シナリオ形態： ショート 相棒 難易度： 易しい 参加人数： 8人 サポート： 0人 リプレイ完成日時： 2013/07/19 22:28

■オープニング本文 「人探しを依頼したいんです！」 　きらきらした目を輝かせているのは、一見純情そうな少年であった。 　装束はアル＝カマルのもの。腕や指に金の装飾品をはめているあたり、かなり裕福な家の生まれらしい。 「年の頃は十代後半から二十代前半くらい、長い黒髪に透けるような白い肌で、常に上目遣いのかわいい女性です！　僕は彼女のことを思うともう夜も眠れなくて！　ああ、愛しの人、キミは今どこにいるんでしょう！　居場所さえ分かれば、今すぐそばに飛んでいくのに！」 　両手を組んで宙を見つめ、切なげに漏らす少年。まさに恋する姿。 　それをじっと見つめた開拓者の１人が、何ともいえない表情で問いかけた。 「えーと、とりあえずそこまではギルドの掲示板にあったから知ってるけど、今一度確認させてもらっていいかな？　キミはその相手の名前とか出身地とか、何一つ知らないんだよね？」 「はい、知りません！　何度かお目にかかったことはあるんですが、いつも恥ずかしがって無言で逃げられてしまうものでして！」 　清々しい答えに一同は、ぼそぼそ小声を交わしあう。 「…それ、嫌がられてるんじゃないのか…」 「よね…」 「…しっ！　余計なことを言うな…」 　多々疑問はあるが依頼は依頼だ金が出る。割り切るよう努力しなければなるまい。 「え、えーと、アブドラ様。しかしこう、なにか参考になるようなものがないと、私たちとしてもなかなか難しいというか…」 「それなら大丈夫！　絵師に似顔絵を描かせましたから！」 　少年は高そうな羊皮紙に描かせた絵を見せてきた。 　開拓者たちは額を突き合わせ、先ほどより更に微妙な表情になった。 　箪笥と壁の隙間からぬうっと女が顔を出しているという、あからさまな怪奇画だったので。 「あのー…非常にうまい絵だと思うんですが…なんでこんなホラー調にアレンジしてあるんですか？」 「いえ、それがありのままの彼女なんです。どうです、すごく奥ゆかしいたたずまいでしょう！　本当に、アヤカシにしておくのがもったいないくらいです！」 「…え…アヤカシ？」 「はい、アヤカシです！」 ● 「…へくしっ…」 　さすらいのアヤカシ隙間女は実体がないにも関わらずくしゃみをし、あたりを見回した。 　彼女は現在アル＝カマルにいる。 　別に来たくて来たわけではない。 　ジルベリアのアンティーク箪笥に入って寝ていたところそのまま飛空船の貨物庫に入れられてしまい、こんなところまで運ばれてしまったというだけだ。 　箪笥を買った先である家は大きくて広くて栄えていてそれだけでも居心地悪いのに、そこの子供に珍しがられ追い回されるという目にもあった。 　不愉快である。 　大体この国は広々した空間が多く、家の作りも町の作りも簡素。空気は乾燥して湿気も少ない。物陰が好きな自分としては実に相性が悪い。 「…早く帰ろう…」 　ということで彼女は今、物陰を伝いながら船着き場まで移動中である。

■参加者一覧 喪越（ia1670） 33歳・男・陰 水月（ia2566） 10歳・女・吟 エメラルド・シルフィユ（ia8476） 21歳・女・志 Kyrie（ib5916） 23歳・男・陰 アルバルク（ib6635） 38歳・男・砂 八壁　伏路（ic0499） 18歳・男・吟 月詠　楓（ic0705） 18歳・女・志 ジャスミン・ミンター（ic0795） 18歳・女・騎

