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■オープニング本文 里は、1つの町ではない。近隣にはいくつもの村や町があり、人々はそれぞれの生活エリアを維持している。そして、街の周囲には、行く筋もの細い道が走り、人々が交差する‥‥筈だった。 「おかあさん、おなかすいた‥‥」 「ごめんね。これしかないのよ」 道の端々に広がる光景。父親の姿は無いところも多い。理由は、村の外に広がる荒れた田畑と、そこかしこに見える大きな獣、さらには崖の向こうにまで迫る瘴気を纏った森を見れば、一目瞭然だろう。 里そのものは、細い街道の両側に広がる崖や、背後の山によって何とか里の形を保っている。しかし、その里では、少ない食料をめぐるいさかいがあとを絶たず、家を追われた人々が路上に溢れ、荒廃していた。 「酷いな、これは‥‥」 その街角で、戦装束に身を包んだ女性が、数人の男性に囲まれながら、街の様子を見ていた。一見すれば、どこぞの有力者が雇った志体の持ち主に見える。しかし、携えた弓には、ここ‥‥理穴国の紋章が記されている。 「重音様、ここばかりではありません。里の周囲では、度重なるアヤカシとケモノの襲撃により、それ以上の被害を被っております」 そう報告を受ける彼女の顔立ちは中性めいていた。知識のある者が見れば、彼女こそこの理穴国を治める女王、儀弐王だと知れるであろう。 その彼女の見ている前で、炎に包まれた獣のようなものの旗印を身につけた一団が通り過ぎて行く。人々は、彼らを見ると、逃げる用に路地の裏側へと散って行った。 「最近のアヤカシどもの動向、やはり無視出来ませんね」 伝説の大アヤカシの名を冠した一団がいる事を知り、彼女がギルドへの使いを出したのは間もなくの事である。 気の良さそうな親父が腕組みしながら困り顔で、目の前の使いの者に尋ねる。 「した方が良いかね、疎開」 「した方が良いと思います、はい」 そうだよなやっぱり、と頭をがしがし掻きながら呟く声は苦い。 「もふらさまの発育が悪過ぎるから、どうも最近おかしいとは思ってはいたんだ。まあ、下の村の連中が迎えに来ねえからさ、これ幸いと様子見てたんだが」 苦いながらも、その言は大らかすぎる。麓の村の者も、来たくとも来れないか、既に来るだけの余裕が無いだけだろう。 「事態は切迫しています。ここが無事なのは土地柄瘴気が集まりにくいからでしょうが、もふらさまの成長に影響が出ているということなら猶予はないかと」 でもなあ、とごねている様にしか見えない親父の態度に、使いの者も痺れを切らす。 「今は一頭でも多く確保して、出来る限り早く、然るべき所に届けなくてはならないのです。それ相応の謝礼は出せます。それでも応じていただけないというのなら、申し訳ありませんが実力行使でもなんでも、無理を承知で話を通させていただきます」 半分目を据わらせた使者の面持ちに、一瞬ぽかんとした顔を向けた後。さっきまでの苦悩を他所に、親父は大爆笑する。 「なんですか! し、失礼にもほどがある!」 憮然としながらも声を荒げる使者に、親父は目に涙を浮かべながら腹を捩じらせて応える。 「そんなんじゃねえって。ならその謝礼を使ってかまわねえからさ、人雇ってくれ人」 え、と予想外の言葉に気の抜けた返事を返してしまう使者。 「もふらさま百頭を、この山から麓に下ろして何日も移動させようってんだ。普通の奴らじゃ無理だし、第一人数集まらねえだろ。開拓者を‥‥少なくとも四人、だが倍くらい居てくれた方が良いな。出来るかい?」 持ち直した使者が早速思案を始める。そこに被せるように、親父が条件を追加する。 「途中の村に、預かっていた分を返さないとまずい。それから二十頭はまだ小さいから役には立たんだろう。だから、あんたに渡せるのは上手く行って五十頭ってところだ。オレの取り分なんざいらねえが、それで腕利きを雇える算段、付くかい?」 『手持ちの資金との交換が五十頭のもふらさまで折り合いが付くかい』という少々挑戦的な親父の物言い。 それでも使者にとってはこの上ない朗報、天の声に等しいお告げだ。 「出来ます、というかそれぐらいして見せます!」 身を乗り出し勢い込んで言う使者に、若いって良いな、と再び笑い出す親父。 「あんた、オレ伸した後さ。百頭ものもふらさま、一人でどうする気だったんだい?」 からからと笑う親父の前で、内心冷や汗を流し言葉を濁す使者だった。 |
