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■オープニング本文 とある資料室――一人の青年が、過去の報告書を整理していた。 足元には暖房器具の中で宝珠が熱を発し、もふらが丸まって暖を取っている。 彼は眠そうな瞳をこすりながら紙資料の山をめくり、中に少しずつ目を通していく。 そこに記されているのは、遠い昔の出来事だ。 それはまだ嵐の壁が存在していて、儀と儀、地上と天空が隔てられていた時代の物語。アヤカシが暴れ狂い、神が世界をその手にしていた時代の終焉。神話時代が終わって訪れた、英雄時代の叙事詩。 開拓者――その名は廃されて久しく、彼らは既に創作世界の住人であった。 「何を調べてるもふ?」 膝の上へ顔を出してもふらが訊ねる。 彼が資料の内容を簡単に読み上げると、もふらはそれを知っているという。 「なにせぼくは、当時その場にいたもふ!」 そんな馬鹿なと彼は笑ったが、もふらはふふんと得意満面な笑みを浮かべ、彼の膝上へとよじ登る。 「いいもふか? 今から話すのはぼくとおまえだけの秘密もふ。実は……」 全ては物語となって過ぎ去っていく。 最後に今一度彼らのその後を紡ぎ、この物語を終わりとしよう。 ● 護大が世界より去って、10年の月日が流れた。 ガラドルフ大帝は正妃の長男に座を譲り、引退している。 今御世は新皇帝のものだ。 その新皇帝の旗振りにより、ジルベリアは、大陸に存在する瘴気発生ポイント――通称魔の森――の浄化を進めていた。 瘴気が発生するのは、自然の理。 だがそれが著しく根を張った場所は、取り除いておかねばならない。そうすればアヤカシの発生率が格段に減る。発生したとしても、手に負えないほど強力なものは生まれてこなくなる…。 護大が去って以降、アヤカシの出没件数が右肩下がりとあって、予想以上に作業が早く進んだ。 かくして現在残るポイントは、1つ。 場所はベラリエース大陸北方、アーバン渓谷の某所。 そんな物騒なものが存在しているなどと、これまで誰も気づかないでいた。なにしろ、地下深くにあったもので――妙にアヤカシの出現率が高いところだとは認識されていたけれど。 とある洞窟を奥深く進んで行けば、巨大な空間が出現する。大きな町1つがすっぽり入ろうかという――いや、実際町だったのではあるまいか。神代の昔には。そう思わせる人工的な匂いがする。地面も壁も自然に出来たものにしては、あまりに整いすぎている。それにあちこちに、柱や回廊のようなものも…。 とにかくそこは現在、地上世界のように菌糸類がはびこっている。 アヤカシもおり、敵意剥き出しに襲ってくる。 ● ジェレゾ開拓者ギルド。 「ゴブリンの群れに矢を射かけられ、サラマンダーから炎を吹きかけられ、トロルからこん棒を振り回され…死ぬかと思いました」 と述べる兵士たちの兜には、なるほど矢がいくつも刺さっていた。上側が大きくへこんでいるのもある。 「とりあえず、開拓者にご協力お願い致します。あれは私たちだけでは手に負えません」 彼らの頼みを受けたギルドは、快くその旨を掲示した。 そこに元気の良さそうな男の子がやってくる。 年の頃10歳。腰にツバメの紋が入った短剣を下げている。 掲示板のところまで来た彼は、後ろからやってきた母親、エリカに言った。 「お母様、これやってきていい?」 「いいんじゃない? やってきなさいよ、カモミール。止めないから」 「やったあ」 両手を挙げて万歳する男の子。 そこに4歳くらいの女の子の手を引いて、父親、ロータスがやってきた。 後ろから赤ん坊を入れた乳母車を引くぶちもふら、スーちゃんがやってくる。 「…ちょっとエリカさん、子供が無謀なことしそうになったら止めてくださいよ」 「無謀なことじゃないでしょ、別に。カモミールは戦えるわよ。教えた私が保証するわ」 「あなたの保証ほど当てにならないものって、この世に存在しないと思うんですがね。ねえミモザ」 話しかけられた女の子は――父親に顔がよく似ていたが――首を縦にした。 「おかあちゃま、そろそろきあいとのりでものごとをきめるやんきいのうをなおしたほうがいいとおもうのだわ。