【踏破】約束の小柄
マスター名:きっこ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/09/08 20:51



■オープニング本文

●「飛び地」
 鬼咲島に棲んでいた「キキリニシオク」は、その身体を崩しながら海へと沈み、瘴気の塊と化した。
 退却した飛行アヤカシは訪れていた白竜巻李水と合流したが、一方、鬼咲島に築かれた橋頭堡を攻撃した陸上のアヤカシは量質両面で上回る開拓者から反撃を受け、その多くが撃破された。
 魔の森に逃げ込んだ陸上アヤカシの群れであるが、彼奴等は数を大きく減らしている筈だ。
 徹底的に掃討するなら、今しかない。
 元々、魔の森は大アヤカシが力を及ぼし、支配を確立する事で拡大するものだ。大アヤカシによる直接的な支配を受けていない鬼咲島は、そうした「直轄地」に比べれば「飛び地」のようなもの‥‥一匹でも多くのアヤカシを撃破すればそれだけでも瘴気を減ずることができ、魔の森は弱まる。
 魔戦獣との決戦を控えた今だが、開拓者に余裕があるのであれば幾らかでも敵の数を減らしておきたい。どのみち、鬼咲島はいつか平定せねばならないのだから――ギルドの重役達は互いに顔を見合わせると小さく頷き、大伴の許可を仰がんと風信機を準備させる。 やがて、ギルドに依頼が張り出された。
 そこに記されている依頼内容は至極単純なもの。

