【都案内】します龍風屋
マスター名:きっこ
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/05/04 14:32



■オープニング本文

●武闘大会
 天儀最大を誇る武天の都、此隅。
 その地に巨勢王の城はある。
 城の天守閣で巨勢王は臣下の一人と将棋を指していた。
 勝負がほぼ決まると巨勢王は立ち上がって眼下の此隅に目をやる。続いて振り向いた方角を巨勢王は見つめ続けた。
 あまりにも遠く、志体を持つ巨勢王ですら見えるはずもないが、その先には神楽の都が存在する。
 もうすぐ神楽の都で開催される武闘大会は巨勢王が主催したものだ。
 基本はチーム戦。
 ルールは様々に用意されていた。
「殿、参りました」
 配下の者が投了して将棋は巨勢王の勝ちで終わる。
「よい将棋であったぞ。せっかくだ、もうしばらくつき合うがよい。先頃、品評会で銘を授けたあの酒を持って参れ!」
 巨勢王の求めに応じ、侍女が今年一番の天儀酒を運んでくる。
「武芸振興を図るこの度の武闘大会。滞る事なく進んでおるか?」
「様々な仕掛けの用意など万全で御座います」
 巨勢王は配下の者と天儀酒を酌み交わしながら武闘大会についてを話し合う。
「開催は開拓者ギルドを通じて各地で宣伝済み。武闘大会の参加者だけでなく、多くの観客も神楽の都を訪れるでしょう。元よりある商店のみならず、噂を聞きつけて各地から商売人も駆けつける様子。観客が集まれば大会参加者達も発憤してより戦いも盛り上がること必定」
「そうでなければな。各地の旅泰も様々な商材を用意して神楽の都に集まっているようだぞ。何より勇猛果敢な姿が観られるのが楽しみでならん」
 巨勢王は膝を叩き、大いに笑う。
 四月の十五日は巨勢王の誕生日。武闘大会はそれを祝う意味も込められていた。

●龍風屋
 日用品から珍品まで、手広さならば神楽随一。
 注文次第で品の仕入れにどこまでも。お届け物も送り先までひとっ飛び!
 お買い物・ご用命は龍風屋まで!!

 商店街の一角。そんな文句が書かれた立看板を軒下に置いた店がある。
 宣伝文句通り多種多様な品揃えに加え、店頭に無い商品の取り寄せ、商品や持込品の配送を行なう。そのため利用者からは『何でも屋』と認識されているようだ。
 日用品や雑貨、衣類や装飾品などが所狭しと並べられた店内は、雑多なようで見やすく手に取りやすいように陳列されている。
 店員達が出勤してくる前の静かな店内にひとりいるのは龍風屋の番頭・龍風 二帆(iz0057)だ。開店まではまだ時間があるにもかかわらず、印半纏を羽織り番台で帳簿を確認している。
 元気に廊下を駆ける足音が近づいてくるのを聞くと、こちらへ向かっている末弟を迎えるべく二帆は顔を上げた。
 間を置かずに小柄な少年が姿を見せる。少年とは言っても女着物を膝丈に着こなし、年よりも幼い容姿も相まってひと目には少女にしか見えない。
「それじゃ行って来るねっ。ふーちゃん、お昼にはちゃんと休憩とってよ!」
 言って、とって返そうとする弟を二帆が呼び止める。
「ああ、ちょっと待って四葉」
「ん?」
「ギルドにお願いしたい依頼があるんだけれど」
「あ、もしかして武闘大会に合わせてお店で何かやるの?」
「ご名答。ギルドで大々的に宣伝している事もあって、随分遠くからも神楽に見物客が集まっているだろう?」
「うん。初めて神楽に来る人も結構いるみたい」
「その方達を対象に神楽の都巡りをご案内できたらと思ってね」
「都巡り?」
「そう、都巡り。初めて来た土地では不安もあるだろうし、折角訪れたからには武闘大会だけではなくて神楽そのものを楽しんで行きたいだろうしね」
「そうだよね。うん、いろんな人が来ててちょっと治安の面も不安だからそういう点でも開拓者の人達に都を回ってくれると助かるかも!」
 名案とばかりに両手を合わせた四葉はふと気がついた。
「あれ? お店も忙しくなるだろうから案内人を依頼としてお願いするのはいいとして、都巡りを提供してお店には何か得する事あるの?」
「もちろん多少なりとも御代はいただくよ。あとは、ご参加くださった方に割引券を、ね」
「なーるほど、お土産をうちで買ってってもらうのか!」
「そういう訳だから、ギルドに行ったら依頼を出しておいてもらえるかな。本当なら、僕が出向かなくてはならないんだろうけれど‥‥」
 申し訳無さそうに言う二帆に、四葉は軽く手を振る。
「気にしない気にしなーい! 出勤のついでだもん。そのくらいお安い御用だよ。じゃ、行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい」
 開拓者ギルドの受付係を務める弟を、二帆はいつものように暖かな笑みで送り出した。


