真相はこうだ
マスター名:KINUTA
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/06/22 00:43



■オープニング本文


 皆さんおはこんばんちは。アヤカシの隙間女です。
 最近開拓者によって心地いい隙間を追われた私。はっきり言って恨んでます。そのうち必ず仕返ししてやろうと思います。
 とりあえず今は良さそうな物件をあちこち試している最中。心地よい暗さとほどよい湿り気と味わいある汚れとすさんだ空気のある場所が私の理想。方々で負の感情をつまみ食いしながら理想の隙間探しです。
 とりあえず現在はさるホテルのさるクローゼットの中。
 リアルタイムで殺人事件が起きています。

「へっ…やっとくたばりやがったか」

 月並みな台詞をはいているのは月並みな若い男です。
 燭台で頭を滅多打ちされ倒れているのは月並みに太った老年初期の男です。

「うまくいったわ。これで遺産は私たちのもの。2人で暮らせるのよ。さ、早く行きましょう。アル=カマル行きの飛空船に乗ってしまえば、後はなんの心配も要らないわ」

 とか言ってるのは月並みな派手っぽい奥さん。
 そう、これは非常にありふれた遺産相続殺人事件です。
 奥さんとその使用人である愛人が計って金持ちの年寄り亭主を撲殺。空外に高飛び。
 よくあることです。
 この後の展開は多分、飛空船のデッキから奥さん墜落死。
 あの愛人はそうしたがっているのです。何故なら他にちゃんと若い恋人がいるからです。金をせしめればもうこんなババアに用はないから消して、2人幸せに暮らそうとまあこういう腹です。
 どうして分かるのかって? 負の感情にまつわることなら、大体なんとなーく判断がつくのですよ私。それ食べて生きてますし。
 今彼は熱々のカラッと香ばしい悪意を発散し続けてて実にデリシャスです。奥さんのとろろ芋みたいなねっちょりした悪意もそれはそれでいいのですけどね。
 しかしどうする気でしょうねあの旦那さんの体を。隠すにしても難しそうですし。
 大体撲殺ならバスルームでやったほうがよかったでしょう。
 あっちこっち血が飛び散って隠滅が難しそうです。
 ――ちょっと、このクローゼットに死体を押し込んでくるとか無茶ではないですか。
 私には実体がないから別に狭くもなりませんが、それにしたって稚拙すぎやしませんかね……いやそこで叫んじゃ駄目でしょう。来ますよ、他の人が。



「んーあ、君達に来てもらったのはだね、他でもない」

 立派な口ヒゲをひねりながら、この地区の担当であるという警邏隊長は言った。

「アヤカシの言葉というものはどれほど信用がおけるものか、そこを知りたくてな。無論奴らが人間の敵であることは分かっているんだが…」

 と彼が言う視線の先には、ずるずる長い黒髪をした女が、クローゼットの半分以上閉じた扉の隙間から、だらんと上半身をはみ出させていた。
 しんどそうな姿勢だが、本人としてはそうでもないらしく平気そうだ。
 とりあえず人間ではない。なにしろ隙間はわずか5センチほどしかないのだからして。
 部屋の隅には白い布をかけられた死体が置かれており、部屋にはいたるところ血が飛び散っている。
 派手目の服を着た婦人とシャツの前を赤く染めている若者は、死体となった男の妻と、その使用人とのこと。

「何を言うんです隊長さん、主人を殺したのはこのアヤカシですよ!」

「そうですよ! 僕もはっきりこの目で見ました! そのアヤカシが旦那様を燭台で殴って殺したんです! 僕らは止めさせようとしたのですが、力及ばずこのようなことに!」

 彼らを宥めているのは、警邏隊の隊員たちである。

「いやいや、まあまあ、落ち着いてください。仮にアヤカシが殺したとしますとな、それはもう我々警邏の仕事ではなくなるのです。開拓者ギルドの管轄になりましてな」

 それをちらりと横目で見た隊長は、アヤカシに問うた。

「で、お前は殺してないというのだな」

「…ええ…私ではないわよ…あそこの2人がやったのだわ…私が出てきたものだから、焦って大声を上げてしまい…人が来てしまって隠しようがなくなったから…責任転嫁を試みているのよ…」

