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■オープニング本文 実祝(iz0120)は、井戸の前で振り返った。 着いてきた結夏(iz0039)に一つ頷くと、固い地面を何度も蹴って足場を作る。 白木の木刀を逆手に掴んだ右手を添えて、左の手のひらを突き出す。 深く吸った口が結ばれ、軽く目が閉じられた。 眉根が寄り、徐々に手に力が籠もる。 (「集まって…… ぎゅっと固まって、凍れ!」) 実祝の手のひらで、小さく小さく音が軋んだ。 それは幾重にも連なる鈴音に変わり、けれど音が消える前に弾けて形となった。 掲げた手の前に、潰れた雪玉が浮いていた。 白くていびつで、あちこち欠けているかと思えば、所々透けて日の光をきらめかせている。まとう靄は沸き立つ湯気とも、凍てつく冷気とも判別できない。 「お願いします、結夏さん」 緊張に強ばる声に応じて、紫紺の外套がなびいた。 間合いを詰めた結夏がその腕を真横に振るう。 細工物が粉々になる音を響かせながら、だが打ち込まれた扇子は実祝の目の前で止まっていた。潰れて平べったい雪玉を半ば以上割りながら、それ以上動かない。 寸毫も譲らぬ押し合いは、だが唐突に雪玉が消えて終わった。 測ったように身を引いた結夏に対して、実祝はたたらを踏んで前にのめる。 両手を振り回す実祝を、結夏は軽々と後ろに回り込んで引っ張り寄せた。 「えっとその、こんな感じです。『氷霊結』の要領で、水の代わりに周りにある精霊力? を固めるんですけど」 顔を赤らめ頭を掻きながら。それでも実祝は顔に期待を覗かせていた。 ●事の始まり? 表に大きく『氷屋』と書かれていても、この時期の品書きは普通の甘味屋と変わらない。 結夏は結局粒あんのお汁粉を頼んで、ようやく座敷の炬燵で足を崩したところだった。暖かい湯飲みを両手で抱えれば、心までほっこりうれしくなるものだ。 (「寒いのは苦手ですけど。この時期の暖ほど、ありがたいものはありませんね……」) 強ばりと一緒に眠気まで溶け出してきそうなほど、店の空気は柔らかだった。 「ねえ結夏さん。結夏さんって、一人旅が多いんでしょ? 使い勝手のいい小型の結界とかって、欲しいと思ったことない?」 甘味を並べた実祝が、お盆も抱えたまま目を輝かせていた。 ぶんぶん振るしっぽが見えそうな威勢のある笑顔に、結夏も穏やかに相好を崩して向かいの席を指した。 「ありますよ。幾つか試作してみて、それに命を救われたこともあります。でも危ない術は使わずに済むに越したことはないですから、それっきりで……」 結夏は何故か途中で顔を赤らめると、慌てて一度随分怒られたんですと言い訳を始めた。 だが実祝はろくに聞かずに、拳を握って詰め寄った。 「それ分かるよ、お姉ちゃんも最近うるさいの! でもさ、危険を減らせる策を用意するのは悪い事じゃないし、他の人の役にも立つんじゃないかなって!」 ちょっと見てくれませんかと、実祝は勢い込んで結夏の袖を引っ張り始めたが。 厨房から出てきた姉の市香に、縦にした盆で後頭部を叩かれると。実祝はその場で声も出せずに、頭を押さえて畳にうずくまった。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
静雪 蒼(ia0219)
13歳・女・巫
鳳・陽媛(ia0920)
18歳・女・吟
斑鳩(ia1002)
19歳・女・巫
倉城 紬(ia5229)
20歳・女・巫
マテーリャ・オスキュラ(ib0070)
16歳・男・魔
四方山 揺徳(ib0906)
17歳・女・巫
ファムニス・ピサレット(ib5896)
10歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●待ち合わせ前に 足を止めては地図をなぞり、指を止めては辺りを見回す。 安神の真ん中を流れる川、目の前の橋の袂の立て札、そこから二本目の通り。四辻の手前は草履屋、その隣は瓦版屋。その通りを真っ直ぐ…… 白地に藍の波飛沫。赤で一文字「氷」と染め抜かれた幟を見つけて、ようやく、鳳・陽媛(ia0920)は小さな肩から力を抜いた。 「あれ……?」 だが近寄った戸口は閉じられていて、曇り硝子のはまった格子の奥には逆さの暖簾が透けていた。開いた懐中時計は昼には早い時刻を指している。 「少し早すぎたのかな」 「どうしたんですか、入らないのですか」 思わず引っ込めた手を抱えて振り向くと、斑鳩(ia1002)が目を瞬かせていた。 「驚かせました? えーと、あなたもかき氷、じゃなくて。勉強会に参加するんですよね」 ぎこちなく頷く陽媛に笑顔を返すと、斑鳩は威勢の良い声を掛けつつ勢い良く戸を引いた。 「こーんにーちはー! うん、店の準備は出来てるみたいですから、中で待たせてもらいましょう。風邪を引いては、依頼どころではありません」 きっと氷室ですと言い切る斑鳩に押し切られて。結局陽媛は座敷の掘り炬燵に収まった。 厨房と客席の境目で、実祝が小気味よく握り手を回していた。こぼれる音は軽く薄く柔らかく、何故かひどく心地よい。 思わず耳を澄ませていた倉城 紬(ia5229)は、間近な声音に我に返った。 「冷めても美味しいものも用意できますけれど。それでもやはり、熱いお茶が欲しくなるはずです……」 柊沢 霞澄(ia0067)の言いたいことは良く分かった。調理台に並んでいたのは、仕込みの終わった甘味の数々。 串団子は粒餡とみたらしに黒胡麻。饅頭は黒糖を練り込んだ薄皮。白く粉の振られた豆大福。淡い紅に清々しい葉の香りをまとわせているのは、少し季節の早い桜餅。 どれもが程良く甘く、暖かくて柔らかいのは確かめたばかり。店主の市香から好きなだけ持って行って良いとのお許しが出てはいたが、だからこそ寒風に晒すには抵抗があった。……代わりに小遣いなしを言い渡された、実祝が少し哀れだったのも一因ではあったのだが。 「あ、の…… あのあの! ファムニス、お餅が参考にならないかなって……」 ファムニス・ピサレット(ib5896)はそれまで揉みしだいていた袋から、手当たり次第に掴みだして並べ始めた。 紬は霞澄と目を合わせると。とりあえず慌てるファムニスが落ち着くまで、様子をそっと窺うことにした。 「すぐ見つかる思たんやけど、この辺にはなさそやなぁ。それにちぃっとばっかり、縁起悪いやろか」 扇の先におとがいを乗せながら、静雪 蒼(ia0219)は葉がすっかり落ちた生け垣を眺めていた。 「流石に残ってないと思うでござるよ? ……でもまあ、ある意味食べ頃かもでござる。軒下に干したのとか、焼酎に漬けたのとか」 「え? ……干したり漬けたり、するんですか?」 ぴたりと静まった四方山 揺徳(ib0906)に続いて、マテーリャ・オスキュラ(ib0070)の声が潜められた。 数歩歩いた蒼が、続かぬ足音に怪訝そうに振り返れば。中腰に構えた二人が、垣根から首だけ突き出した猫と顔を突き合わせていた。猫は目を見開き毛を逆立てているが、揺徳の鋭い眼光も猫がくわえた干し柿を捉えて離さない。 「何を頓珍漢な…… 飛空船はもう出るいうてますのに。遅れてしもたら二人とも、どない責任取ってくれはるんやろか」 蒼の手の中の扇は二人と一匹の背筋を震わすほど、思いの外高く大きく鳴った。 ●座学は省略で 「天気が持つのは分かってても、やっぱり寒いですよね」 空を見上げていた陽媛が身を震わせた。ほんとだよねと頷く実祝は、手をこすり合わせて息を吹きかけるのに忙しい。 「止めておきますか? 水を撒いた方が凍りやすいかもというのも、私の想像に過ぎません」 言いよどむ紬が、実祝の両手をそっと包んで胸元に寄せた。少し濡れた瞳に見上げられて、実祝は引き抜いた手を大袈裟に振った。 「大丈夫! 簡単なとこから試したいって言ったの、こっちの方だから。ささっと終わらせるつもりだし、美味しそうなお昼も待ってることだし!」 実祝が指さした先では鍋が七輪に掛けられ、そして既にそれを囲む人の輪が出来ていた。 「あ、れ?」 「大丈夫ですよ、まだ火を熾したばかりですから。それに、味見くらいでなくなったりしません……よね?」 紬にぎこちない笑顔で話を振られてしまうと。陽媛はやっぱり、素直に頷くことが出来なかった。 火を入れたばかりの炭は、揺らめく炎と一緒に灰を舞い上げる。それでも焚き火よりは余程煙りも少なく、鍋から上がる湯気に自然と皆の頬が緩む。 両手に歯形の付いた林檎を掴み、しゃりかしゅと景気良くかぶりついているのは揺徳。それを横目に、蒼は手のひらに乗せた蜜柑を転がしていた。 「神威の木刀使うても失敗しはるんは、ちょおっと想定外どすなぁ」 氷屋で甘味を振る舞われる中、昼の献立を決め終えて揚々と店を出たまでは良かったのだが。道々聞いた実祝の思惑には中々の難題が混ざり込んでいた。 まずは術の発動率。師匠の虎の子を借りても、三回に一回は形にならないか、大した衝撃を受け止められなかったらしい。 そして結界の形。当初作ろうとしていたのは氷の結晶を見立てた、三重の六角形とその頂点を結ぶ強固な格子。かき氷を平らに潰したような今の形は、研究と妥協を重ねた成果だと言い張る。 最後にそのありよう。張ると動けなくなる結界は間違っていると思う。何故って、一人旅に使えないと不便だから。実祝は事も無げに、そう言い切る始末だった。 「まあ、実祝の言うことも分かるでござる。敵わない相手に足を止めても、結局はじり貧。治癒術を持っていないなら、尚更でござる」 揺徳は氷屋から引いてきた屋台を漁りながら、それでも口の端をつり上げる。 「そう、氷霊結も杖や榊は必要としませんし…… それに身を守るなら太刀や、せめて長柄の武器を扱えた方が安全なはずです……」 考え考え言葉にする霞澄に、神楽もそうですとファムニスが小さく付け加えた。 イメージ次第じゃないかなと、マテーリャはフードを揺らしながら続けた。 「具現は無理じゃないっていう実演と、やっぱり用意した実物を使うってのが有効かなと。随分モノは集めたんですよね?」 「良いこと思い付きました! 少し力業な気もしますけど、確かそういうことわざもありました」 最後の説得は任せてくださいと、斑鳩が指を立てて声を潜めると。一行は更に輪を縮めて、口裏を合わせ始めた。 ●試されるとき 杖を捧げ持ったマテーリャが、不意に霞んだ。フードからこぼれる詠唱までが遠のく。 くすみながらも透けていた景色が、唐突に塗りつぶされた。曇り空のような色をしながら、歪んだ像を結ぶほどに硬く平坦に、滑らかに立ちはだかる。 あんぐりと惚けた顔で近寄った実祝は恐る恐る触れた壁に、次いで握った拳の底を叩きつけた。しばらく動きを止めた後、無言でその場にうずくまる。 「このように。……えーと」 『アイアンウォール』を回り込んできたマテーリャは、思わず悶絶する実祝から目を逸らしてしまう。それでも咳払い一つで己を立て直すと、壁を手の甲で軽く小突いて先を続けた。 