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■オープニング本文 夏の間に丈の伸びた草を掻き分けながら、一心に駆けるのは十歳前後の少年だ。腕白盛りで勝気な気性を思わせる陽太の顔は、内心の焦りと怒りが表れている。 「くそっ、何であんな事言っちまったんだ!」 その怒りは自らに向けられたものだった。 今こうしている間にも、花名は高熱にうなされている。 「おれが‥‥あんな事しなければ‥‥っ」 花名が、亡き母の形見であるその櫛を大事にしているのは知っていた。 自分も、記憶にも残らないほど幼い頃に母を失っている。だが自分には形見と呼べる物は残されていなかった。花名には母と過ごした思い出と、それが込められた形見の櫛があるのに――。 時あらば櫛を出して眺める花名が、母の事を思い出すことが出来る花名が羨ましかった。 花名が櫛を見るたびに抑えてきたその気持ちが爆発したのは二日前、二人で村を抜け出して川向こうの花を摘みに行った時の事だった。 『もうこの世にいないのに、いつまでも母ちゃんの事ばっかり思い出しててもしょうがないだろ!』 花名の腕を掴んだ拍子に櫛は彼女の手を離れ、橋から草の茂る川原へと落ちてしまった。 二人で日暮れ前まで探したが見つけられず、泣き止まない花名の手を無理に引いて何とか日が沈む前に村に戻った。 その翌日から、花名は熱を出した。きっとお守りにしていたあの櫛がなくなったから――花名が苦しんでいるのは、自分のせいだ。 「あの櫛を探して、花名に返さないと!」 草の中に身をうずめながら櫛を探す陽太の頭上を、雨雲が覆い始めていた。 地上に降り注ぐ強い雨が打ち鳴らす音に負けじと陽太を呼ぶ大人達の声。屋外から聞こえて来るそれを、花名は熱に朦朧とする意識の中で聞いていた。 戸が開き、雨具から水を滴らせた父が帰って来る。近くの町まで医者を呼びに行ってきたのだ。 「花名。お医者が来たから、もう大丈夫だぞ」 父が笑いかけても、花名は表情を曇らせたまま。医者の診察を受けながら、小さな声で尋ねる。 「‥‥陽、ちゃん‥‥どうした、の‥‥?」 「陽太、こんな雨なのに見当たらねぇみたいなんだ。今、村の者が探してる。すぐに見つかるだろ」 それを聞いて、花名は泣きそうな表情ですがるように父を見た。 「きっと、母ちゃんの櫛を探しに行ったの‥‥内緒で村を出て、川の向こうに行った帰りに‥‥橋の下、に落として‥‥」 「何だって!? 村の外は危険だからってあれほど‥‥いや、わかった。陽太はすぐに探してもらうから、花名は心配すんな」 天儀では魔の森から発生する瘴気が固まると、その場所にアヤカシが発生する。つまり、いつどこにアヤカシが出現するかわからないのだ。 特に最近では、村の近くでも頻繁にアヤカシが出現するようになっている。村では大事を取って開拓者ギルドへ陽太の救出を依頼した。 ギルドで依頼人から事情を聞いた受付係の四葉は、村の場所を聞くなり顔色を変える。つい先刻、その近くでアヤカシから辛くも逃れてきた旅人からの依頼を受けたばかりだったのだ。 依頼を請け負った開拓者達を前に、四葉は膝まで裾を上げた着物の帯から『アヤカシ一覧』と書かれた綴帳を出して広げた。 「村から見て、谷を挟んで向こう側の草原に出るというアヤカシは鬼カブト。おっきなカブトムシみたいなアヤカシだよ」 四葉の碧い瞳が紙面を追う。 「『その身は三尺(1m弱)。強固な甲皮に包まれ、その下に隠された翅により僅かながら飛行する能力を持つ蟲系のアヤカシなり』。きっと、刃は通りにくいと思う。これが三〜五体いるみたい」 そして、その近くに陽太少年もいるのだ。 「陽太くんは、川原で豪雨を避けているのかもしれない。悪くすると、怪我をして動けないでいるのかも。陽太くんがいる川と、アヤカシが居る位置は少し離れているけど‥‥」 アヤカシが陽太を発見したなら、少年一人の命などひとたまりもないだろう。 「ここから向かうと、川の下流から上流へ向かう形になる。陽太くんのいる橋付近も、アヤカシが目撃された場所も、同じくらいの時間で到着できるから。何とか陽太くんを助けてあげて!」 開拓者達は四葉の言葉に力強く頷き返し、ギルドを出て雨の中へと飛び出した。 |
