【未来】帝国の一番長い日
マスター名:KINUTA
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/03/22 01:50



■オープニング本文

 とある資料室――一人の青年が、過去の報告書を整理していた。
 足元には暖房器具の中で宝珠が熱を発し、もふらが丸まって暖を取っている。
 彼は眠そうな瞳をこすりながら紙資料の山をめくり、中に少しずつ目を通していく。
 そこに記されているのは、遠い昔の出来事だ。
 それはまだ嵐の壁が存在していて、儀と儀、地上と天空が隔てられていた時代の物語。アヤカシが暴れ狂い、神が世界をその手にしていた時代の終焉。神話時代が終わって訪れた、英雄時代の叙事詩。
 開拓者――その名は廃されて久しく、彼らは既に創作世界の住人であった。
「何を調べてるもふ?」
 膝の上へ顔を出してもふらが訊ねる。
 彼が資料の内容を簡単に読み上げると、もふらはそれを知っているという。
「なにせぼくは、当時その場にいたもふ!」
 そんな馬鹿なと彼は笑ったが、もふらはふふんと得意満面な笑みを浮かべ、彼の膝上へとよじ登る。
「いいもふか? 今から話すのはぼくとおまえだけの秘密もふ。実は……」
 全ては物語となって過ぎ去っていく。
 最後に今一度彼らのその後を紡ぎ、この物語を終わりとしよう。





 冬の寒さも緩み、春に向かおうかという頃だった。星の降るような夜だった。



 スィーラ城の周囲には無数の臣民たちが集まっている。
 誰も喋らない。ただひたすら、避けようのないものを待っている。
 城内のホールには数多くの貴族達が訪れひそひそ囁きあっている。
 彼らもまた待っているのだ。いつか来るとは知っていながら、今日ではないと思い続けてきた時を。
 城の最奥には皇族たちが集っている。彼らがどのような話をしているか、部外者には知るよしもない。
 ホールの話し声が止む。勅使がやってきたのだ。
 美々しい衣装に包まれた男の口から、抑揚のない言葉がほとばしり出る。
 それは瞬く間に皇宮の隅々まで広がり、路上で待つ人々の間へ広がり――翌日にはジルベリア全土を覆い尽くした。
 他儀にその波が押し寄せるのは、明日か、明後日か。
 帝国領内にある国旗は軒並み半旗を掲げる。


