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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ジルドレ公爵領にて発生した猟奇事件について。裁判所に提出された検事の意見書。 ――――――ジルドレ公、ことジャン・D・ジルドレは以上列挙した者たちと同じく、非常に嗜虐的な児童性愛の傾向がある。 お互いに繋がりを持ったのも趣味を通じてのことらしい(残念なことに我がジルベリアにおいても忌まわしい地下ギルドを一掃するには至っておらず、その手の需要に対し供給を行う組織が存在するのである)。 しかし公らはそれだけでは満足行かないようになってきた。「自分たちが完全に自由に出来る玩具」を手に入れようという悪魔の考えに取り付かれ、大掛かりなからくりとして、里子探しの慈善事業を立ち上げたのである。 孤児のうち身元のハッキリしているものや確実な団体から送られてきたものなどはそのまま手をつけられず、真実里子に出されそこで暮らす運びにされたので、周囲も異変に気付きにくかったと思われる――とはいえ、彼らに近しい人間は異変を知っていたものと推測される。ことに邸の関係者などがそうだ。 だが今回開拓者たちから事件の一端が明るみになるまで、誰も何も言わなかった。 公の残忍苛烈な人柄を恐れていたというのもあるが、積極的に看過していた向きもある。 彼らは何れもが公から、周囲より飛び抜けて良い衣食住の待遇を与えられていた。公の不利益は自分たちの不利益となると考えたとしておかしくない。誰かが裏切らないように、常にお互い同士監視しあっていたとの報告も一部からある。 子供たちであるが、地下室に閉じ込められて以降はおよそ言語に絶する扱いを受け、大抵半月もたたぬうちに死んだものと思われる。 経緯についてはあまりにも悲惨なので書くのも憚られるが、暴れるようなものは連れてきた最初に、窒息死寸前まで何度も天井から吊るしたそうだ。そうすればどんな者もたちどころに大人しくなり以降はされるままになるのだということで。 その他には―――――― ――――不快な話を延々書き連ねたことをお許しいただきたい。 公らは特に気に入ったものについては、アヤカシに食わせ全て失わせてしまうのが惜しいということで、頭部だけを剥製とし保存していた。そういう子たちは首から上だけは痛めつけられなかったらしい。押収したものを確認したところ、どれも傷一つついていなかった。 公は否定しているが、この件を嗅ぎつけ公表しようとしたハプス新聞社が閉鎖に追い込まれ、その関係者が全員殺されたという開拓者からの報告は、状況から考え恐らく間違いないところであろう。 ただ、証拠が何もない。遺体も遺品も失われている。 従ってこれについて公らに罪科を問うのは困難である。 救助、保護した子供たちは施設に預けられたが、すでに障害の身とあるものも多く、また回復したものも著しく情緒不安定である。社会復帰させるには長い時間がかかるであろう。 このように言語道断な犯罪を引き起こしたものは当然罰せらるるべきである。 平民身分のものについては死刑もしくは終身刑。 貴族身分のものについては爵位剥奪の上終身幽閉。領地は帝室が没収、直轄領とする。 それが各々の身分を鑑み、量刑として妥当なところかと思われる。 ● 『黒公爵ジルドレに、幽閉処分下るか』 ベッドの上で身を起こし新聞見出しを眺めたエリカは、眉をひそめた。 「大物には甘いわよね…」 窓辺のロータスは肩をすくめる 「そりゃ今に始まったことじゃないでしょう。でもこうなったら僕らの社会では死んだも同じですから、いいとも思いますよ。いやいやもうね、ああいうことには二度と関わりたくないです。死ぬかと思った」 「それは私が言うべき台詞だと思うんだけど」 「ええもちろん。でも僕も頑張ったんですよ。アーマーに追われるわ公爵から撃たれそうになるわ。あげくアヤカシ解放しようとしたかどで、開拓者ギルドから厳重注意ですよ」 「…最後のは仕方ないんじゃないの? まあ、今回はあんたもよくやったわよね。危ないところ運んでくれてありがと。