■参加者一覧
鷺ノ宮 月夜(ia0073)
20歳・女・巫
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
龍牙・流陰(ia0556)
19歳・男・サ
ミル ユーリア(ia1088)
17歳・女・泰
真珠朗(ia3553)
27歳・男・泰
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
狼(ia4961)
26歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ● 開拓者達は一路陽太がいるであろう橋を目指していた。地面は既にぬかるみはじめており、急く気持ちを抑えつつ、転倒せぬように注意しながら道を急ぐ。 「母親の形見、ですか‥‥」 考え込む龍牙・流陰(ia0556)の言葉に、ミル ユーリア(ia1088)が溜息混じりに言う。 「責任感が強いってのも考え物ね‥‥そーゆーのは嫌いじゃないけどさ、状況を考えなさいってのよね」 「この雨の中、陽太くんは一人でいる‥‥」 フェルル=グライフ(ia4572)は雨が眼に入らぬよう目深に被った三度笠の縁越しに霞む前方を見やる。 朝比奈 空(ia0086)は雨音に呑まれそうな声で呟いた。 「随分と無茶をするものです。手遅れになる前に間に合うと良いのですが‥‥」 それが聞こえたか否か、羅喉丸(ia0347)は皆に言う。 「時間が経てば陽太君が鬼カブトに襲われる可能性が増すからな」 「そうならないように、あたしらが気張らないとね。出来るだけ急ごう」 「未来ある命を助けるためならば、この程度の雨などどうという事はない!」 ミルが羅喉丸の言葉を継ぐと、拳を握り締めて狼(ia4961)が熱く叫ぶ。普段は冷静に振舞うよう心がけている彼だが、元来は熱しやすい性格なのだ。 鷺ノ宮 月夜(ia0073)も頷いた。 陽太はまだ櫛を探しているのだろうか。橋の下で雨宿りしてくれているなら良いが、もし怪我をしているなら‥‥いずれにせよ一人で心細い思いでいるに違いない。 「無事見つけ出して、村まで送り届けましょう」 「ええ。彼と、彼の無事を祈る人の為にも」 流陰は決意を新たにする。 最後尾を行きながら、真珠朗(ia3553)は自分だけに聞こえる声でぽつりと呟く。 「つまるところ命の重みが、金の重みだって話で」 自分の知らない処で、誰が死のうが興味は無い。だが、目の前で人死が出るのも好きではない。 少年の命を救う為に伴う危険と、少年を救った結果得られる金と。天秤は後者に傾いた。ただそれだけの事、と自分に対する言い訳の呟きだった。 ● 土手の下を流れる川を左手に見ながら、川沿いを一時間程遡った頃。前方に件の橋が見え始めた。 「陽太さんは、どこに‥‥」 月夜は橋の欄干に身を乗り出して下を見下ろす。 土手との高低さは結構なもので、数m下に広がる幅10m程の川原には草や低木が茂っており、その中心に半分程の幅で川が流れている。 手分けして逸早く陽太を見つけ出し、かつアヤカシの襲撃があった場合に備えて二班に分かれて捜索に当たる。 各自ギルドから借り受けた呼子を持ち、陽太の発見で一回。アヤカシとの遭遇で二回鳴らすよう打ち合わせ。櫛が落ちたという西岸を月夜、ミル、フェルル、狼の一班は川下へ。空、羅喉丸、流陰、真珠朗の二班は川上へ。 狼は不意の襲撃にも備えられるよう周囲に気を張り巡らせながらゆっくりと川原を捜索していく。