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■オープニング本文 騎士エリカはギルドに来ていた。 たとえ心が弱っていても実家だけには戻るものではない。傷口が大きくなる。今年はもっといい恋をしよう――そう自分自身に誓っての初仕事探しだ。 「ご主人たまは懲りるということを知らないのでちな」 「…スーちゃん、私今、何も言ってないけど?」 「いえいえ、言わなくてもなんとなく伝わってくるのでち。だって去年もその前も同じことでちたから」 「いいえ違うわ。私は今年こそ同じ轍は踏まない踏んでやらない」 「また出来もしないことを……」 「どーして出来ないって決め付けるのよ! 私だってちょっとは幸せになる権利があるでしょうよ!」 「上を見たらキリがないでちよご主人たま。ご主人たまは十分幸せでち。男女関係で経験することは大体網羅してるではないでちか。浮気されたとか知らない間に連帯保証人にさせられてたとか酔って殴られかけ殴り返したら入院されたとか」 「したくない経験ばっかしじゃないのよ! もう今年はそういうのしない! 絶対しない!」 「でもなー、ご主人たま男を見る目ないでちからなー。もうロータスたまでいいのではないでちか?」 「いやよ。なんであんなプータローを。そこまで落ちてないわよ私――」 そこで会話が止まった。どこかからいきなり矢が飛んできたのだ。エリカは反射的に避ける。スーちゃんの頭を思い切り掴んで、テーブルに伏せさせついでに。 矢は彼女らを越えて壁に刺さった。 「ちょっと、なんなのよ! 誰よ!」 椿事にざわつくギルド内だったが、犯人と思しき人物は名乗り出てこない。 よく見ると矢には手紙らしきものが結び付けてあった。 「何かしら」 開いて見るとそこには、こう書いてあった。 『エリカ・マーチンへ ロータス・ブルクのことについて、貴女に話がある。近くの栗の木公園まで来たるべし』 「わお、ご主人たま。新たな物語の始まりぽいでちよ」 「人事だと思って面白がらないでちょうだいスーちゃん。ていうか、なんでロータスのことで私がこういう物騒な脅迫を受けるわけ?」 「さあ。それは撃った本人に聞いてみなければ分かりまちぇん」 ● 「えーと…」 エリカは言葉を失っていた。目の前にいるのがちんまりした少女だったので。 金髪を縦ロールにしひらひらしたドレスを纏い、なかなか愛らしい外見。だが、背中に大型クロスボウをしょっている。 「…この果たし状みたいなの出してきたの、あなた?」 「私で間違いないことよ。最近お兄様に言い寄っているという男狂いの年増女のエリカ・マーチン様」 「いくら子供でもはったおすわよアンタ!…て、え、お兄様? てことは、あなたあいつの妹?」 「ええ。私はローズ・ブルク。今年で9歳になる見目麗しい才媛の令嬢よ」 つんと鼻を持ち上げる少女を見て、スーちゃんは感心する。 「自分でそう言えるあたり、ローズたんかなり心臓が強いのでちな」 「よくそう言われるわ。まあそんなのはどうでもいいことよ。とにかくエリカ様、私あなたに話があるの。お兄様のことで。あなた付き合っていらっしゃるの?」 この流れからいくと相手が言いたいことは一つしかない。 多分この子は自分に焼餅を焼いているのだろう。あんなのでもこの子にしてみれば、大好きなお兄さんという奴なのだろう。 思ってエリカは先回りした。 「あ、いえ違うのよ、付き合ってないわよ。だから安心して? お兄様とは何にもないから」 しかし、相手の反応は斜め上であった。 「なんでー! 付き合ってあげてようちから引き取っていってよ! あの生きた不良債権を!」 「えええええええ!?」 |
■参加者一覧
仇湖・魚慈(ia4810)
28歳・男・騎
アーニャ・ベルマン(ia5465)
22歳・女・弓
そよぎ(ia9210)
15歳・女・吟