 曰く――鬼咲島の残党を駆逐せよ、と。


●激戦の最中に
 かくして鬼咲島には残党討伐の依頼を受けた開拓者達が送り込まれていた。
 魔の森に逃げ込んだアヤカシは、残党とは言えども侮れない。
「ちょこまかとしつけぇな!」
 龍風 三雲(iz0015)は長槍を地面に突き立てたが手応えはない。背後に気配を感じ、身を翻すままに柄を横に薙ぐ。三雲の背中を狙って足元から飛び出した影の一つを柄が弾いた。もう一体は上体を逸らしてかわすが、固い刃状の甲殻が頬をかすめ銀髪を散らす。
「このっ!」
 穂先が影を追うが、それは再び地面へと潜り込む。
 舌打ちと共に三雲は周囲の気配を窺う。
 炎纏う兎のアヤカシの群れを殲滅し、魔の森を脱する帰路で出遭った伏兵だった。周囲は粘泥に囲まれ、足元からは地中を潜航する甲殻類が襲い来る。
 これまでの連戦で皆少なからず疲弊していた。特に同じ隊に加わった中で最年少の泰拳士は――。
 三雲がちらと視線を送ったその時だった。地から伸びた複数の鞭状の尾が彼に絡みついたのだ。
「樹!」
 駆け寄る間に、小さな樹の身体は地面へと引き込まれた。耕されたように盛り上がった地面に三雲は腕を突っ込み、地の中へ消えたばかりの樹の手を捉える。
 力任せに引き上げるが、土にまみれた黒髪が見えた所から動かない。
 三雲が支えている間に仲間が地中に攻撃を加え何とか樹の救出に成功した刹那、
「退路が開けたぞ、早くこっちへ!」
 仲間の声に、三雲はぐったりと動かない樹を抱えて駆ける。
 何とか全員無事に魔の森を脱したものの、樹はかなりの痛手を受けていた。彼が目を覚ましたのは飛空船で神楽へ戻った後、治療院での事だった。
「‥‥僕は‥‥?」
「お、気がついたか!」
 様子を見に来ていた三雲は身体を起こそうとする樹を制する。
「っと、まだ起き上がらないほうがいいぜ。かなり強い毒にやられたって話だからな。しばらく安静にしてろってこった」
「そう、か‥‥鬼咲島で――っ!?」
 寝台の脇に置かれていた自らの衣服と装備品を見た樹は反射的に起き上がろうとし、思わず病衣の胸を掴んだ。
「だから無理すんなって」
「小柄が‥‥三雲さん、僕の荷物の中に小柄は‥‥!」
 樹の只ならぬ様子に、三雲は即座に荷を改める。
「いや、それらしいもんはねぇぜ?」
「そんな!」
 三雲が止める間もなく、樹は痛みに顔をしかめながらも起き上がり小柄を求め荷を探る。数度繰り返し、ないと納得せざるを得なかった時。彼は呆然とその場に座り込んだ。
 そんな彼を再び寝台へ寝かせ、三雲は確認する。
「大事なもん、なんだな」
「‥‥あの小柄は、生き別れの妹と出会う為のもの‥‥でした」
 幼き日、父が今際に残した小柄。引き離された母と兄妹の三人。母は小柄の鞘を赤子だった妹の産着に忍ばせ、刀を樹に渡しのだ。
「いつか僕が妹を探し、再び家族で暮らせるようにと──母はそう言い残して、病によりこの世を去ったと人伝に聞きました」
 当時の樹も幼く、今では妹の面影も残されていない。あの小柄を納める唯一の鞘。それだけがただ一人残った肉親を捜す手がかりだったのだ。
「僕が未熟だったために不覚を取り、小柄を失ってしまった──僕は‥‥」
 己の不甲斐なさに歯噛みし、悔しさが潤ませた黒い瞳を両手で顔を覆うことで隠して。樹は震える吐息を漏らした。
「まだ諦めんなよ!」
 声を張ったのは三雲だ。
「なくしたってぇのは、地面に引き込まれたあん時だろ? もしかしたらあの場所にまだあるかもしれねぇ」
「それは──でも‥‥」
「心配すんなって! 俺がきっちり見つけてきてやっからよ」
 樹の返事も待たず、三雲は治療院を飛び出した。向かう先はもちろん開拓者ギルドである。
「──で、またそうやって安請け合いしてきた訳ね」
 呆れの成分だけで構成された溜息を吐き出したのはギルド職員をしている三雲の弟・四葉である。四葉はびしりと兄の眼前に指を突きつけた。
「みっくんだって帰ってきたばっかりで怪我だらけじゃない。そんな状態で行ったらかえって足手まと──」
「だあぁっ、見つけてくるって約束しちまったもんはしょうがねぇだろうが!」
 三雲は四葉の指を払いのけて吠える。
 正直なところ、樹がこの四葉と年近い事もあって放って置けなかったというのもあるのだが。特に本人には口が裂けても言いたくはない。
 一方の四葉とて兄の無謀を責めると言うよりは身を案じての事なのだ。
「う〜ん。確かに樹くんを同行させる訳には行かないし‥‥」
 それに魔の森に残されたアヤカシは、減らせば減らすほどに瘴気が薄まる。小柄の回収に向かう事が結果としてアヤカシ纖滅の助けになる事は事実。
 何より、樹が亡き家族を──そして世のどこかにいるであろう家族を想う気持ちは自分にも痛いほどわかる。だからこそ、三雲も放っておけなかったのだろう。
「しょうがないっ。依頼書出しておくから、気をつけて行ってきてよね」
「心配無用だっての。そんな事より自分の身長の心配でもしてろって」
 三雲は小柄な四葉の頭をぽんぽんと叩いて走り去る。そんな子供じみた兄の背中に、四葉は思いっきりあかんべえをして見せた。


■参加者一覧
小伝良 虎太郎(ia0375
18歳・男・泰
佐久間 一(ia0503
22歳・男・志
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
宗久(ia8011
32歳・男・弓
アッシュ・クライン(ib0456
26歳・男・騎
朱華(ib1944
19歳・男・志
鹿角 結(ib3119
24歳・女・弓
繊月 朔(ib3416
15歳・女・巫


