【聖夜】贈り物、準備中
マスター名:機月
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 普通
参加人数: 21人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/01/06 20:34



■オープニング本文

●クリスマス
 ジルベリア由来のこの祭りは冬至の季節に行われ、元々は神教会が主体の精霊へ祈りを奉げる祭りだった。
 とはいえ、そんなお祭りも今では様変わりし、神教会の信者以外も広く関わるもっと大衆的な祭典となっている。
 何でも「さんたくろうす」なる老人が良い子のところにお土産を持ってきてくれるであるとか、何故か恋人と過ごすものと相場が決まっているだとか‥‥今となってはその理由も定かではない。
 それでも、小さな子供たちにとっては、クリスマスもサンタクロースの存在も既に当たり前のものだ。
 薄暗がりの中、暖炉にはちろちろと炎が燃えている。
 円卓を囲んだ数名の人影が、深刻な面持ちで顔を見合わせていた。
「‥‥やはり限界だな」
「今年は特に人手不足だ、止むを得まい」
 暖炉を背にした白髪の老人が、大きく頷いた。

●間違い手違い筋違い?
 手に依頼書を抱えた結夏(iz0039)が受付を覗くと、黙々と仕事を続けていた西渦(iz0072)も足音に気付いて顔を上げるところだった。
「あら、結夏さん。‥‥お互い、珍しい時間に会ったものね」
 西渦は笑ってみせるが、その顔には少々疲れが滲んでいる。
「今日は早めに出勤した‥‥ ではなくて、もしかして昨晩からずっと?」
 驚く様子に、まあ自業自得なんだけどね、とため息をつく不寝番。西渦は今度こそ、苦笑いを返すのだった。

 事の発端は、ここのところ急に増えたギルド経由の荷物の運搬。依頼主こそ様々だが、孤児院や寺子屋、街頭で配る玩具やお菓子をどこそこの街や村まで届けてくれという、非常に似通った依頼が急増しているのだという。それに加えてギルド職員内で伝達に手違いがあり、荷のいくつかを間違った宛先に届けてしまったというのだ。
「精霊門経由の荷物は、まあ何とかなったのよ。気付いたのが早かったから荷物自体は今晩戻ってくるし、事情説明に行った先も概ね納得してくれたし」
 急ぎの荷物にしては受取人が出来た人ばかり。そこは拍子抜けするくらいね、と西渦は首を捻りながら正直に告げる。
「問題は飛空船分なの。まさか航路を引き返して来て欲しいなんて言えないし、そもそも連絡手段が限られるのよね」
 それでも風信術や快速船を使って先回り、何とか回収までは頼み込んだのだという。
「それなのに、今度はこの近くの配達先の神教会に、昨晩空き巣が入ったとかなんとか。被害は無かったんだけど、そんな場所に子供を集める訳には行かないと神父さんに泣きつかれて‥‥ もう、走るのは師匠だけにして欲しいって感じだわ」
 代わりの会場を探さずにはいられないのは、西渦の性分だろうと思うのだが。今のところ、他の神教会は独自のミサとやらに手一杯だし、神社の類もあまり乗り気ではないとのこと。
「玩具やお菓子‥‥ 西渦さんの手際を疑う訳ではありませんが、ある程度不測の事態を考えていた方が良いのではないでしょうか?」
 話を聞いて考え込んでいた結夏が切り出せば、西渦は黙って先を促す。
「場所に関してなら、無人の祠というか社であれば誰かに断る必要も無いのではないかと‥‥ 勿論、どちらもある程度人手が必要になりますけど」
 それも早急に、と深刻そうに視線を向けた結夏だったが、それを受けた西渦は満面に笑みを浮かべていた。
「それ良いじゃない! 開拓者が一緒なら子供が多くったって大丈夫だし、『甘見』の社なんかぴったりじゃない!」
 意表を突かれた結夏は何かを口に出そうとするも、何やら顔を赤らめて黙り込んでしまった。


■参加者一覧
/ 恵皇(ia0150) / 葛城 深墨(ia0422) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 喪越(ia1670) / 平野 譲治(ia5226) / 景倉 恭冶(ia6030) / からす(ia6525) / 千羽夜(ia7831) / 和奏(ia8807) / レグ・フォルワード(ia9526) / フラウ・ノート(ib0009) / エルディン・バウアー(ib0066) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 十野間 月与(ib0343) / ミーファ(ib0355) / 琉宇(ib1119) / 羽喰 琥珀(ib3263) / 十野間 修(ib3415) / ソウェル ノイラート(ib5397) / 白仙(ib5691) / 鉄次郎(ib5826