デニム・ベルマン(ib0113)
19歳・男・騎
岩宿 太郎(ib0852)
30歳・男・志
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志
松戸 暗(ic0068)
16歳・女・シ
藤本あかね(ic0070)
15歳・女・陰 |
■リプレイ本文 「わお。これはとてもいいお話でちよ」 「どこがいい話なのよ! あいつプータローよ、私に食わせてくれって言ってきてんのよ!」 「ご主人たま。ロータスたまは確かに穀潰しのにーとでち。でちが…逆に考えれば問題点はそれだけ。種蒔き権兵衛だったり盗癖があったり虚言癖があったりギャンブル人間だったり酒乱と暴力がセットになっていたりといったこれまでのお歴々に比べれば、マシなほうではないでちか?」 「さすがエリカ様、うわさに違わぬボロボロな履歴書ですわね」 「いい加減にしなさいよあることないことベラベラと! 道行く人が本当だと思うじゃないの! 私の元カレたちはそこまで言われるほどひどくないわよ!」 「さあそれはどうでちょう。ところで聞いているのは通行人だけでもないのでちよ」 言ってスーちゃんは地面を軽く引っ掻いた。 すると土がとれ、薄板が現れる。 「ニンニン…む、見つかってしまったか」 板が跳ね返り、人と犬とが顔を出してくる。松戸 暗(ic0068)とその忍犬、まろまゆだ。 「話は聞かせてもらったが、まさか本当に実在したとは…」 憂える暗の言葉に、ワン、とまろまゆが合いの手を打った。 「取り柄は顔だけ、付き合うことは付き合うのだが毎回毎回男に必ずフラれて、その回数や今や両手で数え切れぬほど…だったか? 吟遊詩人の洒落歌に歌われていたので空想の人物だと思ったが…」 そこまで言った後暗は、エリカの肩を掴んだ。 「前に一緒に飲み会したときはそこまで深刻だとは思わなかった。まさかエリカが、あの歌で歌われていたエーリカだったとは…悲しいぞエリカ」 熱い涙が彼女の頬を流れ始める。 エリカは冷めた様子であった。相手の手に目薬が握られているのを見たせいかもしれない。 「…ねえそれすごい濡れ衣なんだけど」 しかし暗は塵ほども躊躇せず続ける。 「だからエリカ、今日はレベル1の練習として犬をつれてきた。おとなしい”まろまゆ”だ。男にそこまでフラれるのってきっと人格に何か問題あるんだよきっと」 まろまゆはエリカに近づき、匂いを嗅ぎ、尻尾を振った。 暗はくるりとローズの方を向く。 「地中で聞いていたが、ローズといったか、ロータスとエリカをくっつける手伝いをしてやろう。ただ、ロータスはエリカにはもったいなすぎる。どれだけクズ男であっても、エリカは全ての男にフラれてきたんだぞ。だからきっとロータスにも振られるに違いない」 ローズがフッと鼻を鳴らした。 「心配ご無用ですわ。お兄様もこれまで寄生した女のことごとくからダメ出しをくらいここまで来た人間…エリカ様を相手するに不足なき男ですのよ!」 パアアとスーちゃん、暗の顔が明るくなる。まろまゆも楽しそうに吠える。 「すばらしいことでちなご主人たま。相性バッチグゥではないでちか」 「全くだ。しかしロータス殿に相手してもらう前に、まず犬を飼ってみろ。犬も人間を良く見ている、まったく尊敬できなかったり、叱る・褒めるができずに信頼関係が築けないとまったく付いてこないぞ。もしも犬すらダメなら、きっともうだめなんだよ。犬をクリアできた時付き合おう……ん? 何故剣を鞘から抜くんだエリカ。いやいやエリカ、少し落ち着けまあ落ち着け」 無言で振るわれる白刃を曲芸のごとき動きで避ける暗とスーちゃん。 大道芸だろうかと遠巻きに眺めている人垣のうちから、幾人かが興味を示し近づいてくる。 そのうちに、エルレーン(ib7455)と相棒もふら、もふもふがいる。 「あ、やっぱりエリカさんだ。