【推理】森へ
マスター名:KINUTA
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/03/19 01:56



■オープニング本文

前回のリプレイを見る


 ブルク家。
 エリカ・マーチンはロータス・ブルクの部屋を引っ掻き回している。どこかにあるはずの新聞のストックを捜して。
 しかし彼の部屋の乱雑ぶりときたら半端ではなかった。まず足場を確保するのにものをどけなければいけない始末。

「なんなのよもう、自分の部屋くらい整理しなさいよ!」

「ご主人たま、短気は損気でちよ。リラックスするでち」

「あんたは手伝いをしなさいというのに何を寝てるのかしらね…」

 口元をひきつらせたエリカは、相棒もふらスーちゃんの耳をぐいと引っ張った。
 すると早速抗議が出る。

「虐待でち虐待でち! 大体そんな事情なら、素直にご主人たまが残って、ロータスたまを戻らせればよかったでないでちか。他人のご主人たまが探すより、よっぽど早く件のもの見つけられるはずではないでちか!」

 かなり説得力のある言い分と思えたが、部屋の入り口で見ていたローズ・ブルクは、それをまっこうから否定した。

「お兄様はそんなことしませんわよ。口実作って帰ってきたらそのままばっくれて、二度と現場に戻らないこと請け合いですわ。面倒ごと嫌いですから」

「む。そうなのでちか…これはスーちゃんロータスたまを甘く見ていたでち。素直に謝罪するでちよご主人たま。さすがロータスたまの本質を見抜いてまちなお似合いでちな、つがいの儀式はいつでちか?」

「…そういう謝り方ならしなくていいわ。ローズちゃん、新聞がある場所の心当たりとかないかしら?」

 ローズはけして部屋の敷居から内側に入らないまま(汚いから)答えてくる。指を一本唇に当て、天井を見ながら。

「そうですわねえ…とりあえずそういうことでしたら、ベッドの近くだと思いますわ。最近ずっとその事件関係の資料集めて、読みふけってましたから」

 ベッド付近を捜しかけたエリカはふと、手を止めて聞き返す。

「え? どういうこと? あいつこの事件自分で調査してたの?」

 もしや問題意識とか一応持っていたのか。
 そんなことも考えてしまいそうになる彼女に、ローズは首を振った。

「調査というのとは違いますわね。だって現実に動く気は一切全くこれっぽっちも持ってないんですもの。犯罪事件についての記事を集めて付き合わせ、あれこれ推理して楽しんでるだけですわ。犯人当てゲームっていうんですの? そんな感じで」

「…やな趣味ね」

「私もそう思いますわ」

 見直そうとした自分が馬鹿だった。
 心底思うエリカは、やっと件のものを見つける。全部同じ、ハプス新聞社のもの。
 ジルドレ公の領内に持ってきていたのが最新号だから、それまでの分。
 以下、関係箇所を抜粋する。()内はロータスの書き込みだ。


『ジルドレ公の所有される森から、夜な夜な怪しい叫び声が聞こえるとの情報提供を受け、我が取材班は公に取材を申し込む。しかし却下された。公は『獣の声であろう。そのようなものでいちいち面会など申し込んでくるな』とひどくご立腹されたご様子であられたので、謝罪しつつ辞した。(これから次の記事までには一週間かかっている。夜な夜な叫んでいたのが被害者とすれば、存在を周囲に知らしめたことで、加害者から怒りを買ったかもしれない)』


『森の近くに住む住民から、アヤカシの影らしきものを見たという複数の情報提供があった(アヤカシいきなり出てきた)。我々は再度公に取材を申し込んだ。公は許可を下され、安全のため警備兵をつけてくだされた(監視では)。早速現場に向かったところ、複数の遺体を発見。獣、あるいはアヤカシに食い散らかされた様子。危険だということで我々は兵に守られつつ場を脱出した。(それ追い出されたんだと思う)』


『公の独自調査が続いており、誰も森には一切入ることが出来ない。我々は発見された遺体を再度確認しようと安置所に行ったが、遺体はすでに火葬されていた由。無縁墓地に運ばれたとのこと。アヤカシの瘴気に汚染されていたゆえ急いだとのことであった。(焼いたら原因分からなくなるし)』



