山とキノコと月光と
マスター名:木原雨月
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/03/12 04:37



■オープニング本文

 ジルベリアの冬は長く、昼は短い。
 雪が降るとなれば、昼を感じる事もなく夜がやってくる。
 タルゴヴィッツの村もまた、短い昼が通り過ぎ、長く寒い夜がやって来ようとしていた。
 村長はペチカに薪をくべていた。煙が壁の中を通るように工夫されているので、建物全体が温かくなるというジルベリア特有の暖房である。それでも火を絶やすことはできないので、長い鉄の棒で掻き回してやる。
 そんな時である。何の気もなしにふと窓の外を見やれば、ちょうど山じいが斜面を降りてくる所だった。
 村長は窓際に立ち、手を振る。すぐに山じいも気づき、裏口へと回った。
「今日は冷えるね。ああ、トロヴァの村から解熱剤をもらってきたよ」
「助かる。‥‥ところで、そろそろ時期だと思うんだが」
 村長が言うと、山じいは「うん」とひとつ置いて、鼻まで隠した帽子を掻いた。
「良い塩梅だとは思うんだが、今年はトロヴァから若い衆が鉱山へ行ったろう。この前はアヤカシが出たし、わたしが行くことになってな」
 村長は目を見開いた。
「まさか一人でか? 無茶だ」
「暇だし、構わないと返事をしてきた」
「待ってくれ。いくら山じいとは言え、人が良すぎるぞ。アレは運もあるし、何より夜だ。危険過ぎる」
「世話になっているのだ、それくらい構わないよ。急がないと言っていたしなぁ」
 腰に下げていたヴォトカにのんびりと口を付ける山じいに、村長は眉間を押さえた。
 やがてガリガリと頭を掻き毟り、決意した表情で顔を上げた。
「開拓者を募ろう」
 それには山じいが息を呑んだ。
「待て、村長。アレはこの山の財産だ。外に漏らしてはならぬものだろう」
「口の硬い開拓者を募る。口外した者には罰則も与えよう。山じい一人で行かせるわけにはいかない」
「ケモノぐらいしかおらんよ。それを避ける術をわたしは知っているし、身に付けている」
「それだって襲われるかもしれない。場所だって危険だ。大体、アレは本来トロヴァの仕事、それを山じいに頼んだ時点で、これくらいのことは考えているさ」
 開いた口がふさがらないとはこのことか、と山じいはしばし呆然とした。まさか村長がここまで強硬に出るとは思わなかったのだ。これなら、こっそりと行った方が良かったのではないか、とまで考えたが、恩人である村長にはいずれ伝わり、その時には雷が落ちただろう。
 憤然と立ち塞がる村長に、山じいは小さく息を吐いた。
「‥‥それで、いいんだな」
「構わない。ただ、口外してもらっては困るのも確かだ。依頼は山じいからということにさせてもらう」
 村長は大きく頷いた。
 山じいは今度は何も言わず、大きく息を吐いた。

 後日、開拓者ギルドにひとつの依頼が提出された。

●開拓者ギルド掲示板
 条件
 極秘任務に付き、口が硬く堅実な者

 罰則
 条規に反し口外せし者及びその疑いを持たせるような発言をした者には、
 罰則として10万文の支払いを命ずる

 拘束期間
 2日

 場所
 月夜の雪山

 内容
 キノコ狩り、及び依頼人の護衛
 詳細は然る後、依頼人より告げるものとする
 以上──

●依頼人より
 よう集まってくれたの。
 まあそう硬くならんと。選ばれたということは信頼に足るということだ、よろしく頼むよ。

 まず、探すキノコについてから話そう。
 キノコと言えば秋だが、今回のキノコはちぃとばかり変わっていてな。
 冬の寒い日、白い幹の上方に生え、時期が来ると月光で光るキノコ‥‥ここらでは「チョゴ」と呼ぶ。
 美味しいか?
 さて、どうかの。わたしは食べたことがない。これは煎じるものでな。
 形状は言い方が難しいのだが、木の幹にできた瘤のようなものだ。
 いわゆるキノコ、傘があって柄があって、というものではないから注意が必要だ。
 大きさで言えば、猿の腰掛くらい‥‥猿の腰掛がわからない?
 ふむ、小さいものは両手に乗るぐらい、大きいもので一抱えと思ってくれればいい。
 どれぐらいの価値があるものかは、依頼書から推し量ってもらおうかの。