 ガラドルフ先帝、崩御。



 ジェレゾにある酒場。
 女博物学者ファティマが、カラカルのそぎ立った耳を動かした。

「変な感じやなー。あのガラドルフ帝が死ぬとか。ちょっと信じられへん感じやわー。まあ、もう何年も前に退位しはってたけどな」

 同じテーブルについている女騎士エリカは、相槌を打つ。

「そうなのよ。なんだかねえ、ずっと生きてるもののような気がしてたわ…なにしろ生まれたときから陛下の御世だったし。確かにお年はお年だったけど、さ、ねえ?」

 エリカが話しかけたのは、これまた同じテーブルにいる女教師トマシーナ。

「うう、陛下…まさかこんなに早く逝かれてしまうなんて…」

「早い? もう70は過ぎてなかったっけ?」

「早いわよ! あの方なら絶対100までいくと思っていたのに…のに…うわあああああ」

 突っ伏し号泣し始めるトマシーナを見て、ファティマはエリカに耳打ちする。

「なん、トマシーナてガラドルフ帝にごっつ思い入れあったんか?」

「さあ。もともと泣き上戸だからね、この子…」

 ぐいっと一気にウイスキーを飲み干したエリカは、小さくため息をついた。空になったグラスを見下ろす目は寂しげだ。

「私もねー、なんだかこう、人生の一部分が抜け落ちた感じ。若い時、あれこれお世話になったしねえ、陛下には」

「ババ臭いこと言いなや」

「…言いたくないけどさ。私たち実際ババの内に入ってない? もう四十路でしょ?」

「くあー、聞きたくないこと聞いてもうたなー。酒がまずなるわホンマー。四十路はババちゃうで女盛りやー」

 エリカはファティマの側に置いてあるアラックのボトルを取り、勝手に自分のグラスへ注ぐ。

「ていうかさ、あんたボスコイといつ一緒になんの?」

「さなあー。あたし別にその気ないしなー。仕事楽しいし。向こうかてそうやで」

「一緒に住んでんでしょ?」

「まあ、ルームシェア的な感じでなー」

 カランカランと扉のベルが鳴った。
 酒場へ新たに2人の女が入ってくる。

「あー、やっぱり番長、ここにいたっすねー」

「トマシーナ先生もやん」

 それは、口だけ番長だったアガサとアリスだ。
 前者は現在騎士に、後者は現在体育教師になっている。

「何なのあんたたち」

「何なのじゃないっすよ。国葬に出席しないと駄目じゃないすか」

「えー、1人くらいいなくても問題ないでしょう」

「駄目っすよ。番長、騎士の肩書持ってんだから、さあ早く、立った立った」

「真面目になったもんねえ、あんたも…分かったわよ。あーどっこいしょ」

「ババ臭いっすよ、番長」

 エリカを盛んに促すアガサ。
 アリスはトマシーナに肩を貸す。

「トマシーナ先生、学校戻らんと」

「いいわよ戻らなくても…どの道臨時休校じゃないの…」

「まあそうやけど、ほら、教員は色々あるさかい。学校全体として、宮廷に弔意を示さなあかんし」



 ジルベリア北部執政領、ババロア。
 執政室。

「ガラドルフ帝、崩御…1つの時代が去る、か…」

 執政オランドは白いものが混じる頭髪を撫でた。
 窓の外には澄んだ青空が広がっている。
 この季節には珍しいことだ。

「もう15年たつのか。…あっと言う間だったな。過ぎてみれば」

 そろそろ自分も退かねばならない。
 ババロアの観光業は軌道に乗っている。水産業、農業についても同様だ。
 もう自分がいなくても、大丈夫。
 前々から準備していたが、選挙を行おう。ババロアはババロア自身から代表を選ぶべきなのだ。
 皇帝がいなくても、貴族がいなくても、自分たち自身で自分たちを治める事が出来れば、何が起きても恐れなくていい。

「…不敬かな。こういう考えは」

 呟いた彼の耳に、忙しないノックの音が聞こえてきた。

「どうぞ」

 入ってきたのはジェーンである。
 彼女は何年も前に勤めていたレンタル滑空艇会社から独立し、新しいレンタル滑空艇会社を立ち上げている。
 本社はここ、ババロア。
 現在既存市場に食い込むため、各方面へ運動を展開中。

「執政、ガラドルフ先帝が崩御されましたが、ご存じで?」

「ああ、知っている」

「なら話が早い。うちの滑空艇、チャーターされますよね? 葬儀にはもちろん出席されるでしょうし。我が社ならジェレゾまで最短最速でお届け致しますよ!」





■参加者一覧
/ からす(ia6525) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / マルカ・アルフォレスタ(ib4596) / ファムニス・ピサレット(ib5896) / フランヴェル・ギーベリ(ib5897) / ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905) / アムルタート(ib6632) / ヴァルトルーデ・レント(ib9488) / 八壁 伏路(ic0499) / サライ・バトゥール(ic1447


■リプレイ本文

「号外、号外だよー! 号外!」

 新聞売り子が撒き散らす号外を立ち止まって拾い上げたからす(ia6525)は、見出しを読んだ。

『ガラドルフ先帝死去。巨星堕つ』

「あら…もしかしてからす?」

 呼びかけに顔を向ければ、アル=カマル装束の女。
 記憶を手繰り寄せ、目の前のものと重ねるまでに、しばし時間がかかる。

「…アムルタート(ib6632)殿? 随分口調が変わったんだね。雰囲気も。一瞬誰か分からなかった」

「ふふ、私ももう30だもの。話し方も少しくらいは、ね? からすは全く変わってないけれど、秘訣みたいなものでもあるの?」

「さあ、ね――とりあえず私は市中の警護依頼を受け来ているわけだが、君もそうかい?」

「いいえ、私は運命の女神の導くままに、あらゆる儀を旅しているだけよ。今日ここに来たのは、本当にたまたま…先帝ってどんな方だったの?」

「何だ、知らないのか」

「ええ。名前くらいしか。私、頭はあまり良くないの。でも、きっと偉大な人なのよね。だって名前は知ってたもの……それにしても、まさか崩御に立ち会うなんて思わなかったなあ」