地面は雨水を多分に含み、一歩を踏み込む毎に足が泥に沈む。 (「この場での戦闘は不利だな‥‥」) 「陽太くーん!」 フェルルは呼びかけた後に耳を澄ましてみるが、返事らしきものは聞こえない。 水勢の増した川と、激しく打ち付ける雨の音がこちらの声を通りにくくしている。恐らく、陽太の声も。 川上に向かった二班も同様に、捜索は難航していた。 「陽太君、どこだ!?」 羅喉丸は繰り返し呼びかけながら長柄斧で草を払いつつ前進する。低木があればそこへ静かに長柄を差し込む。鬼カブトが潜んでいないか確認する為だ。 「陽太くん、いたら返事をしてください!」 空は草を分け、地面に眼を凝らす。子供の足跡があればと思ったのだが、予想通りこの雨では判別がつき難い。 「陽太君ー!」 流陰も雨に負けじと呼びかける。陽太にもしもの事があれば、家族の心には辛い記憶だけが刻まれてしまうだろう。それだけは絶対に避けたかった。 同班の皆が陽太の捜索に掛かっている間、真珠朗は土手の上に佇んでいた。 眼前――西に広がる草原。アヤカシが来るとしたら、必ずこちらからとなるはず。 刹那、黒雲の中に雷光が閃いた。間違いない。再度の雷光に照らされた、草間から覗く黒光りする甲殻。 真珠朗は二度続けて呼子を吹くと、飛手を填めた両の拳を構えつつ周囲をうかがう。風によるものではない、草の動き。僅かに見える甲殻――見える限りでその数三体。 まだ陽太は見つかっていない。この三体は自身に引き付けておかなくては。 「命の重みが金の重み。坊やの命とあたしの命じゃ、どっちが重いって話で」 天秤にかけるまでも無い。それで煩わしい生から解放されるなら、それも悪くは無い。 一体の鬼カブトが、草から飛び出した。広げた甲殻の下にある翅を羽ばたかせ一直線に向かってきたそれを、真珠朗は何とかかわす。すれ違いざま開いた甲殻の下に拳を繰り出したが、手ごたえは浅い。 「くっ‥‥!」 右脚に走った痛みが踏み込みを浅くした。接近していた別の一体が角で脚を薙いだのだ。 「僕が相手だ!」 流陰が気合と共に放った咆哮に、鬼カブト二体が彼へと向かう。 「これでも喰らえ!」 流陰目掛け飛翔した一体に、後方から駆け寄る羅喉丸の気功波が炸裂する。 空中で体勢を崩し必死で翅を羽ばたかせるそれに、天儀人形を手にした空の双眸が狙いを定めた。 「歪みの力よ、呑み込め‥‥!」 草の間を六本の肢で駆けてくる一体の突進に、流陰はガードを構える。予想以上の衝撃に、後方に滑った左足はそのまま膝をついて支えた。 立ち上がり、横へ回り込みながら斬り降ろした刀は甲殻に弾かれる。 「硬い‥‥っ、ならば――!」 返す刀で胸と腹の間に突き入れた刃に、鬼カブトは軋むような悲鳴を上げた。 増援に感謝しつつ、真珠朗は残る一体との間合いを離し対峙する。このぬかるみに蹴り技は使えない。また動けばそれだけ足を取られる可能性も高くなる。 「さぁ、おいでなせぇ‥‥はっ!」 飛び上がり突進してくる敵の接近を待って、肩に受けた傷も厭わずカウンターの拳を腹部目掛け放つ。狙い通り、甲殻よりは幾分通りが良い。 一瞬怯み、真珠朗の背後に着地した鬼カブトは、そのまま後衛に陣取っていた空を狙い飛来する。 空は業物を抜き放ち受け流す。 「――っ」 左腕を掠めた角の痛みを堪えつつ、斬り上げた刃が左後肢の脛節と腿節を切断した。 鬼カブトを追って間に入った真珠朗に任せ数歩退がった空は、前方で戦う流陰の受けた傷を見、精神を集中させる。 「精霊よ、私にその力を貸し与え給え‥‥」 この湿度の中にあって尚爽やかな風が流陰の肌を撫でる。精霊の力が傷を見る間に癒していく。 「ありがとうございます! はあぁっ!」 突進を受け止めた一瞬。鬼カブトの動きが止まった瞬間を狙い、逆手に握った刀を頭と胸の間に突き立てた。刃を抜いたその場所に、羅喉丸が長柄斧の重量を生かした一撃を振り下ろす。 傷を受け弱っていた部位への攻撃に、鬼カブトの頭部は切断された。