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■オープニング本文 ● 神楽の開拓者ギルドは、いつもと変わらぬ忙しそうな空気に包まれている。そんな中でも笑顔を絶やさずに受付係としての仕事をこなすあの子。その姿を見るだけで、心が春の陽気に包まれたように暖かくなる。 なのに今日は、そこに冷水を被せられたように心臓が縮んだ。 「船体だけで良かったぜ。宝珠とか壊れてたら‥‥これ以上店でただ働きする期間が増えちゃ、かなわねぇからな」 受付卓についた肘に身体を預けて派手な着物を片脱ぎにした開拓者が言うと、卓を挟んで職員側に居る小柄なあの子が笑う。 「だから壊さないようにって言ったのに。ま、みっくんに言っても無駄だとは思ってたけどねー」 (『みっくん』! 何て親しげに・・・・いや、彼女が親しい人物を愛称で呼ぶのは判っている事じゃないか。しかしそれにしても、彼女があの『みっくん』に向ける視線は同僚達に向けるものとは明らかに違う!) 『みっくん』から受け取った紙を大きな碧色の瞳で見つめ、白く細い指で筆を動かしギルドの報告書に写し取っていく。顔を上げた拍子に、高く結われた銀色の髪がさらりと揺れた。 戦場で殺伐としていた心を癒す一輪の花のようなその姿。一瞬心が安らぐも『みっくん』との関係が気になってつい聞き耳を立てる。 「はい、これありがと! 一応、参戦した飛空船の被害状況も必要だったんだ」 「確認するだけじゃなくて修理費も持ってくれよ」 「頼んでもいないのに、みっくんが勝手に参加したんじゃない」 「言っても無駄だってわかってるけどよ」 「はいはい。じゃ、今日もただ働き頑張ってねー♪」 卓を離れる『みっくん』について、あの子が卓を回り込んで数歩出た。白地に淡紅色の芍薬をあしらった着物を膝丈まであげた着こなしが、元気に両手を振る姿に良く似合っている。 その姿から眼を離すのは惜しまれるが、いてもたってもいられず。受付係のあの子とやたら親しげだった『みっくん』を追いかけた。 ● 神楽に店を構える『龍風屋』の三男、龍風 三雲(iz0015)は、ギルドを出て店へと向かって歩き出した。 嵐の壁を越えて戻って来た大型飛空船『暁星』を空飛ぶ巨大アヤカシ雲水母から救う攻防戦に、店の小型飛空船を使用し参戦したのがついこの間のこと。 作戦に参加した開拓者達の活躍により、雲水母の討伐に成功した。 が、その際に『龍風屋』の飛空船は雲水母の触手に船体の一部を貫かれ損傷した。その際の被害状況を残しておく必要があるからと、ギルドまで修理明細を見せにきていたのだが──。 「ちょっと‥‥ちょっと、そこの人!」 少年が誰かを捜している声が背後から迫ってくる。自分が呼ばれていると思わなかった三雲だが、 「ちょっとっ──み、みっくん!」 「はぁ!?」 思わぬ呼び掛けに、三雲は頓狂な声と共に振り向いた。 そこにいたのは、十五、六歳の少年だった。その年頃にしては小柄で、背丈は三雲の肩を越えるくらいしかない。羽織袴のきちんとした身なりは、見るからに良家の子息といった印象だ。 「誰だよ、お前?」 「すっすみませ‥‥!」 三雲に睨まれて――三雲本人は普通に振り向いただけなのだが――瞬時に踵を返し、脱兎の如く駆け出しかけた足を何とか踏みとどまる。そして敢然と──しかし周囲から見た限りでは恐る恐る──振り向いて言った。 「ああ、貴方に、四葉さんは渡しませんよっ!」 「あぁ!?」 彼の発言に対する三雲の声も、負けないくらいに裏返っていた。 ● 「お名前は時田吉之助さん──で、うちの受付係の四葉に想いを伝えるお手伝いを開拓者にお願いしたい、と」 四葉は席をはずしているものの、一応小声で訪ねる二十歳前後の女性職員を前に、羽織袴の少年は俯き加減の顔を真っ赤にして頷いた。 「はっ、はいっ‥‥その、これまでそういった経験が全くなく‥‥こちらの達川さんも、その方が良いとおっしゃってくださいまして‥‥あれ、達川さん?」 