■リプレイ本文 「世の中物好きはいるもんだねえ…」 『世界って広いなー』 　アルバルク（ib6635）はもちろん相棒羽妖精リプスも感心してしまっている。 　隙間女を恋愛対象として見られるとはこの少年、下手な開拓者などよりよほど肝が据わっている。悪い意味で。 『ていうか、そもそもアヤカシ相手に一体何をどうするの』 「…まあ、依頼人に会わせれば結果どうなろうとかまわねえか。そこまでは俺たちの責任でもあるめえ」 　早々に割り切るアルバルクと逆に、喪越（ia1670）はテンションが上がりっぱなしだ。アブドラの背をばんばん叩き、親指を立てている。 「分かる。分かるぜぇ、少年。いや、アミーゴと呼ばせて貰おう。逃げられる程に追い掛けたくなる。それが男心ってもんだよな！」 　彼の相棒羽妖精の癒羅は軽薄なノリに加わらない。いつも。けして。 「いや、実際にやったら犯罪だし、それ。『すとーかー』だっけ？」 「愛は法律を越える！ 」 「完全に犯罪者の台詞じゃない！」 　顎の下に羽妖精のキックがクリーンヒットし、喪越が倒れた。 　その振動をよそにエメラルド・シルフィユ（ia8476）は、教会信徒としてのアイデンティティを刺激されている。 （ア、アヤカシと想いを遂げたいと…。神に仕える身として、この想いは成就させて良いものなのだろうか…） 　相棒駿龍ラファエロは固まったままの彼女が心配なのか、下顎をそっとすりつける。 　水月（ia2566）もまた、依頼内容に軽く悩んでいた。 「ええと、二人をくっつける、お手伝いですか？　本当によろしいのでしょうか？」 　月詠　楓（ic0705）がそう言うように、穏当に考えれば、このまま会えない方がお互い良いような。というか絶対良さそう。だがしかし。 「おぬし貧乏になるぞ、いいのか？　あのアヤカシは湿気、荒れた部屋、汚れた隙間、ぎすぎすした雰囲気を好むやつでな、一緒に居ると運気を吸い取られ没落確実なのじゃぞ？」 　相棒甲龍カタコの背からなされている八壁　伏路（ic0499）の深刻な忠告にも、少年はまるで動じないのである。 「へえー、そうなんですか。僕は貧乏とか生まれた時から全然知らないんで、そういうの体験するのも面白そうですね」 「おぬし今世間の大半を敵に回したぞ…」 　水月は嘆息し、楓に言う。 「……もう一度会ってお話しておかないと、アブドラさんも諦めがつけられないですね……」 「ですわね…それにしても隙間のアヤカシさん……随分と遠くまで来られたようです」 　彼女らの相棒、迅鷹の彩颯と鬼火玉の火焔は、飛び回りながら戯れている。 「楓さんは、アヤカシさんとお知り合いなのですか？」 「はい、少々…そこそこ気のよい方でして。そうですわねKyrieさん？」 　話を振られたKyrie（ib5916）は意味もなくポーズを決めた。 　相棒土偶ゴーレム、†Za≠ZiE†通称ザジはその手伝いをする形なのか、背後で薔薇を咥えている。似た者主従というやつらしい。 「ええ。私も隙間女さんは嫌いではないですよ？　出来る事なら、私の演奏会のステージで何かのパートをお任せし一緒に演奏して頂きたい位で…ギスギスは困りますけどね」 　人相書きを見ているジャスミン・ミンター（ic0795）は、相棒人妖ヘキサに疑問を投げかける。 「上目遣い‥というか、こういうのは三白眼っていうのでは‥」 『あばたもえくぼってな、欠点もかわいく見せるんだ、恋って奴は』 「というか暑いですわね、ここ。お化粧が落ちてしまいますわ‥」 『むしろ夜になると冷えるぞ、砂漠は。防寒具は行李にいれてきたが、化粧は顔がホラーになんねぇうちに、やり方きいとけよ！』 「ヘキサ、失礼ですわよ」 ● 　捜索の前にアルバルクと伏路、そしてジャスミンの相棒ヘキサは、アブドラの家に行ってみた。隙間女ホイホイを準備するために。 　ついてみれば彼の家は、そりゃもう大きくて立派だった。聞けば父親は、さる地方判事であるとのこと。名の知れた権勢家だそうな。 　ともあれ、隙間女の生態説明から入る。 「今言った通り、あのアヤカシは人につくより家につくってタイプでな…」 「猫みたいなもんじゃの。引き際はいい。