同時にその身は瘴気へと変じ跡形も無く消え去った。 「よぉし、あと二体!」 羅喉丸はぬかるんだ地面へ食い込んだ長柄斧を振り上げつつ、残る鬼カブトを振り向いた。 ● 川上から鳴り響いた呼子の鋭い音色に、一班の全員が反射的に顔を上げる。 雨音に紛れ、微かに剣戟の音が聞こえ始めた。二班がアヤカシと接触した以上、陽太の捜索はより急を要する。 「花名さんや村の人達が心配しています。いるなら返事をしてください!」 月夜も声を張って呼びかける。アヤカシより先に少年を見つけなくては‥‥抑え込んだ焦りは僅かも表情に滲む事は無い。 不意に、フェルルの視界の端に不自然に蠢く草が映る。振り向いたその場に黒い甲殻を見たのと、呼子の鋭い音が飛ぶのは同時だった。 「ヨウタ、早くこっちへ!」 ミルが呼びかける声に、フェルルの気迫の篭った咆哮が重なる。 「陽太くんには‥‥指一本触れさせません!!」 目標を彼女に定め直進してくる鬼カブトを睨み、長巻で一閃空を薙ぐ彼女の背後から狼が前へ出る。 「現れたな。来るがいい!」 「地断撃っ!」 フェルルの放った衝撃波を、鬼カブトは飛び上がってかわす。 「右斜め前方にも、一体来ています‥‥!」 月夜が陽太を庇いながら言う。引いた位置から全体を見渡せる自分が、常に周囲を警戒しなくては。いつでも味方を回復できる構えで、月夜は引き寄せた陽太に声を掛ける。 「もう大丈夫です‥‥アヤカシは私達に任せてください」 皆がいるから心配は無いが、有事の際は自身が陽太を護る最後の砦。身を呈しても護る覚悟でいた。 狼と接触した先の一体のやや後方で動いていた茂みから、翅を開いた鬼カブトが飛び出してくる。 「ヨウタには近づかせないわよ」 ミルは鉄甲を握り直し、鬼カブトと月夜達の間に立ちふさがる。勢い良く飛来する鬼カブトの突進は身をかがめてかわすと、頭上を通過する敵の腹部目掛け渾身の一撃を突き上げた。 「ギッ!?」 「いくら硬くったってこれは痛いわよ? 秦拳士なめんじゃないわよ」 柔部を狙われた鬼カブトはいきり立ち、数歩離れた位置に着地するや否やミル目掛け草を這い分けてくる。 狼は突進からの突き上げを横に避けたと同時に、頭部にそびえる角を小脇に抱え込む。そのままへし折るのかと思いきや、 「硬いというのならば、同じ硬さのものをぶつけてみればどうなるか‥‥!!」 力を込めて持ち上げたそれを、もう一体目掛けて放り投げた。ぶつかられた拍子に動きを止めた眼前の鬼カブトの隙をミルは見逃さず。 「やっ!」 鋭く弧を描く拳が横から頭部へ命中し、鬼カブトを怯ませる。 ぶつけられた一体は背中から地面へ落下した。翅を広げ起き上がろうとするその腹と頭部の間に、 「させません!」 フェルルは溜めた力を乗せ、長巻を上から突き立てた。貫通した刀身に首を串刺しにされて尚逃れようともがく鬼カブトに、狼が近づく。 「さすがアヤカシ。大した生命力だな」 哀れに晒された腹部への骨法起承拳が炸裂した。 三体のアヤカシを片付け終えた二班が駆けつけ、全てのアヤカシが瘴気へと還るのは時間の問題だった。 ● 「こんなに雨に打たれて‥‥冷たかったでしょ」 フェルルが外套を陽太の肩から掛けてやり、月夜はどこからか取り出した塩おにぎりを差し出す。 「お腹、空いていませんか?」 「ありがとう!」 顔を輝かせそれを頬張る陽太は、雨に濡れて多少疲弊してはいるようだが怪我も無くいたって元気な様子だ。 「ね、村の人達が心配しているから家に帰りましょう?」 「ヨウタに何かあったら、誰が悲しむと思ってんのよ」 食べ終わるのを見計らってフェルルとミルが言うと、陽太は表情を曇らせた。 「でも、花名の櫛がまだ見つかって無いんだ‥‥」 「自分のやった事に責任を感じ、償おうとしたのはいい事だ。だが、それで心配を掛けていては本末転倒だぞ?」 羅喉丸に続いて流陰も言う。 「自分を責める事はありませんよ。