■リプレイ本文

●橋頭堡
 解放されたギルドの一角に、次々と荷が集まっていた。本命は精霊門経由で今晩戻ってくるらしいが、それ以外の誤送物までひっきりなしに運び込まれてくる。
「‥‥このままじゃ絶対、二次災害が起こるぜ?」
 軽い打ち合わせの心算で顔を出したレグ・フォルワード(ia9526)だったが、運び屋故にこの後起こるであろう惨劇を容易に想像してしまう。ギルド職員に声を掛けるか迷っていると、そこにやってきたのはフラウ・ノート(ib0009)とトナカイの角飾りを着けたもふらさま。
「えっと、きみが設営担当さんかな? あたしは神父さんから機材の準備と、その運搬のお手伝いをしなさいって言われてきたの」
 フラウは一枚の紙をレグに差し出しながら、こっちはもふらのパウロ君と手で示す。紹介されたエルディン・バウアー(ib0066)の朋友は自慢げに胸を反らしている。
「もふ? 僕カッコイイでふ?」
 格好いいよ、ともふもふ撫でるフラウの前で、レグは受け取ったリストを見て天を仰ぐ。
「おいおい‥‥ 教会の移築でもする気かよ、本当に『これ』全部必要なのか?」
「えっと‥‥」
 直接エルディン神父に確認してから来たものの、確かに途中であれもこれもと頼まれて「少し」荷物が増えてしまった気がする。
「もう一度聞いてくるね! ‥‥しばらく、ここにいる?」
 フラウの上目遣いには笑顔を返して送り出しつつも。フラウが戻ってくるまでに、ここの整理を終えてしまおうと覚悟を決めるレグだった。

 待合室の一角。衝立で区切られた相談室の一つには、色とりどりの飾り物が零れていた。千代紙や端切れを細く切り、輪にしてそれを繋いだもの。小さく作ったもふらや犬、猫や虎などのぬいぐるみ。星を象った飾りは、金箔を貼ったようにきらきらと輝いている。既に作り終えた飾りは、広げられた長持二つに溢れんばかり。ここの作業は山を越えたというところなのだろうか、数々の大作を前に、残るのは三人の女性のみ。
 先程まで一際はしゃいでいた千羽夜(ia7831)が、一転して塞ぎ込んでしまったようだった。あんなに力一杯力説しながら作ったもふらさまの飾りを、何か他の事を考えながらしきりに揉み拉く。黙って木片を彫り続けていた白仙(ib5691)がそれに気付いたが、隣で作業中の月与の袖を引いて、不思議そうに首を傾げて無言で問うのみ。一覧と飾りの数を確かめていた明王院 月与(ib0343)は苦笑すると、その隣に腰を下ろして声を掛けた。
「折角の力作が、台無しになってしまいますよ?」
 驚いた様子で手元を見て、次いで隣に座る月与、机の向こうの白仙を見比べると、千羽夜は更に顔を真っ赤にさせて俯いてしまう。
「何か心配事でもあるのですか?」
 白仙も手招きしながら、相手を安心させるような笑みを浮かべる月与。‥‥ポツリポツリと話し始める千羽夜にゆっくり相槌を打つと。一言断って三人分のお茶を用意してから、ただただその話を静かに聞くのだった。

