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■オープニング本文 犬小屋を覗いたエリカはそこに、首輪だけを見つけた。 「…あいつまた抜け出してる」 ペットショップで買った格安忍犬(という触れ込みの)レオポールについて彼女は、相棒として使うことを諦めている。1度依頼に連れて行った結果分かったのだ。こいつはとてもじゃないが実戦には向いてないと。 だからこのように番犬として置いているのだが、どういう次第か最近こちらの目を盗んではちょいちょい抜け出している。 「スーちゃん、あんた何か知ってる?」 質問を受けた彼女の相棒もふらスーちゃんは、可愛く首をかしげた。 「ウン、知ってるでち。レオポールたん最近とあるお屋敷に通ってるでちよ」 「どうして」 「それは自分の目で見たほうが早いと思うのでちよもふふふふ」 ● エリカは固まっていた。 とあるお屋敷の庭へ勝手に入り込んでいる我がコリーの姿にではなく、彼と鼻先をくっつけているメス犬(サモェイド)の膨らんだお腹に。 「もうすぐ生まれる予定だから、付き添いしているのだそうでち。泣かせる話でちなあご主人たま」 「ええそうね…ってそんなわけないでしょうが! なんなの、何やってんのあいつ、人様の飼い犬に何やってんの!? ちょっとレオポール!!」 声が聞こえたかレオポールはようやくエリカの存在に気付き、地上から2メートルくらい飛び上がった。 あせあせ目を泳がせ、長鳴きする。 「ウオーンウオーン」 「あの、そういうわけなんで子供にもミルクと餌をよろしく。だそうでち」 「調子いいこと言うな! いいからちょっとこっち来なさいあんた! しゃれになんないことしてんじゃないわよ本当に…」 「ええ、全くですわね」 いきなり耳元で囁かれ、エリカはばっと振り向いた。 するとそこには頭を盛り倒し、孔雀の扇子を手にした夫人が。 「一体どこの駄犬がうちのメリーちゃんにおかしなことをしたのかと思ってましたら…あなたの飼い犬のようですわね」 完全に分が悪いためエリカも、平謝りするしかない。 「ええその、そのようで…すいません本当にすいません申し訳ありません。子犬の引き受け先はこちらが探しますので、申し訳ありません」 「言うまでもなく当然のことですわね。ですがそれだけでは到底けじめがつきませんことよ。誠意を見せていただきたいですわ、誠意を」 寒いのに扇子を振って顔を仰ぐ相手に、スーちゃんは首を傾げる。 「つまり現ナマでちか?」 「ホホホ。そんなもの我が家には溢れていますから入用ではございません――あの駄犬を始末していただければよろしいだけですわ」 予想外な要求にエリカは仰天した。レオポールはその場でちびった。 「えっ!? いや、それはちょっと…」 「何がいやちょっとですの。うちのメリーちゃんにくっだらない駄犬の子供を生ませるに至ったあの二束三文の役にも立たない無駄飯食らいなワン公の首をひねるなり刎ねるなり簡単なことでしょう?」 レオポールますますちびった。おまけに腰も抜かしてしまった模様だ。メス犬が心配そうにくんくん言っている。 しかしそこで、エリカの眉がちょっと上がった。 「…言いすぎではないですか?」 「おやまあまあ、口ごたえですか。あなた本当に責任感じてます?」 「感じています。でもレオポールは駄犬じゃありません忍犬です。貴重な犬です殺せません。貴重じゃなくても殺せとか論外です。そんな責任の取り方はしたくありません」 夫人は扇子をぱちんと閉じる。その口元が吊りあがった。目が細まった。 「…なるほど。それでは別の形で責任を取ってもらいましょうか」 言って彼女はパンパンと手を叩く。すると屋敷の中から執事が出てきた。 「奥様、何かご用事でしょうか」 「ええ、あの子を叩き起こしてらっしゃい。どうせまだ寝てるんでしょう」 執事が引っ込む。 数分後入れ替わりに、パジャマ姿の男が出てきた。寒くないように分厚い上着を羽織って。 「あれーエリカさん。どうしました?」 それがここ最近寄生目的で求婚してきているニートだとすぐさま解したエリカは、先にも増して大汗をかく。 