助かったわ」 「やっと分かってくれました? しかしすいませんね傷物にして。責任はいつでもとりますから。結婚という形で」 「いえ責任とって貰わなくていいわ。心底」 「まあそう遠慮せずに。だってほらこんな分かりやすく跡がですね」 「――勝手に人の服めくってんじゃないわよ!」 高い音が響いた後、聞こえてきたのはエリカのうめき声だった。 「…いった…あんた…卑怯よ…」 「だって、エリカさんの平手打ち強烈ですからね。ガードしないと」 隠し持っていた本を顔の前から降ろしたロータスは、すまして続ける。 「落ち着きましょうよ。楽しいことでも考えて。ほら、勲章貰えるんでしょ僕らも」 そこに彼女の相棒たち、もふらのスーちゃんと忍犬レオポールが入ってきた。窓からはぬっと甲龍ゼブラが顔を入れてくる。皆何故か蝶ネクタイをつけておめかし模様。 「お城に行くの楽しみでち。あ、なんならエリカたまは寝てていいでちよ。代わりにスーちゃんたちが代理でちゃあんととってきてあげるでち」 「いいわよ自分で行くから!」 |
■参加者一覧
そよぎ(ia9210)
15歳・女・吟
アリステル・シュルツ(ib0053)
17歳・女・騎
岩宿 太郎(ib0852)
30歳・男・志
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎
リンスガルト・ギーベリ(ib5184)
10歳・女・泰
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志
藤浪 瑠杷(ib9574)
15歳・女・陰
松戸 暗(ic0068)
16歳・女・シ
硝(ic0305)
14歳・女・サ |
■リプレイ本文 「お、終わったぁ…とにかく皆無事で良かった…」 ジルドレ邸に特使が駆けつけ本格捜査が始まったとき、岩宿 太郎(ib0852)は、掛け値なくそう思った。 しかして事が片付いた今、安堵感が薄らぎ、代わってもやもやしたものが頭を占めている。 「叙勲…何だか現実味が無いなぁ……なあ?」 相棒甲龍ほかみは背中からの呼びかけに答えず、あくびしながら飛ぶ。 太郎は、なお一人ごち続けた。 「情報の元を辿れば、俺の叙勲は本来ハプスのもの、だよな…それに子供達も、せめて少しでも傷を癒せないものか…」 行く手に町が見えてきた。ジルドレ領の中心となる町だ。 向かうのは、ハプスのネタについて情報をくれた新聞社。 ● 「大変だったけれど終わってよかった……なんてとても言えやしないわ。あの変態公爵、自分がやったことをそのままされてみればいいのに」 自宅の縁側でそよぎ(ia9210)は、ぼんやりしていた。 叙勲。名誉なことなのだろうが、はしゃぐ気にもなれない。たとえ変態一味が捕まっても、弄ばれ失われた命は戻ってこない。それに、別に自分は何もしていない。受ける資格があるとも思えない…。 苦いもので口が一杯になったような後味悪さを感じる彼女のもとに、相棒土偶のキティが寄ってきた。 「そよぎチャン、ゲンキナイネー」 心配しているのだと察した彼女は、ぎこちないながらも笑顔を作る。 「そんなことないよ、キティ」 気は進まないが、参内はしよう。無視すればしたで帝室のプライドを傷つけることになろうから。 ● 記者は太郎の顔を見、驚きと安堵を浮かべた。 「おお、あんた、生きてたのか!」 「ああ、なにしろしぶとくてな…まだ墓の下には入らねえぜ…」 発表によれば関係者のうち、貴族階級の命は繋がれる。終生幽閉となっているが、生きている限り万一復讐してこないとも限らない。 「もし絶対の安全が欲しいなら…もう一歩進んで、貴族階級だろうと全員死罪にできるネタがあるなら、関係者として俺から伝えて来るけどどうだろう?」 記者が考え込んだ。それから力無く言った。 「すまん…もしかしたらあるのかもしれないが、それを知っていたのはハプスだけだ…俺たちにはそこまで知ろうとするだけの勇気がなかった…なかったんだよ…」 その目にみるみる涙が盛り上がってくる。 太郎は、見てやるまいと視線をそらした。 「…気にしないでくれ、ありがとうな」 ● 威容を誇るジルベリアの中心、スィーラ城。 たくさんの絵画が壁に掲げられた控えの間に、ドレス姿のエルレーン(ib7455)がいる。 