「…大帝も人間だからね。仕方ない」



 皇帝を収めた柩は城を出て、城下を練り歩く。民に別れを告げるために。

 リューリャ・ドラッケン(ia8037)は、スィーラ城の閲兵場で、居並ぶ若騎士たちにを相手にしていた。
 彼は現在訓練官として、彼ら若年騎士の育成・養成を担当している身の上である。

「ジルべリアの「国葬」を示す事に全力を尽くす。諸君はそのことだけを考えてくれ。これは、統一後初めての国葬だ。対外的な威信を示さねばならないと共に、よき前例を作らねばならない。諸君。ベストを尽くしてくれたまえ」

「「はいっ!」」

 心地いい返事を耳に収め、城内に戻る。
 ホールには相変わらず貴族が詰めている。
 激しい動揺などは見られなかったが、不安がる向きはある。

「現陛下だけで大丈夫であろうか」

「先帝に比べ、いささか重みが足りぬお方だから」

「また世の中が乱れなければいいけど」

「退位されてまだ5年しかたっていない…不穏分子がまた反乱を起こすんじゃ…」

 リューリャはホールの壁際に固まっている若手貴族達の元へ、歩み寄る。不安を交換しあっているだけの不毛な会話を断ち切らんと。

「つまらぬ話は止めなさい」

 青年貴族達はあわてて姿勢を正した。

「こ、これは騎士教官殿」

「生まれたからにはいつかは死ぬものでございます、その価値を決めるのは、貴方方次第なのですよ」

 城の鐘が鳴り始めた。

「リューリちゃん!」

 ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)が駆け寄ってきた。
 十代真っ盛りといった外見の小柄な女を前に、貴族の子弟らは、再度緊張する。

「こ、これは砲兵教官殿…」

 そう、彼女は現在教官だ。ジルベリア軍砲兵科で、砲術指南と新兵器開発に携わっている。
 世界初の成形炸薬弾を使用した大砲『ハユハ砲』を開発しただの、それを用い大アヤカシ那岐討伐に参加、華々しい戦果を上げただの、逸話多き人間だ。
 後年『ジルベリア砲兵科の母』と呼ばれるようになるのだが、この時点では本人も周囲も知る由はない。

「弔砲の準備、完了したよ! いつでも発射オッケー! 後はガラドルフ陛下のお出ましを待つだけ!」

 親指を立て白い歯を見せるルゥミ。
 リューリャは不意に、彼女とまるで逆の印象を持つヴァルトルーデ・レント(ib9488)のことを思い起こす。
 貴族という貴族が一堂に会するこの場に、その姿は――ない。



 ジルベリア東方領には朝から雨が降り続いていた。
 半旗が至るところに掲げられているが、濡れそぼってはためきもしない。
 鐘の音が響く、石造りの街並みに。
 ヴァルトルーデは馬車の車窓からそれを見やった。単調な揺れに身を任せながら。
 葬儀には参加しないと、初めから決めていた。
 非礼を働きたいわけではない。自分に相応しい送り方をしたいと思ったがためだ。去っていく帝国の主に、最高の敬意を表すために。



 からすは教会跡のある高台に陣取った。ここなら町のどこで異変があっても、すぐ気づけるからだ。
 留守を狙っての空き巣泥棒などといった小規模な悪さは、各地に配備している相棒たちで十分対処出来るはず。

「私が相手にすべきは、もっと別のもの」

 双眼鏡片手に言うからすに、アムルタートが尋ねた。彼女から借りた号外を読みながら。

「例えば?」

「そうだな、民心の動揺による暴動とか、騒擾とかだな。警備の仕事に出ている開拓者は私だけでないから、もしそういうことがあったとしても簡単に押さえられるとは思うが」



 快晴。ジルベリアの初春としては、申し分なく暖かい。

 マルカ・アルフォレスタ(ib4596)は、母校ジェレゾ城北学園に足を運んでいた。
 急遽休校となった故、生徒たちの姿はない。

(ここに来るのも久しぶり…という感じはしませんね。時折講義も頼まれますし)

