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■オープニング本文 ● 神楽にある開拓者ギルドは、各地の支部に持ち込まれ依頼をとりまとめ、神楽に居を構える開拓者達に斡旋する。つまり、ギルドの本部としての機能を果たしているのだ。 同時に各支部と同じく、日々たくさんの依頼が寄せられている。アヤカシの出現は昼夜を問わず、夜間の緊急事態にも対応できるよう、職員は夜通しギルドに詰める場合もあった。 龍風 四葉(iz0058)も、夜勤を務めて朝を迎えていた。幸い何事も起こること無く、夜勤の間ずっとある事を調べるために資料を読み漁っていた。 帰宅前に少し眠気を覚まそうと、四葉は汲んでたらいに張った水に差し込もうとしていた手を止める。 少女のような顔にふりかかる銀糸の髪と、水の中からこちらを見つめる碧色の瞳。それが記憶の中の朧気な母の姿と重なる。 十年前──まだ五歳の時に、兄弟達を襲うアヤカシと戦い命を落とした開拓者の母。 幼い四葉は心に負った傷を受け止めきれず。母譲りの髪を伸ばし母の着物を纏う事で護っていた。母の強さが、自身にも宿るように。 それから十年経った今も、そんな自分から抜け出せずにいる。この姿を止めてしまえば、ただでさえ朧な母の姿や温もりが全て失われてしまうようで──。 「──っ」 息を止め、手で掬った冷水を顔に浴びせる。数度繰り返し、深く息を吐く。 「‥‥よしっ!」 顔を拭いた手拭いから現れたのは、いつもの元気な四葉の笑顔だった。 資料を片付け、帰り支度を済ませた四葉は皆に挨拶を交わしてギルドを出るべく戸口へ向かう。そこに見覚えのある姿を見つけた。 山吹色の着物は袂に藍で小菊紋があしらわれ、揺れる左袖には通すべき腕が無い事を四葉は知っている。 中性的で端正な顔立ちは、左半分を大きめの眼帯で覆っている。その頬に、黒褐色の髪に隠れた額にも、眼帯では覆いきれない爪痕が覗いていた。 隻眼隻腕のその志士は、名を鬼灯といった。 ● 四葉の家は龍風屋という商店であり、鬼灯は誘われるまま客間で共に朝食もいただいた。 その間、鬼灯があまり言葉を発さない事を知っている四葉は自身の事を話していた。次男、三男と兄弟三人で暮らしている事。三男が開拓者であり次男が店を切り盛りしつつ家事の一切をこなしている事──。 食後の茶を淹れながら楽しそうに話す四葉の姿を見ながら、珍しく鬼灯が訪ねる。 「両親は、いないのか?」 「あ、うん。お父さんは元々身体が丈夫じゃなくて、八年前に病気で。お母さんは開拓者で‥‥十年前に、アヤカシに──」 二人の間に訪れた沈黙を四葉が破る。 「四葉ね、鬼灯さんの探しているアヤカシの手掛かりが無いかと思って調べてみたんだけど。爪のアヤカシっていっても、結構あったから‥‥鬼灯さんの探しているアヤカシの事、話してもらえたらと思って」 鬼灯の顔に感情が表れることは少ない。だが今、鳶色の瞳は僅かながら苦しげに細められた。 「‥‥何故、他人の為にそこまで──」 「鬼灯さん、言わないけどさ。その、身体に残った爪痕をつけたアヤカシを探してるんでしょう? ──失ったものを取り戻すために仇を捜す気持ちは、四葉もわかるから」 鬼灯は、右手で着物の胸元を強く掴む。 「わからない──」 これまでも戦いを共にし、身を挺し、言葉を掛けてくれる者達がいた。 皆がくれる想いが、言葉が、自身の内で行き場を求めて渦巻いている。受け止めきれずに溢れ、胸が軋む。 「鬼灯さん?」 苦しげな鬼灯を四葉は心配そうに覗き込む。が、その表情は前髪に隠れ窺い知ることはできない。