エリカさーん、またがーるずとーくしよー…ん? おきゃくさん、きてるの?」 「いや、あれはどう見てもお客さんとかいうものではないもふ。おーい、スポッティ殿−!」 近づいてきた彼らをいち早く発見した暗は、抜かりなくその後ろに隠れた。スーちゃんも同様。 「ご主人たま、狼藉はやめるでち。お友達の前で恥ずかしいでちよ」 「そうだそうだ。怒りの沸点が低すぎるぞ、エリカ」 「ちょっとやそっとの沸点じゃなかったわさっきのは!」 抜き身の剣を下げ髪を乱している相手に、エルレーンは聞いた。 「どーしたのー、エリカさん」 「どうしたもこうしたも…」 説明を始めようとするエリカだったが、その役は、ぬかりなく脇から顔を出したローズにかっさらわれる。 「ロータスお兄様の件でのお話ですわ。つまりかくかくしかじか――」 説明を受けたエルレーンは、眉を八の字にした。 「えー…そんなぁ、ふりょーさいけんとかをおしつけちゃだめ、なのぉ」 もふもふも珍しく、良識ある見解を示す。 「…さすがに我輩もそう思うもふよ」 「どうしたでちかもふもふたん。今日はいたく弱気でちな」 「いや、ここまでくると哀れになってくるもふ」 岩宿 太郎(ib0852)は相棒甲竜ほかみに、しみじみ語りかけた。 「出会えないだけが恋愛不運かと思ったらこういうパターンもあるんだな…エリカさんの周りはどんだけ濃いのだ…」 ほかみは知らん顔で欠伸し、近くにいる大きな招き猫型土偶――そよぎ(ia9210)の相棒キティの匂いを嗅ぐ。 嗅がれているキティは全然それを気にせず、主人とアーニャ・ベルマン(ia5465)、その相棒猫又ミハイル、それからエリカの会話に耳を傾けている。 「…とこういうわけなの。エリカさんのこれまでの経緯としては」 「ふうん、そうなんだ。何かとズタズタなんだね」 「ああ、こいつは向こう傷だらけの女だ」 「…あのね、オブラートに包んでものを言ってくれないかな…子供と動物相手でも、お姉さん傷つくときは傷つくのよ?」 「謙遜し過ぎでご主人たま。ご主人たまほど剛毛仕立ての心臓もってる人など他には虐待でち虐待でち!」 頬を引き伸ばされるスーちゃんをさておくそよぎは、ロータスなる人物について興味津々。素敵な人なら自分がエリカの代わりに彼女立候補してもいいかなーという軽い気持ちで、情報引き出しを試みる。 「ローズちゃんはお兄さんがいるんだー。あたしはお姉ちゃんと妹がいるけど、やっぱりかっこいいお兄ちゃんがいる子がうらやましいわ。どんな人?」 「そうですわね。熱出して寝込んでいる女に『ご飯まだ?』とか『着替え出して』とか平気で言えちゃうメンタリティの持ち主ですの」 「あー無理だわーあたしには無理だわー」 一秒でナシ認定を終えた彼女に、キティが忠告する。 『そよぎチャン、アルテイドノトコデダキョウシナイトオトコヒデリノママヨー』 「いやいや、あたしまだこれから出会いのチャンスたくさんあるし」 『オンナガトシトルノアットイウマヨー』 以下の台詞の際キティの目は、確実にエリカに向いていた。 『そよぎチャンモスグニアンナサビシイヒトニナッチャウヨー』 「ちょっとキティ、縁起でもないこと言わないでよ!」 「オブラートに包めって言ってるでしょうが!」 騒ぎを前に仇湖・魚慈(ia4810)は、相棒からくり、平伏丸蜘蛛子と言葉を交わす。 「あの人言われたい放題すねー」 「御意。清々しいほどの貶されぶりにございます。ご覧くださいまし、あちらでも」 蜘蛛子が促す方を見てみれば、藤本あかね(ic0070)とその相棒猫又トメが、ローズを相手にしている。 「ローズといったかい? あんた、若いわりになかなか人生見る眼があるじゃないか。家のクズをエリカというクズにくっつけようとする、たしかにうまくいけば一番いいかもしれないね」 トメはかなり辛口である。 だがあかねもあかねで結構なものだ。悪意が無いにしても。 