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■オープニング本文 最近の依頼で受けた傷もそこそこ癒えたエリカは、相棒もふらスーちゃんを連れ、ギルドを訪れていた。何か手ごろなものはないかと。 ここ最近色々あったので、剣を振るって色々発散したい気持ち。この古城に出たとか言うドラゴンでも退治しに行こうか。 そんなことを考えていたところ、ぐいとマントの端を引っ張られた。 見下ろせば金髪巻き髪のクロスボウ少女、ローズ・ブルク。 彼女は非常にうきうきしている模様だ。表情が輝いている。 「エリカ様、お見事ですわ。よくぞお兄様を家から外へおびき出してくださいました。これで家督は間違いなく全て私のもの。ブルク家は万々歳ですわ」 エリカの頬がひくりと引きつる。 「ローズちゃん? あたしはお兄さんの話を受けるともなんとも言ってないんだけど?」 「ご謙遜を。陛下の前であれだけ言っておいて今更敵前逃亡なさるとかいう貴族魂のないことをあなたがなさるなんて、私全然思っておりませんからご安心ください」 「だから、そういう世迷言を言ったのはロータスであってあたしじゃない…」 傍観していたスーちゃんが、物見高げに口を挟む。 「どっちにしてもガラドルフたまノーと言わなかったでちからな。あれは事実上の黙認かとスーちゃん考えるのでちよ」 「違う。そんなことない。陛下はそんないい加減なこと思ってない。大体私とあいつが結婚して家興して、誰に何のメリットがあるのよ」 「ひとまずロータスたまはお世話になるべき宿主を見つけたということで、実家から文句言われなくなりまちな」 「お支えする貴族が増えたなら、皇帝陛下に置かれましては、一層御身安泰かと。まあそれはそれとしましてエリカさま、実はこの度、私の父方の縁戚に当たるフランツおじ様が再婚なされることになりまして…」 「へえ、おめでとう。末永くお幸せに」 自分側のメリットについて全く言及されなかったことは納得いかないが、お祝い事には礼儀として祝辞を述べるエリカ。 そんな彼女にローズは、封筒を差し出した。 受け取ったエリカが開いて見るとそこには、結婚式の招待状。 「…なんで私に?」 「いえ、フランツおじ様、エリカ様の顔を一度は見てみたいとか仰られまして」 「…ちょっと待って。どうしてその人私のこと知ってるの?」 「知らないわけがございませんわ。叙勲の儀式には大勢の方が列席されていたんですもの。ましておじ様のところへはお兄様、よく遊びに行ってますし」 「…ねえ…もしかしてロータスも式に出たりする?」 「勿論。うちは一家こぞって出席しますので」 よし顔を見たら張り飛ばそう。 招待状を握りしめながら即決するエリカ。 が。 「あ、エリカさん。来られました?」 現場についた瞬間そんなことは忘れた。 代わってロータスの腕を引き会場の隅に連れて行く。 「…ねえ、ちょっと聞いていい」 「はい」 「あの方幾つ?」 あの方、というのは花婿であるフランツのこと。 すきっとした黒の燕尾服に身を固めてはいるが、顔はくしゃくしゃとしわだらけ、嘴のような鼻から下は真っ白なヒゲで覆われ、寒くもなさそうなのに体が震えている。 「ああ、今年で御年87です」 「…よし分かったわ。隣にいるのはお孫さんよね?」 「いいえ、あれが花嫁さんです。名前はマノン。邸に出入りしていた家具商の娘。今年で17」 「じゅっ…」 エリカはもう一度婚席を振り返り、また頭を戻した。汗を拭って。 「いくらなんでも年離れすぎてない?」 「後妻さんは大概夫より若くなるものですよ」 「そうでしょうけど年齢差70はないでしょう70は」 「いいじゃないですか。あの方はきちんとした人ですよ。