絞り出すような鬼灯の声が告げる。 「あの夜の事は、よく‥‥覚えていない。ただ、夜毎夢に見るばかり、で‥‥」 毎夜うるさいくらいに鳴いていた虫の声すら聞こえなくなった、不自然に静かな夜。 草むらに仰向けに倒れた自分を濡らすのは夜露だけではなく、己が身体から流れ出たもの。その源となる左眼と左腕は、黒く巨大な影に奪われたのだろう。 五感は既に麻痺し、辛うじて利くのは霞む右眼と風の音を捉える耳。 顔のすぐ上で風に吹かれて揺れる鬼灯の鮮やかな朱の向こう、真円を描く月の白が夜闇を照らしていた。 遠くから響く巨大な翼が羽ばたく音を聞きながら、意識がゆっくりと閉ざされていくに従い夢は覚める。幼き日の自分の意識が闇に沈む程に、今の自分が夢から解放されていくのだ。 ただの夢と片付けるには余りにも生々しく。眠りに落ちる度に、左の眼と腕を、住んでいた村を、家族を繰り返し奪われる。 そう、共に暮らしていた家族も、爪のアヤカシが奪っていったはずなのだ。それなのに──。 (悲しみも憤りも感じないのは‥‥俺が、俺自身を封じているから、なのか?) 鬼灯は、世話になった寺で聞いた住職の話を思い出す。 自らを護った母を失った子供は、長兄、三男のように開拓者としての資質を持たず。仇を討つ力を持たぬ自分を責め、様々な感情を含めた自分自身を封じ込め人形のようになってしまったのだ、と。 住職は言った。鬼灯はかつての四葉によく似ている、と。もし、あの惨劇の記憶ごとそれまでの自分を封じてしまっているのならば。自分を取り戻す事で、爪のアヤカシの事も思い出せるのではないだろうか。 「だから、アヤカシに襲われたあの村を‥‥村のあった場所を、探そうと思う」 そうすれば、わかるかもしれない。この身の内に溢れる、皆から受けた心の数々も。 顔を上げた鬼灯の鳶色の瞳は静寂を取り戻していた。 ぽつり、ぽつりと話し始めた。失われるはずだった命を旅の志士に救われた事。意識を取り戻した時にはそれまでの記憶のほとんどが失われており、その志士に師事し旅を続けて開拓者となった事。 「師は病で命を落とすまで、村の場所を口にしなかった。だが、おおよその見当はついている」 四葉はほっと安堵の息をついて笑顔を向ける。 「そっか、じゃあ四葉も手伝うよ。鬼灯さんと一緒に行ってくれる人、探してみる」 同じく過去に大きなものを失った境遇ながら開拓者としてアヤカシに立ち向かえる鬼灯に、一時は嫉妬を覚えた事もある。だが自分にはまだ家族が──兄達がいる。 鬼灯には奪われた左の眼と腕以外、その身一つしか残されていない。いや、失われるのは‥‥アヤカシに奪われるのは、眼に見えるものだけではないのだ。それを四葉は身をもって知っているからこそ。 「足手まといになっちゃうから一緒には行けないけど、四葉は四葉のできる事で力になるから」 四葉少女の如き顔に満ちた屈託のない笑顔に、鬼灯は眩しい物を見るかのように右の眼を細めた。 |
■参加者一覧
野乃宮・涼霞(ia0176)
23歳・女・巫
芦屋 璃凛(ia0303)
19歳・女・陰
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
桔梗(ia0439)
18歳・男・巫
虚祁 祀(ia0870)
17歳・女・志
真珠朗(ia3553)
27歳・男・泰
神凪瑞姫(ia5328)
20歳・女・シ
神咲 六花(ia8361)
17歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ● 三体の小鬼がしきりに周囲を窺っている。おそらく群れの斥候なのだろう。倍にも感じられる張りつめた時の後、彼らは遠ざかっていく。 「──もう、近くにはいないみたい」 小声で虚祁 祀(ia0870)が告げたのは、小鬼の姿が見えなくなってからさらに数分待ち、心眼で確認してからの事だった。 彼女の言葉に、超越聴力で警戒に努めていた神凪瑞姫(ia5328)も頷く。 「こちらに戻って来る様子もないようだ」 折れた枝や木に刻まれた新旧入り交じった刀傷等から警戒を強めていた矢先の遭遇だった。 身を起こす皆の身体から、上に掛けていた土と落葉が落ちる。少しでも臭いを紛らわせるために、身体にも魔の森の泥を塗り。 金属製の防具には布をかませ、移動時にも音が極力立たぬよう細心の注意を払い。術師四人を中心に据えて森の中を進む。 蝶の式を先行させていた神咲 六花(ia8361)が茂みに遮られた行く手を探る。 「茂みを回り込めるような所はないみたいだ」 「ならば抜けて行くしかないな」 先頭に立ってダガーで枝を払い分け入る羅喉丸(ia0347)に皆も続く。六花と芦屋 璃凛(ia0303)の人魂と、祀と鬼灯の心眼を頼りに策敵しつつ進む。 「あたしら以外にこんな所を通るモノ好きもいないでしょうし。痕跡は全てアヤカシの物って訳ですからねぇ」 最後尾で周囲に視線を巡らせながら真珠朗(ia3553)が言う。 土に残る足跡や草が踏み固められた跡、折れた枝や傷。武具の金属音や草木をかき分ける音、臭い──五感や技、術を駆使しアヤカシの痕跡を嗅ぎ分け、戦いを避ける。しかし、見つかってしまえば戦って切り抜ける以外道は無い。 ● 周囲を取り巻き無造作な動きで矢を放ち、また刀を振るうのは骸骨の鎧武者だ。後ろに跳んで刃をかわしたその足で羅喉丸は地を蹴る。 「はぁっ!」 彼の両拳を包む飛龍昇を連続で関節に叩き込まれ、骨鎧の右腕は刀ごと地に落ちた。 「囲みを抜けてしまわなくては」 術師に加護結界を施しながらの野乃宮・涼霞(ia0176)の言葉に瑞姫が業物で右足を叩き斬り言う。 「足を奪われれば迅速には動けまい」 術師を背後に庇い「泉水」で敵の刀を受け止める祀。その瞳は交錯する刀越しに、骨鎧の眼窩を睨む。 (たとえ魔の森で強化された相手でも‥‥冥越で逃げ回ってた頃の私とは、違う。やってみせる‥‥!) 押してきた刃を下に流し、そのまま跳ね上げた刀で右上腕部の骨を二本纏めて斬り落とす。 体勢を崩したその腰椎を真珠朗が「疾風」の名を持つ槍で貫いた。 「思った通り、へびぃな道行きですねぇ」 痛覚を持たない骨鎧は身体の一部を奪われようが執拗に迫り来る。 (ま、鬼灯のお嬢さんにかっちょいいところみせねぇとって話ですしねぇ。ちょぃと気張りますか) その鬼灯は白鞘を振るい術師達狙う矢や刀を優先的に払っている。彼女が刀を受け流している最中に左から迫る刃。 「とはいえ、セコくやるだけですがねぇ。相応に」 倒した骨鎧が残した兜を投じて真珠朗が作った隙に、鬼灯が返す刀で刃を受け止める。 羅喉丸と祀の側に囲みを突破すべく駆けながら、隊列の中心で六花が陰陽符を放つ。 「疾風の刃よ、来たれ‥‥!」 符は一直線に飛翔する間に光を放ちカマイタチへと姿を変えて追っ手を斬り裂く。 続けざまに璃凛が放った斬撃符と桔梗(ia0439)の力の歪みが襲うと骨鎧は瘴気と化し、身につけていた武具が地に散らばった。 余力を残しながら進軍するべく、逃れられる場合は無理に殲滅を狙わず追手を巻きにかかる。 (鬼灯の記憶に残る場所が見つかるまで、長い時間歩き回る事になる──連戦は避けたい、けど‥‥) 祀は知らず吐息を漏らした。