氷の兎、月夜に跳ねる?
マスター名:機月
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/10/11 01:06



■オープニング本文

 −−武天は安神、とある氷屋。
 客のいない座敷で、二人の女性が机を挟んで差し向かっている。
「どうしようかねぇ」
 堆く積まれた書類を脇に退け、ほうと溜め息を付くのは店主の市香(いちか)。きつい顔立ちには苦悩がにじんでいる。
「あんまり悩まないほうが良いんじゃないの?」
 算盤を弾く実(みのり)が、目線を帳面に落としたまま、気乗りしない様子で呟く。
「あなたは本当に能天気ね。お客商売なのよ、信用第一なのよ?」
「そんな事言ったって。無理なものは無理だって、お姉ちゃん」
 そもそも造形なんて専門外なんだしさあ、と詰まらなそうに指摘する実。
「うーん、予想外の反響。嬉しいはずなのに出るのは悲鳴とはこれ如何に‥‥」
 むむむと唸る姉に溜め息一つ。実はそれを横目に盤面の珠を払うと、無言で次の頁の計算を始める。

 事の発端は、「中秋の名月」を狙った新商品。
 月見団子に見立てた柚子の氷菓子を出したところ、これが意外なほど売れてしまった。
 残暑という時節に柚子の清々しさが受けるだろうとは思っていたが、予想外の反響を呼んだのが、おまけに入れた兎の氷細工。保冷のためにと、氷の器代わりに入れたものが粋だと評判になり、次の満月の晩に予約が山ほど入った。だが、氷の器はきれいさっぱり在庫は使い切ってしまっており、評判の良かった氷の兎も、まさか器が足りないからと以前作った試作品を入れたとは今更言えない。

「演出次第だから、形は簡単でも全然構わないのだけど‥‥ こつこつ準備できるものでもないし」
 積まれた予約書をぱらぱらぱらぱらぱらと捲る市香。氷自体はまだ十分あるが、作業場が限られる上、加工した細工物を保管する場所は限られる。そしてそもそも、氷の彫刻など、手間が掛かってしょうがない。

「開拓者に頼んでみたら? ほら、陰陽師なら氷を作る術もあるみたいだし」
 実の思いつきは、やはり市香の表情を晴れさせるには至らない。
「駄目よ。飾りとはいえ、商品と並べるものに得体の知れない氷は使えないわ。あなたが試食までするなら考えないでもないけど。‥‥ああ、でも知恵を借りるのは悪くない考えかしら?」
 背に腹は変えられないか、と席を立ち、半信半疑の面持ちのまま相談に赴く市香であった。


■参加者一覧
巳斗(ia0966
14歳・男・志
雷華 愛弓(ia1901
20歳・女・巫
水月(ia2566
10歳・女・吟
風雷(ia5339
18歳・男・シ
北風 冬子(ia5371
18歳・女・シ
設楽 万理(ia5443
22歳・女・弓
ネイト・レーゲンドルフ(ia5648
16歳・女・弓
黒森 琉慎(ia5651
18歳・男・シ


■リプレイ本文


●店先にて
 昨日まで荒れに荒れていた天気も、今朝になると台風一過。
 雲ひとつ無い空模様はもとより、気温もこの時期にしては少々高め。月見と氷菓子、どちらにとっても絶好の状況になったといえる。‥‥難題にして本題である、氷細工の準備さえ無事に整えば、ではあるのだが。

「あ、開拓者の人たちだね? いらっしゃーい!」
 一行を元気良く迎えたのは氷屋主人の妹、実(みのり)。やっぱり女の人って多いんだね、などと場違いな感想を呟きつつ、奥へと案内する。
「えと、今回のお仕事は荒事ではありませんからね。確かに女性の割合は高いかもしれません」
 巳斗(ia0966)の言葉に、そういうもの?と思案しながら応じる実。
「この前会った開拓者の人たちも、半分女の人だったんだよね。でも確かに、荒事に女の人六人は危ないかな」
 唐突に大声で笑い声を上げて巳斗の背を叩く雷華 愛弓(ia1901)と、それを見て気の毒そうな表情を浮かべる風雷(ia5339)。
「えーと‥‥何だ。頑張れ」
 その一言で同時に衝撃を受ける巳斗と実。慌てて謝る実と、大丈夫ですからと口では言いつつどこと無く肩を落とす巳斗。
 そんな巳斗の袖をひっぱり、良い笑顔でこくこくと頷いて励ますのは水月(ia2566)。巳斗はありがとうの一言でそれをそのまま受け取っておいた。若干の方向性に関する疑問は脇に置いておくことにして。

