新名奉納祭へご招待
マスター名:菊ノ小唄
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 23人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/10/26 18:49



■オープニング本文

 理穴の西に広がる平野。
 平野を横切る川の支流から成った、小さな湖に人が集う。

 この辺りは元々、手付かずの湖と林が広がる無人の地だった。
 そこへやってきたのは、理穴東部の急変による避難民たち。仮住まいの場所として身を寄せた彼らであったが、一部の者は、故郷へは帰らずここを新天地としよう、あるいは終の棲家としよう、と決意。
 開拓者たちの手を借りながら林に分け入れば、そこには動植物だけでなくケモノも住んでおり、人々はケモノの長と対面。黒熊のケモノの長は、共存を望む人々を受け入れ、昔話を彼らに語ると共に湖の新たな名前を求めた。
 人々は、避難のときから力添えしてきた開拓者たち、そして林のケモノたちに支えられながら、新たな道を一歩踏み出す。


●ギルドに届いた、とある奉納祭への招待状

 束枝村熊結湖 新名奉納祭へのご招待

 秋風が心地よく吹く今日この頃、開拓者の皆様はいかがお過ごしでしょうか。
 このたび私たちは、開拓者の方々のご助力を得て、
 新しい村……束枝(つかえ)村として歩みだすことができます。

 そして、記念すべきこの折に、村の湖へ新しい名を奉納する運びとなりました。
 これらの準備にも開拓者の方々からご助力頂けたことに心から感謝し、
 奉納祭を是非楽しんで頂きたいと願う所存です。

 束枝村は湖を望み紅葉美しい景観をお楽しみいただける場所です。
 ただ、村自体は大変小さく、一度に多くの方をおもてなしすることができません。
 まことに、まことに心苦しいことでございますが、
 ご招待いたします人数を、ある程度限らせて頂きたく思います。
 何卒、ご了承ください。

 皆様のお越しを、村民一同、心よりお待ちしております。


●招待状に添えられた、屋台宣伝の紙

「射的」小さく小さく作った理穴弓で、的当てに挑戦。高得点獲得で屋台試食券当たります。
「鮎の姿焼き」塩焼きのいちじく添えです。あつあつをどうぞ。
「山菜おこわ」秋の山菜や木の実を使ったおこわです。
「茸の炭火焼」焼き立てに醤油を垂らしてお召し上がりください。

●招待状を読んだ、とある駆け出し開拓者
 開拓者ギルドにて、依頼一覧の前で首を傾げている娘がいた。
「お祭……何着ていったら良いのかしら……盛装?」
 いずれなるかもしれないからと、家の当主となるに相応しい教育を施されてきた山県 フミ(iz0304)。結局、家を継ぐことなく自由な開拓者となったものの、一般庶民的な娯楽などには疎いまま。そして、付いてきていた彼女の乳母と下男は、
「フミ様、簪は一番華やかなものをお出しします」
「あの羽織は仕立て直しですね、一番流行の店に頼みましょう」
 と後ろでなにやら妙に張り切りまくっている。あまり豪勢なお祭ではない、とフミが釘を刺しても、フミ様に一番素敵なお召し物をご用意するのが私たちのうんぬんかんぬん、糠に釘。
「頼りになるんだか、ならないんだか……」
 小さくため息をついた彼女は顔を上げ、改めて招待の文面を読む。
 優しく穏やかで、しかし力強く結束し歩み始めた村の人々を思い、フミは小さく微笑んだ。


■参加者一覧
/ 北條 黯羽(ia0072) / 羅喉丸(ia0347) / 奈々月纏(ia0456) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / フェルル=グライフ(ia4572) / 倉城 紬(ia5229) / 和奏(ia8807) / リエット・ネーヴ(ia8814) / フェンリエッタ(ib0018) / 明王院 未楡(ib0349) / シルフィリア・オーク(ib0350) / 朱華(ib1944) / レビィ・JS(ib2821) / ウルグ・シュバルツ(ib5700) / 巌 技藝(ib8056) / 氷雨月 五月(ib9844) / 白葵(ic0085) / 桃李 泉華(ic0104) / ラサース(ic0406) / 源三郎(ic0735) / シンディア・エリコット(ic1045) / ディアーナ・スピラエア(ic1196