まー、散々恨み言は言いまくるがの。後呪いの力もちょっとはあるかしらん。この前捨て台詞聞かされた帰り、わし、五百文落としてしもうた。痛恨の極みじゃ」 「ちっさい呪いですねえ、かわいいなあ隙間さん、僕も呪われてみたい♪」 「…ともかくほらあれだ、すいーとほーむだ。どうしても一緒になりたいというなら屋敷の一角を隙間女好みに魔改造せんと」 「どんな感じがいいんでしょうかね」 「部屋に関して薄暗くてジメジメして陰気な感じにだな…今まで綺麗にしたのと逆に、ごちゃごちゃ物置いて、水撒いてカビだらけにでもしとけばいいんじゃねえか？」 　アルバルクのアドバイスに少年が、ぽんと手を打つ。 「つまり奴隷小屋みたいな感じでしょうか？」 　コメントしづらかったアルバルクは遠くを見る。適当な奴連れ込んで殺っとけば完璧、までは冗談だとしても言わなくてよかったと。 （…こいつ案外本気でやるかもしれん…） 　ひとまず敷地内に数多ある倉庫のうち最も小さなものを、改装にかかる。 『普通はカビねぇように天日干しにしたり、風通しをよくしたりするんだけどな』 　倉庫に畳や布を敷き詰め水をぶちまけた後、茣蓙を上から敷き、締め切る。 　湿気がないため蒸発が速やかに行われ、涼しかった。 『予想していたほどむしむし感が出ないな』 「まあ、そのへんは気候の違いじゃでどうにもならんなあ」 「何しろ外は乾いてるからな…水差しの水が沸くぐらい暑いしよ」 　言っていると、アブドラが召し使い数人を引き連れてやってきた。 「皆さん、照明を持ってきましたよ」 　豪華なシャンデリアを目の当たりにしたヘキサは、苦言を呈する。 『ランプか蝋燭でいいだろ。ちょっとしたホラー空間にしなきゃなんねえんだから』 　伏路とアルバルクは、視線を交わしにやりとする。ここまで来るとある意味結果が楽しみかも知れない。 ● 　アル＝カマル市街。 「――で、どーすんの？　引き受けちゃった以上は仕事をこなさないといけないんだけど」 「任せとけって。俺の美女センサーは、相手がアヤカシだろうとビンビンだぜ？」 「何の根拠も無いのに、無駄に説得力に溢れてるわね……」 　喪越と癒羅に同行しているエメラルドは彼らの賑やかさを横目に、まだ悩んでいた。 （やっていいのか本当に…し、しかし少年の真摯な想いだけは汲んでやらねばな。うむ、想いだけは…） 　遭遇者から聞いた話によると、対象は暗くじめじめした場所を好むそうだ。 　しかしここはアル＝カマルの中でもかなり大きな都市。建物と露店がひしめき合い、人の波にラクダも交じる繁華な市街地。 （参ったな、いくらでもあるぞそんな場所は） 「ありがとう。ビンビン物語」 「褒めてない！　そしてネタが古い！！」 （…ここは手分けをするしかないか。幸い聞く限りでは、危険なアヤカシではないようだし） 　手を広げる意味でもバラバラになった方がよくないか。 　彼女がそう言いかけた矢先、喪越が予想外の行動に出てきた。 「それに、だ。根拠のある手が無いわけでもねぇさ。ほれ、このように」 　ぶおっと黒い霧が彼の足元から沸き上がり、半球形を形作った。魔の森で使用される特殊結界、征暗の隠行だ。 「うわ、瘴気！？」 「美女を誘うんなら、花束の一つでも持参しねぇとな。――追うのが難しいなら、向こうから来やすい環境を創ってやろうってこった。撒き餌として『瘴欠片』の用意もある」 　得々と語る男に妖精は、くるりその場で一回転して言った。 「おぉ〜、見直した。けど……」 「けど？」 「こんな街中で瘴気振り撒いたら、当局にお縄されちゃうんじゃない？」 「なるほど、確かに向こうから警備兵が走ってくるな。では私はここから単独行動をとらせてもらおう！」 　言うが早いかエメラルドはラファエロに乗り、飛び去る。妖精は上空高くに避難する。 「さって、と。あたしは少し離れて探すしかないかな？　