「ふむふむ、ロータスさんはそんなにグータラで仕事もできない、人を見る目もなければ世の中をナメているカスなわけね。顔がいいのは私も気になるけど…ローズちゃん…あのね、エリカはたしかに顔しか取り柄がなくて、男を見る眼はないし人生生きるのもヘタだし、体の色気だけで生活した上での女の魅力もないし、男にはフラれてばっかりで世間一般では負け犬かもしれないよ? でも、これでもエリカは友達なんだよ…そんなクズの男とくっつけられるのは嫌だよ、不釣合いでも、エリカが一方的にだめでも、都合のよいイイ男とくっつけさせたいんだ」 「そうかねえ、私としてはエリカとロータスとかいうのはお似合いだと思うよ。でも、ローズちゃんや、いくらロータスがクズといっても、エリカもひどい不良債権だよ? いままで付き合った男、全てが『この女と一緒にいたくない』考えてフッたんだ。ロータスもきっとエリカから離れてあんたの家に戻ってくるよ。解決にならないんじゃないかい?」 「そんなことありませんわ。一度籍から抜かせば、第一継承権は失せますもの。うちの家は私が正式に継ぎますの。不良債権なんぞにはこれ以上手をつけさせませんわ。食いつぶすだけなのが見え見えですし」 「ほほう、そいつは立派な心意気だ。ちょいとエリカ聞いたかい、この健気な言葉を」 「ええ聞こえてるわよ。聞こえた上で言うんだけど帰ってくれないかしらね猫も人も」 (な、なんだか凄い状況だ…) 相棒のワールウィンドと共に立ちすくむデニム(ib0113)は、急にアーニャから袖を引かれた。 何を隠そう彼女は彼の恋人である。この新年からの。 「何、どうしたんですアーニャさん」 「あのね、この状況を打開するいい方法思いついたんだ」 ごにょごにょした耳打ちで、デニムが赤くなる。 「え、そんなことするんですか?」 「仕方ないよ。エリカさんが乗り気になってくれなきゃどうしようもないんだから。このまま流れに乗せられてたらエリカさんが不幸になる、そう思わない?」 かなり躊躇していた彼も、その言葉でなんとかふっ切った。確かに不幸になりそうだと。 「一人の女性が幸せになるのを手伝う、と考えれば騎士的に多分、OKです、きっと……」 ● 太郎とエリカがアーニャから引っ張られて行ったのを視界の端に留めたそよぎは、ぴんときた。女の勘とでもいうべきものである。 彼女はキティをローズの前に来るよう動かし、改めて話しかける。 「ローズちゃん、結婚したからって縁が切れるとは限らないわよ。エリカさんが仕事で何日も留守にするときは、実家に戻って食っちゃ寝するんじゃない?」 「ご安心を。邸外にジルベリア北限名産の白熊を多数放し飼いにし逆流を防ぎます」 ここまできっぱり言い退けるということは、普段からよっぽど兄に心労させられてるのであろう。 魚慈としては同情もないではない。 (が、紳士的には望まぬ結婚を応援するわけにはいかんので…どうにか三方良しといきたいすねぇ) 仮に無理をするにしても損食うのは男の役目で一つ。 そんな心意気でまずはしゃがんで、相手と視線合わせ。 「ふむ…大変なんすねー」 「大変なんてものじゃありませんわ。ああいうのに始終ゴロゴロされていては、お友達もおちおち家に呼べないじゃありませんの。死ねばいいのに」 ボソッと付け加えられた最期の一言に彼は、妹弟子が以前自分に向けていた視線を思い出してしまった。 (今の私は紳士なのできっと何かが大丈夫す大体私は何もしないなんてことはなかったですし、むしろ考えてから動けと言われてた口ですし) 自己暗示をかけつつ、のんびり宥める。 「なにかこう、いい方法はないものか、すねぇ。一発逆転のいい考え! は浮かばないんすけど…でも同じ苦労を分かちあえる者同士、ローズさんとエリカさんは友達になるといいと思うんすよね」 「いえ、なってほしいのは義姉ですわ。