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■オープニング本文 理穴で突如その勢力を伸ばし始めた負の森。それに伴い、森から這い出るアヤカシによる被害報告の数は日を追うごとに増えている。 被害の拡大を防ぐ為に理穴は開拓者ギルドへ協力を要請、負の森に侵食されつつある湖周辺の町や村からの住人避難を開始した。 同時に、避難先となる理穴南西部の町や村で避難民達を受け入れる体勢を整えなくてはならない。 仮の住まいとなる救護所の設営、食料や衣類等の物資調達と輸送。そのための護衛や純粋な人手として、開拓者達も大勢駆り出されていた。 国の一大事に、何かせずにはいられない。その町では箪笥に眠ったままになっている着物や使える古着などを持ち寄り、受け入れ先に決まった隣町へ届ける事にしたのだ。 隣町――笹葉の町までは峡谷を抜け、徒歩で一時間も掛からない。普段から頻繁に行き来もあり、背中に荷を括りつけたもふらさま数頭を連れて町の男達六人で峡谷を抜けていた時の事。 最後尾を歩いていたもふらさまが突然足を止めた。その後ろを歩いていた十二、三歳の少年が、お尻にぶつかってしまう。 「どうしたんだ?」 「あっ、こら待て!」 突然聞こえた男達の声に顔を上げると、前を行くもふらさま達が一目散に行く先を目指して駆け出していた。慌ててそれを追いかける男達。その姿が、轟音と共に上から降り注いだ落石に遮られる。 「わぁっ!」 後退したもふらさまに押され尻餅をつきながら、少年は突然の出来事に眼を見張った。 と、鷹のような鋭い鳴き声が無数に響く。次いで聞こえて来たのは逃げ惑う男達の悲鳴と断末魔の叫び――。落石に遮られた向こう側で起きている事態は容易に想像できた。 「む、村へ戻って知らせなきゃ‥‥急いで!」 少年がもふらさまの背に括られた衣類にしがみつくかつかないかのうちに、もふらさまは脱兎の如く来た道を掛け戻った。 今しがた理穴から届いた緊急の依頼の走り書きを持って、小さな受付係が受付卓に戻ってきた。 年の頃は十四・五、高く結い上げた銀髪に瞳は吸い込まれるような深い碧色。裾を膝丈まで上げた石竹の色無地に刺繍の鮮やかな藍帯を締めている。名を四葉という。 崩落により峡谷を通る道が塞がれたため、笹葉の町への物資輸送が滞っている。峡谷を通らない道もあるが、山道をぐるりと迂回する上に荷車が通れるような道ではない。 湖周辺では既に避難が始まっている。早急にアヤカシを退治し道を拓かなくては、避難民の到着に受入の準備が間に合わなくなってしまう。 四葉は『アヤカシ一覧』と書かれた綴帳を帯から取り出し該当の頁を開いた。 (「『人面鳥‥‥。身の丈三尺から七尺(約1〜2m)程、人の身体と鳥の翼、肢を持つ。その翼で素早く飛び回り肢の鋭い爪で獲物を裂く。歌の如きさえずりは聴く者を魅了し、呪い、力を封じる力を秘めている』‥‥か」) 四葉はアヤカシの情報を依頼書に書き付けていく。 (「‥‥崖崩れ、もしかしたら人面鳥が‥‥?」) 卓の向こうに人の気配を感じ、四葉は顔を上げた。そこにいたのは一人の志士。 背中まである黒褐色の髪は後ろで無造作に束ねられ、着崩した山吹色の着物の胸元からはきつく巻かれたさらしが覗いている。 左眼を覆う大き目の眼帯でも隠し切れない爪跡が頬に覗いていた。男女どちらとも取れる端整な顔立ちに感情は見られない。 誰かがすぐ後ろをすり抜け、小菊紋を配した左の袖が揺れた。袖に腕が通されていないのではない。肩から先、左腕が存在しないのだ。 