道を見据えて
マスター名:菊ノ小唄
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/05/03 19:17



■オープニング本文

「フミ様、よろしいですか?」
 街を出て人の行き来が減ってきた辺りで、若い女性が旅装の少女に向けて丁寧な言葉遣いで話しかける。幼いながらもきりっとした目つきの、少年然とした少女が振り向いた。
「なあに、シノ」
 小首を傾げるフミと呼ばれた少女に、シノと呼ばれた女性は、静かに真面目な表情で語る。
「この辺りは安全な場所ではありません。シノと三つ、お約束をしてくださいまし」
「わかったわ、なに?」
 聞き分けよく頷いたフミに、シノも頷き返し、まず、と言って人差し指を立てた。
「ひとつ。気になるものを見つけたら、先に、私めに教えること」
「まず、おしえる」
 そうです、という相槌と共に中指も伸ばされた。
「ふたつ。私めが『いいですよ』と申し上げてから、それを見に行くこと」
「返事をまつ」
 そして薬指。
「みっつ。お足元も、おつむの上も、よく注意しながら行くこと」
「上も下も、きをつける」
「この三つのお約束、お守り下さいますか?」
「わかったわ、守ります」
 きっぱりした少女の応答に、シノが深々と頭を下げる。
「有難うございまする。それでは、参りましょうか」
「ええ、しゅっぱつ!」
 明るい声と共に、二頭の炎龍がそれぞれに主を乗せて空へと駆け上がった。

 御年十二歳になる少女、姓を山県(やまがた)、名をフミ、という。
 まだまだ小さな体格にもどこか誇り高い雰囲気を漂わせ、この日、彼女は武天の東側に位置する生家を出て、神楽の都に向けて出発した。
 四、五歳にして既に利発であったフミには一人の兄が居るが、重い病を得て、五年に渡り幾度も生死をさまよった。兄に万一のことがあっても代理が果たせるよう、厳しく、そして大切に育てられてきたフミ。だが近年、兄の快復の兆しが強まり、念願であった開拓者登録の許しがついに出た、という次第である。

 フミは、まだ少し重たい太刀を旅装の腰に佩いて、体高は己の倍ほどもある燃えるような赤色の炎龍の上で背筋を伸ばし、見事に乗りこなす。そしてその供をするシノは彼女の乳母だ。焦茶色の炎龍を操り、己の主たる少女フミにつかず離れず進んでいた。

「楼焔号、どうしたの?」
 楼焔(ロウエン)と呼ばれた炎龍、普段は大変落ち着きのある、悠然とした飛び方をする龍だ。しかし今は、ほんのわずかだが、どこかそわそわしているように感じられた。
「なにか、気になるの? ……わっ!?」
 突然、宙でその身を翻す楼焔。咄嗟にしがみつくフミの視界の端に、黒い霧をまとった鳥のようなものが映った。と同時にシノの声が届く。
「フミ様! アヤカシです!! フミ様はあの丘の向こうまで……きゃあ!!!」
「シノ!!」
 悲鳴を聞いて体を起こすフミ。振り向くと、両目を潰された焦茶色の炎龍が、シノを乗せたまま幾つもの黒い鳥に絡まれ、落下を始めていた。地へ……死へ叩きつけられようとしていて尚、シノは叫ぶ。
「お逃げ下さい! シノに構わずお行き下さい!!」
 だが、フミは無視して両の鐙で楼焔の脇腹を強く締め、燃える赤毛に身を伏せた。主人の意を汲んだ赤い炎龍がその首を真下へ向ける。

 一瞬の機を逃せばシノの命は無いだろう。下手を打てばフミ自身の命も無い。そして残った絶望が周りのアヤカシを喜ばせるのみとなろう。

 刹那の直下降。

 果たして赤い炎龍の鉤爪は焦茶の炎龍の装具を掴み、フミはシノの腕を確と掴んだ。
 落下が減速する。と、同時にアヤカシ……眼突鴉が何羽も何羽もまとわりついてきたのを、フミは抜いた太刀で追い払おうと試みる。しかしろくに構えることも出来ない状態で、それが上手くいくはずもなく。

 数時間後、目元を裂傷だらけにして半死半生で街道の端に倒れている二人と、その二人を守るように覆いかぶさっている満身創痍の炎龍二頭が、神楽へ向かおうとしていた、あるいは神楽へ帰ろうとしていた通りすがりの開拓者たちに発見される。