 次に探し方だが、まず白い木を探す所から始める。
 その後は、歩き回るしかないな。一晩探して無ければ仕方がない。
 キノコが光るのに探すのが難しいのは、積もった雪と月光のせいだな。
 月も雪も幹も、すべて白い。月光で光るキノコだから、キノコが放つ光も当然、白だからの。

 さて、気になるのは気象だな。
 天候はもちろん晴れ。まあ昼間は曇っておろうが、夜になれば晴れる。風もどうやら無さそうだ。
 ただ夜の雪山は寒い。気温はそうだの‥‥
 厚い外套を着込んで帽子を被って毛布にくるまって寝袋に入ってゆたんぽ抱えて、ぐらいかの。
 雪質は柔らかい。道中には靴を斜面に突き刺すようにして登らねばならん箇所があるから注意するように。

 あとは何かあったかのー‥‥
 そうそう、依頼書には「依頼人の護衛」なんぞとあったが、気にせんでええぞ。
 あの辺りに詳しい人物に話を聞いたところ、獰猛な動物の通り道ではないようだ。
 どちらかと言えば、雪山を登るのに対する備えをした方が良い。夜の雪山は過酷だぞ。
 月が明るいから、照明器具はいらんかもしれん。まあ、備えあれば嬉しいというからの。
 それじゃ、行こうか。


■参加者一覧
御剣・蓮(ia0928
24歳・女・巫
ロウザ(ia1065
16歳・女・サ
氷(ia1083
29歳・男・陰
喪越(ia1670
33歳・男・陰
ジルベール・ダリエ(ia9952
27歳・男・志
マテーリャ・オスキュラ(ib0070
16歳・男・魔
伏見 笙善(ib1365
22歳・男・志
ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905
10歳・女・砲


■リプレイ本文

「いや〜、夜の雪山なんて想像しただけでわくわくしますなぁ♪」
 声を上げたのは伏見 笙善(ib1365)。荷物に酒やら酒やら酒やらを詰め込み、嬉々としている。
「光るキノコなんて面白そうだしな。話の種にでも──って、誰かに話しちゃいけねぇのか。面倒臭ぇが、事情は分からんでもないしなぁ」
 喪越(ia1670)が零すと、マテーリャ・オスキュラ(ib0070)は小さく頷く。
「存在そのものが秘密のキノコ、ですからね。‥‥実に興味深いです」
 他言無用との事だから、メモやスケッチも不可であろう。なんとしてもこの目で見てみたい。普段は引っ込み思案なマテーリャであったが、知的好奇心は何ものにも勝る。
「そやね。さて、とにかく準備はしっかりせんとな。色々持ってきてるけど‥‥あ、安心してや。こう見えて口は固い方やで。よぉ喋るけども、それはそれ、これはこれや」
 ひらひらとジルベール(ia9952)が手を振った先で、部屋の中だというに鼻まで隠した帽子を被った山じいがおっとりと頷く。
「そうそう、何より罰金が怖いしね☆ 10万文なんて払えないから、みんな「シーッ」な」
 喪越が唇に人差し指を当てると、ロウザ(ia1065)とルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)も「しーっ!」とマネをして、くすくすと笑う。190cm超のロウザと100cmもないルゥミ、対照的な二人の和やかな雰囲気に眼を細めて、御剣・蓮(ia0928)は山じいに向き直った。
「幾つか確認をしておきたいのですけれど、よろしいですか?」
 頷くのを見て取って、蓮は姿勢を正す。つられるように幾人かが視線を向けた。
「まずは以前採取した木があった場所の見当と、それから同じ木から毎年取れるものですか?」
「あの辺りの林だろうという見当は付いているよ。毎年同じ木から取れる、ということは聞かないの。どんなに歳月を重ねていても光らなければ時期ではなく、どんなに小さくとも時期であれば光るからな」
「なるほど、だから夜にしか採取ができないんですね。‥‥ううん、僕が知ってるキノコの何とも似ていないです」
 マテーリャは刻み込むように言葉を噛み締める。
「似ているところもあろうよ。サルノコシカケがそれだな。これは一年中生えているからの。ただ、成長するのは冬かのぅ」
「冬に成長するなんて、根性のあるキノコだなぁ」
 ふぁ、と欠伸をしながら挟んだのは氷(ia1083)だ。今にも瞼が落ちそうになるのを、座り直してどうにか抑えている。
 頷いて、蓮は更に問うた。
「では、その『白い木』というのは幾つも種類があるものですか?」
「あ、それは無いと思いますよ。白い木というのは多分、白樺の仲間だと思うんですけど、ちょっと種類が違うと、植生が全然違うので。白い木の林になっているか、他の木と混在してるかだと思います」
 答えたマテーリャに、山じいは「良く知っているの」と頷く。マテーリャは少し誇らしそうに背筋を伸ばした。それに小さく微笑んで、山じいはあまり詳しくは言えないが、と前置いて一同を見回す。
「辿り着くまでは険しかろうが、探す際には緩い勾配だと思って良い。葉は落ちているから、月光もよう届く。裏を返せば、昼の陽射しがあると夜に凍る可能性があるということだが、雪上だからの、慣れていても転ぶ時は転ぶものよ」
 言葉を切って、柔和な笑みを口元に浮かべた。
「百聞は一見にしかず、今日はもう寝るとしよう。明日は早いぞ」