「鬼灯さん‥‥あ、これは――」 四葉は一瞬慌てたがもう遅い。鬼灯の鳶色の右眼は人面鳥の姿絵――その肢に備わった鋭い爪を捉えていた。 鬼灯は故あって『爪のアヤカシ』を探している志士だ。口数少なく、特に自分の事は語らないため四葉も詳しい事情を聞けてはいない。が、おそらくその腕と眼を奪ったアヤカシを探しているのだろう事は察していた。 「その依頼、アヤカシ退治か?」 凛と冷たい響きの声に問われ、四葉は諦めて頷いた。 「人面鳥を退治して、峡谷が通れるようにしなきゃいけない。今、理穴のあちこちで町や村がアヤカシに襲われてて‥‥その人達を助ける為にも」 「村が‥‥アヤカシに」 鬼灯はほんの僅か眉をしかめた。無意識の内に右腕が左肩の古傷を押さえる。蠢動するような痛みが、白い月を、血の海を、黒く巨大な影を――惨劇の記憶の断片を呼び起こす。 「‥‥鬼灯さん?」 四葉が声を掛けると、鬼灯と眼が合った。先刻までその瞳の奥に見えた感情の揺らぎは、既に消えている。鬼灯は再び人面鳥の絵に視線を戻した。 「その依頼、受ける」 「わかった‥‥でも、力のあるアヤカシだから絶対無理はしないでね」 止めても鬼灯は行くのだろう。それに鬼灯を止める権利も四葉には無い。 四葉も幼い頃、母をアヤカシに奪われた。そのアヤカシをかつては強く憎んでいた四葉は、復讐の為に爪痕の主を追い続ける鬼灯が気掛かりでならなかった。開拓者であった母の面差しにどこか似たところのある鬼灯を、他人とは思えずにいる。 鬼灯はそれを知らず、だが何かと自分を気遣ってくれる四葉にはいくばくか心を開いているようだ。心配顔の四葉をしばらく眺めていたが、やがて口を開いた。 「目的を果たす為には、決して死ねない。死なぬ為には、強くなくてはならない。‥‥俺は、大丈夫だ」 それだけ告げて、鬼灯は踵を返した。 (「爪のある、アヤカシ‥‥」) 鬼灯は先刻見た人面鳥の絵を思う。あの日の記憶は曖昧で、身体に刻まれた爪痕の主を明確に憶えてはいない。だが、そのアヤカシを前にしたなら必ずそれとわかる確信があった。 それに『村が襲われ、追われた者達の為に』と聞いて、何故か行かなくてはいけないような焦燥を感じた。 少し前までは仇を探さんとする気持ちに追い立てられ、四葉が心配するのも無理が無い程無茶もした。その頃のであれば、自分にかかわりの無い人間の事など気にもかけなかっただろう。 (「理由‥‥わからない、けど。アヤカシは倒す。俺は強くならなくては――」) 四葉は微笑んで鬼灯の後姿を見送った。 「大丈夫、か‥‥開拓者の皆と一緒に依頼へ向かってから、鬼灯さんちょっと変わった‥‥かな。気をつけて行って来てね」 |
■参加者一覧
桔梗(ia0439)
18歳・男・巫
桐(ia1102)
14歳・男・巫
鳴海 風斎(ia1166)
24歳・男・サ
アルティア・L・ナイン(ia1273)
28歳・男・ジ
幻斗(ia3320)
16歳・男・志
真珠朗(ia3553)
27歳・男・泰
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
奏音(ia5213)
13歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ● 日が回る時間を待ち精霊門を通る。奏生のギルドへと到着し、桐(ia1102)、桔梗(ia0439)、フェルル=グライフ(ia4572)が、すぐさま必要な物の手配を行なう。 その間も桔梗は鬼灯から極力眼を離さぬようにしていた。仇を探している鬼灯が、一人で峡谷へ向わないかが気掛かりだったのだ。幸い鬼灯は何処かへ行くような素振りも無く、ギルドの隅に静かに佇んでいた。 桔梗はギルドを発つ際に鬼灯に歩み寄る。 「元気そうで、良かった‥‥皆で一緒に、頑張ろ」 「一緒に‥‥」 桔梗の言葉を繰り返す鬼灯に、アルティア・L・ナイン(ia1273)が右手を差し出す。 「宜しく鬼灯くん。頼りにしているよ」 鬼灯はアルティアの手をじっと見つめただけで、そのまま脇を抜けてギルドの出入口へ向う。 かつて鬼灯と依頼へ赴いた事のある桔梗が、鬼灯の背とアルティアを交互に見つめながら言った。 「えと‥‥鬼灯、隻腕だから‥‥利き手を預けるの、嫌なんだと思う」 「いいさ。鬼灯くんには色々とあるだろうけど、踏み込む資格はないしね。気にしないよ」 アルティアの笑顔に、桔梗の瞳も和らいだ。 「隻眼‥‥苦労したのでしょうね‥‥」 「貴方も、ですよね」 幻斗(ia3320)は知己であるフェルルの笑顔に苦笑を零す。 「確かに拙者も隻眼ですが‥‥」 見えずとも、気配で察する事が出来るまでにはなっている。おそらく鬼灯も、だとは思うが戦闘時は極力左視界を補佐する心づもりでいた。 フェルルは鬼灯の背中に、彼女の背負うものを思う。そこには想像し難い過去があるのだろう。 (「この方は自分が定めた世界に独りで縛られている‥‥それは辛く苦しい事です‥‥」) 「奏音は、まだまだあんまり出来ることもないから〜‥‥出来ることを、せいいっぱい頑張るのです」 小さな腕に抱えた荷物を運ぶ奏音(ia5213)だが、荷車が高くて乗せられない。鳴海 風斎(ia1166)が荷を取り載せる。 「素晴らしい心掛け‥‥僕も見習わなくてはいけませんね」 その言葉に、奏音は嬉しそうにはにかんだ。 荷車は落石を取り除く際に運ぶ為。中に詰まれた鶴嘴や槌、篭も岩を砕き運ぶ為に準備した。加えて峡谷へ行って帰る往復分の食料と水。 準備を手伝った都騎に見送られ、一行は奏生を出発した。 「渓谷の先にある町がどうなっているか気になりますね。無事だといいのですが‥‥」 桐が心配そうに行く手を見つめる。それを確認する為にも、まずは渓谷の安全を取り戻さなくてはならない。 「奏音も心配‥‥あわてないで‥‥でもでも、急いでいくの〜」 峡谷の住人となったアヤカシは翼も持っている。いつ獲物を求めて峡谷を離れるか知れない。 「まぁ、そんな切羽詰った人間の方が金払いが良いって話で」 真珠朗(ia3553)の呟きを桐が聞きとがめる。 「そういう事言うもんじゃないですよ。ほら、真珠朗さん遅れてますよ〜」 桐の言う通り列から離れた距離を埋めるべく、真珠朗は荷車の引き手を押す腕に力を込めた。 尤も、討伐が失敗すれば折角の依頼金も、悪ければこちらの命も泡と消える。依頼金を手にしたとしても、後味悪く終わるのはいただけない。 「真面目にやらないと桐の鬼ぃさんが怖いですし‥‥」 「聞こえてますよ」 「聞こえるように言ったんで」 そんな桐と真珠朗のやり取りを見上げながら、 「おにいさん‥‥どの、人‥‥?」 奏音は不思議そうに首をかしげた。 ● 徒歩で一日程の道程を、交代で荷車を牽き峡谷へと向かう。すぐに峡谷へは入らず、通報先でもある峡谷手前の村にて夜明けを待つ。 身体を休め空腹を満たす間、フェルルは茶を淹れ皆に配る。 「お茶はいかがですか?」 鬼灯は差し出された竹の器から登る湯気を見ているのか、その奥のフェルルの笑顔を見ているのか。 もう一度勧めると、鬼灯は器を受け取った。 「‥‥」 それは口の中に物が入っている上に小さく。