「え…ロータス?…どうしてあんたがいるの…?」 「なんでって、ここ僕ん家ですもの。ちなみにそこにいるの、僕のお母様です」 その台詞が終わらないうち、窓から女の子が顔を出してきた。 「何してますの、お母様…あらエリカ様。うちに来たということは、とうとうお兄様を回収するお覚悟固められましたの?」 思考停止しそうなエリカだが、以下の無理難題を突きつけられては、現実逃避したままでもいられなかった。 「そこの無駄飯食らいを生かしておく代わりに、うちの無駄飯食らいをお引き取りなさいな」 「いいいいええええ!? いやですよ! どうして私が!」 「無駄飯食らいが好みなのでしょう?」 「全力で違いますから! レオポールは無駄飯食らいじゃありませんから! レオポール、あんた1つくらいなにかそれっぽいこと出来るでしょう! なんでもいいから見せてやんなさい! レオポール!」 |
■参加者一覧
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
村雨 紫狼(ia9073)
27歳・男・サ
そよぎ(ia9210)
15歳・女・吟
レビィ・JS(ib2821)
22歳・女・泰
誘霧(ib3311)
15歳・女・サ
リンスガルト・ギーベリ(ib5184)
10歳・女・泰
アーディル(ib9697)
23歳・男・砂
松戸 暗(ic0068)
16歳・女・シ |
■リプレイ本文 「なんかすっげ〜犬だな〜」 おかしそうに笑うルオウ(ia2445)に相棒猫又の雪は、不機嫌な返答をした。 「駄犬そのものですわね」 「まぁまぁ、役立たずって言われてんのも可哀想だし、評価変えてやれる様に頑張ろうぜぃ!」 言いながら彼らは庭に入って行こうとしかけ、即時番人に止められた。 「こら、誰だお前は!」 「俺はサムライのルオウ! よろしくな〜」 「ボンの目つけを先代より申し付けられております、ズィルバーヴィントと申します。良しなに」 「よろしくなではない、勝手に入ってはいかん」 「…あのねーちゃん勝手に入っていってたじゃん」 「マーチン様は貴族で素性がはっきりしておられるから、問題ない。ここは気安く平民の入れるところではないのだ」 「まあ失敬な。ボンだって名のある騎士の子ですよ。武具と志を受け継ぎ、今はさる貴族のお嬢様の護衛をしているんですからね」 それを聞きレビィ・JS(ib2821)は、相棒忍犬ヒダマリと顔を見合わせあう。 「困ったね。入れないんだって」 そこに近づいてきたのが、リンスガルト・ギーベリ(ib5184)。 「…見合いさせるまでもなかったという事か。レオポールめやりおるのう! 見直したわ!」 彼女は相棒である鷲獅鳥ILを連れ番人の元に近づき、堂々たる名乗りを挙げる。 「我が名はリンスガルト・ギーベリ。そちらも貴族に仕える身なれば、ギーベリ家の名は知っておるな? そこを通すがよい」 紋章を提示された番人は、さっと態度を変える。 「どうぞお通りください」 「うむ。おお、そこの者たちについても通してやってもらえるか。人柄については我が保証するでな」 フォローしてもらった村雨 紫狼(ia9073)は、一直線にレオポールのもとへ走って行く。 「レオポール、レオポールじゃないかあぁぁあッ!!」 見習い相棒からくり、タマミィも走る。 『わあ〜〜犬さんだぁ、パパぁ犬さんだよ〜〜』 紫狼は腰を抜かしちびっているレオポールを捕まえ、わしわしした。まるで旧友に会ったかのように。 「世の中、似てる奴は何人かいるもんだなぁ! このしょぼくれた顔、挙動不審全開の視線、完璧だ!」 突然の乱入にエリカも戸惑う。 「それ、何のこと?」 「あ〜いや、俺の知り合いのヘタレとおんなじ名前だったからつい、な」 ずしんずしんと足音響かせ、巨大な招き猫土偶キティと、主人そよぎ(ia9210)もやって来た。 「エリカさんて、年齢関係なく厄年なんじゃない? ごめんなさいどうしてもそうとしか思えないの。だってこんなにいつまでも変なことにつきまとわれているなんて、普通じゃないし」 表情を変えないまま(というか変えられないまま)キティが続く。 