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■オープニング本文 「ただいま」 自宅に帰り着き、玄関に入って家の中に声をかける。 「おかっ……」 「おか……」 留守番をしていた小さな娘たちが、言葉の出かけた口を両手で塞ぎながら、笑顔で奥からまろび出てきて抱きついてきた。いつもなら元気の良い声が聞けるはずなのだが。 「……? いいこにしてたかな」 「してたーっ」 「してたー!」 「えらいえらい」 今度は我慢せず口を揃える娘たちの頭を撫でやると、娘たちは顔を見合わせてくすくすと楽しそうに笑った。嬉しそう、というよりは、楽しそう。 「何かあった?」 「なんでもないよっ」 「うん、なんでもない!」 でもこっち来て来て、と二人に手を引かれながら玄関を上がった。 居間へ入ると、娘たちが悪戦苦闘しながら用意したと思われる、ずらりと菓子が並んだ食卓が出迎えた。大きさの違う二切れの羊羹が載っているのは焼き魚用の長い皿、せんべいは小皿に狭苦しく重ねて積まれ、人数分揃えられた箸は一本ずつ色が違う。 そのどれもこれもが、微笑ましかった。娘たちが、この生活が、愛おしくてたまらない。 嬉しくて幸せで切なさすら覚えて声も出せずにいると、小さな顔が二つ、覗き込んできた。すごいでしょ? うれしい? ……そんな声が聞こえてきそうなにこにこ顔。 「ありがと、ね」 涙ぐみながら、笑った。驚いた娘たちが 「どこかいたいの?」 「だいじょうぶ?」 と心配そうにする。それに首を振って、 「違う違う。ぜーんぜん、痛くないよ」 楽しすぎて笑いすぎて涙が出るのと同じ、と笑顔で説明してやった。ほっとした表情になる娘たち。そして、肘で互いを突っつきあってひそひそ相談。 ねえ、あれ。 うん、あれ。 せーの。 「おかえりなさい!」 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 叢雲・なりな(ia7729) / リーディア(ia9818) / 明王院 浄炎(ib0347) / 明王院 未楡(ib0349) / 朱華(ib1944) / 晴雨萌楽(ib1999) / アルマ・ムリフェイン(ib3629) / サニーレイン=ハレサメ(ib5382) / 叢雲 怜(ib5488) / アムルタート(ib6632) / 玖雀(ib6816) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / 霞澄 天空(ib9608) / ジョハル(ib9784) / 戸隠 菫(ib9794) / 白葵(ic0085) / 麗空(ic0129) / トム=メフィスト(ic0896) |
■リプレイ本文 ●始まりと終わり、終わりと始まり 『――パリン』 人の身に許される全てが凝縮された一撃によって、その響きは生まれた。 あの『世界』に一撃を打ち込んだその腕、その手指の力を抜いた羅喉丸(ia0347)の心には、透明な響きの余韻の中、呟くような思いがあった。終わったのか……と。 未熟だった自分がよくぞここまで来たものだと懐かしみ、時の流れを思い返す。後ろも振り向かずに、ただひたすらに歩み続けてきたな、と羅喉丸は己が身を顧みた。そうして歩み続けたきた先にあったのが、たった今の、まさに全身全霊の一撃だった。 羅喉丸は息を吐く。それはただの一呼吸かもしれなかった。或いは胸一杯の安堵か達成感を含んだ溜息かもしれなかった。 そうか、人が辿り着くことのできるひとつの極地に、そしてあの『世界』に、一瞬だけでも自分の一撃が届いたのか。世界を、変えたのか……。信じて、只管に信じて歩み続けてきたことは、決して無駄ではなかった。そういうことか。 長い道を歩いてきた。愚直に、地道に。その時間の長さや密度の果てに一瞬届いた、極みの地。