■リプレイ本文




 燃えるような紅葉に囲まれている湖に、小型の飛空船が停泊した。
 船着場に寄せられた船の揺れがおさまるのを待ってから降りてきたのは、奉納祭に招待された開拓者のうち、祭の前に村の者と顔を合わせたいと希望した者たち。
 大きな荷袋を背負って歩く二人連れ、村への手土産を両手に提げている者、色付いた木々に顔をほころばせる少女三人組、勝手についてきた相棒に気付いて固まっている者等々。

 湖から歩いた一行が到着したのは、林に囲まれた広場。中央には、なだらかな雛壇状の大やぐらが建ち、そのそばで村人たちが幾人か待っていた。

 進み出たのは源三郎(ic0735)。
「招待に感謝いたしやす。……いよいよ束枝村の歴史の始まりですな。その節目に居合わすことができ、嬉しゅうござんす」
 挨拶の後、祝いの品として用意した極辛純米酒と、青鯛と昆布を村長に手渡し、しばらく話し込んだ。

 源三郎に続いて祝いの酒を村長に渡してからきょろきょろしていたフェンリエッタ(ib0018)は、広場に山県 フミ(iz0304)の姿を見つけ、こんにちは、と声をかける。フミは見知った顔に笑顔を向けた。
「あ、フェンリエッタこんにちは。来てたのねっ」
「ええ。あと、今日は親友も一緒なんです」
 隣のフェルル=グライフ(ia4572)をフェンリエッタが紹介し、フェルルは温かい笑顔で
「はじめまして。フェルル=グライフと申します」
 と挨拶。フミもにこやかに返した。
「皆で作り上げたお祭り、楽しんでいって」
 その言葉に、祭の準備に尽力した一人であるフェンリエッタは少し落ち着かぬ様子。
「いよいよね……なんだか緊張しちゃう」
「フェンが、名付けや儀式のお手伝いしたんだよね? 楽しみっ」
 笑顔で話すフェルル。やめてよ、とそわそわしながら言い返すフェン。フミは二人を見て楽しげだ。同時に羨ましそうでもある。
「本当に仲良しなのね」
「色々ありましたから、ね」
 そんな談笑をする三人のところへやってきたのは、すごいもふらを連れた柚乃(ia0638)。はじめまして、と自己紹介してから、
「あの、ケモノの長さんにお会いすることってできますか?」
 小首を傾げると、髪がさらりと揺れた。挨拶がしたいのだという。
 すると後ろから、
「会えるなら、同行したいのだが」
 と話しかける者が。目元を顔布で隠した雪豹の獣人、ラサース(ic0406)だ。彼の横には、黒い着流し姿の氷雨月 五月(ib9844)。右目の上の角で修羅とわかる。
「ラサース! こんにちは」
 村の立ち上げや祭の準備などで既にケモノの長と会ったことのあるラサース。彼が来ていたことを知ったフミは、それなら駄目とは言われないと思う、と言って村長のところへ駆けていった。

 さて、大きな荷袋を背負ってやってきた明王院 未楡(ib0349)と礼野 真夢紀(ia1144)は、屋台運営の代表者に相談を持ち掛けていた。
「折角のお祭りですし、少しでも楽しく盛り上げるお手伝いができればと思いまして」
 そう言って未楡が提案しているのは屋台料理の追加。そう、荷袋の中身は二人が用意した食材や調味料である。
 儀弐王の祝宴でも振舞われた菓子という話もあり、相談はとんとん拍子に進む。早速二人は用意に取り掛かるのだった。



