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■オープニング本文 ●「からくり」 アル=カマル、神砂船の船室より発見された、人間大の動く人形。 陶磁器のように美しい肌は、継ぎ目ひとつ無い球体を関節に繋がれて、表情は無感動的ながらも人間さながらに柔らかく変化する、不思議な、生きた人形。 あの日、アル=カマルにおいて神砂船が起動され、「からくり」の瞳に魂が灯ったその日から、世界各地で、ぽつり、ぽつりと、新たな遺跡の発見例が増えつつあった。何らかの関連性は疑うべくもない。開拓者ギルドは、まず先んじて十名ほどからなる偵察隊を出した。 「ふうむ‥‥」 もたらされた報告書を一読して、大伴定家はあご髭を撫でる。 彼らは、足を踏み入れた遺跡にて奇怪な姿の人形に襲われたと言うのである。しかも、これと戦ってみた彼らの所見によれば、それらはアヤカシとはまた違ったというのだ。 なんとも奇怪な話であるが、それだけではない。 そうした人形兵を撃破して奥へと進んでみるや、そこには、落盤に押し潰された倉庫のような部屋があり、精巧な人形が――辛うじて一体だけ無事だったものだが、精巧な人形の残骸が回収されたのだ。 「‥‥まるで、今にも動き出しそうじゃのう」 敷き布の上に横たえられた「人形」を前に、大伴はつい苦笑を洩らした。 ●霞は深く、道も遠のく 農閑期はともかく、春を迎えれば人手は多いほど良く、それは幼い子供とて例外ではなかった。 何より、次瓶(じへい)の村から学問所へ至る道の霞が、どんどん深くなり始めていた。試験を控えた熱心な志を持つ若者を除いて、親たちはそれを理由に足を遠ざけるようになっている。それは伊鈷(iz0122)も同じだった。 「折角『序試』に受かったのにさぁ? 次は再来年までお預けって、どういうことよ〜」 椅子に座っていた伊鈷が、勢い良く机に突っ伏した。がちゃんと鳴って倒れ掛けた湯呑みを口でくわえると、そのまま音を立てて中身を啜る。それは単なる黒茶のはずだが、まるで酔っぱらいのような絡み方だった。 「仕方ないだろ、十二歳って申請で序試受けたんだから。年くらい誤魔化せって、俺はちゃんと言ったぜ?」 計名(けいな)の指摘に、伊鈷もむぐっと息を詰まらせる。 「だってだって! ばれたら即刻落とされるって錫箕(すずみ)は脅すし、序試さえ受かれば諸侯の手伝いも出来るって言う話だったし!」 単に最年少で合格したかっただろ、とは計名も言わない。科挙試験といえば、諸侯にとっても人材確保と言う点で一大事。白霞寨という山寨修復に、ぽんっと費用が出た事からもそれは明らかで、もっと口うるさい干渉や要求を予想していたのだ。にも関わらず、今のところ合格通知以外、音沙汰がない。 「代わりに錫箕がこき使われてるって事なのかねぇ。それならそれで、こっちは静かだし、相手も得してるんだろうし」 「そうよ、錫箕はどこ行ったのよ!」 「文句があるなら、飯を集りにくるな」 丼を二つ運んできた計名は、箸くらい持ってこいと、顎をしゃくって水場を指した。 ●試作品「魔槍砲・改」 「‥‥白くて丸い関節を持つ、人形の討伐?」 はい、と東湖が頷いた。その背後には、槍だか銃だか分からない物を山のように積んだ荷車が一台。それを引かされていた甲竜は、ぺたりと地に伏せ、荒い息を整えていた。 「開拓者ギルド経由の依頼と、こちらの諸侯からの要請が重なったのですが、ついでに試し撃ちの一石三鳥を狙ってみました」 これは朱藩で改良中の、魔槍砲という新大陸の武器ですと東湖は目を輝かせて告げた。そしてそこまでまくし立ててから、ふと我に返ったように呟いた。 「あれ。錫箕さん、こちらに戻られていないのですか?」 計名と伊鈷は顔を見合わせるが、とりあえずそれは後回しにして。近辺で確認されたという「人形兵」の方が一大事と、東湖に問いただし始めるのだった。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
恵皇(ia0150)
25歳・男・泰
葛城 深墨(ia0422)
21歳・男・陰
ルヴェル・ノール(ib0363)
30歳・男・魔
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂
ディスコ(ib6977)
26歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ●まずは‥‥ 互いに歓声を上げて再会を喜んだリィムナ・ピサレット(ib5201)と伊鈷だったが、二人とも直ぐに我に返ると話を元に戻した。 「問題の洞窟ってどの辺なの? 村に近いのかな、それとも白霞寨寄り?」 「えっと、丁度真ん中くらいだよ。ちょっと大きな楠に、リィムナが黄色の切れ端を付けてくれたところ。その反対側」 伊鈷の答えに顔をぱっと綻ばせたリィムナは、そのまま皆を引っ張って洞窟に向かおうとした。 「そんなに慌てんナって。魔槍砲もじっくり選びてーし、行き成り実戦てのもあれだろ。‥‥ちょっと色々、試してからにしねーか?」 最後の一言は少し声を潜めて、ディスコ(ib6977)が片目を瞑った。 「そりゃそうだな、撃ち方一つ知らない訳だしよ。‥‥誰か、使った事ある奴いるか?」 恵皇(ia0150)が顎を撫でながら見回すと、皆の視線は砂迅騎の二人に集まった。ディスクは悪びれなく首を振り、アルバルク(ib6635)も首を傾げながら呟く。 「改良型ってんなら、俺が知ってる奴とは違うだろ。確かにその辺り、確認しておいた方が安心だな」 「なら、試し撃ちもしといた方が良い訳かな。‥‥えっと、伊鈷さん? この辺りに、ちょっと騒がしくしても大丈夫な場所ってあるかな?」 葛城 深墨(ia0422)の不思議そうな視線を受けた伊鈷も何か気になることがあったようだが。それは一先ず置いて、ギルド職員が待つ計名の家へ向かうと。伊鈷は魔槍砲が積まれたままの荷車に、有り合わせの棒や板を用意して、そのまま近くの河原へと皆を案内した。 「両手で下に押さえ込むように構える、ですか」 試射を買って出た朝比奈 空(ia0086)は長い銃身を持て余しつつも、東湖の説明を口に出して繰り返していた。その穂先を即席の的に向けて、両手を絞り込んで念を込める。轟音と共に飛び出したのは、新大陸のおとぎ話、魔神が吹く炎のような代物だった。途中で幾つも渦を巻きながら、銃身の数倍にも達した炎の穂先。いや、穂先というには余りに長く、先端はわずかに広がり、最後は跳ねるように上向いていた。幅広な曲刀の刀身と言った方が適切だった。的の上半分は吹き飛んで、下半分も黒焦げになっていた。それも風に吹かれて棹から転げ落ちる。 「‥‥てっきり、火球が飛び出すものかと思っていたのだが」 皆を代弁するかのように、ルヴェル・ノール(ib0363)が呟いた。 「癖も相応ですね。離れた位置から狙いを付けるのは難しそうですし、負荷も『白梅香』並み。‥‥あまり安定していないということですから、もう少し余裕を見ておいた方が良いのでしょうね」 「威力は申し分ないみたいってことかしら。でもその分、集団で運用するには少し大変そうね」 空の言葉を受けて、リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)が人事のように指摘すると。我に返った一行は、間合いと射線の取り方について、慎重に話し合いを始めるのだった。 ●霞中を進んで 洞窟は直ぐに見つかった。道の左手に聳え立つ岩壁に、二〜三人が並べるほどの口が開いていた。霞は、その中にも入り込んでいるようだった。一行はぼんやりと浮かぶ顔を互いに見合わせ、手筈通りに準備を始める。 まずは空が進み出た。村人が入り込んでいないことを、あわよくば人形を見つけるべく、霞む洞窟内部を心眼で探る。戻ってきた空が黙って首を振ると、リィムナと深墨、そしてカンテラを灯したアルバルクが入れ替わりに前へ出た。 (「風の動きは‥‥ 見えないかぁ。式の邪魔にならないように、出来るだけ壁際を狙って、っと‥‥」) そっと風の刃を洞窟の奥に向けて放つリィムナの脇から、深墨が『人魂』で作り出した式神を送り出した。蝙蝠の翼と銀の髪を靡かせ、それは灯りを受けながら、風の流れに乗って洞窟の奥へと進んでゆく。 「壁も床も濡れているけど‥‥ うん、苔なんかが生えてたりはしないな。‥‥あ、広間かな?」 目を開いた深墨は軽く時間切れと呟いてから、皆を振り向いて続けた。 