●最前線
 水場に集まっていた面々は、ようやく一息ついたところだった。立派な竈を見つけたからす(ia6525)が職員に許可を取り付ければ、次々と開拓者が集まってきた。とりあえず賑やかなので顔を出してみたという者もいたが、人手はあって困るものではない。菓子作りが出来る者なら粉を量ったり、それを合わせてかき混ぜたり。料理が無理なら紙袋や組み紐の用意と、仕事は幾らでも出てきた。
「はぅ?! 良い匂いがするのはここなりかっ!」
 寒空向けの完全武装をした平野 譲治(ia5226)が、結夏(iz0039)と共に顔を出した。使命と甘味の葛藤に揺れる様子に、はにかんで応えるのは礼野 真夢紀(ia1144)。
「焼き上がるには、まだもう少し時間が掛かります。それに材料は多めに準備しましたし、皆さんに味見してもらうくらいは十分ありますよ」
 そうそう、とソウェル ノイラート(ib5397)も軽く頷けば、譲治の顔はぱっと晴れる。手を引かれる結夏は苦笑交じりの声で一時間くらいで戻りますと残すと、そのままギルドを飛び出してしまった。
「ふむ、それでも少し材料が余ってしまったかな? もう少し紙袋を用意するか‥‥」
 それを見送りつつ、からすがのんびり呟けば、真夢紀はゆっくり首を振る。
「いえ、どちらも十分足りてます。用意した胡桃も使い切ってしまいましたし‥‥」
 そこまで答えた真夢紀は、やはり中途半端に残った材料を前に困ってしまう。
「なら、私が貰って帰っても良いかな?」
 不意に真面目な顔で考え込むソウェルに対して、まだ焼き足らないのかと少し呆れてみせるからすと、首を傾げる真夢紀。周りの顔も見比べたが、別に異論は無いことを告げると。ソウェルは少し悪い笑みを浮かべて、上機嫌にそれらを纏め始めた。

 空き巣に入られたという教会は、臨時の司令部兼練習場となっていた。幾ら小さい音でも待合室での演奏は困ると、最後にはギルド職員の西渦(iz0072)に追い出されそうになった一行は、琉宇(ib1119)の提案で神教会に駆け込んだのだった。‥‥一応、「日頃聞きなれている曲がどんなものか知った上で、演奏する曲を決めた方が良いよね?」という尤もらしい理由を用意していたが、誰にでも開かれている教会の扉は、その教会のために走り回っている彼らを拒むどころか喜んで迎え入れる。
「あの、信者ではない方々にも【聖歌隊】に参加していただくことは出来ないでしょうか?」
 あらかた曲目が決まったところで、口数の少なかったミーファ(ib0355)が問うた。幸いにしてブレスレット・ベルは相当数が集まっている。リズムに合わせて鳴らすだけでも一体感が出ると思うが、もっと積極的に「教会の楽の音に触れる機会」を用意しても良いのではないかと、静かながらも信念の篭った想いを告げる。
「最後に一斉に鳴らすだけだと、あんまり意味が無いかなぁ‥‥ あ、ハンドベルとして使うのはどうかな?」
 琉宇がぱちんと指を鳴らして顔を輝かせるが、十野間 修(ib3415)は申し訳無さそうに手を挙げつつ意見する。
「事前の練習をする期間は無い様に思うのですが‥‥ その辺りはどうでしょうか?」
「んー‥‥ 簡単な曲に限定して、それでも曲調をゆっくりめに抑えるとか。あと各音ごとに合図を出すようにするとか、工夫次第で何とかなるんじゃないかな?」
 葛城 深墨(ia0422)が出した意見には、誰もが納得して賛同する。だが改めてベルを確認すると、少々偏っている上に、やはり足りない『音』がある。飾り付けや水場から合流していた一行も含めて、慌てて楽器を揃えに教会を飛び出していった。
「あの‥‥ ちょっと出過ぎた真似だったでしょうか?」
 ハープの音を合わせながらミーファが不安げに尋ねるが、リュートを爪弾く琉宇は笑顔で答える。
「皆楽しそうだったし、問題ないと思うよ? それに、僕たちは僕たちで『雰囲気を作る』っていう大役があるんだしね」
 ようやく肩の力が抜けたミーファは、教会独自の曲調に苦戦しながらも。琉宇と二人で予定していた準備を続けるのだった。

「『くりすます』? ‥‥ふーん」
 見知った顔が飛び出していくのをびっくりして見送った和奏(ia8807)と、その教会の入り口に張り出された告知を眺める人妖の光華。墨も乾かぬ真新しい訂正によれば、場所が社『甘見』に変わったらしい。顔を紅潮させた光華が振り向くと、何時の間にか後ろにしゃがみこんでチラシを見上げていた和奏と目が合う。
「行ってみる?」
 何気なく問われて思わず口篭る光華だったが。そこに何の他意もないことを見て取ると、一瞬落ち込みながらも毅然と顔を上げて、絶対行きたいと言い切ってみせたのだった。