しゃがんで卓と吉之助の陰に隠れていた三雲を見つけた女性職員は、吉之助に「ちょっと失礼」と笑顔で言いおいて三雲を捕まえ壁際まで引きずった。 「一体どう言うことなのかしら『達川さん』?」 吉之助に向けたものと同じ笑顔のはずなのに迫力が違う。たじろぎながらも三雲が言い訳する。 「あー、いや‥‥あいつが俺を恋敵と勘違いしやがってよ‥‥あんまり真剣にまくし立てるもんだから、四葉が男だっていきなり言うのもかわいそうかと思っちまって」 「それで、兄弟だって言えなくなって嘘の名前を言った訳?」 弟の同僚が発する呆れ声に、三雲はふてくされた様子で言い返す。 「とにかく想いを伝えたいって言ってんだし。結果はどうあれ、それで本人がすっきりすんならいいんじゃねぇの?」 「そうね。それで本当におつきあいすることになっても、それは当人同士の問題ですものねぇ?」 笑顔でさらりと言って吉之助の元に戻る彼女の背中を、三雲は呆然と見つめていた。 |
■参加者一覧
瀬崎 静乃(ia4468)
15歳・女・陰
金津(ia5115)
17歳・男・陰
春金(ia8595)
18歳・女・陰
木下 由花(ia9509)
15歳・女・巫
ニノン(ia9578)
16歳・女・巫
賀 雨鈴(ia9967)
18歳・女・弓
アルーシュ・リトナ(ib0119)
19歳・女・吟
ニーナ・サヴィン(ib0168)
19歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ● 開拓者ギルドの受付には明るい笑顔を振りまく四葉の姿がある。それをギルドの隅からこっそり窺い、喧噪に紛れて小声でやりとりする。 「ああ‥‥快活で愛らしい方ですね。初めてお会いになったのは?」 アルーシュ・リトナ(ib0119)が吉之助に問うと、ニノン・サジュマン(ia9578)も言う。 「そうじゃ。そもそも、四葉殿の何処がどう好きなのか言うてみるがよい」 「え、え、えとその、以前所用でギルドを訪れた際にこちらでチョコレートを配っておりまして。それを手渡してくださった四葉さんの花のような笑顔が、その‥‥」 吉之助の声はすぐに小さく聞こえなくなるが、バレンタインに一目惚れしたと言うことなのだろう。 早速その喋り方を皆に駄目出しされている吉之助には聞こえぬようニーナ・サヴィン(ib0168)が呟く。 「あんなに可愛らしい顔立ちで女の子の格好をするなんて罪深いわね。四葉さんだって勘違いで人を傷つけてしまうのは不本意でしょうに」 そんな彼女に三雲は複雑な表情を見せた。 「俺らの母親ってアヤカシに殺されちまっててさ‥‥そん時の傷を、ああやって母親の着物を着て母親の姿に近づく事で守ってるらしいんだわ」 「そうだったの‥‥ごめんなさい」 しゅんとするニーナに、三雲は気にするなという風に笑う。 「本人も、今のままじゃ良くないってわかってんだろうけどな。まだ時間が必要なのかもしれねぇ」 皆が対策を立てるべくギルドを去った後、受付卓を訪れたアルーシュを四葉が迎える。 「いらっしゃい! 依頼を探してるの?」 「ええ、まだジルベリアから渡ってきたばかりで‥‥」 そんな話からうまい具合に四葉が男であることに漕ぎつく。 「まぁ、男の子だったんですね。でも、そのお着物はとても良くお似合いですよね」 「えへへ。だから大体の人は間違うし、しょっちゅう告白されたりとか」 四葉が女性と間違われることに傷ついたりはしていない事に安堵しつつ、それからも少し情報を集めてから皆と合流したのだった。 ● 「まずはこの異性に対するオロオロっぷりを何とかせねばなるまい」 腕組みをしてニノンが言うと、ニーナは堪えきれない笑いを口端に滲ませながら、待ってましたとばかりに両手を合わせる。 「告白の練習もしましょうよ♪ 本人を前にいざって時に困るでしょう? 見守ってるから、さぁさぁ♪」 「折角じゃから、皆で理想の告白を出して参考にして貰うのじゃ」 言って春金(ia8595)は脳内に妄想を広げ始める。 桜咲き乱れる中、見つめる先にいるのは想い焦がれる殿方──。 