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■オープニング本文 「フミ様」 「なあに、シノ」 初夏の朝。神楽の都の北外れにある小さな邸の一室にて、自分が懇意にしている小さな村への手紙を書き終え、間違いが無いか読み直していた隻眼の少女、山県 フミ(iz0304)。そこへ乳母のシノが声をかけた。 「今度お時間ありましたら、ご一緒にお祖父様のお墓参りをなさいませんか」 その一言を聞いて、手にしていた紙を硯の上に落としそうになる。 「わすれてた………! え、え、いま、いま何月! うそ七月!?」 自分が書いた手紙の時候を見て叫ぶフミ。 何を隠そう、この邸は彼女の祖父である山県隆文から受け継いだもの。また、彼女に己の名前の一部を付けて可愛がっていたのも隆文であったし、開拓者であった彼は旅から帰ってきては様々な話をして聞かせ、フミが開拓者に憧れるきっかけを作った人でもあった。フミが大きくなる頃には生家のある武天を出て神楽の都で老後を過ごし、惜しくもフミが開拓者になるほんの少し前に病で亡くなった。そんな隆文の墓参りには、フミが開拓者になりこの邸を継いだ頃に一度だけ行ったきりとなっている。その後に遠出が増えて忙しくなってしまい、こうして気付けば一周忌も過ぎていた。 「いく、すぐに行くわ!」 大事な祖父の命日を忘れていたなんて。後悔先に立たずとはこのことか。悔やむ気持ちで一杯になりそうになる自分の頬をパンッと両手で叩いて頭を切り替え、出かける支度を始めるのだった。 武人でありながら自由奔放に生きたフミの祖父は、武天の実家の墓には入らず、神楽の都郊外の小さな寺に眠ることを望んだ。到着したフミとシノは、異様な雰囲気を感じ取って立ち止まる。見れば和尚が出てきていて、彼もまた困ったように柵の前に立ち、墓地のほうを見ていた。 「どうしたんですか」 フミが尋ねると、和尚が振り向いて軽く会釈した。 「ああ、おはようございます。……どうやら、墓地にアヤカシが溜まっているようでしてなぁ」 「なっ」 朝の掃除を終えて本堂に入った直後に異変を感じて出てきてみれば、墓地全体に沢山の小さなアヤカシが集まっていたらしい。が、その割には慌てず騒がず首の後ろを掻いて墓地のほうを眺めている和尚。 「あの……大丈夫、ではないですよね」 「まあ、そうですな。いやはや、十年毎に律儀に集まられても困るというもので」 「十年毎?」 「ええ。集まるたびに開拓者へアヤカシ退治を依頼しております」 また、以前原因を調査したところ、細い細い瘴気の流れと、その流れが小さく淀む場所が墓地の中にあり、それが十年溜まることでここをアヤカシだらけにしてしまう、というところまでは分かったそうだ。しかしその淀みを作らぬようにする術は見つかっていないという。 「例年、こちらが墓地に入らなければ連中も何もせんのですが、何もしないとそのまま居座っておりまして」 十年に一度の墓参りみたいなものでしょうかねえ、しかし他の者が墓参りに来れなくなるのもいけないので対応は急がねばなりませんな、と和尚。 彼ののんびりとした雰囲気にフミたちも落ち着いて、自分のすべきことを考え始める余裕が出てきた。まずは現状把握だ。フミは、 「いったい何があつまってるのかしら」 と言いながら和尚の隣へ立ち、墓地の様子をここでようやく窺うことができた。 そしてフミは総毛立つ。 彼女の右目から光を奪ったあの小さなアヤカシが、墓地のいたるところに群れていた。フミは声を絞り出す。 「……眼突鴉」 「の、ようですな。厄介な連中です。……うん? もしや、あの奥にいるのは……」 さすがの和尚の声にも焦りが滲み、フミとシノも背伸びをして墓地の奥へ目をやった。鴉に紛れて墓石の上に留まっているのは、人間の胴と頭、鳥の翼と鉤爪を持つアヤカシ。それも二体。フミの隣で、シノが嫌そうにその名を言った。 