●開戦?
 前日の杞憂を他所に、設営は恙無く終わっていた。露天であったが天気は快晴。風除けに張られた真白い垂れ幕も、手製の飾り付けがなされて華やかさを演出している。説教台の脇にはこれも飾り付けられた樅の木が二本。一本は瑞々しい翠、もう一本は真綿をふんだんに使って雪化粧が施されている。
「『溶けない雪』ってのがあれば、もっときれいに飾れたのかなぁ?」
 首を傾げる羽喰 琥珀(ib3263)に、それはどうかなと苦笑いする恵皇(ia0150)。事情が分からない琥龍 蒼羅(ib0214)の目下の疑問は、「つりー」とやらが何やら門松のようだと思えること。‥‥まあ、「松」といっても通るかも知れないと、一応納得してみる。
「まぁ、なんだ。野暮な真似をするつもりはないが、一応見回りをしておくか」
 その言葉に目を輝かせる琥珀を宥めつつ、この辺りもアヤカシが出たことがあるしなと声を掛ける恵皇。
「ふむ。そういえば、此処の社の噂を聞いた気がするが‥‥ 何だったろうか」
 再び考え込み始める蒼羅に、既に背を向けていた恵皇の声が飛ぶ。
「とりあえず、早めに着いちまった子供たちがはぐれないように、だな。沢にも行かないように、言い含めてくれよ?」
 やや足早に去る恵皇の姿に今一つ釈然としないながらも、遠目に新たな一団がやってくるのが見えてくると。とりあえず疑問は棚に上げて、蒼羅は受付の手伝いに回るのだった。

「まゆちゃん、甘酒はもう出来上がり? ちょっと足しても良いかな?」
 遅れて届いた器を運ぶ真夢紀と修に、沢から登ってきた月与が声を掛けた。合流して進む先には、即席にしては中々立派な竈が一つ、そこに掛けられた大鍋が一つ。そこから甘い酒粕の匂いが漂っている。
「えっと‥‥ あ、ヴォトカはダメですよ? 子供たちも飲むんですから」
 驚いた風に声を上げる真夢紀に、違うわよと苦笑いしながら月与は手を振る。
「沢の水を汲んできたの。綺麗で美味しい水だったし、ほら‥‥ えっと、煮詰まってたら足すのに丁度良いかなって」
 慌てて少し鍋を遠ざけるために走り出した真夢紀に、月与は罰が悪そうに修と顔を合わせる。
「良い思い付きだとは思うけど‥‥ 抜け駆けは良くないと思うな、月与?」
 そっと顔を寄せて呟く修に、思わず頬を染めて言葉を詰まらせる月与。そんなつもりは、と続けようとする唇を指で封じてみせると。
「お湯を沸かしたいんだけど、その水、少し分けてもらえるかな?」
 こくりと頷く恋人にやわらかく笑いかけると。修は反対側に背負い直して空けた片手を、相手の肩に回すのだった。

 祠の前の広場では、からすが訪れた相手を上手く捌いていた。まず皆に配るのは紙袋。赤と緑の組み紐を解けば、中から出てくるのは様々な形の型で抜かれた数枚のクッキー。一見して良く分からない形もあるが、もふらさまやうさぎ、犬や猫など小さな子供たちはそれを当てっこするだけでも大はしゃぎの様子。その中からミサに来た真面目な信者とそうでない人々を見分けると、用意されている席とそこに置いてあるベルについて説明を付け加えるのを忘れない。そして、初々しいカップルや思いつめた風の者には足りないものが無いかを尋ね、慌てる者には用意していた物をこっそり手渡す。‥‥少々冷やかす風の小言と笑みは、まあ善意に対するささやかな駄賃だろう。
(「ちょっと! 何で天儀酒持って来てないのよ!」)
 潜めたにしては大きな声が、和奏の肩に乗る光華から聞こえてきた。
(「何のことです? 準備は何もいらないって、チラシには書いてあったよね?」)
(「そ、それはそうだけど‥‥」)
「和奏殿、手が空いているなら少し手伝ってくれないか?」
 からすが声を掛けると、すんなり向く和奏に対して、光華は気の毒になるほど慌てふためく。
「そこの焚き火を見る者がいないようでね。しばらくで良いんだが、番をしていてくれないだろうか?」
 こくりと頷き向かおうとする和奏から光華だけ呼び止め、からすはヴォトカの小瓶を渡す。
「飲んじゃ駄目だよ?」
 文句を言える訳も無く、かといって素直に礼を言えない光華は、口の中でもごもご呟きながらも頭を下げると。一直線に社に向かって、人混みをすり抜けていくのだった。