相棒もふもふのもふらは、神妙にしている。主人の慣れないドレス姿を「貧乳が着ても無駄もふ〜」などとおちょくりもしない。横顔のこわばり具合に圧倒されて。 「…ごほうび、くれるのはうれしいけど。あんな、生きてちゃいけないような『くず』が、ゆーへいされてたって生きてられるのか」 人間の汚らしい部分を利用し人を動かすやり方を学んできた松戸 暗(ic0068)も、さすがに今回は少し気分が悪い。相棒忍犬関脇の頭を撫で、言う。 「忍犬は城との連絡、戦争や忍びの補助などに使われて、最近は介護に使う人間までちらほら見かける。一昔前は犬など肉にするか打ち殺すか、たまたま拾って残飯をやるか程度のものだった。貴族にとって一般の子供など、それ以下の認識じゃったんじゃろうな」 硝(ic0305)は視線を前方の宙に据える。 「色々ありましたけど、楽しかったですね。…だからこそ、後始末は手を抜けません」 エルレーンの拳が膝上で、ぎゅっと固められた。 「…ゆーへいって、べっそうにすまわせて、しきちのそとにはださないようにするって、ただそれだけのものなんだって。さんどのごはんもでるし、はねぶとんもあるし、めしつかいもつくんだって――」 言葉が途切れた。彼女は突き上げてくる感情を押さえ切れず叫ぶ。 「――ねえ、そんなのあり!?」 暗と硝は答えず、ただエルレーンの顔を見つめ返す。 関脇は耳を動かす。もふもふはしきりと、猫でもないのに顔を洗う。 ● (さて、スィーラ城へ上がるのも久し振りですわね) 相棒鬼火玉の戒焔が珍しげに眺め回っているのを、マルカ・アルフォレスタ(ib4596)は微笑ましく感じた。 「これがジルベリアのお城ですわ、戒焔」 叙勲とは名誉あること。謹んで受けるにやぶさかではない。だが。 (…このままただ勲章を受け取るだけでよいのでしょうか) 華やいだ城中、華やいだ人々。 目の前にそれがありながら、思い出すのはあの冷えきった地でのこと。 考え込みかけ、顔を上げる。耳慣れた声が聞こえてきたので。 「――スーちゃん、エルレーンにそんなこと教えたの?」 「はいでち。ご主人たま。といってスーちゃんが知っていたわけじゃありまちぇん。ロータスたまから聞いたのでちよ」 「ロータス、あんたは一体なに吹き込んでるのよ!」 「えー、ウソは言ってないでしょ?」 「そういう問題じ…ふぐっ」 「ほらまたお腹がズキズキでち。安静にしてればいいでちのに、なんで意地になってお城に出てくるでちか」 自分と同じくドレス姿のエリカが、中庭に面した廊下の欄干に寄りかかっている。 マルカは裾を翻し駆け寄った。 「エリカ様、お命が助かって良かったですわ」 「ええ、お陰さまでね」 手を振る彼女にくすりとし、側にいるロータスに言う。 「ロータス様もお一人で逃げずにエリカ様を担いでいかれたとの事、見直しましたわ」 「おや。おほめの言葉、有り難い限りで」 そこに藤浪 瑠杷(ib9574)がやってきた。 彼女の相棒甲龍は、エリカのゼブラ、太郎のほかみと共に中庭で待機。雰囲気に影響されたか皆しゃんと首を持ち上げ、おつにすました様子――何を勘違いしたかレオポールも横でお座りし、硝の陣陽と並んでいる。 「エリカさんお傷の方はどうでしょうか? 痕になってしまったりしますか?」 「なってまちよー。ご主人たまは名実ともに向こう傷の女でち」 「そうなるとお嫁の貰い手が…あ、決して、け っ し て ロータスさんをお勧めするとかそういう意図ではないです。本当に」 「…その割に強調するわね」 「いえいえ、気のせいですよ」 真顔で彼女が述べるところ、もふらにしては珍しく凛とした顔立ちのもふら丁34が近づいてきて、礼儀正しく一礼し、言った。 「紳士淑女の皆様、そろそろ控室にご移動を…」 主人であるリンスガルト・ギーベリ(ib5184)も来る。 清楚な白いドレスを着用した彼女は、年相応に清純無垢な少女と見える。普段の傲岸さなどどこへやら、口調も優雅にもの柔らかい。 「早くされませんと、遅れてしまいますわよー。太郎様もそよぎ様も今お見えになられましたわ」 「わお。