自分の死後若嫁さんが困らないように、親戚とも息子さんたちとも話をつけて、所有なされている別荘の一つを譲るようにしてあるんですから。死後は好きに再婚していいと、遺言状も作ってありますし」 「…用意周到ね」 「ええ、なにしろ見ての通りお迎え近いですからね」 言っているところ、席からフランツの声がかかってきた。 「おお、おみゃあしゃんがエリカか…ま、ま、こっちにおいでえなあ」 花嫁さんはお色直しのため、中座していく。 ● 「マノン…」 化粧室の戸口にゆらりと影が立ったので、かわいい花嫁さんは振り向いた。 「あらグルー。どうしたの、そんなに泣いて」 青年はぐしゃぐしゃの髪をし、目を腫らしている。 「どうしたのじゃないよ…なんで結婚を断ってくれなかったんだい…僕と君とは愛し合っていたんじゃないのか…僕が、僕がお金持ちじゃないから捨てるのか…」 「いえ、別に捨てはしないわよ。でもフランツ様もねえ、お年だし…後数年くらい一緒にいてくれるだけでいいからって…確かにあの人、もうそんなに持ちそうもないの。そうすると、なんだかお断りするの、お気の毒でしょう?」 「僕が気の毒じゃないみたいな言い草だな。君って奴は、君って奴は」 「怒らないで頂戴。あの方本当によい方よ。あなたのことを説明したらね、それなら自分が死んだ後に一緒になればよいだろうって言ってくださったわ。だからそうしましょうよ、グルー。私たちまだ若いんだし、何年か待てば2人でゆっくり暮らせるようになるじゃない。ね、そうしましょうよ? フランツ様はそれまでの間、あなたを家で雇ってあげていいって言ってくださってるのよ。お給料破格にしてくださるそうよ?」 震えながら聞いていたグルーは髪をかきむしり、優しくかつ物事を考えてなさそうな娘に目を据えた。 そして。 ● 「大変だ、花嫁が、花嫁が!」 どたどた走り回る足音に、会場のごちそうをご相伴していたスーちゃんは身構える。 「む、何事でちょう」 騒がしいのは表。 後足で立ち窓から顔を出した彼は、一散に駆けていく馬車を見る。その後を馬が追いかけていくのも。 直後轟音が。 黒煙がもうもう立ち込め、馬が棒立ちになる。 「おい、あいつ魔槍砲持ってる!」 「くそ、とにかく追え、花嫁を取り戻すんだ!」 どうやら誘拐事件が起きた模様。 「攫われた花嫁…むー、なんともドラマティックでちなー」 のんびり高みの見物をするスーちゃんは、主人であるエリカが甲龍ゼブラに乗り、馬車を追いかけていくのに手を振った。 「頑張るでちよー」 |
■参加者一覧
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
からす(ia6525)
13歳・女・弓
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
アン・ヌール(ib6883)
10歳・女・ジ
ナキ=シャラーラ(ib7034)
10歳・女・吟
雨傘 伝質郎(ib7543)
28歳・男・吟
リーシェル・ボーマン(ic0407)
16歳・女・志
ヴァレス(ic0410)
17歳・男・騎 |
■リプレイ本文 刈り込まれた芝生に立てられているアーチに、飾りつけられた花々。窓の開け放たれた広間には、たくさんの白いテーブル。その上に果物籠、料理、シャンパン。楽隊が華やかに場を盛り上げている。 群れ集うのは老若男女の貴人たち。 「結婚式、か…」 植え込みにもたれかかるニクス(ib0444)は、つい場に長居してしまう。祝いの席は通りすがりの人間にとってもほほえましく楽しい催しなのだ。 花嫁はすぐ知れるとして花婿が誰なのか――ちょっと見当つけづらい。あの隣にいる老人はかなり地位が高そうだが、花嫁の祖父とかであろうか。 