「しばらく通路が続いていて、その先は広間になっているみたいです。そこまでに不審なものも無いと思います」 足跡は、と短く尋ねる恵皇には少し考え込んでから、多分若者のものだけでしたと付け加える。 「‥‥ふむ、随分と肝の据わった若者だったらしいな」 落ち着いたルヴェルの一言に、違いないとアルバルクは破顔する。 「出来れば、待ち伏せしたかったとこだけどナ‥‥ ま、休憩を兼ねて少し様子を見ても、罰は当たらねーと思うんだが?」 ディスコの不意の提案に、皆は思わず顔を見合わせてしまった。 床や壁には継ぎ目がなく、そしてまっすぐに延びていた。山中ほどではないが、視界は変わらず悪い。通路が途切れた先には白い霞と、そして更に奥は闇へ溶け込んでいた。 わだかまる霞の先に、露に濡れた岩壁がランタンとマシャエライトの光に煌めいた。数十メートルはある、円形の広間。真正面には更に奥へと進む通路があり、そしてそこには何かがうずくまっているように見えた。 すぐに微かな音が聞こえ始める。不規則に床を叩くもの、何かをこすり合わせるようなもの。どちらも、ある程度の重さと硬さを感じさせる。透かさずリーゼロッテが風の刃が飛ばしたが、広間の中央をかき混ぜただけで、その何かの周囲は逆に霞が濃くなった。 「ぎりぎり届くか? あぶり出すから、詰めてくれよっ」 恵皇が語尾を残して霞を散らし、広間の奥に踏み込んだ。左前方から吹き出した炎が、いくつかの影を浮かび上がらせる。それを目指して踏み込んだディスコとアルバルクを迎えたのは、急に出鱈目に、拍子を上げた固い音だった。どうやら相手は、四つん這いで辺り構わず走り回り始めたようだった。 (「数は‥‥ 三つ?」) 広間に入ってしまった皆を、空はルヴェルと共に後ろから追い掛けていた。半ば無意識に目を閉じ、意識を凝らしている。 「入り口、上にも一つ! 来ます!」 とっさに斜め上に構えた穂先に、髪を垂らした逆さの顔が覗く。瞬間、轟音と炎の息吹が相手を捉えた。霞と一緒に飛んだのは、通路の壁と同じくらい、艶やかで白い肌をした人形だった。力無くだらりと後を追う全身は、だが球状の関節がばらばらの方向に動いて勢いを殺すと、空中で手足を広げて止まった。 「えっ?!」 その真下にいたリーゼロッテは、後ろから吹き抜けた爆風に髪をなぶられながらも、固い何かが擦れる音に向けて銃身を振り上げていた。開いた左右の手の間に人形の腹がぶつかる。だが人形は弾かれる前に手足をしならせると、銃ごとリーゼロッテに組み付き掛けた。それを逆に抑え込んだのは、場違いな蔓草だった。地面から延びて頭に絡んだそれは、ぎちぎちと音を立てながらも、辛うじてその勢いを殺していた。 「リィムナ、霞ごと人形を引き破がしてくれ!」 銃架を下ろしていたリィムナは、しゃがみ込んだままルヴェルの意図を悟った。胸元のアンクを握り締めて、ぎりぎりとしなる人形の首筋ただ一点に向けて風の塊を叩きつける。人形は、リーゼロッテが放した銃身を抱えたまま、魔術の蔓草の破片を纏いながら吹き飛んだ。 だが不意に。人形は銃身を残して、受け身も取らずに無様に地に落ちた。いつの間にか、その両手足には無骨な鉄の拘束具がはめられている。 符を払いながら地に伏したリーゼロッテが優雅に立ち上がると。転がっていた魔槍砲に軽やかに歩み寄り、躊躇なく筒を下に構える。 「出来れば関節を狙って‥‥」 その言葉が終わる前に。人形は炎の刃で頭を貫かれ、胴に穂先を突き立てられていた。それでも動きを止めずに蠢いていたが、さらに続いた砲撃に人形の胴体には風穴が開き、手足もぼろりともげてしまった。 「何か、おっしゃいました?」 銃身の反動は抑え込んだものの、風にその髪を靡かせたリーゼロッテの声はすずやかで、だが表情は影になって見えなかった。 ルヴェルと深墨は、ふるふると頭を振って応える。 (「触らぬ神に祟りなし、と」) (「まだ他に三体もいる訳ですし、ね」) 互いに視線を交わしただけで、二人は残る相手に向き直ったのだった。 ●零距離戦闘 「壁を使えば反動も殺せる、円陣を組んじまえ!」 いち早く奥の壁に走ったアルバルクが、指示を飛ばし始めた。砲撃と魔術で、霞は一時的にせよ大分晴れた。それでも人形は、思った以上に速く死角に回り込むように動き回っていた。 