「神楽へいくの、わたしは開拓者なの、神楽へ、かぐら……見えない、見えない……」

 街道沿いの宿へ運び込まれて手当てを受ける少女の喉からは、土にまみれ、弱々しい掠れ声が零れていた。


■参加者一覧
南風原 薫(ia0258
17歳・男・泰
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
白葵(ic0085
22歳・女・シ
桃李 泉華(ic0104
15歳・女・巫
紫ノ眼 恋(ic0281
20歳・女・サ
源三郎(ic0735
38歳・男・サ


■リプレイ本文

 ―――遭遇の初め―――
 夕日の色に染まる街道。
 血まみれ傷まみれの炎龍と、それに庇われた人間を最初に見つけたのは、源三郎(ic0735)だった。目に入った途端、それが重傷であると判るほど酷い状態である。
「こいつはいけねえ。早い所医者に診せねえと!」
 すると、源三郎の姿を認めた炎龍の片方が、低く唸りだした。
「……おっ、おめえさんは元気がありそうだな。どうどう、何もしやあしねえよ」
 立ち上がろうとする四肢に力は無くも、主を守るという明確な意志をもって威嚇してくる真っ赤な龍。それを宥めながら、源三郎は手を貸してくれそうな者が居ないかと周囲を見回した。

 ―――遭遇の二―――
 桃李 泉華(ic0104)は、自分のからくり、姫月と共に依頼をこなした帰り道。
 ふと前方の道端に、何か大きなものがいくつもうずくまっていることに気付いた。その傍らには男性が一人。
「何やろ……」
 大きな荷物の山と途方にくれる人、のようにも見えるが、よくよく見ればそれは
「龍……? えらい怪我しとる!? こらアカンわっ!! ひづっちゃん行くで!」
 どうやら深刻な事態のようだ。これは一大事、と巫女の少女は駆け出した。

 ―――遭遇の三―――
 紫ノ眼 恋(ic0281)は少々くたびれた旅装で、手には土産の酒瓶をさげて道をゆく。武天にて、剣一本を頼りに道場巡りをしてきた帰り道である。仕合いを頼んでは己の腕を称えられたり、むしろ返り討ちにあったり。
「良い修行になった。さすがは武者の地、猛者も多い……おや?」
 顔を上げれば道の端に小さな人だかり。なんだろう、と好奇心がむくむく頭をもたげ、彼女の足はそちらへと向いていた。

 ―――遭遇の四―――
 白葵(ic0085)は、一時帰省した自分の隠れ里から神楽へと戻るところ。
 帰った家は何故かもぬけの殻で、荒らされた様子は無いが両親の姿も無く、行く宛も無くなってとぼとぼ帰路についていた。
「おとーやん、おかーやん、どこ行ってもーたんやろかな……」
 思い出してまた少し寂しくなり、耳を垂れ、しょんぼりてくてくと街道を歩く。すると、小さな人だかりが目に入った。首をかくり。そして好奇心旺盛なにゃんこもまた、そちらへ近付いていったのだった。

 そこでは、源三郎が泉華や恋に
「あっしは水汲みに行きやすんで、ここをお任せ出来やすかい」
 と言ってその場を離れるところだった。
「なんななんな? 困っとるん?」
 白葵が声をかけると
「なんや龍も人も大怪我やねん、んあぁっもう! 手ぇまわらんわっ」
 と泉華は二頭と二人をどうにかしようと、恋慈手や神風恩寵を次々に使って奮戦中。見れば一頭と二人は、全身あちこちの傷に加えて目の辺りが血まみれだ。自分が痛みを感じるかのように顔をしかめる白葵。
「目ぇ、潰してもうたんか……えらい、怖かったやろて……」
 無意識に宙をかいた負傷者の小さな手に気づき、白葵は半ば涙目になりながらその手を取って握った。

 ―――遭遇の五、六と、旅の始まり―――
 南風原 薫(ia0258)、羽喰 琥珀(ib3263)が続けてそこへ通りかかり、どうしたどうしたと集まる。水汲みから戻った源三郎がかくかくしかじかと事情を伝え、開拓者たちが動き出した。