もうさんにんのこもちなんだし」 エリカは娘の顔を不審そうに眺める。 「…この子、なんでこう口達者なのかしらね」 「そりゃ、もちろん僕の教育の賜物です」 「後スーちゃんの教育のたまものでもあるでちよ」 夫と相棒を更に不審そうな目で見るエリカ。 まあとにかく外野が何と言おうが、彼女は息子に『はじめてのいらい』をさせるつもりである。 ● 『ココモ、ナクナッチャウノネ』 身長7センチのアヤカシ隙間女は、地割れを辿ってするする地下遺跡まで入り込み、小さなカビを摘んでいた。 彼女は魔の森に依存せず存在しているため、ここが浄化されたとしても別に困らない。といってもアヤカシ的くつろぎ空間が消滅することには、多少の残念さも覚えないでなく。 せめてこのカビを本拠地であるじめじめランドに持って帰り植えよう、と思った次第である。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
成田 光紀(ib1846)
19歳・男・陰
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎
ファムニス・ピサレット(ib5896)
10歳・女・巫
宮坂義乃(ib9942)
23歳・女・志
八壁 伏路(ic0499)
18歳・男・吟
サライ・バトゥール(ic1447)
12歳・男・シ |
■リプレイ本文 地下遺跡への道は、想像していたよりずっと通りやすかった。 きちんと石段が組まれている。天井も高い。成田 光紀(ib1846)の相棒炎龍も、頭がつかえることなく歩ける。 ファムニス・ピサレット(ib5896)の相棒提灯南瓜おいしそうと、マルカ・アルフォレスタ(ib4596)の相棒鬼火玉戒焔が、左右に別れて行く手を照らす。 八壁 伏路(ic0499)は湿った匂いに鼻の下をこすった。 「なるほど、足元とは気づかぬわけじゃて…いい観光資源となりそうだが、とりあえず消毒と換気をせねば、ミーシカ殿も誘えんな…のんびりやるべさ。報酬のため、ついでに世のため人のためだべ」 相棒からくりのマルヒトは、半眼を主人に注いだ。 「向こうから相手にされてないことをいい加減認めたらどうでありますか。どうぞ」 「黙れからくりに何が分かるっ」 マルカは、軽く逆上する伏路の肩を持った。 「そうですかしら。それなりの好意はお持ちと、わたくしは思いますわ」 「そうだろう。やはりそう思「好意を持たない殿方であれば、ファッションのダメ出しなどしませんわ。面倒臭いだけですもの」 ファムニスも助太刀に入る。 「私もそう思います。どうでもいい人がどうでもいい格好しててもどうでもいいから注意なんかしませんよ」 「ファム、ちょっと静かに…回りの音が聞き取れなくなりますから」 人差し指を立て注意するのは、サライ(ic1447)。 少年だった彼も今や青年。相棒の羽妖精レオナールは、相変わらず『サライきゅん』と呼んでいるけれど。 歳月の流れは彼らにおいて最も顕著だと羅喉丸(ia0347)は思った。 (マルカ殿は帝国大学院に入り、博士を目指しているのだったな…サライ殿はバトゥール公爵家を継ぎ、ファムニス殿はその婚約者となり…伏路殿はジルベリアの民となり…そして俺は結婚し、泰拳道場の主…) 思わず息を吐くと、相棒翼妖精のネージュが声をかけてきた。 「どうしました」 「…いや、十年という月日も短いものだと思ってな。開拓者になったころは、自分の代で魔の森が消えるなどとは、夢にも思っていなかった」 苦笑を浮かべた羅喉丸は、宮坂 玄人(ib9942)に顔を向ける。 「玄人殿の故郷は、すでに森を駆逐したんだったな」 「そうだ…数年前、故郷の隠里を発見してな、ようやく両親と仲間の墓を立てられたよ」 「今はそこに住んでいるのか?」 「ああ。師と下の兄、相棒達と共に墓守をしている…ここもキッチリと片付けないとな」 彼女の郷里は再び、陽の光が射す場所となった。 かつて手のつけようがないほど瘴気に汚染されていた地は、健やかな緑を取り戻しつつある。 『魔の森は、玄人殿の故郷の周辺でも見かけなくなったからな。……楽しめそうだ』 相棒翼妖精十束の頭を玄人は、コツンと小突く。 