それらに思いを巡らすと、心は今目の前に広がる大空の如く晴れていた。体は重い……尋常でない疲労が、手も脚も、顔を上げることすらも困難にしているが、心の中は本当に晴れ晴れとしていた。 とはいえ、さすがに疲れている。一時の休息も必要か、と気付かざるを得なかった。 そして思った。 そうだ、帰ろう。我が家に、神楽の都に。 ●家路に想う 決して楽には動かない体で道を行くエルフが一人。彼、ジョハル(ib9784)は視力の無い右目を仮面で完全に覆っているが、今となっては残る左目もほとんど見えていなかった。 彼はほとんど見えていない視界をものともせず、うーん、と悩んでいた。帰宅後についてのささやかな悩み事だ。 飛空船と共に護大の心臓に突っ込みました。……だなんて、奥さんに言ったら泣きながら怒られそうだ、口利いてもらえなくなるだろうなぁ、内緒にしておこう……。 ふと、合戦の一瞬を思い出した。砲撃の、あの瞬間のことだ。あのとき、これだけは外せないからと力を練って視力を強引に上げた。一寸先は闇、とも言える状況へ自ら躍り込んでいった自分に対し、無茶をしたなぁと呆れを込めた笑いを向ける。あれのおかげで、体のあちらこちらが一気に悪化したような気もする。 まぁでも、とジョハルは笑みを深めた。彼の中に、心残りは全く無いのだ。子供たちの笑顔、そして何より世界で一番愛おしい人の笑顔も、泣き顔も見ることができた。幸せで幸せで仕方が無い。 幸せで、先の少ない俺が、子供たちに遺せる唯一のこと。 平和な、未来。 愛おしい者たちにそれを遺すために、自分の持ち得るもの全てを使った。迷うことなく、体の自由、短い命の残り時間を費やした。あの迷わなかった一瞬は、自分としては誇れることかもしれないなと思う。 ●今と未来 叢雲 怜(ib5488)は、妻の叢雲・なりな(ia7729)に腕を取られて帰宅中。そろそろ家も近い、そんな道を、歳若い夫婦は仲良くじゃれつきあいながら歩いていた。 「俺、カッコ良かったでしょ?」 にこにこしながら褒めてもらいたがる子供のように怜が尋ねると、 「うん、かっこよかった! 怜はほんとに強くなったよねっ」 となりなは臆面もなく即答。 えへへと笑った怜は、ふと考えた。 「俺たちがもっと大きくなったら、何をしようか」 どんなふうに過ごそうか。まだ見ぬ未来には何があるのだろう。目を輝かせて将来を語る。なりなは頷いて、少し考えてから、 「ね、あのさ、たまには喧嘩することもあるかもしれないけど」 「うん?」 「でも、毎回ちゃんと仲直りして、ずーっとこうやって仲良くしてようね!」 と満面の笑みと共に言って腕を組み直した。 「もちろんなのだぜ」 怜も頷き返して、力強く答えるのだった。 ふと、なりなが怜の耳元に顔を寄せた。間近で囁かれた言葉を聞いて、怜は僅かに顔を火照らせる。悪戯な言葉を囁いたなりなの表情が、してやったり、と言っている。やったなー? と怜は笑い返し、なりなをつついた。 家に着いた二人。 怜は玄関の扉を開けながら、なりなへ、ちらりと悪戯で艶っぽい微笑を見せる。 「俺が一番に欲しいのは……♪」 目の合った二人は、それ以上何も言わず、小さく笑いながら家の中に入っていったのだった。 ●最も大切な 礼野 真夢紀(ia1144)は合戦後の様々な用事……怪我人の治癒に時間を割き、共に戦った嵐龍の鈴麗を港へ連れていってから好物で労わり、港に預けてあった霊騎の若葉の手入れやちょっとした交流などをして漸く開拓者下宿所へ帰ってきた。 「ただいまー、しらさぎ、小雪、良い子にしてたぁ?」 オートマトンと小さな猫又を呼ぶと、一体と一匹がどこからともなく一直線に飛び出してきた。 「「まゆきーっ」」 しらさぎは箒を手にしているので下宿を掃除していたのだろう。小雪はひげに寝癖が付いている辺りから察するにお気に入りの毛布の中で寝ていたようだ。