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■オープニング本文 ジルベリア帝国国営第38鉱山。 長い長い冬が終わり、雪解け水が川となって流れる音が耳にも心地よくなった頃。 異変は、突然としてやってきた。 「男爵っ‥‥男爵!」 大の男があげる悲鳴に、責任者ウラガーン・ストロフ男爵の恐ろしい顔が更に険しくなる。 「どうした、何があった」 息を切らせ血を浴び左腕を失くして震える鉱夫の肩をがっしと掴み、ウラガーンは野太い声でゆっくりと言葉をかける。かけながら、自分の袖裾を引き裂いて今だ血を迸らせる鉱夫の肩をギリと締めた。鉱夫はそんなことにはまるで気がいっていない様子で、がくがくと震え今にも崩れ落ちそうな足を支える腕の主を見上げた。 「み、水を‥‥雪解けの、川の‥‥川の水を、飲んだ奴らが」 鉱夫は思わずその場に吐瀉した。目の前に現れたあの光景が、焼き付いて離れない。 嗚咽の止まらない鉱夫の肩をしっかりと掴んだまま、ウラガーンは言葉を待った。それに勇気づけられるように、その太い腕に片腕でしがみつき、涙と鼻水とで顔をぐしゃぐしゃにして、鉱夫は声を絞り出す。 「しっ‥‥死に、ました」 それはまるで、体の内側から破裂するかのようであったという。 冷たいせせらぎに汗を流し、喉を潤そうと口に含んだ。 その、刹那。 つい先ほどまで共に笑い合っていた同僚は、真っ赤になって砕け散った。 人らしい姿を一片も残さずに。 そして、その赤が左腕にこびり付いた時、ひどく熱い衝撃を受けた。 鉱夫は嗚咽を漏らしながら、続ける。 「俺、な‥‥何が起こったか、わから‥‥くてっ‥‥あ、あいつら‥‥あいつら、あんなになって‥‥!」 ウラガーンは縋り付く腕をしっかりと抱き留めて、考える。 ただの汚染ではない。ここは炭鉱だ。炭には水を浄化する作用こそあれ、人に害をなすことなど、まず無いと言っていいはずである。 だが鉱夫の次の声で、ウラガーンは息を呑んだ。 「ああ、あいつら‥‥っあいつら、川に引きずり込まれてった‥‥!」 ぐっと鉱夫の肩を掴むと、鉱夫は厳めしい顔をした男爵の顔を見上げる。 「話は分かった。よく、‥‥よく生きて伝えに来てくれた」 言葉に、鉱夫は崩れ落ちた。声を上げて泣いた。 その死に様に怯え、逃げ出してきた自分が恥ずかしく、けれど男爵は生きていて良かったと言う。仲間にすまないと思う。逃げ出して申し訳なく思う。無力な自分が悔しくてたまらなかった。 男爵は立ち上がった。 「川近くの連中をすぐ避難させろ、誰も近づくんじゃねぇ。坑道にいる連中にも鐘を鳴らして報せろ。それから、風信機の準備を急げ!」 太い声が轟き、鉱夫たちは一斉に走り出す。 崩れ落ちた鉱夫に、ウラガーンはもう一度その肩を叩いた。 「必ず、仇を取ってやろう。見た事を詳しく話せるか」 男爵の声に、鉱夫は唇を噛み締めて頷いた。 破裂した同僚から思わず視線を反らした時、川の水が不意に流れに逆らって盛り上がるのを見た。 それは「なに」とも言い難いモノ。てらてらとぬめるモノが、川の流れから這いずりだしたと思った。そしてそれは同僚の体であった部分からも、その鮮血を纏って蠢き這いだし、同僚に覆い被さるようにして攫っていった。 同僚の赤が、ねじれ、ひしゃげ、沈んでいくのを目端に捕らえた。 |
■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
からす(ia6525)
