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■オープニング本文 ● 日用品から珍品まで、手広さならば神楽随一。 注文次第で品の仕入れにどこまでも。お届け物も送り先までひとっ飛び! お買い物・ご用命は龍風屋まで!! そんな文句が書かれた立看板を軒下に置いた店がある。 宣伝文句通り多種多様な品揃えに加え、店頭に無い商品の取り寄せ、商品や持込品の配送を行なう。そのため利用者からは『何でも屋』と認識されているようだ。 日用品や雑貨、衣類や装飾品などが所狭しと並べられた店内は、雑多なようで見やすく手に取りやすいように陳列されている。 閉店後は営業中とはうって変わって静かなものだ。その静かな店内に、頓狂な声が響き渡る。 「『ばれんたいん』〜?」 声の主は龍風屋の三男、三雲である。彼に頷いたのは勤務歴四年、十八歳の女性店員、雪だ。 「そう、バレンタイン。ジルベリアに伝わる風習で、隣人に贈り物をするんですって。どうせ贈るなら、一筆箋をつければ気持ちもばっちり伝わるでしょう?」 雪は龍風屋の二月の企画を三雲に説明しているのだ。内容は番頭からの受け売りである。 「んなまだるっこしい事しねぇで、直接言やぁいいんじゃねぇの?」 そんな三雲に、雪はびしりと指を突きつけた。 「じゃあ、三雲さんは直接言えるっていうんですか? 『いつもありがとう』って! 二帆さんに!!」 「う‥‥」 言えると即答したいところだが、そんな事をすれば兄の二帆が帰宅次第、雪に強引に言わされるのが目に見えていた。その場面を想像するだけでも、恥ずかし過ぎて冷や汗が出る。 「ほらみなさい。普段言いにくい人にこそ、贈り物をして感謝の気持ちを伝えられるってものじゃないですか」 雪は腰に手を当てて勝ち誇ったように胸を反らす。 「それに、想い人に気持ちを伝えるのにも絶好の機会だと思うのよね。面と向かってだとやっぱり言いにくいし!」 語尾と共にぐっと拳を握りしめる雪の傍らで、買付けてきた商品を帳面に記入しながら三雲が呟く。 「言う相手がいない奴は心配しなくていいんじゃね──でっ!?」 三雲の後頭部を直撃したのは雪が投擲した算盤の角だった。 同じ頃、神楽の開拓者ギルドでは。 「‥‥というわけでして。ばれんたいんの特売に向けて、準備と期間中の臨時店員をお願いしたいと思っております」 接客向きの柔らかな物腰で説明している黒髪の青年は、店で話に上っていた番頭・龍風 二帆(iz0057)である。年の頃は二十歳過ぎ。店の印半纏の下は黒藍色に枡文様の着流しを着ており、眼鏡の奥の深い緑色の瞳が印象的だ。 「内容といたしましては、特売期間中の臨時店員。それと、贈品に添える『想伝箋』の作成です」 「『想伝箋』?」 彼と同じ年頃の女性職員が首を傾げると、二帆は穏やかな人柄がにじみ出た微笑みを見せる。 「贈る方への気持ちをしたためる、一筆箋のようなものです。ジルベリアでは『めっせぇじかぁど』、というそうですが‥‥贈品用に商品を買われた方に差し上げる奉仕品として考えております」 「なるほど。バレンタインセールの準備として想伝箋を作成し、当日は店舗業務をお手伝いすればよろしいのですね?」 「ええ。とはいえ、こちらも店員を平時よりも増員するつもりではおります。混雑時の店員の補助やお問い合わせへの対応。それと、商品の選別や『想伝箋』の記入内容にお悩みのお客様のご相談を受けていただけると助かります」 二帆の説明を依頼書に書き付け終えて、職員は顔を上げた。 「わかりました。人員が集まり次第、お知らせしますね」 「はい。よろしくお願い致します」 一礼した二帆は、職員の物言いたげな視線に気づいて席を立つのを待った。すると、 「あの‥‥お手伝いしに行った者が、お買い物をしたり想伝箋をいただいたりするのは‥‥」 女性職員は恥ずかしそうにしながらも訪ねる。自分が依頼に参加したら、絶対そうしたいと思ったからだ。 それを聞いて、二帆は柔らかに微笑み頷いた。 「もちろん歓迎しますよ。良かったら、貴女も是非いらしてください」 しっかり営業をするあたりは、やはり商売人である。 |