■リプレイ本文


 樹が小柄を落としたと思われる場所は、島の北東部。浜辺から魔の森へ入り、西へ半日程進んだ辺りだ。
 魔の森内部には未だ数多くのアヤカシが徘徊している。中でも闇目玉は通常武器での攻撃を受け付けない。それら全てと戦っていたのではキリがない。
 心眼や瘴索結界を駆使し慎重に進路を選び、また身を潜めてやり過ごしながら三雲の記憶を辿って奥へと向かう。
「ねー、みータン目的地はまだ〜?」
 宗久(ia8011)は三雲が四葉の愛称呼びを嫌がっているのを知りつつ言う。すかさず三雲が文句を言おうとした矢先に繊月 朔(ib3416)が、
「案内役をお願いしてすみません。よろしくお願いします、みっくんさん」
 屈託のない笑顔で頭を下げられて、三雲はがくりと頭を垂れた。
 やがて三雲が足を止める。
「地走りとやり合ったのは、このすぐ先だぜ」
 警戒を怠らずの道中だったが皆の緊張がさらに高まる。
「では、手筈通りに参りましょう」
 佐久間 一(ia0503)の言葉に頷き、
「さーって、と。‥‥ま、アタシの仕事はこなしますか」
 鴇ノ宮 風葉(ia0799)は彼とは違う方向へと足を向ける。
 魔の森内は木や得体の知れない植物が密集していたが、その窪地だけは木が疎らに拓け、下草もほとんど生えていない。
「地の中に地走りと思われる反応が! 数は‥‥十三」
 朔が瘴索結界にて敵の把握を行なう。動きが早すぎて個々の動きを伝えるのは難しいが、今のところ窪地の中だけを巡っている。
 一が心の眼で気配を感知したのも同じ数だった。
(樹さんが地中に引き込まれたのは、あの位置──)
 事前に三雲に教わった、進路から見て右側の一角。その対角を目指し、盾を前傾気味に構えて摺り足で進む。小柄を戦いに巻き込まない為だ。
 窪地へ足を踏み入れたのは、小伝良 虎太郎(ia0375)、一、アッシュ・クライン(ib0456)、朱華(ib1944)、三雲の五名。互いに死角を補い合えるよう位置取りに留意しながら、ゆっくりと進んでいく。
「来たなっ!」 
 言いながら身を開いた虎太郎のすぐ脇を、足下から頭上へ黒影が突き抜けた。それが再び地面へ潜るのを待たずにもう一体が虎太郎と隣合わせていた朱華の眼前に迫る。
 朱華は利手の業物でそれを受け、手首を返すようにして軌道を流す。
「まだ向こうも探りの段階なのか‥‥」
「だと思うぜ。この前もこっちを囲むように動いてから一気に攻めて来やがった」
 三雲が言っている間にも、地走りが飛び出してくるペースは次第に早まっている。
 ダーククレイモアを両手に防御姿勢を取ったアッシュは、地走りニ体の連続攻撃を受け止めながら事も無げに言う。
「その方が好都合だ。一体でも多く引き寄せるのが我々の役目だからな」
 ソードブロックに加え、全身を包む闇の如きオーラがアッシュの身を護っているのだ。
(無くした小柄が家族を繋ぐ絆というのなら、それは何としてでも取り戻さねばなるまい‥‥絆を守るためにもな)
 多少危険ではあるが必ず成し遂げてみせる、とアッシュは自らの心に誓う。
 四方八方の地面から射出される弾丸に晒されている五人を窪地の外側から望む位置についているのは風葉、宗久、鹿角 結(ib3119)、朔の四人だ。
 風葉は金竜を冠した杖を手に正面の窪地を見据え、団員である宗久に声だけ送る。
「じゃ、暴れるわよ宗久。‥‥久しぶりの共闘、大暴れしたいじゃない?」
「ほーい、だんちょー。ま、程々に」
 やる気に満ち溢れた風葉とは裏腹に気の無さそうな返事を返し。矢筒に手を伸ばしつつ精霊力を瞳に集中させる。
 結は「緋鳳」に矢を番え引き絞ったまま機を窺う。彼女の蒼眼が見つめる囮役を担った仲間達が、その足を止めた。


