|
■オープニング本文 ● 開拓者達が多く住まう神楽の都に古くから看板を出している店がある。軒に掲げた木の看板には『龍風屋』と墨入れされており、戸口の脇に立てかけられた板にはこう書かれている。 日用品から珍品まで、手広さならば神楽随一。 注文次第で品の仕入れにどこまでも。お届け物も送り先までひとっ飛び! お買物・ご用命は龍風屋まで!! 空はすっかり夜闇に染まり、店仕舞いの住んだ戸口から店員達が出てくる。 「明日から数日、お店の事は私達に任せてください」 「番頭さんはいつも働きづめだから、こんな時くらいは家族でゆっくりしてきてくださいね!」 店員達が振り向いた先にいたのは、二十歳を少しばかり越えた黒髪の青年だ。黒灰縞の着流しに店の印半天を羽織った彼は、深い碧色の瞳を眼鏡の奥で微笑ませる。 「ありがとう。帰り道は気をつけて」 皆を見送ってから、彼は店の戸口を閉めた。 静かになった店内を抜けた帳場の奥は龍風家へと繋がっている。廊下を抜けて居間の襖を開けると小柄な先客がいた。 黒地に白椿が咲いた着物は裾が膝丈と短く、赤い帯を文庫に結んでいる。振り向いた拍子に高く結い上げて流した銀髪がさらりと揺れ、二帆を見た大きな碧の瞳が輝く。 「ふーちゃん、お疲れさま! ね、ね、温泉ってなに!?」 「四葉、立ち聞きは良くないよ」 二帆が襖を閉めながら苦笑混じりにたしなめると、四葉は悪びれもせずに言う。 「聞こえちゃったんだもん。それより温泉って?」 「店の備品を買いに行って商店街の福引きを引く機会があってね。特賞を当ててしまったんだよ」 「えー、ふーちゃんすごーい! 日頃の行いが良いからだね」 四葉は二帆が懐から出した封筒を受け取り、中身を引き出す。 と、閉められた襖が勢い良く開くと同時にだるそうな声が聞こえた。 「ぎゃあぎゃあうるせぇ。お前、もう十五なんだから少しは落ち着けよ」 現れたのは赤い派手な着物を片脱ぎにした青年である。肩辺りまで伸ばしっぱなしの銀髪は元気に跳ね、勝ち気な黒い瞳も併せてどこかやんちゃな印象を受ける。 「おかえり、三雲」 常と変わらず笑顔で弟を迎える二帆だが、四葉は券をひらひらとさせて意地悪めいた笑みを浮かべる。 「ふーんだ、みっくんには言われたくないもんねー。そんな事言ってたら温泉はお留守番だよ?」 「あ? 何だよ、温泉って」 「だめー! 見せてあげないっ」 「いいから、よこせってこの!」 どたばたとちゃぶ台の周りで券の取り合いを始める二人を余所に、二帆はやかんの湯が冷めていない事を確認し人数分の茶を淹れ始める。湯呑みが三つ卓上に並ぶ頃には、四葉が抵抗を諦め三雲が券を勝ち取っていた。 「温泉旅館宿泊券! へぇ〜」 「すごいよね! 朱藩にあるらしいよ」 三雲も四葉も、何事もなかったように茶をすすりながら二帆が出した大福に手を伸ばす。 「『この券で四名様までご利用いただけます』‥‥?」 何気なく読み上げた三雲の声が、居間に沈黙をもたらした。数秒後、それを破ったのは四葉の寂しげな声。 「いちにぃがいたら、丁度四人なのにね‥‥」 「いねぇ奴の事言ったってしょうがねぇだろ。あいつが勝手に出てったんだし!」 三雲が乱暴に言い放つが、その表情は少しバツが悪そうだ。 四人兄弟の長男である一路は、現在行方不明である。と言っても事件性はなく、五年程前にふらりと旅に出たきり連絡も寄越さないのだ。 二帆は二人をなだめるように穏やかな笑みを浮かべて言う。 「だからね、その一人分の空きもある事だし、開拓者の人達もお誘いできるといいかと思ったんだ」 「開拓者の?」 奇しくも揃った弟二人の声に頷く。 