 膨らんだお腹のため反り気味になりつつ、廊下を歩く。
 アカンサスの飾り模様が入った柱。壁。教室の窓の並び。
 何もかも通っていたときのままだ。
 昔、ここで様々なことをした。同年代の友達と過ごした。

(あのころは、楽しかったですわね…)

 今が楽しくないというわけではない。だが学生時代というのは、人生において特別なものなのだ。
 職員室の前に立つ。
 こほんと咳払いしてノックする。

「こんにちは、トマシーナ先生、アリス様」

 扉を開けると、かつての担任教師と同級生の顔。

「マルカさん、来て大丈夫なんですか?」

「ほんまやで。そんなにお腹出てんのに。無茶せられんで」

 気遣わしく席を立つ彼女らの姿に、心が弾むのを覚える。

「ありがとうございます。でも、心配ご無用ですわ。安定期に入ってますから」

「素人判断するもんじゃありません…何カ月でしたかね?」

 トマシーナに引いてもらった椅子に腰掛けたマルカは、そっと膨らみを撫でた。

「五カ月ですわ」

「もうそんなになんのかいな。早いなー。ついこないだ、あんたから『上司と結婚するかも知れない』て聞かされたような気ぃすんのになー…年上旦那、葬儀に出席してはるんやろ? アカデミーの偉いさんやから」

「いいえ。現在地上世界の調査中です。陛下がお亡くなりになられたことも、まだ知らないはずですわ。ほっとくと食事も忘れてのめり込む人ですから心配ですわ…」

「へいへいお幸せなことやな」



 スィーラ城の前庭は、本日臨時の駐車場となっている。
 フランヴェル・ギーベリ(ib5897)はそこで、しゃがんだファムニス・ピサレット(ib5896)の背を撫でるサライ(ic1447)を見つけた。

「やあサライくん、ファム♪…なんだか気分が悪そうだが大丈夫かい?」

 少し顔色を悪くしつつもファムニスは、笑顔で立ち上がった。

「…フランさん、お元気そうですね♪ 私は大丈夫ですよ…ちょっと馬車酔いしただけですので」

 戯れに手の甲へ、口づけをするフランヴェル。

「ならよかった、ファム。いや、バトゥール公爵夫人」

「ふふっ。フランさんからそう言われると、変な感じです。ところでギーベリ公爵夫人様は? てっきり一緒に来られるものと思っていたんですが。最近よくお屋敷に遊びに行かれているとお聞きしましたし…」

 大伯母の名を出されたフランヴェルは、困ったふうに頭を掻いた。

「いや、途中までそうだったんだけど、あの方はボクと違ってあちこち挨拶回りがあるからね」

 なるほど、剣聖と謳われる存在であっても気ままにやっている開拓者と、領地経営者とでは、公式の場で求められる行動も違ってくるだろう。

(僕もあちこちに顔出ししておかなきゃな…)

 思いながらサライは聞く。

「公爵夫人はお元気ですか?」

「そりゃもう、元気元気。衰え知らずだよ。尊敬するね。相変わらず長い黒髪の超美人だ♪ ここに来る道中も、随分人目をひいてしまってね。まあ、ボクも一緒にいたからだと思うけど…あ!」

 フランヴェルは、急に両手を打ち合わせた。

「そうだ。危なく忘れるところだった。ファム、リィムナから手紙は来てる? その後どうなってるのか、夫人が知りたがってるんだ。彼女と同行してるはずのリンスが、ちっとも連絡をよこさないものだから」

 ファムニスも「あ」と手を打ち合わせ、ハンドバッグから手紙を取り出す。

「そうでした、私もそれをお見せしようと思って持ってきて…ああ、これです。これ」

 彼女は封筒から名状しがたい色の便箋を取り出し、声に出して読んだ。

「『リンスちゃんはシャンタク鳥の丸焼きを食べお腹を壊し寝込んでしまった…なのであたしは1人、探索に向かう…そして、見つけた…窮極の門を超えた神の座への道が開かれた…銀の鍵が…遂に…そう思ったとき深きものどもの眷属が姿を現した…そいつはイモ=ウトと名乗った…フシェミチオニイイチュウワアンなるものを求めているらしい…待て次号』」

