龍風屋と鉱山のアヤカシ
マスター名:きっこ
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/07/01 23:06



■オープニング本文

 開拓者ギルドの本拠地が置かれている神楽の都には、たくさんの開拓者が居を構えている。
 しかし住んでいるのが開拓者ばかりかと言えば、そうでもない。開拓者ではない一般人も多く日々を送っているのだ。
 そんな神楽の商店街の一角。とある店の入口から、一人の青年が姿を見せた。
 歳の頃は十七、八。陽の光に透ける銀髪は肩辺りまで無造作に伸ばされ、黒い双眸の右側の上下を飾る刀傷が印象的である。片肌脱いだ派手な着物の下に黒い腹掛。あくびをしながら大きく身体を伸ばす。
 天に突き出した拳の先、軒の上には木の板に墨入れした『龍風屋』の看板に雀が数羽止まっていた。戸口の脇に立てかけられた看板にはこう書かれている。



 日用品から珍品まで、手広さならば神楽随一。
 注文次第で品の仕入れにどこまでも。あなたのお届け物も送り先までひとっ飛び!
 お買い物・ご用命は『龍風屋』まで!!



「三雲(みくも)、外にいるのかい?」
 店内から名を呼ばれ、彼は振り向いた。
 軒先に出てきたのは黒髪の青年だ。三雲より二つ三つ年上で、黒灰縞の着流しが良く似合っている。その上に龍風屋の印半纏を羽織り、腕に厚い帳簿をいくつも抱えている。その一番上の帳簿を開き、眼鏡の奥、深い碧色の瞳を落とす。
「武天から装飾品が届くはずなんだけど、予定よりも遅れているみたいなんだ」
 武天には鉱山があり、そこから算出される貴石を使った装飾品が特産品の一つでもある。
「予定っていつ?」
「昨日」
 返事を聞いて、三雲は溜息をついた。
「二帆(ふたほ)は細かすぎるんだよ。一日二日くらい待ってやれって」
「他の所なら、そうするところなんだけどね。相手が源示さんだから」
 源示、というのは武天の都、此隅に住む老齢の細工師だ。原石を貴石に磨き上げ、細工物に仕上げるまでの工程を一人で行なっている。龍風屋では先代の頃から取引をさせてもらっており、特に簪は店でも人気の商品だ。
 頑固一徹で通っている源示は、これまで一日たりとも納品日を違えたことは無かったのである。
「なるほどね。爺さんに何かあったかも知れねぇから、様子見て来いってんだな?」
 今は都の中でもアヤカシが出現するくらいである。三雲は龍風屋の小型飛空船で急ぎ武天へと向かった。


「やっぱなぁ。そうじゃねぇかって兄貴が心配してたんだぜ?」
 源示の家で、三雲は自分の心配は棚に上げて言った。
 簡素なつくりの屋内には、上半身から左腕にかけて巻かれた包帯も痛々しい源示が布団の上に座っている。深く齢を刻む皺が、顔をより厳つく見せていた。
「‥‥小僧共に心配されるほどやわじゃねぇ」
 ぼそりと呟く源示を、お盆に湯呑を二つ載せた少女がたしなめる。
「おじいちゃん! 三雲さんが心配してくれてるのに、そんな言い方ないでしょう」
「い、いや。心配してたのは俺じゃなくて二帆‥‥ま、どうでもいいや。そのアヤカシの話、聞かせてくれよ」
 三雲に促され、源示はぽつりぽつりと話し始めた。
 アヤカシは、鉱山の中に現れたのだという。新しく貴石の鉱脈が発見され、源示は貴石の質を確認するために出向いていた。
「鼠のアヤカシが出やがったんだ」
 鉱山の奥から走り出てきた鼠の群れ。
 多少大きいものの、その場にいた誰もが野生の鼠が紛れ込んだのかと一瞬思った。ところが‥‥
「あいつら、手近にいる奴等から手当たり次第食いつきやがって‥‥おかげで俺もこの様だ」
 源示をはじめ、腕っ節に自身のある若い衆が息のある者を助け出し。つるはし等で人喰鼠を振り払いながら命からがら逃げ出したのだという。
「龍風屋には連絡しとくよう、さちに言っといたんだがな」
 源示に言われ、あどけなさの残る孫娘は首をすくめた。
「ごめんなさい。すっかり気が動転してて‥‥」
「‥‥じゃあ、そのアヤカシは今もその鉱山にいるんだな?」
 忌々しげに、源示は頷く。開拓者ギルドには、既に鉱山夫達が届けを出したそうだ。
「俺もその依頼に参加するわ。ちゃちゃっと退治してきてやるぜ」
 生家である龍風屋の手伝いをしているのは仮の姿、開拓者の方が本業であると自負する三雲であった。
「最近買付や運搬ばかりで退屈してたからな。久々に大暴れしてやっか!」
 それに、幼い頃からの知人である源示を怪我させたアヤカシならば、なおの事。他人が退治するに任せておくなどできる性分ではなかった。