「嘘よ、そんなのはでたらめよ! 隊長さん、まさかアヤカシなんかの言葉を信じるわけじゃないでしょうね! もしそんなことが世間に知れてみなさい、大問題ですからね!」

「一体人間とアヤカシのどちらの味方なんですか!」

 隊長は両手を後ろにし、ゆっくりと答える。

「私ですか? 私は殺された人間の味方ですよ」

 一連のやり取りを聞いたエリカは、困ったように頭をかいた。

「また私向きじゃない依頼が出てきたわ…」

「まあそんなこと言わずにやってみましょうよ。面白そうじゃないですか」

「…ロータス、何でついてきてるの」

「いえ、こういうの僕好きですから。この程度なら、いつぞやのような危険もなさそうですしね」


■参加者一覧
露羽(ia5413
23歳・男・シ
和奏(ia8807
17歳・男・志
エルディン・バウアー(ib0066
28歳・男・魔
シーラ・シャトールノー(ib5285
17歳・女・騎
Kyrie(ib5916
23歳・男・陰
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂
中書令(ib9408
20歳・男・吟
八壁 伏路(ic0499
18歳・男・吟


■リプレイ本文


 和奏(ia8807)はクローゼットからはみ出している隙間女に近づき、首をかしげる。

「…先日、お目にかかったよーな…人を害する新技を手に入れられたとか…アヤカシさんも進化するのですねぇ…」

 相棒人妖光華は、用心深く周囲を窺う。

「…ここにクモの巣はないでしょうね」

 エルディン・バウアー(ib0066)と相棒もふらパウロは、場に充満する負のオーラをものともしていない。

「おやー、アヤカシ殿、いや、スキマ殿? どう呼べばいいのか分かりませんが、また会いましたね」

「神父様〜、またこの女の人でふか、挟まるのが趣味でふ?」

「世の中には変わった人がいるように、変わったアヤカシがいるのです」

 両者の聖職者スマイルを、うさん臭そうに見る隙間女。
 その傍らにアルバルク(ib6635)がしゃがみこむ。

「いよーう。どっかで見たお嬢ちゃん。なんだい、とうとう殺っちまったのかい? なんて冗談冗談……やりたくてもやれねえのは知ってるからな。犯人をきっちり吊るし上げてやるからよ。ちょいと協力もしてくれたら、俺は酒飲んで帰るだけにしといてやるよ」

 彼の回りを相棒羽妖精リプスが、せわしなく飛び回る。

『ダメじゃん! 仕事しないとダメじゃん!』

「しょうがねえだろ、俺も今回怪我人だからよう…派手には動けねえなあ。ここは一つお前に頼むぜー。いつもの調子でな」

『はいはーい。いつもの調子でこき使われるリプスちゃんでーす。くそーう』

 屋外に置いてきた相棒、甲龍カタコの吠える声がしてくる。
 思いながら八壁 伏路(ic0499)は隙間女に向け、しっしと手を振った。

「そこにおられると場の雰囲気が悪うなるで、はよ去ね」

(えっと、隙間女さん…? はアヤカシなんですよね…?)

 露羽(ia5413)は被害者の奥方並びに使用人を見やり、相棒忍犬、黒霧丸の頭を撫でる。

(普通はアヤカシが犯人なんでしょうけど、男性についてるあの血は…)

 不可抗力でついたというより真正面から浴びてしまったように見えなくもない。

「少々、お話を聞いてみたいですね…?」

「ああ、それ僕もです。何かと面白そういたたたた」

「不謹慎よあんたは」

 部外者ロータスの足を踏むエリカを、シーラ・シャトールノー(ib5285)がからかう。

「エリカさん、あなたの行く所に事件がついて回ると言うか、あなたの行く所に事件が起きると言うのか…それも変わった事件ばかり。これも巡り合わせなのかしらね」

「止めてよもう――それにしても、今一つはっきりしないわね、この状況」

「ええ。疑問なのはね、この旦那さんが隙間女に殴られているのを止めさせようとしたのに、どうみても無傷な事よね」

 耳打ちし会うそこに、中書令(ib9408)も加わってくる。

「中書令と申します。よろしくお願いします。ひとまずアヤカシ隙間女の言うことに、妥当性があるかどうか確認してみなくては…そこで提案があるのですが…時の蜃気楼を使う事で…」