 最初の小型飛空船が湖を飛び立つ。
 そして迫る夕暮れと共に、大型の飛空船がやってきた。そこから降りてきたのは祭の客としてこの村に招かれた数十名の人々。その中にはもちろん、今回招待された開拓者たちも居る。

 船から降り、会場へ向かう倉城 紬(ia5229)、奈々月纏(ia0456)、リエット・ネーヴ(ia8814)の三人組は紅葉を眺め、楽しげに歩く。どんぐりがあるじょ、これ何の葉っぱじぇ? などと言いながら紬と纏の周りをうろちょろしていたリエットが急に立ち止まった。気付いた纏が
「どないしたん?」
 と尋ねるがリエットは何やら真剣に、上を向いたままちょこちょこと右へ左へ前へ前へ。どうやら木から降ってくる落葉を顔で受け止めようとしているようだ。そのうち上を向いたままぴたっと止まる。リエットの後姿を見て紬が微笑んだ。
「葉っぱ、取れそうですか? ……ここも綺麗な紅葉ですねぇ。私の故郷も今はこんな綺麗な景色でしょうか……」
 物思いに耽る紬に、纏が前方から、紬ちゃーん、と声を掛ける。纏の隣ではリエットが上を向いた顔に赤い葉を乗せてけらけらと笑っていた。
「す、すいません。石鏡の実家を思い出してしまって」
 はっと我に返った紬。二人を追いかけ、また歩き始めるのだった。

 シンディア・エリコット(ic1045)は村の全ての物に対して物珍しげな視線を注いでいた。
「こ、これが天儀の、土地の神仏に敬意を払い、地と人との仲を結ぶ儀式の舞台なのね」
 彼女の口からは感激の呟きがこぼれ、至福の溜息があふれて止まない。
「お客さん、この辺に来たのは初めてか?」
 やぐらを登りながら見えた景色に感嘆の溜息をついていたシンディアに、やぐらの上で案内に立っていた村の男から声がかかる。
「ええ、今日は招待ありがとう♪ 理穴もこの村にも初めて訪れましたけれど、よろしくお願いするわ」
「こちらこそ、さ。楽しんでいってくれ」

 黒猫の獣人、白葵(ic0085)は花飾りの入った籠を腕に、奉納舞の舞手が集まっている天幕へやってきた。天幕の出入り口で、一緒に来ていた朱華(ib1944)を待たせ、白葵は中へ。舞や歌の練習で共に時間を過ごした白葵を見て、舞手の娘たちが出迎える。
「白葵さん来てたのねっ」
「お花持ってきてん、また着けてもらおう思て」
 集まってきた娘たちに、一人ずつ髪に花を飾ってやる白葵。
 不意に、花を挿してもらっていた娘の一人が首を傾げた。彼女の視線は天幕の外の若い男性、朱華に向けられている。娘の視線の方向に気付いた瞬間、白葵が固まった。その顔に思い切り『見つこーてもた……っ』と書かれているのを見て、ぴんときた娘たち。矢継ぎ早の質問と、妙に暖かい微笑みに囲まれる白葵。真っ赤な顔で言い訳やら説明やらで必死になりつつどうにか花を舞手全員に飾り終え、
「ほ、ほな、皆、頑張ってなっ」
 と応援の言葉を置いて、ぽっぽと顔を火照らせながらその場から逃げ出したのだった。
 赤い顔をして戻ってきた白葵を、朱華は首を傾げながらも
「……舞が楽しみだ」
 と仄かに笑んで迎える。
「あの花の使い方、良いな」
 良い案だと感心している朱華に、白葵は嬉しそうに軽く胸を張った。
「舞手さん皆かいらしいて、似合うやろー?」
「ああ。……白葵さんも、付ければ良かったのに」
「にゃっ?」
 いつもの調子を取り戻しかけていた白葵が再びあたふたし始め、何か変なことを言っただろうかとまたもや首を傾げる朱華だった。