思っていると、後ろから声が上がった。 「おおー、見るのだよ桃水晶。なんとも盛大なのだー」 それは、相棒駿竜桃水晶に跨がったアン・ヌール(ib6883)。 近辺を通りがかった際、偶然領主のご隠居の結婚式があると小耳に挟み、物見高く見に来た次第。 既に情報を得ている彼女には、一目で老人こそが花婿だと分かる。なるほど噂どおり驚きの年齢差。 (んー、でも想像してたのとかなり違う…もっとこう、ギラギラしたヒヒ爺さんタイプかと思ってたのだよ) 人は良さそう。しかし、引っ切りなし震えている。 (…倒れるんじゃないかな…) 不謹慎な思いにドキドキするアン。 会場内にはからす(ia6525)が、警備として特別参加していた。 彼女は薔薇をあしらったブラックプリンセス型ドレスを着用し、雰囲気に溶け込んでいる。相棒走龍兎羽梟も、主人に習っているらしい。「キュウ」と高い声を上げ眼光鋭く周囲を見回している。 ナキ=シャラーラ(ib7034)は、「サンドリヨン」を着込み関係者のふりをしタダ飯食いに不法侵入。スーちゃんと一緒にごちそうをかきこんでいる。 「うまっ! この丸焼き鵞鳥うまっ!」 「脂のノリが最高でちなー。おお、こっちには泰国のレアフルーツ、ライチがあるでちよ」 「あっ、それも食う」 そこで会場がざわざわし始めた。 もしや無関係とばれたか。 あわてて顔を上げるナキだが、幸い場をざわつかせた原因は彼女でなかった。 「なんだか花嫁さん、遅くない?」 「ですね。お色直しにしても少し時間がかかり過ぎかな」 泡を食ったメイドたちが複数駆け込んでくる。 「旦那様、大変です、奥様が、奥様が…グルーという男に…」 喧噪に、外にいたニクスも眉潜めた。 「ん? 何か妙に騒がしいが…」 言い終わらぬうち、周囲に炸裂音が響きわたる。 「大変だ、花嫁が攫われたぞ!!」 聞くなり彼は舌打ちし、音がした方に駆けていった。 「誘拐だと…? ちぃっ!」 御者に断りを入れ、来賓の自家用馬車から馬を一頭借り、跨がる。 頭上を、エリカを乗せたゼブラが飛んでいく。 「行くぜアル!」 窓から庭に飛び出したナキはくるくるっとドレスを脱ぎ黒ビキニ姿、隠してあった滑空艇、アルビダールの座席に茣蓙を敷き、胡座をかく。その姿勢の方が、魔法の絨毯に乗るようで、彼女的に気分が出るのだ。 発進して行く滑空艇。 それらを見上げるからすは、ロータスに聞く。 「グルーとはどこのどなただい?」 「ああ、花嫁さんの恋人です。妙ですね――フランツおじさん、話はついていたんですよね?」 「そのはずじゃがのぉ…まあとにかくマノンが心配じゃで、はよ連れ戻してきんしゃい」 「若いからね。嫉妬心も強かろう」 からすはおかしそうに笑った。 彼女にとってこれは事件というより、エンターテイメント。よくある、だけに見逃せぬ色恋沙汰だ。 「じゃ、捕まえてくるよ。まあ、無事に帰ってきたら彼をニヤニヤと迎えてほしい。よくやった、男を魅せた、とね」 からすを乗せ兎羽梟は電光石火走りだし、たちまち姿を消してしまう。さすが走龍の名は伊達で無さそうだ。 スーちゃんは何もせずパイナップルをはむはむしているだけ。 「エリカたま、勢い余って馬車を転覆させないか心配でちよ」 「ま、他にも追う人いますから、そこは大丈夫でしょう。しかしグルーくんも何が不満なのやら。待てば必ず実入りがあるというのにね」 どさくさに紛れ会場に入ってきたアンは、会話を耳に目を白黒。 (こ、困った花嫁様なのだよ?) 杖で体を支えているフランツに意を決して近づき、声をかける。 「お爺様、ちょっとお話を聞きたいのだよ?」 「…ん? おみゃあは誰じゃな?」 怒られたり無視されたりしない。