「今年は店の事でずいぶんとお世話になったし、理穴の戦いも大変だったろうし‥‥流石に、招待できる人数には限りがあるけれど」 「そうかぁ‥‥きっと皆も喜ぶよ。明日出勤したら、声掛けしてみるね」 そんな兄の心遣いに嬉しそうに笑顔を輝かせる四葉は、受付係としてギルドで働いているのである。 ● 朱藩北部にあるという温泉は、朱藩の首都・安州よりも神楽に近い。山の麓にある温泉旅館・花家に到着した一行を迎えたのは女将や仲居達の暖かな笑顔‥‥ではなく。 「温泉に入れないだぁ!?」 頓狂な声を上げたのは三雲だった。 花家は従業員一同大騒ぎとなっており、走り回っている仲居の娘を捕まえて事情を聞こうとしたのだが‥‥。 「温泉に入れないというかその、入れない理由が問題というか、あの‥‥」 「何だよ、歯切れ悪ぃな」 「落ち着いてください。従業員である貴女が慌てていては、お客様にも動揺が伝わってしまいますよ」 出すぎた真似とは思いつつも、つい口にした二帆の言葉に彼女は気を取り直した。その機会を見はからったように四葉が言う。 「何があったの? この人達は開拓者だから、大抵の事は力になれると思うよ」 「あらまぁ、開拓者の方々なのですね」 不意に背後から聞こえたおっとり声に振り向くと、ぽっちゃりとした小柄な中年女性が歩み寄る。着物の格からして女将なのだろう。 「どうかお力をお貸しくだしませ。実は大層困っておりまして‥‥」 にこにこと笑顔を浮かべた女将の様子からは全くそんなそぶりは伺えない。が、彼女の口からささやかれた情報は予断を許さないものだった。 「露天風呂に、アヤカシが出たのでございます」 幸い昼前で風呂は清掃中の時間。宿泊客にも事態は知れていない。騒ぎが大きくなってしまう前に、内々に片づけて欲しいという事だ。 アヤカシはさほど大きくはなく、また今の所は周辺の野鳥などを漁って露天を離れる様子はないという。 三雲を含む開拓者達は従業員通用口から裏手へ回り込んで、建物の陰から様子を伺う。川を見下ろし、その向こうに山肌が見える景観の良い露天風呂だ。その湯煙の奥に浮遊するそれらしき影は、両拳を合わせた程度の大きさのものが一、二‥‥三体。 「あんな小せぇアヤカシ、俺の長槍でぶっ飛ばしてやるぜ!」 言うが早いか、皆が止める間もなく三雲が駆け出す。濡れるのも構わず湯の中に踏み入り、その異変に気づいた。 「な、何だこの臭い!?」 風向きが変わり、皆の元にも届いたそれは硫黄臭。湯は、溶け混んだ硫黄成分でどろどろになっていた。 突如、三雲の周辺に浮かび上がったのは硫黄岩だ。さらに湯煙の向こうから飛来した三体も同様の姿をしている。 「こいつらがアヤカシ‥‥なのか?」 即座に薙ぎ払った長槍を、アヤカシ達は潜ってかわす。 「だ熱っちゃぁっ!?」 三雲はたまらず声を上げた。硫黄泉と化した温泉内から熱い水鉄砲‥‥いや、硫黄泉砲が発射されたのだ。 「んなろっ!」 槍を水面に突き立てる。が、濃い硫黄のために見通しが利かない水中を自在に動き回る相手に、めくら撃ちで突いても当たるはずもない。 とにかく、このアヤカシを倒さなければ自分達ものんびりできない。開拓者達は武器を手に三雲に加勢した。 |
■参加者一覧
神町・桜(ia0020)
10歳・女・巫
川那辺 由愛(ia0068)
24歳・女・陰
深山 千草(ia0889)
28歳・女・志
ロウザ(ia1065)
16歳・女・サ
斎 朧(ia3446)
18歳・女・巫
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
宗久(ia8011)
32歳・男・弓
朱麓(ia8390)
23歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ● 硫黄アヤカシと三雲の攻防を前に、宗久(ia8011)と斎 朧(ia3446)は子犬や子供同士のじゃれ合いを見守るようなのどかさだ。 「ふふ、楽しみだなあ。温泉っていつぶりだろう。‥‥と、その前にアヤカシ退治だっけ」 「骨休めの前に一働きとなりましたが、少しは疲れていたほうが温泉もより気持ちがいいというものですよ、恐らく」 一方神町・桜(ia0020)と叢雲・暁(ia5363)は憤慨しきり。 「覗き魔の次はアヤカシか。ええい、わしをそんなに温泉に入れたくないというのか!」 「温泉堪能の筈だったのに! 陰殻の血生臭い抗争から離れてゆっくりする筈だったのに!」 二人は視線を合わせ頷き合うと、決意を秘めた拳をがっとかち合わせた。 「そんなアヤカシはさっさと倒すのじゃ!」 「おー! 邪魔者排除して何がなんでもゆっくりしてやる!」 もつれ競うように駆けていく二人が転んだりしないかと心配しつつ、深山 千草(ia0889)が言う。 「まあ、困ったこと。開拓者が歩けば、アヤカシに当たる、かしらね。お宿の皆さんの為にも、頑張りましょう」 「もちろん。人様に迷惑を掛けるアヤカシ共は放っちゃおけないね」 朱麓(ia8390)も困っている者を捨ておけぬ姉御肌だ。 アヤカシに占拠されたという露天は、湯煙に霞んでいるが眼下に清流を望み、さらに奥には青い峰が連なって見える。 「露天風呂で風景を楽しみながらお酒を嗜む‥‥良いわね、最高だわ! どれどれ、気合を入れて行くわよ!」 川那辺 由愛(ia0068)は予想以上の絶景に俄然やる気を出す。 「手早く片付けて、皆で温泉を満喫しないとねぇ」 にしても立ち込める硫黄臭は、戦って過熱しているせいかより酷くなっているようだ。 「くんくん‥‥ろうざ はな へんなた!」 ケモノに育てられた経歴を持つロウザ(ia1065)にとって、嗅覚は特に大切な感覚のひとつだ。 しきりに鼻をこするロウザに朱麓が濡れ手ぬぐいを差し出す。 「こいつをつけな。多少は防げる」 「硫黄の煙は毒にもなるから、あまり吸わない方がいいわ」 千草が言い終わらないうちに、激しい水音に次いで煙の中から三雲が転がり出てくる。 「熱ぃ〜! あいつら自体めちゃくちゃ熱くなるから、湯温がどんどん上がりやがるし‥‥なんか気持ち悪ぃ」 「湯の中には入らず、ガスは吸い込まない方がいいみたいですね」 無策に突っ込んだ結果を眺めつつ朧が納得した。 ● 硫黄岩達は岩風呂周辺から出てくる気は無いようだ。 「よほどこの露天風呂が気に入ったのでしょうか」 緊張感の無い言葉を発しつつ、朧は手鎖「契」を眼前に掲げ精神を集中させる。 「清浄なる精霊の力よ、澱み凝る瘴気の在処を知らしめたまえ‥‥」 発動した瘴索結界に反応したアヤカシは六体。二体は湯上の宙に浮き、四体は湯の中だ。 「幾ら潜んでも、あたしの『目』も誤魔化せないわよ」 由愛が放った呪殺符は光と共に蛙へと姿を変え湯の中へ跳び込んだ。 「‥‥って、硫黄で濁ってぜんぜん見えないじゃないの! こうなったら実力行使よ!」 「はやく あやかし やつける! がう!」 由愛の声に応じてロウザがショートスピアを握った右手で天を突く。 「みくも! ほうこう つかうぞ! ちぐさ! えんご おねがい!」 「お? おうよ!」 二人は洗い場へと駆け出し、左右に別れついた岩風呂の縁。湯気の切れ間に視線が交錯したと同時に咆哮を轟かせる。 拳大の硫黄岩が飛び出したと思しき水音が湯煙の向こうに聞こえる中、千草は二人を援護できる位置へ駆けた。 水面に浮かぶアヤカシは硫黄泉砲を発射する。