■参加者一覧
玖堂 真影(ia0490)
22歳・女・陰
深山 千草(ia0889)
28歳・女・志
雷華 愛弓(ia1901)
20歳・女・巫
金津(ia5115)
17歳・男・陰
深凪 悠里(ia5376)
19歳・男・シ
宗久(ia8011)
32歳・男・弓
神咲 輪(ia8063)
21歳・女・シ
紅咬 幽矢(ia9197)
21歳・男・弓 |
■リプレイ本文 ●初日 店内は前日の内に雷華 愛弓(ia1901)と女性店員達により赤や桃色の布や花で飾り付けられている。中央天井付近に吊された大きく『想伝』と書かれた看板を見上げ、くすくすと笑いを漏らすのは宗久(ia8011)だ。 「バレンタインねぇ‥‥とっても無意味に素敵な博愛主義者の話だよねー。それはともかく、これ何で?」 彼は中央の島売台の中央に置かれ店内を左右に分断している衝立を指す。すると愛弓が、 「何をおっしゃいますか。想伝‥‥つまりこれは愛! 恋はデリケートなものなのです。男女が互いに見えないようにですよ♪」 右手の通路からは男性向けの、左手の通路からは女性向けの商品を購入できるようになっている。 「『ばれんたいん・せぇる』なんて、はじめて聞く催しだけれど‥‥」 紅咬 幽矢(ia9197)は、今朝入荷した品をせぇる用に並べながら呟く。 表情には現れないが、やるならば成功のために力は尽くす。中央には若者向けの、壁際には壮年以上が好みそうな品、等年齢層毎に分けて商品陳列したのも幽矢の案だ。 店内を歩きながら在庫品を確認しているのは金津(ia5115)である。 「これだけ手広く品揃えしているとは、龍風屋さんもなかなかですねっ。こういうのは商品を目移りしながら選ぶのも醍醐味。たくさん売るですっ」 かくして三日限りのせぇるが開催された。 昼前の人通りが増え始める時間。店先には華やかで心浮き立つような旋律が響く。神咲 輪(ia8063)が奏でる笛に合わせて、玖堂 真影(ia0490)が幼少時から嗜んだ舞を披露する。 軒先には龍風屋のますこっとである二等身の風龍が描かれた幟。『ばれんたいん・せぇる開催中!』と書かれたそれは愛弓の手作りだ。 舞扇代わりの扇子から、小鳥の式が現れ飛び立つと見物人から喝采が起こった。何事かとさらに人が集まるのを見計らい真影が声を張る。 「龍風屋ではばれんたいん・せぇる開催中です! 気持ちを伝える想伝箋がもれなくついてきますよ」 「さあ、どうぞ中へ」 深凪 悠里(ia5376)も入店者を誘導する。 入るか否か迷っていた青年は、意を決する間もなく店内に流れ込んでしまった。やはり出直そうと振り向こうとした青年の肩を、誰かが掴む。 「いらっ、しゃ〜い」 新婚を相手取る噺家よろしく宗久が言う。最高級の笑顔なのだが、それが余計に嘘くさい。 「贈り物は愛しい人へ? 友達へ? お世話になった人へ? さぁさぁ、オジさんに相談してごらん?」 「あ、か、片思いの、ひと、に」 「ん、りょーかいりょーかい。気持ちがこもってたら結構何でも大丈夫だと思うよー。いっそのことコレを機に告白しちゃえば? あはは」 結果を保証しない無責任な発言なのだが、青年は背中を押されたらしく簪を購入した。 「包装はどうなさいます? 少しお代をいただきますが、こちらにも変えられますよ?」 深山 千草(ia0889)は青年に数種類の袱紗を見せる。通常よりも安い価格で提供できるよう、彼女が提案した施策だ。 彼以外にも、袱紗や大きさによって小風呂敷などに変える客も多い。 