だが、フェルルには『ありがとう』と言ったように聞こえた。 夜明けと共に村を発ち、到着した峡谷の入口に荷車を置く。 左右を切り立った崖が見下ろす細道は、馬車であれば二台が余裕を持ってすれ違う程の幅がある。が、所によっては半分にまで狭まると聞いている。 「こうれつ? ‥‥難しそうなの。えっと〜、奏音は‥‥」 「こっちですよ。私達と一緒」 困り顔できょろきょろと皆を見回す奏音を桐が呼ぶ。 術師である二人と桔梗を中央に囲む形で、風斎と幻斗が最前列を、しんがりをフェルルと鬼灯、というようにサムライと志士で固め。左右を泰拳士のアルティアと真珠朗を据える。 この隊列ならば、万一落石で分断されてしまっても、戦力に偏りなく対応できるはずだ。 踏み入った峡谷内は静寂に包まれていた。 「いくら早朝とはいえ、静かすぎますね‥‥」 「ここらの生き物は、皆食われてしまったのでしょうね」 頭上に気を配りながらの幻斗の呟きに風斎が言う。 皆、音や影を察知すべく気を張り巡らせたまま静かに移動を続ける。頭上に岩がせり出している場所を抜ける時には、桔梗が瘴索結界での警戒に努めた。 「皆さん、上ばかり見ていたら転んでしまいますよ? あ‥‥」 見上げるばかりでは首が痛くなる上に歩くのにも危ない、と、周囲を見る割合を多くしていた桐が前方を塞ぐ岩に気がついた。 村人達が襲われた場所なのだろう。道幅が狭まっている所を狙って落としたようだ。ひと跳びにとは行かないが、登れない高さではない。 「岩を挟んで、一人残されないよう‥‥最初と最後だけでも二人ずつ、行こう」 桔梗の提案の通り、風采と幻斗がまず岩を越え、それにアルティア、奏音、桐、桔梗と続く。桔梗は岩の上で一度だけ後ろを振り向く。鬼灯が支障無く岩を登っているのを確認してから、岩を降りた。 フェルルと鬼灯が岩を降りた時だった。効果の残っていた桔梗の瘴索結界に反応が起こると同時に、鷹のような鋭い声が峡谷に反響する。 「前へ走れ!」 アルティアの声はすぐに岩の崩落する音にかき消された。轟音に混ざり、羽音が聞こえる中を駆ける。 音が止み、アルティアは抱えていた奏音を降ろしながら振り向いて――全員の無事を確認した。 頭上から迫る威嚇するような鋭い声と、鳥にしては大きい羽音に各自武器を構え身構えた。 ● フェルルは長巻を一閃し降りてくる人面鳥達を睨み上げる。 「私達が相手です!」 気迫と共に発せられた声に触発され、三体の人面鳥が彼女目掛け急降下する。死角を補うよう、当初の陣形を元に仲間に背を預け人面鳥を迎え撃つ。 「ひぃ、ふう‥‥全部で五体ですかね?」 真珠朗が十字手裏剣で上空の二体を狙いながら言うと、心眼で索敵を行なった幻斗が業物を抜き放ち答える。 「今の所は――はっ!」 フェルルの死角を狙い襲う爪を刀身で受け流し、返す刀で斜に斬り上げる。 桔梗が舞う勇ましい神楽舞に、風斎とフェルルの身体に精霊の力が宿った。 「これはありがたい‥‥おかげで楽が出来そうです」 風斎は徒歩弓に矢を番える。上空にいる二体はその両足に抱えた岩を落とすつもりでいるようだ。 「落石に気をつけてください‥‥これは!?」 狙った人面鳥がふしぎなさえずりを奏でると同時に、風斎の狙いが定まらなくなる。人面鳥目掛け射掛けようとしても、引いた矢を放つ事が出来ない。心が人面鳥への攻撃を拒んでしまうのだ。 「敵の術か!? 拳骨で何とか‥‥」 実力行使に出ようとしたアルティアを桐が止める。 「そんな乱暴な‥‥精霊よ、我に力を――この者を忌まわしき呪縛より解き放て!」 