「お前が猛進してどうする。カモミール殿の事を頭に入れておけ」 そう、今回の依頼にはカモミールがいる。 生意気盛りの子供騎士は伏路から借りたランタンシールドをかざし、遠見の眼鏡をかけ、先導役を遂行中。 「早く行こう早く! アヤカシフルボッコにしてやろうよ!」 成田 光紀(ib1846)は、リューリャ・ドラッケン(ia8037)と視線を交わし合う。 「何事も、直に自分の体で実体験してみんとな」 「ああ。実際、痛い目を経験しないと学ばない人種ってのはいるからな。それはそれとして、あなたはまだ独身かい」 「ああ。俺は気の向くまま、好きな所でことをやっていたいからな……しかし、残しておいても面白いとは思うが。ちっぽけな森ひとつくらいなら」 リューリャの相棒天妖鶴祇は、無責任な意見に眉を顰めた。 「魔の森は地上だけで十分です」 「そうかね。それなら、精々にこの様子を記録してやろう――ところでサライ君、例の隙間女だが、間違いなくここにいるのかい?」 「あ、はい。レオナによると、彼女が住まいにしてる祠…」 説明を相棒に求めようとしたサライだったが、当の本人はアヤカシ用ケージをぶらぶらさせながら、ファムニスと世間話。 「次の新刊はサライ×カモミールね♪」 「いえ、幼児化サライ受けのカモ×サラでお願いします♪」 「幼児化…いいわね♪ その案もらいっ♪」 なので彼がそのまま続けるしかない。 「……から離れて道端を歩いているのを見かけたそうで。どこに行くのか聞いたら、ここだと言っていたとかで。とにかく連れて帰らないと…先程光紀さんから瘴気を充填してもらいましたから、ケージには素直に入ってくれるはずですが…」 「奴もやることがちっとも変わらんな、アヤカシ故か」 一人ごちた光紀は、キセルをくるりと引っ繰り返し中身を捨て、懐にしまい込んだ。 炎竜が唸る。 玄人が声を潜めた。 「どうやら、出迎えが来たぞ」 下って行く先の暗がりから、どんどん近づいてくる。重い足音が。騒がしい鼻息が。悪意が。 カモミールが喜び勇んだ。 「来た! よーし、行くぞー!」 一度駆け出してしまえば、止めて止まるものではない。 マルカは急ぎ相棒に命じた。 「戒焔、支援を!」 鬼火玉の口からうねる炎が吐き出される。 周囲がかっと照らされた。 アヤカシの姿もまた照らされる。 不格好な禿げ頭、異様に離れた目、コブだらけの手足――トロル。 こん棒を振り上げた姿は、闇から現れ出でた異形そのもの。 カモミールが怯んだ。 アヤカシと対峙するのもさることながら、なまの殺気にさらされるのも、彼にはこれが初めてだ。 「え…ええい!」 炎の眩しさに動きを止めた相手に、上ずる声で切りかかり短剣を突き刺すも、通らない。 トロルが足元に眼球を動かした。カモミールを思い切り蹴り飛ばす。 盾ごと壁に激突する少年の上に、振り下ろされるこん棒。 リューリャがフォルセティ・オフコルトで、その打撃を弾いた。 羅喉丸はアヴァロンを掲げ、トロルの下腹部へぶち当てる。 足元をぐらつかせた相手へ向け、サライが跳んだ。 「遅いっ!」 体を回転させ勢いをつけ、目を苦無で深く切り裂く。 トロルは思わずこん棒を手放し、両手で目を覆った。 伏路が短銃で撃つ。的が近いし大きいので、不慣れな彼でも撃ちやすい。 「血は嫌いとも言っておれんで!」 トロルの体勢がなお崩れる。後ろ向に倒れる。 支えを失うまいと壁に手を伸ばす所へ、十束の剣が、喉に食い込んだ。 そのまま後方まで押し切る。刃先が反対側に抜ける。 重い頭が落ちる。 アヤカシはアヤカシとして消滅した。 さてカモミールはというと…マルカから叱り飛ばされていた。 「いきなり飛び込むとは、愚の骨頂です! 勇気と無謀は違うのですよ!」 「うわああん、だって、だって、お母様いつもそうやってるもん!」 先程までの勢いはどこへやら、泣きわめいている。 伏路が近づき確かめてみれば、頭に生堅い盛り上がりが出来ている。 「待て待て、今閃癒かけてやるベ」 術を発動させようとする伏路だったが、そこでリューリャが待ったをかけた。 「待て。この程度の負傷は出来る限り薬草と包帯で応急手当した方がいい。錬力には限りがあるからな。