友達では引き受けさせられませんもの」 「うーん、友達に引き受けられないものを押し付けるのもどうすかねえ…」 遠い目をする魚慈を押しのけ、再度トメとあかねが出てきた。 「壊れたナベには壊れた蓋しか合わないもんだよね」 「エリカさん壊れたまではいってないよ。合うサイズの蓋がどこ探しても見当たらないだけだよ」 梢にぶら下がる暗も加わった。 「蓋に合わせ己を作り直すほうが早い」 蜘蛛子はすべての発言を聞いた上で、滔々と己の見解を述べた。 「率直に物申しますに、どなたもどなたで駄目かと。第一不良債権様に貰い手がついた所で血の繋がりが断たれる訳で無し、結局同じ事でございましょう。それよりは問題の不良債権様を叩きなおしたほうが速いかと愚考する次第‥‥そう、人格が変わるまで、文字通り叩き、治すのです」 ローズは言った。堂々と。 「そこも含めてお任せしたいんですの。数々駄目男と付き合ってきたエリカ様なら無理難題ではないはずですもの」 ● 「え…私が太郎と? 付き合ってることにする?」 「そう。そうしたらローズちゃんだって納得してくれる。エリカさん、以前太郎さんにぎゅっと抱きついてたでしょ。生理的には大丈夫ということですよ。第一関門クリアですよ」 名指しされた太郎といえば、急遽アーニャから借りたノーブリスキルトで身を固め、ついでにそのへんの花売りから買った花束を持ちという格好。 「エリカさん的にも不本意だろうがアレ押し付けられるより今俺と演技した方がマシだと思ってくれ」 「う…いやまあそりゃそうだけど、こんな急に短時間で、演技とか出来るの?」 相手側にさほどの拒否感がないのは何よりだが、しかしこの年まで恋人なんぞできたこともない身の上、太郎も実に心もとない限り――とはいえ手も足も出ないというわけでない。何しろ先程からいいお手本が繰り広げられている。 アーニャとデニムが屋台で買ってきたクレープを種に、いちゃつきまくっているのだ。 「はい、デニムさん、あーん♪」 「あーん」 「デニムさん、私にもあーんして欲しいな〜♪」 「お返しは、口移しの方が良いかな?」 アーニャの頬を撫で顔を近づけ囁き頬を染めさせる姿を目前に、太郎は血涙が出そうだった。 (ぐおおお、俺にはあまりに眩しすぎるっ) 一方エリカというと、素直にうらやましそうである。 「いいわねアーニャ。良さそうな人出来て…」 「エリカさんだって頑張れば出来ますよ! ひとまずこの苦難を乗り越えるには、この作戦をこなすしかないんです。さあ、やってみましょう太郎さんと。それらしくなるようレクチャーしますから。ね、デニムさん!」 「そ、そう。こ、こんな調子で太郎さんとエリカさんもカップルを演じれば、きっとローズさんも納得して下がってくれると思いますよ?」 腕を組み頭を肩にもたせかけと、やる気満々で更なるいちゃつきに走る主人から、ミハイルが目をそらす。 「なんか痛くて見てらんねえ」 そそくさ離れたローズのもとへ向かう。 彼女がそろそろ怪しみだしそうだと思えたので。 ● 「…ところで皆様さっきからなぜ私の周囲にばかり集ってますの? まるで何かを隠蔽しようというかのように」 9歳の指摘に、うっと一同詰まる。お茶を濁すのも限界であるらしい。 そこへミハイルが入り込んできた。 「エリカに不良債権を押し付けようってのはお前か」 「その通りですわ」 「ふっ…残念だな。エリカには既に恋人がいる。自分の目で確かめてみるんだな」 猫の手が指し示した先には、エリカと腕を組んでいる太郎の姿があった。 ぎくしゃくしてはいるがデニムを見習い、どうにかこうにか体裁だけは整えている。 「あの太郎って男だが、ああ見えてかなり強いぞ。おまけに稼ぎもある」 ローズは眉をひそめ、すぐさま反論してきた。 「あの方、さっき違う服装でそのへんにいませんでした?」 「おや、鋭いねあんた」 相棒の身も蓋もない肯定を、あかねがあわてて否定する。 