ぽちッとな
マスター名:KINUTA
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/01/19 01:03



■オープニング本文

 熱砂の儀アル=カマル。開拓者たちはとある族長から訴えを聞いていた。

「里人がほとんど食われてしまいましたじゃ…家畜も…」

 涙ながらに彼が語るところに寄れば、ここより三里ほど行った小さなオアシス沿いの村が、巨大なアヤカシの襲撃を受けたのだという。
 それはとにかく大きく、びっくりするほど大きく、やたらと大きい巨人であり、目に付くものを見境なく食っていったのだという。
 命からがら逃げ切れたのは彼を含めた僅かな老人と女子供だけ。男たちは彼らを守るため巨人に向かって行き、一人残らず飲まれてしまったとのこと。

「お願いしますじゃ、どうか仇をとってくだされ」

 おのれアヤカシ、なんと極悪な。
 義憤に駆られた開拓者たちは早速現場に急行した。アヤカシを倒し村を壊滅させた償いをさせてやろうと。
 だがオアシスからゆっくり向かってくる敵の姿を目にし、予想していたのと違う姿に戸惑った。
 巨人…そう確かに2足歩行で2本の手があって頭が1つという基本的なところでその表現は間違っていないが…しかし、相手の顔には目も鼻も耳もない。穴の口がぽかっと開いているだけだ。手も足も指というものがなくミトンのように丸まっちくいい加減。
 全体の材質感からしてみれば巨人ではなく、巨大砂人形と呼ぶに相応しい。
 ほら貝のような鳴き声を上げている。

 オスナヨオスナヨーオスナヨオスナヨー

 何のことやら。
 いぶかしむ一同は更に近づき、気付いた。
 この巨人、へその位置にあからさまな怪しい出っ張りがある。

 オスナヨオスナヨーオスナヨオスナヨー

 言われるとなお押したくなってくる。一体あれは何なのか。押すと何かが起きるのか。

 オスナヨオスナヨーヤバイヨヤバイヨー

 あやしい。すごくあやしい。
 猛烈に押したい押してみたい。

 オスナヨオスナヨーゼッタイオスナヨー

 手をむずむずさせる開拓者たちは、次の瞬間か細い別の声を聞いた。

 おぉーい…たすけてくれー……

 おぉーい…

 それらは全て、巨人の口から漏れ出てきている。

 出られん…助けてくれー…

 なんと驚き。どうやら食われた村人たちは死んでいなかったらしい。

 …メェエエエエ…
 …ワンワン……
 …コッコッコケーッ…

 ついでに、家畜も生きているらしい。



■参加者一覧
椿鬼 蜜鈴(ib6311
21歳・女・魔
アムルタート(ib6632
16歳・女・ジ
エルレーン(ib7455
18歳・女・志
ドロシー(ic0013
21歳・女・武
帚木 黒初(ic0064
21歳・男・志
藤本あかね(ic0070
15歳・女・陰
アーク・ウイング(ic0259
12歳・女・騎


■リプレイ本文


 上からギラギラ輝く日光。下からも反射した日光。
 全身の水分を絞り尽くされそうな熱波に、藤本あかね(ic0070)は音を上げている。

「あっ、暑い!! アル=カマルってこんなに暑いの!? もうやだもう〜〜」

 椿鬼 蜜鈴(ib6311)もあかねほどでないが、嘆息ひとつ漏らす気分になる。隠れ場所のない炎天下というものに。

「相も変わらず陽の強い事じゃて…焼ける様じゃのう…」

 ジプシーであるアムルタート(ib6632)は、そのへん慣れというものか、わりかし平気そうだ。

「そっかな。今はまだ涼しい方の季節じゃない?」

 恐るべき言葉に対し、地平線を見つめる帚木 黒初(ic0064)がぼやく。

「これが涼しいなら何をもって暑いというんでしょうねえ…」

 『ベイル』を頭上に掲げ影を作っているエルレーン(ib7455)は、純粋に感心していた。

「アムルタートさんすごいねー。私なんかもう暑くて暑くてさあ…にしても、人でもなんでも食べちゃうなんて…怖いアヤカシだねっ」

 行く手から、あり得ないほど大きな人影が砂煙を上げ歩いてくる。
 歩いてくると言っても足幅が巨大であるから、人間にしてみれば走ってくるくらいの速度と感じられる。
 アーク・ウイング(ic0259)はきっとそれを見据え、気合を入れるため呟いた。