ほら見せてみろ」 「ぎゃああいだだだやめろおおおお」 「大声を出していると、さっきの仲間が来るぞ」 それを聞いた途端、口をへの字にして声を殺すカモミール。 サライとファムニスは彼の前にしゃがみ、懇々と諭した。 「カモミール、以前教えた事を思い出して。決して突出せず、味方と敵の動きをよく見て動くんだ。1人で何でも出来る人なんていないんだから」 「そうそう、何はともあれ1人で突っ込まないでね? でないと…」 ファムニスが素振りをする。 それが何を意味するジェスチャーか定かでないが、カモミールの顔もサライの顔も恐怖に引きつっている所からするに、いい意味のものではないらしい。 光紀が懐から再度キセルを出し、炎龍の鼻息で火をつける。 「さて、行くかね。魔の森は動くまいから、むやみと急ぐこともあるまいが」 「あっ、ちょっと待って光紀さん」 「なんだねレオナール君」 「いえ、カモミールくんがちょっとちびっちゃったらしくて。サライきゅんの褌に履き替えさせなくちゃ♪」 ● 下る一方だった階段が途切れた。 その先には、延々柱が並ぶ空間がある。 ファムニスは最新鋭のアイズに、自分のみでなく羅喉丸とマルカが集めたマッピング情報も入れ込み、壁に投影させた。 「ここからが『遺跡の内部』となるみたいですね。これまでの道は、地上への非常通路だったみたいです」 「その見方、わたくしも賛成ですわ。恐らく最初は、もっと大きな地上との連絡道があったはずです。規模から鑑みまして」 「そうでしょう。あのですね、どうもこの空白部分がそれ臭いと私は睨んでるんです。自然災害か、もしくは人為災害で塞がれてしまったのではと…」 「ファムニス殿、マルカ殿、学術論議は後でした方がいいと思うぞ」 壁に張り付き声を潜める伏路は、行く手にある気配を数えた。 主だったものは…ざっと30。 念のため玄人とカウント数を突き合わせてみたが、ずれはなかった。 願わくば、どんな種類のアヤカシがいるのか知りたいところ。 「光紀殿、分からぬか?」 「…どうも暗くてな、よく見えん。式は離れた場所を探るのに便利だが、術者以上に夜目がきくわけでもないからな。明かりをつけてみるか」 光紀は暗がりに向かって無数の夜光虫を放った。 途端、雨あられと矢が飛んできて、それらをかき消す。 待ち受けているのはどうもゴブリンらしい。 伏路は唸る。 「奴らのちんけな弓など恐るるに足らんが、毒矢だったとかなるといかんし、ここはひとつマルヒト、切り込み隊長として行くがよい」 「なぜなのでありますか、どうぞ」 「決まっておろう。おぬしがカラクリだからだ。カラクリなら毒矢が刺さったところで屁でもない。安心せい援護する。子守歌で。わしはこのアーバンの巡回医師であり中央とのパイプ役である大事な身の上だからして、どうしても生きて帰らねばいかんのだ」 「そちらの頭に刺さればいいのに。どうぞ」 「なんだその言い草は」 マルカが両者の間を取り持つように、こう提案してきた。 「わたくしの戒焔でも先程のように、目眩しを行いましょう。より機動力が殺がれると思いますので」 話はまとまった。 まず伏路が、音量を最大にして歌う。威力を高めるため、後方でファムニスに舞ってもらって。 「ねんねんころり〜おころりよ〜なんでもいいから早く寝ろ〜♪」 敵が体をぐらつかせている気配が、玄人には、手に取るように伝わってくる。 サライには分かる。鈍くなってくる息遣いが、どのあたりから聞こえてくるのか。 「全部、こちらを見下ろせる場所にいますね。多分、あの並んだ柱の上…ですかね」 伏路の子守歌がよく効いてきたのを見計らい、戒焔が火炎を吐く。 動きを鈍らせたゴブリンたちの目に、光が鋭く突き刺さる。 マルヒトが飛び出し柱を蹴り、揺すった。 ネージュと十束が彼らの背後に回り込んだ。 「道は私が作ります、大物は頼みますよ、羅喉丸。」 『1匹残らず滅してくれよう』 予想外な方面からの攻撃に動揺するゴブリンたち。 飛んできたサライの苦無が、彼らの体に突き刺さる。 「揃いも揃って面白い顔してるなっ!」 矢継ぎ早に落とされていくゴブリンのうち、生きているものは、猫みたいに着地した。 