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■オープニング本文 その日エリカは求婚者であるロータスから誘いを受けた――葬式の。 「いやー、実はフランツおじさん、先日亡くなりましてね」 「えっ!? フランツおじさんって…こないだ散々もめて70歳差の花嫁と結婚したあの人?」 「ええ、その人」 エリカは、自身が出席した結婚式の様子を思い出す。 フランツ老は確かに体が相当弱っているみたいだったが、まだ言うこともちゃんとして頭もはっきりしていた。だから、あと何年かは大丈夫なように思えていたのだ。 それがこうもあっさり。 人間の運命なんて、分からないものである。 「いやはや、眠るがごとき大往生って、ああいうのいうんですねえ。朝になっても目を覚まさないからどうしたんだろうってなって見に行ったら、お亡くなりになってたという」 「…目まぐるしい晩年だったわね…」 「全く。でも充実してましたからね、いい人生だったと言うべきでしょう。というわけであなたもお葬式に出席されませんか? 花嫁さん騒動の件で、関わりがないわけでもありませんし」 「そうね…構わないわよ。お悔やみごとだしね。それにしてもねえ…ちょっと前まで元気そうだったのに」 首を捻り続ける彼女に、相棒もふらはもふふふと笑う。 「元気な人ほどポックリいっちゃうものでち。さしずめご主人たまもその口でちな」 「黙りなさいスーちゃん」 ● 風通しのいい日の当たる丘は、一等墓地。貴族やお金持ちが眠る場所。 大きな墓石や墓碑がたっぷり間を取って据えられ、芝生や花などの手入れも行き届いている。ちょっとしたピクニックにも使えそうだ。 しかし今そこは、喧騒に包まれていた。 「ぎゃあああ! 出たー!」 「ご先祖様、ご先祖様がご乱心をー!」 無数の骸骨が墓石の下から出てきて、好き勝手に動き回っている。 カタカタ歯を鳴らしてみたり、骨同士チェスをしてみたり、骨同士喧嘩してみたり、寝そべってタバコをふかしてみたり、お墓参りにきた若い女性を追いかけたりと、白昼堂々百花繚乱な動き。 フランツを入れた棺を担ぎ埋葬にやってきた面々は、ひとまず墓地の入り口で足踏み状態となる。 喪服を着たエリカはベールを押し上げ、渋い顔だ。 「…あれを片付けないと埋められないということ?」 帽子のつばに手をかけたロータスは、肩をすくめた。 「みたいです。なんだかあなたといると、色んなことが起きますね」 「ちょっと、私が問題を起こしてるわけじゃないんだからね」 「ええ、分かってますよ。あなたが問題を引き起こしてるんじゃなくて、問題のある場所に自ら飛び込んでるだけだとは」 喪主を務めている若妻マノンはのんびり困り顔をしている。 「どうしましょうねえ…皆さんお話したら戻っていただけないかしら」 その隣にいる彼女の恋人というか愛人というかそんな立場のグルーは、ため息をついた。 「アヤカシに道理は通じないよ…キミにもだけどさ…」 |
■参加者一覧
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
アン・ヌール(ib6883)
10歳・女・ジ
鴉乃宮 千理(ib9782)
21歳・女・武
戸隠 菫(ib9794)
19歳・女・武 |
■リプレイ本文 「ホネホネさんがいっぱいだね!」 瘴気に取り付かれた屍が暴れていると聞き、すわ大変とやってきてみたのだが――ついてみれば意外と楽しそう。 追いかけられている女性の姿がちらちら見えるが、とって食おうというのでもなさそうだ。お胸やお尻にタッチしているあたりからするに単なる痴漢である。 不謹慎ながらリィムナ・ピサレット(ib5201)は、なんだか楽しくなってきた。 「ホーネホネロッ…」 つい歌いかけたが、げふげふ息を吐いて中止する。アン・ヌール(ib6883)が花輪のかけられたお棺の脇で、悲しみにくれていたので。 「フランツおじー様、早すぎるのだよ……」 「何だ、アンはこのじーさんと知り合いなのか?」 ルオウ(ia2445)の問いかけに彼女は、くくうと男泣きをした。 「俺様が知り合ったのはつい最近で、ほんのちょっとの間だったけどさ? やっぱり、寂しいのだよ!」 鼻をすする彼女に、マノンがそっとハンカチを差し出す。 「アンさん、そんなに泣かないで。