「イヌニモサキヲコサレルナンテえりかサンカワイソウネー」 「もしも天儀に来たときには、うちの神社にお参りしたらどうかしら。お祓い、安くしといてあげるわ」 曇りなき眼を注ぐそよぎ。 エリカは目頭を押さえる。 「ごめん、その善意痛い」 「汚れた心には純真さがことのほか鋭く突き刺さるものでちなあ、ご主人たま」 「黙りなさいスーちゃん」 誘霧(ib3311)は情けなさ満載のレオポールにちらりと視線を送り、ブルク夫人へ熱弁を振るう。 彼女の相棒迅鷹兎羽はその肩で、顔が似ていると思ったか、しきりとILを気にしていた。 「これは、順番が逆だっただけのことなんだよ。2匹は深く愛し合っているんだから、生まれてくる子の為にもデキちゃった婚を認めるべきっ」 賛同しているのだろう、レオポールが吠える。 「ウオウウオウウオウウオウ」 迅鷹、兎羽もキイッと鳴く。 うんうん頷いた誘霧は、一際力を込めて言った。 「そんな仲を裂くなんて、おばさん酷いよ!!」 途端、彼女の眉間に扇が入った。角部分は象牙で出来ているため、当たると結構痛かった。 「口を謹みなさい。その舌ペンチで引っこ抜きますわよ」 夫人の怒気を察し、そよぎは口笛を吹く。気持ちを宥めさせるために。 アーディル(ib9697)の相棒猫又桃浪がレオポールに近づき、自分より大きな背中をぱしぱし叩く。 「れおぽん、気合入れろにゃー。にゃに? あの頭山盛りの人怖いからエリリンに任せるとにゃ? そんなことにゃいかんのにゃ!」 やり取りを聞いて彼は確信した。これは実戦には全く向かないタイプだと。 とはいえ一応、訓練は受けているはず。何か出来る事の1つや2つはあるだろう。 (そこ見せて、頑張って貰うしかないな) アーディルの脇を、相棒忍犬関脇と通り過ぎた松戸 暗(ic0068)は、エリカの肩をぽんと叩いた。 「ふーん…事情はわかった。しかし100%レオポールが悪いしなあ。貴族の家の格も下なら殺処分は本来免れぬ。闘犬ですら、悪い血を殺されるからな」 忍犬育成をなりわいとする一族からしてみれば、これが正論だ。悪いものは捨てる、よいものは残す。 「え…ちょ、ちょっと待ってよ。何もそこまで」 「100歩譲っても去勢だろう。すでに孕ませてしまっているのだし、再発は防がねば。安心しろ、拙者が犬を押さえておいてやる」 彼女がそう言ったとたんレオポールが鳴いた。 「ピャー!」 『パパぁ、今犬さんが変な声出したの』 「…恐怖のあまりだろうな。気持ちとしてはわからんでもない…まあでも、ここの警備状況がどうかは知らねーが、その中をかいくぐってメス犬とズッキュゥゥン! してきた訳だしな。度胸はなくても、それなりに動ける奴なんじゃねーのか?」 『パパ、ずきゅーんってなーに?』 「あータマミィにはまだ早いから! そこの行き遅れの騎士のおば…げふげふ。お姉さんぐらいになったら教えてあげるぜマイドーターッ」 からくりの額を指でつつく男は、その姿勢のまま動けなくなった。鞘から剣を抜く音が聞こえたような聞こえなかったような感じだったので。 「…いやマジな殺気を飛ばす暇あったら、ちゃんと婚活しろって前にも言ったろ? 飼い犬にすら先を越されてるからなぁ、マジで婚期逃すぜ〜」 ルオウは鼻の頭をかきかき、言う。 「役立たずって言うけど、そんな事も無いんじゃね?」 臆病は危険察知に優れているとも言い換えられる。また、どんな形にせよきっちり抜け出したり潜入したりして、目的は達成しているのだ。 「1匹で貴族の家に忍びこむなんてスゲーじゃん。貴族なんだし警戒とか凄いんだろ? さっきも俺止められたし。それなのにこの結果なんだから…一種の才能はあんじゃねえかな?」 リンスガルトもその意見に乗り、ブルク夫人に指摘する。あくまで礼を失しないように。 「左様。自らの意志で首輪を外し、御身の屋敷の敷地内に誰にも気付かれる事なく幾度も忍び込み、雌犬を口説き落とし己が伴侶と成す…これは只の犬には勿論、訓練を受けた忍犬にも中々出来ぬ事よ。御身が如き裕福な貴族であれば、警備の人員もおらぬわけではあるまい?」 