 射的の屋台には既に人が集まっていた。
 その客の一人、赤い大きなコートを羽織ったレビィ・JS(ib2821)は
「色々教えてもらって練習した成果、見せるからねっ! 見ててね!」
 と長いコートの袖をまくる。彼女が話す相手は、ウルグ・シュバルツ(ib5700)。
「……そうか。それは楽しみだな」
 腕を組んで頷くウルグの視線の先では、赤いコートがなぜか揺らめいて見えるほど気合十分なレビィ。が、屋台の者に
「あー、お嬢さん。ソレ使うのは構わんが、的を離すからちょっと待ってな」
 と志体を持つ者であることをあっさり見破られ、彼女の的は普通の十倍近い距離まで持っていかれた。しかしそれでも落ち着いて的を狙い始めるレビィに、周りの客が驚く。ざわめきの中、レビィは呼吸を整え、一射。
 矢は吸い込まれるようにまっすぐ飛んでいき、ドン、と、的のど真ん中に突き立った。
「お見事!! 一等試食券、進呈だ!」
 カランカランカラン。
 鐘の音と共に、おおおーっ、という観客の歓声が響いて、レビィはウルグに振り向いた。
「ど、どうかな? いいかな!?」
「……感心したな」
 ウルグは腕組みしたまま、ほお、と息を吐くように言う。
「そうっ?」
 少し緊張がほぐれて笑顔になったレビィに頷き、俺は俺の知る基礎を伝えたに過ぎないからなとウルグが話す。
「これだけの冴えを得るに至ったのは、お前の努力によるものだろう。……自信を持って良い」
 そんな言葉を嬉しそうに聞いているレビィのところへ、一等の試食券を持って屋台の者が来る。
「練気使いのお嬢さん、一等おめでとう。これ試食券な。お兄さんもやるかい?」
「いや、俺はいい」
「そうか。そんじゃ、今日は色々見ていってくれ」
 試食券を受け取って既に料理屋台のほうへ行ってしまったレビィを目で追いつつ、ウルグは軽く会釈を返して射的の屋台を後にしたのだった。

 運営用の天幕で、裏方として村人の手伝いに精を出しているのはディアーナ・スピラエア(ic1196)。未楡と真夢紀の二人の提案で急遽追加された甘味の調理だ。そして、同じく裏方で山菜おこわを追加で作っている村の女性から、この村の話を聞いていた。
「差し支えなければ、貴女から見たこの村のことを聞かせてくださいませんか」
「いいけど、面白い話なんてできないよ?」
「構いません。そういったお話を伺った上で奉納を見れば、
 私にとっても特別なものになるんじゃないかと……そう思うんです」

 理穴東部でのアヤカシの侵攻、避難の際の混乱から始まるこの村の成り立ち。
 故郷を離れる決意、故郷へ戻る仲間との別れ難さ。
 東部の急変直後から未だに合流できていない夫のこと。……そこで少し、女性の言葉が途切れたものの、避難民であった自分たちを色々と手助けし、時に楽しませてもくれた開拓者たちの話や、この村を囲む林のケモノの長の話を始めると、再び笑顔を取り戻し、これからの村での生活について語り始めた。

