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■オープニング本文 ●隙間の人。 皆さんおはようございます。あるいはこんにちは。もしくは今晩は。 私は私がいつ生まれたのか正確な所を知りませんが、とりあえず気がついたら隙間にいました。年は多分300を越えているはずです。 これまで様々な隙間を渡り歩いてきましたが、現在の隙間はかなり優良物件だと思います。じめっとして暗くて掃除が行き届いていなくて埃だらけで落ち着きます。 「…あらあなた、帰ってきたの。早いのね」 「…早けりゃ悪いか」 「いいえ、別に。でも、今日も遅いものと思ってご飯作ってなかったわよ」 「あ? なんだそれ」 このぎすぎすした会話。耳に心地よすぎて寝てしまいそうです。 食器が飛び交いガラスが割れひっぱたく音と怒鳴る声が続いて聞こえてまいりました。 「もう我慢出来ない、私実家に帰る!」 ドアが乱暴に開けられ閉められました。 「帰れ帰れ、二度と戻ってくるなあ!」 お定まりの台詞。しかし現実になった試しがないです。 奥さんは実家の長男夫婦と折り合いが悪いのです。長居出来るわけがありません。 ご亭主も奥さんを追い出したところで後釜が来る当てもなく。 まさしく腐れ縁。このまま人生上向きになることなど絶対無いまま2人死ぬまでここで長々いがみ合ってくれることを私は希望します。なるべく長く甘い気を吸っていたいものですから…。 おや、知らず知らずのうちに笑いが漏れていたようです。ご亭主が酒に淀んだ目で辺りをきょろきょろしています。 根は臆病者のこと、一人でいるところに物音がしてきて、怖くなってきたものと見えます。その感情もまたおいしいです。 …………なんかまだ探してます。 ついでですから、ご挨拶でもしておきましょうか。 ●とある部屋の住人 おおオレは恐ろしいものを見ちまった…不気味な笑い声が聞こえてきたと思ったら、箪笥と壁の間から長い黒髪の女がズルウッと出てきたんだ。 そう、ズルウッとな。 人間じゃねえ…だってお前、壁と箪笥の隙間は5センチくらいしかないんだぞ…そこからズッルウと…ひいいい怖すぎる。 頼むあれをなんとかしてくれ。じゃないと部屋に帰れなくて荷物が持ち出せないんだ。 オレはもう嫁と別のところに引っ越すことにする。当然だろ。アヤカシが住み着いてたような部屋に居続ける気なんかしねえよ。頼まれたってお断りだ。 ●その大家。 ああ、あなたがた、よく来てくださいました。 あのですな、どうかこのアヤカシのことは他言無用にご内密に。こんな噂が広まったら次に誰も部屋を借りてくれなくなるもので、はい。 なるべく、なるべく大騒ぎにならないようお願いいたします。 ●再び隙間の人 おや、開拓者が来ました。ご亭主が呼んだようです。困ったものです。 しかし私はあくまでも居住権を主張します。 そもそも最初この部屋にいたのは私であり、あの夫婦が後から入ってきたのです。 そんじょそこらの開拓者など恐るるに足らず。居心地のいい隙間を放棄するなどもってのほかです。 剣やら銃やら使いたければ使うがいい。私には実体が無いのです。ダメージ皆無です。 ふはははは……まあその代わりこちらから攻撃することも出来ないんですけどね。 |
■参加者一覧
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
和奏(ia8807)
17歳・男・志
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂
霧雁(ib6739)
30歳・男・シ
ルース・エリコット(ic0005)
11歳・女・吟
八壁 伏路(ic0499)
18歳・男・吟
月詠 楓(ic0705)
18歳・女・志 |