『一生大事にしてやる。だから俺に付いて来い』 「──とかなんとかの♪ 渋く真摯に言われたら、わしはもう‥‥んふふ♪」 照れた勢いでばしばしと叩かれている隣の静乃が冷静に突っ込む。 「それは告白ではなくプロポーズでは‥‥」 「もう照れちゃって、可愛い!」 つい春金を抱きしめる賀 雨鈴(ia9967)。女子のノリに圧倒されっぱなしの吉之助にニノンがびしりと指を突きつける。 「よし、早速練習するのじゃ!」 「れれれんしゅう!?」 驚く吉之助に瀬崎 静乃(ia4468)が言う。 「そう‥‥女の子に慣れるって意味も含めて、僕を練習代にして告白の練習をするよ。‥‥髪の毛と目の色と雰囲気は大分違うけど、大丈夫かな?」 「えあ、あ、とその‥‥」 緊張のあまり全く声が出なくなる吉之助。それを面白そうに見学している金津(ia5115)を三雲が引っ張り出す。 「こいつ見た目女だけど男だから、まずこっから練習したらいいんじゃねぇの?」 男と聞くだけで不思議と赤面も直る吉之助を見て、金津は渋々了承する。 「仕方ありませんね。そのくらいなら報酬内という事でやってあげましょうっ」 報酬外と判断される事項は決して行なおうとはしないあたりはさすが商魂逞しいというか──。ともあれまずは金津を相手に、慣れてきたら静乃を相手にという流れが決まったようだ。 「曖昧な告白はいかんぞ。相手の目を見て、素直な想いの丈を伝えるのじゃ」 ニノンに言われるまま、正面に立った金津をじっと見つめる。雨鈴の奏でる二胡の音色が雰囲気を演出する中、頬を染めながらも練習の台詞を──。 「『一生大事にしてやる。だから俺に付いてこい』」 その様子を眺めながら木下 由花(ia9509)はにっこにこに微笑んでいる。 「楽しいですね〜♪ 初々しさが素敵です。でもそろそろ違う告白も聞きたいですね」 「そうね! 私は〜‥‥」 聞かれてもいないのに語り出すニーナ。 「その人が思う、世界で一番綺麗な場所に連れて行かれて、やっぱり真っ直ぐに伝えてほしいかしらね。回りくどいのは嫌いなのよね。だから直球勝負がベストね」 「そうですよね〜。私、はっきり言っていただかないと気がつかないので‥‥」 「うんうん。想う気持ちは真っ直ぐなもので、一つしかないのだからね」 「やっぱり、大きな花束とか持って愛の告白という雰囲気を出していただくといいですよね?」 ニーナと由花の会話を吉之助は手帳に書き留めている。 「お花、ですね!」 「‥‥でも、花束よりお菓子のほうが私は嬉しいですけれど」 「三雲さんも、おにい‥‥いえ、お友達として四葉さんの傾向と対策をアドバイスしてあげたら?」 ニーナに突然振られて、三雲が驚く。 「対策ぅ!? あー‥‥あいつも色気より食い気って感じだよなぁ」 「でしたら、プレゼントはお菓子の方が良いかもしれませんね」 アルーシュの言葉にしきりにうなずきながら筆を走らせる吉之助をニノンが促す。 「では由花殿とニーナ殿のパターンで練習するのじゃ!」 再び金津を相手に始まる練習を傍目に、ニーナが再び三雲に問う。 「三雲さんも今まで上手くいった方法を伝授してあげてね? ない事ないでしょ、さぁさぁ」 それを聞きつけたニノンも、 「三雲殿はおなごにモテそうゆえ、吉之助殿にアドバイスせい」 二人に迫られ、三雲はしどろもどろに言う。 「おっ、俺は言われた事はあっても、自分から言ったりとかは──って余計な事言わせんな!」 赤面し腕を振る三雲にさらなる刺客が牙をむく。 「三雲さーん、理想の告白・雨鈴さんばーじょんの再現に協力してくださいっ」 いかにも楽しげな金津の声。逃げようとする三雲を両脇から静乃とニノンがしっかりと捕まえる。 「‥‥逃げない」 「三雲殿が本当の事を言わぬからこうなるのじゃ。罪滅ぼしと思って協力するがよい」 前に放り出された三雲を前に、雨鈴は少し恥ずかしそうにしながら語る。 「職業柄、人の恋愛話を語る方が多いのだけれど‥‥そうね、こう互いの手を繋いで」 「こうじゃな?」 