浜辺で依頼を受けました
マスター名:機月
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/09/12 23:58



■オープニング本文

 透き通るような青空。
 そこには雲ひとつ無く、日差しはその容赦無さが堪らないほど強い。だがその苛烈さを受ける水面すら、その強さを輝きに変えるばかり。
 もうそれだけで、ひとかけらの反論も許さない、誰が見ても絶好の海日和が広がる目の前の砂浜には。それなのに、人っ子一人、見当たらなかった。
「な‥‥、何なのよ、この状況はっ!」
「まるでプライベートビーチね」
 旅装を解かぬまま、海岸に佇む妙齢の女性が二人。
 わずかながら大きな荷物を積んだもふらさまは、隣に並んで大あくびをしている。
「何で! 海の家まで閉まってるじゃない! 着替えも出来ないの?!」
「着替えは別に良いけど、男手がないと傘も立てられないわね‥‥ あ、そこの人! そうあなた! ちょっと手伝ってくださらない?」
 自分の顔を指差す見るからに純朴そうな青年と、連れの顔を見比べてがくりと項垂れるもう一方の女性。
 恐る恐る近づいてくる青年を笑顔で迎え、ちゃっかり浜辺用の日傘を立ててもらうのをつい眺めてしまうが、気を取り直して現状の把握を開始する。
「くらげ?」
「はい。波打ち際まで行けば一目瞭然ですけど、もう誰も海には入ろうとしません。それで、海の家も営業止めてしまって」
 僕もこの時期はいつも、漁師兼テキヤで海の幸焼いているんですけどね、と苦笑しながら答える青年。
「いつも? ってことは、今年はいつもより早い上に量が多い?」
「ええ、そうですね。‥‥2週間は早いかな?」
 わずかに考え込む女性の口から、聞き捨てなら無い言葉が零れる。
「‥‥アヤカシ、って線は考えられないかしら?」
 日傘の下で組み立て式の椅子を広げて寛ぐ準備をしていたもう片方の女性が、眉をしかめて振り返る。
「姉さん。それはさすがに職権乱用‥‥」
 姉の表情が思ったより厳しいことに気付き、妹は口を閉ざす。
 展開に付いていけない青年は、おろおろと二人の女性を見比べる。
「店仕舞いが早かったってことは、ちょっと懐も寂しいんじゃないの?」
「そりゃまあそうだけど。それより海で漁が出来ないってのが残念かな。これくらいの時期のほうが海のものも美味いし値も良いし」
「決まりね!」
 要領を得ず、思わずと答えた青年の主張を聞いて、顔を輝かせる姉。
 姉の頭の中でどんな計算式が弾き出されたのか手に取るように理解してしまった妹は、ふるふると首を振りながら思わず頭を抱えてしまう。
「大丈夫。可能性は二割に満たないわ。退治じゃなくて護衛ってことにすれば、依頼料はそんなに掛からないし、いざとなったら私達が出せば済むことよ」
「達?」
 妹の突っ込みに、心底驚いたように切り返す姉。
「え、要らないの? 素敵な夏のひと時を? 美味しい海の幸できゅっと一杯も?」
 微妙な妹の表情から葛藤を嗅ぎ取ると、良い笑顔を見せてから青年を引っ張り始める。
「安心して姉さんに任せなさい! 私達は夏を満喫する! この辺の人たちは夏の終わりの一稼ぎに精を出す! 観光客は今年の泳ぎ納めが出来る! ほら、良いこと尽くめじゃないの!」
 風信機はどこ? っと、その前に村長‥‥違うわ、海の家仕切ってる人のとこ! ほら早く!
 騒がしい二人が去ると、そこは潮騒が静かに寄せる浜辺が広がる海。
「たまには静かなのも良いんだけど‥‥ やっぱり勿体無いか。もふらさま、荷物見ててね?」
 すっかり日陰で寛いでいるもふらさまに一声掛けると、着替えを持って海の家を目指す妹であった。


−−神楽の都、開拓者ギルド受付。
「あ、その依頼ですか? そうなんですよ。夏休みに行った海で仕事取ってこなくてもって話、してたところです」
 苦笑いしながら受付は続ける。
「まあ近頃だいぶ忙しかったみたいですし、休めるときにしっかり羽を伸ばすのは重要なことですからね。サイカさんがアヤカシが出る確率は低いって言ってる訳ですし」
 あ、私が言ったって上司には内緒ですよ、と小声で付け足すとそそくさと自分の仕事に戻って行った。