■リプレイ本文 現場を前にしたルース・エリコット(ic0005)は、気後れしていた。お化け全般が苦手なのだ。 アヤカシが出没するという賃貸住宅はえらいすさみよう。窓ガラスは割れ天井にはクモの巣、流しには食器が山盛り。 とどめとして依頼主である主人と奥さんは引っ切りなし口論中。 「よろ、しくお願い…しま、す」 という彼女の声も全然聞こえていないようだ。 「大体あんたが間抜けだからこんな不良物件掴まされたのよ!」 「ふざけんなお前が掃除しないからこうなったんだろ! 誰が養ってやってると思ってんだ!」 「安月給の癖に威張るんじゃないわよ!」 不毛極まりない争いに、霧雁(ib6739)と相棒猫又ジミーが介入する。 「ご両人、腹を立てては腹が減るだけでござるよ」 「全くだぜ。まあ落ちつけや。小僧小娘じゃあんめえし」 相棒の羽妖精リプスを肩に乗せたアルバルク(ib6635)も一言。 「お互い様ってえ気持ちでいかんとな」 喧嘩が気になったのか、鬼火玉の火焔がふわふわと、夫婦の回りを飛び回る。 主人である月詠 楓(ic0705)はそれを呼び戻しつつ、とりなす。 「これ、戻りなさい火焔…とにかくお二人がそういがみ合われては、アヤカシの思う壷ですわ」 エルディン・バウアー(ib0066)と彼の相棒もふらパウロが、キラキラした笑みを浮かべた。 「その通りです。陰気など私の神々しいオーラと輝く聖職者スマイルで、見事振り払いましょう」 「神の御加護は僕らとともにあるのでふ〜」 気をそがれ言い争いが沈静化したので、鈴木 透子(ia5664)は改めて、聞き取りを行った。 「あのう、それでアヤカシのことなのですが、もう少し出現の状況を詳しく説明いただけませんか? 攻撃方法とか…後はこう、大きさとか動きの早さとかも細かく分かれば助かるのですが」 「いや…俺も素早く逃げたからあまりよく確認がとれなかったんだが、とにかくあの透き間から」 言いかけた主人は直後女みたいな悲鳴を上げ、嫁に抱き着く。 皆確かに聞いた。陰気そのものな含み笑いとぼそぼそ声を。 「…クククク…来ましたね…けど私は負けない…この人生どん詰まりなゴミため快適空間は渡さない…誰にも渡さない…ククククク…」 ルースが思わず耳を押さえ、反対側の壁まで飛びのいた。 和奏(ia8807)はおっとり驚くのみ。 「おや、先住者さんが…そんな狭くて薄暗くて湿っぽいところに居らしたら、そのうち頭からキノコが生えてしまいますよ?」 彼の相棒人妖光華は、部屋に入ってくるとき髪にクモの巣がからまったことで、いたく不機嫌になっている。 「もうっ、なんなのよ暗いし湿気るしばっちいし! 最悪ねここは!」 喋る能力があるということは、恐らくアヤカシでも上級の類い。 透子が咄嗟に蛇神の式を透き間目がけて投げ付けても、平気そうにしている。出てこない。 「クククク…そんなもの効きません…ここは私のホームグラウンド…しつこくするならお前達も貧乏にしてやる…」 「!? 侮りがたし脅威にござるな…」 「ああ、全くだ…」 真顔で汗を拭う霧雁とジミー。 「なかなかしぶとい奴だのう。こりゃ、出てこんかい」 八壁 伏路(ic0499)は『啄木鳥』と『クリスナイフ』を透き間に押し込んで追い出そうとしてみたが、効果なし。代わりにゴキブリが走り出てきてあやうく飛びつかれそうになるという、とてもいやな思いをさせられた。 このアヤカシ、非物理攻撃がなかなか効かない上実体がないという、すごく倒し難いタイプ。 大家さんからは部屋を傷つけないでと言われているから、これ以上派手なことも、ちとしづらい。 透子は頭を悩ませる。 「これ倒せないのでしょうか」 「いえいえ、そんなことはないものと思いますよ。しかし何をどうするにしても、まず環境が大事です」 言うなりエルディンは締め切っていたカーテンを開き窓を開けた。 