 一が襲い来る地走りに白金の盾を向ける。盾を上方に傾け一歩下がる事で衝撃を受け流す。
(これなら‥‥!)
 激突の瞬間を狙い、地走りの身体を煽るように強く打ちつける。細い尾を持つ兜蟹さながらの姿をした地走りが宙を舞う。
「逃しません!」
 一瞬の機を逃さず結が矢を放つ。紅い燐光を散らす矢が地走りを貫き射落とした。
 攻撃してくる地走りの数は、当初察知した数よりも明らかに増えている。地走りと呼ばれてはいるが、その実地中をまるで泳ぐように移動し、その勢いのままに飛び出してくるのだ。
 精霊力で動体視力を高めた虎太郎は多方向からの同時攻撃も見切ってかわしていく。
「おいらに当てられるもんなら当ててみろ!」
 中には地に潜り際、伸縮自在の尾を振り回すものもいる。その一つが朱華の腕を掠めた。
「──! 尾の毒か‥‥」
 毒尾には十分注意していたつもりだが、何分相手の数が多すぎる。神経に影響を及ぼす事は無いようだが、身体を蝕む毒は少なからず体力を削っていく。
「待っていてください、今治療を!」
 朔が手鎖「契」を填めた両手を合わせ精霊に請うと、暖かな光に包まれた朱華の身体から毒が消え去った。
 囮役は互いに背を預ける形で防御に徹し、その傷や毒は朔が巫術で癒し。窪地の外から宗久と結の矢が飛び交う地走りを狙い撃つ。
 結が読んだ通り、場を動かない射手を地走りが狙うことはない。彼らは振動により敵を察知しているのだ。
「こんなチマチマした術なんか、アタシのキャラじゃないってのに‥‥!」
 言いながらも風葉は射手と囮役が対応しきれない個体を厳選しサンダーを放つ。最低限の攻撃に抑えているのは、魔の森の往復で闇目玉に遭遇した際に対応できる唯一の戦力だからである。
 矢を放った直後、瞬時に次の矢を番えながら宗久が言う。
「みーぷぅ伏せ!」
 一瞬自分が呼ばれたと気づかず反応が遅れた三雲。しかし彼の身体は沈み、矢は頭上を抜け三雲に向かっていた地走りを正面から貫いた。
「くそっ、ぬかった!」
 転倒した三雲の足に絡みついていたのは複数の地走りの尾だ。地走りは毒を送り込み獲物を弱らせながら、足下を掘り地中へと引き込もうとする。
「三雲さん!」
 即座に虎太郎が腕を捕まえ、
「尾を斬り離すぞ」
 朱華が炎纏わせた刀身を三雲の足下に振り下ろす。二本程尾が切れると、他の尾はするりと足を離れ。安堵したのもつかの間、隣にいた虎太郎が一気に腰まで引き込まれた。小柄な方に狙いを移したのだ。
「この‥‥放ーせーよー!」
 気力を絞って自ら尾をふりほどいた虎太郎は三雲の手を掴み地上へ脱する。
 獲物を逃すまいと追って飛び出して来たニ体を、虎太郎は鉄爪の連撃でたたき落とした。
 甲羅から地に落ち複数の肢で空を掻くそれに朱華が刃を突き立てると、地走りの身体は崩れ去る。
「やはり腹は柔らかいようだな」
 堅い甲羅を狙うより可能な限り腹部を狙う方が効率が良さそうだ。
「まだまだかかりそうね。アンタたち、アタシに感謝しなさい!」
 風葉から発せられた癒しの光が全員の傷をまとめて回復する。
 持久戦を続けるうち、囮役も防戦に徹する必要もないほど敵の数は着実に減っていた。残る群れも痛手を受けている為か動きに当初の精彩を欠いている。
「意外と受け切れるものだな。次はこちらの番だ、叩き斬る‥‥!」
 アッシュは地から飛び出してきた一体に、それまで受けるばかりだった剣を鋭く振り下ろした。縦一閃、分断された地走りは地に落ちる前に瘴気と化す。
 地に潜らんとする地走りの着地点に合わせて、一が逆手に握った刃を突き立てる。紅葉散る薄朱の刃に、獲物を捉えた確かな手応えが伝わってきた。
「後はもう時間の問題ですね」
 一の言った通り、やがて地中から出てくる地走りの姿はなくなった。