別人28号でちリンスガルトたま」 ● ガラドルフ帝は質実剛健を旨とする人柄であり城の内装も彼の意に添っているはずだが、一般庶民から見ればそれでも眩いばかりに華やか。儀礼として会場に貴族のお歴々も列席している。 (うう、場違いになってないか緊張するな…) 太郎はすっかり上がっていた。貸衣装屋で上下見繕ってもらったが、普段そういうものと無縁なだけに服だけ浮き上がりそうだ。ほかみのほうがはるかに堂々としているような。 (…と、とにかくここでカッコ悪い真似はできん。頑張ろう) エリカがまず大帝に跪拝し、謝辞を述べる。 「この度の労をねぎらいくださり、まこと有り難き幸せにございます、陛下」 彼女が退座するのと入れ替わりにマルカが跪いた。 謝辞とともに意見を述べる。一言よろしいでしょうか、と断りを入れて。 「…此度の事、ただジルドレ公のみならず、我々貴族の奢りが招いた事だと思っております。我々は領民から見れば贅沢な生活をしておりますが、それは領民の命と生活を守る対価であり、それを果たす責務が我々にはあるのですわ。領民は決して我々が好き勝手できる玩具ではないのです。少なくともわたくしは亡き両親からそう教わりました。お集まりの皆様にも今一度その事をお考えいただきたいですわ」 エルレーンはそれらを見よう見まねし、どもりながら口を開く。 「あ…あの、あの、わたしもいいたいことが…ありますです」 貴族でもない人間が言上げしたせいか、会場の空気がさざ波だった。大帝はそれを一瞥し、静かにさせる。 「…ジ、ジルドレ公のぼっしゅうした財産を、孤児たちのためのしせつをつくったり、たいぐうをよくしてあげるのに使ってほしい、の。ころされた子どもたちも…保護された子どもたちも…本当は『そうあるべきだった』ように、してあげてほしい…できるなら、そういう子どもたちが。この世の中でこどくにならないように、いろんな人がそのしせつにかかわるようにしてあげてほしい…の」 のぼせながら席に戻る彼女の次は、リンスガルトだ。 「身に余る光栄、恐悦至極に存じます。私はただ、貴族として…いえ 人として成すべきを成したのみにございます」 彼女は周囲に自分がどう見えるかを計算しつつ、身震いする。 「私も動向を探るため屋敷に逗留した際、ジルドレ…あのけだものに裸身を幾度も鞭打たれました。シュルツ子爵が止めに入って下さらねばどうなっていたか…あの者と我々は同じ貴族…おぞましい限りです」 続けてマルカとエルレーンの考えに賛意を示し、財団設立と継続支援を行う事を提案した。 「それには…勇気あるハプスの名を冠するのが宜しいかと」 そうだ、ハプスの名を忘れてはいけない。彼らの業績を伝えられるのは自分たちしかいない。 意を決し太郎は、皇帝の前に膝をつく。 「叙勲に際し一つお願いしたいことが…今回、私はハプス新聞社の跡を追い、彼らの最後のメッセージを伝えたに過ぎません。ですから、犠牲になった彼らは私以上に叙勲に相応しいと思っています。彼らに名誉を、遺族に補償を何とかお願い出来ないでしょうか…どうか、お願いします。子供たちへの保証と共に…」 関脇を傍らに侍らせている暗は、彼らの言葉を聞きながら思う。 (わたくしも言うだけ言ってみるが、ノブリスオブリージュじゃったか、貴族の義務を盾にしたところでこんなものほとんど通らんじゃろうな…) 呼ばれて座から立ち上がり進み出、簡潔に述べた。先に出ている意見の支持をする形で。 「量刑については貴族の風習もあるじゃろうしそれでええが、遺族や子供にある程度の補償を、お願いしたいでの」 瑠杷は型通りの謝辞以外何も言わなかった。既に終わってしまったことについての興味が薄かったのだ。彼女の関心は生者よりも死者にある。 硝も謹み受けるのみ。したいことはあれど、それはこの場での嘆願ではなかったのだ。 そよぎもまた次の願いのほか、申し立てをしなかった。何を言っても無駄だろうと諦めていたので。 「陛下、旧ジルドレ公の狩場へ、森へ、入る許可をいただけませんでしょうか…」 最後にはロータスだ。 「陛下、この度の叙勲、まことに光栄にございます。僭越ながら、私めにも発言をお許しくださいませ。この度のことで陛下の股肱となるべき貴族の家門が数軒絶えてしまいました。これは帝国のためにあまりよろしきことでないかと。