 途中、ここは何の天幕だろうと訪れていた和奏(ia8807)。そんな話を少し離れた場所から聞きかじり、天幕の外へ視線を巡らせた。
「……おこわ、買ってこようかな」
 天幕を出て屋台を捜す。すぐ近くに、美味しそうな香りを漂わせている屋台を見つけて山菜おこわを購入。飲み物も買って、食べる場所を確保しようと歩き出す。ふと湖のほうを見れば、奉納の準備の最終確認をしている人々が少し居るだけでとても静か。そちらへ向かいかけていたが、
「ねえウルグ、あっちなら座れそうだよー」
 と言って駆け出そうとする女性が
「おい待て、そっちは立ち入り禁止だぞ」
 と、同行者の男性にコートを掴まれているのを見かけて足を止める和奏。
「そうだったっけ」
「座るのならやぐらがいいと聞いた。奉納の様子も見えるだろう」
「じゃあやぐら行こう! 空いてるかな?」
「それは行ってみないことには分からないが」
「ね、そういえばウルグ、この村来たことあるの?」
「なぜだ?」
「いや、さっき何か考えてるみたいだったからー」
「……ああ、いや。あのやぐらの材木はこの村で採れた物だろうか、などとな」
「そうかもね、皆、頑張ったんだろうなぁ……」
「復興、共存、色々な場所にそんな村があるのを思い出していただけだ」
「これからも頑張ってほしいよね」
 そんな話をしながら歩き出す二人の後を、とことことついていく和奏。ふと、視界の端にぴょんぴょんぴょんと金髪が揺れて意識が逸れる。すれ違った三人組が楽しそうに喋っていた。
「ねー♪ 纏ねーと紬ねーは、何食べるか決めたじぇ?」
「はわ! おこわ作っとる……うち、おこわにしよ♪」
「あちらが鮎の塩焼きでしょうか」
「じゃー僕は、茸食べて大きくなるじょ!」
 和奏はそんな話を楽しく聞いているうち、何やらおこわ以外にも色々欲しくなってきて回れ右。道行く人々を眺めながら、屋台巡りを始めたのだった。

 羅喉丸(ia0347)は湖がよく見える位置に陣取ったやぐらの席で、屋台で買ってきた料理を広げていた。
「秋の景色に秋の幸、か。綺麗な景色を眺めながらの食事も、また格別だな」
 炭火焼の良い香りがする茸や塩焼きの鮎をつついて、山菜おこわを頬張る。
「うん、うまい。さてそろそろか……楽しみだ」
 百聞は一見に如かずと言うしな、と期待を込めて湖を見遣った。

 そして空は青から薄紫へ色が移り、端は橙に染まり始めた。
 理穴国は束枝村の、湖の新名奉納祭が始まる。



 ドドン、と空砲が鳴った。
 それまで賑やかだった屋台の辺りが静まり返る。人が集まり談笑があふれていたやぐらもまた、同じく。やぐらからは、熊結湖の北側から中心へ向かって、細く伸びている舞台が見える。飛空船は一時的に移動しているのか、姿は無い。
 ざわめきが消えると、岸に沿って明かりが灯された。
 花飾りをつけた舞手と動物の面の舞手が、湖岸で戯れるように舞い踊る。そこへ二人の旅人がやってきて、更に賑やかになる。鈴の音が響く中、湖に居並ぶ歌い手が物語るのは、この地の過去。木と鈴と歌が、明るく暖かい響きを織りなした。


 纏の膝の上で、頭からぴょんと跳ねている髪を揺らしつつ湖を見物しているのはリエット。
「紬ねーも、あれ踊れるじょ?」
 そう言って振り向くリエットに、紬はうん、うん、と頷いているものの、実は殆ど聞こえていなかった。己の神楽舞の腕を更に磨くため、足の運びや、手や腕の動きの表現を見つめ続けている。纏は、膝に座っているリエットに
「紬ちゃんの舞も、今度見さしてもらわななぁ」
 と微笑み、湖に視線を戻して
「……にしても、めっちゃ綺麗や〜。ここの土地が喜んどる気ーするわ」
 と、夕日に光る湖、紅葉、そして舞の調和を堪能した。

 黒地に紅が鮮やかな片袖の着物姿でゆったり座る北條 黯羽(ia0072)の隣には、湖を眺めながらふんわりと微笑を湛えている桃李 泉華(ic0104)の姿。
「ふふ、綺麗やわぁv 皆、がんばっとったもんなぁ」
 主さんも、どっかで見てくれてよるんやろな……と見守るふうな口ぶりの泉華を、黯羽が楽しげに見ている。しかし不意に賑やかさが消えた湖へ視線を戻した。
「お、なんか出てきたな……あの格好は、アヤカシ、かね」