■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029
23歳・女・巫
玖堂 真影(ia0490
22歳・女・陰
貴水・七瀬(ia0710
18歳・女・志
花脊 義忠(ia0776
24歳・男・サ
霧里まや(ia0933
16歳・女・陰
巳斗(ia0966
14歳・男・志
天目 飛鳥(ia1211
24歳・男・サ
鈴華(ia2086
18歳・女・サ


■リプレイ本文


 夜も更け静かな此隅の夜道を、提灯の仄かな光が照らす。
「うーらーめーしーやー‥‥」
「ひいぃっ!?」
 霧里まや(ia0933)が提灯を顔の下から照らした所へ、角を曲がって来た酔っ払いが行き逢ってしまった。腰を抜かし半ば這うように逃げ去っていく。
「場が和めばと思ったのですが思わぬ効果が」
 まやの言葉に、三雲は共犯者めいた笑みを見せた。
「いいんじゃねぇの? 飲み過ぎ注意ってな。ここだぜ」
 精霊門を抜け此隅へやってきた皆を三雲が案内したのは、源示宅に隣接する作業場である。
 提灯の火を燭台に移すと、質素で無駄を省いた屋内が浮かび上がる。
 皆は円を描くように座り、花脊 義忠(ia0776)が切り出した。
「とりあえず概要は分かってるが、詳細な事は何も分かっちゃいねぇ。現地の人間から聞いた話や何かを聞かせてくれねぇか?」
 三雲が被害に遭った源示や鉱山夫に聞いた話にギルドで聞いた以上の情報はなかった。
「襲われて、逃げるのに精一杯だったんだろうな‥‥で、作戦てのは?」
「狭い坑道内ではやはり戦い辛い。アヤカシどもを外に誘い出してから包囲陣形で殲滅を狙う」
 三雲の問いに、天目 飛鳥(ia1211)が言う。
 皆が鼠を誘い出す為の算段を聞かせると三雲は頷いた。
「じゃあ、その作戦でやってみようぜ」
「決まりだな。明日は思いっきりやらせてもらうぜ」
 鈴華(ia2086)は拳を掌に打ち付け、巳斗(ia0966)は翡翠の瞳に確固たる意志と静かな怒りを燃やす。
「鼠さんを虐めるのは嫌ですが、アヤカシでしたら話は別です。小さな動物の姿をし、人を油断させ襲うなんて‥‥許せません‥‥っ」
「先達である源示翁に怪我をさせた上に、鉱山夫達にも犠牲が出たとなれば‥‥尚の事、捨て置く訳にはいかんな」
 飛鳥は源示の作業場を眺めて言う。
 刀鍛冶を本分としている彼の眼には、源示の職人としての気構えがこの作業場から見て取れた。刀鍛冶と細工師。道は違えど、怪我で槌を振るえない辛さは良く解る。
 それに、鉱山とは刀鍛冶にとっては神聖な場所とも言える。そこをアヤカシに穢されているという事実も許せなかった。
「おうよ、ただでさえ残り少ない年寄りの時間を奪いやがって。鼠共に目に物見せてやるぜ!」
 口は悪いが言葉に込められた源示を想う気持ちに、貴水・七瀬(ia0710)は口端を上げた。
「随分とまぁ、正義感ってやつが強いヤローだなぁ‥‥」
「ばっ‥‥正義とかそんなんじゃねぇよ!」
「気持ちはわかるよ。一般の人達が助けを求めてきたら出来る限り応えたいじゃない」
 照れから七瀬の言葉を否定した三雲だが、玖堂 真影(ia0490)は笑顔で賛同する。
「人喰鼠ですかぁ‥‥どこかの国で、鼠に少しずつ肉を齧らせる拷問がありましたねぇ」
 万木・朱璃(ia0029)の何気ない一言で、その場の空気が凍りついた。
「‥‥嫌な想像してしまいました」
 言った本人も精神的にダメージを受けたらしい。
「と、とにかく、夜が明けたら作戦決行ですね」
 巳斗の言葉に、知己である真影が頷く。
「少しでも眠っておかなくちゃ。頑張ろうね、巳斗くん!」
「鼠ってのはどーしてこう狭いとこが好きなんだか‥‥」
 七瀬も小さく欠伸をし眼を閉じた。
 鈴華は戦いを前にした緊張感に踊る心を抑えつつ仮眠の体勢を取る。
「堅気の生活は暇でしょうがねぇ‥‥鼠退治で日頃の鬱憤を晴らしてやるとするか」
 皆が仮眠に入る中、飛鳥は天義酒を取り出して三雲に言う。
「共に戦う者同士、酒を酌み交わすというのはどうだ? 一杯くらいなら差し支えんだろう」
「おっ、いいねぇ。俺も一杯いいかね?」
 義忠が身を乗り出すと、三雲はそういうことならと袋からある物を取り出した。
「酒には肴が必要だろ? 此隅名産の鹿肉燻製、美味いんだぜ」
「おいおい。そんなものがあったら、一杯じゃすまなくなるだろうが」
 義忠が冗談めかして言う間に、それぞれの杯に酒が満たされた。飛鳥が杯を掲げて言う。
「我らに武運のあらんことを」
 杯の重なる音が静かに響いた。