ロウザは手盾で受け止め、三雲に放たれたそれは早駆で割って入った暁が掲げた戸板が受けた。 「ではやつらを掬うのは任せるのじゃ。わしらは出てきたところを叩くとするの」 薙刀を構え桜が言うと、朱麓も硫黄泉砲を受け止めた戸板を湯に勢い良く差し込んだ。 「任せときな!」 朱麓の戸板から逃れようと奥へ向かう硫黄岩に朧が放つ浄炎を放つ。 「引きずり出しさえすれば、後は如何ようにも戦えますからね。──浄化の炎は精霊の清め。今ここに顕さん」 戸板もろとも呑み込む炎は、しかし硫黄岩のみを灼く。怯んだ隙に、それは戸板に掬い上げられた。 「よいしょっとー♪」 暁も戸板を使って掬った泥鰌、もとい硫黄岩を洗い場へと放り投げた。 放られた勢いに受身、が取れるかどうかは不明だが、弾む二体を待ち受けるのは桜と由愛。 「ふ、ふふふふ‥‥。わしの温泉への入浴を邪魔した報いを受けるのじゃ! 歪みよ、彼奴を呑み込め!!」 「怨念よ、我が力と成れ。魂を貪り、瘴気を喰らう化生よ来たれ!!」 桜の巫術による歪みに続く薙刀での攻撃が硫黄岩を捉える横で、由愛の大蚯蚓の式が立て続けに生まれ、競うように鋭く並んだ無数の牙を剥く。 硫黄岩の発する熱でもうもうと立ち昇る湯気に千草は心の眼で気配を探るが、アヤカシと人の判別のつかない心眼では心許ない。 そんな時、朧の声が指示を飛ばす。 「三雲さん、ロウザさんお二人の後ろにニ体回り込んでます」 「がるぅぅぅ!」 ロウザは唸り声をあげて回転する。弧を描く矛先が取り巻く硫黄岩を蹴散らす。 「ちっ!」 振り向いた三雲に迫る高熱の体当たりを、千草がガードで防ぎ珠刀「阿見」を斜に斬り上げた。 「背中は私がお守りするわ。ロウザちゃんと三雲くんはそちらを」 「にしても、これじゃあ視界が悪すぎるね」 忌々しそうに朱麓が呟く。急接近してきた硫黄岩の体当たりを、辛うじて察知し薙刀の柄で受け流す。 風上を求めて移動を繰り返しダーツでの牽制攻撃を行なう由愛も、硫黄ガスに煽られ咳込む。 「風が巻いてる上にこの濃いガス、邪魔でしょうがないわ!」 理穴弓を手に全体の動向を伺っていた宗久も、二人の言に同意する。 「そうだねぇ、下手に射って設備を壊しちゃって起こられるのはイヤだし‥‥ちょっと試してみようか」 言って宗久は引き絞る弓に番えた矢に力を集中させる。 「皆、ちょっと左右に散ってくれる? 当たっちゃったらごめんねー」 指示からさほど間を置かずに矢が放たれた。 「おっと」 「はいよ!」 半身を開き道を開ける桜と、ひらりと横に跳んだ暁の間を衝撃が抜ける。 斜め上空に向けて放たれた矢は川の方へと吸い込まれていく。岩の上をかすめていった衝撃波に、湯煙と硫黄ガスが吹き飛んだ。 「やるねぇ、宗久の旦那。人様に迷惑をかけるような悪い奴らは‥‥」 朱麓は笑みと賛辞を送り、大きく踏み込むと同時に薙刀を鋭く硫黄岩へ突き入れる。 「──とっとと消えちまいなっ!」 「あんまり持たないと思うから、やるなら今のうちだよ‥‥っと」 宗久が即射でつぎ込んだ矢が、朱麓に続いて硫黄岩の一体を瘴気へと変えた。 分が悪いと見たか、咆哮の効果から解放された硫黄岩は湯の中へと戻ろうとする。 「温泉の力を借り! 今必殺の温泉水遁の術!!」 暁が放った水柱によろめく硫黄岩は、それでも暁めがけて硫黄泉砲を放つ。暁はそれを鍋の蓋で受け止めつつ、湯船と硫黄岩の間に割って入る。 「絶対温泉には入らせないよ! 上段の叩きつけからの──」 振り下ろした兜割を返す刀で横に薙いだが手応えはなく、鉤は瘴気の間をすり抜けた。 「なあんだ、頚刎ねに繋げる所だったのに──って首が無いか!」 一人連携ならぬ一人ボケツッコミが見事に決まる。 