 命の力あふれる岸辺に、黒い布を纏った舞手が現れる。
 湖岸の歌声が、息をひそめるような響きへと変わり、歌い手たちは湖岸から姿を隠した。

 黒い影が岸を進むたび、鉢合わせた無邪気な動物が悲痛な声を上げ、倒れる。
 風のようなざわめきが、不気味に響いた。

 最後に残った熊が子熊を茂みに隠し、そして倒れる。
 そして音が、途絶えた。

 湖のほぼ中央である舞台の南端には黒い影が、続いて北端には剣を構えた旅人が一人、姿を現す。
 低い歌声が、湖に雄々しく響き始めた。

 剣を振りかざして影に飛びかかった旅人を、影はいとも容易く倒す。
 だが、突如放たれた矢が、長く尾を引く響きと共に影へ撃ち込まれた。

 影は、矢を射たもう一人の旅人を見つけ、ばさりと影を広げながら突進する。
 矢の音が短く響き、影と旅人は衝突、湖岸の明かりと歌声が消えた。

 誰も居なくなった湖の舞台に、隠れていた小熊の面の舞手が、ひらり、と舞い出でる。
 薄暗い中、細く、歌声が響いてきた。

 子熊の舞手が姿を消し、大きな熊の舞手となって再び舞台に現れ、先ほどよりも力強く舞う。
 歌声に温もりが、そして木と鈴の音が戻ってきた。

 花が舞い、動物が踊りだし、明るく賑やかな歌は優しく穏やかな歌へと徐々に調子が変化する。夕刻を過ぎて夜の帳が降り始め、紺に染まった湖に、ぽつ、ぽつ、ぽつ、と小さな灯火が浮かび上がってくる。
「綺麗…………」
 湖に浮かぶ、花や草木をかたどった数々の灯篭を見て、ここまで一言も発さずに湖を見つめていたシンディアが溜息を吐くように呟きを零した。


 灯篭の数は増え、集まり、連なって、湖を温かく彩る。
 穏やかな歌声は、集まった命、寄り添い合う命、消えてしまった命や救われた命を、この地で慈しみ続けることを誓う。その誓いを『熊結』に込めて湖の新名として奉り、そして林のざわめきに混じって一つになった。



「昔話になぞらえた演出、だったね。とっても良く出来てた」
 フェルルが、静けさを壊さぬよう気遣うような小声で呟くように言った。隣のフェンリエッタが微笑む。
「ありがと。……本当に、素敵な奉納になったわ」
「お祝いに一献、いかが?」
「そちらこそ」
 そう言ってフェンリエッタは用意した『甘露梅酒』を、フェルルも自分が用意した『花濁酒』を、お互い、自分の友の杯に注いだ。
「……いつも一生懸命なフェンに、頑張って、なんて言葉は無責任だし必要無いだろうなって思う」
 そう話すフェルルの言葉を、微笑みながら自分の杯に視線を落としてフェンリエッタが聞いている。フェルルはフェンリエッタの顔を覗き込むようにして言葉を続けた。
「だから、辛い時は溜めないで、こうしてお酒を飲んだり、またお祭り行ったりして、一緒に楽しもっ」
 目を合わせ、フェンリエッタは頷いた。
「うん。ありがとう」
 そして笑顔で、
「今日のよき日に。大切な親友に」
 杯を掲げた。フェルルが続ける。
「この村とお祭り。そして素敵な時間に」