13歳・女・弓
海神 雪音(ib1498)
23歳・女・弓
ベルナデット東條(ib5223)
16歳・女・志
黒木 桜(ib6086)
15歳・女・巫
羽紫 稚空(ib6914)
18歳・男・志 |
■リプレイ本文 風信機を通じてギルドへ依頼が出されてからしばらく。第38鉱山に、八人の開拓者たちが到着した。 「‥‥天気も嫌な感じですが、「気」も嫌な感じが‥‥良くない空気を感じます‥‥」 黒木 桜(ib6086)はおっとりとした顔を今は厳しく歪め、重く垂れ籠める空を睨んだ。 「大丈夫だ」 そんな桜を気遣って、羽柴 稚空(ib6914)が高いテンションで笑いかける。 「どんなことがあっても、この俺が必ずお前を守ってみせるからな!」 それに「ありがとう」と小さく笑って、桜は扇子「舞」にそっと手を触れた。 一行が鉱山村へと入っていくと、責任者ウラガーン・ストロフ男爵が太い腕を組んで開拓者たちを待っていた。 「入ってくれ。詳しい話をしよう」 「その前に」 口を挟んだのは、ベルナデット東條(ib5223)。ウラガーンが続きを促すように視線を向ける。 「あの鉱夫は、別の場所にいるだろうか」 「‥‥ああ」 それが、と言うウラガーンに、ベルナデットは息を吐いて首を振る。 「別の場所にいるなら、いいんだ。‥‥何度も辛い話をさせるのは酷だから」 それに少し眼を細めて、ウラガーンは中に入るよう促す。 中に入ると、精密な鉱山の地図がテーブル一杯に広がっていた。 「現場は、鉱山村の村側に流れる支流だ。村側と言っても、村の中にまで入っているわけじゃあない。もう少し上の山の方で二本の支流に分かれてて、坑道の外側を流れてるのと、村の外側を回っている。それで便宜上、村側、山側と呼んでいるだけだ。村側の川は坑道の入り口付近から蛇行して村の外側へ流れている。現場は、その蛇行した部分だな。最も人の出入りが多い場所ってわけだ」 ウラガーンの太い指が地図上をなぞり、こつこつと叩く。 「坑道内に現在、人はいない。坑道付近に民家はないから、今あの辺りは無人ということになる」 「承知しました。ところで、明確な場所はわかりますか?」 海神 雪音(ib1498)が言うと、ウラガーンは少し顔を歪めた。 「行けばわかる。‥‥まだ血が滲んでるだろうよ」 それに開拓者たちは息を呑み、また顔を引き締めた。 「‥‥了解です。ところで、囮に獣肉を使用したいのですが」 「ギルドから連絡は受けてる。丁度腕の良い猟師が降りて来ててな、仕留めたばかりの新鮮なヤツを仕入れられた。こっちは血だ。存分に使ってくれ」 肉が入った麻袋とを受け取り、開拓者たちは現場へと向かう。 「厄介な相手です」 呟いたのは、鈴木 透子(ia5664)。 透明な姿で水の中に潜み、人体に入り込むほど不定形。しかも、痛みを感じない可能性もあるとなれば、見つけるだけでもかなり骨だ。 「飲んで違和感が無かったという事は、水にとても近いのかもしれないしね」 小さな身体に不釣り合いな妙に落ち着き払った声で、からす(ia6525)が同意する。 でも、と拳を握ったのは、美少女と紛うかという少年、 天河 ふしぎ(ia1037)。 「もう犠牲も出てるし、このままだと毒の被害でもっと大変な事になるに違いないもん。正義の空賊としては、こんな事件放っておけないんだからなっ!」 「おい」 声に顔を上げれば、風雅 哲心(ia0135)が前方を指す。 「現場だ」 開拓者たちは顔を上げる。 