精霊の小刀を媒介に放たれた解術の法が効果を発揮し、風斎は矢を放った。 「奏音も、こうげき〜〜なの」 鎌鼬に姿を変えた陰陽符が奏音の手元から飛ぶ。矢と風刃を見舞われた人面鳥は岩を放し一時上昇する。他の人面鳥達も上昇し、不快な鳴声を発し始めた。 「咆哮の効果が切れた‥‥っ」 身の内に響く痛みを堪えながら、フェルルは武器を梓小弓に代え矢筒に手を伸ばす。 落下してきた岩をかわした風斎は、刀を抜きながら咆哮を放つ。先陣切って舞い降りて来る人面鳥は既に手負い。風斎、幻斗、真珠朗の集中攻撃を受けて瘴気へと還った。 先刻までと逆に後列へ変わったフェルルは梓小弓で術者達に攻撃が及ばぬよう牽制する。 矢をかいくぐり近づいた一体が放つ鋭い声に、桐が息を呑む。 「術が使えない!?」 「呪封、というやつですか‥‥」 桐への攻撃を抑えながら幻斗が呟く。 「空からの攻撃といい、厄介な相手だ。まずはその翼をもぐとしようか」 アルティアは、風斎を襲い再び上昇しようと旋回する人面鳥に素早く間合いを詰め。閃く左右の二刀が片翼を斬り裂き、即座に後方へ飛んで追撃を回避する。 均衡を崩し地面へ伏した一体に、鬼灯が白鞘を突き立てた。刹那、上空にいた人面鳥が爪をかざし鬼灯を襲う。 咄嗟に白鞘を翳し爪を受けた。受け切れなかった片足の爪が喰い込む痛みにすら気づかないほど鮮烈に――光を背にした翼の影と羽音が支配した。 白鞘を握ったまま左肩を押さえ、その場に膝をついた。鬼灯に追撃しようとする人面鳥の攻撃を、割って入ったアルティアが受け止める。 「鬼灯くん!?」 「‥‥神の息吹宿りし風の精霊よ、この者に生命の恩寵を」 桔梗が呼んだ爽風が傷を癒しても鬼灯は立ち上がらない。 「桔梗殿、離れては危険だ!」 思わず駆け寄り無防備になった彼の背を狙う人面鳥を、幻斗が阻止した。桔梗はうずくまったままの鬼灯に問う。 「鬼灯、あれが‥‥仇、なのか?」 無言のまま首を横に振る鬼灯の顔には苦渋が満ちている。戦いの音に呑まれてしまいそうな声が漏れた。 「違う‥‥けど、羽が――翼の、音‥‥」 思わず伸ばした手を桔梗は躊躇いに止めた。鬼灯が触れられるのを嫌っている事を思い出し、だが放っておけず、その背に触れる。 触れた事に気づいていないのか、その身体は微かに震えているようでもあった。まるで、己が内にある闇を恐れているかのように。 そのまま鬼灯が闇に踏み込み闇に呑まれてしまう気がして、桔梗は祈りを込めて呟いた。 「鬼灯‥‥心まで渡すな」 初めて、鬼灯が桔梗の瞳を真っ直ぐに見た。その鳶色の瞳には光が戻り、その顔から苦しみは消えている。 鬼灯は立ち上がり気づく。自ら列から離れたはずが、いつの間にか彼女を庇うように皆が移動してくれている事に。 「貴女は一人ではありません! 協力して、敵を倒しましょうっ!」 フェルルは言葉に願いを込めて鬼灯へと投げかける。 できることなら、気づいて欲しい。手を差し伸べれば、すぐそれを取れる位置に仲間がいるのだという事を――。 「協力‥‥俺は、どうすれば?」 答えた鬼灯に、フェルルは顔に笑みを広げた。 「では、私と共に術士の方々に近寄る敵の迎撃を!」 「わかった‥‥」 この時点で既に敵の群れは残り二体にまで減っていた。こちらも痛手を受けてはいるが、桔梗と呪封の解けた桐の巫術が傷を癒す。 「よくも術を封じてくれましたね、お返しです! ――精霊の力により生れし歪みよ、彼の者を呑み込め!」 桐の歪みの力に落下しかけた人面鳥が浮上するより早く、フェルルの矢と真珠朗の骨法起承拳を乗せた手裏剣がその翼を穿つ。 