ブルク夫人は扇を広げ口元を隠し、つけ睫が重そうな目を細める。 「なるほど、確かにそうかも知れませんわね。けれども、それが即有益性となるかというと疑問ですわ。戦えない忍犬にどういう利用価値があるのでしょうねエリカさん?」 エリカは言葉に詰まる。レオポールが実戦においてまるで戦えなかったことを知っているだけに。 暗が肩をすくめた。 「数日あれば拙者が仕込めたが、今というのは厳しいじゃろ。去勢することで勘弁願うか、せめてそのダメ人間のロータスは引き取るべきでは? 朋友の失敗は主人の失敗、運命共同体ゆえに朋友じゃと思うが」 ロータスの妹ローズが、窓から呼びかけてくる。 「一応言っておきますとメリーもうちの財産ですから、法に訴えることが可能ですわ。裁判となれば大概爵位の高い方が勝ちますし、まして今回のはあまりにもエリカ様に分がないですし、ここで手打ちなさった方が家名に傷がつきませんわよー」 アーディルは眉をひそめた。 (縁談関連に口だすつもりはないが、嫌がってるのを押しつけるのもどうか。恋愛成就したいなら何か1つ位有能な所を見せるとか必要ではなかろうかな) ともあれエリカが反論する。かなり苦しいと自分で思いながらも。 「戦えなくても、例えば敵陣から何か盗んでくるとか、そう言った方面での使い道はあるのではないかと」 「現状を見るに敵陣で見つかった場合すぐさま果てそうですけれど」 いちいち痛いところを突いてこられるが、ここではいそうですねというわけにもいかない。 ルオウが口を差し挟む。 「テストしてみたらどうかな。例えばその、そこのメリーちゃんてのどっかに隠してさ。それを探させる、みたいな」 その意見に暗は、難色を示した。 「しかしルオウ、貴族の邸宅にさらに忍び込ませて有効性を証明する? こちらが悪人なのにさらに心象を悪くしてどうする! しかも、忍犬の有効性など向こうの家に全く関係なかろう」 理屈ではそうかもしれないが、この際論点を多少なりとすり替えなければ現状打破は出来ない。 そのあたり鑑みてリンスガルトは、言った。 「今のはなかなかいい案ではなかろうか、ブルク夫人。駄犬の子ならいざ知らず、卓越した能力をもつ親犬から生まれる子犬ならば、汝らにとっても価値があるはずじゃ」 レヴィも控えめに述べる。 「私もそう思います。やれば出来る子のような感じがしますし。やってみて損はないと思いますよ。厳重に鍵をかけた部屋の中、乗り物に乗せ屋敷の敷地外へ連れ出す等物理的に探し出すのが難しい場所に隠すのは無しの方向で」 誘霧は親指を立て、はしゃぎながら同意した。 「そう、彼にはミッションをこなしてもらうの。題して、『囚われの嫁犬を探し出せ』苦難の末、離れ離れにされた嫁犬と廻り逢うというロマン!」 そよぎも協力する。 ひとまずレオポールの好感度を上げようと歌ってみる。 「ほらよく見て♪ 正真正銘コリーだよ♪ 忍犬講習も(多分)受けてるし♪ 血統書だって(一応)あるんだよ♪ メリーちゃんには不足なし♪」 それから説得にかかる。 「生まれてくる子供達にはやっぱり父親が必要だと思うの。それに大きくなってお父さんのことを聞かれたら、『ブルク家の人達が犬鍋にして食べちゃった。特に奥様は2回もおかわりした』なんてかわいそうすぎて言えないわ!」 少し気持ちが和らいだか夫人は、扇でひっぱたいて来なかった。絹のハンカチで目元を拭う。 「では、剥製にいたしましょう。さすれば子供たちも成長したとき父の姿を見られましょう」 なんか違う。 そよぎは激しく思ったが、キティが不気味な効果音をつける中更なる押しをしてみる。 「それにエリカさんには心に決めた人がいるのよ」 「あら、そうですの。でも大丈夫ですわよエリカさん。心はどうでも体さえ引き取っていただければそれで。この段階まで来たら私も贅沢は申しませんわ」 この人そもそもの思考回路がおかしい。 確信を得そうになるところ、エリカ本人が話し始めた。 「マダム・ブルク、お願いします。1度だけでいいのでレオポールの能力を証明させてください」 「証明出来なかった際はどうしますの? そこのところ、はっきりさせていただきませんとね。