やはりこの人、いい人らしい。若い花嫁はべらしてむふふーというタイプではない。 確信をもって事情確認のため話し込むところ、上空から羽音が聞こえてきた。話し声も。 「ちょ、ヴァレス…乗るのは良いが変な所を触るなっ」 相棒駿龍シルフィードの前に乗るリーシェル・ボーマン(ic0407)と、 「ん? どこか触ってる?」 後に乗るヴァレス(ic0410)だ。 龍は地上のものに当たらぬよう、注意しながら降下した。 リーシェルは急いでそこから降り、フランツに一礼する。 「突然のご無礼お許しいただきたい。私、リーシェル・ボーマンと申します。貴公がフランツ様でしょうか?」 「ああ、わしがフランツじゃ。なんぞ用かいのぉ」 「そうですか。よろしゅうございました。此度の件で少しお尋ねしたいことが…」 ● 「ねえグルー、ところでこの方はどなたかしら」 場をわきまえぬのんびりした声に、馬を操っているグルーが振り向く。 「どなたって…」 そして半眼になる。後部席から顔を出している雨傘 伝質郎(ib7543)に。 「…おい、お前誰だ?」 武器に手をかけたグルーに、伝質郎があわてて手を振った。 「お待ちなせえ若旦那、あっしは敵ではごぜえやせん。ただのケチな三流楽師ってやつでして」 「三流楽師がなんでここにいるんだおかしいだろ」 「いえいえ、おかしくはごぜえやせん。あっしはこの度の結婚式のおこぼれに預かろうと、ジルベリアじゃあまだ珍しかろう三味線で売り込んだんでやすが、あっけなく断られ、ヤケ酒喰らってこの馬車の後部座席に潜りこんで寝てただけでして。そしたらこの通り、『あらら、これは花嫁泥棒だァ』と吃驚仰天ってやつでさァ」 「まあ、すごい偶然ですねえ」 マノンは素直に相手の言い分を信じたが、グルーはそこまで脳天気でない。思い切り不審な表情である。 しかしいつまでもそちらに構っていられない。上空から甲龍の大きな影がさしてくる。 「止まれそこ!」 魔槍砲が後方へぶっ放された。 音に驚いて速度を落とす相棒を、エリカが叱咤鼓舞する。 「大丈夫よ、走りながら撃ってるからには、命中率低いから! あんたのほうが馬車より強い! 当たれば壊せる!」 どうやら停止のため車体への損傷を与えることも辞さない構え。 一方地上からは、からすが追っている。 土煙を上げ疾走する兎羽梟は、順調に間を詰めつつあった。 (大体馬車を選んだ時点で詰んでるな) どんなに優秀な開拓者であっても、攻撃と操縦の二方面を完璧にはこなせまい。マノンが協力的という訳でもなさそうだし。ましてこの馬車は箱型の客馬車。前方、側方はともかくとして後方への視界が塞がれている。命中率は下がる。 (まずは乗り込んで。マノン殿を奪還か…) 御者台から身をねじ向けるようにしグルーが魔槍砲を向けてきた。 からすは咄嗟に『蒼月』を構え銃口を狙う。 ナキが上空から、それを制止にかかる。 「話して分かるかも知れねえし荒事はまだ控えな!」 魔槍砲の発射で地面がえぐれ土煙が立つ。 兎羽梟が横っ跳びに避けおおせたのを確認し、ナキは、精霊の力を借り声を飛ばした。 『よう旦那、お忙しいとこちっと悪いが何でんな事してんだい? 訳話してくんねーか?』 かなり離れた位置からなのに、まるですぐ隣りで話しているかのような、はっきりした音声。 グルーは大声で返す。 「話すことなんか何もない! 追いかけてくるな、帰れ!」 『まあまあ旦那、そう興奮しねえでさ。落ちつこうじゃねーか。さっき式場からかっぱらってきたライチやるからさ』 「いらんわ!」 伝質郎はにやにやし、若い男女の諍いとも逃避行ともつかない暴走へ、参戦することとした。 酒の上での勢いだ。相手も自分と同じ吟遊詩人のようだし、腕比べしてみるもまた一興。 