女性の友達同士仲良く男性向けの根付と小銭入れを買った二人を見送って、千草は隣で包装を終えた雪に小声で言う。 「二帆くんも、沢山、贈られそうね」 「ええもう。さっきから、ほら」 雪が指す先、今し方包装したばかりの根付と小銭入れを二人から渡されている二帆がいた。 贈り物だけで良いという客に幽矢は、商品が置かれた棚の下から梱包済みの同じ商品を手渡し会計を済ませる。前日の内にあらかじめ包装しておいたのは悠里の案だ。 想伝箋の同梱を希望する客には、伝言を記入する為の場所も用意してある。 彫るのは得意だが案を出すのは苦手と宗久が彫った『想伝』の文字。それに悠里が彫った小さな猫足跡で線を捺した簡素な想伝箋に、愛弓は花の絵を描く。 「片思いなんですね。胡蝶蘭は告白するときにぴったりの花なんですよ♪ 貴女の恋がうまく行きますように」 前日に皆で芋版を彫って、様々な染料で捺した華やかな想伝箋は初日から好評で。閉店後には残り二日に備えて作り足す程だった。 ●二日目 今日も店頭での告知を行い、開店後から平時よりも賑わっていた。 想伝箋に花の絵を描いたものを、今日は予め準備していた愛弓も売場で接客に立つ。 「深凪さんも名助言の男装少女として頑張ってる事ですし‥‥私も張り切って行きますよ♪」 早速、目移りしている様子の少女に声を掛ける彼女の背中を見送りつつ、悠里は思わず考え込む。 「普通に男性の恰好しているんだが、男装に思われるのは何故だ‥‥?」 自覚は無いようだが、もちろんその容姿が原因である。 陰陽師というのは世を忍ぶ仮の──もとい副業であり、商売で生計を立てている金津は、物を売るのが本分と闘志を燃やし裕福そうな客中心に声を掛ける。 「この帯は理穴の帯職人・羽月の作で、全てが一点物! 金銀糸をふんだんに使用したこの袋帯なら、奥様もお喜びになりますよっ」 「しかし、この牡丹がな‥‥妻は椿が好きなのだよ」 「でしたら特注も可能なのですっ。正に奥様の為だけに作られる帯! 素敵ですねっ」 その一押しに、男性は注文を決めた。 金持ちというのは、大体が限定や一品物に弱い傾向にある。しかも特注品というのはその優越感をくすぐる最大の武器なのだ。 何を、どのような言葉を贈るべきか迷った時にすぐ助言が出来るように。各人同様に担当を分けて、客への応対に当たっている。 「この贈り物を切欠に、よりお近づきになりたいんですね♪ それでしたら、高価な物よりは手拭いなど気軽に受け取れる物が良いのではないでしょうか?」 愛弓は同年代から少し下までの女性を。店を手伝った事はあるが接客は初めて。せぇる前に二帆に教わった通りにこなしている。 真影は同年代の女性や未成年の子供を。 「その人の好きな色とか柄はわかる? ‥‥それなら、これはどう?」 予算も考慮しつつ品を見繕って選んでもらい、自身が作った想伝箋の一つを共に手渡す。それは梵字を上部中央に配した丸枠の周囲に星を散りばめた水色のものだ。 「恋がうまく行くよう念を込めたの。正直に想いを綴るか‥‥もしくは気持ちを何かに例えるとか」 「世話になった人にねー。じゃ、あまり華美な物は避けた方がいいね。慎ましいものとか、実用的な物とか。あ、この湯呑みなんてどう?」 宗久は男性を中心に幅広く。 対応が間に合わないほど忙しくなる店内で、幽矢は店員達を手伝い、次々と無くなる商品の補充や販売に従事する。 「この品の、青色が欲しいそうなのだが‥‥在庫はあるのか?」 「明日には入荷すると、お客様にお伝えください」 幽矢に答える二帆は在庫の手配に追われながらも、店員に的確に指示を出していく。この忙しさの中にあっても平時の笑顔を保っているのは流石である。 「伝えたい想いが深いほど、素直になるのが難しくて。肝心な時に言葉が出なくてもどかしい‥‥だからこそ、きちんと伝えるのが大切なんだと思うわ。