犬の処分とロータスの引き取りと、どちらを選ぶんですの?」 歯を食いしばって葛藤した揚げ句彼女は、ヤケ気味に叫んだ。 「分かりました! 引き取ればいいんでしょう引き取れば! でも結婚なんか絶対しませんから! 居候として物置に放り込んでおきますから!」 ● 「ご主人たまは売られてもいない分までケンカを買うのが趣味でちか?」 「おい、メンタル豆腐の女。しっかりしろよ。お前が自分で言っちまったことなんだからさあ」 『おとうふっておいしいよねー』 「エリカさん勢いで物言っちゃうタイプですよね」 「その単純さにこちら救われますわ」 「…あななたちは静かにしておくってことが出来ないわけ…?」 紫狼と相棒たちとブルク兄妹に囲まれ眦を険しくしているエリカはともかくとして、レオポールは泣きそうな顔をし実際泣いていた。 鼻水も出ているその姿に、雪はとても嫌そうだ。 「なんで私がこんなクズみたいな犬の為に動かなくてはなりませんの…」 ルオウはそれを宥める。 「そう言わずに、手伝ってやろうぜ。乗り掛かった船だ」 そよぎは士気を上げてやろうと、コリーの落ちた肩を叩いた。 「わんわん、あなたの力の見せ所よ! ここを乗り切れば幸せな家庭生活がすぐそこに!」 レビィはヒダマリがレオポールを励ましているのを横目に、状況確認。 現在相棒含めて全員屋敷の外。嫁犬が隠されているのは邸内のどこか。これからそれを、レオポール1匹だけで捜し当てる。通常どおりの警備をしている中を、だ。 先ほどテスト内容を説明されたときレオポールは、ひたすらガクガクしていた。 (…やれるかな…) 懸念はするが、もうここまで来たらやるしかない。 リンスガルトはレオポールの頭をわしと掴み、自分の方にねじ向ける。鼻先に小さな鉄棒を突き付け。 「万能鍵開けじゃ。施錠された場所におるかも知れぬでな」 怖い顔をして、ひそひそと。 「…汝の亡きあとあの性悪の巻き糞頭が子犬達を生かしておくと思うか?」 レオポールの顎が外れそうに開いた。 「汝だけではない、子供達の命を救え! 汝と嫁と子供達、全員の幸せな未来を守るのじゃ…臆病心はここにおいて行け、男となれ!」 色々駄目だが人間の言葉への理解度だけは、かなりのものらしい。 そこを見込んで紫狼も発破をかける。 「タマミィも、レオポールと一緒に頑張ってやるからシャキっとしろよ! このままじゃ、愛しの彼女と身ごもった子犬がどうなるかわからねー…ヘタレじゃ家族は守れねえ、気合入れろよ、親父なんだろレオポール!!」 やっとやる気を出したのかレオポールは屋敷に向かい直した。 周囲をゆっくり巡り、とある地点で止まる。彼が鼻先で塀の一部を押すと、そこが動いた。入り込み、今度は向こう側から押す。穴が塞がる。 「‥‥まぁ大丈夫なんじゃないかな」 レビィが言った直後、ローズが大声を出す。 「皆のもの、出会えー! くせ者が侵入しましたわー!」 かたずを呑んで見守っていたエリカが目をむく。 「な、なにしてんのローズちゃん!?」 「いえ、だってこれ敵陣に忍び込むテストでございましょう? ここからどうするのかが真の見物でございませんの」 しれりと彼女が言う間に、わらわら警備が出てくる。 「ピャー!」 レオポールは電光石火屋敷の壁にへばり付き、上り始める。 「おい、竿持って来い竿! 叩き落とせ!」 これはいかんと見たルオウが、雪に頼む。 「なあ、手助けしてやってくれよ」 「やれやれ」 雪は呆れ声で言い、即刻塀を乗り越え場に乱入した。光が弾け、人間たちの目が一瞬にしてくらむ。 「あ、今のはずるいですわ!」 「先にずるしたのそっちにゃん!」 ローズの抗議に反論する桃波。 「そうだよ、桃の言うとおりだよ。隠密行動を試してるのに、居場所を知らせるのはナシだよ!」 誘霧は密かに兎羽を放つ。兎羽は人々の目がくらんでいる間に、レオポールの襟首をわし爪で掴み、上に行く手助けをしてやった――かなり痛がられていたが。 どうにかこうにか屋根まで上ったレオポールが、煙突から潜り込んで行く。 「あっ、あいつ中に行ったぞ!」 