 最後のだけは、別の新聞社のものだった。



『(あー、やっぱり消されたっぽいな)ハプス新聞社閉鎖。脱税疑惑により営業を取り消された、との公式発表が公爵筋からなされる。(脱税するほど売れてたか? この新聞)』


 以下のは枠外の書き込み。

(エリカさんがうまいこと依頼受けたから、現場をナマで見れる。ラッキー。危なそうだからすぐ帰るけどね。本当に動かしやすい人だ、彼女)

 エリカはぐしゃりと新聞の束を握り潰す。

「あの野郎…」

 とりあえず向こうに戻ったら殴っておこう。そう誓って。

 


■参加者一覧
そよぎ(ia9210
15歳・女・吟
アリステル・シュルツ(ib0053
17歳・女・騎
岩宿 太郎(ib0852
30歳・男・志
マルカ・アルフォレスタ(ib4596
15歳・女・騎
リンスガルト・ギーベリ(ib5184
10歳・女・泰
エルレーン(ib7455
18歳・女・志
藤浪 瑠杷(ib9574
15歳・女・陰
硝(ic0305
14歳・女・サ


■リプレイ本文

 アリステル・シュルツ(ib0053)は、感嘆の声を上げた。

「へえへえ! ロータスくん、前言撤回だ。その知的好奇心は素直に尊敬に値するよ」

「聞きましたエリカさん、評価上がってるみたいですよ僕。なのに何でこの仕打ちでしょうね、親にもぶたれたことないのに」

 ロータスはエリカを恨めしげに見ている。帰還してきた彼女から派手に一発、ビンタをもらったのである。

「そういうあたりが今のあんたを作った原因だと思うわ…私が納得いかないのはどうして言われるまで黙っていたのかという点よ。最初からこの情報を出してくれてたら、調べるにしても何にしても、手間がはぶけてたはずじゃないの!」

 いまだご立腹な様子のエリカを、アリステルはまあまあと宥めた。

「まだ巻き返しには間に合うよ」

 それから再度ロータスに顔を向ける。

「その血は決して腐ってはいない……ただ、その使い道がわからないだけだ。君には能力がある。それをこの僕は保障するし――そして、僕らには義務がある。その義務こそがダイヤの輝きだよ。ブルーダイヤになるかロクショウになるか。……楽しみだよ」

 エルレーン(ib7455)は、頭をがしがし掻き毟る。

「なおさらに、どすぐろい、ね…めんどうくさいなぁ、きぞくとかじゃなかったらもっとすぱっとやれるのに!」

「怪しい節はあるのですが、まだこれと言った決め手に欠けますわね。ですが此処まで来たら引き下がれません。調査あるのみですわ!」

 岩宿 太郎(ib0852)はマルカ・アルフォレスタ(ib4596)の言葉に賛同した。

「そうだな…ここで諦めてたまるか、逆にこれを突破口にするんだ。そう時間も経ってねぇ、もみ消し切れる余裕も無いはずだ」

 百万歩譲り本当に脱税で潰れたとしても、関係者全員行方不明とかいくらなんでも妙過ぎる。
 ロータスの推測通りだとしたら、公爵は殺人を犯したことになる。
 机を指で叩くリンスガルト・ギーベリ(ib5184)は思案顔。

「森に何かあるのは間違いない様じゃな。しかし…公は我等が煙たかろう」

 硝(ic0305)もやはり考え込む。

「穏便にやらなければいけませんね。…難しいです」

 とにかく森に何かがあるのは間違いない。だからこそ、公爵も入らせないようにしているのに違いない。

「前回は全然調査ができなかったから、今回は何とかしたいわ」

 そよぎ(ia9210)がいう通りだが、相手に許可申請をしたとして、はいと言ってくれるかどうか。言ってくれたとして都合の悪そうな場所には行かせないよう配慮するだろう。

(何とかこっそり潜り込める隙がないかどうか、調べてみましょうかね)