 手当てが進むにつれ、僅かながらに話せるようになった二人から名前や事情を知る面々。薫、琥珀はそれを聞きつつ、手当ての様子を見つつ、旅程の相談を始めた。
「おー、龍は両方動けるかぁ」
「それだけでもだいぶ違ぇな」
 薫の言葉に琥珀が頷いた。どうやら荷車は一台で済みそうだ。しかし、目の損傷についての明るい報告は少ない。巫女ゆえ手当てを主に任されていた泉華に、
「よく知らんがぁ、こういうの巫女さんの術で何とかなったりしねぇもんか、ね?」
 と薫が問う。泉華は首を横に振った。
「これ以上は、ウチにはどうもならん。目ぇ作ったるとかでけへんし」
 だが、どうにかなる部分があるかもしれず医師には早く見せたいという。
「じゃ、急げるだけ急ぐ?」
 琥珀が言って、薫も頷いた。
「だなぁ。しっかし、なんつったら良いかぁ……。つまずいたなぁ……」
 負傷者たちを見遣る二人。薫は遊んで過ごした結果家を継がず、その為に開拓者となった。だが、この少女は立派に家での役割を果たした上で開拓者になろうとした。それが報われないかもしれぬとは。
「出発した日にこれだもんな。何とかしてやりてぇや」
 じゃ、荷車の都合しに行くか、と琥珀が先に立って出かける。あとに続いて立ち上がりながら薫は自分より更に若い顔つきの少女を再度見て、
「早速一人救ったとは大したもんだよなぁ……」
 その口から称賛の言葉を小さく吐き出して背を向けた。

 手当を受けたフミとシノは、ぐるりと両目に包帯を巻かれて寝かされていた。見えない、神楽、とフミは幾度も呟き、きつく握りしめている両手を泉華が包み込む。
「大丈夫……大丈夫や。絶対、大丈夫や」
 そこへ、この辺りの地図を入手しに近くの町まで足を伸ばしていた恋が戻ってきた。狼狽や混乱はおさまりつつあるものの、尚も失意の色が濃いフミの様子を見て取り、恋はフミの傍に座る。そしてゆっくりと
「良い事も悪い事も、決してずっと続きはしない。君が、生きてさえいれば」
 そう言って、少女のまだ細い肩をそっと撫でた。

 薫、琥珀、そして白葵の三人は、負傷者たちを運ぶ荷車を求めて町へ。大きな店や農家などを訪ねて回る。
 そろそろ日も落ちて周囲は薄暗い。荷車が無かったり断られたりしてこれが五件目の、とある宿屋に声をかけると小綺麗な身なりをした初老の番頭が出てきた。
「はい、なんの御用でござんしょう?」
「大怪我した子ぉが居よんねん、目ぇも見えんなってもうて」
「おや、それは大変」
「神楽の都まで行きてぇんだけど、その子ら運ぶ荷車を借りるか貰うかしたくて」
 口々に事情を話すと、番頭は小さく唸る。
「ふむ……」
「なぁ、お願いや。白、ちゃーんと返しに来るよって……荷車のお金、預けてもかまんし……」
「金もちゃんと有るんでなぁ。このとおり、頼む」
 それぞれに頭を下げられた番頭は、うむ、と頷いた。
「そこまで言われたのを断ってはうちの恥。ご都合いたしましょう」
「ありがとさんやでっ」
 代わりにこの宿を今晩利用すること、有事の際には宿に協力することの二点を条件に、三人は無事に荷車を入手することができたのだった。