■参加者一覧
玖堂 真影(ia0490
22歳・女・陰
深山 千草(ia0889
28歳・女・志
水津(ia2177
17歳・女・ジ
難波江 紅葉(ia6029
22歳・女・巫
九条 乙女(ia6990
12歳・男・志
リエット・ネーヴ(ia8814
14歳・女・シ
ブローディア・F・H(ib0334
26歳・女・魔
羽流矢(ib0428
19歳・男・シ


■リプレイ本文


 武闘大会会場周辺は開拓者や一般客が入り交じり、まだ早い時間にも関わらず開催される様々な試合を見物しようと集まっている。
 特に人通りの多い大通りの一つで、九条 乙女(ia6990)は玖堂 真影(ia0490)が作成した旗を掲げて立っている。旗には『龍風屋都巡り』と記され、裏面には店の立て看板と同じ文句が綴られていた。
 その真影は巫女袴姿で扇子片手に舞を披露している。舞に合わせてブレスレット・ベルが涼やかな音を響かせ、小鳥の式が周囲を舞い飛ぶ。
 集まってきた見物客に、皆で手作りのチラシを配って歩く。
「都巡り? 案内してくれるのかね?」
 チラシを手にした中年男性の言葉に、深山 千草(ia0889)は笑顔で答える。
「ええ。都での思い出作りをお手伝いさせていただきますよ」
 チラシには神楽の簡易地図と、用意された市中観光、食べ歩き、買物等のコースが記されている。
 一旦舞を終えた真影に見物人から喝采が起こった。乙女は真影に負けじと声を張る。
「神楽随一の可愛い龍風家姉弟をどこへでもお届けしますぞっ!!」
 その言葉に、疑問符を含んだ仲間の視線が集まった。
「‥‥あれ? な、何かどこかを間違えたような‥‥」
「大丈夫! 可愛いから許しちゃうっ」
 真影が抱きついた瞬間、乙女の鼻から血の噴水が迸る。
「うわぁ、大丈夫かよ‥‥にしても、今回も黒一点? 二点? 細かな気遣いは女の子達にはかなわないけど、そうも言ってられないからなー」
 このところ女子率の高い依頼に恵まれている(?)羽流矢(ib0428)は即座に回収された乙女に代わり、旗を片手に呼び込みを行なう。
「いらっしゃい! 何を食べていいか迷ってるそこのあなた! お勧めの食べ歩きからちょっと贅沢までご案内します。お土産の割引券つき、如何ですかっ」
「ちょっといいかい。市中巡りっての、頼みてぇんだが」
 声を掛けてきた幼い兄弟を連れた若い夫婦を受けて、羽流矢が振り返る。
「はいよ、市中巡りご家族連れご案内ー!」
「では、こちらへどうぞ‥‥」 
 水津(ia2177)も普段から尻すぼみな声を少しでも聞き取りよくと努め家族連れを招き寄せる。
「それでは参りましょうか。私達二人でご案内させていただきますねえ」
 千草と水津に案内されて出発する家族連れを見送る間にも、別の二人連れが呼びかける。
「なぁ、この『半日巡り』っての。試合見物した後に案内してくれるんだって?」
「今から観戦なさるのですか? それでしたら、この場所でお待ちしておりますので‥‥」
 ブローディア・F・H(ib0334)が説明をし、難波江 紅葉(ia6029)が帳面を差し出す。
「それじゃあ、これに名前を書いといてくれるかい? 予約にしておくよ」
「あたし、港の方へ行って宣伝して来ますね!」
 真影は旗とチラシを持って移動する。
 彼女が描いたチラシは都巡りの説明だけでなく、各コースのおすすめポイントを載せるなど、興味を引かれるよう各所に工夫が施されている。
 チラシの効果は覿面で、すぐに予約で埋まったのだった。


