【花祝】その気も暇も。
マスター名:機月
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/06/29 19:52



■オープニング本文

「招待状? 宴席に出る暇なんてないから断っておいて」
 引っ込まない手をいぶかしんだ西渦(iz0072)は、東湖(iz0073)の不思議そうな顔に嫌な予感を覚えた。‥‥そういうものほど良く当たるのは、決して日頃の行いは関係ないに違いない。
「本人が欠席する訳にはいかないんじゃないの? その、結納なんだし」
「‥‥へっ?」
 しばらくの間を置いてから、再起動した西渦が乱暴に書状を破り開けて目を通す間に。東湖は静かに部屋を出ようとしたものの、首根っこを押さえられてしまうと、可愛らしいが確かに呻きを上げてから目を閉じた。
「何がどうなってるのよ! 香流 充(かなれ みつる)?! 誰よ、こいつ!」
 睨み付けられた東湖は観念したように。きれいに繋がったらしい考えを、あくまで推測だからね、と断ってから続けた。
「多分ね、純粋な好意だと思うの。姉さん、ここの所忙しかったでしょ? 香流のおばさんは表裏のない人だし、息子さんも陰陽寮に仕える好青年って噂だし」
「だったら、あんたが受ければ良いじゃない!」
 妹も久しく泰暮らしが長かったはず。実家にはろくに戻っていないのは同じはずなのに、と西渦は珍しく歯軋りして詰め寄る。
「えと。僭越ながら、私はまだ花嫁修業の途中ですから。姉さんと違って、お花もお茶も、まだ免状取れてないですし‥‥」
「何で目を逸らすのよっ! ちょっと、知っていること全部話しなさいっ?!」
 去年、『不寝番』となることを納得させるためにした無茶を、今頃呪詛返しされた気分である。だがしかし、今年は更に難関の『依頼調役』に挑むつもりであった。
 笑みを浮かべながらも決して目線を合わせない妹に、逞しく育ったものだと意識の冷めた部分は感慨に耽りながらも。その他の大部分は事態をどうにかするために、東湖の胸元を掴み直してがくがく前後に振りながら、内心策を巡らせ始めた。


■参加者一覧
葛城 深墨(ia0422
21歳・男・陰
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
焔 龍牙(ia0904
25歳・男・サ
滝月 玲(ia1409
19歳・男・シ
水月(ia2566
10歳・女・吟
将門(ib1770
25歳・男・サ
久坂・紅太郎(ib3825
18歳・男・サ


■リプレイ本文

●混戦模様
「陰陽寮を探ってきたんだが、な。どうやら香流の兄君は、随分と乗り気な様だ」
 気の毒なことだ、と将門(ib1770)が首を振りながら告げた。詳しいことは誰にも話していないようだが、明らかにこの週末を待ち遠しそうに過ごしていたらしい。
「いきなり乗り込んで、よく分かったね?」
 お疲れさま、と声を掛けたのは滝月 玲(ia1409)。一緒に相談をしていたらしい柚乃(ia0638)は、一旦筆を止めて茶を注ぐと、おずおずと湯呑みを差し出す。
「ありがたい、馳走になる。‥‥それがその、張り切り過ぎという奴なのだろうな。先日の実験とやらで色々やらかしたらしくてな。ちょっとした有名人になっていたよ」
「充さんはお体、怪我とかされたりはしていないのでしょうか?」
 柚乃が不安そうに尋ねると、将門は意外そうにしていた表情を崩して、その心配はないと頷いた。
「それが原因でしばらく謹慎、なんて事になったりすると、話は簡単なんだけどね」
 玲の言葉に、それこそ不謹慎です、と柚乃は頬を膨らませて窘めた。