 皆が仮眠から醒めると、源示の孫娘・さちが簡単な朝食を用意してくれていた。握り飯と汁物をありがたくいただき、三雲の案内で此隅を離れ件の坑道へと向かう。
「これなら、充分に戦えそうかな」
 周囲の地形を確認して真影が満足そうに頷く。
 坑道口の周辺には掘った岩を積んだ荷車や採掘道具などが討ち捨てられている。それを除けば、周囲は十分開けている。
「一つの生物のように群れる鼠ねえ‥‥合体したよーに見えんのか、大行進か知らんけど、どっちみち止めてみせんぜ」
 七瀬は坑道口を睨み付けて呟いた。まやが宙に視線を向けてぽつりと言う。
「ですが、この風向きでは‥‥」
 作戦では入口で肉を焼き、その匂いで誘い出す手筈だったのだ。しかし風は坑道口の入口で渦を巻き外へと抜けている。
「作戦変更ですね」
 巳斗が言うと、朱璃は心無しか嬉しそうだ。
「いいお肉なので、鼠達にはもったいないと思っていた所です。これは後で使うのにとっておきましょう」
「んじゃま、俺達の出番だな。入口の準備は頼んだぜ」
 義忠は皆に後を任せて坑道前に進み出ると、自らに気合を入れるべく一声上げる。
「よぉぉし、一丁やってやるか!」
「待ってろよ、鼠共!」
 三雲も長槍の穂先を包んでいた布を外して頭上で一振り回す。開拓者として戦うのは久しぶりという事もあり、張り切っている様子の三雲にまやが言う。
「内部で長槍はお控えくださいね」
「あ? ‥‥ああ、わかってるって。壁に当たって崩れたりしたら危ねぇもんな」
 絶対今言われて理解したに違いない。
「三雲くん、大事なもの忘れてるよ!」
 坑道内に入って行こうとする三雲を、提灯片手に真影が呼び止める。
「槍は片手じゃ使いにくいんだよなぁ‥‥」
「だからって、真っ暗の中鼠を相手にできないでしょ? はい、行ってらっしゃい」
 落胆する三雲に真影は提灯を手渡し送り出す。
「十分に気をつけてくださいねー」
「一人で無茶しよーとすんなよー」
 朱璃と七瀬にほぼ同時に声を掛けられ、三雲はぼそりと呟いた。
「初めてお遣いに行く子供かっつーの」
 気遣ってくれるのがこそばゆくもあり。背を向けたまま返事代わりに軽く提灯を上げ、坑道内へと踏み込んだ。