頑張ってくださいね、応援してますから」 輪は同じ年頃の男性に。彼が選んだのは、千草が作った邪気を払う桃の花の想伝箋。渡し渡される者の幸福を願って彫ったその花の上を青と赤の千鳥が並んで翔んでいる。 悠里は年配者と子供中心に、家族向けの贈り物の選別を手伝う。その幼い兄妹はそれぞれ両親へ贈り物をしたいのだという。母には籠に盛り合わせた花を勧め、 「茶葉や酒を小さな瓶に分け入れてあるんだ。これを父にどうだろう」 比較的高価な品だが、量を少なくすることで安価に購入できる。さらに別の商品である綺麗な陶磁の瓶に入れてある為、中身を使用した後も手元に品が残るのだ。悠里が提案したこの品は初日から人気である。 兄が父宛に『強そうだから』と選んだのは、ディフォルメされた虎を青い和紙に捺した輪作の想伝箋。妹は、真影が彫った幸運の四つ葉で橙の枠を作った物。書くべき言葉に悩んでいるのを、悠里が手助けする。 「一筆は『いつもありがとう』とか、ふつうの言葉で良いんだよ。傍に居るのが当り前、それが幸せな筈だと思うから 」 彼の言葉を聞いて、二人は笑顔を見合わせて相談し、習ったばかりの字で『ありがとう』と書き入れた。 千草は中高年の男性を中心に対応している。気持ちを表わすのに気恥ずかしさがあるのだろう。記入に躊躇する者に、彼女は穏やかな微笑みを贈る。 「素直なお気持ちでどうぞ。『いつも有り難う』でも『大切に思っています』でも、一言だけで宜しいんです。お心が篭もっていれば、お相手にも伝わりますよ」 「うむ‥‥長年連れ添ったからこそ、今更と。だが、それではいかんな」 老人は苦笑しつつ。猫が好きだという妻の為に選んだのは悠里が作った猫の肉球柄の想伝箋。肉球の中の一文字が『愛』『和』等何種類かあるのだが『幸』と彫られた物を選んで想いを綴った。 彼は千草と選んだ櫛と椿油を抱え、晴れやかな顔で店を後にした。 ●三日目 せぇる最終日は口伝で訪れた新客も加わり、前日以上の混雑ぶりだった。 女性を中心に接客していた幽矢は、購入した贈り物を抱え店を出た女性を追いかけ呼び止めた。振り向く女性の眼をまっすぐに見つめて言う。 「‥‥大丈夫、想いはきっと伝わるから」 どこか冷たい印象を与える雰囲気の幽矢の言葉に、彼女は驚き。しかしそれはすぐ微笑みに変わった。 「ありがとう。勇気を出して、渡してみるわ」 孫に贈るという老夫婦を、千草と悠里がお相手する。 「お小さい方に贈られるなら、独楽や鞠‥‥ご兄弟でしたら双六もありますよ?」 「女の子なら、綺麗な小巾着に入った飴や金平糖はどうだろうか」 老夫婦に勧めるその商品達は、入口正面に設けられた人気商品コーナーに並べられている。 愛弓がつけた『店長オススメ!』等の札に飾られたその一角は、以前から店で人気のある商品と、この二日間で好評だった品が贈る相手別に紹介されているのだ。 昼過ぎに一度客の波が落ち着いた頃、初日の勢いが既に無い宗久が言う。 「飽きちゃったなー。ちょっと煙管吸ってきてぃーい?」 「金貰ってんだからちゃんと働けよ、おっさん」 丁度追加の品を持ってきた三雲に言われ、宗久はにやりと笑った。 「お、人気者のとーじょーだね」 彼の手にある想伝箋には、三雲らしき人形のような絵が描かれている。実は輪が二帆や三雲の絵姿を描いたものを作っていたのだ。 焦って止めさせようとする三雲を雪が阻止したりしている間に、宗久の姿は無くなっていた。 「さあさあ、最近話題の高級菓子ですよ! 特別な想いを伝えるのには最適ですっ」 入荷した荷の中に含まれていた追加分のチョコレートを、金津が宣伝する。 「恋愛成就には、こちらの梵字入り想伝箋っ。陰陽師や巫女の念が込められていますよ!」 その手には真影が作った梵字入りに加え、自ら作成した流線型の紋様に梵字を織り込んだ想伝箋がある。 