再び闇に退こうとする者たちを、マルカと羅喉丸が、次々刈り取っていく。 玄人の氷竜が当たったゴブリンが、きらきら輝きながら砕け散った。 リューリャは2匹まとめてグングニルで田楽刺しにし、柱に縫い付ける。カモミールが1匹のゴブリンと打ち合いしているのを横目で確認し槍を引き抜き、別のゴブリンの背に穂先を向ける。 待ち伏せのゴブリン隊は、たちまちのうちに殲滅された。 「この分なら掃除も早く終わりそうだの」 楽観的な台詞を吐いた伏路の頭に、何かが落ちてきた。 「ふひゃああ!?」 反射的に手で払い落とし提灯をかざせば、ゲジゲジの脚が生えたナメクジ。 気持ち悪さに固まった後、もしやと照明に照らされる天井を見上げてみたら、類似する無数のアヤカシがうぞうぞ。 「…光紀殿…」 「何だね伏路君。声が上ずっているが」 「炎竜連れてきとるのだし、ついでにあれを焼却したほうがええんでないか?」 「そこまでする必要なかろう。低級なアヤカシだし、逃げて行くしな。邪魔にはならんよ」 「邪魔になるならんではなく気分の問題…」 「わあこんなに珍しい昆虫が。新種かも知れないです。どうぞ」 「止めろ! それこっちに持ってくるな! アヤカシだって分かってやっとるだろマルヒト!」 カモミールがようやくゴブリンの喉笛を切り裂き、始末した。 「やったー!」 剣を掲げ勝利を示した後、彼は、へたりと座り込んだ。 初陣に疲労困憊したらしい。 マルカがそこへ近づき、にっこり微笑む。 「よくやりましたわね、カモミール。後でお母様に自慢出来ますわね」 「へへー」 「でも座っている暇などございませんことよ? 早くお立ちなさい」 「…」 ズズン…。 地が僅かに揺れる。 黒に溶けている柱列の彼方が、急に明るくなった。 体中を燃え盛らせた巨大なトカゲが、体をくねらせながら走ってくる。 十束が間髪入れず氷竜を放つ。 冷気と熱気がぶつかり蒸気を上げる。 サラマンダーは立ち止まり、息を吸い込む。 リューリャが踏み込み、膨れ上がった喉目掛け槍を突き刺した。 出端を挫かれた炎は勢いを弱めつつ、それでも止まることなく、牙と牙の間から噴き出す。 アイギスシ−ルドによって攻撃をしのいだリューリャは、一旦退く。 相手に休む暇を与えまいと、羅喉丸が打ってかかる。 熱し切った鱗に鋼が当たり、火花を上げた。 マルカは側面に回り、腹を凪ぐ。 「どうやら、少しは骨がありそうですわね!」 苦無を投擲しようとしたサライが、はっと耳を持ち上げた。 背後から耳障りな鳴き声が聞こえてきたのだ。 腕組みした光紀が、どこまでも続いていそうな闇に向かって目を細めた。 「また小さい奴らが来たぞ。サラマンダーと連携しているかどうかは、定かでないが」 言っている間に空気を切って矢が飛んできた。 炎竜がそれらに向け炎を浴びせ、届く前に焼き尽くす。 「うお、いかん、囲まれた! マルヒトよわしを守れ! わしは歌う!」 「へいへい。どうぞ」 伏路の前に立ち、飛んでくる矢をうるさそうに払いのけるマルヒト。 玄人は少し迷ったが、ゴブリン側を受け持つことにした。 「十束。気をつけろ」 『そこまでの相手ではないぞ、玄人殿。あの豚頭どもは』 「違う。俺が言っているのはカモミール殿のことだ。威勢だけはいいからな」 なるほどカモミールはやる気のようだ。立ち上がり剣を構えている。 ファムニスは支援の舞を、アチャルバルスを用いた剣舞に切り替える。それなら踊りつつ戦えるからだ。 「うーん、ちょっと人数多いかもですー♪ 私も随時参戦しますから、頑張ってくださいねー♪」 サラマンダーが咆哮する。 その頭目がけ、羅喉丸が一撃を食わし、鉢を割る。 ● 遺跡は下へ進むに従い複雑になっていく。 迷わぬよう道々印をつけてきている羅喉丸の白墨も、尽きてきそう。 かほどに規模が大きいのだ。 「光翼天舞小隊長? 何だのそれは」 「さあ、私にも詳しくは分かりませんけど、とにかくその肩書で、写真つきの手紙が何処からか来るんです。内容的に表に出せませんが…元気そうですよ、姉さん。公的には行方不明ですけど」 「一体今どこいるのだ?」 「うーん、度々転居しているらしいんですけど、この間は名状しがたい〇〇にいる、とか書いてましたねえ」 「…それ、悪戯ではないのか?」 