 彼の相棒からくり鼎はその間、シーラの相棒猫又リミエの肉球をふにふにして遊ぶ。
 警邏隊長は開拓者たちが相談し終わるのを待ってから、改めて尋ねた。

「で、どうですかな、あなたがたの見解は」

 真っ先に答えたのは伏路だった。

「アヤカシ如きに助成するは癪だが隙間女の言い分は最もではないかな?」

 彼は死体から思い切り顔を背けている。血だのなんだのが大のつくほど苦手なのだ。だからこその巫女商売だ。

「そもそもこやつに燭台は持てんだろ。撲殺に使えたのだから重いし長さもある。然るにこやつはこんな平べったいのだぞ」

 その意見に奥方が早速噛み付いた。

「そんなの、理由にも何にもなりませんわよ。いいこと、相手はアヤカシですのよ。多少厚みがないからと言って、それがものを持てないということはございませんでしょう」

「そうだ、もういい加減拘束するのを止めてくれ。旦那様が亡くなられたことを早く屋敷に伝えなくてはならないし、それに事後処理も…こんなところで足止めされる言われはないはずです!」

 声を荒げる使用人にも隊長は、物柔らかに応じている。

「まあ、まあ、ご辛抱ください。ご主人が亡くなられた件を関係者にお伝えするについては、我々が致しますので」

 エルディンが、とん、と己の胸を叩いた。

「ご安心ください。私ども実は、以前アレと出合った事あるのですよ。ですので対処法は分かっています」

 伏路が後を継ぐ。

「然様。わしら少し前にこれがらみの依頼を受けておってな」

 奥方と使用人の表情が一瞬こわばったのを見て取ったアルバルクは、隙間女に聞いた。

「なあおい、アヤカシ的に見たこの人間二人への見解を聞こうかい」

「…似た者同士よ…まあでも…男の方が少しは頭を使ってるかもね……」

 くぐもった声を発している隙間女を、エルディンが見返り、指さす。

「アレには実体がなく、物理的に何かをするのは不可能であることは知ってます。その証拠に返り血が付いてないでしょう? あと、アレはかなりレベルのアヤカシです。人語話すでしょう? なのに私達が来るまで皆さんはどうして無事でいられますか? アレに人を殺めることができるなら、とうに全員殺されてます」

 視線を窓に向けたまま、伏路がうそぶく。

「で、この場で血化粧をしておるのは一体どなたかのう? というか、先程宿の台帳を見せてもろうたに、登録されておるのはそこの旦那殿と奥殿二人だけであったのだが…夫婦で取った宿に若い男がいるのはどういうわけかの?」

 和奏は考える。犯人がアヤカシの時、人間の時…経験してきているそれぞれのケースを基にして。
 アヤカシが人を襲うのは大体食べる為だから、こんなふうに死体が手付かずで残っているなど――非常に稀。

(何より…お食事タイムに闖入して襲われずに済んだのですねぇ…一般人が…)

 使用人が突然、たいそうな剣幕で怒鳴り始めた。

「なんだよさっきからお前ら! 俺を疑ってんのか! 俺は旦那様の世話のために、後からここに呼ばれたんだ! おかしくねえだろうが!」

「そ、そうですわ! この人は主人のお世話係ですのよ。邪推は止してくださいまし!」

 逆上しかけている彼らに向かい、アルバルクが宥めかける。

「まあまあ、そう興奮しなさんな。俺もあんたらの見解に間違いはないと思うよ。だが、まず言えることはそうだな……こいつで殴って殺すなんて事は、人間でも出来るって事がまず一点。アヤカシって事を抜きにしても、証言に矛盾がまだ見えねえのがもう一点。これが有る限り、なかなか犯行を確定出来ねえんだよ…因みに俺は被害者でもアヤカシの味方でもねえよ。金払いのいい依頼人の味方だ」

『よっ守銭奴ー』

 気のない拍手をリプスが送る中彼は、仲間に目配せした。

「…まあ、お二人ともお疲れのようだからな。しばらく別室で休んでいていただこうじゃねえか」



「えっ。旦那様が」

「はい、宿泊先でお亡くなりになられまして。ひとまず私、その件をお伝えに来たのです」

 Kyrie(ib5916)は、通されている応接間をざっと見回した。
 天儀渡りの漆器だの、泰国渡りの磁器だの、アル=カマル渡りの絨毯。統一性はないが、高価な調度品が揃っている。なかなかの資産家であるもよう。