 迂回路を模索する硝と逆に藤浪 瑠杷(ib9574)は、正面作戦を提案する。

「公爵様に再びお頼みしてみましょう。ギーベリーさんが『負傷』されたことと併せて、なんとか理由はつけられそうです」

 次いでエリカに申し出を。

「あ、エリカさんロータスさんをお借りしてもよいですか?」

「いいけど、何に使うの?」

「はい、ただの荷物もちです」

「それならロータスも出来るわよね?」

「エリカさんがついてきてくれないなら駄目です。僕単身だと、いざと言うときやられてしまう可能性がありますからね。危険地帯では守ってもらわないと」

「‥‥普通ポジション逆じゃない?」

 不審そうなエリカだが、ロータスの言い分ももっともかと思われたので、込みでついていくことにした。



「我が父上が生きておれば、公と同じ位の年齢でしょうかな…有徳なる公を見ておりますと、父上とはかくの如き人物だったのでは、と思うてしまいまする」

 慕わしげなリンスガルトの言葉、表情、仕草について、公爵は悪い気がしていないに違いない。それどころか随分お気に召しているに違いない。
 まだ傷の具合が思わしくないので、と言う理由はつけているとしても、本来招かれざる客であったはずの相手に文句をつけることもなく、馴れるままにさせている。

「しかし公はお一人でお住まいのご様子ですが、寂しくはあられませんかのう? ご尊父もご母堂も、奥方もおられぬ由にて」

「なに、一人の方が気楽でよいのだ。妻子など、煩わしいばかりでな」

 台詞だけ聞いていればまともな受け答えに聞こえなくもないが、その実全然違う。
 年端もいかない相手を膝の上に乗せたままにさせておくとか、頭を撫でるついでに体を触るとか、親愛の情を表しているのとは明らかに相違がある。

(見えてくるな、色々と…)

 リンスガルトの協力者として屋敷内に止まっているアリステルは、異様さに気づかないふりをし、公爵に話しかけた。

「公爵様、下賎のものたちも忙しないことですわね。まあ確かにブルク様とマーチン様が見届けには行かれましたが、私いまいち心もとないといいますか‥‥」

「かまわんさ。あのどら息子と尻軽娘には期待しちゃおらん。狩場を荒らされるのは迷惑至極だからな、案内役をつけている」

「公、マーチン様は尻軽ですかのう?」

「ああ、年中下らぬ男を追いかけ恥をさらしておるわ。男爵家程度の生まれでは仕方あるまいがな。リンスガルトよ、お前はああなってはいかんぞ。貴族は品格が何より大事じゃ」

(よく言うぜ…自分はなんなんだよ。愛があれば歳の差なんて関係ないけど、愛がなけりゃあいくつだろうとクソにも劣る唾棄すべき行為だよ‥‥なんてね)

 貴族らしくもない毒づきを腹に収めアリステルは、鈴を転がすような声で笑った。

「そうですわね公爵様」



 アヤカシが発生した手前公爵も、瘴気回収の申し出を無下には断れなかったものらしい。瑠杷は森に入ることを許された――そよぎと硝、エリカ、ロータスが同行するという形で。
 ここまでは成功だ。時間も夜までにということで、ある程度自由。
 だがその代償として、さらっと監視兵がついてきた。

『ここは言わば公の私庭ですからな。我々に従っていただきましょう』

 当然従えない。
 森に入ってしばらくしたところで、瑠杷がアヤカシの幻影を見せ、そよぎが眠らせる。これならアヤカシの影響で気絶したと、思えなくもないからだ。
 いきなり起きてこないよう、彼らの監視をロータス、そしてエリカに頼むとする。

「ついでに、ロータスさん、動かないなら頭動かすとかいかがでしょう? 見解は?」

 揶揄交じりに尋ねる瑠杷に彼は、浮かぬ表情で言った。

「すっごくまずそうです。大体この少人数で乗り込むってのがね…帰りません?」

 …まあ、エリカがいれば職場放棄しないだろう。見込んで彼女らは探索を始めた。そよぎはこそりと硝に聞く。

「硝さん、森に入る裏口はありましたか?」

「いえ…あるにはあるのですが、あくまでも周辺に少し足を踏み入れるくらいのものです。地元の方でも奥まで行くのは、恐ろしくて出来ないらしいのですよ。公爵に罰を受けるとかで…」