「へへへっ あっしにまかせなせい」 屋根の上によじ登り、三味線を構える。 いきなり第三者が出てきたことで追跡側は一瞬緊張した。協力者かと。 だけれど、すぐに疑いを解いた。なぜなら彼はただ歌うだけであったのだ。 ガラン ガラン ガランと車輪が鳴り〜♪ ティン ティン ティンとベルが鳴る〜♪ 若い二人のせ〜 どーこまでも馬車は走るよ〜♪ 対抗し、ナキも負けじと歌い出す。 OK旦那 あんたは正しい♪ んでも相手が悪いぜ貴族のジジイ♪ 官憲は本気 指名手配だ賞金首 今なら間に合う 引き返せ♪ 言いたい事 ジジイと嫁にぶちかませ! 「まあ、にぎやかね」 花嫁さんは何事にも動じていないようだ。 ● 「麦の芽が青々しているな」 相棒霊騎白蘭の背に乗って気ままに田園を散策していた皇 りょう(ia1673)は、後方から迫ってくるけたたましい呼びかけに振り向いた。 「すまない! 暴れ馬車が来る! 少し離れていてくれ、危ないぞ!」 お百姓の荷馬車や牛があわてて道を開ける。 馬を下り『エスポワール』を着込むニクスに、何事かと彼女は近づいて行く。 「どうやら面倒ごとが起きたご様子ですが――よろしければ手を貸しましょうか?」 「え? ええと、キミも開拓者か?」 「はい。志士の皇 りょうと言います」 「――そうか。ならお願いしよう。俺はニクスと言う。宜しく頼む」 簡単なあいさつを交わしているところ、はや、轟きが響き渡ってくる。 馬車だ。それと、追っ手の人々。 ● 「あんた、関係者じゃないなら、ちょっとどいてなさい!」 言い放ったエリカは伝質郎をゼブラに捕獲させ、上昇していく。 「ひぃぇえええ…ご無体なでやんすぅぅぅ…」 それを横目にシルフィードはぐんぐん後ろから追い上げ、主人リーシェルとその連れヴァレスを馬車に肉薄する位置まで運んで行く。 ヴァレスは龍の背から御者台に跳び降りた。 血相変えたグルーが反射的に魔槍砲を向けてきても、けして慌てない。相手が行動しづらくなるほど接近した形で、にこにこしている。 「こんにちは、お二人とも♪ ぁ、闘う気は無いから安心して♪」 リーシェルも再度相棒を馬車に寄せ、断言する。 「――案ずるな、攻撃はしない、少し話をしないか。君はその花嫁が好き、と言う事で相違は無いのだね」 問いかけを茶化しととらえたか、グルーが声高に言い返した。 「好きじゃなきゃここまでしてないだろ!」 「キミが彼女への好意はそんなに後ろめたい事なのかい?」 「な、なんで僕が後ろめたくならなきゃいけないんだ。なるならあの爺さんのほうじゃないか、僕が最初に付き合ってたのに、いきなり…」 射貫くような厳しい目に、グルーの語気が弱まっていく。 「ならば何故君は逃げている、何故矢面に立とうとしない? 一度でもその気持ちを公の場で叫んだのかい。一度でも己の恋敵に拳を振り上げたのかい」 (そうはしてないはずだよね…聞いてみたらフランツじい様は、花嫁さんから彼について話を聞かされただけみたいだったし…) 心ひそかに思うヴァレスの前で、リーシェルがなお、畳み掛ける。 「伝えたい言葉が有るなら、声を張り上げろ、その思い、感情の答えはその先にはない、一生、後悔するよ」 おおーい、と声がした。桃水晶が大きな翼で、ゆったり飛んできた。 遅ればせながら追跡してきたアンである。 「早まっては駄目なのだよー。フランツお爺様は話の分からない人ではないと思うのだー」 また、前方も軽い地響きが聞こえてきた。 見れば巨大なアーマーだ。『黒鳥剣』を突き付ける形で、完全に行く手を塞いでいる。 「白昼堂々と誘拐とは感心せんな! 観念したらどうだ?」 その側には、雄々しく太刀を構えた女志士がいる。 「何事かはよく分からぬが、ひとまず止まられるがよろしかろう! 