長槍の強打で一体を倒した三雲は、横から滑空してくる硫黄岩に向けて槍を切り返した。 「だっ!?」 刹那、溜まった硫黄の湯の花に足を滑らせる。辛うじて柄を顔の前にかざして直撃を避けた。熱気に眼を細めながら言う。 「千草、そっち行った!」 長槍で跳ね返った勢いのまま千草に襲い来る硫黄岩の泉砲。かざしたガードに当たり砕けた飛沫の中、炎纏う刃が硫黄岩を砕く。 「大分数も減ってきたの」 桜に一閃を食らい飛翔する勢いの弱まった個体へ、遠巻きから朱麓の厳流がとどめを刺す。 「人は“打ち”、アヤカシは“討つ”。それがあたしの戦い方さね」 「きゃー、かっこいいー。朱麓くぅん、がんばってー」 壁際から声援を送るのは宗久だ。大勢決したと観戦に切り替えたらしい。 前髪に隠れた双眸を爛々と輝かせ頬を愉悦に染めた由愛は、残された一体に向けてばら撒くように符を放つ。 気力を注いで放たれる大蚯蚓は先刻よりも格段に大きい。次々と空を滑る大蚯蚓の群が拳大の硫黄岩に我先にと喰いつく。 「あははははは! 穢れは、綺麗に片付けないとね!!」 「おっかねぇ‥‥」 朧の神風恩寵を受けながら、思わずぽつりと漏らす三雲だった。 ● その後、少しでも早く温泉へ入るためにと戦地跡の清掃に取り掛かる。 「ほへー。さっきはゆっくり見れなかったけど、女湯ってこうなってんだ。へぇ、乙女達の楽☆園、だね」 普段立ち入ることのできない女湯露天の造りをしげしげと観察する宗久を、ブラシ片手に桜が急かす。 「早く温泉に入りたいしの。いつまでも見ておらんで、ささっと掃除するのじゃ」 「すみません、お手伝いいただいて‥‥」 「その分おもてなしに期待させていただきますね」 詫びる従業員達に朧が笑顔を返し、これも休息前のひと仕事と方々に散った桶を拾い集める。 千草と三雲で、硫黄岩によって崩されたり傾いたりした岩を片付け。残る全員で洗い場や湯船の清掃にかかる。 温泉は掛け流しの為、硫黄が流れ切れば湯は綺麗になるという話だが、硫黄成分が固まった湯の花が排水先を塞いでいる。 「うわー、詰まっちゃってるよ。まずはここを掃除しないとね」 暁はそこを中心に、湯の流れる経路の硫黄を除去していく。 こびりついて取れにくい硫黄の除去にロウザが歌いながら加勢する。 「ごっしごし〜♪ ごっしごし〜♪」 湯の花はできる限り桶に集める。二帆が女将に持ちかけ、龍風屋と花屋の連名で商品化する事にしたらしい。 その二帆は四葉や千草が止めたのだが、皆と共に掃除を手伝っている。 「よぉし、終わったわ!」 それまで黙々と清掃に専念していた由愛が晴れ晴れと言い、ロウザも嬉しそうに元の姿を取り戻した露天を眺める。 「ぴかぴか きれい! きもちいい!」 「あらあら、皆さんお疲れ様でございます」 穏やかな笑顔で現れた女将は皆に朗報をもたらす。 「お泊まりのお客様にはこの時間ご遠慮いただきまして、皆様だけの貸切とさせていただきます。当店の湯をごゆっくりお楽しみくださいませ」 「ありがたいねぇ。じゃ、遠慮無くそうさせてもらおうかね」 「さて、男共は出て行くのじゃ。あ、覗いた場合には男として生きていけぬと思え」 「そうですね、私の浄炎でしたら施設も燃えませんし」 桜が指を突きつけ、朧も笑顔ではあるが発言の内容が怖い。 「大丈夫、俺は覗かないよ。他の子はしらないけど」 にやにやと笑う宗久の視線を受けて、三雲は反射的に言い返す。 「だっ!? 誰が覗くかよ!」 「お主、聞き捨てならんぞ」 「それは覗く価値もないと。そう言う事?」 桜と由愛に迫られ、三雲はいち早く女湯を逃げ出した。 ● 「ろうざ いちばん! とー!」 待ちきれないといった様子で素早く身体を洗い終えたロウザが飛び込み、犬掻きで盛大に飛沫を上げて泳ぎ回る。 