 森には道が出来ている。轍こそないが、多くの馬蹄で踏み固められた跡がある。
 そこを進んで行くところ突然、エリカがロータスの襟を引っつかみ追いかけてきた。

「あんたたち、逃げて!」

 後方から武装したアーマーが迫ってきている。
 瑠杷は咄嗟に式を放つ――相手の動きをのろくはしても、止めるまでには至らない。
 ロータスを前方に突き飛ばしたエリカは敵に向き直り剣を振るう。
 装甲の盾と戦斧の柄が真っ二つになると同時に、アーマー上腕についていた射出口から、ワイヤーのついた鏃が飛び出した。
 それは、エリカの下腹部に突き刺さる。
 鋼の腕が振り回されると同時にエリカの体も振り回され、木の幹に叩きつけられる。
 飛び込んだ硝が『鬼徹』でワイヤーを断ち切り、アーマーを転倒させた。
 ロータスが叫ぶ。エリカを担ぎ上げいの一番に逃げ出して。

「だからまずいって言ったじゃないですかあ!」

 重い足音を響かせ、もう2体のアーマーが出現した。
 軽装で勝てる相手ではない。



 郵便局の窓口。アルフォレスタ家の紋章『紅い瞳のレイブン』で封蝋した手紙が2通出された。

「速達でお願い致しますわ」

 作業を済ませたマルカは、外で待っていた太郎と合流する。

「ギルドの方はいかかでした?」

「即決は出来ないって事だったが、受付はしてもらえた。今すぐ貰えなくとも次に繋がれば…相手が相手だ、組織の後ろ盾が欲しい」

 いい効果を与えればいいのだが。
 その願いを胸に秘めつつマルカと太郎は、ハプス新聞社のあった建物の管理人を訪ね,事務所内に足を踏み入れることに成功した。
 が、そこはすでに荒らされ放題。社員名簿とゲラが残ってはいたが、例の事件の分は机にも本棚にも、引き出しにもない。
 遅かったかと諦めかけたところ、倒された鉢底から、折り畳んだ紙片を見つける。
 広げてみるとそこには、名前の羅列があった。

『ジャン・D・ジルドレ公爵/K銀行頭取キャバック・G/市議会議員オースチン/公営馬車組合エイブル名誉会長/ジェラルド侯爵…』

 なんだろうこれは。
 いぶかしむ彼らは引き続き新聞社――ハプス新聞社の閉鎖を伝えた新聞社――を訪れる。
 脱税疑惑の件について尋ねたところ担当記者は『公式発表』の一点張りだったのだが、紙片を見せた途端顔色を変えた。
 太郎は詰め寄る。

「知ってるんだな、何か」

「違う違う、あんたの勘違いだ。帰ってくれ」

 このままではらちが明かない。思ってマルカがハッタリをかける。

「…この件はすでに、スィーラ城に伝わってますわよ。陛下は中央から本格的な捜査をお入れになるおつもりです」

 記者はびくりと固まった。
 目が泳いでいる。

「…いいかよく考えてくれ。記者が狙われたんだとしたら対岸の火事じゃないはずだ。昨日は他人でも、明日にはあんただぞ。協力してくれればこっちも守りようがある、何とか力を借りたい」



 女中頭、執事、召し使い頭、主治医、警備兵は完全に公爵の味方。ゴミ捨て係の人も特権をもってる。
 彼らに共通しているのは屋敷付近に家を持ち、家族ぐるみで住まっているということ。
 そこまで頭にまとめながらエルレーンは、窓拭きをする。
 外はもう夕暮れ。
 職場仲間で親しいものが話しかけてきた。

「ねえエルレーン、今日おじさんは来る?」

「んー、くるとはおもうよー。しんぱいしょうだからねー」

 後知ったのは、公爵がよく人を集めて狩猟に出掛けるということ。
 昼にもやるが、時折夜にも催す。丸一日かけることもあるらしい。今日は、その同好のお歴々が来ている。
 皆お金持ちだったり立派そうな肩書だったり。多分そういう人としか付き合わないのだ。

「あ、エルレーン、おじさん来たよー」

「ほんとー」

 エルレーンは手早くエプロンで手を拭き、垣根のところに向かう。

「やあ、おじさん」

「おー。なあ…門のところ、やけに馬車が止まってないか?」

「ああ、今日はこうしゃくのおともだちがあそびにきてるの」

「…その友達とやらの名前、分かるか?」

「うん、キャバックさんにー、オースチンさんにー、エイブルさんにー、ジェラルドさんにー、あと何人かいたかな。それよりさ、気がかりなのは、そよぎさんたちがまだ森から戻ってこないことで…」