フランツ様はあなたが来てくれたことを喜んでいるわ。子供好きな方だったから」 「うう、かたじけないのだよマノン様…」 マルカ・アルフォレスタ(ib4596)もアンと一緒で、依頼とお悔やみを兼ねこの場に来ている。 とはいえ『ロータスの伯父上様』が亡くなられたからということでの参加であり、故人を直に知っているわけではない。だからこのような関係者の声というのは興味深い。 墓地に群れ集うご先祖様たちを眺めロータスが、くすくす笑う。 「生前は一族郎党手こずらされまして。まあでも、僕は好きでしたね。何かとお世話になってましたから。それにしても最後まですんなりとはいかないんですねえ。全く、こんなの見るのは初めてですよ」 「とんだ騒ぎになりましたわね。ロータス様ではありませんが、エリカ様の行く所に事件あり、でしょうか?」 「だから私のせいにしないでよ…まあ、とにかくこっちにまで瘴気が飛び火するとアレだから、もっと離れた方がよさそうね」 「ですわね。皆様、お下がりくださいませ。わたくし達が沈めますのでご安心ください――ロータス様、後の状況説明等はお任せしますわ」 「はいはい」 葬列は後退していく。 鴉乃宮 千理(ib9782)は『玄武錫杖』で笠を持ち上げ、渋い表情を見せた。 困ったことに骸骨たちはアヤカシ(になりかけ)であると同時に遺骨。なれば気軽に攻撃するわけにいかない。 「やれやれ、骨を折ってはならぬとは難しい。武僧の奥義には瘴気のみ滅する術があるんじゃが我はまだまだその道に至らぬでな」 現在骸骨は生きているみたいに動いているが、ああやって手足が繋がっているのもいわば瘴気のおかげ。それがなくなれば途端に支えを失い、崩壊する恐れがある。 「服着てる奴が多いから、全部一気にバラバラにはならねえだろうけどなあ…」 勝手のつかめなさに悩むルオウは、はたと変なことが気にかかってきた。 「…あれ? でも他の骸骨も遺骨なの、か? でもでも人間の何倍もでかい奴もいたよな、あれってどうなんだろう?」 取り付き型と発生型の違いの分かりにくさに頭を悩ませる彼を尻目に、骸骨たちは勝手に動き、騒いでいる。 戸隠 菫(ib9794)は痛感する。常日頃敬うご先祖様といえど、起きられると大迷惑だと。 「うーん、もう一度寝てもらわないと困るよねえ…原因は瘴気だよね、やっぱり」 後のことを考えるに、個々人の特定は必須だ。服やアクセサリを身に着けているものが多いが、出てくるときに脱げ落ちたのかどうなのか、裸(というのもなんか妙だけれど)で動いているのもいる。 「…手分けして色やデザイン違いのリボンを何とか結びつけて…観察するしかないよね、はあ」 「うむ。こちらは志体持ち。ただ走るだけなら追いつける自信は十分にあるのう」 気を取り直した千理は、ルオウの頭に手を置く。 「ま、これも試練じゃ。善処致そう。ルオウ、汝、我と組んでくれんか。引き付け役として」 「おういいぜ。傷つけないようにって依頼だから俺は攻撃は控える。他に手段ある奴いるんだし、処理はそっちに任せるぜい」 ● 一体一体の仕草や特徴を詳細にメモして行くのは、マルカとリィムナ。 「えーと、寝てる1番さん、タバコ吸ってる2番さん…」 「あ、寝ておられるのはコクラン家の方ですね。タバコを吸っておられるのは、サンテーズ家だと思います」 「紋章見ただけでそんなにすぐ分かるんだ! すごいなー、貴族って」 「いえ、たいしたことではないですよ。お付き合い上、どうしても覚えなくてはならないのです。間違えますと大変失礼に当たりますので…あそこでチェスをされておられますのは、トマス家の方とチェンボロー家の方ですわね…」 あれこれ特徴を書き留めつつ、目印のない者にマフラーをかけたり帽子を被せたり。 その作業の途中で彼女らは2人連れの骸骨を発見した。 手を繋ぎ寄り添い見るからにラブラブな様子だが――双方身につけているのが紳士服。 マルカは声を潜め、頬赤らめる。 「まぁ、あの方こんなご趣味がおありになったのですね」 「誰々? あの人たち誰なの? 教えて教えてとても気になるよ!」 ともあれこのような大人しいものは判別しやすい。問題はそうでない連中だ。 たとえばこんなふうに、顎を鳴らしながら威勢よく殴り合い、お互いの頭や腕を落とし回収したりしているもの。 赤と青のリボンを手にした菫は結び付けるタイミングが掴めないまま、エリカに聞く。 