「何言ってるのトメ、あれは赤の他人の空似だよ!」 太郎は精一杯の威厳を取り繕いつつ、ローズに近づいた。 (頑張れ俺、普段の俺を悟られるな!) 念じながら、宣言。 「彼女に惚れ込んでくれたのは嬉しいけれど、俺としても渡すわけにはいかないし渡したくはない。大変だというのはお察しするけれど手を引いて欲しい」 合わせる形でエリカも言う。彼と腕を組んだまま。 「…うんごめんね、そういうわけだから、お兄様のことは引き受けられないのよ。諦めてくれないかしら?」 そよぎが早速援護射撃を行った。 「お似合い! 太郎さん優しいし頼りになるし!」 本当にそうかは知らないが褒めたおす。 エルレーンも手を叩いて持ち上げる。 「わー、すてきー! にーととかよりずうっといいのぉ!」 「そうもふそうもふ! こんなに立派な相手がいるのだから、にーととかいらないもふ!」 そこにワールウィンドを従えたデニムがやってきた。ブティックで買ったマフラーをアーニャと二人巻きするという独り者には爆死ものの暴挙を行いながら、ローズへ優しく諭す。 「ローズさん、お兄さんを誰かに押し付けるより、お兄さんを鍛えなおす方策を練るほうが先決なのではないですか? 騎士が民の盾となるように、貴族であるならば民の先頭に立って率いるようでないといけないでしょう」 ローズは顎に手を当てしばし考え、きらんと目を光らせる。 「エリカ様、その方とキスしてみてくださいます? 付き合ってるなら出来るはずですわよね? おでことか頬とかナシですわよ。正式に唇」 予想だにしなかった言葉に場が固まる。 「仮にも騎士たるものがウソをつくなんてないですわよね?」 「な、ないわよ、ないわよ」 「じゃあキスしてみてくださいまし。どうぞお早く」 エルレーンは、もふもふと場を離れていく。 本当はとっても成り行きを見たいのだが、怪しい気配を感じたので離れないわけにいかなかったのだ。 近くのベンチの裏に回ってみると、まさしくいた。 「わあ、見つかっちゃった♪」 ロータスが。 「お主、妹にもひどく嫌われているもふな? その気持ちはわかるもふ」 エルレーンは彼の肩を叩いて忠告を与えた。 「あのねー、やっぱりひとにたよってばっかり、ってよくないと思うの。だって、エリカさんはかいたくしゃなんだよ? いのちをはって戦うの。それにくらべて、あなたはなにができるの?」 「自宅警備です」 「…エリカさんをささえてあげることもできないにーとは、あっちいっちゃえぺっぺっ」 「わわっ、ツバ吐かなくてもいいじゃないですか」 「お前に喰わせるタンメンは…じゃない、メシはないもふよ、自分の食い扶持は自分で稼ぐ気概を見せるもふ」 「いや、庶民ならそうでしょうけど僕の場合貴族ですからねえ。100%消費者という生き方で間違ってないと思うんです」 ベンチ裏の議論をよそに窮地に立たされているエリカたち。 太郎は彼の許容量を越える事態で頭が真っ白になっている。 エリカは必死に考え、意を決した表情となった。 太郎の頬を両手で挟み、そしてキスした。正式に口の上へ。 数秒そのままいた後顔を離し、ローズに微笑む。 「これで信じてくれた?」 難しい顔をしていたローズだが、引き際はよかった。 「…仕方ありませんわね。今日のところは引き上げますわ」 軽い足取りで戻って行く背中が見えなくなったところで、エリカが全身を震わせ始めた。 涙目で彼女は叫ぶ。 「何で恋人でもない相手とキスしてんのよ私はー!!」 そして全力疾走して行く。夕日へ向かって。 「あっ、待つでちご主人たまー」 それをスーちゃんが追って行く。 ほかみは、脳に血が逆流し過ぎぶっ倒れている太郎をつかんで飛び上がり、ばっさばっさ帰路に就いた。一応主人の仕事は成功したらしいから、リクルートを先延ばしにしておこうと思いながら。 どこかからのんびり鐘の音が響いてきた。 ああ、冬の日が暮れる。 |