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■オープニング本文 −−神楽の都、開拓者ギルド受付。 「西渦さん、いるかい。‥‥おや、珍しいね」 勝手知ったるなんとやら。ギルドに入るなり受付の中に向かって声を掛けた青年が、続けて驚きの声を挙げる。 「西渦さん、いないのかい? そろそろ仕事に一区切り付きそうな頃合だって言ってたから、お誘いに来てみたのに」 お得意先である青年の心情を慮ってか、営業用の笑顔に一筋の冷や汗を伝わせながら、受付が応える。 「西渦さんなら出張です。‥‥その、武天の西海岸方面に、一週間ほど」 そうなの?、と素直にそれを信じてやはり驚く青年。 「今年は、もう海駄目だろう? だから山に誘いに来たんだけど‥‥」 こっそりと奥の職員に目配せをし、『解決中』とある一枚の依頼書を剥がさせる。 「帰ってくるころはこっちが都合つかないな‥‥ しょうがない、開拓者に依頼するしかないか」 話の唐突さに目を丸くする受付。そんな様子には気付かず、これまた勝手に拝借した依頼受け付け票に筆を走らせる青年。 「調(しらべ)さん、それはこちらの仕事ですから! 勝手に書かれて貼られても困ります!」 ん? と良い笑顔を向ける青年に、受付は溜め息を付くしかなかった。 依頼の内容とは、鍾乳洞の探索だという。 先日、困っていると言う理穴の下級氏族から山を買い取ったのだが、どうやら鍾乳洞があるらしいというのだ。元々木材の伐採くらいしか想定していなかったが、商売人の発想として観光地にでもしてみようという心積もりらしい。 「という訳で、一応安全確認を兼ねて見物してこようと思ったんだ、西渦さんと」 「‥‥安全確認前に、女性を連れて行くのはどうかと思いますけど」 じと目の受付にさわやかな笑顔を向けて、青年は続ける。 「必要があれば、開拓者を雇ったさ! だからその辺も、西渦さんに助言が欲しかったんだけどね」 どこまで本気なのか測りかねる青年の言動に、精一杯の努力をして溜め息を付くのを堪える受付だったという。 |
■参加者一覧
明智珠輝(ia0649)
24歳・男・志
雲母坂 芽依華(ia0879)
19歳・女・志
巳斗(ia0966)
14歳・男・志
上杉 莉緒(ia1251)
11歳・男・巫
四方山 連徳(ia1719)
17歳・女・陰
黎乃壬弥(ia3249)
38歳・男・志
大羽 天光(ia4250)
19歳・男・陰
蜜流(ia5119)
35歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●行きの道中 空は高く、そこに棚引く雲は薄い。 とはいえ日差しはまだ強く、稲穂が風に揺れる音はまだ軽い。 天は高くとも、もふらさまも肥ゆる気配はもう少し先のようである。 がらがらと引かれていく荷車を、オニヤンマがすっと追い越していく。 「従業員、ですか?」 「はい。色々管理も必要でしょうし、いざという時に近くに人がいた方が安心でしょう」 同行することになった依頼人の調(しらべ)と、行く先である鍾乳洞の管理について熱心に相談しているのは巳斗(ia0966)。事前に調べてきたのか、気になる点をいくつも依頼人に確認している。 「確かに、入った人数と出た人数くらいは把握しといた方が良いだろうね。迷子になる人も居るかもしれないし」 洞窟って居心地が良いからね、と楽しそうに笑うのは大羽 天光(ia4250)だ。 「迷子とか考えると、頭が痛くなるなあ。とにかく大きくて何か特色があれば人を集められると思ったんだけど‥‥」 どこか楽天的な感想を漏らす調。人件費って高いんだよなーと腕を組み頭を捻り、なにやら算段を始める様子。 「そんな話、まずは実物見ないと決めらんねえだろ。まずはどんと構えて‥‥ そうだな、挨拶も兼ねて一献どうだい?」 酒とヴォトカ、どっちにするかい?、などと重ねて勧めるのは黎乃壬弥(ia3249)。もふらさままでは借りられなかったため、今は荷車を引きながらではあるが、器用に徳利を傾けてはのんびりと旅を楽しんでいる様子。 