「人面鳥、のようでございますね」 「ざっと見て眼突鴉三十、加えて人面鳥が二、と。急いで開拓者を呼びに……しまった、うちの弟子はまだ買い物か」 「シノ、代わりに行ってきて。私はいったん家にもどる」 フミが自分の乳母を見る。お任せくださいとシノは頷き、募集の要項の確認をするのだった。 フミが開拓者になる直前、あの鴉に集られてフミの右目は奪われた。左目も、ほとんど見えていないのを眼鏡で矯正してなんとか生活している。片目しか無いから眼突鴉の危険も半減、などと気楽に考えるにはまだ心の傷が治りきっていなかった。 フミは震える手を隠すように握りこみながら思う。この群れを退治できたら、私も前に進めるのかしら、と。 |
■参加者一覧
紗々良(ia5542)
15歳・女・弓
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
巳(ib6432)
18歳・男・シ
ジェーン・ドゥ(ib7955)
25歳・女・砂
白葵(ic0085)
22歳・女・シ
桃李 泉華(ic0104)
15歳・女・巫
源三郎(ic0735)
38歳・男・サ
芦澤あやめ(ic1428)
16歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●集う足音 ―――伝える瞳――― 「久しぶりですおフミさん。おシノさんはいつぞや以来で。今回は宜しくお願いします」 源三郎(ic0735)は山県 フミ(iz0304)とその乳母に声をかけた。うん、よろしく、とフミが硬い表情で答え、ご無沙汰しております、とシノがお辞儀。源三郎は慇懃に礼を返し、様子を窺う。源三郎の知る限りでは一番親しいはずの桃李 泉華(ic0104)もまたフミに声をかけているが、フミはまだどこか表情が硬い。今回集まった開拓者の半数は、彼女がかつて右目を失い命までも落としかけていたのを救った者たち。彼女が、今墓場に群れている敵を恐れていることは承知していたが、初対面の紗々良(ia5542)たちですらフミの様子に気がついた様子だった。 発破をかけるなら今か、と思った源三郎は、おフミさん、と年下の同輩を呼んだ。 「奴等に一度負けた事は恥じゃありません。恥なのは負けたままで立ち向かえぬ事です。山県翁の刀と墓を前にして、そんな恥を晒すわけにはいかねえでしょう」 源三郎は、見覚えのあるフミの太刀を見た。故人が愛した一振りは、故人が愛した孫娘に伝えられた。 「あれから修練を続けてこられたのでしょう? なら大丈夫。自分を信じて下さい」 聞きながら眉を八の字にして唇を噛み締めるフミに、源三郎は剣気をぶつける。大音声と共に。 「あんなカラスモドキ相手にいつまでもびびってんじゃねえ!」 普段は腰の低い源三郎。その強い声に、その気迫に、フミが眼鏡の奥で左目を見開いた。とはいえ、たじろぐことなく受け止める。それを喜ばしく思いながらふっと力を抜く源三郎。 「僭越ながら、山県翁の代わりに叱らせて頂きやした……山県翁に叱られる事に比べりゃあんなカラスモドキ、どうってことはねえ。そう思いやせんか?」 源三郎の言葉に、少女は前髪をかき上げる手で顔を隠す。 「……うん。そうね、うん、ありがと」 情けないなぁわたし、と呟くフミは、手の陰で照れ笑いをしていた。 ―――慈しむ瞳――― 「おはようございます。本日は、宜しくお願いいたします」 フミが年長の同輩から叱られる少し前。 寺に到着したばかりの芦澤あやめ(ic1428)は、目の前の少女が腰に太刀を佩いているのを見て、今日の仕事仲間であると察し挨拶した。山県フミと名乗る少女にあやめは緊張の色を見つけて、少しだけ、彼女に内緒話をする気になった。これはフミさんにだけ申し上げますが、とフミの隣を歩きながら小さな声で話す。 「わたくしは、未だに、アヤカシが、恐ろしゅうございます」 出会った瞬間身の縮むような思いがする、熟練の皆さんがどうしてああも勇敢なのか、とあやめは地面に視線を落とす。