 目視だけでなく朔の結界にも察知できる瘴気は無い。
「ひとまず地走りの反応は無いようです、探索しましょう!」
 一と結は周囲の警戒に専念し、他の皆で小柄探しを開始する。
「小柄出てこーい」
 ふわもこで肉球までついた鉄爪で地を掘る虎太郎はまるで猫──いや虎?
 三雲の記憶から場所を特定し掘っているのだが、なかなか見つからない。
 刀の鞘で地走りの跡を掘り起こしていた朱華も思わず手を止める。
「三雲さん、本当にこの辺りなのか?」
「おっかしいなぁ‥‥絶対この辺なんだけどな」
 それらしき物を見つけたかと思いきや、小柄を包んでいた布と紐だけで肝心の小柄は見当たらない。
 そうこうしているうちに、朔が狐の耳をぴくりと揺らす。
「地中に反応が‥‥地走りです!」
 すかさず心眼を発動した一が言う。
「相手は三体、自分と鹿角さんで引き受けます。お願いしますね」
「はい、もちろんです!」
 一の言葉に笑顔を返し、結は矢筒から矢を引き抜く。開拓は順調に進んでいるように見えて、細部を覗けば傷を負い何かを失う者も多いのだろう。
「僕たちが見つけられなかったら、樹さん一人でも探しに来るかもしれません。そうならないためにも‥‥」
 せめて自分が関わったこの件だけでも、失わずに済ませたい。
 一を狙い飛び出して来た地走りに結は紅蓮紅葉を乗せた矢を放ち、自らを狙ってきたもう一体は弓で受け止め払い落とす。
 二人が戦ってくれている間に皆で小柄を探す。
 朔は手や巫女袴が汚れるのも構わずに土を掘る。
「樹さんの心の支えで、しかも妹さんとの唯一の繋がりである大切な小柄なんですもの‥‥絶対に見つけだしてあげたいです」
 自身も育ての親がいてくれるとはいえ、実の親を知らずに育った。離れた家族を想う気持ちはよくわかる。
 虎太郎もまた、家族を知らずに育った身だ。樹が年近く同じ泰拳士という親近感もあったが、やはり小柄を見つけてやりたいという強い気持ちが依頼をうけた一番の理由だ。
「おいら家族の繋がりって凄く大事な物だと思うから、だから絶対見つけ出してやる!」
 掘る手を休めずに朱華が言う。
「大事な物を失うのは辛い‥‥俺も出来る限りの力を尽くそう」
「大事な物は見つからない様に奥に奥に、だぁれも居ない安全な所に仕舞い込んだ方がいいのにね」
 ぽつりと呟いた宗久は思わず笑みを洩らす。
「ふふっ‥‥落として泣いちゃうなんて可愛いなあ、見つからなかったらオジさんが慰めに行ってあげようかなあ‥‥くすくす」
 地走りを撃退した一は「朱天」を抜身のままに警戒を解かず言う。
「消えて無くなった訳ではありません、諦めるにはまだ早いですよ」
「ふーん、皆良い子だねぇ。多分、埋まった所にあると想ってたんだけどなぁ」
 冗談とも本気ともつかぬ口調の宗久。敵襲に対応できるよう小柄を探しながらアッシュが、
「あれだけ地走りが動き回っていたんだ。小柄だけ移動してしまったか‥‥ともかく範囲を広げて探していくしかあるまい」
「‥‥まあ、地道に頑張るしかないか」
 言葉通り朱華は黙々と地面を掘る。一方風葉は周囲警戒と言う名の休憩中。力を使う作業は性に合わないのだ。
「このアタシが、土に汚れるなんて勘弁。‥‥ほら宗久、しっかり探すっ」
「え〜しょーがないなぁ、みったんみったんココ掘れワンワン」
「お前等ちったぁ真面目に探せよっ!」
 たまらず三雲が吠えた声に、虎太郎の喜声が重なった。
「今度こそあったぁ!」