「まさかあ。毎回汚ぱんつが同封されてくるんですよ。本人でなければ、そんなことやりっこないじゃないですか」 くたびれ切って寝込んだカモミールをおんぶしているサライは、ファムニスと伏路の会話内容を忘れようと、マルカに話しかけた。 「そういえば、お兄様にお子様がお生まれになったとか」 「はい。男の子と女の子の双子ですわ。これでアルフォレスタ家の後継問題は解決いたしましたわ。わたくしも心置きなく卒業論文に専念出来ます」 ゴブリン100匹、トロル20匹、サラマンダー3匹を始末してきたが、どうやらそれが戦力の全てであったらしい。 以降戦闘らしい戦闘をほとんどせず、最深部にたどり着けた。 遺跡の中心部の天井は――あるように見えない。最上部までの吹き抜けになっているらしい。 広場のようにがらんどうだ。 実際広場としての役割を果たしていたかも知れない。この遺跡は神殿や軍事施設、王宮などといったものではなく、一般人の住む町として作られたものらしいから。 「…随分明るいな」 玄人が評した通り、そこは明るかった。 生えている菌糸類が全て発光性であるためだ。さまざまな色が滲むように溶け合って、壁や柱を彩り、非現実的な雰囲気を醸し出していた。 伏路とファムニスは手持ちのアイズで、あちこち撮影し始める。 「地上の魔の森とは大分違ってますねー。それぞれ大きさも小さいし」 「惜しいの。瘴気さえ出さなんだら、これも観光資源として使えそうなんだが」 マルカは考察を交え、手帳にスケッチを書き記す。 「地下という閉鎖空間で、独自の進化を遂げましたかしら」 ネージュ、おいしそう、戒焔、十塚らと飛び回っていたレオナールが、サライの元に戻ってきた。 「サライきゅん。隙間ちゃんいたわよ」 「えっ、どこですか」 「あそこ」 彼女が指さしたお化けシダの上には、光る綿ぼこりの塊――ではなく全身にカビの胞子を張り付かせた隙間女。 光紀は歩み寄り、しげしげ眺める。 「そのカビはなにか、特殊なものなのかね? 実体が無い君が、どうやって張り付けているんだ?」 『セーデンキデクッツケテルノ』 隙間さん、新たな技を会得したらしい。 感心しながらサライは、ケージの戸を開く。 「さ、じめじめランドに帰りましょう。ここは今から消毒しますからね」 『カンキョウハカイダワ』 ぶつぶつ零しながらもケージにするりと入る隙間女。 玄人は、なんとなく聞く。 「その胞子をどうするつもりだ?」 『ニワニウエルノ。200年クライデハナガサクワ』 気の長い話に光紀は、一興を覚えた。 「ほう…残念ながら俺は人間故、そのうちにでも死なねばならん。花とやらを見ることもあるまいな」 『ニンゲンナガモチシナイノネ』 「確かにな。が、それまでに適当な楽しみは、十分味わい尽くせるだろうよ」 炎竜が火を吐き出した。 戒焔も炎をあちこちに放つ。 伏路はカモミールがつけている遠見の眼鏡が、片方割れているのを見て渋い顔。 「ものをすぐ壊すところも母譲りかの。ま、約束だで、それはおぬしにやる」 マルカはふふっと笑い声を漏らした。 「起きたら、お菓子をあげませんと…サライ様、そろそろ負んぶを代わりましょうか?」 サライは静かに首を振る。 「いいえ、かまいません。軽いですから。僕が今あるのは、エリカさん達の――あなたも含めて――のお蔭ですよ。この位は請け負わせてください」 様々な思い出につかの間浸った彼は、そうだ、と話を切り替える。 「僕とファムは領地に戻る前に、ババロアに寄るつもりなんです」 「あら、お2人とも、何か御用がございまして?」 「ええ。オランドさんに領地経営や教育、学校設立等の話がしたくて」 「私は久しぶりにボイnもといジェーンさんにお会いしたくて♪ なんでも独立しようかどうしようか悩んでおられるそうですよ、今」 「まあ、初耳ですわ、そのお話」 あかあか踊る炎に、開拓者たちの影も踊る。 シダが、カビが、キノコが縮みはぜる。 リューリャの呟きが、羅喉丸の耳に入る。 「これがラスト、か。現帝もそこそこ頑張っているようで」 ジルベリアに残された魔の森は、今日、この日をもって消滅した。 |