「これが私の初陣だね。まあ、それはさておき、里人を食べた巨人か。アヤカシの事情なんか知らないけど、報いは受けて貰わないとね」

 そして皆から少し離れ、アーマー『人狼』の機動にかかる。
 エルレーンは『ベイル』を頭上から降ろし、『黒鳥剣』を近づいてくる対象に向け掲げる。

「私は剣、私は盾…おっきな相手にだって、負けたりしないもんッ!」

 しかし相手が接近し、姿がよく見えてくるや、怪訝な表情となってしまう。
 里人の話から予想していたのと大分違う容姿なのだ。村人や家畜を総なめにし食ってしまったということから、牙や顎の発達したさぞ凶悪なものだろうと想像していたのだが、蓋を開けてみれば。

「…しかし、何ともまぁ…図体ばかりでかい木偶人形が出たものじゃ」

 蜜鈴が言うとおり、簡単な木枠にはめて作った粘土人形という具合。
 手足の造形は指なしの丸い塊。目鼻も耳もなくつるんとした顔面にぽかんと穴というか口というかそんなものが空いているだけ。
 おまけになにかひっきりなし、間延びした咆哮を上げている。

 オスナヨオスナヨーオスナヨオスナヨー

 それを聞いたドロシー(ic0013)が、かくりと首をかしげた。

「おすなよーって……あれですか? 私の体はお砂でできてるのよーという自己アピールです?」

 確かに見る限り巨人の体は、砂の集合体である。
 腐れ縁相手からの質問を受けた黒初が、かなり適当に答えた。

「ああ、アレは確かにお砂よ、などと言いましてね…」

 その途中ではっと彼は目を見開く。アヤアシの腹についているこれ見よがしな異物に気づいて。
 赤い出っ張り‥‥いやむしろボタン。絶対にボタン。ボタン以外にあり得ない。

 オスナヨオスナヨー。ゼッタイオスナヨー。

「…押すなよだなんて…いやははは、まさかそんな…まさかそんな、ねえ?」

 誰に言っているのか分からぬ調子で言葉を濁す黒初に続き、『人狼』を鎧ったアークが言う。

「あのボタンみたいな出っ張りは何だろ? うーん、あんなのを見ていると押してみたくなるよね」

 アムルタートも激しく同意を示す。

「ふ‥‥押すなと言われたら押したくなる! これ人として常識ー!!」

 それでようやく『押すなよ』の意味合いを悟ったドロシーが、ぽんと手を打った。

「ああ……なるほど。何はともあれ早く倒さなくてはいけませんね」

 彼女がすっきり得心した所で、また別の声が聞こえてきた。
 人と家畜の細々した呼び声である。

 …おおーい…たすけてくれー…
 …メェェエェェエ…
 …ワンワン…
 …コケッコー…

 どうやら食われたものはまだ生きているらしい。開拓者にとってうれしい驚きである。
 エルレーンは彼らに聞こえるようにと、大声で返した。

「だいじょうぶだよー、今出してあげるからねぇー!」

 アヤカシは見上げんばかりの大きさ。一筋縄では行きそうもないとはいえ、時間を食うわけにもいかない。
 理由は、以下蜜鈴が述べるとおり。

「声の限りでは喰われた者達も生きては居る様じゃが、長々と瘴気の元に晒す訳にも行くまいて、早々に倒してしまわねばのう」
 とりあえず真っ先に攻撃すべきは足であろうと意見を集約し、まずドロシーが、『皇帝』にて射撃を試みた。恐らく人々がいるだろう腹部分には当たらぬよう、細心の注意を払って。
 難無く命中。しかし。