勢いよくじゃれ付いてくる小さな家族たち。真夢紀は嬉しさに笑い声をあげる。 しらさぎが、あっ、と顔を上げ、懐から手紙を取り出した。 「かえってきたから、もうコレいらないー」 そう言って半分に破り、ごみの集積場所へ放り込みに行こうとするオートマトンの後ろ襟を、 「一寸待ってしらさぎっ!!」 真夢紀は大きな声で呼び止めガシッとつかまえた。あれは、自分が帰ってこなかったら出してねと頼んでおいた、カタケ仲間に積荷を燃やすよう依頼する手紙である。この手紙は焼却処分が完了するまで見届けたい。この内容が他の下宿者の目に触れることなど、絶対あってはならない。 そう、この手紙の後始末は、自分が無事に帰ってきた以上必ず完遂せねばならない、真夢紀の最重要案件なのであった。 ●自分の居場所 もふらと闘鬼犬を連れているのは柚乃(ia0638)。冷たい風が首筋を通り抜けていき、寒さにぞくりと身を震わせた。柚乃は思わず、玉狐天の伊邪那を呼ぶ。それに応じた姉のような朋友は、 「寒くなってきたものね。あたしの出番よー♪」 心得顔で妹分の首にくるりと巻きついた。 「ありがと、あったかい」 ふふっと小さく笑った柚乃は姿を変える。周囲からは今、真っ白い毛並みを持ち、首に白狐を巻きつけた神仙猫がふらりと歩いているように見えていた。 「皆でのんびり散歩でもどうかの」 謎のご隠居猫は連れの相棒たちに提案し、しばらく気侭な時間を楽しんだ。 誰かが誰かを呼ぶ声。 振り向けば、笑顔の町人たちから続けざまに声をかけられる開拓者らしき獣人の姿。開拓者は何か頼まれた様子で雑貨屋の奥へ姿を消した。好かれているんだなと思いつつ見送って、相棒たちが団子屋を覗き込んでいるのを後ろから眺めていると、柚乃は、こう度々転身しているうちに自分の存在が薄れていくような心地を覚えた。 (もし、私が居なくなったら?) そう考えたとき、ふと頭に思い浮かんだのは、今一番会いたい人……母の姿。 いつの間にやら団子を購入することになっていた柚乃は支払いを済ませて店を離れた。元の姿に戻って住まいの呉服屋へ向かいながら、彼女は相棒たちに言った。 「ね、久しぶりに実家に帰ろうかなって思うんだけど、どうかな」 家を出て、開拓者になって、五年ほど経つ。 ただいま、と言って、家族の顔を見て……温かいお茶の湯のみを両手で包み、積もる話をしよう。うん、そうしよう。 ●繋がりを想う 合戦の地から、神楽の都の浪志組屯所へ戻り、戦闘や移動を重ねてくたくたになっている身なりを、一度小綺麗に整える。そうして慌しくいつもの見回りに合流しようとアルマ・ムリフェイン(ib3629)は出かけていった。 ……のだが、往来で幾度か呼び止められ、挨拶を交わしているうち、とある雑貨屋の倉庫で崩れてしまった荷物棚の整頓を手伝うことに。 「お急ぎのところ、すみません、助かりましたっ」 「いいえー。怪我も無く済んで良かった」 礼を言う店の者に手を振り返しながら出てきたところへ、隊士たちが集まっていた。 「わっびっくりした」 「出てきた出てきたー」 「遅刻だぜアルマ、あとで団子一本奢りな」 「えええ待ってよ!?」 小突かれ弄られ、笑いながらアルマはどうにかこうにか見回りに合流することができたのだった。絶対に一本だけだなんだと返しつつ、神楽の都の往来を眺める。 立ち止まっていた女性が何か思い出したようににっこり笑って歩き出した姿。 家路を急いでいると思しき仲睦まじい夫婦連れ。 もふらや犬を連れ、白い襟巻きをした開拓者らしき少女が楽しそうに話しながら歩いていく姿。 それらを見送って、アルマは淡く微笑んだ。 ●夢 搬送されてくる負傷者の救護がようやく一区切り付いた。ギルドから出てきたリーディア(ia9818)は空を見上げると、夕暮れ時の冷えた空気を胸一杯に深く吸い込み、体中の重たい仕事気分と共にゆっくり吐き出す。