話はそれからだ!」 馬たちは――追跡されているときからそうだったのだが――前にいる対象に脅え止まった。 グルーは咄嗟に魔槍砲を持ち上げた。 リーシェルが相手の肘裏を突き、姿勢を崩させる。 銃身に間髪入れず、『蒼月』の矢が突き刺さる。 「往生際はよくしないと」 マノンが後部席から人の良さそうな声を上げた。 「ねえグルー、もう止めましょう。皆さん心配しておられるみたいだし、私もあなたが心配よ。これは人様の馬車なのだし、早く返さないと、あなた叱られてしまうわ」 優しさは凶器。 そんな言葉が一同の脳裏にひらめいて消える。 ヴァレスはこほんと息をついてから、彼女へ穏やかに――だが厳とした声色で諭した。 「マノン、だったか。経緯は聞いたけど、その行動で、グルーと相談した? 好きな相手が結婚という形で誰かと結ばれてしまうという事実の重さを、相手の不安を考えた事はあった? 先にそういうのを全部片付けてから、行動すべきだったんじゃないかな」 その間にアーマーから降りてきたニクスが、『トリビュート』で槍を防ぎつつ、グルーを押さえ込む。 「犯人確保!」 ● マノンが無事戻ってきたので、中断していた式も再開し、滞りなく進められた。 からすも再びドレスアップしている。 「今日はよく頑張ったな」 ごちそうのおこぼれである生ハムを与えてもらって、兎羽梟はキュウキュウ喜んでいた。 しぼんだ花婿さんの横で花嫁さんは、相変わらず花のようにかわいらしい。 (とはいえ、このままでは収まるまいな…三人で仲良く結婚したら丸く収まるんじゃないかな) かなり変則的ではあるが、これも一つの解決法であるまいか。グルーから事情を確かめた今、からすはそう思うのである。 滞りなく式を終え花嫁と花婿は退場して行く。薔薇のアーチを潜って。老人とその介添えにしか見えないが。 見送るリーシェルは、眉間にしわを寄せた。 「やれ、偉そうな口を利きはしたが…私も同じ穴の貉、か」 隣にいたヴァレスが首を傾げる。 口元をきゅっと締め彼女は、ますます眉間を狭めた。 「…キミは、如何なんだい?」 「へ? というと?」 相手の真意が掴めないままのヴァレスに、ほっとため息が向けられる。囁きも。 「――ホワイトデーに飴をくれたろう?…気になるならその意味を、調べてみてくれないか?」 「ホワイトデーの……飴?」 苦っぽい微笑みを添え彼女は、ぽんと彼の肩に手を置いた。そこから後は何も言わなかった。 ● 「さあ、腹くくって嫁と爺さんに言いたい事を全部言え! 相手が貴族だからってびびるんじゃねえ、胸張って行け!」 ジプシーの格好に逆戻りしたままのナキは、グルーの尻を蹴って発破をかける。 広間に居並んでいるのはフランツとマノンだけではない。一族関係者も同席だ。多勢に無勢という具合。 (ここは一つ俺様が助っ人に!) アンは勢いをつけ、フランツに頭を下げる。 「マノン様とグルー様を許してあげて欲しいのだっ><!」 先に話をしてみた感触では、フランツは嫁というより、最後を看取ってくれる人が欲しかっただけなんじゃないのかなー、という気がする。 であればまとめる方法もあろうというもの。 「この際マノン様とグルー様が結婚して、二人がフランツお爺様の娘と息子になればいいと思うのだ! そしたら余生がもっと楽しくなりそうなのだ!」 これにはグルーが抗議した。 「おい待てなんだか話がおかしいぞ!?」 ブルク側からも待ったがかかる。 「無理ですよ。フランツおじ様にはすでに息子さんがいるんですから。相続の件でまたもめるようになるから駄目駄目」 「えっ、子供いたの!? それでこの結婚通ったの!?」 「ええ、おじさんの粘り勝ち。その努力をもうちょっと考えてあげませんとお気の毒ですよグルーさん?