警戒しながらの進軍は予想以上に、特に精神力を磨耗させる。彼女だけでなく誰もが疲れを滲ませている状況だ。 「ここいらで休んどきましょ。いざって時に動けなかったら困りますし」 真珠朗の提案に従い、二名ずつ交代で見張りを立て定期的に休憩を取ることにする。最初の見張役の一人となった涼霞は歩いた場所がわかるように、四葉が絞り込んだ範囲の地図に歩いてきた範囲の印を付ける。 「見当はついているとの事だけど、大丈夫? 目印になるものなど、あるのかしら?」 「わからない‥‥だが、それらしき場所があれば、きっと──」 鬼灯の答えは非常に曖昧だが涼霞は表情を和らげた。 初めて会った時よりも声が柔らかくなった印象を受ける。四葉という僅かでも心を許せる相手がいる事も嬉しい報せだった。 「思い出すのが辛かったら、無理はしないでね? 少しずつゆっくりでもいいから」 鬼灯の様子が心配でそっと声を掛けた涼霞を見、鬼灯は眉根を寄せて首を横に振る。 そんな彼女に、同じく見張番の羅喉丸が笑顔を向けた。 「俺達なら気にすることはないさ、知らない仲でもないしな」 「未来へ進むために、足場としての過去がいるなら、それを得るために動く事に否はない」 祀は鬼灯を真っ直ぐに見つめた。 「手伝うよ、鬼灯。私も、過去があって、ここに立ってるから‥‥」 鬼灯の横顔を見つめ、桔梗も胸が痛む思いがする。 (失ったものを再び得ることは難しい、けれど。鬼灯の記憶の欠片‥‥笑顔にも。近付ける、のかな) いつか彼女が全てを終えて笑える日が来るといい。力を貸している皆も、きっとそれを望んでいるのだから。 ● その後も休憩を挟みつつ隠れながらの行軍と幾度かの戦いをくぐり抜けての探索が続いたが、手がかりは得られぬままに夜を迎えた。 極力火は使わず、足場等の確認にどうしても必要な際には松明の周囲に布をあてがい明かりを制限して使い。休むに適した位置を探してその日は探索を終えた。 不寝番をする瑞姫、六花、鬼灯以外の者は、外套等にくるまり寒さを凌ぎ身体を休める。 六花は吹くことのできない横笛を手の中で遊ばせながら小声で話しかけた。 「鬼灯さんの住んでいた村の周りの森がどんなだったか覚えてるかな。うろで遊んだり登ったりした大木とかがあったなら、空から探せば見つけやすいしさ」 しばしの沈黙の後、鬼灯は頭を振った。 「ほおずきの実が、なっていたのは‥‥覚えている」 奪われた際の痛みが蘇ったのか左肩を押さえる彼女に、瑞姫は自分を重ねる。 (鬼灯殿は私と似ているのかもしれぬ‥‥いや私は全てを失った訳では無い。一度手放した妹が側に居るのだからな) 幼い頃に村を追われ生き別れた妹が、今はすぐ近くにいる。しかし別の道を歩んだ二人の時間は今も埋まることは無く──。 「璃凜、眠れないのか?」 身体を起こした妹に瑞姫が問う。 「まぁ、ね」 曖昧に答えながら璃凜は顔の傷に触れた。 魔の森の中にいるせいか、アヤカシに付けられた傷が疼く。自らの失態で刻まれた傷と、それが原因となった師匠との別れ。いつも傷は絶えないが、戒めとなっている顔の傷だけは消えることがない。 「あのさ、姉さんは仇のアヤカシ覚えてる?」 「いや、見てはいない。その場に居なかったからな」 「そうだったっけ‥‥うちが間違えてたんだ‥‥」 驚きを隠せない璃凜の呟きは届かず、瑞姫は先を続ける。 「それの所為で追い出されることになったがな‥‥璃凜、話はここまでのようだ」 姉が言い終わる前に璃凜も気配に気づく。皆を起こした直後、身体に無数の刀身を備えた剣狼が駆け込んできた。 (速い──!) 