■参加者一覧
崔(ia0015
24歳・男・泰
雪ノ下・悪食丸(ia0074
16歳・男・サ
ダイフク・チャン(ia0634
16歳・女・サ
江崎・美鈴(ia0838
17歳・女・泰
天使主・紅龍(ia0912
30歳・女・サ
出水 真由良(ia0990
24歳・女・陰
大蔵南洋(ia1246
25歳・男・サ
四方山 連徳(ia1719
17歳・女・陰


■リプレイ本文

●浜辺到着
 海は眩いばかりに輝いていた。
 空には真白な入道雲が立ち上り、どこまでも青い空とその鮮やかさを競いあっている。
 紛う事なき完全な海日和であるが、やはり浜辺には人だけがいない。

「海でござるよー!」
 堤防を越えて視界が開けた途端、旅装のまま波打ち際まで走り出す四方山 連徳(ia1719)。
「海みゃ〜☆」
「うにゃうー!」
 それを見て我慢しきれなくなったのか、ダイフク・チャン(ia0634)に江崎・美鈴(ia0838)も歓声を上げながら我先にと続く。
「‥‥少々はしゃぎ過ぎではなかろうか」
 大蔵南洋(ia1246)の憮然とした面持ちは、だが直ぐに苦笑に変わる。
「何といっても『海』ですからね、仕方がありません」
 のんびりとした口調でも、胸躍る心意気は隠せない出水 真由良(ia0990)が相槌を打つ。
「確かに依頼を寄越したくなる。この真夏の如き日差しで海に入れんのは、ちと酷というもの」
 日差しを気にする天使主・紅龍(ia0912)が、己の言った言葉に何かを思い出す。それと同時に浜辺からは予想通りの絶叫が、傍から聞く分には少し楽しげに響く。
 くすりと笑みを浮かべるのは雪ノ下・悪食丸(ia0074)。故郷の海を懐かしがるには、少々騒がしい依頼となりそうと感じた矢先。
「来たわねー!」
 浜辺からの声を聞きつけたのだろう、海の家らしき建物から水着姿の女性が現れる。上着を羽織っているが、これから楽しむ気に満ちているのが遠目にも分かる。間違いなく依頼の黒幕だろう。
「地元の漁師だけじゃなく水着のオネエチャンもお困りだ。しょうがね、ちと気ぃ入れていくか」
 一行を見回し、声を掛ける崔(ia0015)。皆にも異存は無く、早速依頼人の元へ向かうことにした。

●作戦会議‥‥の前に
 浜辺に並ぶ海の家の一軒に一行が到着すると、先ほど声を掛けてきた水着姿の女性、西渦(サイカ)が満面の笑みで出迎えてくれた。
「到着早々海に突撃とは、中々有望な人材じゃない。よろしく頼むわよ」
 咎めるどころか大歓迎な様子に何となく落ち着かない雰囲気の一行であったが、続いてまず指示されたのは、『着替え』だった。
「‥‥持って来てないの、水着?」
 何のために海に来たのよ、と西渦はとても残念そうな顔になる。
(「言われてみれば、そうでござるな」)
(「あら、わたくしは持って来ましたよ?」)
 後ろで連徳と真由良がこそこそ話すのを耳にしながら、崔は言葉を選ぶ。
「言い難いんだが、西渦さん。俺らは依頼できている。そりゃ、開拓者の格好は目立つだろうから着替えるのは吝かじゃあないが」
「‥‥良いわ。必要経費に計上するから、好きなの選んで」
 いやそうではなくて、と突っ込みを入れる間も無く、奥の間に押しやれられる一行。
「これから観光客を持て成すのよ? 水着の慣らしと浜辺の把握は重要でしょう」
 当たり前のように投げかけられる西渦の言葉。微妙に齟齬がある認識に首を傾げる一行に、そのまま笑って言葉を次ぐ。
「海に来たからには、あなたたちも楽しんで帰ってもらうわよ? 勿論そのためには、まずは依頼をしっかりこなして貰うけど!」
 早ければ明日には人が集まり始めるんだから、と言い残して次の準備に向かってしまう西渦。そういうことなら‥‥と、一行は男女別れて仮の更衣室へ向かう。その表情は様々ではあったが、まずは水着選びに一騒動である。