そしてすっと前を向き、自宅で待つ家族を思って笑顔で歩き出した。 早く子供たちと相棒たちと最愛の夫を抱きしめて疲れを癒したい。そう思う彼女は、家路を急ぐ。夫は今家に居るかしら、開拓者として依頼をこなしているなら居ないかも、居たら嬉しくて全て放り出して飛びついてしまいそう、などと考えながら。 リーディアはふと、『夫』という存在に思いを馳せた。 (……旦那さま、か) 癖毛をゆったりと背に流す、かの人の姿を思う。 (開拓者なりたての頃は、一生独り身かもって思ってましたのに……) 今では、夫、養子に実子、言葉を交わせる相棒たちが……賑やかな家族が出来た。居場所が、出来た。 それらは全て、かつては自分の夢だった。そう、遠い夢でしかなかったのだ。昔の自分が憧れ、夢見ていた『家族』が、今、帰りを待ってくれている。 天下の往来にもかかわらず目頭が熱くなってきたリーディアは、きゅっと目を瞑り、ぱちりと開いて、緩めていた歩調を再び速める。 橙色に染まった神楽の都の街並みを眺めながら、開拓者長屋への道を辿るのだった。 ●誰かの帰る場所 合戦後の処理を終えて、神楽の都へ帰ってきた朱華(ib1944)と白葵(ic0085)。白葵は、ギルドから出ていく他の開拓者が、我が子の話をしながら歩いていく様子を見送り、ぼんやりと、既にこの世を去っているであろう自分の親のことを思った。両親が、自分の話をしながら家路につく様子を思い浮かべてしまい、目を伏せる。白葵の前に立ってギルドを出た朱華が、冷たい外の空気を深く吸い込み、ほっと息を吐いた。 「……帰ろうか。俺たちの家に、な」 そう言って振り向き、微笑んで白葵に手を差し伸べる。白葵は『特別』な言葉を何気なく掛けられ、冷えきりそうになっていた体が温まっていくような心地がした。 「せやな、せや……家帰ろや!」 喪失を思って寂しさに沈んでいた自分が馬鹿らしくなる。帰ろう、という言葉と共に手を差し出してくれる人が、今自分の目の前にはちゃんと居るのだ。 夕焼けが、手を繋いで歩く二人の横顔を橙色に照らす。ゆったり歩きながら、朱華が言った。 「こうやって歩いてると、この前までの事が夢みたいだな……」 「せやな……。朱華さ……朱華のことも、世界のことも、盛り沢山でな」 様々な事があった。いつの間にかそれらがいくつもいくつも連なって、今こうして、二人は二人の家に着く。 玄関に入りかけた朱華が、言い忘れてた、と立ち止まって再び白葵を振り返った。 「……白葵、おかえりなさい」 白葵は一瞬目を見開き、声を詰まらせた。向けられた微笑みに思わず涙ぐみながら、広げられた腕に飛び込む白葵。 「た、だいま……朱華も、おかえり、な?」 見上げた先の朱華は、ただいま、と頷く。 「白のお家は、此処、朱華の傍だけやから」 そう言って背伸びして白葵は朱華の頬に軽く口付け、ふふ、と笑う。 「一足先に夫婦の真似事、や」 悪戯っぽく話す白葵に、朱華も小さく笑う。 「此処が、白葵の家で……俺たちの家で……帰る場所、だな」 もうひとつ、付け加えた。 「それに……俺たちの家族の帰る場所に、なったら良いな」 照れくさそうに笑った朱華を見て、白葵もぽんと赤くなる。抱き締められた白葵は朱華の胸に顔を埋め、うん、せやな……と答えるのだった。 ●親子に流れた月日 霞澄 天空(ib9608)は様々なことを思い出しながら、義父トム=メフィスト(ic0896)の待つ家へ向かって歩いていた。 記憶の無い孤児だった自分。 それを養子として迎えてくれたトム。 今では同年代の友人も出来た。最初は戸惑っていたけれど。 五月には小隊の仲間全員が誕生日を祝ってくれた。今までで一番嬉しい出来事だった。 「っと……トムの誕生日は11月19日だったな」 自分も義父の誕生日に何か贈り物を、と天空は帰宅する前に買い物へ。数か所見て回り、悩みに悩んで最後に決めたのは耳飾り。