【初夢】龍の嘶き、双つ
マスター名:機月
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/01/20 21:31



■オープニング本文

 天儀学園を挟んだ位置に、二つの神社が存在する。どちらも竜神を祀っているのだが、北の社「大典」は「火」、南の社「回上」は「風」を自在に操るとされている。誰が聞いても些細な違いと思うのだが、事情を知るものは決してその差異を尋ねたりはしない。関係者に聞かれたが最後、血を見るまで‥‥ とは言わないが、必ず子供の喧嘩じみた大騒動にまで発展することを良く知っているからだ。

「そうは言ってもな? 今の宮司はお互い、そろそろ手打ちにしたいんじゃよ。原因は酒の席での先代の諍い、いつまで引き摺ってもしょうがないのは分かっとる。じゃがどちらの氏子にも強情な奴らが居ってな、そいつらが熾き火に油を注ぎ足すんじゃよ」
 商店街のご意見番、史禅(しぜん)が茶を啜って一息つけば、生徒会役員である調(iz0121)は慎重に続きを促す。
「そこでな、神事を一緒にやってしまうことにしたんじゃ」
 目を白黒させる調に構わず、史禅は楽しげに続ける。
「外堀は押さえた。河原は天候を理由に使用許可を出さなんだし、他に広場といっても狭かったり既に行事が入っていたり。中々都合が合わないようでのう」
 手を回しておいて何を言うのかと思うが、生徒会側でも学園内部に飛び火する前に手を打っていた方が良いかもしれない。‥‥それに間近で神事を見れるというのは、確かに興味を引かれるものでもある。
「『竜笛』とか『咆竜』とか言われる的を射抜くんですよね? 『大典』が銃、『回上』が弓を使うと聞いていますが‥‥」
 然りと、嬉しそうに笑顔を浮かべる史禅。
「どちらの的も『素焼きの皿』じゃ。上手く投げると甲高い音が鳴るように細工してあってな、それが竜を呼び寄せる音だとか、そもそも竜の鳴き声だとか言われておる」
 投げて飛ばした的を、それぞれの得物で撃ち抜く。悪さをする竜を威嚇する、もしくは悪い竜を誘き寄せて一緒に打ち砕く。諸説は色々あるようだが、空中の的を狙い撃つ機会など日頃縁がないし、中々迫力もある。確かに縁起も良ければ、見世物としても悪くない。
「勿論、腕に覚えがあるなら、学園の生徒も神事に参加して欲しいんじゃ。奉納されとる弓や銃は借り出せるように取り計らうし、自前の得物で参加して貰うのも都合が良い」
(「学園生徒が活躍してみせれば、社側も面子があれば団結もするでしょうね。仮にそこまで及ばずとも、学生が間に入ることで確実に場は和むだろうと‥‥」)
 そこまで思い至った調は、学園の校庭を提供することを約束した。ただ、生徒の助力は時期的に難しいかも知れないとは告げておくことを忘れない。
「何、それは構わんが、心配しておらんよ。ここの生徒たちがお祭り嫌いだとは、到底思えんからの?」
 楽しげに笑みを浮かべる史禅に、調はやはり苦笑を返すしかなかった。

※このシナリオは初夢シナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません



■参加者一覧
/ 雪ノ下・悪食丸(ia0074) / 葛城 深墨(ia0422) / 礼野 真夢紀(ia1144) / からす(ia6525) / 一心(ia8409) / 和奏(ia8807) / エグム・マキナ(ia9693) / 蒼井 御子(ib4444) / 朱亞(ib5889) / 桜糀 魅亞(ib5899


■リプレイ本文

●校庭封鎖?
 神事を前日に控えて、運動部には活動停止が通達されていた。校庭には南北に一つずつテントが張られ、外へと繋がる東門も開放されている。だが土埃を舞い上げる風音は寒々しく、行き来する人々は挨拶も交わさない。
「うーん、何か調子狂うなぁ」
 退屈な翻訳調の解説から顔を上げて、葛城 深墨(ia0422)は窓から校庭を眺めていた。図書室は相変わらず、古い紙の匂いと快適な室温に満たされている。いつもと違うもの、足りないものといえば‥‥ 運動部の生徒が上げる掛け声や気合い、ぐらいだろうか。
(「まいったな。毎日もっと静かにして欲しいって思っていたんだけどねぇ」)
 我ながら調子が良いなと本を閉じたところで、難しい顔をしたエグム・マキナ(ia9693)が扉から入って来た。
「おや、確か文芸部の‥‥ 丁度良かった。神事の資料を探しているのですが、どの辺にあるものか見当付きませんか?」
「‥‥郷土の歴史なら、えっと、この後ろの棚かな? あとは‥‥ 見学が可能な奴なら、新聞部が記事にしてないはず無いと思うけど」
 首を捻りながらも答える深墨に、エグムは得心したように頷く。
「噂の出所はそっちでしたか。‥‥まあ、『難関突破』には違いないでしょうし」
 奥に向かう足を止めたエグムは、視線で問う深墨に気付いて苦笑いする。
「もし手が空いているようなら、美術部の部室に行ってくれませんか?」
 そろそろ大変なことになっていると思いますと、要領を得ない言葉を残して図書室を出て行ってしまった。

