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■オープニング本文 理穴は武天との国境近く、物資の集積地点となりつつある平原。 詰め所代わりに立てられた天幕から話し声が聞こえる。 「アヤカシが橋を落として回っている、のですか?」 心底驚いた声には違いなかったが、やっぱりのんびりしすぎな口調だよなと内心苦笑いをする親父が続ける。 「この辺の川でな。結構な量の木切れが流れてくるの見たって奴が何人もいたんだってよ。気になってちょっと上流を見に行った奴が言うには、そこにあった橋が斧やら棍棒やらで出鱈目に壊されてたってよ」 それはひどい、と思わず息を呑み、女性はそのまま考え込む。 「残ってたのはその残骸と、子供くらいの足跡が山ほどだと。どうも十匹やそこらじゃきかないくらいだとか」 「‥‥橋以外に被害は出ていないのですか?」 口調は相変わらずだが質問内容に気を引き締めて答える親父。 「出ていない。橋は少なくとも三つは落とされたようだが、幸い近くの村人はみんな早瀬の方に避難済みでな。‥‥結夏さん、あんたどう思う?」 そろそろアヤカシの奴ら、人の味が恋しくなっている頃なんじゃねえかな、と苦々しく呟く親父。 「ええ。それは間違いないと思います。それ以上に‥‥」 人を襲う以外の組織的な行動、それ自体普通ではない。しかも実作業は子鬼‥‥大物が居てもおかしくないのでは? 「涼翠さん。この辺で橋に近い人里‥‥よりまず、橋が壊されていたところは何処になりますか?」 物資の搬入経路を書き込まれた地図を広げ、状況を確認し始める結夏。 地名で覚えていた涼翠が思い出しながら地図に印を付けていくと、わずかに弧を描いてはいるが、直線に近い経路が現れる。人が通らない難所を平気で突っ切るその形跡は思いの他背筋を震わせた。 「目的地は早瀬。その手前の‥‥二瀬川?」 「ああ、ちょうど川が合流するところで、二枚の橋が架かってるんだ」 それで二枚橋ですか、と小さく合点すると、素早く旅装を調える結夏。 「では涼翠さん。ここは大丈夫だと思いますが、一応開拓者の人たちには話をしておいてください」 それは構わないが、と目を丸くして問い返す涼翠。 「あんたはどうするんだい?」 「途中で人を集めて二枚橋に向かいます。出来れば早瀬で六名、淵東でも何人か‥‥」 慌しく出て行く結夏に声を掛けて送り出す涼翠だったが。 「やっぱり緊張感に欠けるんだよなあ。‥‥あれも人徳って奴なのかねえ?」 その感想からして苦笑いするしかない、なんとも締まらない見送りとなった。 |
■参加者一覧
井伊 貴政(ia0213)
22歳・男・サ
葛葉・アキラ(ia0255)
18歳・女・陰
葛城 深墨(ia0422)
21歳・男・陰
奈々月纏(ia0456)
17歳・女・志
那木 照日(ia0623)
16歳・男・サ
秋霜夜(ia0979)
14歳・女・泰
嵩山 薫(ia1747)
33歳・女・泰
瀬崎 静乃(ia4468)
15歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●二枚橋到着 途中で寄った早瀬の村は援軍派遣の朗報に沸いていた。だからこそ、補給路の確保に遺漏があってはならない。 二瀬川の村に着いた一行は、頼んでおいた物資を引き取るとそのまま二枚橋を目指す。 「ここまでは間に合ったみたいですね。途中で一人欠けてしまったのは残念ですが‥‥」 呟く結夏(ゆいか)の呼吸は荒い。出来ればゆっくり休憩を取ってから作業と行きたい所だが、そんな疲れや不安を明るい声が吹き飛ばす。 「さてと。美味い飯のために、まずは一仕事ってね」 薫さんと結夏さんの手料理、と鼻歌交じりに資材をかき回し始めるのは井伊 貴政(ia0213)。 「誰も作るとは一言も! ‥‥でもまあ、悪い気はしないけど」 苦笑しながら肩を竦めるも、嵩山 薫(ia1747)もそれ以上は何も言わず、荷馬車に向かう。 「貴政も作るのでしょう? お菓子とか、美味しいんですよ」 那木 照日(ia0623)は貴政の返事を待たず、周りの女の子達に笑いかける。 