 事前に接触できたのは、結納相手の妹に当たる真琴だけだった。様々な書類を通して小型の飛空船を仕立てたのは西渦だったが、日中故に同席は出来ない。結局応対には東湖と水月(ia2566)が当たっていた。
 一通り経緯を説明し、西渦にとって如何に今がギルド職員として大切か、熱意を持って事に当たろうとしているかを説き始めたところで。それまで黙って話を聞いていた真琴が席を立った。
「これ以上、私が話を聞く必要はありません。外野がとやかく言うことではないと思いますし」
 毅然とした態度には、それ以外の何かが混ざっているように思えた。
「これだけは聞かせて欲しいの。充さんは、西渦さんの事をどれだけ知っているの?」
「お兄がどう思っているか、ですか? ‥‥そんな事、知りません」
 些か不作法に、真琴はぷいっと視線を逸らす。
「あんまり、手荒なことはしたくないの‥‥」
 真剣に見上げる水月の言葉を遮って。真琴はきびすを返してその場を去ってしまった。

 夜半を過ぎてから集まった一行は、西渦も交えて情報交換を始めていた。
「随分、聞いてた話より状況が悪化しているような。‥‥これは当日、大胆な策が必要かも知れないね」
 葛城 深墨(ia0422)が考え込むと、久坂・紅太郎(ib3825)が勢い込んで立ち上がった。
「なら恋人になってくれ! ‥‥っていやその、俺が恋人役に立候補するぜって意味でっ!」
 西渦の考え深げな固い視線は、すぐに破顔に取って代わった。
「その積極性は気持ち良いわね。それに年下だし」
「ええっ?! 西渦さん、年下が好みなんですか?」
 心底驚く焔 龍牙(ia0904)に、明後日の方向を見て頭を掻く紅太郎。
「だって、いじり甲斐があるじゃない」
 二人は肩を落とすが、周りからは笑いがあがったのだった。

「結夏さん! その、今週末お暇ですか?」
「え? ‥‥ええ、空けられないこともないですけど」
 戸惑う相手に、深墨は照れながらも用件を伝えた。
「西渦さんのお手伝いをすることになったんですけど、介添え人を務めようと思っています。とはいっても女性の手も必要でしょうから、手伝っていただけると助かるなと‥‥」
 風光明媚なところらしくて、気分転換にもなると思うんですよ、とは続けることができなかった。結夏は笑顔のままだったが、妙に空気が冷たくなっていた。
「分かりました。そうですね、衣装周りは私から聞いておくことにします。‥‥他に何か?」
 首を振るしかない深墨に、それではと会釈を残すと。その雰囲気を纏ったまま、結夏はギルドの受付奥へ行ってしまった。

●先立って
 料亭『上水流』へは、二手に分かれて入る手筈となっていた。一方は当日の護衛と介添え人として同行を、もう片方は料理人・配膳係として前日から紛れ込む。
「武天の旬の食材に、理穴の香草と。お、こっちの塩は朱藩の南志島産かぁ」
 水場に入り込んだ玲は、これは腕の振るい甲斐があると呟きながら、うれしそうに品書きを考え始めた。袖を引かれてそちらを見れば、水月が心配そうな顔を向けていた。
「大丈夫、結納の席に合わない『縁切り料理』は忘れてないって。鮎は縄張りの強い魚だし、塩釜焼きにすれば縁ごと粉々って感じ。どうかな?」
 普通に美味しそう、と顔に浮かべた思いを、水月は頭を振って追い出したようだった。
「最初に出す煎茶と羊羹で気付いてくれると話が早いんだけど‥‥ っと、前菜は何にしようかな」
 口笛を吹きながら、道具・氷室・裏の畑と手際良く覗いていく玲に。少し心配を残しながらも、顔を輝かせて着いていく水月だった。

 柚乃が指で示して告げるのを、紅太郎がざっくりとした見取り図に書き付けていった。
「ここが水場。お料理が良く運ばれるのは、この棟の辺り。その中でも念入りに掃除されてたのは、こことここだって」
 ふーむ、と唸った紅太郎は、どこに隠れたものかと思案していた。いざという時のために駆鎧を持ち込んでいたが、部屋の中では使い所が難しい。
「それにしても、良くこんなに詳しい事を調べられたな」
 すごいじゃねえかと、紅太郎は本気で感心した。
「もふらさまがね、教えてくれたの」
 はにかむ柚乃の言葉を、管狐の伊邪那が揶揄する。
「教えてくれたって言うより、聞き出したが正解だよね。甘い言葉と、つぼを掴んだくすぐり方。ここで随分好き勝手にしている奴だったけど、あっと言う間に骨抜き‥‥」
 柚乃は真っ赤になりながら、相棒の口を押さえ込むのだった。