こいつの傍にいると瘴気感染しちゃいそうだし」 「ちょ、おま、逃げたな！？」 　地上から聞こえてくる声もどこ吹く風、日よけのハンカチを頭から被り口笛を吹く。 「知〜らないっと！」 　たちまちのうち２人の兵に両腕を取られ連行されて行く喪越は、声を限りに叫ぶ。 「くっそー！　俺は証明してみせるぜ。人間とアヤカシだってチョメチョメできるって事を！」 「真っ昼間からなんという反社会的発言をしているんだこいつは！」 「皆さん離れて、離れてください危険です！」 『…ねー、何か向こうで騒ぎがあったみたいだよ』 　頭の上で言うリプスにアルバルクは、振り向きもせず言った。 「こんなでけえ町だからな。大かた置き引きとかなんとかだろ。そんなことより、他の連中の発見サインがないもんかねえ」 　伏路は甘味マップ「アル＝カマル」を手に、引き続きうきうき気分。 「さー観光だ、楽しみだの。うおー、おいしそうなものがある。あっちも、あ、そっちも」 　デーツやピスタチオの入った焼き菓子、マームール。 　小麦粉と牛乳を交ぜて揚げ、シロップをかけた一口ドーナツ、バラフ・エッシャーム。 　ローズウォーターやサフランで味付けされたドーナツ、ルゲイマート。 　チーズ入りのパイに砂糖水とレモンジュースの交じったシロップをかけて食べるクナーファ。 　後はチョコレートやら何やら。 　アル＝カマル菓子の特徴は歯茎の疼くような甘さと、ガイドにはある。それを是非とも実地で試してみたいもの。 「おお、あそこに見えるのはアル＝カマルアイスではないか！　噂どおり粘りまくっておるのう！」 　そそくさ屋台にそれて行く伏路。 　アルバルクは脇道の前で立ち止まる。建物と建物に挟まれ強い日差しの一切入らない、谷間のような路地。ベールを被った女が窓辺で手持ち無沙汰に、タバコを吸っていたりする…。 「…おっと、向こうにアヤカシのいそうな薄暗い気配が」 『違うでしょー。おじさんの好きそうな気配しか感じないよっ！？』 「冗談冗談……しかしこの国の気候はあのアヤカシ向きじゃねえからな。もしかすると帰り支度なんかしてたりしてなあ」 　アイスを手に戻ってきた伏路は、しきりと頷いた。 「そうじゃな。この儀はカラッとしとるから、あのアヤカシは出て行きたがるだろう」 『じゃあどうするのー』 「…穏当に考えて、国外脱出と来たら飛空船だな」 「…じゃな。そもそも依頼人の話では、家具に紛れ込んできたそうではないか。税関検査はもっと厳しくやらんといかんのう。とまれ、港から探すとしようぞ」 「わー、ケバブですよ彩颯ちゃん。とってもおいしそうですよー、一緒に食べましょうね」 「まあ、きれいな青ですわね。ナザールと言うんですの？」 　じゅうじゅう焼けた肉をパンに詰めてもらう水月も、装飾品を見回っているジャスミンも、決して趣味に走っているわけではない。ちゃんと人相書きを手に、聞き込みをしている。 「ところでこの方を見ませんでしたか？　隙間さんというのですが」 「ええ、アヤカ…もとい人探しですの」 　この街がかの存在には合わない＝目立ちまくるだろう。という読みは、そんなに間違っていなかった。かなりの確立で目撃情報が拾えた。 「ああ、そういえばそんな観光客が、さっき塀に張り付きながら歩いてたような」 「屋台の下に潜り込んでいたなあ。具合でも悪いのかずるずる這うようにあっちの道入って行ったけど」 「今そこ通って行った荷馬車の荷物のすげえ狭い透き間にはまってた、みたいな…なんでか知らんけど」 　歩いて行く娘たちは思う。アヤカシがこうも人目に触れてしまっていいんだろうかと。 「…こういう町では勝手が分からないのでしょうね、多分」 　ジャスミンの言葉に水月はこくこく頷く。深く、深く納得して。 「…いつ来ても暑いですねぇ。メイクが溶けてしまいます」 　現地調達したターバンを頭にしているKyrieは、氷霊結で作った冷水を飲んでいた。