さわやかな日が入ってくる。 「とりあえず片付けから始めるというのはいかがでしょう?」 部屋の汚れ具合に最初からむずむずしていた楓は、この意見にもろ手を挙げて賛成した。 「非常によい案ですわ!」 たすきをかけ頭を三角巾で覆い、周囲を見回す。 光が入ったことで惨状が一層はっきり確かめられる。 窓の縁とか家具の上に層を成して積もっている埃、開きっぱなしのまま折り重なっている雑誌、飲みかけの酒瓶、散乱した何かの包み紙――汚れた衣類が重なっている下にはさらに何かありそうな気配がする。 「さあ、まずはこの部屋を徹底的にお掃除いたします! てきぱきと埃ひとつも残さないよう隅々まで。でないと、わたくしが気になって仕方ありませんもの! お部屋を綺麗にすれば心もすっきり致しますよ」 それを受けルースが、ほかの窓も開け始めた。 空気の通り道が出来たお陰で風が吹き込んでくる。壁にかかる去年のカレンダーがひるがえって落ち、後ろに隠れていた手のひら大のクモが、さささと逃げ出す。 ビクっとしながらもルースは、口もとを布で覆い仮面を被り、清掃態勢に入った。 和奏は足元の障害物を避けながら、居間を出て行く。 「では自分は、ちょっと一回りしてきましょうか。修理が必要な箇所などあるかも知れませんし」 「…チッ…」 アヤカシが舌打ちしたのを耳にした伏路は、にんまりした。 「アヤカシ相手に嫌がらせか。またとない好機だのう!」 先程までのやり取りを考え合わせてみるに、こいつは清潔な場所と陽気が苦手と見える。 であるなら掃除だけで終わらせるのも勿体なし。 「のう皆、片付けが終わったら宴会でもせぬか。飲んで騒いで厄払いしようではないか」 「宴会依頼とは! 楽しみでござる!」 「…なんか違う気がするが…まあいい。うめえもんを鱈腹食うぜ!」 盛り上がる霧雁とジミー。 透子は依頼主たちに横目を向ける。 「はあ? 転居? 何で勝手にそんなこと決めてんのよ!」 「お前に聞く意味あんのかよ!」 宴会や掃除をして追い払うのには賛成だ。だがその前に奥さんと旦那さんのギスギスも解消しなければ。 「夫婦和合の術を使ってみるときなのかもしれません」 自信満満口にした言葉の正確な意味について当人は、あんまり分かっていなかった。 ● 掃除は好きではないが大掃除は別。 前者は生活の一部だが、後者は一種のイベントだ。 「掃除とぱーちーくっくっくっ、楽しみだのう」 含み笑いをする伏路は右手に花束、左手に雑巾、糊がきいたよそ行きという姿で、まとめたゴミを次々庭に引っ張り出していた。 エルディンが荒れ切った庭の雑草を刈っている。家の中だけでなく外も、という心らしい。 刈られたものは隅に一山となっていた。パウロがその上でごろごろし、暢気に歌を歌っている。 「もっふら〜、もっふら〜、もふらは元気〜♪」 伏路はそれを転がしのける。 「エルディン殿、この草もついでに燃やしてよろしいかな?」 「ええどうぞ」 和奏は畳を持ち出し、パンパン物差しで叩くのに忙しい。 「もっと力入れて、まだまだ埃が出てくるわよ」 光華は指導に忙しい。 賑わしさにご近所の方が、何事かと見に来た。 「おや、こんな時期に大掃除ですか」 「ああ、転居に付きりふぉーむ中でのう。わしらは業者のものじゃて」 適当にごまかす伏路。 屋内では楓が踏み台に上り、天井の煤落とし。掃除は上から下へ順に。さすれば二度手間にならない。火焔も口にはたきを咥え、彼女の手伝いをしている。 小柄なルースは掻き落としを住ませた部屋から床掃きと雑巾がけを行う。畳も取っ払われた床板の上を行ったり来たり。 汚れていたものがどんどんきれいになっていく様は、やっぱり気持ちがいい。 「…♪…♪…」 思わず知らず出た鼻歌に、通りがかったジミーが足を止める。 「おっ。なんてえ歌だいそりゃ」 まさか聞かれていると思わなかったので照れてしまい、もじもじ。 