 サライは視線を地面に投じた。
 フランヴェルは額の汗を拭う。

「状況がよく見えないんだが…大丈夫かい?」

 ファムニスはふっ切れた爽やかさで言う。

「きっと大丈夫でしょう。姉さんだし」

 なんとなく会話が途切れたそのとき、周囲からどよめきが上がった。
 滑空艇が飛んでくる。引きも切らぬ馬車でごった返す、城の前庭――つまりここに。

「降りる気か!?」

「無茶ですよ! ぶつかる!」

 サライたちはほかの人々と同様、迫る滑空艇の真横にすっ飛んだ。
 機体は馬車と馬車との隙間に入り込み、どこにも接触せず着陸停止。
 水際立った腕前だ。

「あっ! ジェーンさんお久しぶり♪」

「あら? ファムニスちゃん! 久しぶり――」

 機体から降りてきた操縦士に駆け寄るファムニスは、挨拶代わりに乳を揉む。

「――ねえ、そろそろその癖直さない? 立派な自前のがあるんだからさ」

「それはそれこれはこれですよー。やっぱり巨乳は好きなんです♪ 年とともに張りを失い柔らかさを増したこの感触が何とも…」

「しばくわよホント」

 妻を好きにさせておくサライは、後部席から降りてきた人物――ババロア執政オランド・ヘンリー、及びに八壁 伏路(ic0499)――に注意を向けた。

「オランドさん! 伏路さん! お久しぶりです!」

 多少疲れた様子のババロア執政は、サライに軽く手を振る。

「やあ、サライくん。元気そうだね」

「はい、執政もお元気そうで…それにしてもお二人方、滑空艇で乗り付けて来られるとは」

「仕方あるまい。わしらの領地、ジルベリアでも端の方だからの。早く来ようと思えば滑空艇が一番だで。カタコは村で雪下ろしに精出しとるから使えんし」

 伏路は現在アーバン領主となっている。
 『あなたが跡取りを作らなかったのは個人の生き方だから仕方ないとして、このまま家が絶えると中央政府から余計な横槍が入らないとも限らない。それを回避するため養子を取ってください。人材はこっちで指名しますから』という民の要請を、前アーバン伯爵が、素直に聞き入れた故に。
 彼が指名されたのは、巡回医師をしたり、中央とのパイプ役を務めたりといった地道な活動が認められたからだ。ジルベリアに帰化し現地で結婚したという点も、評価を上げるのに役立ったらしい。
 それはさておき。

「お義父上は?」

「ああ、あの方来られんでな。足が弱ってきておっての、遠くまで歩くのがしんどいそうだて。つうても百まで生きそうだべ」

 首を振り振り伏路は、手持ちのトランクを開けた。

「執政殿の手腕はアーバンへも響いておるよ、新しい領内法はどうなってるべ…あー…それはさておきいかがかな?」

 まずオランドに。それからサライに、ファムニスに、フランヴェルに、一箱ずつ菓子折りを手渡す。

「最近アーバンで開発した新しい土産菓子だでお試しどうぞ。ラングドシャにホワイトチョコを挟んだもんだ。中央に行くなら観光大使やってこいと商工会に言われてな…最近こき使われるために領主にされたよーな気がしてならん。でもわし頑張る。明るき未来のため努力し続けようとも。だってわし一家の主じゃし〜もうすぐ3人目〜」

 十年ちょっとかかってものにした恋女房ミーシカの姿を思い浮かべ、のろける伏路。
 ちなみに彼女は現在も、隣の奥さんエマと仲良し。お互い既婚であるが、男関係と女関係は別腹という感覚らしい。



 ヴァルトルーデは町の外れで馬車から降り、1人広場まで歩いて行く。
 垂れ込める厚い雲。
 小止みなく降り続くのは、晩冬の寒い雨。
 彼女は上る。大鎌を持って。刈るべき処刑人のいない処刑台の上へ。
 それからゆっくり、体を反転させた。スィーラ城のある方角へ。
 雨に打たれるがまま微動だにせず。帽子を脱ぎ、胸に当てる。
 沈黙のうちに思うのは、過ぎ去った日々のこと。



 弔砲がジェレゾの空気を震わせる。
 今しも戦に出掛けるような勇ましい響き。
 教職員たちは校舎の門前に並び、来るだろう葬列を待ち受ける。皇帝最後のお目見えを、脱帽し見送るのだ。