 この時期はそもそも校舎に人が少ない。それも文化部の部室棟ともなれば、情熱はともかく活気はない。だが渡り廊下を歩いていた蒼井 御子(ib4444)は、いきなり角から飛び出してきた数名の生徒に出くわした。相手はこちらに気付く様子も無く、顔を真っ赤に甲高い声を上げつつ走り抜けていく。思わず黙って見送ってしまった御子だったが、視線を戻すと今度は階段を登ってくる雪ノ下・悪食丸(ia0074)と目が合う。人好きのする笑顔を向けられるが、これまた反応に困ってしまう。
「あれ、あんたも大願成就の口かい?」
「えっと? ボクはお師さんのお手伝いというか、思い付いたことがあって来たんだけど‥‥」
 対岸? と聞き返す御子と違い、悪食丸の連れは二人とも、そわそわと視線を逸らしている。
「あ、こっちの二人は陸上部と吹奏楽部の後輩。深刻そうな顔してたから、その手伝いにって思ってな」
 言っとくけど口説いたわけじゃないぜと口に出す辺り、逆に始末に負えない気もするのだが。事情を話しながら、『皿』が運び込まれたという美術部に連れ立って向かうのだった。

 一心(ia8409)と和奏(ia8807)は、校庭南側のテントで回上側の氏子と打ち合わせをしていた。必要な事柄を確認しているのは、これまで何度も神事に参加したことがある一心。細かい事情が分からない和奏は、とりあえず礼儀正しく相槌を打つという形で会話に加わっていた。
「では、基本的には校庭の中央を使う形で行きましょう。段取りも決めておきたいところだけど‥‥」
 一心が途切らせる言葉に、対する氏子も苦笑いで返す。
「大典の旦那方は荷を置いて帰っちまったんだろ? 話す相手がいないんじゃあ、当日決めるしかねぇよなぁ」
 楽観的な物言いに、そのまま頷くには抵抗がある一心だったが。
「‥‥とりあえずは、『清めの儀式』で大まかな所は確認しておくしかないか」
 不安を押し隠して呟く一心に、そんな心配不要とでも言うように。和奏は柔らかな笑みを浮かべて頷いてみせた。

「さてと。‥‥これで一通り、準備は済んだでしょうか」
 衣装を揃えた礼野 真夢紀(ia1144)が指差し確認を終えると、荷物を抱えたからす(ia6525)が演劇部の部室に入ってくる。
「こちらも準備は完了だよ。結局どちらに向かえば良いのかな」
 二つ抱えた包みには、茶道部常備品の煎茶と煎餅。三年生だから出来る荒業であるが、とりあえずそれには触れずに真夢紀は答える。
「一心さんと和奏さん、それから御子さんが回上の社に向かうことになっています。だからあたしとからすさん、それから実祝さんも顔を出すと言っていましたので」
 丁度三人ずつか、とからすが呟けば、真夢紀も頷きつつポケットからメモを取り出す。
「大典の人たちに聞いておいて欲しいと、一心さんから言伝を預かっています」
 それを開いてからすが思案していると、実祝(iz0120)がまた大荷物を抱えて飛び込んで来た。料理部からの差し入れとやらを、危うくばら撒く大惨事となるところだったが。二人が瘤を作るだけで、どうやらそれは回避出来たようだった。

●清めの儀式?
 精進潔斎、という名目は間違っていない。神域にて一夜を過ごし、そこで摂る事が許されるのは一旦神に捧げられた供物のみ。‥‥だがその大半が『般若湯』となると、予想とは大分、結果が違ってくる。
「‥‥宮司殿。とりあえず茶と煎餅を供えたいのだが、その儀式とやらを執り行ってくれるかな?」
 顔をほんのり赤く染めた宮司に出迎えられたからすは、抱え込みたくなる頭痛を無理矢理押さえ込んで、まず尋ねた。
「えっと、お湯、というか水は? 水道使って良いのかな?」
 実祝がおろおろ声を掛ければ、それを見計らったかのように集会場の奥から歓声が沸く。集まっている氏子の大半は、既に出来上がっているとみて間違いない。
「これは‥‥ もしかして凄い大仕事だったり、するのかな?」
 恐々と真夢紀が視線で問えば。からすも実祝も覚悟を決めたように、大真面目に頷いてみせるのだった。