「あ、あの、一体何故…」

「事件に巻き込まれまして…お気の毒なことに」

「まあ!」

「気を確かにお持ちください。厄介なことに」

 いったん言葉を切り、アヤカシという単語を引っ込める。それを出した途端、話を聞いている家僕に『犯人はそれ』という先入観が働くかもしれないと思ったからだ。

「…物取りとおぼしき第一容疑者と同時に、現場におられた奥様と使用人の方にも、嫌疑がかかっているのです。参考までにと聴取を受けている段階ではあるのですが…」

 そこまで言ったとき、相手が妙な顔をした。

「何か?」

「…いえ、使用人とは誰のことでしょうか? こ度の国内旅行は夫婦水入らずということで…お屋敷の誰も同行してはいないのですが。第一ホテルにお泊まりですから、私ども召し使いがおらずとも、身の回りのことに不自由はしないからと、奥様も旦那様もおっしゃられまして…」

 早速話がおかしくなってきた。
 疑いを確信へ切り替える彼は、ギルドから聞かされた若い男の名を述べる。

「ハンフリーという方なのですが…御存じないのですか?」

「いいえ、ハンフリーという名のものはうちにはおりません」

「…では、若い男の使用人のうちどなたか、今屋敷におられないという方は」

「それも…あっ」

「どうされました? なにか心当たりが?」

「いえその…最近暇を出されたものはいます…1人…」



 召し使いと主人を同格に扱うわけに行かないという口実をつけ、奥方と使用人は、それぞれ別の部屋に隔離された。



 扇で顔を仰いでいる奥方へ、シーラが問いかける。

「とりあえず確認を取りたいのですが、あのアヤカシはクローゼットを開けようとした旦那様を襲ったんですね?」

「そうよ。何度言わせるの!」

 壁際で聞いていたエリカが首を傾げた。

「何故後頭部がめった打ちなんです? クローゼットを開けて出合い頭に食らうなら、前頭部をやられるはずですが」

 ロータスがへらへらと割り込んだ。

「やだなあエリカさん、それはもちろん方向変えて逃げようとしたところをやられたからに決まっているじゃないですか。そうですよねマダム」

「そ、そうですわ。主人は逃げようとしたところを後ろから襲われたんですの!」

(話を変えてきているわね)

 胸中呟くシーラは、更に核心へと突っ込んで行く。

「…燭台はクローゼットから離れた暖炉の上に備え付けてあるものですが…アヤカシは最初素手で殴ってその後燭台を取りに部屋を横切り反対側まで行ってまた戻ってきて止めをさしたということですか、奥様?」

「そうですわ。ええ、その通り!」



「クローゼットから出てきたアヤカシが亭主を追いかけてきて、暖炉から燭台を取って殴ったとな? 近くのテーブルに灰皿だのゴブレットだのいくらでも凶器になりそうなものがあるのに、わざわざそれを選んだと? 非効率な話じゃのー。なぜそんなことをしたのかの?」

「アヤカシの考えることなんか分かるわけねえだろ! 応戦するだけで必死だったんだ! 詳しいことは奥様に聞けよ!」

 伏路を前に使用人は、語気を強くする一方だ。
 その様子に半眼を向けたアルバルクは、隣にいる露羽に耳打ちした。

「…こりゃ共犯者であったとしても絶対的な関係じゃねえ。ちょいと負の感情が高まれば、一気に相手を切り捨てることもあるかもしれねえ」

 露羽が頷き、端正な顔に艶っぽい笑みをたたえ、使用人に近づく。

「どうかもう少しお付き合いくださいませ。アヤカシの仕業だと確定するまでに、時間がかかっているだけのことですから」

 彼女、いや彼の物腰に影響されたらしい。相手は態度を軟化させた。

「いや、まあ…そういうことならいいですけど…分かってくださいよ、僕らも大変な思いをしてて…」

 露羽を100%女性と思っていることは、疑いようもない



 遺体の上にかかる布をつまんで持ち上げ和奏は、じっくり傷口を観察する。間違いなく爪や牙ではなく、あの燭台によってつけられたものだ。

「不必要に殴打されてますね…」

 彼の見立てに、警邏隊長の顎が引かれた。

「少なくともプロの仕事ではないですな」

 露羽は黒霧丸に匂いを辿らせ、事件当時の奥方及び使用人の動きを辿らせている。

(足取りは、このソファ周辺からクローゼットに向かっている…その逆ではない)