「後百年もしたら、ガラドルフ大帝のこと、教科書に載ってんねやろな。この時代の皇帝は戦いばっかりしてたいうて、書かれるかも知れへんな」

「そうかも知れませんわね…でも、批判も多かった方ですが、わたくしは尊敬しておりました。騎士としての最後の仕事は陛下の命も狙う陰謀事件でしたが――阻止出来た事は一生の誇りですわ。これも教科書に載りますかしら?」

「んー、どやろね。自伝残しとかんと難しいやろなー」

「それもそうですわね。早速原稿を書き溜めておきませんと」

 アリスと軽口の応酬を楽しむマルカは、フルートを持ち出し唇に当てる。
 亡き陛下のために、レクイエムを奏でる。教職員より許可は取っている。

(どうぞ安らかに、陛下)

 そこにアムルタートが現れた。マルカに近づき、笑みかける。

「失礼。いい音色が聞こえたもので…ついでと言っては何だけれど、舞わせていただけないかしら? その曲に合わせて」



 現皇帝によって弔辞が読み上げられている。
 ひな壇の上に置かれた柩は国旗に覆われ、白い花が周囲を囲む。


 神妙な顔で列席者が詰めているまさにその場で、ファムニスは、再び気分が悪くなってきた。
 猛烈に吐きそうだ。
 隣のサライはそれにすぐ気づく。

「ファム? 大丈夫かい!? すぐ医者に…」

 ファムニスは彼を、そっと手で押し止どめた。

「…駄目です。私は1人でお医者に行ってきますから、あなたはこのままここに居てください。公爵が葬儀中に離れる訳にはいかないでしょう?」

「でも…」

 脇からすっと、フランヴェルが入った。ファムニスを抱き上げ、片目をつむる。

「ボクが連れて行くよ。ボクなら途中でいなくなっても、なんてことないからね」

「…わかりました、フランさんお願いします」



 長い間、とても長い間鳴り響いていた鐘の音が止んだ。
 金の髪は濡れそぼり、服もすっかり水を吸って、重くまとわりつく。
 それでもなおヴァルトルーデは立ち続けていた。
 暗い空の下言葉を発する。込み上げてくる感情のすべてを乗せて。

「先帝陛下、万歳」



 皇帝の柩を先導するのは親衛隊たち。付き従うのは騎士たち、貴族たち、百官たち。
 通りの各所に配された兵は捧げ銃で不動の姿勢。
 歩道を埋め尽くす人波から突き出しているのは、『ガラドルフ大帝、万歳』と書かれた垂れ幕、プラカード。

 ヒラヒラ散ってくるのは紙吹雪。通りに面したバルコニーから撒かれているのだ。
 高台から間断なく周囲を見張るからすには、それが桜吹雪のように見えた。


 行列が広場に差しかかり、止まる。

「弔砲発射!」

 ルゥミが、自ら開発した中折れ式・ライフリング有の最新鋭連装長銃を天に向ける。
 撃つ。
 それを合図に、葬列の左右へ配された大口径・長砲身が、立て続けに火を吹いた。
 実戦かと思わせる迫力だ。
 硝煙の臭いが鼻をつく。
 弔砲を打ち終わった後、行列はまた進み出した。
 教育施設が集う学生街を通りがかる。
 各学院の関係者らが整列し、粛々と先帝を見送る。
 ジェレゾ城北学園の前を通過する際は、フルートのレクイエムと鎮魂の舞が出迎えた…。

 行くがいい、帝国の主。命あるときそうだったように雄々しく、後ろを振り向かずに。



 目の下が熱い。
 ヴァルトルーデは初めて、涙が頬を伝っていることを知った。
 轍の音。
 自家の紋章のついた馬車が、広場を横切り近づいてきた。
 彼女は軽く笑みを浮かべ、素早く涙を拭き、処刑台から降りる。
 夫が子供にせっつかれて寄越した迎えの馬車であろうと睨んだら、その通りだった。雨合羽を着た御者が、困ったように言ってくる。