 紅葉、乙女、羽流矢の三人は買物+食い倒れ巡りを希望する神楽付近の村からやってきたという娘三人組を案内する。
 父親と一緒に来たらしいのだが、父親は武闘会場に置いてけぼりらしい。
「ここいらは神楽でも飲食店が多い通りだよ」
 紅葉は食い倒れ巡り用に用意された地図を見せながら説明する。
「さぁ、何から食おうか? こっちの店はいろんな種類の握り飯を食わせてる。あっちは──」
 羽流矢は娘達の荷物持ちをしながらおすすめの店を案内して歩く。実は前日までに低料金で食べ歩きが可能なものを自費で下調べをしてきたのだ。
「食べ歩きは甘味でしたいかなぁ」
「となるとお昼はちまちま食べるより一カ所で?」
「‥‥というわけで、おすすめあります?」
 姉妹三人で地図をのぞいてわいわいと相談した結果、乙女おすすめのすぅぷかりぃ店へ行く事に。
「げ、激辛はお奨めしませぬが、種類豊富なとっぴんぐが選べるのも醍醐味ですな」
 時間も丁度昼時。注文したものが来る間、店内に満ちる香りに乙女の腹が鳴り響く。それを聞いて羽流矢が笑う。
「俺らも食おうか。腹減ってちゃ、仕事にならないしな」
「賛成。良い事言うねぇあんた」
 紅葉が言うが早いか、乙女は店の奥に向けて元気に手を挙げる。
「すみませぬ! こちらにもすぅぷかりぃをっ」
 たらふく食べたにも関わらず、どの甘味処から回るかにぎやかに相談する娘三人。地図に夢中になるあまり注意がおろそかになっている前方、ぶつかる位置を歩いてくる男と娘の間に乙女が滑り込み娘達への衝突を防ぐ。
「っおい、危ねぇな」
「申し訳ありませぬ。ご容赦くだされ」
 礼儀正しく頭を下げる乙女に、男は舌打ちしてその場を去る。
「ごめんなさい、気がつかなくて‥‥」
 謝る娘に乙女は笑顔を返す。
「お気に召されるな。さ、参りましょう‥‥む、羽流矢殿は──」
 気づくと姿を消していた羽流矢は、ややすると戻ってきて乙女に財布を手渡した。
「さっきの男、スリだったよ」
 抜足で後をつけ、乙女の財布を取り返してきたのだった。
 ともかく乙女のおかげで娘達の財布がすられることもなく、羽流矢が二帆や龍風屋の女性店員達にも聞いたおすすめの甘味処を数件はしごする。
 土産物購入に龍風屋を案内する道すがら、紅葉は購入した大福を食べ歩く。
「酒にゃ及ばないけど、美味しい餡物は最高だね」
 龍風屋の前で、羽流矢は店の割引券を娘達に手渡す。
「見て楽しんで舌で楽しんで、最後は思い出を形にして持って帰って下さい!」
「これは私からのお土産にございまする!」
「あ、ありがとう‥‥?」
 受け取る娘三人に疑問符が浮かぶのも無理はない。渡された木彫りの置物は巨勢王を熊に見立てた何とも言い難い品だった。