「「乾杯」」


 奉納を終えた湖の舞台の周囲に、灯りが集められ、再びざわめきがおさまる。
 舞台に立ったのは初老の男性。束枝村の村長だ。
 よく通る声で、来訪者の足労への感謝と歓迎の言葉から始まる挨拶を述べる。そして、この村、祭への助力を惜しまなかった沢山の開拓者に感謝を述べたい、と言ってフミを舞台に呼んだ。呼ばれたフミに、村長が礼を述べ、互いの成長を祈り合うのだった。

 その少し前、舞台袖では源三郎に呼ばれ説明を受けて固まっているフミの姿があった。
「わ、わたし?」
「急なことで申し訳ありやせん。あっしが村長に提案いたしやして」
「提案?」
 首を傾げるフミに、源三郎が言う。
「頼る当てがあるってのは村の皆さんにとって、心強いものでございやしたでしょう。
 その気持ちをこの場で表せれば、また力強く進んでいけるってなもんでございやす」
 源三郎の話に頷き、納得はできたフミ。だがまだ若干の気後れがある。
「……でも、私なんかが出てしまっていいの?」
「ええ。あっしらの代表として、受けてきてください」
 優しくそう言って、名前を呼ばれたフミの背を押したのだった。

 フミが舞台を下り、村長は凛とした声で宣言する。
「皆様に、私たちの新しい住処である束枝村の、開村を表明します。
 私たち村の者らと、湖や林の者らの共存。
 永くお見守り頂ければ幸甚にございます」


 挨拶が終わり、宴が始まって広場に話し声や笑い声が戻った。
 そんな中、柚乃、ラサース、五月の三人は広場を出て村長と共に林の中へ来ていた。大きな茂みの前に辿り着くと、茂みの奥から低い声が響いてくる。
「美しい舞と音曲だった、感謝する」
 そして茂みから姿を現したのは、背に草や蔦のような飾りを持つ大きな大きな黒熊のケモノ。ラサースのほうを見て、
「また会えたな、客人」
 と太く優しげな声を響かせた。ラサースは
「また会えて嬉しい、サディーク」
「……サディーク」
 聞き返すような声に、
「俺の知る古い言葉で、友、という意味だ。良き隣人となりたい。……そうだ、今日は村長が林への立入り許可をくれたおかげで俺の恩人を紹介できる」
 そう言って自分の後ろを見た。五月は懐手のまま軽く礼をして
「五月だ。同居人が世話になってる」
 と短く挨拶。ラサースが続けて、
「あと、サディークへの面会を最初に希望して村長と話していたのは……」
 と言って柚乃を見る。彼女は少し緊張しながらも
「柚乃です。あの、初めましての挨拶に、歌をお贈りしたくて」
 構いませんか? と黒熊と村長の顔を交互に見る。村長は笑顔で頷き、黒熊も
「聞かせてくれ」
 と促した。柚乃は嬉しそうに、にこ、と微笑み、
「どうか、村の皆様と共に、安寧なる時が続きますよう……」
 心を込め、精霊の言葉で祈りの歌を紡ぐ。彼女の首にかかった銀の鈴が、歌に合わせ、微かに音を響かせる。黒熊は目を閉じ、心地よさそうに長く聴き入っていた。


 その頃、会場の広場では屋台が更なる賑わいを見せていた。
「姉さん姉さん。射的やてぇ♪」
 泉華が黯羽の袖を引き、屋台を指差す。
「射的か。俺も一丁やってみるかねェ……そンじゃ泉華、ご所望は?」
「いっとーしょーv」
「あいよっ♪ ご主人、挑戦二回分の用意頼むさね」
 器用に弓を扱って見事ど真ん中をきっちり二連発した黯羽。
 試食券を手にした泉華の熱い視線が注がれる先は、
「おこわ…! 姉さん、一緒に山菜おこわ食べようやっ」
 二人仲良く買い物をして、再びやぐらへ。
 屋台に出ている全種類の料理を買い込んで食べている者や、酒盛りをしている者、心に刻み目に焼き付けるようにやぐらの端から村や林、湖を眺めている者。沢山の人がそれぞれに過ごしている中でどうにか空いている席を見つけ、胡坐をかいた黯羽の膝の上に泉華がちょこんと座り、黯羽が抱える。あーんv と口を開ける泉華に黯羽が食べさせてやっては、二人でにっこにこ。
 広場で始まった舞踊を眺めながら、仲良くおこわを平らげる黯羽と泉華であった。