…まあ、正直もう好きにさせてあげて問題なしって言うくらいのお年でありますからねえ…」 後半は小声になるロータス。 ようやくグルーが意を決し、話し始める。 「そ、そんなのは僕にはどうでもいいことだ! 僕は、僕はただマノンを返して欲しいだけで…大体どうして請われたからってすぐお嫁に行く気になれるんだいマノン! 僕の事を一体なんだと思ってるんだよお!」 「そうでい、そうでい。男の純情を弄びやがって〜!」 「グルー、でも私、あなたに確認はとったと思うのだけれど…フランツ様が私にお嫁に来て欲しいみたいだからって。じゃあ試しに行ってみるといいんじゃないかってあなたが言うから…」 「いきなりそんなこと言われて、冗談だと思ったんだよこっちは!」 「まあ…私あなたがそんなだから、すっかりいいものだと思って…」 「大体な、お前の甲斐性がねェのが悪りィんだァ〜、この○○○〜!」 伝質郎は誰の味方か分からぬ調子で、伴奏突きの茶々を入れまくっている。 相棒駿竜の質流れも一緒になり、がおがお音頭を取る始末だ。 「まぁひとまずわしゃマノンと結婚出来たで、満足じゃよ…後はおみゃあしゃんたち若いもん同士でこの先のことを考えりゃあ、ええわな…」 「その通りでごぜえやすフランツ様。この余興はお楽しみいただけてますでげすか? お代はお安くしときやすぜい」 りょうは一連の騒ぎを前に、なんだか考え込んでいる。 「婚姻にも色々あるというわけか……私の悩みなど瑣末なものかもしれんな」 間を置いて彼女は一人頷く。 「よし、頑張ろう」 何を頑張るだろうな。 相手の生真面目な様子に愛嬌を覚えるニクスは、シャンパンを手に誘う。 「どうだい、きみ。まだ残っているから、一緒に飲んでいったら?」 アンはまた説得を始めている。今度はグルーたちを相手に。 「フランツ様をお父様には無理かもしれないけど、お爺ちゃんとしてはいけると思うのだ。ついでだから、マノン様とグルー様、やっぱり一緒に住めばいいと思うのだ。家族になってもらって。皆で幸せに暮らしてもらいたいな。お爺ちゃんは邪魔しないと思うのだ」 「だからそれおかしいだろ!?」 「いや、さほどは。家庭に愛人同居させてる方、割といますし。居住空間広くないと難しいですがね」 「…まあいるにはいるけど、それこの際参考になるロータス? 本人嫌がってるわよ」 「嫌がってるの、グルーさんだけみたいですが」 (…好きにしてくれ) 達観したからすはバイオリンを弾く。興が乗って来たので。 題目は狂想曲だ。 ナキはこっそり各テーブルを回り、残り物を箱詰めしている。 ● あれやこれやの帰り道。 本屋に寄ったヴァレスは、百科事典コーナーに立ち寄り、リーシェルに言われたとおり、ホワイトデーと飴の関係について調べていた。 かくして知る以下の事実。 ホワイトデーのお返しは、一説によると、飴ならお付き合いしましょう。マシュマロならお断り。クッキーなら保留。という意味がある。 同時に 彼女の口から聞かされていたにも関わらず失念していた事柄。 飴は『好きです』、マシュマロは『嫌い』、そしてクッキーは『友だちでいましょう』ということかな。 飴なら好き。 好きなら飴。 自分がこの前彼女に渡したのは飴。 「……あれ?という事は……」 彼は色々思い出す。様々な手料理、わざわざついてきてくれた行動、寝起きにある膝枕。 星空の下での、あのやり取り。 「…え、ええー!?」 店内の人々が振り返って眺める。顔を赤くし髪をぐしゃぐしゃさせているヴァレスを。 彼らの関係は、どうやら始まったばかり。 ● ちなみにグルーはすったもんだの末、最終的に同居という形で落ち着いたそうな――譲らぬところは譲らず、諦めるべきところは諦めて。 |