 三雲は一人慎重に、五感で周囲の気配を探りながら坑道の奥へと向かう。木枠で補強された洞内はさほど広くはなく、存分に戦えるとは言い難い。
 三百歩弱進んだ所で道は左へ折れる。その先を少し行った所が、源示達が鼠に襲われたという場所だ。ここまで見かけなかった鼠は奥に潜んでいるのだろうか。
(「さぁて、何匹掛かってくれるかね‥‥」)
 三雲は大きく息を吸い込み、洞内にその咆哮を響き渡らせる。反響するそれは、坑道口を入ってすぐで待ち構えている義忠の耳にも届いた。
「‥‥来るか」
 義忠は奥から近づいてくる提灯の灯りに眼を凝らす。不規則に揺れながら近づいてくるにつれて、無数の鋭い鳴声も大きくなってくる。
 群がり襲い来る鼠を極力かわしながら三雲は駆ける。数が数だけにすべて避けきるのは不可能だ。出来得る限り槍で払い、這い上がり喰らいついてくる鼠を振り落とす。
(「‥‥二、一、零!」)
 咆哮の効果は重複されない。三雲は咆哮の効果が消える時間を計っていたのだ。
「義忠、任せた!」
「おうっ!」
 義忠が咆哮を轟かせると、三雲の周囲を取り巻いていた鼠達が一斉に義忠へ向かい駆け出した。義忠は鼠の群れに背を向け駆け出し、坑道を出ると同時に大きく跳躍する。
「はぁっはっは、待たせたな! アヤカシ御一行様、只今到着だぜ!! 丁重におもてなしして差し上げようぜ!」
 着地し振り向いた義忠の目の前で、彼を追って坑道から駆け出した鼠達は鳴声を上げながら動きを止めた。
 義忠と三雲が坑道内へ入っている間、待機組でとりもちを仕掛けておいたのだ。入口を半円に囲むように敷かれたとりもちに、二十匹以上はいるであろう鼠は次々と絡め取られていく。
 さらにその外周を囲うように、前・後衛で二人一組となり扇状の布陣が敷かれ。その一片に加わった義忠も抜刀する。
「べっぴんさんが相方なら、やる気が出るってもんだぜ」
 豪快に笑う義忠と組む真影は、符を構えつつ笑みを浮かべた。
「そう言ってもらえると嬉しいですっ。さぁ、今後の参考の為にも私の式の餌食になってもらうからね!」
 後半を鼠に向けて言い、とりもちに捕まった鼠の上を渡り抜けてきた鼠に向けて符を放つ。
「災い為さぬよう我が鎖に括りつける!」
 人面が薄ら浮かんだ鎖状の小石型の式が鼠に絡みつく。動きの鈍ったそれに、義忠の刃が振り下ろされた。
 遅れて駆け出してきた三雲も、地面に衝いた槍を軸にとりもちと鼠の群れをを跳び越えた。囮となって受けた傷を、朱璃が神風恩寵で癒す。
「風の精霊よ、彼の者に生命の恩恵を‥‥」
「悪ぃ、助かったぜ!」
「しっかり働いて返してくださいね♪ 皆さんもきりきり頑張りましょう、美味しいご飯も終わったら作りますからねー!」
 入手した肉を何料理に仕立てるか楽しみな朱璃と組む七瀬は、焔を纏わせた刀身でとりもちを逃れた鼠を断つ。
 少なくとも三匹以上の組となって襲い来る鼠に顔をしかめて七瀬は言う。
「しっかし実際目の当たりにすると、鼠の大群ってキモいな‥‥」
「アヤカシともなると並の鼠とは違うか」
 業物の刀を振るう飛鳥の前で、とりもちに掛かった鼠達は力ずくでとりもちから脱し始めていた。
「小さくてもアヤカシですね。妖って書いたらカッコいいです」
 指で空中に文字を書く余裕ぶりで飛鳥の後衛を務めるまやに、極力鼠が寄らぬよう飛鳥が牽制すれば、まやは符を飛ばし援護する。
 鈴華は待ってましたとばかりに太刀を振るい、手近な鼠から斬り伏せていく。
「少しは踏ん張れよ? クソネズミ共。せいぜい楽しませてもらわねぇとな!」
 足に噛り付いてきた鼠を鈴華が蹴り飛ばすと、宙に舞ったそれに巳斗の放った矢が突き立った。前衛で戦う鈴華との位置取りに気を配りながら、巳斗は鈴華に鼠が集中しないよう牽制し、隙あらば狙い済ました矢で仕留めていく。
「小さな動物の姿をしたアヤカシ‥‥退治するのは、ちょっと心が痛みます‥‥」
 それでも、人々の脅威となるアヤカシを放っておく事はできない。次々と罠を逃れ、前衛を抜けて後衛にまで襲い来る鼠に向けて矢を番え、射る。
 三雲は布陣の中心で長柄を生かして鼠を薙ぎ払う。
「手前ら、さっきはさんざん食いつきやがって。たっぷり返してやるからな!」
「臨める兵、闘う者、皆陣裂れて前に在り! 斬!」
 真影が放つ符が刃の四肢を持つ白鼬となり、自らを壁に義忠が足止めしている鼠を仕留める。
 同じく後衛の朱璃は、七瀬に再び神楽舞の加護を与えつつ、自らを狙ってきた鼠は霊木の杖で打ち据えた。
「貴方たちが本当の鼠ならこんなこともしないんですけどね‥‥まぁ、私たちに出会ったことが不運だったと思ってください」
「恨んで俺の部屋に現れてくれんなよっ」
 朱璃の攻撃に怯んだ所へ、七瀬の刀が突き立った。返す刀で跳びついてくる鼠を断つ。
 鈴華は何匹目になるかわからない鼠を斬りつけ舌打ちする。
「ちっ。いい加減、見てるとイライラするな」
 誰もが足回りを中心に、鼠に受けた傷が蓄積されている。
「‥‥一つ、御魂を喰らいて糧となせ」
 まやの冷めた声に、鼠に向けて放たれた符は蛇の姿を取り鼠へ喰らいつく。式が奪い取った生命がまやの傷を癒した。
 乱戦の末残り数匹になった鼠達は、それぞれに逃亡を図ろうとする。
「おっと、逃がすか!」
 坑道内へ引き返そうとする鼠を義忠の刀と真影の符が討ち、散ろうとする鼠は他の組が逃さず仕留めた。
 飛鳥が逆手に握った刀を鼠へ突き立てると鼠の身体は瘴気へ戻って地に溶ける。坑道から誘い出した人喰鼠は一匹漏らさず討ち果たした。
「お疲れ様です。生きてますか?」
 まやが飛鳥に告げる。組んで戦った相手に対する彼女なりの礼の言葉に飛鳥は頷いた。
「ひとまずは。後は坑道内を確認するのみ、だな」