横で、フミが小さく頷く気配がした。 ふぅ、と息を吐いてあやめは続ける。 「でも、小隊長に、言われました。とにかく強気に笑いなさい、気持ちは表情についてくる、と」 不安な顔してたら周りにも不安が広がるでしょう、と。 「ですから、少しでも笑おうと思います」 あやめは言いながらフミの前に立ってその手を両手で握り、ぎこちなく笑みをその顔に浮かべた。 「新米のわたくしですが……それで、少しでも、フミさんが心強く思ってくださったら、嬉しゅうございます」 「うん。ありがとう。わたし、がんばるね」 頷いたフミの口元に、微かなものだが確かに笑みが生まれる。あやめはそれを見て、少しぎこちなさの取れた微笑みを返すことができたのだった。 ―――見守る瞳――― 「ご住職様。墓地の中で、墓石が少ない場所はございますか。それと、墓地から寺側へ回り込みやすい通路は」 ジェーン・ドゥ(ib7955)は、初夏の朝の風にアヤカシの気配が混ざっているのを感じながら和尚に尋ねた。これから短銃で少々騒がしくしてしまうがアヤカシに眠りを妨げられるよりは良いだろうとジェーンは思う。とはいえ、山県様であればこれもまた笑い飛ばす剛毅さをお持ちでしょうけれど、と静かに懐かしんだ。 紙と筆で墓地の様子を和尚に図解してもらい、ジェーンはその紙を他の開拓者たちに回す。紙を受け取って図を見ていた羽喰 琥珀(ib3263)が顔を上げ、ぐるりと面々を見回した。 「なあなあ、攻撃開始の合図何か決めとこーぜ!」 笛がいいかな、何か鳴らすのが良いと思うんだけどさ、と言う琥珀。二班に分かれるため、開拓者ひとりが合図を行うと敵が偏る可能性がある。ジェーンが考えていると、和尚が、 「定刻に私が境内の鐘をつく、というのは如何ですかな」 と提案。一同異論無しと頷く。 「じゃ、合図は鐘の音ってことで!」 笑顔でそう言って、琥珀はフミへ声をかけに行った。 「よっ、久しぶりー」 「うん、ひさしぶり、今日はよろしく」 二人が話しているのを、白葵(ic0085)が笑顔で見ている。その白葵は後ろから、ヘマぁしたら後でアヤカシ共々お前さんも仕置きだ、などと笑い声をかけられ、たいちょっ、なしてここにっ? と笑顔のまま固まる羽目になっていたがそんな賑やかな様子に、ご友人がお集まりなのですね、とジェーンは微笑ましくフミを見た。かつて彼女の祖父、山県隆文と言葉を交わしたジェーンは思う。緊張はあろうが、自分からかけるべき言葉は無い……ただ願わくば、その刀の如く曇りなき信念を宿されることを、と。 ●鐘の音 ―――明るい瞳――― 「こら」 墓地の東側の出入口。琥珀は小声でそう言って、力が入っているフミの肩をポンと叩く。振り向いたフミの頬を、琥珀の人差し指がむにりと突いた。半分おちょぼ口になったフミの顔を見てにやっと笑う。 「もーちょい肩の力抜きなって。ここってフミのじーさんもいるんだろ?」 格好悪いとこ見せらんねーよな? とわざと意地悪そうに茶化し、ふくれるフミの頬をもう一度つっついて笑ってやった。つられて笑みを零したフミに、横の源三郎が左手を刀の鞘に添えながら助言する。 「奴等の狙いはわかってるんです。なら、刀を合わせるのもそう難しいことじゃありやせん」 大事なのは落ち着いて行動すること、と頷いてみせていた。 白葵は、フミの右手側に控える。 「ふみさん、怖いなら無理はせんとな」 ちょん、と座って服の両袖を口元に当て、隣のフミを見上げるがそれでも止めることはない辺り、フミを信じて応援するつもりなのだろうな、と反対側で屈む琥珀は思った。泉華も少女を励ましている。ぽーん、ぽん、と背を叩き、 「大丈夫、ぎょうさん頑張っとったよって、こないな敵に負けやしやんよ」 一緒にがんばろ? とフミの目を覗き込み、にっこり笑って後ろに立った。 「さぁて、そろそろ始まりよんで」 ―――静かな瞳――― 南側の班で、紗々良はあやめの結界を身に受けながら、耳を澄ましていた。 