春金が三雲の両手で雨鈴の両手を包み込む。 「目と目をしっかり合わせて言ってもらえたら──」 恥ずかしそうに頬を染める雨鈴と視線を合わせる事三秒。 「だあぁっ! 俺、飲むもん買い出して来るっ」 脱兎の如く駆け出した三雲の後ろ姿を見つめながらニノンと春金が言う。 「なんじゃ、度胸の無い」 「耳まで真っ赤じゃ♪」 そんなこんなで吉之助の練習は続いたのだが、金津相手には言える台詞も静乃を前にすると全く口が回らず。 「す、すす好きでひゅっ──ひたた」 挙げ句舌を噛む始末の吉之助に、今日何度目かわからないニノンの激が飛ぶ。 「ダメじゃダメじゃ。おぬし、それで四葉殿のはぁとを掴めると思っておるのかえ。もっと自信を持って、堂々とせぬか」 そこで吉之助はがくりと両膝をついてしまった。 「‥‥だ、駄目です──全くできる気がしませんっ」 それは当人のみならず、その場にいた皆が感じていた事だった。 肩にそっと触れられた感触に顔を上げると、静乃が吉之助を見つめていた。 「皆の助言を参考にするとして、自分の言葉で伝えるのが一番だよ‥‥短くても、変な言葉になっても、一生懸命なら好きな人にはしっかりと伝わると思うよ。がんばれ‥‥」 練習用にと無表情で素っ気ない雰囲気を抑えているだけに、その励ましの言葉は吉之助の心に深く響いたようだった。 もちろん他の皆も、諦めている者は一人もいない。吉之助はすっくと立ち上がった。 「皆さんのお気持ちに報いるためにも、僕、頑張りますっ」 その日の練習は日が暮れるまで続いた。 ● 翌日。 紋付袴に適度にジルベリア風の要素を取り入れた衣装や髪型はニーナのプロデュース。 慣れない格好と状況に緊張する吉之助の気を落ち着かせんと、由花は神楽舞「抗」を舞う。 「応援していますからね!!」 静乃は栗鼠の式を吉之助に手渡した。 「‥‥これお守り。もし、勇気がでなかったらこの子を見て。あと、会話に困った時にも使えるから」 「はい。ありがとうございます!」 練習の賜か、この場にいる皆とはまともに会話出きるまでになっていた。そんな彼にニノンが心から言う。 「吉之助殿、そなたの努力する姿には感じ入ったぞ。そなたは自分が思うておるよりずっと良い男じゃ。自信を持つが良い」 「ではいってらっしゃい! 男は当たって砕け散れですよっ」 正直金と家族以外はどうでもいい金津が吉之助の背中を押して送り出す。 四葉が通りかかるのを待つ吉之助を、辻の陰から皆でこっそりと窺う。 「想いが伝わるといいですね」 由花が言うとアルーシュが、 「四葉さんのお話では、女の子と間違われる格好をしている自分も悪いから、相手を傷つけないようにお返事を返しているという事でした。吉之助さんさえ練習通りに出きれば──」 「しっ! 来たわよ」 ニーナが言った通り、ギルドの方角から歩いてくる四葉の姿が見えた。 見とれて立っている吉之助の姿を見ると、何と四葉の方から声を掛ける。 「あれ、最近ギルドに良く来ている人だよね?」 予想外の事態に慌てた吉之助は関を切ったように喋り出す。 「あのそのはははじめまして! って、僕の事を知っていらっしゃるのにはじめましても変ですけどええと──」 その時、肩に登った栗鼠に我に返る。同時に脳裏を掛け巡るのは乗り越えた厳しい特訓。 ぐっと腹に力を込め、真っ直ぐに四葉を正面から見つめた。顔が瞬時に真っ赤に染まったが、うつむきたいのを堪えて口を開く。 「初めてお見かけした時からずっと好きでしたっ! これ、貰ってくださいっ」 お辞儀と同時に差し出されたのは綺麗に包まれた菓子だった。手からそれが抜き取られる感触と同時に四葉の声が聞こえる。 「ありがとう!」 期待と共に顔を上げた吉之助が見たのは、四葉の申し訳なさそうな表情だった。 「でも、今はギルドの仕事と自分の事で一杯一杯だから。他の事まで頭が回らなくて‥‥ごめんね」 ぺこりと頭を下げて立ち去る四葉を、吉之助は無言のまま見送った。 ● 彼の健闘を讃えるべく『吉之助を励ます会』が三雲行きつけの店で催された。 