 ぱす。ぱす。

 全くダメージとなっていない。
 弾が開けた穴は瞬時に塞がってしまう。

「うーん、これは皆で一斉に行かないと難しそうですね」

 残念そうに零すドロシーは、眉をひそめる。

「しかしあんな大きな体。どうやって中に入れるのでしょうね……? あの手で持てるのかしら」

 妙な所が気になってきて、隣にいる黒初を『天鈴』の柄でぺしぺしやる。冗談半分、本気半分で。

「黒初。あなたちょっと食べられてきなさい。後で助けてあげるから……もしかしたら隙とか、出来るかもしれないじゃない?面白いあなたも見れるかもしれないじゃない」

 黒初はじっとりした目を腐れ縁相手に向けた。

「……後者がなければ少しは考えのある意見にも聞こえたのですがね。絶対嫌です」

 言ってから『舞竜天翔』を広げ片手にブンブン振り回し、駆け出す。

「――囮というだけならかまいませんけどね!」

 アムルタートも彼と共に、囮役をかって出る。大きく身振り手振りし、注意を引く。

「おーい、こっちこっちー!」

 激しい動きと音に気をそそられたのか、巨人は生きのよさそうな獲物から飲み込もうと追いかけ始める。よく分からない鳴き声を上げて。

 ヤバイヨヤバイヨーヤバイヨヤバイヨー

 蜜鈴が戯れる。

「目隠し鬼の様じゃのう。鬼様此方♪とな」



「砕けちゃえッ、アヤカシめッ!」

 エルレーンは囮を追いかける巨人の後ろに回り込み、『黒鳥剣』で右足首を切りつけた。
 刃は確かに入った。だが――そのまま抜けた。切ったという手ごたえがほとんどない。砂山を刃で払うのと大差ない感触。勢い余ってたたらを踏む。

「これでも喰らえい!」

 巨人の前を駆けていたアムルタートが、どさくさ紛れに足の間へ飛び込んだ。
 エルレーンに切りつけられた箇所へ向け『焙烙玉』を投げ付ける。
 爆発が起き、その部分の砂が多量に吹き飛んだ。
 それでも巨人は倒れなかった。
 失せた部分を地につけ、そこから砂を吸い上げ、たちまちにして形を復元させるのだ。
 どうやら自分と同じ構成物が身近にある場合いくらでも再生可能らしい。
 とくると通常の肉体攻撃はあまりききそうにない。

「此奴に斬撃は暖簾に腕押しと他ならぬか‥‥」

 あの緋色の臍が攻略のカギを握っていることは間違いなさそうなのだが、いかんせん位置が高すぎる。

「見上げるは好かぬての。おんしちと跪け」

 扇の陰でうそぶく蜜鈴は、巨人が止まった機会を逃さずその足へ水と――勿体ないが酒もかけた。
 水分を吸い黒く変色した箇所へ、呪歌により、猛烈な冷気を吹きつける。
 砂に吸われた水分が凍りついた。
 巨人の動きが急に鈍る。地表の吸い上げがその部分だけ止まった。どうやら乾いた砂でないと同化しにくいものらしい。
 ドロシーが凍った箇所を『天鈴』で突くと、乾いた粘土がはげ落ちるように、固まってぼろっと落ちてきた。
 再生は滞ったままだ。

「なるほど…まとめて吹き飛ばせば崩れるかもしれません、わね」

 その部分の再生が滞っているのを見た黒初は、惜しそうに言った。

「雨でも降ればいちころなんでしょうがねえ…おっと!」

 覆いかぶさって来る手を『虎徹』で凪ぎ払う。
 速度も動作も素早いとまではいかないアヤカシだが、それでも大きさが桁違いであるため、油断ならない。
 困ったことに体を切られても痛みを感じるように作られていないらしく、いくら攻撃されても動揺というものが示さない――まあ、最初から顔がないけど。

「捕まりそうで捕まらないって難しい気もしなくもないのですが」

 そこで巨人が右手左手を両側から接近させ、獲物を挟み撃ちにしようと試みた。蚊を叩く要領である。

(まずっ‥‥)

 一瞬焦る黒初。だが幸いあかねの援護が入った。

「瘴気よ集い鬼となれ、行けっ!」

 『陰陽符』から鬼が生み出され、巨人の腕に向かった。
 鬼は巨大な顎で、腕を構成している砂を食う。再生する端から食う。
 アークが『長曽禰虎徹』で、左足の破壊に挑む。
 そちらは濡れていないので、打撃がほとんど通り抜ける形となった。繰り返し繰り返し、砂が集まってくる。

「やはり胴体でないと、決定打にはなりませんか」

 と彼女はぼやくが、巨人の再生力も徐々に落ちては来ている。
 蜜鈴が放った雷により、右足が膝まで四散する。
 砂ぼこりが充満し視界を遮るただ中、近づいた尻に向け、エルレーンが切りつけた。もしかしてそこから切り開けないものかと。口は遠いので難しいとして。