そこに霧雁が顔を出す。 「ジミー、ゴミの仕分けを手伝ってほしいでござる」 「えー、面倒くせえなあ。全部可燃ゴミでいいじゃねえか。そもそもそういうのは、依頼主の仕事じゃねえのか?」 「そうもいかんでござる。ただ今お二方とも夫婦和合の真っ最中でござるゆえ」 「へえ、そりゃ昼から頑張りなさることで」 窓辺に腰掛け呑気に言うアルバルクに、ちまちま窓拭きしているリプスが言う。 『おじさんもはたらくんだよーっ!?』 「うるせーなーこれが今回の俺の仕事だっつの。いいからなんかして盛り上げろい」 『妖精使い荒いよー……いいもん踊っちゃうもんね』 ● 大家さん宅の一室。 「中に夫婦仲の精霊がいらっしゃいます。交互に一人づつ入って御神体に自分の言い分を訴えて下さい。」 透子に促され入った亭主が見たのは、四隅に盛られた塩、貼られた護符、御幣つきのしめ縄。上座に鎮座まします木彫り大もふら様。 にこやかな笑みをたたえたご尊顔に向け彼は、常日頃からの思いをぶちまけた。 「あの女は俺が毎日仕事で疲れて帰って来てるのにお帰りとかご苦労様の一言もなしに、ろくに飯も作らずに、掃除もせずにごろごろと! 男に対して理解がないんです理解が!」 すぐ後入った嫁も、鬱憤をはらしまくる。 「あの男はお前は三食昼寝つきでいいなだの、楽だよなだの、脂肪つきすぎだの、何かにつけて嫌みくっつけなきゃ気が済まないんですよ! そんなんじゃこっちだって何もしてやる気が起きなくなるの当たり前でしょう!」 交替。 「主婦が主婦の役目をするのは当然至極のことじゃないか! 大体俺が言ってるのは嫌みなんかじゃないだろ、コミュニケーションの一環で…お前だって万年ヒラだの稼ぎがないのねだの髪が薄くなってきたのねだの、平気で言うだろ! 俺がどれだけあれに傷ついてると思う!」 また交替。 「傷つくのは私も一緒だってのよ! なにさ、帰ってくるなりメシフロネルしか言わないくせに! 私はあんたの召使じゃないんだからね!」 「誰も召使とか言ってないだろ!」 「言ってるも同然の態度だってのよ! 少しは感謝の態度を示してくれたって減るもんじゃないでしょう!」 御神体に訴える形を取ることで面として言いにくい事が言え、黙って待っていなければならないことで相手の言い分を聞かざるを得なくなる。 これぞお師匠様直伝、「なるようにしかならないけど手間賃は貰える」秘術。 「大体あんたが…」 「そもそもお前が…」 そろそろ双方頭が冷えてきてるはず。 頃合いを見計らい透子は、夫婦に確認を取る。 「まだ続けますか?」 ● 「いやあー、ぴかぴかになりました」 流しの食器をすべて洗い終えたエルディンは、充実感を覚えていた。 周囲にはかぐわしさが立ち込めている。こびりついていた油汚れを薔薇の石鹸で擦り倒したおかげだ。 一枚一枚丁寧にから拭きし、重ねた皿を手に食器棚へ。 「さて、整理しませんと」 引き戸を明けた途端、横に詰まった隙間女が睨んできた。 「…よくも私の住まいを魔改造したわね…呪ってやる…」 彼は全然気にせず皿を入れ込み戸を閉め、窓に向かって両手を広げる。 「おお、神よ。この清清しい今日に感謝します」 足元のパウロが耳をかく。 「神父様〜、僕、そろそろお腹がすいたでふ〜」 「おお、パウロよ。さっきオヤツを食べたばかりではありませんか」 和奏は陰干し済みの畳をはめ戻し、張り替えた襖と障子を入れ替える。 ちなみに障子には、ぺたぺた桜模様に切り抜いた紙が張ってある。伏路の仕業だ。分かりやすい形で明るく模様替えしてやろうという腹なのだ。 同じ意味を込めて、掃除の際片付けていた荷物類の上にも、華やいだ小袖がかかっている。 「ふふ、ネタが泉のごとく湧いてくるわ。あー嫌がらせサイコー!」 楓は窓辺に風鈴をくくりつけた。もうぞろ夏が近いので、かまわないだろうと。 