跳び掛かって来た狼をかわした鬼灯の身体を刃が掠める。光と共に消えた結界の護りのおかげで傷は無い。 速さに重きを置き戦う鬼灯のために桔梗が神楽舞「速」を舞う。 ニ、三体毎で連携し駆け回る剣狼相手に乱戦となり、皆傷を負っていく中、 「──っ」 「桔梗!」 深めの傷を負った彼に六花が治癒符で治療を施し、二人に襲いかかろうとする狼達を真珠朗が退ける。 「あたしも結構な年ですしねぇ。いんどあ派ってやつなんですが」 ぼやきつつも生命波動で自身の傷を癒し、いつでも盾になれるよう備える。 「速度さえ奪えば──」 瑞姫はしでも多く巻き込むように水遁を放ち、璃凜も呪縛符で動きを鈍らせる。 「大分数を減らせたか‥‥?」 威力が高く射程もある空気撃で味方を援護しながら槍を振るっていた羅喉丸に涼霞が頷く。 「ええ、後一息」 涼霞から放たれた光が皆を包み受けた傷を癒していく。 ● 剣狼を退け、場所を変えて休み朝を迎え。前日と同じように潜行と戦いと休憩を繰り返し。 それでも皆の足取りがより確かなのは、森の中を流れる小川に鬼灯が反応を示したからだ。 今は瘴気に侵され淀んだその小川に沿って南へと下っていく。やがて次第に細くなり、完全に痕跡が途絶えてしまった。 「璃凛さん、僕達の式で‥‥」 振り向いた六花に璃凛が頷く。 「そうだね。少し調べてみよう」 「村があった場所ならきっと、他より開けてるはず。それに石畳や建物の基礎部とかが、残っているかも」 祀の言葉に六花は小鳥で空から、璃凛は栗鼠で地上から小川が途絶えた先を探る。 待つ間、小川跡の一角に枯れたほおずきが数本あるのを見つけ、村が近い可能性があると感じた桔梗は鬼灯に問う。 「‥‥鬼灯の、お師さま。村の場所を口にしなかったのは理由が在った、のかも。それは鬼灯が、忘れてしまいたい記憶だったかも知れない。‥‥それでも、行くんだな?」 憂いに満ちた桔梗の瞳に映る鬼灯は、予想していた通りに頷きを返した。 程なくして人魂を通した二人が見つけた、村があったと思しき場所へと向かう。 (この一歩が、鬼灯さんの新しい一歩の切欠となれば良いのだが──) 羅喉丸は『爪を持つアヤカシ』が村を拠点としている可能性を考え、より警戒を強める。桔梗もそのアヤカシが翼を持つらしい事から上空へも注意を払う。 かつて村があったその場所は瘴気が生み出した森に呑まれ、開けていたであろう空は閉じ、崩れた建物を木々が突き破り、道や井戸は茂みや蔓が塞いでいる。 かつて人々の暮らしがあったその場所をアヤカシが襲い。全て奪い去ったその跡を、広がった魔の森が蹂躙した。 「ありふれた悲劇‥‥でも」 六花は密かに拳を握り締める。 (傷みは今も変わらず‥‥心はどこか凍ったままで) 天儀ではよくある話だ。四葉も、そして自分も。家族を奪われ、アヤカシを仇と思い──。だが同情はしない。この村に想いを抱けるのは、生き残りである鬼灯だけだ。 「今のところは、アヤカシはいない‥‥けど、気を付けて」 心眼で探りを入れた祀が視線を向けた先、鬼灯は変わり果てた村をただ見つめていた。が、不意にどこかを目指し歩き出す。 かつての面影など残っていないと傍目にもわかる廃墟。それでも、何故か足が向く。心臓が痛い程に早鐘を打つのに合わせて足も速まる。 辿り着いた先にあったのは、暗い森を彩る無数の鮮やかな朱。 「‥‥今時期は枯れているはず‥‥鬼灯‥‥!」 不安を覚えた桔梗が鬼灯の背を追って駆け出すのに先んじて、羅喉丸が鬼灯の身体を強く引いた。彼女の身体が合った場所を、鋭く伸びた蔓が貫く。 体勢を崩した鬼灯を支える腕に掛かる重みに、羅喉丸が誰にともなく言う。 