「きみ、この2人どこの人だか分かる?」 「モンタギューとキャピュレットだと思うんだけどねえ…でもどっちがどっちかわかんないわこれじゃあ。服がほとんどなくなってるもの」 確かに骸骨たちが身につけているのは布切れだけとなっていた。ケンカの揚げ句こうなったもののようだ。 「後でお家の人に確認してもらうしかないか」 「そうね。私押さえるから、その間にリボン結んでくれる?」 「了解」 腕まくりをして挑んだ数秒後。エリカは怒鳴っていた。 「暴れるなー! あんたたちは止めてる人間をなんで噛むのよ!」 「エリカさんそのまま、そのままもうちょっと頑張ってー!」 アンは待ちの一手である葬列一行の護衛。墓地からふらふらさ迷い出そうな骸骨たちを警戒している。 目下一番気掛かりなのが痴漢骸骨。先程若い女性から振り切られたかと思いきやこっちに寄ってきた。 ロータスの口から、思わずといった具合の呟きが発される。 「あ。あの紋章うちの」 彼の妹は舌打ちした。 「全くとんだ大恥ですわ」 とにもかくにもこの骸骨、ブルク家のご先祖様らしい。 であるならば――魂ではなく瘴気が故人の記憶をなぞっているだけっぽいが、それでも――子孫の妨害なんてしないでくれるんじゃないか。 かような淡い期待を抱き、アンが話しかける。 「フランツお爺様を、ちゃんと眠らせて欲しいのだよ?」 だがすぐ無駄だと悟った。 ハート型になっている骸骨の目は子孫であるフランツ爺様のお棺など全然見ていない。マノンを見ている。 「あら、フランツ様のご先祖様ですか。これはこれは初めまして…」 「マノン様、そっちいっちゃだめーーーーー!」 危なっかしく挨拶している彼女の前に入るアンは、ぴしっと地面に『ニードルウィップ』を振るって、骨を追い払いにかかる。 「こっちには、手を出させないのだよ」 恋人の沽券にかけて、グルーも立ちはだかった。 「やめろ! もうこれ以上僕のマノンに誰も決して金輪際手は出させないぞ!」 死者と生者の間にみなぎる緊張感。 ルオウが加勢として後方から、注意を引きにかかる。 「こっち、だーーー!」 ご先祖は振り向いた。しかしすぐ元に戻した。 今度は菫が声をかける。 「こっちだよー♪」 ご先祖は振り向いた。 菫がウインクと投げキッスをしたのでクルッと向きを変え、そちらにカタカタ走って行く。 「分かりやすい御仁よのう」 感慨深げに頷く千理は荒縄を手に、わらわら集まってくる骸骨たちに向かう。 ● 「さて、一通り調べ終わりましたね」 手帳を閉じたマルカは、『グラーシーザ』を手に取った。 「そーそー。こっちだこっちー。おっと、そいつは近すぎだぜ!」 「やれ、賑やかなことよのう、ほれほれ、鬼さんこちら、手のなる方へ」 「なんなのこのエロ骸骨は! 離れなさいよ!」 「エリカさんもうちょっとそのままでいてー! 縄かけるからー!」 向こうのルオウたちほど多くを集めることは出来そうにないが、挑発もまた引き付けの役には立つはず。 応じてくれそうな人はいる。先程見て回った際、目星はつけておいた。 古びた甲冑に身を固めた数体――鎧を着せて埋葬されていたと見える。いかにも武人といった様相だ。その前にすっと立ち塞がり剣の切っ先を突き付ける。 「名のあるお方とお見受け致しますが…ひとつお手合わせ願えますか?」 甲冑骸骨たちは錆びた剣の柄を握り、じりじり近づいてきた。 「見てると楽しいけど、また眠りについてもらわないと♪」 適度な距離まで寄ってきたところを見計らい、リィムナは、『ヒーリングミスト』を口に当てる。 穏やかな、まどろみを誘うメロディが流れ始めた。 骸骨がぐらり揺れ、カタンカタンと倒れる。それをマルカと協力し、前以て敷いていた茣蓙の上に運ぶ。 今度はまた別の曲を奏でる。先程とは打って変わって、沈鬱な重々しいもの。それが終わるか終わらないかのうちに瘴気が解け、繋がりが外れた。 黒い煙が髑髏の口から立ちのぼり、ふっと消える。 バイバイとリィムナが手を振った。 「おやすみ、ホネホネさんたち!」 千理は最後のまとめに取り掛かっていた。 菫の投げ縄が取り漏らしたのを、まとめて足止めする。 『団体さんら、ご案内じゃ』 『玄武錫杖』で羽のごとき精霊の姿を具現化させ、骸骨たちを包み込むように牽制した。 死者を冒涜するアヤカシは憎いが、遺体に罪は無い。