「風鈴の音には、邪気を追い払ってくれる力が宿っていると聞きました。もう夏も近いですから、お部屋に飾ってしまってもよいかもしれませんね」 ルースはおっかなびっくり、棒に綿布をくくりつけた特別お掃除棒で、透き間周辺を掃除。 (かなりきれいになったけど、透間の人、まだいるのかな…) 特に気になるのが例のタンスと壁の間…。 「…このスペースに手を出したら…引きずり込んでやる…」 いる。絶対いる。しかもなんか恐いこと言ってる。 「なむなむなむなむ…」 効果があるのかないのかはっきりしない呪文を唱えながら、大急ぎで事をすませる。 ちょうどそのとき、依頼人夫婦が戻ってきた。 「俺が悪かったよケイコちゃん! これから真面目になるから、今度こそ仲良くやっていこうな!」 「いいえ、私こそ悪かったわタケシくん! 最初恋したときのあの気持ち…ようやく思い出せたわ!」 ギスギス転じてベタベタ。 あまりの変容に目を見張る人々。透子もいささか戸惑った様子である。 「なんだか、大もふら様すごく御利益あったみたいで…」 アヤカシに嫌がらせをするためやってきているのだと心得、伏路もそうそう騒がない。多少のことでは怒らない。 「まあ、仲のよいものは大いにいちゃついてくれ」 見えないように小さく壁を殴るだけにしておく。 その途端、透き間からうれしげな声が。 「…ふふふ…ご都合展開を妬むがいい…ふふふふ…」 我に返った彼は風を作り、部屋中に吹かせた。もちろん透き間目がけても。埃が散らされ、屋内の空気が澄んでくる。さすればギリギリ歯噛みが聞こえてきたので、ちょっとすっきり。 輝く笑顔を浮かべエルディンが手を叩く。 「さあさ、皆様、飾り付けを致しましょう」 ● 大振りの花瓶に野の花を詰め、テーブルにセッティング。 洗いたてのカーテンは色を取り戻し軽快に揺れている。 食べ物は寿司の折詰、重箱弁当、パンプキンパイ、桜のもふら餅。兎月庵の白大福、麦芽水飴等。 飲み物は葡萄酒、発泡酒、天儀酒、ヴォトカなどなど――アルコール類が充実している。 透子、ルース、楓、それに光華、リプス、ついでに依頼主の奥さんといった女性メンバーの髪には、薔薇の花があしらわれている。 「そいじゃ、遠慮なく騒がせて貰おうぜ」 アルバルクが宣言した後、紋付き袴の霧雁とジミーが登場。 「おめでとうございま〜す!」 「いつもより多く回しております!」 霧雁がばっと傘を広げ、ジミーが上に乗り回る。正月の寄席位にテンションが高い。 「て、天儀…の、みたらし…という御団子…を」 ルースはみたらし団子を皿に盛る。他の食べ物と味が交ざってはいけないので、間に紙の仕切りをおく。 その間楓が七輪で沸かしたお湯で、緑茶と紅茶を人数分入れていく。 「『おもてなしの心は和の心』わたくし、張り切っておもてなしを致しますわ!」 光華は早速もふら餅に手をつけている。もふらのパウロはすでにみたらし団子をモグモグやっている。 「ね〜ね〜僕ね、神父様のこと、だ〜い好きでふ!」 「ええ、もちろん私もパウロのこと、大好きですよ」 「僕、神父様を尊敬しているでふ。神父様みたいにかっこよくなりたいでふ」 「もちろんなれますとも」 相棒と主人、愛の劇場が繰り広げられるところ、「…チッ…」とまた舌打ちがした。無論透き間から。 手持ちの酒を飲みつつ霧雁が覗いてみると、彼女は実に恨めしそうな顔であった。 「隙間の人も一杯どうでござるか?」 目が血走り、長い黒髪もざわざわしている。 「…よくも最悪な環境にしてくれたわね…とんでもなく気分が悪いわ…」 その言葉を聞きとがめ、和奏が言う。あくまでも悪意なく。 「それなら、そうと言ってくだされば…ささ、こちらの風通しがよくてお日さまの当たる明るいところへどうぞ。お座布団も陽にあてたばかりでふかふかですよ〜」 楓も参戦。 