 一行を迎えた市香(いちか)は、最後の仕上げをしていたところらしい。
「あ、そこら辺に掛けてて。すぐ終わるから」
 四角いお盆のような金属製の器から、数回匙で掬っては一口大にきれいに丸める。それを別のこれまたお盆にぽんぽんと並べていく。最後の一列を埋めたところで手を止めるが、すぐさま皿に十二個きれいに盛ると、皆の前に差し出す。まるでも何も、お月様に供える月見団子のようだ。
「とりあえず試食してみて。まずは商品のイメージ、掴んでもらわないとね」
 市香は自分でも一個手で掴んで口に放り込むと、うん、上出来、などと呟きながら奥に商品を仕舞いに行ってしまった。
「はずかしいなあ、もう。あ、皆さん、とりあえず溶けないうちにどうぞ?」
 黒文字を皆に差し出すと、早速実も一つ取る。滑らかな口当たりのアイスクリンがまず口いっぱいに広がり、その甘さを際立たせるような柚子の香りが後から広がる。これは真ん中に詰めたシャーベットのおかげ。うん、試作を重ねた通りの味、と満足する実。
 皆の反応はと皿を見ると、そこはもう空。皆の口には行き渡っていたが、満面の笑みを浮かべる水月と巳斗を、他の皆が苦笑しながら見つめているところだ。
「気に入ってくれたようね? うんうん、じゃあ今日は張り切って行きましょう!」
 戻ってくるなり、市香は機嫌良さそうに発破を掛け、具体的な話に入ることにした。

●そして作戦会議
「目で楽しむってこともお菓子には大事だよね!」
 こんなに美味しいんだもの、添え物にも凝らないと!と元気に応えるのは北風 冬子(ia5371)。
「私、こういう細かい作業は結構得意ですよ」
 趣味として嗜んできた手前、ネイト・レーゲンドルフ(ia5648)も控えめながらも細工物には自信があるという。
 だがしかし、市香の口から『百六十組の用意』という言葉を聞くと、皆一様に引いてしまった。
「気持ちはわかるけどさ、出来ない事ならきちんと断るのも信頼ってヤツだと思うよ。僕は」
 少し呆れたような黒森 琉慎(ia5651)の言葉に、一同深く頷く。
 それを慌てたようにフォローするのは何故か実であった。
「用意したのはお菓子の方で、こっちは全部準備完了してるんです! 氷細工も全部は必要なくて、って! ちゃんと最後まで説明してよ、おねえちゃん!」
 これからするのよ、と軽く往なしておいて、市香は何事も無かったかのように続ける。
「百六十というのは店内売りの分も含めた数で、持ち帰り分は凡そ百。そしてこれも氷細工は出来ればつけて欲しい、って客がほとんど。絶対外せない数は二十、というところね」
 こちらで調整出来たのはここまでだけど、出来れば全部に付けたいの、と付け加える市香。流石に店内用に保冷は不要だし、勿体無いから無理かなと思うんだけど、と言葉を濁す。
 それならば、と設楽 万理(ia5443)が妙案を提示する。紙に描き出しながら説明するのを一行が見守る中、静かに顔を見合わせる姉妹は顔を綻ばせる。
「これ、いいんじゃない?!」
「いくつか付けたい注文はあるけど。うん、とっても良いわ!」
 一行は二手に分かれて作業を始めることとなった。

●彫刻班
 氷室は在庫を大分減らしてはいたが、四人が作業スペースを確保すると少々手狭な感があった。それでも未知の空間での作業は、妙にわくわくとした心持にさせる。
「ふえーっくしょん! あ〜‥‥さみぃ」
 薄着のまま入ってきた風雷はいきなり大きなくしゃみをするが、そのまま早速第一の工程・氷の切り出しに掛かる。
 見本の氷細工を見ながら、適切な大きさに氷を切り分ける作業。見本は大体両手に乗るくらいで、用意されている氷は一抱えある氷柱が五本と、それを切り出す前のもっと大きな氷塊が三つほど。
「こっちの小せえのは丁度三等分ってところ。‥‥こっちのデカイのは小せえの四つ分ってとこか?」
 巻尺を借りてきて測る巳斗が間違いないことを確認すると、鋸を持って氷に向かう。
「こんな刃物の扱いにはそんなに慣れてるわけじゃねぇが‥‥ 精一杯やらせてもらおうか」
 独り言ちると、それでも不慣れを感じさせない鋸捌きで、素早く氷を切り分け始める。

 そして鼻歌を歌いながら、風雷から受け取った氷の荒彫りを担当するのが冬子。ノミを振るって大まかに兎の形へ近づける役目であるが。
「おかしいな‥‥ いつからこいつは狸になったんだろう」
 見比べる見本と氷細工。どちらも前足を宙に浮かせる仕草は似ているが、片方は軽やかに飛び跳ねる兎、もう片方が腹鼓を叩こうとしているかに見える狸のよう。
 違うことは分かるのだが、どこをどうすれば良いのかいまいち分からない冬子は、とりあえず考え込むことしばし。
「巳斗くん、水月ちゃん。あとは任せた‥‥!」
 多分、見本が良くなかったのだ。次はがんばる、と削り終わった氷とその見本をまとめて巳斗に渡し、新しい氷と別の見本に手を伸ばす。そして今度はじっくり見比べながら、冬子は慎重にノミを振るい始める。