 厩舎で西渦を迎えた少女は、険しい表情のまま真琴ですと名乗った。先頭の西渦が怪訝な表情を浮かべている間に、その後ろに続く人々に強い調子で続けた。
「護衛の方には控え室をご用意しましたので、そちらでお待ちください。旅路はともかく、料亭の中に危険はありません。ここからは先は心配無用です」
 妙見の首筋を撫でながら、アヤカシ関係はそうでもないんだがなと将門は思う。だが視線の先で西渦が済まなそうに目配せするのを見て、素直に頷いた。
「俺たちは介添えです。衣装と化粧の用意をして来ましたので、西渦さんの準備を手伝わせていただきたいのですが‥‥」
 結夏が手に持った畳紙が覗く風呂敷を見せると、深墨も眞白の背から化粧箱を取り出して真琴を伺う。
「‥‥ご尤もですね。部屋の準備と、お兄、いえ、当家の面々に知らせて参りますので、少々お待ちください」
 形は丁寧な礼をしてから、真琴はその場を離れた。

●妨害と牽制と
 その足で厨房に現れた真琴は慌ただしく、だが細心の注意を払って、事細かな指示を出していった。
 給仕は年輩の女性がするようにくどいくらいに念を押し、座敷は周りに人が多いからと、屋敷から少し離れた池上の席に少々強引に移動させる。
「随分、念入りに警戒されたものだね。‥‥何に対してだろう」
 厨房を抜け出した玲が、何とは無しに独り言ちた。その後を、しょんぼりした水月が続く。
「真琴さん、開拓者ギルドに呼んだからかも‥‥」
「それは無いんじゃないかな。理由は東湖さんが付けたことになってたし、普通は開拓者が絡むような状況じゃないし」
 西渦の着替えを理由に場を追い出されてしまった深墨が、肩を竦めながら応えた。

 柚乃に連れられて将門が合流すると、やきもきする龍牙と紅太郎を合わせて、全員が池の畔に集まったことになった。一行は、橋から少し離れた木陰で車座になって、作戦を練り直し始める。
「駆鎧で乗り込むには橋は小せえ、池は深すぎると。かといって、生身で乗り込むってのは‥‥ ちょっと外聞良くねえよなぁ」
「迅鷹で混乱させようにも‥‥ いや、人相が分からない上に、もし西渦さんに怪我でもさせてしまったら」
 紅太郎と龍牙は、ああでもないこうでもないと、幾分思考を空回りさせていた。柚乃が偵察に放った住み着きのもふらさまは、茶菓子に餌付けをされたか、そのまま帰ってこない。
「ねえねえ。あたしが代わりに見てきた方が良くないかな? そう思わない?」
 柚乃は迷ったものの、伊邪那のいたずらっぽい笑みに気付くと、慌てて抱きついて止める。
「何か勘違いがあるように思えて仕方が無いのだが‥‥」
 どうも埒が開かないな、と呟く将門に、玲が指を鳴らして立ち上がった。
「真琴さんが一生懸命なのは認めるし、可愛いと思うけどね。まあ、龍牙じゃないけど、受けた依頼はきっちりこなさないと」
 水月と龍牙に声を掛ける。玲はその場にそれがあることを祈りながらも、皆に説明を始めた。