その思いを胸にして彼女は、あくまでも慈悲深く、傷つけぬよう足止めする。 リィムナが駆けてきた。 「お待たせしましたー。それでは『精霊の聖歌』、いくよ!」 奏でる曲は明るく軽快だった。寝ても跳ね起きたくなるような、じっとしていられなくなるような。 骸骨たちは次々支えを失い、膝から落ちて行く。 捕獲されていたブルク家のご先祖もご同様、がちゃんとその場に倒れてしまった。 アンはそれを見て、ほっと一息。 「おお、よかったのだよ…それにしてもあれ、本当にフランツ様のご先祖様なのだよロータス様?」 「どこの家系にも世代毎に一人はいますからねえ、困った人が」 「その台詞はあんたが言うと全然笑えないわね。遺骨回収しなさいよ。ご先祖なんでしょう」 ベールも脱げ憤慨して戻ってきたエリカに、ロータスは即連れて行かれた。 ところで骸骨にはまだ打ち漏らしがいる。主にルオウの声に反応しなかった分だ。喧嘩しっぱなしのとあやしい恋人たちと、遠くまでさまよっていて呼びかけが聞こえなかった奴。 マルカと菫が組んでそれらを回収にかかった。 リィムナはトランス状態がまだはっきり覚めてないので、休んでいる。 「お二人様いい加減にしてくださいまし!」 赤いリボンと青いリボン肋骨に結ばれた骸骨たちの間は、マルカが、当たらぬよう剣を突き入れ注意を向けさせる。 骸骨の動きが止まった隙に菫は素早く呪を唱え、手のひらを骸骨たちの頭蓋に押し付けた。 「喝!」 それぞれの骸骨の口から瘴気の塊がぽーんと飛び出す。 その1つをマルカが、精霊を宿した剣でなぎ払う。 もう1つを菫が浄化する。白く輝く両手となって現出した精霊が、瘴気をぱんと叩き潰した。 終了を見届け彼女らは、早速次に向かう。 「申し訳ありませんがそこの方、少しお話がー」 「ごめんねー、ラブラブしてるところ非常に悪いんだけどー」 ● 静かになった墓地では大勢の人が、ご先祖の組直しをしている。 「ええと、この骨がこっちで」 「おい、それ左右が違うんじゃないか」 服やリボンの目印や、札や、メモといったものがあったので、取り違えはされずにすんでいるが、手足の先等細かい部位が散らばってしまったものが多かった。修復作業は簡単でない。 手伝いに忙しい千理と菫は、首をひねる。 「まあ、全員身元が判明したのはよいことじゃが、うーむ、最早パズルじゃのう。この欠片がはまるのはどこじゃいな」 「一応、僧侶なんだし、これも務めなんだけどねー。……いつ終わるのこれ……」 マルカはリィムナと協力し、やっと終わった一体の柩の蓋を閉めるところ。 「ここに、マルカの家のお墓もあるの?」 「ええ。幸い我が家の者は蘇らなかったようですが…骨でもいいから両親に会ってみたかったですね」 ふと漏れたその言葉は、多少の本音を含んでいた。直後にこう付け加えはしたものの。 「もちろん、冗談ですわ」 ルオウも無論手伝っているが、再現作業ははかばかしくない。 この喧嘩していた骸骨同士、端々の骨が交ざって崩れたのである。おまけにお互いの家族も仲が悪く、揉めに揉めている。 「それはうちのご先祖の右親指の骨だ!」 「いいや、うちのご先祖の右親指の骨だ!」 (頭があってるなら指くらいどっちでも…まあ、そういうわけにもいかねーか…) 最終的に全て片付いた頃には日が暮れかけていた。 朗々と鎮魂歌が歌われる。リィムナの伴奏つきで。 海行くとも 山行くとも わが霊の休み いずこにか得ん… それが行われている間、千理は手を合わせ続けていた。宗旨こそ違え、慰霊の意をあらわさんと。 風に溶けるように鎮魂歌が絶えた後、リィムナは一転、明るいメロディを奏でる。瘴気の陰りを拭うため。 フランツの埋葬も行われた。 墓穴に棺を降ろし、列席者が一握りずつ土をかけて行く。 マルカとアンもそれに参加した。 一巡して終わった後、墓掘り人が改めて埋めていく。 お棺はたちまち見えなくなった。 アンが鼻をすする。 「フランツおじー様、真っすぐ天国へ行ってほしいのだよ」 マノンが彼女の手に献花を手渡す。墓に捧げる真白の百合を。 「行かれるわよ、よい方だったから」 千理を見習い合掌していた菫が、ふと微笑んだ。 「フランツさん、思う存分生きられて良かったじゃない、うん。幸せに一生を終えられる事ほど素晴らしい事は無いよね」 ルオウは空を仰ぐ。慣れない儀式の傍観者として。 「かもなー」 |