「あちらの班は、大丈夫でしょうか」 一人一人に加護の結界を施していくあやめの、密やかな声がする。それに答えるのは巳(ib6432)。 「ま、上手くやってくれんだろ。なんせ、あっちにゃぁうちのがいるんだからよ」 にぃ、と笑う色白の若者にも精霊の加護を祈り終えたあやめが問い返す。 「うちの……?」 「とある跳ねっ返りが小隊に居てなぁ」 跳ねっ返ってよくコケてっからあんたもすぐわかるだろぉよ、と言ってクックッと笑う。 そんなやり取りを聞きながら、紗々良はぽそりと呟いた。 「フミさん……絶対、守る、わ」 お墓で見守るお祖父さまの前で亡くす訳にはいかない。そんな思いを感じたかのように、隣のジェーンが頷く。ジェーンは刀と短銃の状況を確認を終えて、 「そろそろ、ですね」 と墓地に向けて静かに言った。 ごぉん、と鐘の音が響き、南からは風が、東からは声が、墓地の空気を裂いた。 ●無数の羽音 ―――温かい瞳――― 「落ち着いて、よう見? 見える筈やで」 泉華は、ここへ来い、と叫んだフミの背後でひらりひらと軽やかに舞い、精霊の力を招き寄せる。 精霊の助力を得たフミより更に速く動くのは隣の白葵。寄ってきた眼突鴉を一羽も逃すまいと身軽に跳んではその首を捻り切る。跳び上がったところを鴉に狙われ、パッと白葵の頬に朱が走った。それでも白葵は止まらない。が、泉華はそれを見逃さず治癒の閃きを放つ。 「あん、華の顔汚したあかんて。………んもう、うっといっ」 減らしてもまだ十数羽居ようかという眼突鴉が鬱陶しい。お背中借りよるで、と源三郎に言いつつ泉華が構えたのは薙刀だ。タタン、と足音軽く、体勢を立て直そうと屈んでいた源三郎の背を踏み台にして宙に舞い、数羽の鴉の横っ面をまとめて引っ叩いた。空中でたたらを踏むようにもがいた眼突鴉を、 「うっひゃー、やるなぁ桃李!」 と言いながら琥珀が投げた匕首で貫く。スタッと着地した泉華が琥珀を見やれば、彼は寄ってきた敵の首を片っ端から居合い抜きで斬り飛ばしていくところ。 そんな琥珀の隣では、先ほど泉華が踏み台にした源三郎が特に気にする素振りも無く、こっちへ来やがれと大音声を放ち、敵の好物である己の目を敵に向ける。飛び掛ってくる敵を片付けていくその動きは、咆える大声とは対照的に落ち着いており、前衛の仲間と付かず離れずの距離を維持。また、フミを挟んで反対側では、白葵がフミの死角をきっちりと把握し動いている。今も、 「白がおるって事……忘れてもろたら困るでな?」 と、フミの右上から襲いかかろうとした鴉に飛び掛かり二連撃を繰り出し倒したところだ。そのため、後ろに戻った泉華のところには鴉の一羽も来ない。 さて人面鳥は、と泉華が視線を巡らすと、二体とも南側へ近寄ろうとしていた。 ―――気侭な瞳――― 「悪ぃな。ちと借りんぜ」 南側の出入口から最初に入っていった巳は十羽を超える眼突鴉の標的となりながらも、平気な顔で墓石を足場に跳躍。数瞬の間に敵との距離を目測、暗器を振るうか雷を放つか判断、雷の手裏剣で難なく仕留めて墓石の前に音も無く降りる。 「後で掃除すっからそこぁ勘弁な」 言って、巳は曲刀を構えた。黒い曲刀に仕込まれた細い鎖を操り、振るって、頭上の鴉に刃を見舞う。と、その隣の鴉が白い光弾を受けて吹き飛んだ。おぅありがとよ、と、次の敵に向かった三角跳びからの宙返り、逆さに見えるあやめに向けて手を挙げる巳。 「ついでにコレも頼まぁ」 その腕には二本の引っ掻き傷。 「はい、只今」 着地した巳、腕の傷はもう無かった。 あやめの横では紗々良が、逃げようとする敵を冷静に狙い、射抜いていた。ジェーンは緻密で洗練された滑らかな動きで再装填を繰り返して短銃を連射。二人は眼突鴉を着実に減らしていく。 巳は人面鳥の様子をちらりと確認した。 「おーおー、仲良く二人揃っておいでなすったぜぇ?」 その言葉にジェーンが身構える。紗々良は矢を番えながら 「手前のは……引き受ける、わ」 と言って狙いを定め、射掛けた。