「みんな おきろ! ぼーけん いく!」
 村長宅に明朗な声が響く。朝からハイテンションなのはロウザだ。声に飛び起きた者がほとんどだが、その中ですやすやとお休みになっているのは氷である。二度寝・昼寝・早寝が趣味なだけあって、なかなかしぶとく眠っている。
「氷様。さぁ、行きますよ」
 穏やかな声で容赦なく布団を引っ剥がし、ハッと氷が目を開けると、蓮はにっこりと微笑んだ。
「‥‥寒い」
「なぁ。天儀はそろそろ梅が満開やっちゅーのに‥‥この辺に春が来るんはいつ頃なんやろなぁ」
 ぶつぶつと寝袋を畳む横でジルベールは窓の外を見やった。空は闇が薄くなろうかという頃。雪はただ白く沈黙し、何の音も返してはくれない。
 一同の準備が整い戸外へ出ると、山じいが待っていた。一行を認めると、口元をほころばせる。
「何やら、目にも愉快だの」
 それもそのはず、ロウザと氷は「まるごととらさん」に身を包み、氷は更に「もふら」グッズで身を包んでいる。まるで虎に小さなもふらさまが群がっているようだ。ルゥミは「まるごとジライヤ」、背丈も相まって捕食されているように見えなくもない。そして毛皮の外套を纏った蓮たちがいて、見ようによっては狩人と獲物である。
 何はともあれ出発し村を出てしばらく、喪越が声を上げた。
「山登りといえばやっぱり歌でショ。テンション上げて楽しくイこうでないの。さあ皆さん御一緒に!」
 喪越の音頭に、いち早くロウザが、続いてルゥミも声を合わせる。そのうち山じいも小さく鼻歌を混ぜるので、怒られるかもと思っていたのが吹き飛んだ。
 まあ、やがて開拓者たちの耳には、自分たちの息切れ声と山じいの鼻歌が聞こえてくるのであったが。