「それは、とっても楽しみです!」 頬張っていた干し柿を飲み込むと、秋霜夜(ia0979)は満面の笑みを浮かべて手を挙げて答える。 「‥‥そこの川、鮭でも登ってきてないかな」 紅い身は美味しいだけじゃなくて力も付くからね、と川の様子を見ながら呟くのは瀬崎 静乃(ia4468)。溯上こそ見えないが、所々川魚が飛び跳ねているのを見つけて表情を緩ませる。 「うち、辛いのは苦手やねん。その、堪忍な?」 鮭から連想された赤い食材の料理名を挙げる皆の楽しそうな様子に、少々不安そうに答えるのは藤村纏(ia0456)。 「大丈夫。そんなに心配しなくても、準備も間に合うって」 この依頼のために準備した弓の調子を確かめながら、ぶっきらぼうに告げる葛城 深墨(ia0422)。 「そ、そうですね。皆さん、熟練の開拓者ですものね」 その言葉に何を思ったのか、少し恥ずかしげに咳払いをすると、気持ちを切り替える結夏。時間があったら弓の使い方教えてくださいね、と深墨に声を掛けると、早速自分も荷馬車に道具を取りに行くのだった。 ●急使? 遅めの昼休みを挟んでしばらく作業を続けることで、ようやく作業が一段落した。 北東から流れる川の北岸には、急拵えながら杭が突き出した柵を用意することが出来た。一の橋を渡った先にある平原には、広範囲に渡って草を結んで作った足止め用の罠を用意し、その先には幾つか落とし穴まで掘り切った。呼子笛の鳴らし方についても打ち合わせを行い、本隊分隊両方を見渡せる・合図も出せる一の橋に結夏が留まる事も決めた。 そんな少々気の緩んだ、そろそろ日暮れが近づこうとする間際になって。本隊で誰とも無く夜間の警備はどうしよう、という話題が不意に上がった。慌しく火と道具の準備に結夏が村に向かい、そのことを分隊に知らせようとした所で、思わぬ方向から悲鳴が響く。 本隊の面々は一斉にその声に気づき、右手に目を向ける。どうやら、馬に乗った女性が川沿いにこちらに向かってきているらしい。その後ろには鳥のようなものが、奇声を発しながら追いすがっている。一際鋭い一撃を何とかかわした馬は、だが進路を川沿いから草原に逸らしてしまう。この一日掛けて作った、アヤカシ用の罠が設定されているまさにその只中に向かって。 「ちっ、まずい!」 最初に本能的に貴政が駆け出す。ついで照日が、今なら罠地帯の手前ぎりぎりで馬を抑えられると判断して霜夜と静乃に声を掛ける。 「戦場を移します。罠には十分気を付けて!」 馬上で呼子笛をくわえた女性が、それを鳴らすことなく再度短い悲鳴を零す。 一行は貴政を追う形で、草原を駆け抜ける。 それをあざ笑うかのように、馬が落とし穴にはまり、女性は思い切り投げ出されてしまう。 「おやおや。血相なんか変えて、良い男が台無しじゃないか?」 確かに笑ってこちらを見た鬼面の鳥を睨み付け、一行は走り寄る。せめて、その鬼面鳥の一撃が、か弱い女性を引き裂く前に辿り着けるように。 ●別働隊 悲鳴のようなものを聞いた気がした深墨は、それとは別の、放置できない一群を見つけてしまう。 「嵩山さん」 「ええ、こちらも捕捉したわ。小鬼が‥‥ざっと十数体、それに」 きいきいとはしゃぐように斧を振り上げ奇声を上げる小鬼たち。そしてそれらを引き連れるように、すぐ上空を飛ぶ鬼面の鳥がこちらに向かって寄って来る。 「あれは‥‥ 変な鳥、やろか?」 「‥‥ええ。多分この辺りで目撃されているという『鬼面鳥』でしょうね」 あれが件の大物かしら、と首をかしげ、残りの二人に目配せする薫。 深墨には伝わったようだが、返ってくる答えは単純だった。 「まっすぐ向かってくるなら、まずは迎撃ですかね」 「この場合、待ってる必要はないのと違う?」 纏の好戦的な答えも、こんな状況では頼もしい限りだ。そう判断して薫は罠地帯との距離を目算する。 「じゃあ手筈通りに。渡河は阻止するわよ!」 合図に駆け出す薫と纏。深墨はその場で背負っていた弓を構える。 「ま、何にせよ。此処の橋は壊させねぇぞっと」 深墨は軽口とは裏腹に、二人の合図に気を付けつつ、慎重に狙いを付け始める。 ●本隊 最初に飛び込んだのは、身の軽さで貴政を追い抜いた霜夜だった。全力で滑り込み、女性が地面に叩きつけられるのをその身を挺して何とか防ぐ。 霜夜はそのまま、その場に声も無く蹲る。衝撃に堪える様子を好機と見て襲い掛かる鬼面鳥の一撃には、間一髪、続いて割り込んだ照日が、二刀による堅固な構えで弾き返す。 「私は‥‥誰が欠けるのも、嫌なのです‥‥」 その言葉を理解したとは思えないが、品の無い鬼面を歪めて、その鳥は笑う。 「嫉妬に狂ったようにしか見えないぜ、鳥女さんよ!」 回り込んだ貴政は威勢良く得物を鬼面鳥に叩きつけようとする。しかしその鬼面から紡がれた、思いのほか美しい音に、その意識ごと威勢を刈り取られる。 その効果を信じ切り、格好の獲物に振りかぶる鬼面鳥。それに被るのは、凛とした涼やかな歌声。 「鬼さんこちら‥‥手の鳴る方へ‥‥」 その歌に誘われ、誘われてしまったことに怒り、邪魔されたことは理解する鬼面がさらに醜く歪む。 「おやおや。そんなに、先に遊んで欲しいのかい?」 本格的に威嚇の構えと入った鬼面鳥と、それに対峙する照日。 「みんな、速すぎるよ‥‥」 遅れて辿り着いた静乃が符を構えつつ、霜夜に駆け寄る。それを背後で感じつつ、照日は激を飛ばす。 「静乃、霜夜の意識だけ確認して! ‥‥まずはこの鳥を、何とかします」 貴政の術が解けるのを待つのも手だが、形勢は二対一。 「このまま‥‥押し切ります!」 鬼面鳥の金切り声が、その決意に重なって響く。 ●魅了の術 水辺の人魚や人面鳥の歌声に魅了の力があることを聞いてはいたが。 「こんな奇怪な感触だとは思いもしなかったわ」 その不快に耐えながら、薫は眉をひそめて呟く。 こちらに向かってきた小鬼共は、その殆どが一斉に罠に掛かって転がった。だが運良くそれを免れた三匹は、詰め寄る薫と纏に恐れをなしたか単に言い付けを思い出したか、急に進路を川に向ける。 慌ててそちらに向かう二人の前に立ちはだかったのが、軽々と罠を飛び越えた鬼面鳥。 「こちらは任せて。貴方は深墨さんとその三」 急に薫の視界が歪んだ。 何か歌声のようなものを聞いた気がしたが、目の前にいた筈の鬼面の鳥が、何やらとても親しい何かに見える。 間違いなく目の前にいるのは敵の筈なのに、理性がそれを拒む。どうしても攻撃を仕掛けることが出来ない。 「何なのよ、これは」 起き上がった小鬼が、薫と纏に群がり始める。その攻撃を易々と交わしながらも、苛立ちは募るばかり。薫は目を瞑っても変わらない感覚に舌を打ちつつ、突破口を探し続けるしかない。 一方、纏は罠から逃れてきた一団に抗していた。渡河前に切り捨てたいところだが、様子がおかしい薫をこのままには出来ない。 「深墨のにいさん、そっちの三匹頼むで!」 急所を狙うが、一刀では切り捨てられない。そう判断した纏は、囲まれることだけは避けつつ、手堅く一匹ずつ仕留めていく。 (「大丈夫や、ここさえ切り抜ければ何とかなる!」) 鋭い踏み込みを交えた斬撃で相手を捌き続ける。その数は順調に減り続け、次第に仮初の形勢を覆して行く。 ●形勢逆転? 鬼面の歌声を何とかやり過ごした照日は、けれども受けの体勢を崩さない。それを反抗の意識を奪ったと確信した鬼面鳥は、楽しげに不快な叫び声を上げると照日に向かって降下する。 その刹那、照日は伏せていた視線を上げ、身を翻す。 「可哀想に‥‥肆連撃‥‥爻」 跳ね上がられた二刀を咄嗟にかわすも、更なる二刀が右の翼を切り落とす。一声上げて地に伏せる鬼面鳥、その顔には苦悶に塗れた、それでも生を諦め切れない無様なもの。 「流石にこの戦力では、開拓者の相手は無理なようね」 その場にそぐわない妖艶な声が、照日のすぐ後ろから流れる。その声はそのまま意識に染み込み、先ほどは抗えたものと同種の力が、照日の戦意と疑問を根こそぎ刈り取った。そのまま崩れる照日を後ろから抱きとめた先ほどの女性は、いつの間にか肌蹴たフードから銀色に輝く髪を零している。 「橋は残ってしまいそうだけど。私が楽しめたのだから、十分よね?」 ああ、まだ楽しみが残っていたわ、という呟きを聞くものはその場にいない。 ●そして笛の音 分隊は、何とか残敵の掃討を完了したところだった。術中に嵌ってしまった薫も、それさえ解ければ鬼面鳥といえども物の数ではない。あまりの怒りが豪快な空振りすらも強引に牽制に変え、引き際を誤った鬼面鳥を僅か二撃で打ち貫いてみせる。そのまま纏と共に文字通り周りの小鬼を蹴散らせば、川に向かった小鬼も川岸の柵まで渡河は許したものの、深墨が見事な弓捌きで全て屠っていた。 状況的には完勝なのに、何故か辛勝の雰囲気であったが、その妙な雰囲気を打ち破るかのように、一の橋から呼子笛の音が辺りに響く。『橋強襲』の合図だ。 「え、一の橋?! 本隊はどうしたの!」 両手を膝について呼吸を整えていた薫が、その身を勢い良く起こしながら叫ぶ。深墨も纏と視線を合わせるが、戸惑いを隠せない。 ここを守るか援軍に赴くか。各々口を開きかけたが、猛々しい咆哮を聞いて口を噤む。何かあったのは間違いないが、戦闘は継続中であるらしい。 「行かなくて、ええの?」 肩の力を抜いた薫と川の上流に視線を向けた深墨に、不思議そうに纏は問う。 「戦闘が続いているなら、伏兵があったと見るべきでしょう。こちら側にも同じ仕掛けがあるかも知れない以上、警戒は続けるべきね」 落ち着いて答える薫と、その言葉に思い出したように呼子笛で『警戒続行』の合図を返す深墨。 なるほど、と一つ頷き、纏も周囲の警戒に入る。 川岸で、赤備えのサムライが咆える。 仁王立ちに珠刀を構える貴政目掛けて、橋桁に取り付き始めていた十匹を越える小鬼共が群がり始める。 「一匹残らず、こっちに来いよ!」 「貴政、一人で無茶をしてはいけません」 回り込もうとする小鬼を、二刀で瘴気に帰しながら照日が窘める。その反対側から、霜夜も掌に気を篭めた一撃を浴びせ、貴政を包囲しようとする小鬼を牽制する。 「この程度の数、あたし、いえあたしたちには大した事無いよね!」 静乃も負けじと、前衛の三人に向かう小鬼に符を飛ばす。 「縛。‥‥今なの」 絡みつく影のような式が小鬼の斧を鈍らせ、足元を覚束なくさせる。 橋桁に取り付いた小鬼を結夏が斬撃符で切り払う間に、次々と切り伏せ叩きつける一行は、物の数分と掛けず、一群を殲滅する。 「ふう。何とか大事には至りませんでしたね」 橋の袂まで戻ってきた結夏が、ええとまずは合図ですね、と『警戒続行』の笛を吹いてから続ける。 「怪我とか大丈夫ですか? それに待機位置から離れていたようですけど、罠に何か掛かりましたか?」 結夏は符を取り出して皆の顔色をうかがうが、一様に狐に摘まれたようなに顔を見合わせている。 「いや‥‥その、えーと?」 「そういえば、首元が痛痒いといいますか‥‥ 虫刺されでしょうか?」 顔を見合わせる貴政と照日は、お互いの首筋に目をやるが、特に外傷は無い。 「馬‥‥ 落とし穴に落ちたよね?」 「そうだよ、ね。‥‥見に行こうか?」 静乃と霜夜は罠を仕掛けた場所まで行ってみると、落とし穴は作動していたが、穴には何も残っていないようだった。 何やら釈然としないながらも、一行は辺りの安全を確認し、しばらく警戒を続けるしかなかった。 ●第二陣の到着 交代で休憩を取りつつ夜明けを向かえた一行は、翌朝到着した第二陣に任務を引き継いだ。 続いて言い渡されたのは二の橋周辺の警備であるが、体の良い口実に過ぎず。仮眠を済ませて昼過ぎに集まった一行には、新鮮な食材と調理道具一式が届けられた。天儀酒まで用意されていては、そこで始まるのは当然野外の宴会である。 「よーし。出来たぜ、南瓜プリン! 冷やすと生地が締まって食感が良くなるんだが、何、熱々も中々いけるぞ?」 わー、と華やいだ少女たちの歓声がそれに応える。あれだけ食べた後なのに、早速取り分けてもらって口に運んでいる。 そんな様子を眺める残りの四人は、焚き火を囲んで温く燗をした天儀酒を少しずつ傾けている。 「合戦を控えている手前、少し贅沢かも知れないわね」 誰もが苦笑を浮かべるしかない状況だが。 ‥‥誰もが何時でも、こんな穏やかな時間を過ごすために。 鋭気を十分に養うために、この時を存分に味わうことにする一行だった。 |