続けてジェーンの銃弾が敵の翼の付け根に叩き込まれ、平衡を保てなくなった人面鳥はジェーンの目の前で鉤爪を地に付ける。 「勇壮にして臨機応変。その言葉の確かさを示しましょう」 祖父の刀に、故人が遺した目利きの言葉。呟く彼女に呪いの声は効かず。眼前に迫る人面鳥。己が祖父の打った一振りに持ち替えていたジェーンの一刀が迷い無くその首を刎ね、敵は地に崩れ落ちた。 紗々良の矢を受けなかったもう片方の人面鳥に襲い掛かったのは、東側から移動してきていた琥珀の放つカマイタチ。続けざまに翼を攻撃され、空中で完全に体勢が乱れた人面鳥。巳は曲刀を重りにし、暗器の細い鎖をその首に巻きつかせて地面に引きずり落としがてら、人面鳥の喉を潰した。白蛇にも似た男がくつくつ嗤う。 「お前さんにゃ空より地面がお似合いだ。蛇みてぇに這いつくばっとけ」 ●進む足音 ―――心隠す瞳――― 「……ん、もうだいじょうぶ。なぁんもおらん」 白葵はそう言って、周囲警戒を終える。それを聞いた泉華が、 「フミさん頑張ったね。シノさんも喜ぶやろて、迎えに行こ?」 とフミの手を引き寺のほうへ、とっとこと二人で歩いていった。 その後シノを連れて戻ってきた三人と共に、開拓者一同はフミの祖父の墓へ向かう。その途中、琥珀が 「フミが選んだこの道、この先歩いていけそーか?」 フミは一瞬返す言葉に悩んだようだったが、すぐに答える。 「うん」 「そっか」 琥珀は、フミのはっきりとした短い答えにニカッと笑った。 フミの祖父の墓参りをする者と、墓地全体の掃除をしに行く者とに分かれた面々。 墓を洗ったり草を抜いたりと手伝いながら、白葵は里に消された自分の親のことを思い、切ない気持ちが表情に出ないよう笑顔で隠す。そんな中、琥珀がフミの祖父について知りたがった。フミは、自分の道をしっかり歩いていた人だったと話す。ジェーンと源三郎も彼とは面識があり、その人柄を懐かしそうに話した。 「自分の信じた道貫き通して生きれりゃ、生きた甲斐もあるよなー。俺もそーなりてーな」 運んだ水を渡しながら、琥珀は感慨深げに言うのだった。 シノが用意していた花を供え、フミが線香をあげる。源三郎やあやめがそれに続き、白葵は 「白も、お参りしていってかまへんやろか?」 と尋ねる。フミの目のことで自責の念もあったが、もちろん、と頷いたフミにおおきにと礼を言って、白葵は墓石にそっと手を合わせる。娘さん、こないに大きくなってますよってご心配なくお眠りくださいまし、と報告した。 手を下ろし目を開ける。立ち上がるとき銀の指輪が目に入り、その手で首飾りをそっと握った。 (白は……白も、一人やない。寂しい、ない) ずっと顔を覆っていた仮初めの笑顔が、今やっと心からの微笑みになっていた。 ―――前を見て――― 「私も、少しだけ失礼いたします」 一番最後に、そう言ってジェーンも墓の前で手を合わせた。残念ながら今日は山県様にお話しできるような刀剣の話はお持ちできませんでした、と瞼の裏に思い描いた故人に話しかける。いつか祖父の想いを理解できた日には、また話をさせてください、と。 墓参りを終えて寺の境内へ戻ると、紗々良が和尚に先ほどの図解の紙はあるかと尋ねた。 「アヤカシが集まる、原因の、瘴気の流れを、変えたり……できないかしら、と思って」 「実はその流れ、地中を通っているようでしてなぁ。中々難しいのです」 「では、邪気を祓うような木……榊とか、桃とかを、植えてみる、とか」 「ほう、木ですか……やってみなくてはわかりませんが、悪くないかもしれませんな」 瘴気の流れはそこからこう、ここの深さは……と紙に新たな線が書き込まれていく。 ジェーンはそんなやり取りを見ながら、澱みの消えた空気を吸い込んだ。そして思う。 時の流れは容赦無い。しかし、こうして過去を見つめ、今を見つめ、そして前を向いて一歩踏み出すための時間は、誰もが、必ず持っている、と。 |