「硬さ重さは鉄そのものですが、もちろん鉄を作り出す訳ではありません。このまま放っておけば、だいたい一日で消えてしまいます」 ファムニスは驚いて引っ込めていた顔を、紬の影からそろそろと覗かせた。気付いた実祝はかすかに片頬をひきつらせつつ、笑顔で応えて立ち上がる。 「精霊の恩寵に違いありませんが、重要なのはこれが確立した体系であるということです。助けを求めたものがいて、それを救おうとしたものがいて。追求・研鑽し続けた末に結実した、人の意志であることを示しています」 続けようとするマテーリャに目配せをしたのは斑鳩だった。 実祝は壁を睨んで大きく首を傾げていたが、無言の視線に気付いて口籠もる。そろりとマテーリャを見てから、躊躇いがちに告げた。 「えーとね。手のひらから離れたところに作るのはどうかなって。安定するのは分かるんだけど難しそうだし、振り回せなきゃ受けなんて無理だっていうのは譲れなくて」 実祝の背後で、目配せと手振りが音もなく交わされた。手を突きだした斑鳩が軽く頷いて収めると、一歩進み出て実祝の肩に手を置いた。 「勿論、こんなに大きくする必要はないと思います。大は小を兼ねると言いますが、大きさよりも大事なものが……?」 実祝を含めた数人の視線から不信の念がにじみ、すぐに気まずい雰囲気に取って代わった。 斑鳩は口を噤んでマテーリャを一瞥するが、フードに隠れて視線は合わない。 「……あの?」 「いえ何でもないです! それより、その、大事なことってなんですか?!」 実祝がぶんぶんと首を振れば、斑鳩は眉根を寄せたまま口を開き掛けた。 「……えーと。……その、絶対までに高めた気合いと覚悟、だったでしょうか? あ、これは単なる精神論ではありませんよ?」 あからさまに気の抜けた実祝の顔が、続く声に緊迫した。 「巫女が守る相手は、自分だけではありません。お年寄りや小さな子の手を引くこともあれば、傷つき倒れた開拓者を背に庇うこともあります。それを狙うのは獣の爪や牙かもしれませんし、大鬼が振るう金棒、あるいは大鎧を撫で斬る太刀だったりするんです」 見計らったかのように、鯉口を切る音が鳴った。少し困った様子の霞澄が、蒼と陽媛にせがまれる格好で鞘を走らせていた。その音は二人のため息を切り捨て、太刀は静かに日の光を濡れるようにまとってみせている。 息を呑む実祝がそっと手のひらを見やる。斑鳩はあくまでにこやかな声を掛けた。 「結界を張る時には武器を握っていることも、それ以外に手が放せない状況というのもあると思うんです。そういう事態に備える意味でも」 「う、うん。そうだよね、何事も試してみないと罰が当たるよね? 食わず嫌いは損するだけだっていうし」 盾くらい大きくて、腕とか肩で受けた方が守られる方も安心だよね、などと実祝は軽口を装っていたが。全く微塵も、動揺を隠せていなかった。 ●上がりは遠く 実祝が太刀を振り上げたまま息を細めていた。 三歩離れた霞澄に気負いは見えない。左足をわずかに出した半身の構えで、軽く右腰に添えた両手からは木刀の柄だけが覗いている。 「集まって…… 幾重にも集いて巻いて…… 咲いて!」 鈍色の剣閃が音もなく地面を断ち割った。そのまま縫い止められたかのように、実祝は動かない。 最初に揺らめいたのは切っ先がなぞった、一寸先の宙だった。 わずかに遅れて、小さく雪が舞う。欠片は飴玉ほどに膨らみ綻び、そしてその振る舞いごと動きを止める。 だが霞澄が木刀を一凪ぎすれば。千早が靡くわずかな隙に、氷片は音すら残さず霧散した。 「こんなことなら、剣舞をきっちり習っておくんだった」 紬が帳面片手に、霞澄と熱心に言葉を交わしている。 