■参加者一覧
煙巻(ia0007)
22歳・男・陰
雪恋(ia0651)
20歳・女・陰
雲母坂 芽依華(ia0879)
19歳・女・志
天使主・紅龍(ia0912)
30歳・女・サ
瑠璃紫 陽花(ia1441)
21歳・女・巫
暮穂(ia5321)
21歳・女・シ
由他郎(ia5334)
21歳・男・弓
ジョン・D(ia5360)
53歳・男・弓 |
■リプレイ本文 ●顔合わせ 「おう、待ってたぜ。こんな山奥まで良く来てくれたな」 破顔一笑、主の涼翠が牧場の入り口で一行を上機嫌に迎える。 そしてその奥。低めの柵の向こうには、概ね白いもこもこしたものが山ほどうごめいていた。 「も、もふらさまがぎょうさん‥‥!」 思わずうっとりとした声で呟くのは雲母坂 芽依華(ia0879)。 「‥‥これだけのもふらさまを見るのは初めてだな」 煙巻(ia0007)も何かしら勉強になりそうとは思っていたが、まず何よりもその質量に圧倒される。 「壮観、だな」 並ぶ由他郎(ia5334)も、目を瞠らせて同意する。理穴の山やもふらさまは慣れ親しんだものではあるが。規模が違うだけでここまで受ける印象が異なるものか。 (「思い切り触れ合いを楽しみたい所じゃが‥‥ なるほど」) 子もふらさまの愛らしさに思わず目を奪われていた天使主・紅龍(ia0912)だが、その小ささに依頼の内容が思い起こされる。そして所々に生える花に戯れるもの、目の前を飛ぶ蝶をふらふらと追いかけ始めるもの、いきなりころんと転がると、そのまま鼻提灯を膨らませて居眠りするもの。‥‥これは手強い。 「涼翠さん。早速ですが、もふらさまについて色々御教授願えませんか? 作戦を立てるにも、私たちには知らないことが多いようです」 同じように危なげな子もふらさまと、基本的に座り込んであくびをするだけのもふらさまの振る舞いを見て、逆に気を引き締めて問う暮穂(ia5321)。 「ん? ああ、それもまあ必要だが、とりあえず百聞は一見に如かずってやつだ。まずはお前ら、存分にもふらさまと戯れてきな」 「確かにその方が良いかもしれませんね」 一行から歓声が上がる中、瑠璃紫 陽花(ia1441)は静かに呟く。もふらさまに触れ合うことで、多少は何を考えているのか分かるようになるかも知れない。‥‥何も考えてないという可能性も捨てきれないけれど。 「成程。我々だけでなくもふらさまにも慣れて頂くというお考えですか。では荷物は降ろさず、このまま行くべきでしょうね」 涼翠に意を確認し、それを皆に伝えるジョン・D(ia5360)。 「とりあえず、途中の村に置いていくもふらさまは群れ毎に分けてある。だがまずは深いことは考えず、全部撫で繰り回すつもりで行ってきてくれ」 「ふむ、期待を裏切らぬようにせんとな」 腕まくりをして、早速柵へと向かう雪恋(ia0651)。他の皆も、すぐさま我先にとそれに続く。 皆を柵の中に送り出すと、その活気に頼もしさを感じる。笑みを浮かべながら、とりあえず一服用のお茶の用意を始める涼翠だった。 ●道中 最初にして最大の難所は、麓に向かうための山道だった。足場は悪く、道も細くて急である。 ほぼ一列に並ぶもふらさまの群れは、外れようとする個体の識別こそ簡単だが、その扱いは熾烈を極めた。 「言うことを聞くのじゃ‥‥聞けと言っておろうに!」 本気で怒鳴れば首を竦めて大人しく従うもふらさまだが、生憎、子もふらさまはますます興奮して大はしゃぎするばかり。折角用意した玩具も好物も、全く役に立っていない。結果的に、紅龍を中心に手の空いている者が、最後には結局全員で手分けして子もふらさまを抱えて進むことになった。 「あんまり甘やかさないでくれよ。この先長いんだからな」 そうは言っても、想像以上に群れの扱いに苦労する涼翠は、苦笑こそして見せても開拓者に任せるほか無い。 それでも、崖を滑り落ちそうになる一幕はあったものの、その日の夕方には、無事に麓の湯本村に辿り着くことが出来た一行であった。 