「出来るだけ足は止めるなよ? それから、恵皇には当てるな!」 「横切るぜ!」 ディスコの目の前を、何かが霞を引いて爆ぜ飛んできた。仰け反った人形と認めて、透かさず号砲を放つ。ディスコは相手の腕を一本吹き飛ばすが、快哉を上げる前に膝を突いていた。 「一発でガス欠かヨ、こりゃ流行らねえ訳だ! ‥‥ま、弱点を狙う必要がねえのは、ありかも知れないけどナ」 俺も援護に回るぜと、ディスコは槍を放り投げて曲刀を構え直す。辛うじて見えるアルバルクの手信号に従い、恵皇とは反対に、別の人形の背に回った。誰かの砲撃に跳ね飛んできた背中に、反射的に刃を突き立てる。だが人形は苦もなく手足の関節を回すと、ディスコの顔と左肩、そして両腿を足場にして宙に跳ねた。 「場所に縛られてる、って事なんでしょうか」 たたらを踏んだディスコの脇で、深墨が冷静に呟いた。興味深いと呟くルヴェルの言葉は、続く叫びにかき消された。 「じゃあ、この奥に宝がでもあるって事かっ?」 「そう願いたいもんだが、なっ」 恵皇が言葉を残して跳ねた後、三発目となる砲撃で相手を転ばせる。 「恵皇さん、すごい! よーしっ、あたしだって‥‥ わわっ?!」 リィムナは銃架を使って狙いを定めていたが、砲撃と共に魔槍砲が跳ね上がった。銃身こそとっさにかわしたものの、轟音までは避けきれない。 (「ううぅ、新しい武器って、色々難しいよっ! でも耳栓してたら、アルバルクさんの指示も聞こえないし‥‥」) 何で弐式の試し撃ちより音が大きいのかなとは思いながらも。リィムナは構えを変えながら、人形を狙い続けた。 ●戦い終わって 人形は、ほとんど跡形もなく粉々になっていた。魔槍砲の威力もさる事ながら、動きを止めた端から崩れていったためだった。 「ちょっと気にはなっていたのだけど、これは調べ様がないわよね」 呟くリーゼロッテに、ルヴェルも静かに頷いていた。 「弱点らしきものが無いというのが、唯一の収穫というところか」 だが道を進んだ先には、異質な光景が待ち受けていた。泰国風の衣装を着せられた人形が、全部で九体。日常を切り取ったかのように、食卓を囲むもの、椅子に座るもの。舞を踊るもの、それを眺めるもの、様々な格好仕草で並べられていた。 材質は広間で対した人形とあまり変わらないようだが、その頬には鮮やかな花を意匠化した模様が、入れ墨のように書き込まれていた。 「動く気配はない、と。いや、動き出されても困る状況な訳だが」 肩を竦めるアルバルクに、空も頷いた。皆の消耗も無視できないが、そもそも魔槍砲が弾切れでは意味がない。 「戦闘用とは思えませんが‥‥ でも動き出しては厄介です。持ち帰られる分だけ持ち帰る、ということにしてはどうでしょう?」 脱力しきった人形は案外重く、二人掛かりでようやく一体を抱えられるほどだった。魔槍砲を預かるものと手分けをして、何とか三体の人形を、麓まで持ち帰ることが出来たのだった。 思わぬ艶やかな土産に、次瓶の村は騒然となったものの。すぐに東湖が場を仕切ると、仮の詰め所の一室に人形を運び込んで封をする。風信術で指示を待つ旨伝えると、本来の仕事に戻った。 「槍としての相性は、霊青打も使えたし悪くなかったです。砲撃の威力を調整出来るようになると、もっと便利になると思いますけど」 深墨が告げれば、ディスコとアルバルクも頷いた。 「息切れってのは、ぴったりな表現だったナ」 「新大陸で流行らないのも分かるってもんだ」 はいはい、と手を挙げたのはリィムナだった。 「反動と音! 試作品だから仕方ないのは分かるけど、どっちも大きいし、ばらばら過ぎるよ!」 「そうか? 案外、使いやすかったけどな」 それは恵皇さんは体も大きいし! と憮然とした声が上がるが、周りからは逆に笑いがこぼれた。 「暴発はしませんでしたか?」 報告書を埋めながら問う東湖には、リーゼロッテと空が応じた。 「そうね‥‥ 倍ぐらい、持って行かれたのが一回あったかしら」 「私は防止弁が効いていたからでしょうか、きっちり三発撃てました」 一頻り書面を眺めた東湖は、満足そうな笑顔を浮かべた。 「皆さん、お疲れさまでした。ご要望も含めて、鍛冶師には伝えておきます。まだまだ開発は続きますので、機会がありましたら以降もご協力、お願いしますね」 |