「翼をもがれた鳥の末路は決まって一つ。地を這う虫の餌になるんですよ。大人しくあたしの飯の種になれって話で」 真珠朗の拳が、再び飛びあがろうともがく人面鳥を打ち据えた。 幻斗の振るう刃を逃れた人面鳥。比較的傷の浅いそれが、素早く空を切り幻斗の間合いを抜けて懐へ入り込む。その爪が腕に食い込み血が迸る。しかし苦悶の声を上げたのは人面鳥だった。 「残念ながら、武器はもう一つあるんですよ」 人面鳥の腹部に深々と突き刺さった短刀を抜くまでもなく、人面鳥が飛び上がる事で自ずと刃が抜ける。 「もう少し〜‥‥奏音も、式も、がんばるの〜」 休まず式を打ち続ける奏音が、上空を目指し羽を羽ばたかせる人面鳥に斬撃符を放つ。 「逃げるつもりか‥‥!」 アルティアは気を練り身体を覚醒させ岩壁を蹴る。斬撃符に加え手裏剣と矢を受けよろめく人面鳥目掛け跳び上がった。 「之、落禍──狼藉!」 宙で牙狼撃を受けたアヤカシは弱々しい悲鳴を上げて地に落ちた。 「どうだアヤカシ。この身は風よりも速いぞ」 着地し不敵な笑みを向けたアルティアの前で、 「これが最後、ですね」 風斎がとどめを刺し刀を鞘に収める。宙に舞っていた羽根は主を失い、その形を瘴気へと崩し――消えた。 ● 用意してきた道具に加え地断撃も利用し、全員手分けして岩を砕き荷車に載せる。 「鬼ぃさんの人使いは荒いですからねぇ。まぁ、きりきり働きますよ」 「面白くないですよっ」 鶴嘴片手にぼやく真珠朗を狙った桐の蹴りを慌ててかわし、 「別に洒落じゃねぇですって!」 再び岩砕きに戻る真珠朗の横を、比較的軽い岩運びを任された奏音がよろけながら荷車へ向う。 「うんしょ、うんしょ‥‥」 その懐には拾い物が入っている。 全員で峡谷を端まで捜索したが、アヤカシだけでなく被害者の遺体も見つからなかった。奏音は、せめていくばくかの遺品だけでもと、村へ届けるつもりでいる。 出来れば村へ連れ帰ってやりたかった。しかしその哀しみを表にも出さず、一生懸命岩運びを手伝っていた。 笹葉の街にも被害は無く。事件当時のもふらさまは全て笹葉で保護され、被害に遭った村人の内二人がもふらさまにしがみついて難を逃れていた。 比較的近い笹葉側の峡谷外へ岩を全て運び出す頃には、陽は中天を過ぎていた。 村に形見の品を届け、戻った奏生のギルドで精霊門が開くのを待つ間、それまで無言だった鬼灯が思い出した様に皆に言った。 「戦いの最中、いろいろ助けてもらった‥‥ありがとう」 言葉少なく感情も薄い鬼灯のあまりにも直球な言葉に、皆一瞬面食らう。その反応に、鬼灯は困惑したのか僅かに眉を寄せる。 「こんな時は、こう言うものではないのか?」 「いえ、間違ってはいないのですが‥‥」 何と言ったら良いものか、幻斗は思わず考え込む。果たして鬼灯がその言葉の意味をわかって使っているのか、まずそれを確認すべきだろうか。 真珠朗は思わず噴出して言った。 「鬼灯さんて言いましたっけ。あたしは貴女みたいな人、大好きですよ。良くも悪くも興味深い」 言葉の意味を掴みかね沈黙する鬼灯に、真珠朗はひらり手を振り開いた精霊門に足を向けた。 「また何時かご一緒したいですねぇ。ご縁があれば」 鬼灯は次々精霊門の中に消える皆を見つめながら、その記憶の奥に、月に舞う翼の影と羽音を思う。これでまた一歩――。 空の左袖を引く感覚に、鬼灯は下を見下ろした。首をかしげつつ奏音が問う。 「行かないの〜‥‥?」 精霊門の前で桔梗とフェルルも待ってくれている。 鬼灯は頷き、先に歩き出す奏音の背を追って。 その一歩を踏みしめた。 |