 ジルベールの申し出があり、山じいと先頭を交代しながら一行は雪の山道を行く。防寒の準備をしっかりとしていた為に寒くはなかったが、風がないので暑いぐらいだ。我慢できなくて外套を脱げば、すぐに体温が奪われていく。山じいがようやく足を止め、ここに野営の準備をしよう、と言った頃には然しもの開拓者たちも座り込んでしまいたかった。
「気持ちはわかるが、休む前に天幕を張らないとの。──蓮くんは、喪越くんの包帯を変えてくれな」
 頷いて、蓮は荷物から新しい薬草と包帯を取り出し、喪越の両手に巻かれた包帯を解いていく。
 その急斜面は登ると言うより這うと言う方が正しいと誰もが思った。ジルベールが先行し、荒縄に結び目を作って垂らしたそれをよじ登るようにしたのだが、喪越は手袋を持っていなかった。それはルゥミも同様だったが、「まるごとジライヤ」は手先まで覆える。手袋をしていない手は思った以上に自由が利かず、寒さに凍える手は荒縄を握りしめ、どうにか登りきった頃には皮が剥けて手の平が真っ赤になっていた。
「すまねぇな、蓮セニョリータ」
 情け無さそうな声を上げる喪越にやんわりと微笑んで、蓮は当てていた薬草を取り除き、新しいものと取り替える。備えあればなんとやら、包帯と薬草を多めに持ってきた甲斐があった。
 さてその間、氷たちは天幕を張るのに大わらわだ。本当はかまくらを作ってそこに寝袋を並べて、と考えていたのだが、雪が柔らかすぎて断念せざるを得なかったのだ。野営に選ばれた場所には大きな岩があり、それを背後に、スコップを借りていたロウザとジルベールで雪を掻き分け、概ね平らになったところに大小六つ天幕を並べた。
 一段落付いたところで、靴下などを替える。乾いた服は肌に心地好かった。
 ほうと息を付いていると、ふうわりと温かな香りが漂ってきた。覗き見れば、小さな鍋が二つ、くつくつと音を立てている。手伝いをしていた笙善が鍋の蓋を上げると、わっと白く湯気が立ち上り、同時に香ばしい匂いが広がる。椀に掬うと、さらに白飯と緑草の柔らかな薫りが鼻こうをくすぐった。香ばしい匂いはどうやら薄く削いだ干し肉だ。もう一つの鍋には黄金色のスープ、その中に小麦を練った皮で肉を包んだものが浮かんでいた。
「皆、ひとまずお疲れさんだったの。たんと食べてくれな」
 昼食を終え、互いにチョコレートや甘酒、ヴォトカを出し合ったところで、夜が訪れるまではまだしばらく時間がある。氷はいち早く天幕に潜り込んだ。一応、夜に備えて、という言い訳は付けたが、何にしても寝るのが好きなのだ。心地よい満腹感と共に寝袋に包まれ目を閉じる事二秒、あっという間に夢の世界へと導かれていった。

 マテーリャとルゥミは、山じいと共に白い木の探索へ出ていた。昼の内に様子を見ておいた方が良いとマテーリャは考えていたし、何よりキノコへの好奇心が強かった。ルゥミはとかく山じいと話がしたかった。自分を育ててくれた爺に、雰囲気が似ているのだ。
 マテーリャとルゥミに交互に答えながら、やがて三人は白い木を見つた。それも、ほぼ等間隔に生えた白い木だけの林だ。それを見つけたのはルゥミである。驚いたのは二人共で、ルゥミは誇らしそうに胸を張った。
「じいちゃんが言ってたんだ。雪は白い、白樺の幹も白く、ケワタガモの背も白い。だが同じ白でも、必ず違いある。「白」の中で「白」を見分け、そして「白」を撃ちなさいって。‥‥頑張ってキノコ見つけるよ! 山じいに喜んでほしいから!」
 にっこりと無邪気に笑う少女に、山じいはふうと微笑む。その柔らかな髪をくしゃくしゃと撫でた。
「‥‥あの、もう一つ聞きたい事があるのですが」
 白い木々を見上げながらマテーリャが言うと、山じいは続きを促すように顔を向ける。
「チョゴが村の秘密となったのは何故なのでしょうか」
 一瞬の沈黙、それを感じ取ったルゥミはムッとマテーリャをにらみ据える。後退りそうになるのを抑えて、マテーリャは山じいを見つめた。その表情は目深に被った帽子のせいで読み取れない。山じいは遠くを見るようにして、口を開いた。
「秘密となるからにはそれなりの理由がある。さて、考えられる可能性は何かの」
「‥‥高価だから、でしょうか」
「それも一つだの。では何故、高価になる?」
「ええと‥‥採取が難しいから」
「難しいのは何故だ?」
「数が少ない‥‥でも、この理由だけじゃ罰金を科してまで秘密にするほどではありません」
 山じいは得心したように頷く。
「数が少ないから高価になるは道理、さてそれ以上の価値となると何があるかの」
「もったいぶらないでくださいよ」
 焦れて言うと、山じいは笑った。
「知識とは探求によって得られるもの。答えが欲しければ求める事だ。だがそれは、安い受け売りではいかんのだよ‥‥ああ、これにも印を付けておこうか」
 山じいが指した幹の上方、幹が枝へと分かれていく根本に、白いものがへばり付いている。それは確かに瘤のようで、しかしよく見なければ枝の間に積もった雪のようにも見える。
「それは教えられないということでしょうか」
「考えなさい、という事だよ。本より得られる知識は確かに多かろうが、すべてが真実とは限らない。この辺りには、こんな言葉がある」
 ──信頼しなさい。けれど、検証しなさい。
「この土地は生きることが難しい。しかし、信頼し合わなければ生きてはいけない。だが鵜呑みにしてはいけない‥‥そういうことだの」
 マテーリャはしばらく山じいの顔を見ていたが、やがて小さく「考えてみます」と呟いた。
 マテーリャたちが野営地へと戻ると、何やら白いものが列をなしているのが見えた。いち早く気付いたのはロウザで、その足下には巨大な雪兎が座っている。
「なかなかファンシーになって良いだろ?」
 にっかと笑って喪越は自分の背丈程の雪だるまの肩を抱いた。軽い衝撃で頭がぐらつくのを、笙善が慌てて抑える。そこへジルベールが天幕から顔を出した。
「お、そろそろ行くん? ‥‥ああ、蓮さん。氷さん起こしてくれへん?」