 さて、下ではシルフィリア・オーク(ib0350)と巌 技藝(ib8056)の二人が篝火に照らされ立っていた。
 彼女たちは生地の少ない艶やかな衣装に身を包み、色鮮やかな羽根扇を広げて掲げ、高らかに口上を述べる。

「侵食を受けた森の再生を」

「未だ帰らぬ者たちの無事を」

「この新たな道を歩む村に幸多からんことを……」

「祈り、願いと共に、この踊りを捧げたい」

「理穴で受け継がれてきた自然と共に生きようとする意志……しかと感じておくれよっ」

 歌い、歌い。
 踊り、踊り。
 足を踏み鳴らしては体を反らして生命の力強さを示し。
 扇を振り上げれば湖から舞い上がる鳥の如く汗が散る。
 強い木々のように天高く伸ばす腕、幾度風を受けても強くしなって立つ体。

 周囲からは速い手拍子が沸き起こり、掛け声の中で、二人は祈りを込めて一心不乱に踊り続けた。

「朱華さん……おいしー?」
 喧騒の中、鮎の塩焼きを齧る朱華を白葵が覗き込む。ちなみに朱華は、既に山菜おこわを二人前と、炭火焼茸、そして新しく用意されていたジルベリアの菓子各種を平らげた後である。
「ああ、これも美味い。……食べるか? 少しずつなら、色々食べられるだろ?」
「食べよるーv ……やなくて! なんで朱華さん、そないな痩せの大食いなん……!?」
 次から次へ色々な物を食べ続けているが、細身な朱華。なんでー、なんでー、と腰の辺りをつついてくる白葵の手を、困り顔で掴んで止める。
「いや、男と女じゃ色々違うんだろ。……たぶん」
「せやろかー……」
 納得でけへん……と口を尖らせ、いつの間にか繋がれている手をぶらぶらさせる白葵であった。
「あ、ふみさんや」
 初めて食べる葡萄ジャム入りワッフルを頬張りながら楽しげに周囲を眺め歩くフミを見つけ、手を振る白葵。手を振り返すフミのところへ行き、短い立ち話。
「楽しい時間や、毎年続いてほしいでな?」
「うん。……私の大切な場所になった、な」
 二人は笑顔で、温もりに包まれる広場を眺め、にこ、と笑い合い、また手を振って別れた。
 白葵が朱華に振り向いて微笑む。
「朱華さんにも、素敵な華が見つかるとえぇな?」
「ああ。……今日は、誘ってくれて有難う。楽しかった」
 朱華は頷いて白葵の頭を撫でる。ふにゃん、と嬉しそうに白葵が笑みを零した。

 きょろ、と並ぶ屋台を前に目移りしているのはラサースだ。五月が小さく含み笑う。
「そんな顔も出来んじゃねぇか」
「?」
「なんでもねぇよ」
 オレみたいに捻くれず生きてくれりゃあいいんだがな、という呟きはラサースに聞こえたかどうか。次はあっちの、と先に立って歩くラサースを、どこか安堵交じりの表情で機嫌良くついて歩く五月だった。

 広場を離れ、湖のそばの船着場には、数羽の小鳥や野ウサギ、そして大きなもふらと共に散策する少女、柚乃が居た。湖に浮かぶ灯篭が今は近くに見える。

 寄り添いあうように揺れる美しい灯火。
 それらは、村に集まった沢山の輝く命そのもののように感じられ、柚乃は何も言わず、ほんのりと微笑むのであった。