●二日目
 宿に一泊した翌朝。
 出発する前に解決すべき問題がひとつあった。それは、大怪我で迷惑しかかけられぬ自分を恥じ、責め、同行は出来ぬ、役にたてぬという乳母、シノのこと。
 源三郎はシノの前に正座した。
「お一人で責を背負う事はありやせん。浮世は持ちつ持たれつ。別の機会に助けになるのがよろしゅうござんす」
「しかし」
「なぁ、年端もいかへん女の子が、目ぇも見えん、頼る人もおらん、そないな思いさせんたって?」
 白葵が言葉を繋ぎ、横からシノの手をきゅっと握る。そして小さく
「しの、お願い……や」
 と懇願した。続けて、恋が言う。
「貴女にしかわからぬことは多いはず。彼女の心にはシノ殿が必要なはず」
 言葉に詰まるシノ。そこへ、軽い口調で薫が言った。
「お嬢さん一人なら、口説いちまおうかなぁ……なんて」
 軽口と知りながらも思わず身を乗り出すシノだが、フミと変わらぬ年頃の泉華がそれをおさえるように話しかけた。
「巫女はウチ一人やねん。こんだけの怪我や、あんたに頼むんは無茶や言うたかて、猫の手も借りたいくらいや」
 昨日の治療を一手に担ったのは泉華だったと知ってシノは息を呑む。それにな、と泉華が続けた。
「シノさんが居らなフミさんが不安なる。ほんだら、治るもんも治らんなるねん」
 きっぱりとした話し振りに、シノは軽く俯いて黙考する。
 話は終わったかな、と琥珀が頃合を見て隣の部屋にいたフミを呼びに行った。
「フミの乳母なんだろ。フミがどうしたいか、自分で言ってこいよ」
 その言葉に背を押され、シノの居る部屋に入ったフミ。数拍置いて、言った。
「……お願い。これからも、山県フミといっしょにいて」
 即ち、シノは伏して、その願いに命尽きるまで応える、と涙ながらに約束したのだった。

 道中、恋慈手でフミたちを癒す泉華。目が治って欲しいと切に願う。
 そして、無事に神楽へ着いたら友達になってくれるだろうかと思いながら、優しい治癒の光を灯していた。

●三日目
 前の晩、恋や白葵に手伝われながらフミたちは宿の湯を使い、スッキリと朝を迎えることができた。
 そして、嬉しいことが。
 フミたちの目が、片方だけだがぼんやり物を映すことが出来ると判明したのだ。文字などは読めないが、完全に光を失ったわけでもない。

 さて、街道を行く一行の前に、アヤカシが立ちふさがっていることを泉華が察知した。
 眼突鴉の他狼型のアヤカシが数体いると知って体を固くするフミとシノに、薫が気負い無く
「なにちょっと羽虫と犬っころが出ただけさ、心配ねぇ」
 と言って戦闘態勢を整える。源三郎がそれに続いて気勢を上げ、
「畜生どもが、とっとと帰ぇりやがれ!」
 腰の低い印象が強かった源三郎の大声にフミが少し驚く。が、
「チッ……そっちがそのつもりなら、たたっ斬って道こじ開けてやらあアァッ!」
 いつも冷静に話す恋の激しい啖呵に、源三郎の時の比ではない驚きで固まったのは言うまでもなかった。

 先制した開拓者たち。フミやシノには殆ど見えないが、物音や声、開拓者たちの姿が動き回る様子で次々に敵が霧散していくのはわかった。だが、開拓者と敵の姿が接触している、程度にしか見えず、その度にぞっとする。
 アヤカシらしい小さな影が自分に近付いてきて、フミは恐怖に総毛立った。しかし小柄な開拓者が目の前に割って入り事なきを得る。
 その開拓者がフミのそばへ駆け寄ってきた。白葵のようだ。途中、ぼやけた視界の中で白葵の姿が倒れたように見え、一瞬焦るフミ。しかしフミのそばに来た白葵は怪我の気配などこれっぽっちも感じさせず、むしろフミたちを気遣う。
「怪我は、あらへんかった……?」
「ありがとう、大丈夫。白葵は大丈夫?」
「ん、だいじょぶ。痛ぁないで」
 フミに駆け寄ろうとした瞬間、小さなくぼみにつまずいて、ぺしゃっと勢い良く転んでいたのは見えていた五名だけが知るところである。

●四日目
 ここまで来ると、もう神楽も近く治安は良い。
 先頭は薫、赤い炎龍の楼焔が荷車を引いて続く。
 その横を、目の見えぬ焦茶の炎龍が源三郎に引かれながら歩き、反対側に琥珀と泉華。
 殿は恋と白葵だ。