 エルレーンの口がふと閉じた。
 見慣れぬ目立たない服装の男が、どこからともなく寄ってきたのだ。
 太郎はエルレーンの手に紙切れを押し込む。

「おい、お前…妙なことを嗅ぎ回っているようじゃないか」

 彼らの正体についてはどうでもいい。公爵側だと判明しているだけで十分だ。
 太郎は咄嗟に近くに落ちていた木の枝を拾い上げ、青白い光を噴出させる。

「死にたくなかったら、どいてもらおうか!」

 武器としてはからきしだが、脅すだけなら役に立つ。そのまま正面を突っ切って逃げる。
 すぐ彼を見失った男たちはエルレーンのもとへ、とって返してきた。

「ちょっと話を聞こうか。あの男はお前のおじだそうだが、今何か」

 彼女は間髪入れず当て身で両者を気絶させ、彼らの着ていた服で手足を縛り猿轡をかけ、茂みに隠した。それから紙片を読む。

『この件、ジルドレ公の単独じゃない。共犯者というか、同好者がいる。そいつらが組んでやってるみたいだ。以下がその名簿だ――』



 アリステルにとって最も吐き気を催させるのは、リンスガルトの背面と自分の手の甲についたみみず腫れでない。公爵のあからさまな興奮状態だ。目をぎらぎらさせて鼻の穴を膨らませて、唇も半開きで。

「いたた…すまんのうアリステル殿。巻き添え食わせて」

「いや、いいさ。お楽しみの最中邪魔したについて手打ちだけですんだら安いもんだろ。ジルドレどんにしてみちゃさ」

 楽しんでいた折檻を中断したのは、ひとえに客人が来ていたからだろう。それを口実に割り込んだ身としてアリステルは、そう確信している。

「ていうか、あれに友達がいることのほうが驚きなんだけどさ」

「まあ確かにの…しかしそよぎ殿たちは遅いのう」

 自分たちに興味が向いていたお陰で、そちらのことは一時頭からお留守となっていたらしい公爵だが、さすがに遅すぎると思いだしはしないだろうか。
 やきもきしているところ、息せききってマルカが戻ってきた。彼女はリンスガルトたちの様子に驚いたようだったが、すぐ気を取り直し話し始める。

「皆様、重大なことが分かりましたの――この話、ジルドレ公だけではありません。もっと多くの人間が関わっている恐れが――」

 数分後、場にエルレーンからの書き付けが届けられてくる。

『ばれたみたい。森に行く。すぐ来てくれ』



 アーマーたちに追い込まれ行き着いた先には、古びた地下室の入り口があった。
 皆はそこへ飛び込み、重い扉を閉める。
 息を上げているロータスがエリカの剣を閂代わりに突っ込み、内側からカギをかけた。
 外から押す音が数度聞こえたが、やがて静かになる…といって危険が去ったわけでは全然ないのは誰しも分かっている。
 地下室と言っても暗闇ではない。壁に松明の明かりが灯されている。
 ロータスはエリカを降ろし、服を裂いて腹の部分を出させ、鏃を抜きにかかった。

「死なないでくださいよー。この先僕を養ってもらわなきゃね、いけませんから」

「あぐっ」

 呻くエリカに治癒を施すそよぎは、傷口のひどさに顔をしかめる。
 鏃には八方鋭い返しがついていた。体内に潜った瞬間開くようになっているらしい。だから引っ張られても抜けず、振り回されたのだ。
 階段の下から匂ってくる異臭に導かれるように下るとそこには、両脇に向かい合って並んだ檻と、中に入っている満身創痍の子供たち。真ん中のスペースには、明らかな拷問器具が複数。天井には滑車にロープ。

「これはまた…すばらしい趣味ですね」

 硝は冷静さを失いそうな己を必死で抑えた。
 奥の正面にある大きな檻には陰陽札が幾つも貼ってある。
 そこには、ほとんど透き間がないほど肥え太った蜘蛛のアヤカシがうずくまっていた。檻の外へ足を伸ばそうとしては障壁に阻まれ、苛立ちの唸りを上げている…。