目を惹くのは地に染み付いた、鮮やかなばかりの赤。 何事もなかったかのように流れ続ける、冷たい雪解けの川。 風もなくたださらさらと流れるせせらぎが、空気よりも冷たく感じた。 「東條、稚空。頼むぞ」 沈黙が降りた中、哲心の声が開拓者たちの耳に響く。二人は小さく頷き、意識を集中させた。 ふしぎは気を引き締め直し、改めて現場を観察する。土壌になんらかの変形や変色がないかと目を凝らすが、染み付いた赤以外に目を惹くものはなかった。 「いくつか‥‥生命体はあるんじゃねぇかと思うけど」 言葉を濁す稚空にしっかりと頷いて、ベルナデットが続けた。 「いや、確かにある。魚の可能性もあるが、‥‥雪音殿、からす殿、宜しく頼む」 それに頷き返して、雪音は「天」を、からすは「流逆」を構え、その弦をかき鳴らす。 微かな音の波紋が広がり、そして旋律はアヤカシの存在を察知するのだ。 「『流逆』、君の憎む敵は何処に居る?」 川からの反響。その中に二人は確かにアヤカシを見つけた! 「‥‥さてと。場所はわかりました、罠を設置しましょう」 「あ、手伝うよ!」 位置を正確に知る雪音とからす、それの指示に従ってふしぎ達は川から陸へ向かうように撒いていく。可能ならば川から引きずり出して戦いたい。それは誰もが思うことであった。 そして、地を染める赤を見て思う。 ──仇は討つ、と。 しかし、アヤカシは動く気配がない。どうやら心眼、鏡弦と相手を刺激しすぎたようだ。川から出てくる様子はまるでなかった。雪音がダメ押しに、浮いてこないよう重しを付けて川へ放り込んだ肉だけが、ひしゃげて水底に沈むのを見る。 「ううん‥‥イマイチ食いつきが悪いね。僕が囮になって誘き寄せるよ」 「危険だとは思うのだけれど‥‥お願いします」 雪音の言葉は淡々としてはいるが、気遣う気持ちにふしぎは「任せて」と笑った。 ふしぎは足に意識を集中させる。効果時間は短いが、地上と同じように水の上で活動できる「水蜘蛛」だ。瞬間、首に巻いた赤いマフラーを靡かせて、一気に水面を駆け抜ける。 来い。 転倒はできない。勝負は一瞬。 ご、ぼ。 ふいに足下が揺らぐのを、ふしぎの目は見逃さない。 「簡単に捕まったりしないんだからなっ!」 ふしぎは一気に練力を練り上げ、その忍術を発動させる。「夜」、それは僅かな時間、周囲の時を停止させる! 川面を思い切り蹴り飛ばして飛び退き、転がるように川岸へと着地する。他の誰も、ふしぎが瞬間移動したかのように見えたことだろう。 間髪入れずに透子が符に練力を込め、放つ! どす黒い霧が水面に向かって奔る。盛り上がった川面はまるで魚が跳ねたかのような飛沫を上げて、しかし透子の式はそれを逃がさない! 一歩遅れてからすが弓に矢をつがえ、その蠢く暗闇に向けて引き絞る。 「水中だろうと痛みがなかろうと、『彼女』には関係ない」 からすの手を離れた矢はまるで吸い込まれるかのように川面へ突き刺さる! 静かにただ流れ続けていた川面にてらてらとぬめるそれを、全員が確かに見た。 「相手がスライムだとしても‥‥矢が通じない訳じゃない」 雪音もまた「天」を構え、 「ダメージは与えられる‥‥なら、手数を増やすまで」 放つ! 手応えは、若干浅い。しかし、二本目の矢は確かに水面に突き立った。 「無念にも散った者のためにも‥‥、ここで討つ!」 「血の刃に込められた思いよ、赤き炎となりて、焼き尽くせっ」 ベルナデットの猛り、ふしぎの咆哮、発動! 「‥‥っ!?」 焦りがあっただろうか、殲刀「秋水清光」妖刀「血刀」は沈黙する。 