空席を埋めるべく、ご一考くださいませ――ひとまず私、それに立候補しておきたき由にございます。そこにおられるエリカ・マーチン男爵令嬢を娶りました際、新たな家名を興すことをお認めいただけませんか? 私も彼女もどの道本家での席が塞がっておりますので、この際新規開拓してみるのもよいかと思いまして」 続いたエリカの声は、それまで会場で発された誰のものより大きかった。 「陛下! どうか彼の嘆願だけはお聞き流しください陛下ぁ!」 ● 「マルカ、ああいうことがあった後だ、少し休んでいてもいいんだぞ?」 「いえ、お兄様。これは私が…私たちがやらなければならないことですから」 言いながらマルカは、当座出資を表明してくれた人々の名簿をまとめる。 ジルドレ公の没収財産の大半が新しく設立された『ハプス福祉財団』の基金に流用されたのは喜ばしいことだ。だが、どんなに莫大な財産もいつかは底をつく。財団は孤児に対してのみならず、ハプス新聞社遺族への補償、新しく作られた孤児院の運営まで請け負っている。社会的責任は大きい。それだけに、継続させる義務がある。 (いずれは募金の窓口を一般にも広げた方がよいでしょうね…) 「ああ、そういえばそよぎという子がお礼を言いに来たよ。危ないところに人を出してくださって、ありがとうございますと」 「まあ…お兄様は、何と答えられまして?」 尋ねる妹に兄は、彼女によく似た笑顔を向けた。 「当然しなければならないことだからと、それだけさ」 ● 「性奴隷のようにされていた子供達はそんな目にあっておったのか…」 「ええ。外傷から察して。全くひどいものです」 (でも合意であるならちょっと奴隷に興味がないわけでも…) しかし言うまい。心に呟き暗は、病院の窓から外を見る。 「蹴飛ばしたり噛んだり、かと思えば必死に媚びてきたり。安全なところにいるのだと肌で理解出来るようになるまで、そういうことは続くでしょう。孤児院での集団生活は、まだ無理です」 さもありなん。 納得しながら暗は、看護婦に案内された一室に入る。 仲間内で遊んでいた子供たちは、彼女が入ってくるなりぎくっと動きを止めた。警戒と猜疑に満ちた眼差しを向けて。 暗は自然に歩み寄る。腰を落とし視線を相手と同じ高さにもって行く。指を唇の前に立てて。 「…よいか、誰にも言うでないぞ。ここだけの秘密じゃ秘密。わたくしはな、何を隠そう天儀のシノビじゃ。故あって汝らの願いを聞きに参った」 ● 大きなアヤカシがどこからつれて来られていたか、ヒルのようなアヤカシも公爵たちの手引きなのか。そういったことどもは全て分からぬまま終わる。裁判は非公式であり、記録が公開されることはないのだ。 馬車の中髑髏を抱えチョコンと座っている瑠杷は、前席にいるロータスに聞く。 「硝様とリンスガルト様は意見書を出されたそうですが、どうなんです? そういうものは採用されますか?」 「うーん、どうでしょうね。貴族関係の処遇は最終的に皇帝周辺の胸先三寸で決まりますから。その考えに添っていれば採用されるし、添っていなければ採用されないし」 曖昧なことを言うロータスは、くるりと隣にいるエリカに顔を向けた。 「すっごい汗出てますよ? 振動って傷に悪いんじゃないですかね」 「…全然問題ないわよ…」 「ご主人たまやせ我慢大好きでちな」 座席の足元でスーちゃんが言った後、急に馬車が止まった。ロータスが中から壁を叩き止めたのだ。 「どうせ後少しですから、歩いて行きましょうか」 「――何すんのよ! ケガが完治したら覚えてなさいよ! 大体よりにもよって陛下の前でああいう、いだだだだ!」 「そう怒らなくても。陛下から特にお叱り受けたわけでもないでしょ。むしろ承認ですよね。本気なら娶った後にまた来るがよいという言葉は」 「それが一番いやなのよ! どうして、どうして陛下はあんたの言うこときっぱり断ってくださらないの!?」 「そりゃ、貴族が減ると確かに問題だなって思ってらっしゃるからでしょうねえ」 わめく相手をふざけ半分座席から引きずり降ろし抱き上げる姿に、無表情ながら瑠杷も心動かされる。女の子であるし。 