高温乾燥地帯では汗が出てもすぐ蒸発してしまうため、こまめに水分補給をしないと危険。ついでに塩分や糖分の補給も欠かせない。 　というわけで、アル＝カマル風干菓子のロクムと、アル＝カマル風パイのバクラヴァを買い求める。 「アル＝カマルのスイーツは素晴らしいですね」 　その点ゴーレムのザジは気楽なもの、直射日光など屁でもない。涼しい顔である。 「主よ、ところで隙間レディはどこにいらっしゃるのでしょう」 「多分、物陰とか日のあたらない所にいる筈です」 「恥ずかしがり屋さんですからね」 　すかさず割り込んできたのは依頼人、アブドラだ。彼女を捜すなら一緒に行きたいといって、聞かなかったのである。 「そうですわね。少なくとも目立ちたがりな方ではございませんわね。悪目立ちはされる方でしょうけれど」 　見るからに金持ちの子供といった姿の彼が町中をうろうろすると剣呑であろうと思い、楓は、護衛役を買って出ている――実際これまで４人ほどのスリに遭遇した。全員般若の面で脅かし退散させたが。 （……依頼主さんには申し訳ないのですが、あんな強い感情をぶつけられたら、わたくしだったら、恥ずかしくて逃げ出したくなりそうですわ） 　とはいえ依頼人をガッカリさせるのは心苦しい。前以て他に興味が持てそうなものを探り出しておこうとの意図を持ち、彼女は質問する。 「ところでアブドラさん、何かご趣味はおありですか？」 「趣味ですか？　うーん、ここ最近はヨットでクルージングかなあ。後は乗馬とか、砂上グライダーの操縦とか」 「お金がかかるものばかりですわね」 　食べかすを零さぬ上品な歩き食いをするKyrieは、楓が背負っている大きな木箱に眼差しを注ぐ。 「…それはそうと、その箱は日よけですか？」 「いいえ、違いますわ。暗くてジメジメした空間を隙間さんに提供してあげようかと思いまして…簡単に入ってくれるとは思いませんが、一緒に「ぱーてぃ」をした仲です。このくらいのおもてなしは致しませんと」 「なるほど。それでは彼女が見つかったなら、私もおもてなしをいたしましょう…折角アブドラくんと仲間が素敵な居場所を用意してくれているのですし、早くお知らせしたいものですね」 　飛空船の船着き場は人でごった返している。ジルベリア、天儀、泰国と、行き先は色々だ。 　スパイスの利いたタンドリーチキンをもぐもぐやりながら、アルバルクと伏路は相棒たちと、物陰を捜し回る。 「乗るとしたらどこの船だろうな」 「さあてのう。キャラからいくと天儀あたりに向いていそうな気もするがの」 「しかしスリが多いなこの街は。銃で脅したのこれで５人目だ」 「わしらおのぼりさんぽく見えるのかのう」 　客目当ての店が立て込むところを、気配を探りつつぶらぶら。 　数分もしないところで、激しいののしり合いが聞こえてきた。どうやら新婚組らしい。 「はぁ！？　財布スられたってどうすんのよこれから！　私たち船に乗れないじゃないの家に帰れないじゃないの！」 「仕方ないだろ！　当局に届け出たんだからいいじゃないか！　そのうち返ってくるよ！」 「バッカじゃないの！　返ってくるわけないでしょう！　ほんっとにあんたときたらグズで間抜けでものの役にも立たなくて…あーあ、一緒になんかなるんじゃなかった！　騙された！　大失敗よ！」 「お前なんか最初から×××が×××だったじゃないか！　騙されたのはこっちの方だ！」 「なんだとこの腐れ×××！」 　両者の争い方に既視感を覚えたアルバルクたちは急いでやじ馬に交じり近づき、周囲に目をやる。 　並んでいる屋台の下から見覚えのある三白眼が見えた 「…おい…なにしとるんじゃ隙間女」 　相手は迷惑そうに舌打ちした。そして言った。 「…人違いですが？…」 「語るに落ちるな…こんなくそ狭いところに入れるのはおぬししかおるまいが――あっこら、逃げるな！」 　