決して高価ではないが、透き通っていてとても綺麗なイヤリング。 「こういうのは値段じゃなくて、気持ちだ気持ち!」 天空の左耳には、小さな耳飾りがあった。独りになった自分に唯一残された、とても大切な思い出の品、宝物。だから、大切な家族である義父にもどうかなと思ったのだ。 天空は、トムの待つ家へ。心なしか、歩みが速くなる。『親父』の待つ家まで、もうすぐ。……気恥ずかしくて、そんな呼び方はできないけれど。 トムはその頃、一人、小さな借家で片付けをしていた。遠い地で長い戦いを終えて帰宅する息子を迎えるため、今日は少し支度を頑張ってみている。 飾ってあった小さな肖像画を手に取りトムは微笑む。天空と『家族』になった後の、二人の肖像画だ。自分は天空に多くの物を与えることができたわけではない。それでも。 「笑顔を取り戻せて……本当に良かった」 安堵と喜びの滲む言葉。実家と呼べる場所がもう無い自分。妹は嫁ぎ先で、両親は既に死去。自分に残せるものはあるのか。 「っと……いけない。また天空に心配をさせてしまいますね」 トムは軽く首を振って食事の支度へ。 一通り支度が済んだ辺りで、家の傍の道を早足で歩いてくる音が聞こえてきた。 玄関の扉が開く。 「おかえりなさい、天空」 「ただいま、トム!」 嬉しそうに、元気良く帰宅した天空は、いつもより少し豪勢な夕食と珍しい菓子の皿に歓声を上げる。そして、プレゼント、と小さな箱をトムに差し出した。トムは受け取った箱を開ける。 中には透明な小さい耳飾りが、一組ではなく、ひとつ入っていた。天空がたくましくなって帰ってきたことに、瞳が潤む。 「……ありがとう、大切にしますね」 軽く目を閉じ、トムは静かに微笑むのだった。 ●親子を想う時間 夕焼けの中を歩く、黒髪の男性と緑髪の男児。 玖雀(ib6816)は、小さな麗空(ic0129)の足に歩調を合わせ、ゆっくりと歩いていた。その途中、麗空の視線の先に、手を繋いで歩く親子連れを見つける。数秒逡巡してから、隣を歩く男児の手をそっと握った。一瞬きょとんとしてから、ぱっと花が咲いたような笑顔で玖雀を見上げる麗空。大きな手に、 「……いっしょ〜」 と嬉しそうに言ってから、離さないようしっかりと手を繋いだ。 「リクも、みんなとおんなじ〜」 えへへ、と笑う。玖雀はそんな稚い笑顔にゆったりとした笑みを返して、家を目指した。今日は麗空が玖雀の家にお泊りだ。 玖雀と玖雀の恋人が住む家に到着し、夕飯を食べた。夜は冷え込み、玖雀は自分と麗空の傍に火鉢を引き寄せる。お腹が一杯になった麗空は、火鉢の温もりにご満悦。 「あったかいね〜。ぽかぽか〜」 うんしょ、うんしょ、と麗空は玖雀の隣にくっついて座りなおす。 「くじゃくのごはん、いっぱいたべたね〜」 「美味かったか」 「うん〜」 あのね〜もっとたべたかった〜、と話す麗空は、玖雀の膝に凭れ掛かる。背中を預け、 「んっとね〜……ん〜……あしたは、くじゃくと〜……あと〜……」 段々小さくなっていく話し声。見れば、幼子はこくん、かくん、と舟を漕いでいた。疲れてるんだなと玖雀は微笑みつつ、片付いた食卓に目を戻し、茶を飲んで温まる。 いつの間にか膝に掛かる重みが増していて、麗空がすっかり眠りに落ちてしまったことに気付いた。こんな場所では、風邪を引かせてしまいかねない。布団に連れて行ってやろうとする玖雀。 「……って、動けねぇし」 麗空の小さな手は玖雀の服の端をしっかりと掴んでいて、玖雀は麗空を動かすことも、自身が動くことも儘ならぬ有様だった。参ったな、と笑って指で自分の頭を掻く。早々に諦めて、彼は近くで笑ってみていた恋人に、 「悪いな、布団三つ持ってきてくんねぇか」 と頼んだ。三つね、と頷いて立った人へ、ああ、と頷き返す。 「今日はここで寝ることにするわ……」 夢の中、うにゃうにゃと楽しそうにしている子供に目を細めながら、ひそめた声で答えるのだった。 ●大好きな、大切な 夜更け。 月明かりの下、家路を急ぐのはケイウス=アルカーム(ib7387)。 戦場には瘴気と精霊力が渦巻いていた。瘴気感染によって動けなくなった者も多数居り、彼はそういった者たちを救うためその場に留まって手を尽くし、気付けば帰宅がこんな時刻となってしまったのだった。 小隊の仲間と別れ、疲れた体に鞭打って幼い養女の待つ家へ急ぐケイウスは、出発前、心配そうに、心細そうにしていた幼子のことを思い出す。早く安心させてやりたかった。自然、足の運びが速くなる。とはいえもう夜遅く。月も随分傾いてきた。 「もう寝ちゃったよな……」 呟きながら、最後の曲がり角をほとんど小走りで通り過ぎ、そしてようやく、自宅が見えてくる。のだが、なんと、家の中からは明かりが。驚いて足が止まった。明かりの中で動く人影は、間違いなく………。 (起きて待っていてくれたのかな) (こんな時間まで起きてちゃダメじゃないか) (風邪引かないようにちゃんと暖かくしているかな) (泣いたりしていないと良いけれど) 色々な思いがほぼ同時に湧き上がる。しかし、それより何より、あの子の待つこの場所に帰ってこれたことが嬉しくなって、立ち止まっていたケイウスは思わず駆け出した。疲労で重い脚のことなど、もう気にならない。 勢いよく扉を開ける。 「……ただいま!」 ●大家族の愛 民宿、縁生樹。 偉丈夫にして厳父、明王院 浄炎(ib0347)が帰宅した。小料理屋でもある民宿に残っていた十数人の子供たちが合戦の間、ずっと店を切り盛りしてくれていたことへ感謝をこめて、 「今回もよく頑張ったな」 と一人一人の頭を掻き撫でて回っている。そして同じように一人一人、順に抱き締めているのは浄炎の妻、明王院 未楡(ib0349)。 浄炎は、幼い子供たちをよくまとめ、店を守ってくれていた年長組には特に礼を述べる。 「お前たちのおかげで、成すべきことを成せた。ありがとう」 実子、養子の別無く、二人は丁寧に子供たちの相手をした。二人が留守の間に何があったか、子供たちが口々に話す。店の主立った者たちがほとんど合戦で不在であった中、店の味、御持て成しの心をしっかりと守って接客をしていた彼らを、未楡も浄炎も、うん、うんと頷き話に耳を傾け、褒めてやった。 そのうち料理の話になり、誰かの腹がぐぅぅと鳴る。それに気付いた未楡は微笑んで立ち上がり、 「構いませんよね?」 浄炎にそれだけ尋ねた。その問いの意図を汲んだ浄炎も、小さく笑って頷く。未楡は夫に微笑み返し、店先に臨時休業の札を掛けた。今日はもう店仕舞い。食事を楽しみにしている子供たちのため、料理場へ向かおうとすると、わらわらと子供たちが未楡を追いかけ、囲んで歩く。 「あらあら……みんな甘えん坊さんですね」 ふふふと笑って、未楡は子供たちに何が食べたいか尋ねていった。足りないものがあればお使いもお願いしますねと話しながら、料理場へ入り、今ある食材を確かめ、支度に取り掛かるのだった。 ●己の始まりを想う 数日前に、これから帰る旨を家族に伝え、戸隠 菫(ib9794)は、故郷、東房の安積寺に到着していた。 この空気も、道行く人も、好きだなと菫は思う。そして、今の自分の基礎を作ってくれた両親、そして師匠には幾ら感謝してもしきれない。改めてそう思った。 実家である寺の前で、父、母、師、兄弟弟子たちに出迎えられ、挨拶を交わした一同は寺の中へ。 栗があると聞いて、菫は他の弟子たちと一緒に栗きんとん作りをすることに。手分けして擂って、茶巾絞りにして、黄色い綺麗な栗きんとんが幾つも出来上がった。 皆で食卓を囲む。湯気の立つ湯呑みで両手を温めながら菓子をつついていると、食卓に幾つか並べられた物があった。 「え、なに、この絵姿。それに、釣書?」 男性の絵姿に、自己紹介の書面、……とくれば。 