実祝は目を逸らして息をついた。術の動作を型に落とし込むのは名案だったが、実祝はそもそも習熟した型というのも持っていない。 「聞いても、いいですか? その、実祝さんは氷屋さんなのに、今まで精霊さんたちにに感謝を捧げる機会、あんまりなかったですか?」 ひょこりと顔を出したファムニスが尋ねる。椿の花を手に待ちかまえていた陽媛は、思わず顔をひきつらせた。 「そ、そんな事は無いよ?! 奉納舞は得意……っていうのも違う……けど」 月歩は上手いんだよと呟く実祝の声は、とても小さく頼りない。 「だ、大丈夫ですよ! 小さくても氷の華はちゃんと咲いてましたから!」 陽媛のにこやかな笑顔に、けれども実祝は肩と一緒に煤けた影を落とした。 「まあ、その。えぇと、あれどすなぁ。……その」 蒼は扇を顔の前に広げながら、しきりに陽媛とファムニスに背中に回した手を振っていたが。不意に手を止めて辺りを見回すと、三人を誘って屋台へと向かった。 ●我に返って一休み がちがちと歯を鳴らせる揺徳は、霞澄に支えられながらも箸を離さなかった。 白い雪山が盛られたような椀を受け取ると、だが一瞬も躊躇せずに口を付け、間髪入れずに一息で干す。 「鶏ガラ仕立ての雑煮風、みぞれ鍋です。良い大根でしたが、味をしみこませるには時間が足りなそうでしたので」 まるでかき氷みたいですと感心する斑鳩に、紬とファムニスは狙ってみましたと口元を押さえて笑みを交わす。 「なら折角ですから、糖蜜を掛けてみましょうか。疲れた時には甘いものがよいと言いますし」 懐を探ったマテーリャが真っ青な液体の詰まった瓶を取り出した。 何が起ころうとしているのか分かりかねる中。蒼が咄嗟に飛びついたものの、惨劇を完全に回避することは出来なかった。 かすかな柑橘の香りが、確かに隠し味と言えなくもない。それが皆の偽らざる感想ではあったものの。 「隠れてないです。見た目的に全然」 「同じ渦模様でも…… 大理石の方が美味しそうって何事でしょうか……」 難しい顔で匙を掬う陽媛に、味は悪くないのが納得できませんと、霞澄は緩く首を振っている。 紬は努めてため息を堪え、書き留めた帳面に目を落とした。 氷結契を巡る攻防は、一進一退に留まっていた。 作り出す素材を変えるごとに発見はあったものの、それはなかなか安定に繋がらなかった。 水晶の塊のような氷は決して賽子より大きくなることはなく。椿を模した雪の塊は、拳ほどまで膨らんでも花びらに解けてしまう。指先で回す戦輪は、どうしても餅のように柔らかくて伸びて固まらない。 結界を張り付けて装甲を増すという実験は、継ぎ目を凍らせ動きを阻害するという妙手まで発展したものの。何故か溶けて水になるという惨事を引き起こし、揺徳を濡れ鼠にしたところで文字通りの水入りである。 「結界の事前設置は他職に実例あるも、具体的な手段は皆目見当つかずに着手できず。瘴索結界の応用は別途探知系に流用を提言、と」 書き漏らしてないでしょうかと、紬は再度最初から読み直す。 「事象は拾えましたし、氏族側で様々調整されると聞いてます。実のある勉強会になったと思うのですが…… でも雪だるまはちょっと、心残りです」 蒼が精神統一にと蜜柑を凍らせた流れで、小さな西瓜ほどの雪玉を作ったのが精一杯。五分と持たなかったのも残念だった。 一際強く吹いた風が、紬の襟元を吹き抜け髪を揺らした。空に差す赤みが、その冷たさを増す。 「二段に重ねるまではあと少し、だったと思うのですけど。時間切れなら仕方ありません」 帳面を閉じると、一際大きな歓声と鈍い音が響いた。腰を押さえてうめく実祝の足下が、夕日を受けてきらきらと輝いていた。 |