「‥‥えと」
 次の工程・整形を担当するのは巳斗。見本と荒彫りが済んだ氷を見比べて、逆に闘志に火がついたらしい。
 気合を一つ入れて、ノミを構え氷に向かう。丸い耳は不自然にならない様に削りつつ伸ばし、膨らんだお腹の辺りは足の形に削り込んでみる。丸すぎる全体は、削り過ぎない程度に細身へ‥‥
 一通り、満足したところで一息ついて見本と比べる巳斗。そこには確かに兎ではあるが、見本とは似ても似つかない、少々擬人化された可愛らしい兎が一匹。
 しばらく固まっていたが、見本をすすす、とさりげなく戻すと、風雷を手伝っていた水月に声を掛け。整形が済んだ氷細工のみをそっと手渡すと、次の細工に向かう。

 受け取った水月は、その氷像のあまりの可愛らしさに目をきらきらさせる。みんなすごいすごい、とひとしきり無言で盛り上がると、最後の工程・仕上げに取り掛かる。
 小さなノミを使って、削り残しや不自然な曲線を丁寧に落とす繊細な作業。程なくして仕上がると、見違えるようにその透明度を増す氷細工。その出来に満足すると、丁寧に保管場所にしまい、次の仕上げに水月は移る。
 ‥‥作業は概ね、順調に進んでいるようである?

●型抜き班
 残りの四名は、まずは「型」の試作に取り掛かっていた。
「個人の技量差が出てしまう彫刻での全量作成は現実的ではない気がします」
 そう言って万理が提案したのは、金型を使った量産方法だった。
 例えばこんな、と懐から出した紙に一筆書きに兎の輪郭を描き、この形で用意した枠にカキ氷を詰めて抜くというのはどうでしょうかと。
 それに対する姉妹の反応は、細工物は立ててお菓子と並べられるように、図案は跳ね兎が好ましいという注文こそ付けるが好感触。これなら店内分も用意できるのではと喜びを隠し切れない様子。
「こんな感じ、かな?」
 皆が道具を揃える間に、まずは愛弓が氷室で試作品の氷細工を紙に写し取る。着膨れした可愛らしい姿を愛でてから戻ってくると、他の面々は早速トンテンカンと、帯状の金属板や無骨な機械と格闘を始めていた。
「結構力もいるね、っと」
 そう言いつつも、器用に大きさの異なる輪を幾つか作る琉慎に、レイトはこっちも使ってみてと幅の違う金属板を差し出す。
「立てるには深さの違うものも試してみないとね」
 万理は実について、カキ氷機の使い方を尋ねている。
「氷の固さ、か。食べる訳ではないから、食感は気にしなくて良いと?」
「うん。だけど固めるにはどれくらいが良いか、こればっかりは試してみないとね」
 この刃の傾きをね、と指差す実と一緒に、機械に取り付く万理。
 よーし、と一声腕を捲くると、早速枠の作成組みに合流する愛弓であった。

●販売開始!
 午後もお八つ時になって、店先に見事な跳ね兎が飾られた。
 台座には本物の石臼が使われていたが、そこにちょこんと飛び乗るのは氷柱から削りだされた氷の兎。その大きさといい仕草といい、氷とは思えない柔らかな造形が見事であった。
 道行く人々も最初は石臼に驚いて立ち止まるのだが、そこに並ぶ兎に気付いては感嘆の声を上げる。‥‥稀に起こる微笑ましい笑い声は、少し場違いながらも月見を楽しむ、狸や雪だるまに向けられたものだろうか。
 店内で供される氷菓子も概ね好評だった。少し量が多いという客も、暖かい抹茶を頂いて平らげてしまう者もいれば、保冷用の氷兎を付けてもらって家まで持ち帰る者もいる。この兎が店で出している氷で作られていると聞くと、糖蜜を付けて出してくれという客まで出てくる始末。この辺り、来年の良い名物にもなりそうな気もするが、どうなることやら。
 結局、店頭の氷細工が解けきる前に予約分を除いてすべて氷菓子は売り切れ。どうしても、という客に氷兎を幾つか出した程度で、夕暮れ前には全ての商品が捌けてしまった。全く持って、大成功である。

「みんな、今日は本当にありがとう。お陰で予想以上の売れ行きだったわ!」
 真夏以来、久々の大入りだったわと、満面の笑みを浮かべて市香が労ってくれる。
 色々片づけや疲れを癒しているうちに日もとっぷり暮れてしまったが、それを見計らったかのように、店の裏に当たる庭に月見の宴席が設けられた。
 流石に料理は出来合いのものになってしまったが、お供えと称して氷菓子は試作品も含めて華やかに三方を彩り、神酒と称して氷室に貯蔵してあった秘蔵の天儀酒まで振舞われた。
「この分なら何とかなりそうだね、お姉ちゃん?」
「そうね。でもまあ、今日はそんな面倒事は置いといて。みんなとお月見、楽しみましょう」
 何時の間にか近隣住民まで入り込み始めた宴会は、大きく静かな満月が天頂に辿りついても、まだまだ続いていたようである。