 回上の社も、事態は概ね同じだった。御子が手にしたハープを鳴らしながら飛び入る辺り、一層性質が悪い気もするのだが、一心も既に酔っ払った先輩方に絡まれている。それでも直ぐに手拍子と合唱が続く辺り、少なくとも皆、楽しそうではあった。
(「昼間は大分、皆さん気が立っているようでした。ここで綺麗に憂さを晴らして、明日の顔合わせに臨めると良いですね」)
 穏やかに二人を見送った和奏だったが、この時期には聞きなれない音に惹かれて境内を横切っていた。社の裏手に着くと、褌一丁の男が井戸から汲んだ水を頭から被っては、何やら祝詞を上げている。随分寒そうだなぁと思いつつ、多分今声を掛ければ、同じ事をしろと言われるのは分かってしまった。
(「どうしよう。神事だって言われたら、断るのは悪いし‥‥」)
 しばらくそれを眺めていた和奏だったが。とりあえず一心さんに聞いてみようと思いつくと、そっとその場を離れるのだった。

 準備を終えた『皿』が社に奉納されたのは、上弦の半月が昇り切る前の、まだほんの宵の口。にも関わらず、大典の氏子は一人残らず酔い潰れ、回上側も誰もが夢の世界へと旅立っていた。酒と歌という違いはあったが、それが緊張を解した効果が絶大だったのだろう。結局練習は出来なかったし、打ち合わせも進まず。誤算だらけではあったが、宴が早々に終わったのだけは喜んでも良かったかもしれない。
「‥‥とりあえず、洗い物を済ませるかな。布団は適当に掛けておけば良いだろうね」
 からすの呟きに異論はなく、それは回上の社でも同じ。生徒たちの判断は奇しくも『寒さで早めに目が覚めるくらいで丁度良い』に達していたのだった。

●儀式開催、準備中
 明けて、神事当日。コンディションは余り良くなかった。二日酔いは自業自得、各自が出番までに何とかするのは当然としても、天気だけは流石にどうしようもない。厚く立ち込めた雲からは何時雨が降り出しても不思議ではなかったし、その雲が流れること自体は歓迎だったが、強い風は当然射に影響が出る。
「さてさて。これは儀式を早めに切り上げたのが原因の椿事なのかどうなのか‥‥」
 開始時間直前に会場入りしたエグムは、校庭中央に集まる氏子たちに苦笑しながら、相方の御子を探して生徒が集まる場へとゆっくり近付く。

「ふーん、そんな謂れがあるんだ?」
 自分が使う分を並べながら、御子はその素焼きの皿を顔の前にかざして、描かれた絵に透けて見える文字を読もうとしていた。有名校に混じって人名と思しき並びを見つけた所で、結夏(iz0039)に声を掛けられる。
「読んで良いのは、書いた本人と竜神様だけだと思いますよ?」
 やんわりとだがはっきりと。それが出来ないなら返してもらいますと告げられれば、御子は慌てて手の皿から目を逸らし、そっと台に置き直す。
 『皿』には竜やその眷属、泰国風の模様などが水墨で描き込まれていた。その下にマジックで書かれた文字の数々は、『竜神様に託す願い』。鳴き声に乗って天まで届けという思いは、素朴ながら昔からこの辺りの氏子に希望と力を与えてきたという。折角だからと教師が交渉をして事前に数枚の皿を入手すると、どこからか聞きつけた生徒たちが文字を書き込みに詰め掛けた。『難関突破』に学校名は分かるとして、『合格祈願』にまで思い人の名が書かれているのは、‥‥それはそれで微笑ましい。
「この絵には、何か意味があるんですか?」
 何気なく深墨が問えば、困った風に結夏が応える。
「竜神様に敵意がないこと、敬意を表しての事だそうです。‥‥実際の所は、あまり他人には見られたくないようにという配慮もあるようですけどね」
 誰が書いたかまでは分からなかったが、偶然自分の名前をそこに見つけてしまった二人は、お互いそれに気付いたことにぎこちなく笑みを浮かべながら。深墨がその皿を少し持ち上げると、結夏はそっと一枚下の皿を抜き出し、その上に皿を重ねてしまうのだった。