●まずは情報収集
「こりゃ‥‥ 出直しか?」
「うむ。ちと装備が心許ない‥‥とはいえ、手ぶらでは帰れぬか」
 波間に漂う小船から海面を眺め、しばし絶句する崔と紅龍。
 まずは実物を見てみない事には対策も立てられないと、漁師に船を借りて早速沖まで出て来たのだが。そこには直径二メートルにも達しようという大物の水母が、しかも一匹や二匹ではない、見える範囲に少なくとも十匹は浮いていた。一応持ってきていた投網では、一網打尽どころか逆に網のほうが危険な規模だ。幸い水母は密集しておらず、それは救いであると言えない事も無い。
「実物が無ければ、使い道も何も無かろうて」
 慣れない手つきながら海に投げた網はきれいに水面に広がり、上手いこと一匹の大物と幾つか小さな水母に引っ掛かる。肝心の水母はゆらゆらと揺れるだけ、大きいものも小さいものも、特に危険な兆候は無い。
「上手いもんだね。っと、それを船に上げるほどの余裕は無いな。済まないがそのまま網、離さないようにな」
 器用に艪を操って方向転換すると、崔は浜辺に向かって慎重に漕ぎ出すこととする。

 その頃、漁師の元に訪れていたのは、南洋とダイフク、そして美鈴の三人。
 先ほどの水着を選ぶ一騒動で大分緊張も解れたようで、美鈴はダイフクの腕を掴みながらも、真剣に漁師から話を聞いたその結果であるが。
「予想通りといえば予想通りだな」
 顎に手を当てながら独り言ち、納得を深くする南洋。二週間という期間は確かに早いが、似たようなことは幾度かあったらしい。また、それ以外にこれといっておかしなことも起きていないとくれば、ケモノ・アヤカシの線は取り越し苦労と判断しても良いだろう。
「なにぃ? 食えるのか?」
「綾香様、水母食べたことあるみゃ?!」
 漁師と黒猫に尊敬の眼差しを向ける美鈴とダイフクに一瞬呆気に取られるが、先ほどの西渦の言葉を思い出す。
「ここの水母は食せるのか。‥‥漁師の方々はどう調理されているのか?」
 『楽しむために労力は厭わない』、そんな信念も偶には良いだろう。一行は詳しい話を手帳にしたため、海の家に戻る。

「櫓があるんですか? ではその辺りを中心に‥‥」
「広さは偵察隊が帰ってきてから決定ね」
 海の家では砂浜の地図を広げて作戦会議という名の場所割が始められていた。
 大きな地図が広げられる場所というだけで選ばれた海の家は、当初入れない海が目の前とあって難色を示すものもいたのだが。
「こう、暑さを楽しむという感覚が、中々癖になりそうです」
 絶えず聞こえる波の音と時折入る潮風が、日々の疲れを意外なほど溶かす。
 すっかりくつろぐ真由良は、目の前の西渦に同意を求める。
「そうね。‥‥海もそうだけど、こういうのも悪くないわね」
 視線を向けた先で、こちらに気付いた悪食丸が微笑んで応える。
「飲み物、足りていますか?」
「ええ、それは大丈夫よ。‥‥うん、悪くない」
 不思議そうな真由良に対してなんでもないと手を振り、作業を続ける西渦であった。

●作戦開始
「百聞は一見にしかずというが‥‥ 確かにこれは‥‥」
「そうであろう」
 思わず絶句する南洋にしたり顔で頷く紅龍だが、何度見てもその光景は視覚への暴力を感じさせる。
 安全地帯確保は浜辺と沖からの二面作戦となった。海側からは二艘の船に分乗した南洋と紅龍が、小船の後ろを網で繋ぎ、それで水母を捕らえて沖まで運ぶ。一艘で行うよりタイミングが難しくなるが、獲物が巨大かつ数があるため、網の耐久性と担当者への負担を考慮しての対応である。
「南洋、ちと寄り過ぎじゃ!」
「紅龍殿こそ! もう少し右へ進んでくだされ!」
 最初こそあわや衝突・撃沈かと思われる場面もあったが、以降は事なきを得ている様子。次第に手馴れていく様子は頼もしい限りである。