「ロータスさん頭がいいのですから、論理的になぜエリカさんをお嫁さんにしたいのか説明してくださいよ」 「えー? そうですねー、まあこれだけ生命力あって面白い人、あんまり他にいそうもないですから」 ● 森は春の芽吹きが始まり淡く色づき、子供たちが埋められていた場所にも細き小さな緑が生い始めていた。 そよぎはキティと鍬で周辺の地面を掘り、花の種を蒔く。土をかけ、清めの酒を注ぐ。 (生きている間あの子たちは、綺麗なものを見て楽しんだりすることもなかったかもしれない) 辛い思いばかりして死んだのかもしれない。ならせめて、せめて最後くらいは。 そよぎは歌う。命を励ます歌を。 土から双葉が萌え本葉が茂り、茎が伸び、蕾がつき、いっせいに開く。 白、赤、桃、黄、青、橙。あふれる香しさと色彩。 そよぎは扇を開き舞った。鎮魂の思いを込めて。 舞を終え扇を閉じたとき涙が溢れ、目に映る色がごちゃまぜになった。 花は全てが浄気と化し天に消えて行く。 かさりと草を踏む音がした。 振り向けば瑠杷だ。 「…おや、先客がおられましたか。この分なら私が改めて瘴気回収するまでもなかったですかね」 キティがぴょんと飛び上がる。 「アッ、エリカサン、スーチャン。ロータスサンモキタノネー」 「いや、僕は特に来るつもりはなかったんですが、エリカさんがね」 「行き倒れられると外聞悪いでちからな」 「…失礼ね…とにかく花の一つも供えておかないといけないでしょう? 関わったからには…」 ● 真新しい木の香りがする孤児院にて、硝は頭を下げていた。 「それでは、あの子たちをお願いします。まだ病院から出られる状態ではありませんが、いずれ…難しい子たちだとは思いますが…」 「はい。分かりました。当施設で引き受けますとも。財団のほうからも頼まれておりますので」 やり取りを扉の外で聞くエルレーンは胸を撫で下ろす。ひとまず引き受け先は決まったのだ。 だけどこれからだ。これからが長い戦いだ。学校に通い、仕事をし、社会の一員として迎えられるようになるまでの。 (どうかあの子たちが、いきててよかったと、おもえるようになりますように) エルレーンは祈る。かつての自分自身のような、子どもたちのために。 この世の中、子どものいのちの間に、軽重などあるものか。救えるべきは救え。大人ならば。 ● 元、ハプス新聞社の建物。 看板は『ハプス福祉財団』と書き換えられている――彼らの名は、残ったのだ。 見たことも話したこともない相手。だが自分にとっては、戦友であるかのような心地がする。 (自己満足だけど…) 最後にどうしても、この報告だけはしたい。 太郎は帽子を脱ぎ胸に手を当てる。真実を追い続けた記者たちに満腔の敬意を持って。 「ありがとうございます、ハプス新聞社。事件は、解決しました」 ● 数日後。ジルベリアの新聞一面に次の記事が踊った。 『速報。悪魔公爵、自殺。先頃幽閉判決を受けたジャン・D・ジルドレ公が昨日、幽閉先のアントロー城にて首を吊っていたことが判明した。発見者は給仕である。朝の食事を届けに行った際公の姿がなく、開いている窓からベッドの足にくくりつけられたロープが垂れているのを見つけ、身を乗り出したところその先に――』 「自殺じゃないですね」 「違うわね」 「しかり。これはないのう」 「‥‥そうですわね」 ニュースを受け一堂に会した、ロータス、エリカ、リンズガルト、マルカの意見は一致していた。 「妾たちジルベリア貴族は、死罪において剣での斬首と相場が決まっておる。絞首刑はそれ以下の身分のものが受ける刑じゃ。あのような骨の髄までの貴族であれば、わざわざそんな死に方は選ばぬ。屈辱的じゃでのう。ということは――」 ● 暗は関脇を引き連れ、天儀への帰路についていた。 (しかし…皇帝陛下直々に自決させるよう、命令が出ていたとはの…) 公に闇討ちをかけてやろうと潜入したところ、すでに先客の方々が聞き分けのない彼を締め上げているところだった。 ので、自分がやるまでもないと引き返してきた次第。 (見せしめ、か) 身分は温存させつつ、それに見合わぬ死を賜う。貴族階級から受ける反発と畏怖を勘案した結果だろうか。 (どちらにしても…) 子供たちが恐ろしい夢を見なくてすむようになればいい。シノビとして望むのはそれだけだ。 頬を風が撫でる。かすかに蜜の匂いが混じる春風が。 |