「それはそうと、周りの里には行った事があるのかい? 人を集めるなら、宿にも目玉は必要だろう」 温泉とか無いのかい、と期待に満ちた目で答えを促すのは蜜流(ia5119)。 「それは聞いてみました。でも温泉は、山一つ向こうの湯本では出るらしいのですが」 残念ながらと答える調。 「でも近くには滋味溢れるものが良く採れるとか。きれいな川も流れていますし、竹林や松林なんかも立派なものがあるという話です」 ほほう、と思案顔になる一行。何やら計画を練る中、上杉 莉緒(ia1251)が楽しげな声を上げる。 「お料理は得意です。腕によりを掛けますから、楽しみにしてくださいね」 にこにこ笑う姿はとても可愛らしく、一行の表情は自然と緩む。 「獲る前に料理の話とは皮算用にも程があるでござる。それに同じ獲るなら、こう、金銀財宝のほうが拙者‥‥」 思わず不気味な笑いを零す四方山 連徳(ia1719)からは目を逸らしつつも、雲母坂 芽依華(ia0879)も楽しそうに次ぐ。 「きれいな川とは有望どすなぁ。地底湖で水浴びとか、気持ちええんやろうなぁ」 視線が合った明智珠輝(ia0649)には、殿方には見せられまへんで、とにっこり釘を刺してみるのだが。 「それは残念です。でも、神秘的な洞窟を楽しく探検できるならそれが一番ですよ。ふふ」 確かにその通りです、と聞きつけた調が笑みを浮かべる。‥‥依頼人がそれで良いなら、と肩の力をさらに抜く一行であった。 ●探検開始? 洞窟は、近くの里から歩いて三十分程度の斜面にぽかりと口を開けていた。 そこまでの道に難所など無く、途中には清水が湧く沢もあるほど。程よく散策に適した山道だが、同行した村人はこの辺りに来る事はほとんど無いらしい。途中、実のなりそうな林やら獲物の取れそうな獣道を見つけては、楽しそうに声を上げている。 「以前、この山に入って大目玉を食らったことがあるらしくって。自然とこの辺からは足が遠のいてますね」 そんな村人の言い分には首を傾げる調ではあったのだが。 「うん、幸先は良いみたいです」 とても満足そうに笑みを浮かべている。 山の幸に関する検分は付いてきた村人に任せ、一足先に洞窟へ到着した一行。簡単に入り口の草刈だけは終わらせて、探検準備を始めることにした。山といっても夏は夏、体を動かしていると火照ってくる以上、目の前の涼しげな洞窟の誘惑は魅力的すぎる。 「では皆さん。ふむ、やはり開拓者、手際が良いですね」 振り返る調は、一行が速やかに二班に分かれ、各々の作業分担まで済ませていることに感心する。 「では調さんはこちらへ。護衛は任せてください」 様々な道具を携えた巳斗が、さりげなく調に声を掛ける。 「ありがとうございます。それでは私は大人しく指示に従いますので、調査‥‥ いや、探検にしておきましょう。よろしくお願いしますね」 調査という単語に本来の役目を思い出して赤面する者も何名かいたのだが。全員が全員『この依頼人、やっぱり変わり者だ』と認識を深くする。 洞窟は入り口からの光が途絶えると、そこは暗闇、一行が持つ松明のみが唯一の光源となった。生命の気配は感じられず、立ち止まるとただ松明の燃える音が頼りなく響くのみ。 と言っても、それを実感するほど、一行の間に沈黙が広がる間はあまり無かったのだが。 「ひゃっ! 背中に冷たいものが!」 「大丈夫だよ莉緒ちゃん、ただの水滴だよ。ふーん、普通の洞窟とは結構違うんだねぇ」 びっくりしすぎて涙目の莉緒、それを慰める天光は出っ張りが出来始めている地面を見ては感心し。 「怪しげなつぼを発見でござる! ‥‥って中身はベーゴマとおはじきでござるな」 「ふむ、どこにでも元気な子供はいるということだな」 猛烈に肩を落とす連徳に、逆に蜜流は子供の度胸を称えてみたり。 そうこう騒いでいるうちに、一行は大きな空間の入り口に辿り着く。 「これは中々大きい。松明程度では奥まで照らせないようです」 場合によっては数百メートルくらいはありそうですねぇと感嘆の呟きを漏らすのは、先頭を歩いていた珠輝。 視界が狭いせいで遠近感が掴みにくいが、少なくとも百メートル程度は奥に向かってなだらかな傾斜が地面も天井も続いており、様々な鍾乳石が突き出しているのが見受けられる。