君が花名ちゃんに苛立ちを感じたのは‥‥自分も母親の事を憶えていたかったからでしょう?」 黙ったまま俯いている陽太を、月夜は優しく抱きしめた。陽太の身体を少しでも温めようと腕に力を込める。 「村に帰って彼女を安心させてあげる事が、今の彼女にとって一番の薬になるんですよ?」 その胸の温もりに、母を想っていたのだろうか。しばらく身をゆだねていた陽太だったが、意を決したように顔を上げた。 「でも俺、やっぱり櫛を見つけてやりたい!」 陽太の決意を聞き、流陰は皆を見た。 「僕は彼の意思を汲んであげたい。アヤカシがまだどこかにいるなら、危険が伴うかもしれないけれど‥‥」 途中で言葉を切ったのは、それ以上必要が無かったから。皆の表情で異論の無い事は充分伝わっていた。 「櫛が見つかるまで帰れないなら、せめて手伝わせて。ね?」 フェルルが陽太に微笑みかけると、陽太も自然笑顔になり頷いた。 「ならば、私達はアヤカシの捜索に参りましょう」 精霊符を準備しながら空が言う。目撃されたとしている数は討伐しているが、まだ潜んでいないとも限らない。 「一帯の捜索が終了次第、俺達も櫛探しを手伝おう」 「さて、もう踏ん張りですかね」 羅喉丸に続き、真珠朗も生命波動で自らの傷を癒しつつ捜索・討伐班へ加わる。最後尾の狼を土手で見送り、ミルは皆に告げる。 「あたしは見張りに立つわ。何かあったらすぐ知らせるから」 皆が櫛の捜索に当たるよりは、見張りに専念する者が居る方が安全である。フェルルは頷いて、 「お願いします。陽太くん、櫛が落ちたのはどのあたりなの?」 「えっと‥‥橋の上から、川には落ちなかったんだけど‥‥探したけど見つからないし、雨で川に流れ込んだのかもと思って」 それでこんな川下まで来ていたのだ。 そこから皆で手分けして川原を探しながら橋へと戻っていく。アヤカシの不在を確認し戻って来た仲間も含め全員で探したが、櫛は見つからず。 陽太の体力消耗と増水している川の危険も考えて、捜索は断念し村へと戻った。 戻った陽太を、祖父母が泣きながら迎え入れた。 道中、羅喉丸と約束した通り、陽太は祖父母と村人に素直に謝罪する。 花名は医者の薬が効いたのか熱も幾分治まり、状態は落ち着いていた。 「ごめん、花名。櫛、見つからなかったんだ」 「そう‥‥でも、陽ちゃんが無事で、良かった‥‥」 微笑む花名は、それでもやはり寂しそうではあった。沈んだ表情の陽太を元気付けるように、ミルは背中を叩いた。 「あんまり家族や友達に心配かけるんじゃないわよまったく‥‥家出してるあたしがあんまり言えた義理じゃないけどさ」 「陽太さんは今回のことで、何を得ましたか?」 月夜に問われ、陽太は考え考え口にする。 「かあちゃんの事、大事に思ってないわけじゃない、けど‥‥生きてる花名の方が、ずっと大事だ」 「陽ちゃん‥‥」 驚く花名に、ミルが言う。 「櫛は残念だったけど。振り向き過ぎると、目の前の大事なものが無くなっちゃうかもしれないしさ。今回みたいにね 」 「うん‥‥」 真摯に頷く花名。彼女と陽太に、流陰は微笑みかける。 「誰かのことを忘れたくないという気持ちは、とても掛け替えのないものだと僕は思います。だから、君たちの母親を想う気持ちは、大切にしていって欲しい」 それまで皆の話を聞いていた花名の父が、娘と陽太に言う。 「母ちゃんの櫛がお前の病をもってってくれたんだ。無くしたんじゃねぇ。な?」 その優しさに、陽太は唇を噛み締め涙を堪えながら頷いていた。 夕刻には雨もあがり。手を振る陽太に見送られながら開拓者達は村を後にした。 手を振り返す流陰は寂しげな表情を浮かべる。 (「少し羨ましい。僕は、憶えていたいと思えるような人が居たのかどうかも、分からない‥‥」) 帰り道は終始無言の狼だったが、長時間雨に打たれて既にこの時喉が痛かったとか。帰宅後は風邪で一晩寝込んだそうな。 |