「暖炉に火入れろ火!」 物騒なことを言いながら邸内になだれ込んで行く人々。 見計らったかのようにレオポールは煙突から出、再度庭に降りる。植え込みに飛び込んで姿をくらます。 「…思ったより頭が回るようじゃな」 「…そうね、意外と」 はらはらした様子のエリカに暗は、続けてこう持ちかける。 「しかし1匹ではきつそうじゃな。手伝ってやろうかの? 拙者と関脇なら、あの雌犬の居所を突き止め連れ出すくらいのことはやれるぞ。ぬしの犬がやったように偽装して見せるわけじゃ」 対し彼女は首を振った。 「そこはレオポール本人がしないと意味がないから、いいわ」 悲しそうな遠吠えが聞こえてきた。アーディルは声を大に励ましておく。 「レオポールー、嫁と生まれてくる子供の為に気合い入れて頑張れ!」 ひとまず成果を見届けておかなければなるまい。 ということで一同、邸内に移動する。 ● 邸内におけるレオポールの足取りは、主に関脇とヒダマリが追いかけた。同じく忍犬の鼻をもってすれば、仲間の後を追いかけるのもやたすい。 だがしかし、別にそうじゃなくても行方を追いかけるのは簡単かもしれないと、紫狼など思うのである。 タマミィによる以下の報告を聞いて。 『パパぁ、こっちにもちびり跡があるよー』 残念な粗相ぶりだ。 思っていると早速ロータスが、うそぶいてきた。 「こうも痕跡残して、潜入役として使い物になるんですかねえ」 ちびり跡をモップでフォローしている誘霧が抗弁する。 「立つよ、だって現に潜入してるじゃない。今日はちょっと緊張してるだけだよ」 ヒダマリたちが鳴いた。螺旋階段の下から上に登って行く。 どうやら目当てのものは上の階にあるもよう。 とある扉の前まで来て関脇が鼻を鳴らし、ヒダマリは前足で掻く。 押して開ければ、雑誌だのなんだのでごちゃった部屋だった。 「ああ、これ僕の部屋です」 誰もいなかったので次の扉に移動。 開けてみればかわいい内装の壁際に、ずらっとボウガンだのクロスボウだの並べてある部屋だった。 「私の部屋ですわね」 ここにもいない。 とその時、けったいな叫び声が。 「ピャー!」 引き続いて銃声。 一同声がした方へ駆けつける。 一際豪華な家具調度が置かれ、銃器もわんさと飾られている部屋に。 「あら、お母様のお部屋ですわ」 後足立ちで壁に張り付いたレオポールの体に沿って、弾痕が出来ている。 しかして奥様の膨らんだスカートの後ろでは、雌犬がカゴに入って鳴いていた。 「キャン、キャン」 ここが限界と見たリンスガルトは、ILと割って入る。 「あいや待たれい! レオポールは今確かに伴侶を捜し当てた! これ以上テストを続行するのはフェアではありませぬぞ!」 誘霧もとりなす。 「そうだよ、おば…奥さん。ここまでしたなら、レオポールは合格だよ!」 ルオウも言う。 「俺もこれは、任務を果たしたとしていいと思うぜ」 アーディル、そよぎ、レビィも。 「少なくとも、本当の役立たずには出来ないレベルではないかと」 「そうだよ、もう2人の仲を認めてあげて!」 「とりあえず潜入には成功していますし」 猫たちも鳴く。 「そうだにゃ! ゆきりんの言うとおりれおぽんは合格なのにゃ!」 「かろうじて、でしょうけどね」 「モウユルシテアゲナヨー」 ブルク夫人はエリカの方に視線を向ける。 「あなたはどう思われます?」 彼女はひとつ息を吸い、口を開く。 「とりあえず駄犬でないことは証明されたと思います、マダム・ブルク。どうかお腹立ちをお納め願えませんでしょうか」 夫人が銃を降ろす。 「いいでしょう。今回だけは目を瞑りましょうか」 場にほっとした空気が流れる。一番ほっとしているのがエリカであるのは言うまでもない。 「ロータスの更生について引き受けてもらうところで手打ちしましょう。今のところは」 「…え? マダム?」 「仕方ありませんでしょう、微妙だったのですから」 絶句するエリカの横で、暗が大きく頷いた。 「確かに微妙だったな」 紫狼が窓の外を見る。 「…まあな」 レオポールは嫁犬と鼻をくっつけ、再会を喜んでいるが。 主人の話はまだ終わりそうにない。 |