「アヤカシ、ケモノ、賊も無し。歩きやすいとこまで来れたなぁ」
「もう一息ってなとこでございやすなぁ」
 薫が時折周囲の様子を伝え、源三郎が相槌をうちながら、穏やかに時間と風景が流れていく。
「なぁ、二人は都に行って最初に何したい?」
 泉華が、荷台のフミに尋ねた。フミは少し考えてから答える。
「ギルドに、到着のしらせを」
「真面目やなぁ。んなもん、そこらの野郎でも走らせときゃえぇねん」
「あ、ひでぇ。やるけどよぉ!」
 文句を言いながらも口調は笑っている琥珀に、フミもくすくす笑う。
「知らせよったら、何する?」
「美味しいもの、食べたいわ。良いお店教えて?」
「まかしとき」
 笑顔で頷く泉華。琥珀が言う。
「妙な名前の料理もあるし、むちゃくちゃ美味い菓子もあるんだぜっ」
「そうなの?」
「おうよ。いいか? 神楽に入りましてまず右手に見えますは〜」
 と勿体ぶって語りだす。そのうち笛も取り出して、ピーヒョロと面白おかしく音を織り交ぜる。語りはやがて曲になり、琥珀の笛の音に乗せられ、童謡や流行り歌を歌い始める一行であった。

 昼前、フミが自力で歩くと言い出した。体を動かさない方がつらい、面倒かけるほうがつらいと言って聞かない。そしてシノまでもがそれに同意し、止めようとしていた泉華も折れた。
「少しだけ、やで。午後からや」
「今がいい、動けるものっ」
 食い下がられたが、これ以上は泉華も頷かない。
「アカン。お昼ご飯食べて、少し休んで、そのあとな」
 源三郎が助け舟を出す。
「昼飯休みの時にでも、あっしがお二人用の杖を作りやす。どうかそれまで、待ってておくんなせぇ」

 そんなこんなで午後、二人は荷車を降り杖を受け取って歩き出した。シノはフミより更に目が見えておらず、源三郎の補助を受けながら進む。
「あっしも開拓者になったばかりでなんさぁ。お嬢様方と同じく新参者にござんす」
 フミが、開いている片目を丸くする。
「そうだったの。これからよろしくね」
「御昵懇に願いやす。ああ、そうそう。龍たちにも声をかけてやりなせえ。お二人を心配しておりやすよ」
 力仕事ゆえ、彼が主に龍たちの面倒を見ていたのだった。フミらはそれぞれ自分の龍たちの首を撫でる。思えば二人を最後まで庇い続け、酷い怪我を負ったのだ。
「主人思いの良い龍でございやすね」
「ええ。私の、自慢の龍よ」
 そう言ってフミは微笑んだ。

 少し歩いて、フミが隣のシノに小声で話しかける。
「ね、琥珀の笛って、目が不自由でも出来ると思う?」
「沢山練習なされば、きっと」
「恋は、片目のサムライなのかしら。フミもすてきな眼帯が欲しいわ」
「身の回りが落ち着きましたら、お買い物へ参りましょうか」
「ええ。……やっぱり、歩きにくいわね」
「然様でございますね」
「そういえば、シノ」
「なんでございましょう」
「白葵、戦った後に転んでいたようだけど、本当に大丈夫だったのかしら」
 無理してないかしらと心配げな声。
「そうですね。今はお元気そうですし、ご心配は無用ではないでしょうか」
「そっか。そうね」
 最後の方の会話が、近くを歩く源三郎と薫の耳に入り、彼らは目をそらして少し気まずそうに咳払い。勿論、フミたちはそんなことも露知らず、道中ずっとお天気で良かったなどとぽつぽつお喋りを続けているのだった。

 夕方。
 遂に目的地、神楽の都が近付いてくる。琥珀が駆け出した。
「先に言ってちょっくら用事すませてくる、このまま進んでてくれ!」

 一足先に彼が向かったのは開拓者ギルド。実は泉華に言われる前から、先行して到着の連絡をしに行こうと考えていたのだった。
「フミとシノがすぐ着くんだけどさ、二人も龍も怪我してんだ。手当ては大体すんでるけど、目がほとんど見えないみてーで」
 と説明し、腕のいい医者を紹介してもらうなど手早く準備を済ませる。

 その後、神楽の都へ到着した一行のもとへ姿を見せた琥珀。
 ぴん、と背筋を伸ばし、腕をぐるりとまわして礼を取る。そして、芝居の観衆を新たな世界へ迎えるかの如く、口上を述べた。

「ようこそ、神楽の都へっ。心より歓迎しますっ」


 偶然居合わせた開拓者たちが手を差し伸べた。
 その手を取った一人の少女の、小さな開拓史がここから始まる。