 中書令は『ド・マリニー』を片手に、透間女へ最終確認。

「あの人が殺されたのは、大体何時間前ですか?」

「…4時間ほど前かしらね……」

 わざわざ質問に答えるとは実際変なアヤカシ。
 思ってのんきに眺めるパウロは、主人が「おお」と声を上げたので、そちらに歩いていく。

「どうしたでふか」

 被害者と関係者の荷物を警邏隊とともに漁っていたエルディンは、指の間に券を挟んで見せてきた。

「むー。飛空船アル=カマル便のチケットでふな」

「奥様の鞄から2枚出てきたのですよ。奥様の名はそのままですが、後のは、『チャールズ』となってますね」

「誰もふ? あの男の人の名前じゃないもふ」

 ちょうどそこで、Kyrieが部屋に入ってきた。

「遅れまして申し訳ありません、皆さん。聞き込みが少し長引きまして」

「おお、これはKyrie殿。何か分かりましたか?」

「ええ…ひとまずこのくらいは」

 彼は現場検証をしている一同に、メモを見せる。

『屋敷の元使用人にロバートという者がいる。夫人に馴れ馴れしくしているところを、屋敷の人間がこれまでに何度か見ている。主人はつい最近それに気づき、彼を首にした』

『ロバートと夫人らしき人物が2人でバーなど遊興施設にいたこともある。その際使用人は店に対し偽名を使っていた『ハンフリー』『チャールズ』等。恐らく素性がばれないため』

『今回の旅行は夫人が、主人に、もう喧嘩は止めようと言い出して実現したもの。主人はこの旅行の後に、天儀の取引関係者と商談をする予定を入れていた』



 琵琶『青山』の奏でる音色により、部屋に人影が浮かび上がる。それは全て、過去に起きた事柄。時間にして、ほんの5分。
 隙間女の影響があるのか時折輪郭が乱れたり消えたりすることもあったが、次のことだけは誰の目にもはっきり見えた。

 ソファに座って酒を飲みうつらうつらしている主人の後ろに、燭台を手にした若い男が移動してきて、めった打ちにする。
 それを止めもせず助けを呼ぶでもなく、奥さんが見ている。満足げな表情で。

「…これは精霊の力を借りたまっとうな術です。見えているのは実際に起きたこと…間違いありません」

 中書令の言葉を警邏隊が無言で聞いている。
 当の奥方と使用人の顔は蒼白だ。

「ダメですよ? 私利私欲で人を殺めては。あ、暗殺も行うシノビの私が言う事ではなかったですね…?」

「…ご遺体の扱いと、お葬式の手配はどうされます?…ずいぶん急いでいる様子ですけど、どうかされましたか?…ご旅行に…ご身内に不幸があったのですから、もちろんキャンセルされますよね?」