「国外のお茶会はあまり詳しくないのですが、紅茶もご用意して参りましたので。よろしければお弁当もいかがですか? 遠慮は御座いません」 もれなく伏路も。 「飴ちゃん食うか?」 とか言いつつ差し出しているのは氷。彼の悪意は明らかだ。 アヤカシのストレスは頂点に達しかけているらしく、爪を噛んでいる。 カタカタカタカタ壁が小刻みに振動しているのは彼女のせいなのであろうが、皆努めて動揺しなかった。 特に霧雁とジミーと依頼人の主人、早くも出来上がっているため見向きもしない。 「あ、それ、ご亭主の、ちょっといいとこ見てみたい! それ一気! 一気! 一気! …いぇーい!」 「ぶはーっ。足りねえぞーっ!」 「うぃっく…うめえ酒だなおいグハハハハ!」 ルースは飲食の合間持参した竪琴で、明るい雰囲気の曲を爪弾いた。 「春、から…突然〜夏っ!!」 伏路も少し酒が入っているらしく、こんな呟きをしていた 「うん、きれいな娘さんっつーのは心が豊かになるのー。男は帰れ」 後半が本音だろう。 酔っ払いたちはいよいよ乗ってくる。 「では拙者も舞を披露するでござるっ! 天儀のナウなヤングにバカウケな樹理穴踊りでござる!」 木箱に上がり、扇子をひらひらさせる霧雁。 「ちゃちゃちゃちゃ〜ちゃちゃ、ちゃちゃちゃちゃ、フォー!」 「ギャハハハ! いいぞ雁の字! ようし俺も! 今ジルベリアで流行のブレイク…無礼講ダンスだぜ! そうれウィンドミル!」 ジミーは仰向けで前脚をばたばた、腹を揺らせ転げ回る――ようにしか見えない動きをした。 だれが見てもウィンドミルとは分からないに違いない。 「どうだすげえだろ!」 「よっしゃあ、そんなら俺はドジョウ掬いをやるぜ!」 「おっ、ご主人もノリノリでござるなー! いやー、めでたい、めでたいでござるなあ!」 (…おや?) ふっつりアヤカシの気配が消えたことに、エルディンが気づく。 試しに火球で透き間を照らしてみると影も形もなし。 「退散されましたか」 にっこりほほ笑むその後ろから、楓が声をかけてくる。 「エルディンさん、花札一緒にされませんかー?」 「ほう。これは…トランプのようなものでしょうか?」 「あ、近いです。やり方はわたくしがご説明いたしますわ。和奏さんたちもどうぞ」 「お、いいですね。自分はこれ、得意ですよ」 「あたしも何回かやったことありますね。ルースさんはどうですか?」 「え、ええ、と、あんまり、知らないです…で、でも頑張ります…あの、どういうルールなんですか…?」 「ええとですね、この数だと…八八で遊ぶのが一番よさそうですね。まず最初に最初の親と子の並び順を決定しましょう。札を引いてー、一番早い札種の月を引いた者が親、残りの人は子となりまして、月順に反時計回りに並ぶと…」 そこでバターンと大きな音。酔いたおした霧雁たちが倒れたのだ。 「もう、飲み過ぎよあんたは!」 奥さんの怒鳴り声もどこ吹く風、亭主はすでに寝込んでおり、霧雁も大の字、その腹の上では ジミーがよだれを垂らしている。 「グガー…おい、もっと酒だグガー…」 団子を口に咥えた伏路は、えへんと咳払いをする。 「ま、とりあえずことは解決したようじゃし、皆、シメに五本締めでもやっておかんか?」 アルバルクがぐいと葡萄酒を飲み、ぶはっと息を吐く。 「お、いいねえ。やるか。それじゃ皆さん、お手を拝借」 ● いよーお、という掛け声。シャンシャン手打ち。 窓の外からそれを聞く隙間女は呪詛を唱えていた。 「…覚えておきなさい…この返礼はいつか必ず…」 こそこそした動きで壁を伝い、いずこともなく去って行く。 と見せかけてさささと戻ってくる。 「…私は隙間女…次はあなたの町の隙間に…お邪魔するかもしれない…」 誰に向けての宣言なのか不明だが言って気が済んだのか、今度こそ消えて行く。 その行き先は――今のところ、誰にも分からない。 |