「さて、そろそろこっちの出番でござるな!」
 砂浜で待機していたのは、連徳・ダイフク・美鈴の三名。
「綾香様! 舐めてみるみゃ! しょっぱいみゃ!」
「ダイフク、そろそろ出番だぞ!」
 波打ち際で黒猫と戯れるダイフクに声を掛ける美鈴。こちらも準備運動をとっくに済ませ、今にも海に飛び込む気、満々である。
「おまえら、少しはこっちも手伝えよ‥‥」
 もくもくと水母避けの目印を作る崔が投げやりに声を掛ける。竹の先に目立つように布を結びつけたものが、もう数十本は出来上がっていた。
「うむ、苦しゅうないぞ。ではこれを刺してくれば良いでござるな?」
 崔が止める間も無く、五六本も鷲掴みにすると、連徳は海に向かって駆け出してしまう。
「いやまあ別にいいけどさ。え、でも手当ては俺がやるの?」
 げんなりと顔をしかめる崔に、おずおずと声を掛ける美鈴。
「いたいの、こまるな。あたしもれんとくの手当て、てつだうか?」
「あ? ああ、悪い」
 真剣な眼差しの美鈴に、照れ笑いで答える崔。
「美鈴は打ち合わせ通り、ダイフクを水母から守ってくれ」
 ダイフクの役目は重石のついた網を、水母避けの目印があるところまで運ぶこと。大物は除けたとはいえ、小さい水母がまだいる状況で両手を塞いで海に入るのは自殺行為に他ならない。それをフォローするために、たもあみで武装した美鈴が護衛に付くことになっている。
「水母の分際で刺すとは生意気でござる!」
 言った傍からその水母を素手で掴み、さらに刺されて絶叫を上げる連徳。
(「まあ、あれくらいめげない奴でないと、この役目はこなせないし?」)
 崔は口の中だけで呟いて自分を納得させると、日傘で臨時の治療所を設置して薬と包帯の準備を始めた。

 その頃、海の家の台所では。
「これで‥‥良いのかな?」
 ざるから上げた透明な物体の形を整え、重石を乗せる悪食丸。覗きこむ手帳の先には、酢の物・味噌漬けといった料理名とその調理法が続いている。
 少し残した水母のかさを目の前にしばし考え込んでいると、外から声が掛かる。
「誰かいますかぁ? 大漁でした、手伝ってくださーい!」
 海女の護衛と称して、近くの岩場まで出向いていた真由良が帰ってきたようだ。
「あちらも首尾は上々の様ですね」
 料理の手を止め、悪食丸はにこやかに呟く。
「でもそろそろ‥‥ 本職の料理人に出てきて貰いたいところかな?」
 西渦さんの様子も見に行かないと、などと考えながら、とりあえず真由良に手を貸すために台所の外へ向かった。

●真夏の再開
 明けて翌日。
 まばらではあるが、海に観光客が戻ってきていた。
 海の家も全開には少し遠いが、座敷は開放され、周りには幾つか屋台も立ち並び始めている。
「うん、これぞ『夏』ね!」
 海はというと、最後は全員で当たったこともあり、相当広い海域が安全地帯となっていた。お陰で網で囲っていても閉塞感は全く無く、むしろ深さに合わせた目印のせいで安心感さえある。
 確認と称して一泳ぎした後、それに満足すると早速磯焼きと新メニューの水母料理に舌鼓を打つ西渦。
 昨日、紅龍に勧められて試したパックとやらの効果のせいか、肌の調子もとても良い。
「あまり先にいくなー!」
 櫓からは海を見張る、それでも本人がとても楽しそうな声が沖に向かって飛ぶ。
 沖は沖で見回りらしき小船も見えるが、日傘を差した人影が物々しさを微塵も感じさせない。
「うんうん、これから夏本番って感じね! ‥‥あと一月くらい、このまま過ごせないかしら?」
「流石にそれは無理ですよ。もうすぐ波は高くなるし、台風も来るし」
 せいぜいあと一週間というところですね、と地元の青年が西渦に書類を渡しながら応える。
「ま、続きは来年ね。うん、書類に不備もなし。あとはお任せするわ」
「でも西渦さん、本当にもう帰っちゃうんですか? 折角準備が終わった所なのに」
 心底残念がる青年に対して、西渦は艶やかな笑顔で返す。
「もう十分すぎるほど、しっかり楽しんだわ。やっぱりお祭りは準備が楽しいのよね」
 そこまで良い笑顔で返されると、青年としても納得の笑みを浮かべてしまう。
「ぜひ来年も来てくださいね」
「勿論、と言いたい所だけど。そんな挨拶、まだ早いわよ! 今日一日、しっかり楽しむんだから!」
 丁度浜辺からは「スイカ割り大会、始まるでござるよー!」との呼び声。とりあえず周りの人間を引き連れて、楽しそうに会場に向かう西渦であった。