 見物に訪れる人々は増える一方だった。二つの儀式が同時に行われるという以上に、物見高い学園生徒が多く詰め掛けているのが原因らしい。いつもより年齢層の低いギャラリーに緊張を隠し切れないのは氏子の人々。しばらく待てば雲が晴れるなり風が止むなり事態が好転することを期待していたのだが、残念ながら朝方から状況は変わらない。流石に雨が降り出せば延期は致し方ないとしても、多少風が強いくらいでは集まった人々への申し訳無さが先に立つ。まして、それを対立する氏子に申し入れるには、面子という厄介なものまで絡んでくる。
(「矢は勿論、銃もフリントロックが主流か。風が厄介なのはどちらも変わらないんだけど‥‥」)
 一心も一緒に考え込む中、のんびりとした声を上げたのは和奏だった。
「そろそろ皆さん、お待ちかねみたいです。えっと、学園生徒から始めてしまって良いですか?」
 氏子の面々の顔には、複雑な表情が出ては消えて、結局一言も無いまま場が固まった。当の本人は、何か変なことを言いましたかと、首を傾げて辺りを見回し、結局一心とからすに判断を仰ぐ。
「勿論、開式の鏑矢と‥‥空砲ですか、それは氏子の方にお願いします。これだけ人が集まっているんだし、せめて数枚でも皿を割って見せないことには納得しないだろうから」
「延期を決めるのは、それを試してからでも遅くないと思うよ」
 一心は慎重に告げたが、からすはあっさりとしたもの。生徒なら外したところで何とも無いだろうと、言外に含みを持たせて笑みを浮かべた。
「だからと言って、外す心算もないけどね。早撃ちなんてできないけど、人の手を借りるのは悪いことじゃない」
 あっさり背を向けるからすの後を、慌てた一心が無理矢理声を上げて引き継ぐと。まずは開式の儀を行うことを納得させ、準備をするために三方に別れたのだった。

●先陣
 氏子が集まるテントでは、それぞれ一悶着あったようだが。互いの宮司が一人の射手を連れて校庭の中央に進み出ると、距離を取ったままだが擦違い、それぞれ来た方向へと振り向いた。それは少し離れながらも向かい合う形で、互いの社に向かって祝詞を上げる事となる。テントの方から唸るような声が上がるが、宮司は気にする様子も見せずに儀式を続ける。そして取り決めた訳ではあるまいに同時にその声を止めてみせ、互いに射手に合図する。これまた同時に乾いた破裂音と棚引く白煙、空を震わせる独特の矢音が宙を穿つが、あくまで宮司たちは視線を合わせず、互いのテントへ戻る。
「さてっと。ようやっと俺たちの出番だな?」
 自分の背よりも長い朱藩銃を肩に担いだ悪食丸が振り返れば、深墨が慎重に皿の重さを確かめていた。
「真っ直ぐ飛ぶのかだけでも試しておきたかったかな‥‥ まあ、何とかなるか」
 重心からして多分少し奥に曲がると思うと告げる深墨だったが、落ちてくる時の挙動は流石に予想できない。
「落ち着く事が大事だよ。いざとなったらフォローはするしね」
 からすが当然のように先に立って進むことに驚きつつも。その泰然とした様子に、二人は互いに肩の力を抜くのだった。

 観客の輪の中、幾人かの生徒が集まる中からまずは三人が進み出ると、辺りのざわめきが静まっていく。先輩頑張ってと歓声が飛べば、悪食丸がそれに銃を掲げて応える。囃し立てるような野太い声と共に拍手が沸けば場は和むが、それも直ぐに冷めて、次いで固さを増してゆく。
 弾込めをゆっくり終えて真上に銃が構えられれば、皿を持った深墨も一度深く息を吸って、吐く。正面の悪食丸、脇で弓を構えるからすにも視線で合図をすると、深墨は思い切り腕を振り上げた。『竜笛』は鋭い音を上げながら、反り上がるように空を昇る。あっという間に頂点に達した皿は唐突に鳴くのを止めると、ふらっと宙を舞い、そして落ち始めた。確かに頂点に達する寸前を狙い打つのは至難の業だが、風に揺れながら落ちる皿の軌道を読むというのも、難易度で言えば大して変わらないかもしれない。
「俺の射撃は燃える炎だぜ! 貫けっ!」
 だが少し強めの風が下から『竜笛』を舞い上げるのを見逃さず、悪食丸は気合いと共に引き金を絞っていた。その一撃は皿をわずかに掠っただけの様に見えたが、そう思ったのも束の間。その一喝が消える前に、皿は木っ端微塵に砕け散っていた。