「鬼灯さんを頼む!」 その間も、右手は迫る蔓を槍で薙ぐ。群生するそれはほおずきの姿のアヤカシだった。 「鬼灯さん、しっかり!」 羅喉丸から鬼灯の身体を引き受けた璃凛が呼びかけるが、手放した意識は戻らない。 ほおずきのアヤカシはそう強敵でもなく、数撃当てればすぐに掻き消える。が、 「──っ、こんな時に‥‥! この速さ、おそらく剣狼だ」 五人張に矢を番えつつ皆の背を守る形に振り向く祀に瑞姫も、 「ああ、この音は間違いない」 言う合間にも、祀は木々の向こうに見え隠れし始める剣狼めがけ矢を射かけていく。 「草のお化けは片づきましたが‥‥これまた大勢お越しで」 おどけた口調ながら真珠朗の眼は油断なく周囲を見据える。 意識の無い鬼灯を守りながらここで戦い続けるのは得策ではない。もし仇のアヤカシが留守にしているだけなら、戻ってくる可能性もあるのだ。 「敵の足を鈍らせ、数を減らしながら撤退しよう」 羅喉丸の言葉に異を唱える者はなかった。少しでも早く血路を開けるようにと、涼霞が神楽舞で前衛の攻撃力を底上げする。 鬼灯を背負った六花人魂で道を選び、祀の心眼で敵の薄い場所の突破を計る。左前方から迫る剣狼の群は瑞姫の水遁を受けながらも向かってくる。 「今から奴らの足を止める。一気に駆け抜けるぞ!」 身体を赤く染めた羅喉丸から放たれた空気撃が先頭の一体を転倒させた。 水遁で平行感覚に痛手を受けた狼達はその一体に躓き転倒していく。仲間を越えて飛びかかってきた狼に、祀が紅き燐光散らす刃を見舞う。 「邪魔は、させない‥‥っ!」 桔梗の力の歪みによる追撃を受けて崩れた剣狼の瘴気を越えて駆け抜ける。 「考える事は一緒ですね‥‥っと!」 しんがりを守る真珠朗も、空気撃で先頭を転倒させ後続を巻き込む作戦で追手を減らす。 璃凛の呪縛符で動きを鈍らせた狼を瑞姫が鎖分銅で絡め取る。 「鬼灯殿には近寄らせん!」 そのまま狼を追手めがけ投げ飛ばす。 (鬼灯さんを背負っている僕が、彼女を守る最後の砦だ──!) その覚悟を胸に六花はサーベル片手に駆け抜けた。 ● 剣狼の囲みを逃れても、交代で鬼灯を背負いながらという一人分以上戦力が落ちた状態で、これまで来た道を戻らなくてはならない。 羅喉丸が木に刻んだ目印と涼霞の地図を頼りに、道に迷う事は無く。無理はせず慎重に休憩を増やしながら、それでも極力急いで森の外を目指す。一度通った道故に早く進めているように感じるのが僅かな救いだった。 鬼灯を守りながら何とか魔の森を抜け出した皆は、海岸沿いから遠目に魔の森を望む観測砦に身を寄せた。砦の役人は、往路でも立ち寄った開拓者達の逃亡者のように変わり果てた彼らの姿に驚きながらも暖かく迎え入れる。 そこで一晩過ごしても、鬼灯の意識は回復する兆しを見せず。風信術でギルドに事の次第を報告した結果、皆は砦に鬼灯を預けて一旦神楽へ戻る事となった。 「思い出せたのかな? 昔の事」 眠ったままの鬼灯を前に璃凛が発した問いに、答えられる者はいない。 「‥‥心も守れたら、良いのに」 桔梗は動かない鬼灯の右手に自らの手をそっと重ねた。 以前心が溢れた時も、その前も、桔梗の呼びかけに鬼灯は戻ってくれた。鬼灯の心は今、それも届かない程に自らの心深く沈んでしまっているのだろうか。 「皆が居る。四葉も、待ってる。今の鬼灯の帰る場所‥‥忘れないで」 「必ず、貴女を迎えに来るから」 涼霞の言葉は皆の気持ちでもあった。 砦の者に鬼灯の事を良く頼んで、皆は奏生のギルドを目指し砦を発った。再びこの地を訪れた時には、意識を取り戻した鬼灯と再会できる事を祈って──。 |