言って伏路は上空にいたカタコに、素早く合図を送る。カタコはあらかじめ打ち合わせたとおり、宙を旋回し始めた。 　アルバルクも相棒に促す。 「リプス。他の連中呼んでこいよ。ほれ飛んだ飛んだ」 『パシられる僕…いつものことですよー』 　輝く鱗粉を撒き散らし飛んで行く羽妖精。 　アルバルクは伏路とともに、急いで後を追いかける。 「お嬢ちゃんよ、そんなに警戒するこたあねえんだぜ。今回は追い出しに来たんじゃなくって逆よ逆。お招きってやつだ」 「んむっ！？」 　店先から見えた狼煙に、水月が急いで席を立つ。食べかけのタジン鍋を惜しみつつ、買い求めた更紗のスカーフを早速身につけているジャスミンと一緒に。 　そこへエメラルドも合流してくる。ラファエロに乗り剣を腰に、アイスを手にして。 「どうやらいたらしいな！」 　別方向から手錠をかけられた喪越が、全力疾走してくる。 「遅れてすまねえな、アミーゴ！　ちょっとさる筋との話し合いに手間取ってよ！」 「話し合いなんかしてないよね。逃げただけだよね。追っ手が来るよね」 　癒羅は彼から少し距離をとりついてきている。仲間と見られたくないらしい。 　前方から、踊り念仏をするザジが近づいてくる。 「ああ無常の風、一度吹きて有為の露、永く消ゆれば哀れこの世の別れにて…」 　皆が集まってきたのを確認したザジは辛気臭い歌を止め、案内を始める。 「隙間の方は楓様が持参された箱にて輸送中でございます。クォ・ヴァディス」 　出掛けに楓が担いでいた箱を思い浮かべた水月たちは、幾分意外にも感じた。 「素直に来てくれたんですか？」 「はい、そこそこ。ひとまず影に入りたかったご様子で、よく考えたら移動は夜でもよかったと愚痴りまくっておられました」 ● 　天儀の旧家の古い蔵といった具合に改装された倉庫内。 　陰鬱な唄をぼそぼそ奏でる不健康そうな吟遊詩人。しけった畳。ロウソク明かりに照らされる怪奇な屏風絵。 「…これ違う…」 「何が違うんじゃい、おぬしが好きそうなもん全部揃うとるじゃろうが」 　伏路の言葉に隙間女は、三白眼を四白眼くらいにし言い返した。 「…分かってないわね…即席で作ろうとして作れるものじゃないのよね…快適な雰囲気って…」 　陰気臭い化粧を施したアブドラが、潤んだ眼を向けている。 「ではどこかスラムあたりの寂れた一室でも買いますから、一緒にいてくださいよ」 「…いや、それは…私得るところ…全然ないし…」 　予想はしていたがうまくいきそうもない流れである。 （まあ成れば本人にとってよし。成らなくても本人の為だ） 　完全に人事と扱い、涼しさを堪能するヘキサ。皆と一緒にパインのシャーベットを口に運びながら、ひたすら見物である。 　それにしても隙間女、完全に相手から押され気味である。 　一体何故だろう、とアルバルクは首をひねる。これはかなり強力な（防御専門）アヤカシのはず――翻ってアブドラは支体持ちでもなんでもない、ただの子供…。 「じゃあ死体でも買ってこのへんに置いておきましょうか」 （…いやそうでもないか。言うことがぶっとびすぎだ） 「……死体だけあっても…途中経過がなければ…負の感情は出ないし…」 「あ、分かりました。それなら生きている人間を連れてきて死なない程度に拷問すればいいんですね！　任せてください、父に頼んで牢から数人見繕ってきますから！」 　アブドラは高揚しているが、倉庫内は冷えきって行く。もう誰もシャーベットなぞ食べていない。Kyrieの歌も止んでいる。 　隙間女はすっくと立ち上がり叫んだ。ぶるぶる拳を震わせ目を見開き、けたたましいラップ音を立てて。 「…前向きすぎて…生理的に無理…！」 「あっ、待ってー！」 　逃げるアヤカシ追う子供。 　しんとする倉庫内。 　ヘキサは主人の肩を叩く。かなり切迫した心境で。 『みんみんは変な男、ひっかけるなよ！』