「いや、今回は面目次第もありません‥‥」
「何を言われますか。身内の危機を助けずに、聖職者は名乗れませんよ」
 気にする必要はありませんと、清々しい笑顔のエルディンの隣でがくりと肩を落とす神父は、項垂れていても小さくは無かった。服の上からも筋骨隆々な体躯は隠しようが無く、前職が騎士であると言う証は、スキンヘッドと顔に刻まれた無数の傷からも納得がいく。その巨躯が足を止めて強張り、目を見開いた先にいたのは。この場で唯一奇抜な格好をした、天儀一のお祭り男ことフーテンの喪越(ia1670)。
「要するに、プレゼントを配って回ればいいんだろ? なら‥‥」
「お前はっ?! その真っ赤な外套に、ふざけた三角帽子! 背格好といい、その白い口ひげといい! こんな所まで現われおったか、この盗人めっ!!!」
 喪越に皆まで言わせず咆えた神父は、そのまま蒸気を噴き出す勢いで頭に血を上らせる。サンタ服を広げようとしていた喪越は、神父服を着た筋肉の塊が沈み込んで視界から消えた瞬間、本能的な恐怖に襲われていた。
(「良く分からんが‥‥ 迷っていたら潰され」)
 回れ右をして駆け出すサンタと、その後を咆え猛る元騎士‥‥というか既に現役に立ち戻った元神父(?)が、茂みを踏み潰し木々を押し倒し、その後を驀進してゆく。

「ええと‥‥ 『みさ』はこちらで良かったのでしょうか?」
 絶叫と咆哮が響き渡る中、少し遅れて到着した調(iz0121)が突然の出来事に固まっていた一行に声を掛けると。焚き木が爆ぜる静かな音を切っ掛けに、各々が無理矢理、自分を取り戻した。
「あっ、将虎じゃねぇか! 良かった、来れたんだなっ!」
 思い掛けない琥珀との再開に嬉しくないはずがない将虎だったが。まだ遠くから響き続けていた絶叫に、思わず顔を強張らせてしまったのだった。

●祭典
 社にやってきた内の三分の二ほどが席に着き、既に簡単な練習を済ませていた。用意されたのは背もたれの無い、簡易な木製のベンチ。三人掛けを左右に二列、五段になる席は概ね埋まっている。
「それでは、始めてしまいましょうか」
 エルディンが朗らかに開始を宣言すると、ベルを鳴らしていた者は止め、一旦場が静まる。‥‥居た堪れない破壊音が遠くから聞こえた気がしたが、誰かがそれを告げようとする前に、豊かな弦が鳴り始める。十分に余韻を響かせた音は何時の間にか二つに分かれ、交わり、そして重なる。
「私達が愛し合うのは、神がまず私達を愛して下さったからです」
 愛されることを知らずに人は愛せないと説き、無事に冬至を越えてこれから徐々に長くなる陽を喜ぶエルディンの声は慈悲深く、皆を包み込む父性に溢れていた。
「自らを愛し、隣人を愛しましょう」
 そう結んで壇から降りると、壇とベンチの間に揃いの衣装を着た子供たちが整列する。その後ろには同じ衣装に身を包んだ開拓者六人が、ベルを手に持ち並んでみせる。背が足りない譲治と琥珀には急遽台が用意され、いつもと違う風景に興奮する二人がベルを振り回して一旦前奏を止めてしまったものの。聖なる夜を賛美する歌声に、ミサへ参加した人々のハンドベルが混じって溶けていく。