「ちょっと出遅れたかな。皆、ちっと寒くなるが耐えてくれよ」 哲心の声が、耳に響く。 「迅竜の息吹よ、凍てつく風となりすべてを凍らせよ── ブリザーストーム!」 オレイカレコスから吹雪が迸り、視界が真っ白になる。せせらぎはまるで時を戻したかのようにその動きを止め、アヤカシはその姿を川面に現す! 叫ぶように身体を震わせるそれに、稚空が殺気を持ってその前に出る。それを待っていた桜が扇子を広げ、舞い踊る。打ち震える川面がアヤカシを捻った。 「さすが桜! 俺の合図もしっかり見極めて、息もぴったり♪」 「稚空、よそ見しないの!」 嬉しそうに振り返る稚空に、思わず敬語も忘れて、桜は叫ぶ。この少し浮かれやすい友人に、桜の肝は冷えっぱなしである。 そんな二人の様子を余所に、苛立つように悶え震えるゼリー状のそれ。すかさず哲心が距離を詰めた。 「分裂でもする気か? それとも、接近すれば有利になるとでも思ってるのか?」 振りかぶったのは、「鬼神丸」。 「残念だな、俺はもともと接近戦の方が得意なんだよ!」 美しい波紋が銀の軌跡を描いて振り下ろされる! その背後、金の刀紋が漆黒の刀身に煌めき、血に飢えた妖刀が新たな命を求め牙を剥く! 「正邪の力で悪を断つ‥‥神魔雷血斬クロスエンド!」 凍った川面に墓標が突き断つ。 あるかなしかの風に吹かれて、雪解けの川はゆるやかに静寂を取り戻した。 「水場なので、深刻だと思うんです」 アヤカシが出現した川付近の水場を、すべて回ろうと提案したのは透子だった。 また同じような事が起きてはならない。 皆それに同意し、井戸から炊事場まで回ってからウラガーンの待つ会議室を訪れた。 「もう心配はない」 開拓者たちの報告に、ウラガーンたちはほっと顔を和ませた。討伐の後、水場を回っていたことは既に噂され、報告されていたようだ。 「ご苦労だった。怪我はないか?」 「お陰様で。‥‥あの、彼は‥‥あの鉱夫は、今話せるかな」 ベルナデットにウラガーンは得心したように頷いて、促す。部屋に入ると、虚ろな目で天井を見上げる鉱夫が身を起こした。慌ててそれを抑えて、座る足下に膝を付いた。 「討伐は、成功したよ」 ぼんやりとその声を聞いていた鉱夫の目が、ふいに大きく見開かれる。 「これを」 透子が差し出したそれは、現場に落ちていたもの。討伐後、念のため探索した際に見つけたものだった。 「奥さんに渡した方が良いかとも思ったのですけれど‥‥どうか、あなたの手から渡してあげてください」 それは守り袋だった。鉱夫全員が持っている。中には、無くしたら嫌だからと銀のリングが入っていた。 残った右手でそれを受け取り、鉱夫は手を握りしめる。嗚咽が止まらなかった。 その手に、ベルナデットは自身の手を重ねる。 「‥‥本当に辛い思いをしたんだね。でも、貴方が勇気を出して報告をしてくれたから、アヤカシを退治できたんだ」 顔は上がらない。 「己を責めず、どうか亡くなった人たちの分まで、生きて」 難しいことかもしれない。彼は、きっと一生忘れられずにいるこになるかも。 それでも、言わずにはおれなかった。 嗚咽が続く中で、小さく、本当に小さく、嗚咽に交じってそれは届いた。 ──ありがとう── その後、ささやかな茶会が開かれた。からす持参の紅茶とクッキーは、確かに心を和ませたし、また緊張し続けていた村に小さな安堵がもたらされた。 最後にはこの事件で命を落とした者たちに対して黙祷が捧げられ。 開拓者たちの任務は、ここに終結した。 |