「まぁ、思ってた以上に高いのね。こちらの金平糖にするわ」 「そうですか‥‥ではこちらでお会計を」 家族の次にお金が大好きと公言するだけあって、商品の格を下げられた金津は笑顔度が下がっている。それを雪に気づかれ、彼は悪戯っぽい笑みを浮かべて首をすくめて見せた。 ●せぇる終えて 忙しさに時の経つのも忘れ、気づけば閉店の時間。最後の客を見送って皆ほっと息をついた。 「私から皆さんへのばれんたいんプレゼントです♪」 愛弓は台所を借りて作った暖かい甘酒を皆に振る舞う。 「想いを伝える、か。簡単なようで実は結構難しいかもな」 疲れを癒す程良い甘さを味わいながら言う悠里は、この三日間を通じてしみじみと感じていた。 「あの、家族に贈り物をしたいんです。帰る前にお買物しても良いですか?」 真影の申し出に、二帆は快く応じた。 「もちろん。売切れてしまった品もありますが‥‥皆さんも宜しければご覧になっていってください」 売場に出て和気藹々と品を選んでいる所に戸をくぐる者に、宗久が片手を挙げる。 「四葉君きゃっほーい」 「わぁ、宗久さんきゃっほーい!」 帰ってきた四葉と、二人の妙なノリにげんなりする三雲を捕まえ耳打ちする宗久。 「想伝箋だけでも内緒で書いて、二帆君に渡してあげたら喜ぶんじゃない?」 「いいよそんなの!」 思わず大きな声を出す三雲を四葉と宗久が窘める。 「聞こえちゃうでしょ!?」 「普段言い難い人にこそ‥‥でしょ? はいこれ」 宗久は兄弟に一枚ずつ想伝箋を手渡す。 「もう一枚は宗久さんが使うの?」 「そ。誰に渡すかはナ・イ・ショ」 幽矢も、肉球柄の想伝箋を一枚手にしていた。それに認めるべき想いは未だ秘めたまま。接客中に見つけていた丸い眠り猫の根付けと共に懐へ仕舞い、渡す相手を思いながら帰路へついた。 真影は、生まれた時から側にいる双子の弟に紅の髪紐を。守護一族として幼少から仕えてくれている従弟には鼈甲の根付。一族を束ねる身でありながら家庭も大事にしてくれた父と家令に揃いの香袋を購入した。『いつもありがとう♪ 大好き!』と素直な気持ちを記した想伝箋を添えて。 同じ家に住んでいる千草と輪は並んで家路を辿る。 「あ、あの千草さん、これっ」 輪は勢いで包みを手渡す。中に入っているのは、チョコレートと桜の帯留めだ。自身の作った、桜舞う中で昼寝するもふらさまの想伝箋が添えられている。 「二帆さんに相談して選んだの。一緒に暮らし初めてからずっとお世話になってるのに、贈り物一つしたこと無かったから」 千草は思わず笑みを零した。 「ふふ、先を越されてしまったわね。はい、輪ちゃんに」 心安らぐ友人二人にと、添えた想伝箋には『いつも、楽しい日々を有り難う。これからも宜しくね』と。 輪には、彼女の黒髪に似合いそうな白漆塗りの櫛の中から蝶の蒔絵の物を選りすぐった。家で待つもう一人には、まだ寒さ残るこの時期に綿入り半纏を。 二人は気恥ずかしさに頬を染めながらも微笑み合い、胸に温もりを抱え帰るべき家へ向かう。 三日間のせぇるは大好評の内に幕を閉じたが、比例して事後処理は多くなり。片付けや発注処理等を終えた二帆は、ようやく帳場を後にした。 自室に戻ると、卓の上には期間中に客から貰った品が積まれている。三雲は売場に戻せと茶化したがそんな訳にも行くまい。 ふと思い出して袂を探る。出てきたのは甘酒と共に愛弓から兄弟三人で貰った想伝箋。絆の意味を持つ百日草が描かれ『今後とも、よろしくお願いします』と書かれていた。 腰を下ろすと、贈り物に紛れるようにして置かれた二枚の想伝箋に気がつく。無記名のそれらには、見覚えのある文字で『休みの日はちゃんと休む事! いつもありがとね』『お疲れ!!』と書かれていた。 二人らしい言葉に頬を綻ばせつつ。二帆は無記入の想伝箋二枚を前に筆を取った。 |