元からあったものか長い年月を掛けて出来たものかはここから判別付かないが、視界を遮るほど大きな奇岩も、いくつかその姿をさらしている。 「ここらで二手に分かれたほうが良さそうだな」 木刀を肩に担ぎ、とんとんと軽く調子をとる壬弥。ここまでに心眼の反応は全く無く、少々手持ち無沙汰の様子。 「そうどすなぁ。ここも安全そうやし、手分けしても大丈夫やろか」 どうやろ、と振り返る芽依華には目を輝かせっぱなしの連徳と蜜流が映る。何か向こうで光ったと口にする二人は、一方は金目、もう一方は浪漫と何やら対極の思いに浸っているようではあるが。 「じゃあ、ボクらはこっちにしましょうか」 その様子にくすりと笑みを浮かべ、反対側、左奥への探索を提案する巳斗。残りの面々に依存は無く、そこで二手に分かれた直後に。 「何ということだ‥‥男だけの班じゃないか」 壬弥の小さくは無い呟きに対して、残りの巳斗・莉緒・天光と調の面々は。ああ確かにとは思いつつ、礼儀正しくその一言は聞かなかったことにしたのだった。 ●第一班の探検 珠輝・芽依華・連徳・蜜流の面々は、それぞれに探検を満喫していた。 最初の目印であった光物は水晶の原石であり、所々紫がかった透明な結晶は、その大きさと相俟って神秘的だった。依頼人の許可無しの掘削はまずいと止められた連徳は少々不満げではあるが、己の発見に満足げである様子。浪漫を求めていた蜜流は言わずもがな。乙女のように頬を赤く染めては見入っていた。 その他にも、まるで滝の如く垂れ下がる鍾乳石の絶景には歓声をあげ、雄々しく駆け抜けるもふらさまそっくりの奇岩にはそのアンバランスさに笑いを忍ばせ、不思議と真っ青な水を湛える水たまりの美しさにため息をつく。 唯一の男性である珠輝は、しかし苦も無くその空気に溶け込み、女性視点での鍾乳洞の魅力を手帳に書き綴っていた。それ以上に、むしろハーレムな雰囲気を楽しんでいる様子ではあったのだが。 そろそろ探検を始めて一時間も経とうかという頃。ふと目を向けた壁面に、この広場から奥に続く横穴が続いていた。 「おや、こんなところに横道ですか。‥‥そういえば先がある場合の対処、特に決めていませんでしたね、ふふ」 どうします、と振り返る珠輝に答えるのは、目を輝かせる女性陣。 「何やら水音がせえへん?」 「ハンターとしての本能が先に進めと訴えるでござる!」 「地底湖‥‥ あったら素敵、この上ないな」 積極的な肯定しかない回答に珠輝は苦笑を含みつつも、そのまま奥へ向かう一行。十分な警戒を怠ることは無かったが特に何事も無く、曲がりくねったその道はいきなり途切れる。 そして目の前には、先ほどの広場と同規模の空間が広がっていた。違うのは、松明を反射して煌きつつも、その深い底まで届く視界。恐ろしく透明度の高い、そしてそれでも奥まで明かりが届かない程の、巨大な地底の湖である。 ほう、と一行の誰もが見惚れるその景色。鮮やか過ぎるその視界は、どこか別のところに光源があるようだが、そんな些細なことには意識が向かないほど、見るものの意識を捉えて離さない。水があるからこそ届く視界が、水があるのに底まで見えるという不思議。静謐な水面は全てを飲み込む様にも、鏡のように全てを拒むようにも思える佇まい。湖底は天井と同じように、いやそれよりも起伏に富む、険しい山並みの様な鍾乳石の群れ。どこを見ても、自然の造形に対する畏敬が湧いてくる。 「これは‥‥ 思わず祈りを捧げたくなる厳粛さですね」 我に返って呟く珠輝は、略式ながら言祝ぎを紡ぐ蜜流を見て居住いを正す。 芽依華と連徳も沈黙を守り、その奇跡のような景色と祈祷に目と耳を澄ませる。 しばらくそうして過ごした一行は、思いの外満ち足りた心持ちで待ち合わせの場所へと向かった。 ●第二班の探検? こちらの一行は三十分もすると、一応の待ち合わせ場所とした、その広場の反対側付近に到着していた。 勿論、見慣れぬ鍾乳洞の探検である。皆楽しんではいたが、いまいち盛り上がりに欠けていた。反対側から女性陣の楽しげなやり取りが聞こえると合っては、尚更である。 「‥‥向こうは楽しそうだね」 詰まらなそうに呟く天光を壬弥が嗜める。 