「えらい綺麗な曲やねぇ。って、千羽夜?」
 手に一本ずつ瓶をぶら下げ、のんびりと歩いてきた景倉 恭冶(ia6030)は、垂れ幕の切れ目に手を掛ける最愛の人を見つけると無造作に声を掛けた。天を仰いでいた千羽夜がふと振り向くと、その頬を通って涙が一筋、零れる。
 慌てて駆け寄る恭冶だったが、人差し指を唇に当てる千羽夜がくすくす笑っていることに気付くと、その場にべしゃりと座り込んでしまった。そんな様子も気にせず、千羽夜は広場の外れの小さな祠まで恭冶の手を引き、恭冶が持ってきた瓶を供えて手を合わせる。ようやく血の気の戻ってきた恭冶が目線で問うが、ゆっくり首を振ると二人はそのまま沢へと降りていく。
「ねえ、恭冶さん。ここの沢の雫を飲むと、両思いの絆が更に深まるって‥‥ 知ってた?」
 何時に無く静かな声をいぶかしんで振り返ると、耳まで顔を真っ赤にさせた千羽夜と目が合う。恭冶はその真剣な視線に、笑みを浮かべてゆっくり頷く。
「そう聞いたから、千羽夜と一緒に過ごしたかった‥‥」
 遅れて悪かったと続ける恭冶に、千羽夜はそうじゃないのと小さく答える。
「必ず来てくれるって思ってたから、それは良いの。そうじゃなくて‥‥ 失う怖さよりも、あなたと生きて行きたいって気持ちの方が何倍も強いって気付いたの」
 沢の前に着いた二人は、静かにその雫を口にする。
「恭冶さん。私をお嫁さんにしたいって、言ってくれてありがと。一緒に幸せになりましょう?」
 千羽夜は背伸びをして、恭冶の唇を啄む。そのまま離れようとする千羽夜を、恭冶はしっかりと抱き寄せた。
「‥‥大好き。ううん‥‥ 愛してるわ」
「俺も‥‥ 愛してる」

 ‥‥その一部始終を見てしまったのは、迷子がいないか見回りをしていた結夏。そしてミサには興味が無く、沢まで喉を潤しに来ていた深墨だった。ただならぬ雰囲気を察して身を隠した判断は間違っていなかったと思うのだが、まさか同じ木陰に飛び込んでしまうとは結夏も深墨も思いもしない。呆気に取られたまま恭冶と千羽夜の会話が始まれば、なし崩し的に一緒にその話を聞くことになってしまった。結夏は顔を赤らめて俯いたままだし、深墨も己の耳の良さをこれほど呪った事は無い。
(「だけど‥‥ これは絶好の機会じゃないか? その、初めて会った時から素敵な方だなって‥‥」)
 互いに思いを伝えた二人が手を取り合って沢を登っていく、短くないがそう長くもない間。何をどう切り出すか、必死で考え続ける深墨だった。

●祝宴
 聖歌隊の合唱が無事に終わると歓声が弾けた。予想以上の人出に緊張していた子が多かったようだが、気が付けばそれも大成功。ミサは終了したことと、甘酒が用意してあることがエルディンから告げられると、子供たちは一斉にそちらに向かって駆けて行く。
 それに合わせて、がらりと曲調を変えた演奏を始める琉宇とミーファ。お互い大役は果たしたものの、ここからが腕の見せ所。互いに競い、そして合わせながら、精霊への感謝を捧げる。
(「『くりすます』には『感謝の気持ちを込めて贈り物をする』と聞いていたのだが‥‥」)
 「みさ」とやらは別物なのかと、今日は首を捻ってばかりの蒼羅に甘酒の器が差し出される。
「知る人ぞ知る、というところに意味があるのだよ」
 意味ありげな笑みを浮かべるからすに、それなら今日のところは仕方が無いと、蒼羅は苦笑を返すしかない。

「なぁなぁ! 西渦も調も、甘酒飲んだか?!」
 今まさに笑いながら器に口をつけようとしていた二人に気付くと、琥珀は慌てて身を隠した。幸い、気付かれる前に垂れ幕を捲り上げて外に出ることが出来たようだった。
(「後で冷やかしにいかないとなっ? 調が噴いたら、俺の勝ち〜」)
 月与とからすの話を聞いて作戦を変更した琥珀だったが、そういえば俺も沢の水入りの甘酒飲んだんだっけ、と頬を掻く。
(「‥‥まぁ、いっか?」)
 少し考え込んだ間に、袖を引かれて振り返ってみると。後ろ手に何かを持った将虎が、恥ずかしそうに笑みを浮かべて見上げていた。瞬間、琥珀の頭は耳の先まで沸騰する。
「な、えっ‥‥ ちょ、ちょっと待った!」
 用意していた物を放り出してきたことを思い出すと、その手のものを差し出そうとする将虎を咄嗟に遮る。それをすっかり誤解して顔を青ざめる将虎に、何時ものように舌が回らず、上手く説明できなくなってしまった琥珀は。とりあえず将虎を抱えると、そのまま荷物置き場まで走っていったのだった。