「え、お見合い? 聞いてないよ!?」 特に決まった人は居ないんでしょう、だとか、そろそろ考えても良い年齢だな、と掛けられた言葉に異論は無いし反論もできないが、急な話でさすがに思考が追いつかない。ひとまず、残っている自分の皿の栗きんとんを一口で頬張り、栗の香りと甘味を堪能してから、ずず、と茶を口に含んで香ばしさと温もりとで、ふう、と一息つく。開拓者として過ごしてきた日々は、人を見る目も養ったはず。そう思いながら、菫は答えた。 「うん、分かった、会ってみるよ」 ●旅路に想う とある田んぼの畦道を目指す、妹が居た。 ぽや、と風景を眺めながらふんわりとした考え事をして歩いているのは、サニーレイン=ハレサメ(ib5382)。 彼女はずっと旅をしていた。開拓者になった姉に憧れ、村を出たときからずっと。 「色んな所へ行って。色んな物を見て、色んな事をして」 其れが、ただただ楽しかった。 「でも、サニーレインは、知ってます」 雲の浮かぶ空に言った。 変わらない日々が、いつか変わること。大きな世界が、絶え間なく動くこと。そして、いつも一緒だと思っていた人たちが、いつかどこか遠くへ行ってしまうこと。……それらはどれも、ほんの少しつらくて、しかしきっと素敵なものであることも。 初めて、姉と旅先で会う約束をした。 「二人で、決めたこと、故郷のお父さんに、伝えに行きます」 ぷかりと浮かぶ雲に宣言する。 とある田んぼの畦道を目指す、姉が居た。 考え事をしつつ道を歩いているのは晴雨萌楽(ib1999)。 長い間、迷い続けていたなと思い返す。自分は何ができるのか。何がやりたいのか。とりあえず精一杯前向きにやってきたけれど、不安で不安で仕方なかった。それでまた上手くいかず、悔しくて。 「あの子、最初っから全部知ってたんだなあ」 雲ひとつない空に向かって、そう話す。あの子……自分の大切な妹は知っていた。思うがまま、感じるがまま、見て、聞いて、やってみればいいということ。何かを分ける『枠』など、最初から要らないということ。 「あたいは、やっとわかったから、……お父様に、挨拶しなきゃね」 今度こそ旅に出たい。国も、儀も、血筋も、他の何にも、どんな枠にも縛られない、ただただ自分の行きたい場所へ行く、そんな旅。長い、長い、旅に。 「だから。初めて、旅先であの子と会うんだ」 あの子が気付かせてくれたから。 二人は、旅の始まりの場所へ。 「一緒に帰ろ」 「ゆっくり、帰りたい。です」 「うん、そうだね。そうしよう」 きっと、これが最初で最後の二人旅だから。 ●未来、そして自由 アル=カマルのとある場所に、華やかな服装のジプシーたちが集まっている。 「わーいパパー! ママー! ひっさしぶり〜♪」 アムルタート(ib6632)は両手をぶんぶん振りながら満面の笑みで叫んだ。旧世界からアル=カマルへ帰郷した彼女は、数年に一度集まる家族のもとへとやってきていたのだった。 アムルタートは、開拓者になってからの話をあれやこれやと語って聞かせる。義姉、義兄が出来たこと。小隊の仲間と共に大空を飛び回ったこと。そして、これからも世界を飛び回ること。自由の民である彼女の家族たちは、楽しそうにその話に耳を傾けた。時に頷き、時に笑い転げ、時に微笑み、肩を叩く。 家族全員がそれぞれに話し終えると、誰からともなく歌声が響き始めた。その唄は幾つも重なり、そして手拍子と足踏みが夜の空気を震わせ始める。そして始まる踊りの熱狂。歌う声も笑う声も、全てがジプシーたちの踊りの伴奏だ。 自由を愛するジプシーたちは、何事にも縛られることなく、自由の女神の望むがままに、信じる道を突き進む。アムルタートは紛れもなく、そんなジプシーの一人である。 アムルタートは踊る。 家族皆で夜通し踊る。 新たな旅立ちを前にして、明るく楽しく互いを見送り、踊るのだ。 |