんあそびましょおおおお――

 ビジュアルより何より、独り言が怖すぎる。

「うわあああああ、見ていてくれようさみたん!」

 ゾンビの体が『ラ・フレーメ』の一撃で裂け、びちゃびちゃ地面に崩れ落ちる。
 霧雁とラグナは彼のフォローをする形で、周囲にいるゾンビを可能な限り漏らさず排除して行く。
 ジミーが爪でゾンビの踵をかき切り転倒させれば、頭を霧雁が踏み潰す。
 リプスは銃撃に専念する主人につかみ掛かってくる死人に飛礫を投げ、小さな剣で切り裂く。
 石段の下で足踏みしていた伏路は、応援に駆けつけてきたレティシアの歌が聞こえてきたのを契機に、踏み出す。

「行きはよいよい帰りはこわいと言うではないか…よし行くぞ! カタコ、よろしくわしを守ってくれい!」

 精霊の狂想曲による影響で、ゾンビたちの動きが乱れた。

「レギ! 暴れろ! 派手にやってやれ!」

 ラグナの声に呼応し、上空から次々羽ゾンビが落ちてくる。
 潰れながらもブブブと羽が動いているのが気色悪い。

「加勢致します!」

 九寿重は紅葉の燐光を散らしながら血路を開く。
 蜘蛛のような体型と頭をしたゾンビが刃に食いついてきたが、力で押し切り下顎を切り飛ばした。
 膝下に食いついてきたものの頭に、志郎が『苦無』を突き通す。
 鍬を振り回すものの上半身を、雪待の炎が焼け焦がす。
 首のねじれたゾンビの手が伏路の髪を掴んだ。
 彼は『ソサモツペ』で無茶苦茶に突いて離させる。

「寄るな触るな! わしは絶対同化されんからなああ!」

 振り切って息を切らせ、祠の前に駆け寄る。
 その辺に落ちていた枝で探れば、中が下に向け広がっているのが確認出来た。
 松明を点け、役に立つかどうか不明だが命綱もつけ、入って行く。



 祠の中は龍も悠々歩き回れるくらい広い洞窟となっていた。
 だもので松明の明かりも、隅々まで照らせない。

「ゾンビたちはついてこないようでござるな」

「やっとこっからおさらば出来るのか」

 五感による警戒を怠りなくするも、霧雁とジミーは、追撃がない件について不思議に思わなかった。計測する限り瘴気の値が激減していたし、息苦しさも薄らいでいたからだ。
 アヤカシは基本清浄さを厭い、瘴気がない場所を嫌う。これは出口に近づいている証しだろう。

「ミルテ、怪しい匂いなどはしませんか?」

 レティシアに尋ねられているミルテは、くうんと鳴くだけ。危険は感じない、ということらしい。
 九寿重は抜刀したまま、恐れを知らず進んで行く。

「あの屍人ども、噛むやら引っ掻くやら細かいダメージをよこしてきて…後でなにか変な病気になったりしないでしょうね」

 ラグナは重いため息をつく。

「それは勘弁願いたいな…私もすっごく不安だ…」

 朱雀とリプスは彼らを陽気に慰めた。

「二人とも最前線だったからねー。まあいいじゃない、志郎が治癒してくれたんだし」

『そうそう。戻ったらぼくも改めて癒してあげるよー』

 松明があるゆえ先導する形になっている伏路に、アルバルクが話しかける。

「このまま何事もなくいけるかね」

「わしはそうあれかしと望むがの。心底うんざりだこの狂った空間には」

 突如行く手に明かりが見えた。
 皆一瞬身を固くしたが、目をこらし、鏡面に映った松明だと理解する。
 もっと寄ってみれば、何があるかはっきり分かってきた。
 表面が鏡のようになっている、巨大な四角錐だ。

「…これは…なんでしょうね。ご神体?…」

 顔を近づけた瞬間、志郎の首筋は粟立った。
 鏡に映っている自分たちのちょうど背後の空間に、首が浮いていたのだ。
 背面を向けていた鏡の中のそれが、ゆっくり振り向いてくる。
 『ド・マリニー』が粉々に吹っ飛んだ。
 呼吸が止まるほど強烈な重圧が開拓者と相棒たちを襲う。
 よろめいたカタコとレギが、四角錘へ倒れ込んだ。
 その体の下になる形で皆もまた倒れ――異質なものに体がめり込む気持ち悪さを味わった直後、『外』に弾き出される。
 餌を逃した首の、怒りに満ちた形相を見ないままで。



 白々と明けてくる日が照らす中、羽のあるもの以外は全員落ちる――水の中に。
 幸い溺れない程度の深さだった。透明な冷たい普通の水だ。

「ぶはっ! なんですここは!」

 ばしゃばしゃ水面を叩く九寿重。
 その耳に、ぽぽぽという変な笑い声が聞こえた。振り向けば隙間女がいる。

「…ここはさる村の農業用ため池よ…とりあえず戻ってきたらしいわね…さっき言い忘れていたわ…あの村で赤い水を飲んだら人間終了だから…」

 伏路がすかさず言う。

「そんなこったろうと思って飲んどらん」

「…惜しいわね…立派なアヤカシになれたかもしれないのに…」

「なりとうないわ!」

 浮き沈みしている装備品を集める霧雁は、頭にジミーを乗せ首を傾げた。

「おや? 『ド・マリニー』は壊れたはずでは…どういうことでござろう隙間殿」

「…ああ…ループから抜けたら…物品は最初の状態に戻るのよ…」

 騒ぎを聞き、近隣の農夫が駆けつけてくる。

「こりゃー! お前達おらとこさの池で何を遊んどるか! はよ出え!」

 頭をふるって水を弾き飛ばし、志郎は一人ごちた。額を押さえて。

「悪夢のようでした…」