吉之助以外の全員が『残念会』として計画していた事は、もちろん本人には内緒である。 皆の予想を裏切って意外と落ち着いている吉之助に静乃が尋ねる。 「──大丈夫?」 「はい! いつか受け入れてもらえる時まで、僕は待ちます!」 どうやら妙な所で前向きスイッチが入ってしまったようだ。 「うーん、これは隠して置くべきだと思っていたのですが‥‥」 切り出す金津の表情は残念そうだが声は非常に嬉しそうだ。 「実は四葉さんは三雲さんと付き合っているのですよ」 「ばっ、お前何言って‥‥!」 突然の事に慌てる三雲の様子が余計に信憑性を増す。 「え、そ、そんなぁ!? 皆で僕を騙していたんですか!?」 恥ずかしいやら腹立たしいやらいろんな感情が一気に押し寄せて吉之助はパニック状態。そこに来て聞き覚えのある声が──。 「みっくんいるー? ここに来てるって聞いたんだけど‥‥って、あれ!?」 間が悪かったのか良かったのか。四葉が鉢合わせてしまった事により、結局事情は全て明らかにされたのだった。 「ごめんね。四葉もはっきり男だって言えば良かったかな?」 申し訳なさそうな四葉に由花は首を傾げる。 「相手が男の子だとなにか問題があるんでしょうか? 私には、わかりません」 「ふ、性別など恋する想いの前では些細な事。障壁がある程、恋は燃え上がるというものじゃ」 ニノンはぐっと拳を握って見せたが、すっかり魂が抜けかかっている吉之助は静乃が慰めに頭を撫でても反応が無い。 「今は辛くとも、告白できたのは大きな一歩‥‥」 詠うようなアルーシュの語り口に、雨鈴が祖母から譲り受けた愛用の二胡を奏でる。 『此の先誰に出逢うとしても 初めての勇気は忘れない あなたの笑顔にはじけた光 記憶の中に何時も 煌いて──』 良き出会いを祈った歌に、吉之助は伏せていた顔を上げる。それを見て春金とニーナが笑いかけた。 「ささ、賑やかにやろうぞ。無理にでも笑っておれば、次の幸せが舞い込むのじゃ♪」 「まだまだこれからじゃない、吉之助さん。たくさん恋して見る目を養ってね?」 続けて巫女の正装に着替えてきた由花が、ニーナとアルーシュの奏でるハープに合わせ舞いを披露する。 「心は癒せませんけれど、少しでも元気になっていただければと‥‥舞ったらお腹が空いたのですが、ご飯とお酒は出ないのですか?」 殊勝な事を言うかと思えばやはり色気より食い気の由花。丁度料理を運んできた給仕の中にニノンの姿が。 「わしが腕を振るったジルベリア料理もあるぞ。存分に騒いで傷心を癒すが良い」 「その他の料理も三雲さんの奢りですから! 皆さんぱぁっと行きましょうっ!!」 金津が言うと歓声が上がり、ここぞとばかりに皆料理に飛びついた。 「何で俺の奢りなんだよ!」 「元々この告白騒ぎは三雲さんが原因なんですからね?」 痛いところを突きながら、金津は家族の分の料理までちゃっかり重箱に詰めたりしている。 細身ながらかなり大量に飲み食いしているニノンが吉之助の杯に酒を注ぎながら言う。 「人生に無駄な事などない。きっと今回のことが次の恋に生きるであろうよ」 「結果はどうあれ、時田さんの素敵な恋の歌を聞かせてもらったわ。それに、二人はもうお友達でしょう?」 雨鈴の言葉に、四葉が頷き手を差し出した。 「そうだね! よろしく吉之助さん」 「あ‥‥はい!」 その手をしっかりと握り返した吉之助はすっかり笑顔を取り戻していた。 「私もいつか、想いを伝えたいと思ったり、思われたり するのでしょうか‥‥」 自分の恋愛事には無頓着な由花の呟きに春金が微笑む。 「春は恋の季節じゃ。心地良い足音がそこかしこで聞こえ始めておるのじゃよ♪ おまいさんの所に来るのもすぐかもしれぬぞ?」 とんだ勘違いから生まれた縁も、良き友情の芽生えとなれば全て良し。 初恋破れた吉之助だが、女性と普通に話せるようになった事は十分これからの恋に生かされるだろう。 余談だが春は別れの季節でもあり‥‥絶賛給料天引中の三雲の財布から沢山の金が去っていったのは言うまでもない。 |