「いや、あの雰囲気は逆につらいんじゃねえか? 莉緒や巳斗はともかく」 え、僕はまだ行けますよ、と真顔で返す天光にでこぴんをお見舞いしつつ、依頼人に話を振る。 「どうだい、調さん。目処とか付きそうかい?」 「そうですねえ。確かに素晴らしい鍾乳洞だと思いますけど、何か物足りないというか。‥‥あ、だから朴念仁とか言われてしまうんでしょうかねえ」 依頼人も奥の嬌声が気になるのか、深く首を傾げて呟く。 そこに、くしゅん、と立て続けに可愛らしいくしゃみが響く。 どうやら奥で地図を挟んでやり取りしていた巳斗と莉緒のものらしい。平らな奇岩を机と椅子代わりに使っていたようだが、それで体を冷やしてしまったのだろう。 「おいおい、風邪なんか引いたら馬鹿らしいぞ? こっち来て‥‥ ん、この辺暖かいよな?」 壬弥が言わんとすることに気付くと、天光は目を閉じ、その感覚を研ぎ澄ます。 きょとんとする三人は気にせず、壬弥も舐めた人差し指をかざし、風の流れを読もうとする。 しばらくして視線を合わせた壬弥と天光は、結論が同じであることを確かめるとうれしそうに破顔する。 「そう遠くはねえし、向こうはもう少し時間掛かりそうだ。もう少し先まで、見に行ってみないかい?」 僕先に行くから! とさっさと飛び出そうとする天光の首根っこを捕まえながら、壬弥はまだ不思議そうな三人に問いかけていた。 「わ、わわ!」 その横道を奥に進むと、ちょっとした広間に辿り着いた。そこには池というには小さな水たまりが十数個ほど、まばらに散らばっている。 予想通りのものを見つけて歓声を上げた莉緒は、予想もしないものを一緒に見つけて慌てて口を閉ざす。 他の面々もすぐにそれに気付くと、思わず体を強張らせる。 視線を向けられた巳斗と壬弥は、静かに静かに心眼を使うが、感じ取れる反応は白。こっそりと交わした視線と手信号で意思を確かめ合うと、物音を立てないように気をつけながら、元来た道を辿っていく一行だった。 ●入り口まで戻ったあとで やきもきしながら待っていた一班と合流すると、興奮冷めやらぬといった女性陣を懸命に身振り手振りで静める二班の面々。不審そうではあったがとにかく意思の疎通が出来ると、速やかに鍾乳洞の入り口を目指して戻る一行。 何事も無く出口に辿り着き、だがそこで足を止めることなく途中で見つけた沢まで移動して、ようやく一息つく。 「どういうことか説明、してくれはりますの?」 がくりと突っ伏す男性陣を見て、少々険のある物言いで問う芽依華。いち早く回復した巳斗は、まだ呆然としている莉緒と調の介抱をするため、沢へと水を汲みに行ってしまう。 言い募ろうとする芽依華を手で留めておいて徳利を呷る壬弥は、それを天光に回してから口を開く。 「さっき待ってたあの先でな。多分温泉、見つけたんだがな」 口を開こうとする女性陣をまた手で押し留めておいて、天光から奪った徳利に再度口を付ける。それを調に渡しておいてから、先を続ける。 「そこでさ。蛇、見つけたのよ」 柄にも無く心底参ったような声をあげる壬弥に、眉を顰める面々。 「こ、こんなに大きいんです!」 その目には涙を浮かべながら、両手を一杯に広げて大声を上げる莉緒。 「そのくらいの蛇で、この騒ぎでござるか?」 心底不思議そうに問い直す連徳。 「うん、そこまで大きくは無いんだけどね。これくらいかな?」 後を次いで、莉緒が示すより少し小さく、一メートルくらいの長さを手で示す天光。 「その、いまいち要領を得ないのだが?」 不思議そうに首を傾げる蜜流に、沢から戻ってきた巳斗が答える。 「そう、そのくらいでした。長さが、ではなくて、太さが、ですよ?」 語尾は思わず乾いた笑いが続く。水の入った竹筒に無言で口を付けようとするが、震えて中々上手く行かない莉緒。 「本当に、見事な白蛇でした。いっそアヤカシなら、退治してもらって終わりなんですけどねぇ」 流石に白蛇は、と衝撃を隠しきれない調。 「‥‥」 絶句するしかない一行であった。 ‥‥里で開かれた宴席では、気前良く報酬は出すと応じてくれた調さんでしたが。時折、どこか虚ろな表情を見せていたようです。 |