 真影とブローディアは若い男女を案内していた。
「こちらも気をつけますけど、万一人混みに紛れてはぐれそうになったりしたら、この旗を目印にしてくださいね」
 手にした旗を掲げながら、客を飽きさせぬよう式を出して見せたり合戦の話を差し挟みながら神楽を案内する。
 神楽に来たばかりの頃は右も左も判らなかったが、開拓者としての生活にも慣れた今ならば。住み慣れた神楽の都の知って欲しい良いところを沢山紹介することができる。
「この通りは、神楽ならではの町並みが続いているんですよ。神楽に開拓者ギルドができる前からの建物ばかりなので」
 真影の説明に、ブローディアも感心して耳を傾ける。
「そうなのですか。私も早く神楽に馴染まなくてはいけませんね」
 ジルベリアから来て間もないブローディアは神楽について語れる事は少ない。代わりに故郷の話を聞かせる。遠い異郷の話に、二人は興味を持ったようだった。
「きっと町並みなんかも、私達の住む所とは違うんでしょうねぇ」
「行けるもんなら、いつか行ってみたいもんだなぁ」
 そんな二人の笑顔につられるようにブローディアも微笑む。
「その時も、こんな風にご案内できると嬉しいです。随分歩きましたが、喉が乾いたりはしていませんか? 今お水を‥‥」
 ブローディアは器に道の脇に溜まった雨水を掬う。
「この水に淀みし汚れを清め澄ませよ──」
 詠唱に応じ、精霊力が濁った雨水を真水へと変えていく。
 水で喉を潤し、都を見て歩いた後は食事へ連れていく。人疲れしたであろう二人を気遣い、静かで落ち着いた雰囲気の小料理屋へ案内する。
「私もいただいて良いでしょうか?」
 言ってブローディアはさらりと二人前は平らげていた。
「ブローディアさん、以外と大食い?」
 真影の問いに、彼女は首を傾げる。
「魔術師は魔法で結構体力を消耗するんですよ。その分栄養をとらないと」
(あたしも術は使うけど‥‥あんなに食べたら、こんなに胸が大きくなれるのかな?)
 真影はこっそりブローディアの豊満な胸を盗み見た。
 食事を終えて店を出た二人はそろそろ宿へ帰るという。それならと真影は割引券を二人に手渡す。
「明日でも使えますから。お渡しした地図のここ! お土産購入は是非龍風屋をご利用くださいね♪」
 幾度も龍風屋の店員として働いている真影は営業もすっかり板に付いていた。


 家族連れを案内している千草と水津は、神楽の中でも景観に優れた場所を巡りながら有名な店舗などを案内して歩いていた。
 武天から来たという話を聞き、千草は武天の品を多く扱う店は避け、食事もお座敷でのんびり過ごせるよう店を見繕う。
 と、兄弟の弟の方がせき込み始めた。乾いた喉に埃が入ったようだ。
「大丈夫ですか‥‥? これをどうぞ‥‥」
 水津は持参した岩清水をコップに注いで手渡す。急いでそれを飲み干した弟は顔を輝かせた。
「おいしい! ‥‥もう一杯、もらってもいい?」
「あっ、ずるいぞ。おいらも飲みたい!」
 横から割り込んできた兄にもコップを渡し、
「それなら──氷の精霊よ、我が声を聞き汝が冷気を分け与えたまえ‥‥」
 もう一つの岩清水を凍らせ、その氷を二人の持つ水の中に浮かべてやる。
「すごーい! それって開拓者の技なの?」
「かっけぇなぁ」
 はしゃぐ二人の様子に、母親が苦笑する。
「ごめんなさいね、騒がしくて。この子達開拓者に憧れているの」
「それでしたら開拓者ギルドや、開拓者御用達のお店などのぞいてみませんか? ご両親がよろしければ──」
 千草の提案に、子供達は行きたいと騒ぎだす。
 そちらの方面へ向かいがてら、水津は子供達に自身も参加した武闘大会の裏話などを面白おかしく話して聞かせる。
 歩いている間も千草は常に水津と客を挟んで対になるように位置取り、はぐれたり危険が及んだりせぬよう気を配っていた。
 ギルドや万商店を巡ってはしゃぎ疲れた様子の子供達も、茶屋で団子をほおばると元気を取り戻したようだ。
「疲労回復効果のある精霊の唄を披露しましょう‥‥」
 水津がパラストラルリュートをひとしきり奏でると、茶屋に居合わせた皆から拍手が贈られた。
 と、店外から入ってきた真影とブローディアを千草が笑顔で迎える。
「お二人ともお疲れ様。ご案内を終えて戻る途中かしら?」
「はい。ここから西の通りがとても混雑していましたので、それを伝えに」
 ブローディアが言う。
 どのルートもこの茶屋のある通りを抜けるため、情報交換の場として決めてあったのだ。
 都の中は通常よりも人通りが多く、お祭り騒ぎでにぎわっているため揉め事も起こりやすい。真影達も先刻通りすがりに喧嘩を仲裁(両成敗?)して来たばかりだし、水津も混雑に転倒したりした者の傷を癒して歩いていた。
「ありがとう。助かったわ」
「千草さんも頑張ってくださいねっ」
 手を振って、真影はブローディアと店を出ていく。小さく手を振り返し見送る千草。
 水津は子供達にせがまれ大会の話を聞かせている。彼女は上位入賞した『伍輝夜行』の一人なのだ。
 龍風屋の割引券と共に、チームの皆に書いてもらったサインを手帳から破り取り子供達に手渡した。