 月が冴え冴えとした光を地にそそぎ込む。月光が開拓者たちの影を色濃く白雪の上に落とした。耳には鳥の声もしない。静まりかえった夜だった。
「やまじー ろうざ どこさがす いい?」
 良く通るロウザの声すら、何かひとつ壁があるように思える。
「雪に全ての音が吸い込まれる月夜行か。なかなか乙なもんじゃねぇの」
 呟く喪越の息は白くもならない。刺すような冷たさ。それでもじんわりと温かいのは、ジルベールが懐炉代わりにと渡してくれた布包みのお陰だった。中には焼いた石が入っている。
 白い木は枝が大きく広がっているため木々の間隔は広かったが、ともすれば方向感覚すら失いそうな白の世界。昼のうちにマテーリャたちが印を付けた木を、喪越と氷の「人魂」を限界距離として、二手に分かれて探索に当たった。
 蓮は薄墨を流した紙越しに、印の付いた木の幹を下から上へと視線を滑らせる。陽の光の下でそれを見ていない蓮たちにとってそれは、印がなければキノコがあることすら疑うような白さだった。ロウザは蓮を真似、「ない つぎ!」とざくざく進んで行く。
 喪越は鏡の角度を矯めつ眇めつ観察する。光っているのであれば、鏡に反射し僅かでも目立つのではないかという推理だ。あれこれしている内にうっかり月を映していることもあるが、光が強いのだからそれも仕方ない。探索を開始してからどれだけ経ったか、地道な作業だなぁ、と息を吐いた時。
「あ」
 氷の小さな声がした。振り返ると、氷の目は空を見つめている。どうやら同調している式の視点のようだ。そこへ、笙善が駆けるようにやってくる。
「仔虎殿が何か見つけたみたいで‥‥ミーもあれじゃないかと思うんですが、とにかく来てください」
 それは巨大な光の珠のようだった。輝くような光ではなく、ひっそりと滲むような光だった為に、最初は雪が反す光だろうと思った。しかしそれは肉眼での事で、薄墨の紙越しに見たそれは、確かに光を放っていたのだ。
「すごい‥‥こんな」
 後は続かなかった。ぽかんと口を開けて魅入っているのは、ロウザもマテーリャもルゥミも同じだ。氷は山じいを振り返る。山じいが頷いて、木に手をかけた。
「だめ!」
 鋭い声が飛んで、氷は飛び上がった。
「もちょっと みる!」
「あの‥‥僕からもお願い‥‥します」
 それがキノコであることも忘れそうな光景。懐の石が温くなるまで、一行はそれを見つめていた。

 松明を使って一時間毎に見張りを行い、その朝。
「あさだぞ! みんな おきろ!」
 今日もロウザの第一声で夜が明けた。天幕を片付け、再び山じいを先頭に山を下りていく。その背には、昨夜採取したチョゴが一抱え分。昼の光の中で見れば、ただ白いばかりの塊だ。
 あの景色は、本当は夢だったのではないかと思える。しかし、確かにこの目で見たのだと、マテーリャは思う。
「そぉや、山じい。帰る前にキノコ汁でもご馳走してくれへん? 勿論、普通のキノコでな」
「それは名案です! あったかいのが一番!」
 タルゴヴィッツ村が見えてきた頃、ジルベールが声を上げると、キセルを吹かしていた笙善が手を打つ。
「丁度良かった。実は一昨日、良いナメコが採れてな」
 これには歓声が上がった。今夜の村長宅も、賑やかになりそうである。
「‥‥山じい。今度は遊びに来てもいいかな?」
 隣を歩くルゥミの小さな手が山じいの裾を握る。見上げたその口元には、静かな笑みが浮かんだ。