 校庭がどよめく中、続いて巫女衣装を身につけた真夢紀と実祝が進み出た。こちらは戻る悪食丸に深墨と二言三言交わすと、からすにも声を掛ける。真夢紀は実祝から『咆竜』を受け取ると、目一杯しゃがみ込んでから左腕で放り投げた。曲線を描いて飛ぶ皿は、風を受けて更に大きく左に流される。からすの放った矢もその影響を受けた様に見えたが、それすら読んでいたかのように的に迫ると、その真ん中を打ち抜いて見せた。幾つか上がり掛けた声が歓声に変わると、そこかしこから拍手が上がる。
 そしてそのままからすには弓と交換に朱藩銃、真夢紀に『竜笛』が渡されると、場は速やかに静けさを取り戻す。顔を真っ赤にしながらも、真夢紀の右手から、慎重に一投が放たれた。十分に回転を加えたそれは、先程より柔らかな、震えるような音を搾り始める。だがそれが余韻を響かせる前に、銃から放たれた一撃によって皿はこれまた見事に割られていた。

 次に進み出たのは、堂々たる五人張を携えたエグムと、何やら台車を引っ張る御子。エグムが一つ一つの動作を淀みなく終わらせて弓を引き絞る間、それに見つめていた誰もが、奏でられた音に不意を突かれた。見れば御子が、並べられた様々な皿の縁を、先端に木の球が付いた撥で弾いている。最初はゆったりと、音色を確かめ、次いでその響きを確かめ。徐々にそれが旋律に変化すると、硬いながら素朴な音階は、勇ましい行進曲へと突然切り替わる。自然に手拍子が打たれ始め、御子もそれに応えて台車の横板や鉄製の手すりまで使って曲をアレンジし、そしてその余韻が残る中、大振りな皿を抱えてエグムと対する。
(「うん、ボクはやれるだけやったよ!」)
 エグムが御子に向けた視線は直ぐ空に戻されたが、労りと信頼、そして感謝の念が篭っていた。その嬉しさを、御子はそのまま全部皿に託して、宙に向けて投げ上げた。
 そしてエグムが放った矢は、『咆竜』が途切れるまさにその間際に、皿を打ち砕いていた。その時校庭を満たしたのは、奇妙な和音が生み出した圧倒的な存在感。神事でも稀にしか聞く事が出来ないという見事な『お告げ』に、誰もが拍手すら忘れて聞き入っていた。その中でも熱心な氏子達だけは、目を瞑って手を合わせると、静かにそっと感謝の念を捧げるのだった。

●神事滞りなく?
 氏子達が我慢できたのも、ここまでだった。続いてイメージを固めきった和奏と一心が進み出ようとしたところで、大典側から顔を真っ赤にした氏子が飛び出してきた。連れ出された宮司は既に引き摺られた格好だが、その表情には笑みが浮かんでいる。
 対して回上からも数人、こちらは固い表情を見せているが、やはり一緒に出て来た宮司は困った様でも表情は明るい。
「弓が続くのは、どうかと思う。次は大典の番かと思うが異存はあるだろうか?」
 携えた銃で地を突いて一歩も動かぬ覚悟を見せる男に、回上側も幾分表情を緩めて答えてみせる。
「勿論、手前もそう思っていた次第です。少々の風など持っての他、続行でよろしゅうございますね?」
 先程までの弱気は何処吹く風。それまでの確執もとりあえず棚に上げて互いの心情を察した氏子は、同じ方向に視線を揃える。
「そういう訳だ。次の出番はこちらに譲ってもらいたいのだが、如何かな」
 凄みさえ効かせる大典の氏子に、思わず首を傾げる和奏。
「別にこちらは‥‥ 銃に変えても」
「分かりました、次はお任せいたします。ですが引き続き、お手伝いはしてもよろしいですか?」
 慌てて間に入る一心に、大典側はともかく、回上の氏子も言い難そうに口を挟む。
「出来ればね。さっきの皿を使った演奏も頼みたいんだけど、どうかね?」
 いち早く和奏の口を押さえて、一心が応える。
「さっき一枚投げてしまいましたし、再現出来るかどうかは分かりません。まずは確認してみます」
 その一心に、和奏は目で問いかけつつも、再度口を押さえ込まれた力の強さに驚いてしまう。
(「『竜笛』と『咆竜』、どっちも混ざっているのは‥‥ ああ。だから、そっちの方が良いのですね」)
 二つの社が同時に神事を開催しない限り、あの演奏が聞けないのだとしたら。一心はそれが歩み寄りの材料になるかもしれないと考えていた。だが和奏は単純に、また来年もあれが聞けるといいのにと、内心深く頷いていた。