 閉店後の龍風屋に戻り、都巡り最終日の案内賃総計を二帆に手渡す。
「確かにいただきました。皆さん、数日の間大変お疲れ様でした。お陰様で店も予想以上の売上を出すことができました」
「龍風屋の皆さんには弟や妹がたまにお世話になっていますので、かねてから姉として御礼に来たいと思っていたのです‥‥」
 水津の言葉に二帆が言う。
「そんな、こちらこそご兄弟の皆様にはお世話になっております」
「あの、二帆さん。次回以降の参考になればと思って‥‥」
 真影は紙の束を二帆に手渡した。それは客に良かった点や改善希望などを書いてもらったものだった。
「私からも二帆くん、それからお店の皆さんにも」
 千草は持っていた包みを差し出す。案内する中、屋台で見つけたものを差し入れに買ってきたのだった。
「細い麺をジルベリア産の『そーす』でお野菜と炒めた料理なんですって。よかったら召し上がって?」
 その声に、閉店業務をしていた店員達がわっと群がる。
「さすが千草さん! いただきます」
「ちょっと、番頭さんの分取らないでよ!」
「あらあら、人数分あるから取り合わなくても大丈夫よ」
 相変わらずのにぎやかな様子に頬を緩める千草に、ブローディアも微笑む。
「それ、私もいただきました。すっかり観光気分を楽しませてもらいましたわ」
「なんと! そんな屋台があったとは」
 がっかりした様子の乙女に、女性店員の雪が自分の分を差し出す。
「私の分で良かったらどうぞ?」
「いやしかし‥‥やはりいただきますぞ!」
 食い意地が遠慮を押し退けたらしい。
「そういえば、難波江さんの姿が見あたりませんね」
 ふと二帆が気づき誰にともなく訪ねると羽流矢が、
「ああ、彼女なら──」
 紅葉は案内する中で誘った数人と集まって酒場にいた。
 日中案内した客以外にも、店内には各地から訪れた旅客が多く訪れていた。彼らの土地土地の話に耳を傾け、他愛もない話を肴に酒を味わう。
「祭りの時でもなんもないときでもこうやって騒いで呑んでいれば、いいってことさねっ」
 失われた自らの過去を確かめるために選んだ開拓者としての道。どうやら記憶を失う前からの酒好きらしい。
 彼女が酒を求めるのは自らの過去に繋がるものだから──過去を求める想いからなのだろうか‥‥。


 割引券と皆の宣伝の効果で、案内を受けた客以外にも足を運んだ客は多かったようだ。
 また、千草の案でこの期間限定の神楽の地図を模した包装紙を使用したり。
 羽流矢の提案した武闘大会にちなんだ武具を象った根付けを割引券使用者に無料提供したのも好評を得ていた。
「真影さんからもらった意見書にも、感謝の声が多く寄せられていたよ」
 そう言う二帆に四葉は笑顔でうなずく。
「そっかぁ。都巡りうまく行ったんだね! 皆に会ったら四葉からもお礼行っておくよ」
「旅の思い出というのは、やっぱり特別なものだからね。皆良い思いをしてもらえたみたいで良かった」
「あれ? ふーちゃん、その紙の裏‥‥」
 四葉が重ねられた紙のうち一枚を取り出す。幼い兄弟をつれた夫婦の意見書の裏。剣を持った人と思しき絵が書かれ、たどたどしい字でこう書かれていた。
『つぎは かいたくしゃになって かぐらにきます』