 露羽と和奏のやんわりした皮肉に、使用人の拳がぶるぶる震える。
 アルバルクはその手を、ぱしっと掴んだ。

「若いの。変なことは考えない方がいいぜ。事が起きたら一瞬でミンチだぜ。ここにいるのは手練ればかりだからな」

 奥方が忙しく扇を使う。

「か、彼はアヤカシに操られていたんですのよ。そうですわ、アヤカシに…」

 一向に動かない透間女に手を近づけ、素通りするのを確かめたシーラは、にっこりする。

「奥様、先程とおっしゃっていることがまた変わっていますけど」

 露羽は、より動揺していると見える男側に働きかけた。

「何かやむにやまれぬご事情があられたなら、今のうちに言ってみてください。事情酌量と言うことなら、立場の弱い方により多くつきますから」

 奥方の細い眉が吊り上がった。

「なんですのあなた! まるで私たちを犯罪者のように…アヤカシのせいだと」

 そこで使用人が突然キレた。

「いい加減にしろよクソババア! 頭悪い言い訳してんじゃねえよ! 俺の立場が悪くなるだろ!」

 彼はおどおどした目を露羽に向け、追従を浮かべる。

「なあ、違うんだ。俺はこの女に頼まれてやっただけなんだ。主犯はこの女なんだよ! 俺は立場上やむを得ずやらされただけなんだ!」

「なっ…いきなり何を言うのあなた、私はあなたのために…これまで面倒を見てきてあげたじゃないの!」

「うるせえババア! 何が俺のためだ、てめえのせいで俺はここまで巻き込まれたんじゃねえか!」

 中書令はため息をつき、首を振る。そして琴をかき鳴らす。

「お二人とも、少し頭を冷やしてください」

 強烈な眠気に襲われ、奥方と使用人が倒れた。鼎が手早く荒縄で拘束する。
 伏路がぽんぽんと、警邏隊長の背を叩いた。

「警邏隊長殿、こたびの件、犯人はどちらでもかまわんと思わんか。残念だが死者は帰らん、結果は同じだ。アヤカシならわしらの仕事だが違うなら警邏の手柄だ。隙間から追い出すは元より業務の外であろ? ここまでご足労いただいたのだ、土産を持って帰られるがよろしかろう…いやいや、わしは退治に来ただけの善意の第三者だとも。どちらが怪しいかなど、そのご慧眼なら自明と思われますがのう」

 エルディンは聖教会のしきたり通り、指で宙に聖印を描く。

「主よ、罪多きものにも慈悲を」



 月並みな醜い内輪もめを演じた後、奥方と使用人は豚箱に連れて行かれました。
 このままここが呪われた部屋となればさぞ住み心地がよくなるだろう――そう思ったのですが開拓者たちがまたいらんことをし始めました。
 血痕は掃除で消してしまうし浄化はするしもふらは団子食いながら鳴くし。

「もっふも〜ふ、もふもふ〜♪」

 本当にもうイッライラきます。

「はーい、パンケーキとオレイエット出来たわよ。ありあわせの材料だから、簡単なもので申し訳ないけれどね」

「わあ、おいしそうですね…ありがたくいただきます」

 菓子屋の女騎士がお菓子作りなぞして、志士に渡しています。
 こちら匂いで胸がむかついてきます。

「エルディンの、ちょっといいとっこ、見てみったい。あそれ一気、一気、一気」

「いやー、ききますねヴォトカは」

「お嬢ちゃんも神父さんもいける口だなー」

「ええ、エリカさんはウワバミですから。でもそろそろ潰れますね」

 単細胞な女騎士と神父とヒゲが盛り上がって酒盛りなぞしていやがります。迷惑だというのが分からないのでしょうか。

「実は私、新婚ホヤホヤでして。妻は毎日私にキスをして送り出してくれるのですよ」

「へえー、そうかい。うらやましいねえ」

 あの男巫女、首もとのキスマークなぞさらけ出し、先程から惚気たおしです。

「ああ…今日も帰ったら抱きしめたい…本当に可愛い「男の子」なんですよ♪ ええ♪」

「…へ、へえ…そうかい…」

 ヒゲが引いた模様です。
 しかしその程度ではこの浮き上がった空気を沈下させるに至りません。あの吟遊詩人がずーと、引っ切りなし歌っているし。
 どこまで嫌がらせするんでしょうこいつらは。

「皆さん、花札しませんか?」

「いいわねー。あ、そういえば伏路がいないわね」

「あいつなら帰ったぞ。血を見るのが苦手だそうだ――あ、おい」

 単細胞の女騎士が引っ繰り返りました。
 部外者のニートがそれを担いで出て行きます。

「じゃあ僕はこれで。この位の状態にならないと彼女、なかなか悪戯させてくれませんで…」

 これからなんかする気みたいですが、どうでもいいです。
 あの踊ってるシノビ、歌とともに非常に神経に障ります。

「もっふも〜ふ、もふもふ〜♪」

「ウオーン。クーン」

 からくりと猫と人妖の手拍子に、もふらと犬の鳴き声が加わりました。
 だからうるさいというのに。

『ちょっと、なんかすごいラップ音鳴ってるよー』

「気にすんなー、リプス」

 気にしろや。

「いいからこの陰気くさい部屋の壁なり床なり張替えてろい」

『うーわー…うーわー…いいもん後で踊るし』

 羽妖精に踊られると光の鱗粉が飛んで非常に不愉快なんですが。

「おお、このびりびりした窓の震え。丁度いいですね。ひとつ最新曲を披露致しましょう」

 男巫女までも歌い始めました。

「殺戮の嬌声は虚ろな花園に響く…漆黒の闇を翔る純白の翼は子羊の喉を切り裂き…あふれ出る深紅は無垢な瞳を濡らす…」

 歌詞は薄暗いのに周囲が騒がしいせいで全然陰気が戻りません。
 どうやらここも私にとって安住の地となり得ないようです。
 仕方ない。撤退しましょう…。




 でも覚えていろよお前ら。

 この返礼は

 そのうち

 必ずどこかでしてやる…。