明けて翌日。天気は秋晴れ、道も打って変わって平坦な田舎道。 人影の少なさは不穏さを思い起こさせるが、相も変わらずにぎやかな一行は、度々それをすっぱり忘れてしまう。 「ええ依頼見つけたなぁ。姉さんも来れたら良かったんどすが‥‥」 手に一体、肩に勝手にしがみ付いてばたばたもがくものが一体、その他足元には都合八体。見事に子もふらさまに囲まれている芽依華が、集団の中段で心底残念そうに溜息を付く。振り返ると、もふらさまの群れ一つを挟んだ後ろでは、紅龍と陽花が同じように子もふらさまにまみれている。 昨日の宿では、到着後にもふらさまの体を清めるという名目の水浴びが行われた。湧き出す温泉を使っての作業のため、水の冷たさとは無縁であったが、気を抜くと体を震わせて水を飛ばすもふらさまの攻撃に、一行からは笑い声が絶えることがなかった。 その上、もう少し慣れさせた方が良いという涼翠と一行双方の意見が一致し、水浴びを終えた子もふらさまが女性部屋に放たれることになった。‥‥夜も更けるまで、どたばたと嬌声、たまに本気の怒声が絶えることは無かったとか。 そんな努力の賜物か、この道中は前日と比べると格段に、とはいえ静かとは言えない程度に和やかに過ぎていった。 ●会敵 「煙巻さん、何かいます」 「そのようだな。涼翠さん、停止の合図をお願いする」 そろそろ次の目的地、二瀬川村が見えてこようかという時分。川と木立に挟まれた道に、暮れ始めた日の影が長く映り始めている。 そんな道の先、いつの間にやら鎧が一体立ち尽くしていた。遠目にも緩慢とした動作は不審極まりなく、指物に記された炎に包まれた獣は嫌悪を感じさせる。 「『狂骨』か? ‥‥やれやれ、せっかく牧歌的な気分でいたのを邪魔してくれるな、ってなっ!」 天儀人形を手に、術を発動させる煙巻。すぐさま火を操る式が火の輪を両手に顕現する。それがアヤカシに投げられると同時に、暮穂の手からも風魔手裏剣が三閃。 鋭利に鎧を穿つ音と爆音が重なり、爆炎と砂煙を巻き上げる。しかしそれが晴れる前に、鎧姿のアヤカシはこちらに向かって歩を進めてくる。そしてその歩みは、すぐに速度を上げる。 「思ったよりも硬い?!」 「だが利いてはいるようだ。暮穂さん、そのまま投擲、続けてくれ、っと!」 続けて式を召喚し始める煙巻。その落ち着いた仕草に、ほんの少し浮き足立った気持ちが落ち着くのを感じる暮穂。 「分かりました。‥‥行きます!」 隠しから手のひらに手裏剣を忍ばせると、暮穂は鋭い呼気と共に続けざまにアヤカシに向けて投擲を始める。 涼翠の合図がジョンに伝わり、停止の合図が呼子笛で知らされる。その笛の音には二日とはいえ十分に慣らされたもふらさまと子もふらさま、一行の合図を待つまでも無く、笛の音に反応して歩みを止めるものも多かった。しかし続いて前方から聞こえた爆音と戦いの気配には、多少離れていても身の危険を感じるものらしい。もふもふと興奮するもの、怯えるもの、反応は様々ながら、一様に落ち着きが無くなっていく。 「子鬼‥‥ では無いのか?」 射線を取ろうと川べりの岩に飛び乗った由他郎は、事前の情報と異なる敵に悪寒を感じる。瞬間、同じように中段で視界を確保したジョンから後方注意の合図が響く。 「雪恋!」 「うむ、もふらさまはわしに任せろ。アヤカシは任せた!」 後ろから子鬼が二匹、駆け寄ってくることを確認だけすると、潔くもふらさまに向き直り、後ろに迫る脅威を感じさせない声色と態度で宥め始める雪恋。 (「ここが正念場だな」) 預けられる信頼の重さと、己の力を試す機会に武者震いが走る由他郎。番えた矢は睨み付けた子鬼の急所へと吸い込まれるが、まだ動きを止めない。 (「‥‥あせるな。次で決めれば十分間に合う」) 静かに次の矢を番え、小癪にも矢を避けようと歩調を緩めたり飛び出す挙動を見せる子鬼に狙いをつける由他郎。 (「おおと、の、さまのた、め?」) 不意に子鬼の言葉が読み取れた由他郎は、矢を放った後にその意味に追いついた。 「大殿様?」 仕留めた子鬼が瘴気に帰る。矢を放った姿勢のままそれを確認しつつも、思わず呟いていた由他郎。だが、まだ敵は残っている。