「奥方様、雨の降る中傘も持たないで、体に毒ですよ。ぼっちゃまも旦那様も心配なされております。お早くお屋敷へお帰りくださいませ」

「…ああ、そうする」

 ヴァルトルーデはスィーラ城に向け最敬礼をした。

(我が名はレント家のヴァルトルーデ。我が騎士道は――――殺すこと)



 皇帝は埋葬され、式典はつつがなく終わった。
 丸一日緊張し続けだったリューリャは、ようやく肩の力を抜く。と同時にどっと疲れが出た。
 城を退出し門前まで出たところで、ばったりマルカと出会う。
 昔開拓者として苦楽を共にした人と出会って、お互いひどく懐かしい気持ちになった。四方山話をしたくなってきた。

「お疲れのようですね、リューリャ様」

「少しな。まあ、大部分気疲れという奴だが」

「宮仕えは大変ですわね」

「確かに」

「…ヴァルトルーデ様は、式においででしたか?」

「いや、来ていなかったんだ…自領で追悼したいということでな」



 式が終わるや否や病院にすっ飛んでいこうとしたサライを、前庭で待ち受けていたのは、当のファムニスを抱き上げたフランヴェルであった。
 診察が意外と早く終わったらしい。

「ファムニス、もう具合はいいのかい?」

 ファムニスはフランヴェルの腕から降り、夫を手招きした。

「…?」

 招かれるまま耳を近づけたサライの表情が、不審から歓喜へと急転換する。

「ほ、本当に! ぼぼぼぼ僕に子供が!?」

 ファムニスが頷きを返したところで小躍りしそうになりかけた黒兎だが、葬儀中であることを思い出し堪えた。
 その代わりがばと妻を抱き締める。

「ファム…ありがとう。改めて永遠の愛を誓うよ! いやむしろ全ての人に、ありがとうを言いたい気持ちだよ!」

 急なおめでた報告は彼の理性を狂わせた。本当にそのあたりの無関係な人々に向け、ありがとうを連発し始める。

「皆さんありがとう! ありがと−!」

 おかげでフランヴェルは、おめでとうと言うタイミングを完全に逸してしまった。
 ファムニスは、このこっ恥ずかしさに耐えられない。

「ちょっと、サライくん止めて恥ずかしいっ! 恥ずかしいからっ!」

 そこに拍手が聞こえてきた。

「おめでとう、バトゥール侯爵」

 オランドである。

「あ、これはオランドさん。おかげさまでありがとうございます!」

「いやいや、私は何もしてないよ。全部君たちの手柄だ。赤ん坊が生まれたら、見に行ってもいいかい?」

「あ、はい、それはもちろん! 執政のお仕事がお忙しいでしょうが、遊びに来てくださるというなら、いつでも…」

「…いや、忙しくはなくなっているよ。私は近々、引退するんだ」

 目を丸くしたサライは、相手の言葉の意味をゆっくり咀嚼し、信じかねると言った具合に聞き返した。

「…執政を退かれるのですか?」

「ああ。ババロアを発展の軌道に乗せるという役目は、十分果たされたからね」

「そうですか…あの、その後はどうなさるのです?」

「そうだなあ…とりあえず、ジェレゾにいる母の元に戻ろうと思う。私は一人っ子だし、妻子もいないしね。これまで心労をかけた分、孝行しないと」

 オランドの頭髪に白いものが目立ち始めていることを、サライは、遅ればせながら認識する。
 親の老いを実感したときのようなほろ苦さが、胸を揺する。

「…あの、よろしければ、僕の領地へおいでになりませんか? もちろんご母堂もご一緒に」

 急な申し出に、今度はオランドが目を丸くする。

「え? いや、しかし…何故だね?」

「もし…できるなら、顧問として来て頂きたいのです。バトゥール公爵領も、早い時期に民主制に移行させたいと考えていますので」

 おーい、と呼びかけが聞こえてきた。
 伏路が小走りに駆けてくる。ロータスを連れて。

「オランド殿−。ちとこの御仁を正式に紹介したくての」

「僕は早く家に帰りたいんですけど」

「帰ったってエリカ殿はおらんぞ。さっきファティマ殿と肩組んで、ご子息にアガサ殿、その他大勢引き連れて、飲み屋街に行く所だったからの」

「あの女またろくでもないことを…」

「まあまあええではないか。今日は崩御記念日、無礼講だ。とにかくオランド殿、これが以前お話ししたロータス殿だ。皇室官房特別警察などという怪しげなところに在籍しておる。コネを作っておくと、中央の査定をくぐりやすくなるかも知れぬで。とにかく切れ者だ。悪い意味での」