「わはははははは!」 「ちょっとちょっと、これじゃ入れないよー」 桶で飛沫を防ぐ暁の声に、ロウザはぴたりと動きを止めた。顔には相変わらず嬉しさがはじけている。 「わはは! ごめん だぞ!」 暁は綺麗になった無色透明の湯の中で両手を天に身体を伸ばす。 「ん〜〜ある意味一番風呂なだけに良いね〜♪ あ、こんなところに雪兎」 「わは♪ こっち ゆきだるま!」 それは掃除の合間、岩陰の雪で千草が作って置いたものだった。 同じ頃、男湯でも湯船で泳ぐ者がいた。 「わー、ひろーい!」 最年少の四葉がその飛沫を受けないよう逃げ回る。 「宗久さん、お湯飛んでくるよー!」 泳ぎ回っているのは最年長の宗久である。 「おっさん、いい年してガキみてぇな真似すんなって!」 同じく飛沫の被害を受けながら三雲が言うが、宗久は全く気にした様子もない。 「貸切なんて滅多にないんだから。楽しまないと損でしょー?」 「そう言えば、三雲もよく銭湯で泳いで怒られてたなぁ」 洗い場でしみじみと言う二帆を赤面した三雲が振り返る。 「そこっ、余計な事思い出さんで──」 「隙有り! いけぃ、強射朔月!」 「ぶっ!?」 宗久が手で発射した水鉄砲が三雲の顔に命中すると、四葉も眼を輝かせ、 「よーし、四葉も! 水遁の術!」 手桶で掬った勢いのまま下から湯を掛けられた三雲は、両足を掴んだ宗久に足を掬われ湯の中に転倒する。 「ちょ‥‥がほごぼ‥‥」 「‥‥わー、みっくんすごい肺活量!」 「いや、それは宗久さんが押さえているから出て来れないだけなのでは‥‥」 「ははは、困ったり、助けを求める顔ってすっごい好き」 人前で肌を晒すのが苦手で、たまたま男湯に近い隅の方で露天を楽しんでいた千草がほっこりと微笑む。 「ご家族団欒されているようで良かったわ」 ‥‥いや、一人溺れ掛かってます。 湯の流れる音に、遠くからは川のせせらぎ。よく晴れた青空は西の空から茜に染まり、遠くに霞む山々も仄かに夕日色に染まっている。川から吹く冬の風が湯に火照った肌に心地良い。 「ふー、今回は覗き魔もおらず温泉満喫じゃ」 温泉の中、岩に背を預け胸を反らす桜の胸を、猪口を傾けながら由愛が鼻で笑う。 「ふっ、相変わらず成長しないわね」 「ええい! その程度の胸、大して変わらぬわ! わしより年増の癖に威張るでないわ」 「年増ですってぇ! 桜こそ、小娘の分際で何を言うの!」 二人が言い合う横で、千草が朧に声を掛ける。 「朧さん、お背中流しますよ」 「すみません。では、終わりましたら私が代わりますね」 湯から上がる二人の胸は隠していても、いや隠しきれない程の豊かさである。 「大勢さんでこうやってのんびりするのも、なかなか乙なもんだねぇ」 暮れ行く景色を楽しみながら湯を堪能する朱麓も、同じく景色を眺めていたはずがいつの間にかうたた寝しているロウザも。 悉くがないすばでぃ。桜と由愛以外は。 「‥‥どんぐりの背比べじゃの、これは‥‥」 「‥‥不公平よねぇ」 仲良くうなだれる二人の前に、ないすばでぃ組の暁がやってくる。 「なんかねー、揉めば大きくなるって聞いたよ! 僕、男性篭絡用の技法教わったきり練習してないんだよねー。練習台になってよ。胸も大きくなるし、一石二鳥!」 暁は返答を待たずに背後から由愛に組み付いた。 「え‥‥ちょっ、やっ──そこ胸じゃな‥‥あっ」 「ほ、本当にそれで大きくなるのか‥‥?」 桜は施術を受けるか否か本気で悩んでいた。 かくして到着早々ひと悶着あったものの、貸切温泉に絶品料理と、温泉を充分楽しんだのだった。 因みに、暁の施術に効果があったかどうかは、本人のみぞ知る。 |