ジョンの牽制に感謝の合図を送りつつ、次の的に向かって狙いを定める由他郎だった。 すかさず心眼を発動させた芽依華は、側面にうごめく存在を捉える。 「紅龍はん、陽花はん。横からも来ますえ!」 その声の直後、ジョンの鳴らした合図が後方からの敵襲を知らせる。 だがそちらに由他郎が向くことを確認すると、もふらさまに向かって静かに諭す芽依華。 「動いたら、あきまへんえ?」 一喝するより遥かに静かな一言は、それでも大きな効果を及ぼす。子もふらさまは勿論、それを聞きつけたもふらさまも、こくこくと静かに首を振って肯定の意を示す。 「ええ子たちや」 艶やかな笑顔を残し、木立に向かう芽依華。丁度飛び出してきた三匹もの子鬼をそこで迎え撃つ。 「あんたら! うちのもふらさまにいらん事しよったら! うちは絶対許さへんえ!」 抜刀した珠刀に炎を纏わせ、子鬼を一喝する芽依華。 三対一という絶対的な有利に関わらず。子鬼達は表情の変化こそ見せなかったが、慎重に芽依華を取り囲み、攻撃を開始する。 「こんな時こそ。‥‥もふらさまのぬいぐるみです」 じゃじゃーんと懐から出したぬいぐるみは、出発前に万商店で引き当てたもふもふのぬいぐるみ。そんな掛け声と共に陽花が目の前に差し出すと、何匹かは我先にと群がり始める。 「これも使ってくれ、陽花」 こちらも持参していたぬいぐるみを、片手に子もふらさまを群がらせた陽花に投げて渡す紅龍。 ついにはもふらさまにまで群がられる陽花には心の中で手を合わせておき、その騒ぎに加わるでもなく固まってしまった子もふらさまを押さえに行く。このまま動かないなら都合は良いが、いつパニックに駆られて飛び出していくか分からない。 「ほら、よしよし。‥‥よしよし」 どれも動けない割に、心臓をばくばくと鳴らす子ばかり。 静かに抱き上げ、戦闘の空気から少しでも離してやろうとあやす、紅龍だった。 「後方は心配ないようですね」 牽制の矢を放つに留め、状況を確認するジョン。 (「どの群れも落ち着いているようだが、雲母坂様が離れた子もふらさまが少し手薄でしょうか」) 前方に呼子笛で合図し、煙巻と手信号を交わす。慌てて子もふらさまに向かう煙巻を確認すると、残る激戦に視線を移す。 (「群越しでは‥‥中々射線が通り難い」) 頻度が落ちるのは我慢していただきましょう、そう独り言ちながら、芽依華の援護を開始する。 「あと一つ!」 ジョンの援護と陽花の回復を受けながら、三匹の子鬼と対峙する芽依華。 子鬼の棍棒から受ける衝撃が体の芯に響くが、激情に水を差すほどのものではない。 「はぁぁぁぁぁ!」 そして炎を纏う珠刀の一閃が、真一文字に最後の子鬼を断ち切る。 「うちを怒らせたあんたが悪いんやで」 刀を収めて一息つく芽依華。どうやらここが最後のようだが、群れに被害は無いようだ。 「大丈夫ですか?」 慌てて駆け寄ってくる陽花には、傷が痛みはしたが、もふらさまを守れた安堵に笑顔で応える芽依華だった。 ●到着 川べりでの戦いの後、旅程は恙無く過ぎた。 由他郎が気付いた「大殿様」という単語は一行の中でも話題となり、とりあえず二瀬川村の風信機を借りて開拓者ギルドへ報告しておくこととした。だが驚いたことに、似たような報告が理穴の依頼に赴いた開拓者の一行から、いくつも上がって来ているらしい。 「雲行きが怪しいのは分かっていたつもりだが‥‥」 故郷を思う由他郎の表情は厳しい。だが、今回の依頼で手ごたえは掴めたつもりだ。 「左様。焦る必要はありませぬ。人事を尽くすことのみが、良き未来に繋がりまする」 ジョンはもふらさまとの別れを惜しむ一行を眺めながらも、そんなことを呟く。 「‥‥そうだな」 一瞬呆気に取られた由他郎は、すぐその言葉に納得する。今の理穴は不穏すぎるが、先には明るい未来が繋がっていると信じて行動するしかない。 「ま、そのためにも。もふらさまとはしっかりお別れを済ませておこうか。次代を担う子もふらさまには、この先頑張ってもらわないとな?」 ジョンを促し、一行と合流する由他郎。 「ああ、子もふらさま連れて帰りとおすなあ」 皆の心情を代弁する芽依華に苦笑しつつも、惜しむ以上に期待を篭めて、もふらさまとの別れを済ます一行だった。 |