「足元に気をつけてくださいね‥‥転んで怪我をしてしまったら大変です」
 暗い坑道内に、巳斗の声が響く。さり気無く女性を気遣う言葉がすらりと出てくる巳斗に、真影が嬉しそうに答える。
「巳斗くんはいつでも優しいねっ」
 この坑道は新しく、一本道で奥行きも浅い。七瀬と飛鳥が交替で心眼を使用し、最奥部に数匹残っていた鼠を仕留め。役目を果たした開拓者達は鉱山を後にし此隅へと向かった。
「かくして鉱山の平和は取り戻されたのだった。‥‥帰ったら掃除しよ」
 芝居がかった口上の後に、七瀬はこそりと呟く。散らかっている部屋に、本当に鼠が出てこられては困る。
(「烏合の衆では大アヤカシの参考にならないのね。次は うどの大木で試してみますか‥‥」)
 一人考えるまやの夢は大アヤカシの召喚である。ふと思い出し、天儀酒を取り出した。
「あ、皆様お酒飲まれますか?」
「それなら、これから打ち上げと行きましょう! 温存できたお肉を美味しくいただきましょうか♪」
 料理には自信のある朱璃が言うと、巳斗は少女のように柔らかく微笑んだ。
「ボク、お腹空いてきちゃいました。折角なので源示さん達もお誘いしませんか?」
「んじゃ、源さん家でぱぁっとやろうぜ!」
 顔を輝かせて三雲が言うと、鈴華が呆れた様子で彼の胸を拳で叩いた。
「現金だなぁ、お前」
「ん? 鈴華お前っ!?」
 三雲が慌てた様子で懐を探った時に、初めて鈴華は自分の手元に三雲の財布がある事に気がついた。苦笑しつつ掏った財布を三雲に手渡す。
「悪い。つい癖で」
 来る日のための資金を稼ぐ為に依頼を‥‥いや、できれば一攫千金も狙いたい鈴華。
 盗賊団復興までは大人しくしているつもりでも、長年の習慣は中々抜けないものである。今回もあわよくば鉱石が手に入るかとも思ったのだが‥‥まぁ、憂さは晴れたので良しとすべきか。
「手癖悪ぃなぁ‥‥あ、そだ。同じ志で戦ったのも何かの縁だ。万商店以外で買物すんなら、他所行かねぇでうちに来いよな!」
 三雲は皆に紙片を配り始める。それは龍風屋のチラシだった。本業は開拓者と言いつつも、商家の血もしっかり受け継いでいるらしい。
 その後、源示宅で朱璃の料理に舌鼓を打ち、まやと飛鳥の酒で皆の勝利を祝い源示の早い回復を願った。
 来た時と同じく龍風屋の飛空船で帰るという三男と、出会った時と同じように此隅・精霊門で別れ。皆は神楽の都へと戻ってきた。
 発つ時と違っているのは、胸に満ちる達成感と仲間達と共に得た充実感。それと、三雲にもらった龍風屋のチラシである。
「簪置いてるなら、ちょっと寄ってくかな」
 そういえば兄弟七番目の自分と、三男である三雲の名の由来は同じなのかな。と、ふと思いつつ。七瀬の足は龍風屋へと向かっていた。