「どういう紹介なんですかね。ま、いいですけど」

 ぼやきながらもロータスは、オランドに手を差し出した。

「――よくよくあなたとは縁がありますね」

「――そうかも知れませんね」

 2人が握手を交わす様を、うんうん頷きながら見ていた伏路は、はたと動きを止めた。
 …滑空艇が見当たらない。

「のうフランヴェル殿、ジェーン殿知らんか?」

「え? 彼女ならさっき、別のお客を乗せて飛んで行ったよ。東方領まで行くとかで」

「えー!? …ついでだから春祭りに向けて、ジェレゾ=アーバン間臨時便を提案しようか思うたに…」



「全く驚いたよ。まさか我が館へ押しかけてくるとはね。貴公らも物好きな」

 呆れ半分を装っているが、うれしいのに違いない。リューリャとマルカを見やるヴァルトルーデの口元は、緩んでいる。
 彼女は、高速滑空艇をチャーターし訪ねて来た2人を、客間に案内した。召し使いに命じて用意させたのは、酒と、ホットミルク。後者はもちろん、妊娠中であるマルカのための物だ。

「ご主人にご迷惑でありませんかしら?」

「何、気にすることはない。友人を家に招くにガタガタ言うほど、小さい男ではない…先帝陛下も、ついに逝かれたか」

「俺達もあと2〜30年したら同じだ。なあ、覚えているか? 皇帝暗殺未遂事件のことを。ユリア隊長と、十二使徒と、それから三天使と」

「もちろんですわ。つい昨日のことのように思い出せますもの。あの時わたくしは――」

 しんみりと密やかに、夜更けの思い出話は続いていく。



 深夜。
 真新しい花の香りに包まれた立派な墓の前に、からすがいる。
 彼女は語りかけた。足の下にいる人に。

「君が歩んだ道は間違いなく楽しかった。そうだろう?」

 墓の表面を撫でる手には、優しい労りがこめられていた。

「オヤスミ、ツァーリ・ガラドルフ。良い夢を」

 別れを告げ立ち去ろうとした先に、アムルタートとルゥミの姿。

「君達もお別れに来たのかい?」

 アムルタートは否定も肯定もせず、ふわりと微笑んだ。謎掛けのような小唄を口ずさんで。

「すべては止まることがない。私もまた流れましょう。さあ、次は何処へ行こうかしら」

 ルゥミは廟の前に歩み寄り、恭しく礼をした。
 この国で自分が果たすべき役割を思いながら、力強く言う。

「大丈夫だよ陛下。あたいと砲兵隊が平和を守るからね」

 そして、手持ちの銃を空へ向ける。
 最後にひとつ残しておいた銃弾が一発、銀河に向けて放たれた。



 朝のアーバン渓谷。
 伏路はまだ雪が残る山道をえっさえっさ上り、ヤーチ村にたどり着く。
 村の入り口で、背の高い赤毛の女が腕組みしている。

「おお、ミーシカ! 出迎えてくれたべか!」

 早速抱き着こうとしたが、相手はさっと身をかわした。

「違えよ。朝飯もう子供と食っちまったから、お前の分はねえってことを言うために待ち受けてただけだ」

「えっうそ」

「ウソじゃねーよ。大体帰ってくるの遅いんだよお前」

「そんなこと言うたて仕方ねえべ。行きに使うた滑空艇はおらんようになるし、じゃあ馬車でって思うても地方からの人手が多かったからよ、どんなに手上げても全然捕まらんかった…都会の夜寒かった…腹減った…」

 しくしくやり始める伏路。
 ミーシカはちっと舌打ちした。

「…そんなら昨日の晩の残り飯食えよ。あっためてやるから」

「…愛しているミーシカ、結婚してくれ!」

「くっつくんじゃねーよ腹が重いんだよこっちは!」

「ツンケンしおるのがまたかわいいわい!」

 15年目の彼は、幸せである。