 翳したドラゴンロッドから放たれた氷雪が前方を白で埋め尽くす。視界が晴れると共に、浜へ続く道を遮っていた粘泥の群はきれいさっぱり消えていた。
「やっぱこうじゃなくっちゃね。あーすっきりした!」
 日が落ちた事もあり、それまで往路以上に接敵を極力避けての行軍。遭遇時も練力消費を抑えて地道な術ばかり。魔の森を抜ける直前だった事もあって華々しく術を放った風葉だった。
「小柄を届けるまでが依頼ですから。最後まで気を抜かず、神楽へ戻りましょうか」
 一は自らを戒めるように言うと神楽行きの飛空船へ向かう。皆もその後に続く中、宗久は三雲に近づく。
「んもぅっ、みっくんったらすぐ安請け合いしちゃって。ちょっとパパ心配しちゃうゾ、ぷんぷん」
「なんだよパパって」
 相変わらずの調子で肩に乗せられた腕を払おうとする。しかしそれを捕まえた宗久の手に込められた力に三雲は驚き。振り向いた宗久は少し真面目な顔ぶりで、
「良いか三雲、人は死ぬ時は簡単に死ぬ。優しいのは結構だが軽挙妄動で死ぬ事だけはするな。四葉が何故心配するか分からぬ子供でもないだろう?」
 言って三雲の頭を撫でた──直後。
「‥‥ってヤダ☆俺今ちょっと良い事言った? 格好良くない? 嫌だわ嫌だわっ、男前度が3割引き上昇しちゃったわっ」
「阿呆かっ!」
 頬に両手を添えて身体をくねらせていた宗久の鳩尾に三雲の肘が直撃した。
「み、ミクモン酷っ! 今モロ入ったんだけど‥‥っ」
 悶絶する宗久を後目に早足で歩く三雲は苛立ちを顕に呟く。
「何だよ、あいつみてぇな事言いやがって」
 今は天儀のどこかにいるであろうその男を思い出し、三雲は思わず足下の砂を蹴り飛ばした。


 神楽に戻ったその足で樹のいる療養所を見舞った。
「小柄、無事発見できました」
 元通り布と紐で包んだ小柄を、朔が笑顔と共に手渡す。
 受け取り、樹は包みを外し中を確認する。地走りに揉まれた小柄は多少傷は増えていたものの、無事手元に戻ってきたのだ。
「皆さん、本当に何とお礼を言ったらいいか‥‥」
 小柄を両手に握りしめて声を詰まらせる樹にアッシュは常よりも少し柔らかな声で言う。
「よかったな。次はなくすんじゃないぞ」
 頷く樹に、虎太郎は符水を渡す。
「これ、妹さん捜すのに役立てて‥‥見つかると良いね」
「ありがとう‥‥絶対見つけるよ。皆さんが見つけてくれた、この小柄に誓って」
 完治とまでは行かずとも、樹は療養所を出れる程に回復していた。
 皆と共に療養所を後にし、樹は晴れ渡った空を見上げる。この空の下、どこかに妹はいるのだろう。
 そんな彼の横顔を虎太郎はじっと見つめる。生き別れなのは気の毒だが、家族がいるというのは羨ましく思えた。
 僅かばかりの寂しさが滲んだ表情を見て、結が提案する。
「お腹すきませんか? よかったら樹さんの快気祝いも兼ねて皆さんでいかがでしょう」
「お、いいねぇ! 一件落着したらやっぱ飯もうまいよな。行こうぜ!」
 三雲に背中を叩かれ虎太郎の顔にいつもの笑顔がはじける。
「うん、行く行く! 三雲さんのおごりでね」
「げ、まじかよ‥‥」
 互いを労い、樹の今後を激励するささやかな宴で依頼の幕は下り。皆の腹が満たされた代わりに三雲の財布の中身は綺麗に片づいたのだった。