 結夏は随分前から気付いていたが、しばらく判断に迷っていた。
(「でも、そういえば‥‥ 合図も何も決めていなかったようですし、私も聞いて来ませんでしたね」)
 あまりの迂闊さに目を瞬き、そしてそんな自分に苦笑してしまう。
 東屋では恙無く、世間話に花が咲いていた。西渦と真琴の振袖に始まり、塙の留袖、結夏の一風変わった羽織物。それから上水流の天気に続いて、春先に香流で行われた花見の話と、中々無難な線を行き来していた。
 そんな時に、空から何かが降ってきた。一瞬陽を陰らせるものが、真っ赤な毛氈の上、光を受けて煌くモノに覆いかぶさる。銀の細工物、銀糸で刺繍された袱紗、そして一対の指輪。
 咄嗟に動いたのは、あろう事か充だった。袂から引き出したのは一枚の符、気合いと共に迸ったのは瘴気で編まれた網だった。それは真白い一羽の足に絡まるが、その動きを制限できたのは一瞬。訳が分からぬ内に視界は真っ赤な綿で埋め尽くされていた。結夏だけは三羽の迅鷹の爪と羽ばたきが、呪縛を断ち切り、毛氈を撒き散らしたことを認めていた。
 慌てて走る真琴と、余りの事に腰を抜かしてしまった塙を尻目に。香流家で充だけは、鳥が飛び去った方向を正しく見つめていた。

●痛み分け?
「護衛の方! その、鳥が指輪を! 何とかしてください!」
「無理だ」
 気の毒そうな表情を浮かべながら、将門はきっぱりと答えた。
「あれは迅鷹といってな。‥‥その、瑞兆を運ぶ鳥ではあるのだが、いかんせん甲龍とは速さが違う」
 結納の場にあるはずの光り物。それを三羽の迅鷹に奪わせるというのが、一行が辿り着いた唯一の穏便な策、だった。宝珠を飾った指輪の他に、幾つか合った銀細工。三羽がそれぞれくわえてきた中には、それでも男物の指輪が一つ、含まれていた。
「そんな‥‥」
 肩を落とす様子は気の毒であったけれども、変に慰めて口を滑らす訳にもいかない。将門の説明は少々挙動が怪しいものになってしまったが、それでも真琴は全く気付かないようだった。

「びっくりしたわ。みつ兄が『呪縛符』使えるなんて」
「まあ個人的に、珍しいケモノとか精霊に興味があってね。相手をしてみたことがあるんだ」
「‥‥鳥なんかも?」
「そうだね」
 西渦と充は、迅鷹の羽が舞い散る惨状を前に、暢気に語り合っていた。
「西渦に忘れられていたのはちょっと許せないけど、母さんが先走ったのは確かだしね。まあ、お近付きの印として、受け取って貰えるとありがたいんだけど?」
 充は疲労困憊の様子ながら、自力で取り戻した指輪を西渦に差し出して笑ってみせた。

「それがね、古い知り合いだったのよ、これが」
「‥‥忘れる方がどうかしてる、とか言わないでいただけると助かります」
 悪びれない西渦と違って、事前に顔を合わせていた東湖は真っ赤になりつつ小さな声で抗弁した。
「真琴がね、ギルドでつんけんしてごめんなさいだって。あと皆さんにも、あんまり男の人を近付けたくなかったって‥‥」
「それで西渦さん! ‥‥その、結局結納は?」
「うん、指輪が鳥に持って行かれちゃったし、今回はお流れ。元々叔母さんも、顔合わせくらいのつもりがとんとん拍子で話が進んだから、おかしいとは思ってたみたいだしね。でも瑞兆だっていう言い訳は気に入ったみたいね」
 しまったと顔をしかめる将門に、大丈夫よと西渦は手を振って答えた。‥‥柚乃はその右手の、見覚えのない指輪に気付いたものの。誰も何も言わないので、見なかったことにしたのだった。

 少し離れたところで微笑ましいやりとりを眺めていた結夏に、深墨は思い切って声を掛けた。
「そういえば結夏さんは、その‥‥」
 刺々しい雰囲気が薄れていた気がしたが、無言の冷たさに、そこで言葉は途切れてしまった。
「深墨さんこそ、どう思っているのですか?」
「‥‥俺は、この関係も良いかなって思ってますよ」
(「友人のまま、ですか?」)
 結夏は心の中で盛大なため息をつくが。何事も無かったかのように笑みを浮かべて、和やかな輪に加わった。