 がちっ、と撃鉄の落ちる音にレグが振り返れば、ソウェルが機嫌の良い笑顔で箱を差し出していた。
「なんだ、おまえか。脅かすな‥‥ って?!」
 何かがジリジリと燃える音が途切れた瞬間、そして目の前の良い笑顔が肩と片手で器用に両耳を塞いだのを見て取ると。レグも咄嗟に、自分の耳を庇っていた。

 湧き上がる囃し声に、微かな破裂音。
「また誰か、何かやらかしたのか?」
 振り向いた先に探し人を見つけて、顰めていた顔を綻ばせた。恵皇は懐から包みを取り出すと、若干照れつつ結夏に声を掛けた。
「今日は『くりすます』の祝いだろ? 折角の機会だしと思ってな、ちょっと見繕ってみた。‥‥気に入ってくれると良いんだが」
 開けてみても良いですかと聞く結夏に、開き直っておうと応える恵皇。おそるおそる開いた包みからは、真珠の首飾りが現われる。心底驚く顔に朱が差すと、何ともむず痒い様子で恵皇は視線を逸らしてしまう。
「すみません。今日は私、完全にお手伝いのつもりで来たものですから、何も用意してきていないんです」
 逆に慌てる恵皇に、結夏は笑みを浮かべて首を振る。
「ですから、せめてこれを。お守り代わりに‥‥ と思ったのですが、もしかして抵抗ありますか?」
 隠しから取り出した符を、手早く折りたたんで結んだものを差し出しつつ。ちょっと困った顔を見せる結夏の手前、ありがたく受け取ってみせる恵皇だった。

●終演
「これは‥‥ まだまだ当分掛かりそうですねぇ」
 神事を無事に終えたエルディンは、社に並ぶ行列と、その先沢まで続く行列に思わず肩を竦めてしまった。
「ねぇ、さっきお供えを済ませたお酒ならあるけど‥‥ どうする?」
 何気なくフラウが尋ねるが、用意を忘れたことに気付いたエルディンはそれを聞き流してしまう。
「お酒‥‥? さっきまで、からすがいろんな人に‥‥ 配ってた‥‥よ?」
 通り掛った白仙の呟きに再起動したエルディンだったが、既に手持ちは捌けたと告げられれば。ぷっくり膨れつつも付いてくるフラウと一緒に、甘酒を貰いに行くのだった。

 仕掛け付きの箱から出てきたクッキーは、胡桃の代わりに生姜と蜂蜜が練りこまれた人型のクッキーだった。形は万商店で見掛けたものにそっくりだったが、包み紙もリボンも、あの時貰ったのと同じ色。流石に、柄だけは随分大人しくなっていたが‥‥
「上達しやがって‥‥」
 苦い感傷と共に一旦それを懐に収めると、だが思った以上に穏やかな心持ちに驚いてみる。
(「この借りは何時返せば良いのやら‥‥」)
 だが敢えて形にした言葉は、心の中でも素直ではなくて。そんな自分に苦笑しつつも、レグは帰り支度の準備を始める。

(「どうやら間に合わなかったようじゃが‥‥ ふむ、問題もなかったようじゃな?」)
 譲治は背後に気配を感じて振り向くと、そこには奇抜な格好をした人影が立っていた。赤い衣装といい白い髭といい、帽子からはみ出る黒髪さえ、何処と無く喪越を髣髴とさせる。
「おぅ! そんなとこに立ってないで、はいったらどうなのだっ!?」
 ふむ、と髭を扱いた人影は、譲治の頭をくしゃくしゃに撫で回すと、目を回している間にそのまま消えてしまった。
「むむむ‥‥ 何なりか、今のはっ?!」
 周りに聞いても他に気付いた者は誰もいない。後で詳しく騎士の神父に話を聞こうと心に秘めつつ、まずは終わりかけている祭りに全力で飛び込む譲治だった。