「おおーい、動けるようなら、こっちの方に来てー! こっちだよーッ」

 それにはアークも加勢したが、いかんせん尻は濡れていないので穴を空けられなかった。
 そもそも、この巨体全体を濡らせるほどの水など誰も持ち合わせていない。
 こう来ると残る手段はアレしかない。

「はうぅ…お、おしたい…押していい? ねえ、押していい?」

 手をうずうずさせるエルレーン。
 蜜鈴がニヤリと笑む。

「腹に風穴を開けてやろうてのう」

 巨人は際限なく腕を食い続ける鬼を払おうと、鈍った動きを繰り返していた。そしてまだ言っている。

 オスナヨオスナヨーゼッタイオスナヨー。

 かがんだ体に駆け上がる、前衛開拓者たち。
 全員配置に就いたところで、エルレーンが号令をかけた。

「あーらほーらさっさー!」

 ドロシーが至近距離から『皇帝』を構える。

「ぽちっとな…というかどきゅーん。って感じですわね!」

 アムルタートも『エア・スティーラー』を向ける。

「いっくよー♪」

 エルレーンがアークと、体当たりをかました。

「え、えーい!」

 砂漠に決め台詞が響く。



 ぽちっとなー!



 巨人のぱこっと割れた頭部から、瘴気の塊が、髑髏の形をとって噴き出す。



 オシオキダベエェェェェェ…



 妙な断末魔を上げた次の瞬間、人型が盛大に崩れ落ちた。
 砂の瀑布が頭上から押し寄せてくる。
 黒初は口元を素早くストールで覆った。

「おやあっけない……こんなのでよかったのでしょうか」

 一人ごちながら逃げ、上から落ちてきた人影を受け止める。
 それがドロシーだと知り、若干眉間を狭める。

「…なんだか嫌そうな顔してない?」

「いえ、特には。たまにイラッとするけど義理があるから仕方ないですよね」



「ぺっ、ぺっ…砂だらけなの。あうぅ、お風呂に入りたいよぅ」

 口の中に入ったものを吐き出すエルレーン。
 彼女は黒初、アーク、ドロシーらと砂をかきわけ、埋もれた村人たちとを家畜を引っ張り出している。

「大丈夫ですか−?」

「げほっ、ありがとうございます」

「生きてますかー」

「メェエエエエ」

「あっこら、逃げちゃだめ!」

 引っ張り出されるや走りだしたヤギは、蜜鈴がつる草で捕まえた。

「誰ぞの家畜か? 大事なれば早々に連れ帰られよ」

 アークは掘り起こした鶏とヤギが息絶えているのを確認し、悲しげな顔をした。
 救出された村人は生きている家畜をなだめ、集めている。

「ほう、ほう。こっちじゃ、こっち…」

 最終的に人間に損害はなく、駄目になった家畜もアークが見つけた鶏2匹と、ヤギ1匹。
 最小限の被害と言っていいだろう。

「いや、ありがとうございました。お陰で助かりました」

 オアシス村の男たちは集って開拓者たちに礼を言う。
 ドロシーは彼らを称えた。

「大切な家族を守るためにあんな大きなアヤカシに立ち向かうなんて……なんというか。皆さん素敵ですわね。本当に無事でよかったですわ!」

 男らは少し照れたように、頭をかいた。

「いえ、当然のことでございますんで」

 当然のこと。
 その物言いが蜜鈴には、好ましく聞こえる。

「おんし等大事無いか? 帰ってゆるりと休むが良い」

 もう一度頭を下げた村人らは、家畜と一緒に村へ戻って行く。エルレーンとあかねも、ちゃっかりそこに紛れている。

「あ、あのぅ…村にはお風呂とか、あったりする?」

「私もう体中、髪の中までザラザラ…」

 彼女らの願いは叶えられるはずだ。何しろ村には尽きせぬオアシスがあるのだから。
 彼らが家に帰ればきっと家族は喜ぶだろう。お祝いのようだろう。
 思いながら蜜鈴は仲間に振り向き、笑いかける。

「さて、わらわたちも帰ろうかの――あーく、おんしはその鶏とヤギと、どうするつもりじゃな?」

「あ、埋めて…弔ってやろうかと思います。村の近くに。そうしたら、寂しくないでしょうから…」